産研通信 No.59(2004・3・31)
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1. シンポジウムの意義
去る 2004 年 1 月 27 日、ベトナム・ダナン大 学において、日本・ベトナム・タイ3カ国の研 究者による共同研究シンポジウム「東南アジ アにおけるサポーティング産業育成について の共同研究―日本の役割とタイの経験をふま えて−」が開催された。本シンポジウムは、桜 美林大学産業研究所が企画・提案し、ベトナ ム・ダナン大学経営開発・企業コンサルティ ングセンター及びタイ・タマサート大学東ア ジア研究所日本研究センターを含めた3カ国 の研究機関を中心とする共同研究協力の下に 実施された国際共同研究プロジェクトを総括 するものであり、国際交流基金アジアセン ターの アジア知的交流助成 を受けて実施 されたものである(なお、本シンポジウムに 先立つ2003年9月24日には本学プラネット淵 野辺キャンパスPRUNUS HALLにおいて、こ のプロジェクトに関する第 1 回目のシンポジ ウムが開催されている)。
この共同研究プロジェクトの最初の問題意 識は「ベトナムの工業化をどう進めていくか」
という点にあった。とくに、雇用吸収力の高 い自動車・オートバイ・家電などの加工組立 型産業の 移殖 と定着が国家の工業化政策 の重要課題であり、そのための外資系企業に よるベトナムへの直接投資を促進していく上 でのサポーティング産業の育成が重要だと考 えられたのである。
実は、東南アジアにおけるサポーティング 産業の育成にはタイの先行事例がある。すな わち、
● 1980 年代(とくに後半)以降、自動車・同 部品産業の育成のためにタイ政府は様々な 政策的措置を駆使し、日本の政府・産業界 による援助も行われた。
● その育成方法は、日本企業が国内での部品 産業育成に関して行った方法に基本的には 依拠している。
● その結果、タイの自動車部品産業は成長 し、その部品産業の存在ゆえに日本以外の 自動車メーカーのタイへの直接投資も行わ れるようになった。
こうした経験から、「サポーティング産業の 育成こそが工業化政策の要諦である」ことが 想起され、今般の研究プロジェクトの開始へ とつながっていったのである。
2. シンポジウムの概要
シンポジウムは 1 月 27 日(木)午前 8 時 30 分 か ら 始 ま っ た 。 ダ ナ ン 大 学 学 長 P h a n Quang Xung 博士の歓迎の挨拶と桜美林大 学・佐藤東洋士学長をはじめ来賓各位の祝辞 の後、午前9時過ぎから5人の研究者による報 告と、報告論文に対するコメントが行われた。
各報告者と報告タイトルは以下のとおりであ る(敬称略)。
① Do Manh Hong(桜美林大学):「経済のグ
産業研究所活動報告
〜日・越・タイ共同研究シンポシウム(2004.01.27:ベトナム・ダナン市)〜
堀 潔
産研通信 No.59 執筆者一覧(執筆順)堀 潔 本学経済学部教授 座 間 紘 一 本学経済学部教授 中 崎 茂 本学経営政策学部教授 金 山 権 本学経営政策学部教授
任 雲 本学国際教育センター専任講師 石 井 敏 本学経済学部教授
Do Manh Hong 本学産業研究所準研究員
『産研通信』配信方法の変更について
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なお、学外の皆様には、桜美林大学産業研究所のウェブサイトにて、PDFファイル形式 にて引き続き公開いたします。また、これまでどおり郵送での配布をご希望の場合は、その 旨桜美林大学産業研究所事務局宛にお知らせください。
今後とも、皆様のご愛読をお願い申し上げます。
● 桜美林大学産業研究所ウェブサイト
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● 桜美林大学産業研究所
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産研通信 No.59(2004・3・31) 3 ローバル化と発展途上国におけるサポー
ティング産業の育成―分析のための理論的 枠組み―」
② Kriengkrai Techakanont(タマサート大 学):「タイにおけるサポーティング産業の 発展過程」
③ 堀 潔(桜美林大学):「日本のサプライ ヤーシステム:その形成・発展と変貌」
④ Le The Gioi(ダナン大学):「経済のグロー バル化とベトナムにおけるサポーティング 産業の育成―産業発展の実証分析の試み
―」
⑤ Mai Duc Loc(ベトナム・アジア太平洋経 済研究センター《VAPEC》):「ベトナムに おける外国直接投資の効率性上昇のための サポーティング産業育成」
⑥ Tran Van Tho(早稲田大学):「外国直接 投資とベトナムにおけるサポーティング産 業の発展」
報告は、各報告者の出身国や専門分野の違 いなどから、極めて多様で示唆に富むもので あった。紙幅の関係ですべての報告・コメン トの詳細には触れることはできないが、いく つか印象に残ったところを記しておこう。
例えば、Do Manh Hong氏(桜美林大学)は、
一国のサポーティング産業が外資系企業に対 して部品等の供給を通じて利益をもたらすの と同時に、サポーティング産業自身も外資系 企業からの技術移転を通じて自らの製造能力 を高め、それが一国の産業競争力を強化する ことにもつながっていく、という、外国直接 投資とサポーティング産業育成の相互作用を 理論的に明らかにした。
また、Kriengkrai Techakanont 氏(タマ サート大学)は、日本の自動車産業が国内で 形成したいわゆる 系列関係 がタイでの部 品調達の過程ではさほど強くは見られず、む しろ「系列越え」と呼ばれるような柔軟な企
業間取引関係が見られたことを指摘した。完 成品メーカーと部品メーカーとの間の取引関 係の 長期継続的 固定的 排他的 であ ることが(良くも悪くも)日本のサプライヤー システムの特徴であると思われてきたが、そ うした特徴がシステム全体の効率性や競争力 とどれほど関連性があるのか、改めて考えさ せられる報告だった。
堀 潔(桜美林大学)は、我が国における サプライヤーシステムは、その構成員たる完 成品メーカーと部品メーカーの双方にとって 利益をもたらすものであったからこそ形成さ れ発展したのだ、との考えに立ち、個別企業 が激しい企業間競争のなかで何とか生き残り を図ろうとした 結果 としてサプライヤー システムが形成されたことを明らかにした。
長期不況と国際化・情報化の進展に伴って従 来型の 下請け関係 は大きく変貌しつつあ るが、環境変化に対応したシステムの変貌は 危機感を持つ個別企業の 自己変革 によっ てもたらされており、 自己変革 へのインセ ンティブを企業に与える競争的市場構造の確 立と維持こそが政策的に重要なのだ、と述べ た。
シンポジウム終盤では会場の聴衆からも発 言があり、とくに、サポーティング産業 育 成政策 よりも個別企業が現状に甘んじず、起 業家精神を発揮して新たな可能性にチャレン ジすることの重要性をもっと認識すべきでは ないか、との意見も出た。
3. シンポジウムの成果と今後の課題 今回のシンポジウムは 3 カ国からのべ 12 人 の報告者・コメンテーターが参加する大規模 なものであった。多様な意見や考え方が交換 されたことだけでも十分刺激的で実り多いシ ンポジウムであったとは思うが、主に時間的 な制約から、個別の論点について議論が深め
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られることはなかった。この研究プロジェク トを通じて、今後は特定の問題意識を共有で きる研究者相互間の交流が深まり、特定の研 究領域でのより優れた成果が出るよう期待し たい。
さらに、今回のシンポジウムでは我が桜美
林大学とベトナム・ダナン大学の学長レベル での交流も行われた。産業研究所が主体と なって行った研究交流をきっかけとして、両 大学の多面的な国際交流関係の発展につなが ることを祈念したい。