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川崎 寿 *1,和地正明 *2

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セミナー室

産業微生物の細胞膜を介した物質輸送研究の最前線――物質生産の効率化に向けた新たな挑戦-6

Corynebacterium glutamicumのグルタミン酸排出チャネルの発見と その有用物質生産への展開

川崎 寿 *

1

,和地正明 *

2

*1東京電機大学大学院工学研究科,*2東京工業大学大学院生命理工学研究科

本シリーズで繰り返し述べられてきたように,微生物 を利用した産業上有用な物質の生産において生体膜を介 した物質輸送は重要な要素である.その研究の重要性は 認識されつつも研究手法の困難さから代謝研究に比較し て進んでいなかったが,近年活発に研究が行なわれ,生 産技術としての展開も始まっている.シリーズ最終回の

今回は, のグルタミン酸

排出チャネルの発見およびその性質について,微生物細 胞には適用されることが少なかった電気生理学的手法に よる解析結果を交えて概説し,続いてその有用物質生産 に及ぼすインパクトについて展望する.

1908年,池田菊苗は昆布だしのうま味の成分としてl- グルタミン酸を同定した.現在ではうま味は,甘味,酸 味,塩味,苦味のいずれとも異なる第五の味覚として認 知され,グルタミン酸のナトリウム塩はうま味調味料と して広く世界に普及している.1957年,協和発酵工業 の木下,鵜高らによってグルタミン酸を生産する菌とし

て  (当 初 は  と

命名された)が分離された.この発見がその後の工業的 アミノ酸発酵の目覚ましい発展の契機となった.現在で は年間210万トン(2009年推計)ものグルタミン酸ナト リウムがこの菌を使った発酵法によって生産されてお り,その需要は年3 〜5%ずつ増大している.

は非胞子形成性の高G+C含量グラム 陽性細菌で,非対称の桿菌形態をしている.本菌はス

ナッピング分裂と呼ばれる特徴的な細胞分裂を行なうこ とでも知られており,分裂後の娘細胞対がV字型をと るのがその特徴である(表紙).育種を行なっていない 野生型の でも,培養条件によって80 g/

程度のグルタミン酸を生産することができるといわれて いる.しかし,普通に増殖しているときはグルタミン酸 をまったく生産しない.ビオチン欠乏や,脂肪酸エステ ル系界面活性剤やペニシリンの添加といった処理を施し てはじめて,グルタミン酸の生産が誘導されるのであ る.これらの誘導処理がいずれも細胞表層構造の変化を 誘起することから,当初はグルタミン酸が細胞膜から漏 れ出てくると考えられた時期もあった.その後の研究に より,グルタミン酸の特異的な排出担体の存在が予測さ れたが,長い間その実態は謎であった.

からのアミノ酸排出担体の発見 アミノ酸の輸送システムは真核細胞から原核細胞まで 広く存在している.アミノ酸取り込みシステムの生理的 な役割は明らかである.細胞外のアミノ酸を取り込んで 直接タンパク質合成に利用したり,炭素源,窒素源やエ ネルギー源として利用する.それに対して,アミノ酸排 出システムの生理的な役割は取り込みシステムほど明確 ではない.しかし近年,微生物によるアミノ酸発酵生産 においてその重要性が認識されるようになり,活発に研

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究,解析されるようになってきた.

Krämerらは, においてl-リジンやl- スレオニン,l-イソロイシンが能動的な輸送系によって 細胞外に排出されていることを指摘した(1).彼らの先駆 的な研究をもとにアミノ酸排出担体の探索が精力的に行 なわれ,Eggelingらによってアミノ酸排出に関わる一 連の新規な輸送体が発見されるに至った(2).特に,彼ら によるリジン排出担体の発見はアミノ酸排出担体の分子 生物学的な解析のブレイクスルーとなったので,少し詳 しく紹介したい.

