今日の話題
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化学と生物 Vol. 51, No. 8, 2013
リング状ヘテロ三量体タンパク質を利用した人工的な酵素複合体の構築
自己充足型シトクロム P450 の構築
酵素は一般に常温・大気圧下で高い比活性を示し,立 体・位置選択性の高い反応を触媒するという優れた性質 を示すうえに,進化工学により触媒機能の向上および改 変が可能であるという特徴を有するため,物質変換や食 品加工から分析用試薬まで幅広く利用されている(1)
.こ
れまでは主に単一酵素による単一反応が産業利用されて きたが,生体内では多くの酵素が逐次反応や共役反応に 関与している,すなわち,多酵素反応系が構築されてい るという事実を鑑みれば,複数の酵素を組み合わせて利 用することによって酵素反応の真価は発揮できるものと 考えられる.シトクロムP450モノオキシゲナーゼ (P450) は酸素 分子を酸化剤として立体選択的・位置選択的な水酸化,
エポキシ化,脱ハロゲン化などの酸化反応を触媒す る(2)
.生体内では異物代謝やステロイド,脂肪酸,テル
ペノイド,フラボノイドなどの二次代謝産物の生合成な どに関与しており,さまざまな酸化反応を触媒する P450種が見いだされている.そのため,P450はキラル 化合物や薬物代謝産物の合成における利用が期待されて いる.しかし,P450は単独では触媒活性を示すことが できず,その触媒サイクルにおいて外部から電子の供給(伝達)を必要とする.細菌由来P450の多くは特定の還 元型フェレドキシン (FdX) からのみ電子を受け取り,
そのFdXも特定のフェレドキシン還元酵素 (FdR) に よってのみ還元される.すなわち,P450の触媒反応は FdRによるFdXの還元反応と共役しており,3つのコン
ポーネント (P450, FdX, FdR) から構成されるモノオキ シゲナーゼシステムとして初めて触媒機能を発揮する
(図
1
).
細胞というマイクロリアクター中では各コンポーネン トは極めて高濃度で存在するため,このような多酵素反 応系を試験管で再現するのは困難である.そこで,選択 的な酵素複合体を構築することでコンポーネント同士を 分子レベルで近接させ,局所濃度を高めるというアプ ローチが行われている(3)
.さまざまなアプローチが報告
されているが,最も簡便かつ汎用性の高いアプローチは 大腸菌で発現・調製したコンポーネントを混ぜるだけで 自発的に選択的な酵素複合体を形成させる方法である.そのためには共存下でのみ安定な複合体を形成するタン パク質,すなわち,単独での発現が可能なサブユニット からなるヘテロオリゴマータンパク質を連結ユニットと して目的酵素に遺伝子的に融合する必要がある.筆者ら は P450cam, プチダレドキシン (PdX), プチダレドキシ ン還元酵素 (PdR) から構成されるカンファー(樟脳)
の水酸化を触媒する 由来P450シ ステムをモデルとして酵素複合体の構築に取り組んだ.
酵素複合体の構築を,次のストラテジー(戦略)に基 づいて行った.i) 一般に3つ以上の遺伝子を連結した融 合タンパク質は発現が容易ではないため,一つの連結ユ ニットには一つの酵素・タンパク質を融合する,ii) 複 合体のイメージをつかむために,結晶構造が解かれてい るタンパク質を連結ユニットとして利用する,iii) 目的
図1■細菌由来シトクロムP450 モノオキシゲナーゼシステム
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反応システムに影響を与えないため,触媒活性のあるタ ンパク質(酵素)は連結ユニットとして利用しない.こ れらのストラテジーに従い,3つ以上の異なるサブユ ニットからなるヘテロオリゴマータンパク質を Protein Data Bank から探し出すことにした.その結果,クレ ン古細菌 由来の核内増殖抗原
(PCNA) が最有力候補として見つかった.
PCNAはリング状の三量体タンパク質であり,リング の穴にDNAを通し,滑る留め金(DNAスライディン グクランプ)としてDNAポリメラーゼなどをDNA上 に安定に保持する役割を担う(4)
.名前から分かるように
PCNAは真核生物の核内に存在するタンパク質である が,核を持たない古細菌もPCNAをDNAスライディン グクランプとして有する.真核生物および多くの古細菌 に由来するPCNAはホモ三量体タンパク質であるが,クレン古細菌の一部は3つのPCNA遺伝子を有してお り, . 由 来PCNAは3つ の 異 な る サ ブ ユ ニット (PCNA1, PCNA2, PCNA3) からなるヘテロ三量 体タンパク質である. . 由来PCNAの各サ ブユニットの一次配列はサブユニット間で20%程度し か保存されていないものの,立体構造はよく似ており,
三量体はほかのホモ三量体PCNAと同様に対称性の高 い立体構造をとる(図
2
).