Eggelingらはきわめてエレガントな戦略によってリ ジン排出担体LysEを発見するに至った(3, 4).たとえば 薬剤の排出担体は,その基質となる薬剤に対して耐性を 与えることを指標にクローニングできるが,アミノ酸排 出担体にはそのようなポジティブセレクションの方法は 知られていなかった.彼らは,野生型の

l-メチオニンを与えるとリジンを分泌する現象を見い だした.そのメカニズムは以下のようである.本菌では ホモセリン脱水素酵素の活性がメチオニンによって抑制 されるため,スレオニンの細胞内濃度が低下する.一 方,リジンの合成はスレオニンによって制御されている ため,スレオニン濃度の低下はリジン合成の昂進をひき 起こす.結果として細胞内リジン濃度が上昇し,菌体外 にリジンが排出されるのである.彼らはこのメチオニン 誘導リジン分泌系を利用してリジン排出担体の同定を試 みた.まず,変異処理を施した のコロ ニーをメチオニンを添加した最少培地と添加しない最少 培地にレプリカする.続いて,リジン要求性の 変 異株を重層して,リジンの生産能をアッセイする.この ようにして彼らはリジンを分泌できない変異株を単離し た.そのうちの1株を使ってリジン排出担体LysEのク ローニングに成功したのである.

LysEはそれまで知られていた輸送体のいずれのファ ミリーにも属さないまったく新しいものであった.その 生化学的な性質の詳細は文献を参照願いたい(3〜5). LysEが同定されたことからその欠失変異体が作製され,

詳細な解析がなされた. 変異株は,複合培地やリ ジン含有ペプチドを添加した培地で増殖が悪化した.

はリジンの分解系をもたないことから,細 胞内のリジン濃度の上昇がその原因であると思われる.

事実, 変異株では1 mm Lys-Alaジペプチドの存在 下で細胞内リジン濃度が1,100 mmにも達する.このこ とから,LysEの生理的機能の一つは細胞内リジン濃度 の維持であると考えられている.このことは,LysEの リジンに対する親和性が比較的低く ( m=20 mm),  細

胞内にリジンが蓄積してはじめて排出が行なわれるよう になることからも支持される(6, 7)

変異株がリジン含有ペプチドによって増殖が阻 害される現象をヒントにして,スレオニン,イソロイシ ンの排出担体ThrE,BrnFEが対応するアミノ酸を含有 したペプチドを利用した戦略によって次々と同定され

(8, 9).この戦略は大腸菌からl-アラニン排出担体を発

見した米山らも利用していることからも,その有用性が わかるであろう(本セミナー室第1回を参照)(10)

グルタミン酸排出担体の探索

このように からアミノ酸排出担体の発 見が続いたが,肝心のグルタミン酸の排出担体について は,その実態は謎のままであった.

グルタミン酸は,TCAサイクルの代謝物である2-オ キソグルタル酸を還元的アミノ化することにより生合成 される.したがって,2-オキソグルタル酸を脱炭酸し,

スクシニルCoAを生成する2-オキソグルタル酸脱水素 酵素複合体 (ODHC) が,グルタミン酸生成のための分 岐点となっている.ビオチン制限,ペニシリン添加,

Tween 40添加により誘導されたグルタミン酸生成時に は,ODHC活性が通常増殖時の約1/3に低下しているこ とが示されている(11).また,ODHCのサブユニットを コードする 遺伝子の破壊株がビオチン十分条件下

図1 のグルタミン酸合成経路

グルタミン酸はTCA回路の代謝産物である2-オキソグルタル酸か ら合成される.グルタミン酸生産時にはODHC活性が1/3程度に 低 下 す る.ODHC : 2-オ キ ソ グ ル タ ル 酸 脱 水 素 酵 素 複 合 体,

OdhI : ODHC阻害タンパク質

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でも高収率でグルタミン酸を生産できることが報告され た(12).これらのことから,グルタミン酸生成の誘導処 理とODHCの活性には何らかの制御相関があることが 提案され,ODHC活性の低下こそがグルタミン酸生成 の 本 質 で あ る と 考 え ら れ る よ う に な っ た(図1 ODHCの阻害タンパク質OdhIの発見もこの考えを支持 していた(13)

し か し,筆 者 ら は(恐 ら く 他 の 多 く の 研 究 者 も ) 欠損変異株にはグルタミン酸をほとんど生産しな い株が高頻度で存在することを観察していた.そこで,

この仮説の検証を試みることにした(14).まず,相同組 換えによる遺伝子破壊により野生株から 変異株を

多数分離したところ(図2-a),大小様々なコロニーが得 られた(図3.遺伝学を少しでもかじった者が見れば,

抑制変異が起きていることは一目瞭然である.これらは 培養を行なっても糖をほとんど消費せず,グルタミン酸 もまったく生産しないか,してもほんのわずかであっ た.しかし,菌の純化を繰り返すと,良好に生育し,さ らに顕著なグルタミン酸生産能を示す株が出現した(図 2-b, 2A-1株と命名).この株の 変異を2回目の相同 組 換 え に よ っ て 野 生 型 に 復 帰 さ せ た と こ ろ(図2-c,  2A-1R株と命名),2A-1株よりは対糖収率は若干劣って いたものの,高いグルタミン酸生産能を維持していた

(図4.生成したグルタミン酸は,2A-1株では糖を消費 した後も減少しなかったが,2A-1R株では消費された.

これは,グルタミン酸の資化能がODHC活性に依存し

図2グルタミン酸生産をひき起こす変異の同定のための戦略

(a) 相同組換えにより染色体上の 遺伝子を破壊する.(b) 

破壊株より恒常的にグルタミン酸を生産する株を分離する.

(c) グルタミン酸高生産株より 遺伝子を野生型に復帰させ る.詳細は本文参照.サプレッサー:恒常的なグルタミン酸生産 をひき起こすと思われる仮想の抑制変異

図3 破壊株のコロニー形成

破壊株は大小様々なコロニーを形成した.

図4 破壊株のグルタミン酸生成

●:野生株,▲:2A-1株,□:2A-1R株.(A) 菌体量の変化,(B) 培養液中のグルコース濃度の変化,(C) 培養液中のグルタミン酸濃度 の変化

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ているためである.これらの結果から,2A-1株はやは り未知の変異を有する株であり,その未知変異こそがグ ルタミン酸の過剰生産をひき起こす要因であるとの結論 に至った.

そこで,この株の変異同定を行なうこととなった.今 なら変異株のゲノム配列を決めてしまうとの戦略もある であろうが,当時はまだそのような手段を気軽に実行で きる状況にはなかった.そこで選択条件の検討を進めた 結果,変異株は栄養培地のようなリッチな培地では野生 株と比べてもほぼ遜色なく増殖するが,グルコースを単 一炭素源とする最少培地ではきわめて増殖が悪いことを 見いだした(図5.これは恐らく,変異株はグルタミ ン酸を排出しながら増殖するので,菌体合成に使われる 炭素源が減少するためであろう.そこで,グルコース最 少培地での増殖を回復させる遺伝子をショットガンク ローニングによって分離した.その結果得られた遺伝子 が,メカノセンシティブチャネル (Msc) のホモログを コードするNCgl1221であった.変異株の配列を調べた ところ,そのC末端側に挿入配列 (IS) が挿入されてい た(V419 : : IS1207変異と命名;図6.他のグルタミン 酸高生産性の 変異株についても解析したところ,

予想どおりNCgl1221遺伝子の領域に変異が見いだされ た(図6).これらの結果より,これらのNCgl1221変異 がグルタミン酸の細胞外への排出を誘導したと結論し た.

NCgl1221遺伝子を欠損した 株は,栄 養培地での増殖速度は野生株とほぼ同等であったが,

種々のグルタミン酸生成の誘導条件では,糖の消費が低 下しグルタミン酸の生産も著しく抑制された.このとき の細胞内グルタミン酸濃度を測定したところ,野生株の ものに比べ約10倍の値を示した.以上のことから,

NCgl1221遺伝子産物はグルタミン酸の排出輸送担体そ のものであることが強く示唆された.NCgl1221はゲノ

ム配列からMscホモログであることはすでに知られて おり,また低浸透圧ストレス時の細胞内のグルタミン酸 を含めた低分子物質の細胞外への排出にMscが関与す ることは示唆されていたが,グルタミン酸生産時のグル タミン酸排出に関与することは気付かれていなかった.

Mscは,細胞の周りの環境が高浸透圧から低浸透圧の 状態へと急激に変化した際に,流入する水分による細胞 の破裂を防ぐために,いち早く細胞内の適合溶質を放出 する役割を担っており,そのチャネルの開閉は細胞膜の 張 力 に よ り 制 御 さ れ て い る. のNCgl  1221遺伝子は533アミノ酸のタンパク質をコードしてお り,膜 ト ポ ロ ジ ー 予 測 (http://www.predictprotein.