. 由来PCNAは 1) 各サブユニットは単独では単量体として存在する,2) 段 階 的 に ヘ テ ロ 三 量 体 を 形 成 す る(PCNA1と PCNA2がまず安定なヘテロ二量体を形成し,そのヘテ
ロ二量体に対してPCNA3が結合する)
,というユニー
クな特徴を有する.1) の特徴により, . 由 来PCNAサブユニットとの融合タンパク質は大腸菌に より発現することが可能であり,2) の特徴により,各 サブユニットを等モル濃度で混合することにより三量体 のみを形成させることができる(実際には各サブユニッ トを完全に等モル濃度で混合することは難しいため,PCNA3を少し過剰に混合し,サイズ排除クロマトグラ フィーにより三量体と単量体のサブユニットを分離す る)
.
図2■ 由来PCNAの立体構造 (PDB
ID : 2NTI)
図3■ 由来PCNAのヘテロ三量化能を利用した酵素複合体の構築
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. 由来PCNAサブユニットを連結ユニッ トとして利用すべく,PCNA1と PdR, PCNA2 と PdX, PCNA3 とP450camを遺伝子的に連結した融合タンパク 質 PCNA1-PdR, PCNA2-PdX, PCNA3-P450cam を構築 した.各融合タンパク質は単独ではそれぞれ PdR, PdX, P450cam の機能を完全に保持しており,PCNAサブユ ニットとの融合は酵素・タンパク質の機能に影響を与え な い こ と が 明 ら か と な っ た.PCNA1-PdR,PCNA2- PdX,PCNA3-P450camを等モル濃度で混合した後,サ イズ排除クロマトグラフィーを行うと,きれいに高分子 量側にシングルピークが現れ,UV-visスペクトルから そのピークはPdR,PdX,P450camを等モル比で含む ことがわかった.すなわち, . 由来PCNA サブユニットを連結ユニットとして利用することにより PdR, PdX, P450cam を一分子ずつ含む複合体(図
3
)の 構 築 に 成 功 し た.筆 者 ら は こ の 複 合 体 を PUPPET(PCNA-utilized protein complex of P450 and its elec- tron transfer-related proteins) と名づけた.PdRによ るPdXの還元,還元型PdXからP450camへの電子伝達 が局所濃度の高いPUPPET内で行われるため,PUP- PETは同じ濃度の PdR, PdX, P450cam の混合溶液と比 べて約50倍高いモノオキシゲナーゼ活性を示した(5)
.
PCNA2とPdXを連結するペプチドのリンカーの最適化 やPCNAサブユニット間への選択的なジスルフィド結 合の導入による複合体の安定化などによりさらにモノオ キシゲナーゼ活性を向上させたPUPPETを得ることに も成功しており,複合体内における各酵素・タンパク質 の空間制御などが重要であることが明らかになりつつあ る.タンパク質を連結ユニットとして目的酵素に融合する ことにより選択的な酵素複合体を構築するというコンセ プトが実現可能であることを . 由来PCNA を 利 用 し て 示 す こ と が で き た. . 由 来 PCNAサブユニットが酵素複合体の連結ユニットとし て利用できたのは2カ所の独立なタンパク質結合部位を 有するためである. . 由来PCNAに加え て,複数の独立したタンパク質結合部位を有するさまざ
まなタンパク質を連結ユニットとして利用することによ り,ブロックを組み立てるかのように酵素複合体を構築 することが可能となるであろう.それにより生体内に 元々存在するさまざまな多酵素反応系の での再 構成や由来の異なる(発現環境が異なる)酵素を組み合 わせた人工的な多酵素反応系の構築が可能となり,多酵 素反応系の時代の幕が開けることを期待している.
1) 上島孝之: 酵素テクノロジー ,幸書房,1999.
2) P. R. Ortiz de Montellano :“Cytochrome P450 : Structure, Mechanism, and Biochemistry,” Springer, 2004.
3) H. Hirakawa, T. Haga & T. Nagamune : , 55, 1124 (2012).
4) G.-L. Moldovan, B. Pfander & S. Jentsch : , 129, 665
(2007).
5) H. Hirakawa & T. Nagamune : , 11, 1517
(2010).
(平川秀彦,長棟輝行,東京大学大学院工学系研究科)
プロフィル
平川 秀彦(Hidehiko HIRAKAWA)
<略歴>2000年東京大学工学部化学生命 工学科卒業/2005年同大学大学院工学系 研究科化学生命工学専攻博士課程修了/
同年カンザス大学博士研究員/2007年東 京大学CNBI特任研究員/2009年同特任助 教/2010年現職<研究テーマと抱負>人 工的な多酵素複合体の構築,選択的なタン パク質連結,酸化還元酵素の利用<趣味>
ロードレースとサッカー(柏レイソル)の テレビ観戦
長棟 輝行(Teruyuki NAGAMUNE)
<略歴>1975年東京工業大学工学部化学 工学科卒業/1977年同大学理工学研究科 化学工学専攻修士課程修了/1985年同大 学,工学博士(工1180号)/同年理化学研 究所研究員/1988年イリノイ大学生化学 科客員研究員(1989年8月まで)/1992年 理化学研究所副主任研究員/1993年東京 大学工学部教授/1995年同大学大学院工 学系研究科教授,現在に至る<研究テーマ と抱負>タンパク質やその複合体を目的に 応じて工学的視点でデザインし,医工学分 野に応用する研究<趣味>テニス,音楽鑑 賞,歴史小説などの読書