org/) によるとN末端側に3つの膜貫通領域をもち,C 末端側にもう1つの膜貫通領域をもつことが予想された

(図6).既知のMscと相同性が認められるのはN末端側 の約290アミノ酸である.一方,C末端側の約240アミ ノ酸は 属細菌の一部にのみに保存され ており,公知のタンパク質にはこの領域と相同性を示す 配列は認められなかった.このことから,C末端ドメイ ンがグルタミン酸排出に何らかの役割を果たしているの ではないかと思われた.そこで,このC末端ドメインの 機能を解明するために,様々な長さのC末端欠失体を構 築したところ,予想に反して大腸菌などのMscSと相同 なN末端ドメインのみでグルタミン酸排出を行なえる ことがわかった(未発表データ).このことは取りも直 さず,NCgl1221のMscとしての機能こそがグルタミン 図5恒常的グルタミン酸生産株2A-1Rの最少培地での増殖

恒常的にグルタミン酸を生産する2A-1R変異株は,グルコース最 少培地では野生株に比べて増殖が非常に遅い.

図6NCgl1221と大腸菌MscSの膜トポロジーの比較

(A) NCgl1221の膜トポロジー.矢印は恒常的なグルタミン酸生産 をひき起こす変異.(B) 大腸菌MscSの膜トポロジー

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酸排出に重要であることを示している.

NCgl1221遺伝子産物の電気生理 学的手法を用いた解析

1.  パッチクランプ法

によるグルタミン酸の排出機構は前述 のように,グルタミン酸生産誘導処理によってひき起こ された細胞膜透過性の上昇によるグルタミン酸の漏出

(いわゆる漏出仮説)と考えられていた.しかしその後,

特異的な排出担体がATPなどの高エネルギー代謝産物 を利用して排出を行なっているとする考えが支配的と なった.前記のように, によるグルタミ ン酸生産にはMscをコードすると考えられるNCgl1221 遺伝子が深く関与することが明らかとなったが,このタ ンパク質が直接グルタミン酸排出に関与するのか,関与 する場合「チャネル」として機能するのであれば,グル タミン酸の排出にATPなどのエネルギーは必要である のかを明らかにする必要がある.しかし,生きた細胞を 用いてこれらの疑問を明らかにすることは簡単ではな い.漏出仮説と特異的排出担体仮説はいずれも精緻な実 験に基づいた仮説であるが,このような相反する説が登 場した背景には,当時は細胞内プールを精密に測定する ことが困難だったことや,生きた細胞を用いた実験が中 心であるため得られた結果の原因を特定のものに帰属す ることが困難であったことなどが考えられる.一方,精 製した膜タンパク質をリポソームに再構成して解析する 完全な 系ではタンパク質の膜内での配向を制御 することが困難であり,輸送方向の解析には難点があ

る.

そこで筆者らは,電気生理学の手法であるパッチクラ ンプ法を用いることとした.パッチクランプ法は1976 年にNehrとSackmannにより開発された方法で,生体 膜にガラス微小電極(直径約1 

μ

m)を密着させ,膜を 横切るイオンの輸送を電流値として計測するものであ る.イオンの輸送を電流値として計測するためリアルタ イム計測が可能であり,定量性が高いことはもちろんで あるが, で生成した生体膜を利用しながら膜内 外の物質組成,電位差,膜張力などの条件変更が可能な Mscの活性測定には非常に適した方法であり,他の手法 にはない優れた特性を有する.しかし,本法の微生物細 胞への適用は限定的である.その理由は,直径約1 

μ

m の微小電極を密着させるには微生物細胞は小さすぎるか らである.矢部らはパッチクランプ法が適用可能な大き さに微生物細胞を巨大化するスフェロプラストインキュ ベーション法を確立するとともに種々の条件検討を行な い,微生物細胞のイオン輸送系をパッチクランプ法で解 析するための手法を完成していた(15).筆者らは,この 手法を活用して のグルタミン酸生産に関 与するNCgl1221遺伝子産物の解析を行なうこととし た.

スフェロプラストインキュベーション法は,スフェロ プラスト化した細胞を細胞壁合成阻害剤存在下,浸透圧 を調整した培地中で生育させるものである.この方法で 細胞を巨大化させると,細胞が巨大化するばかりでな く,細胞内に巨大な液胞様構造体が出現する.この液胞 様構造体は,矢部らの解析により反転膜胞であることが

図7スフェロプラストインキュ ベーション法により生成する巨大細 胞と液胞様構造体

(A) スフェロプラストインキュベー ション法により生成する巨大細胞と 液胞様構造体.(B) 巨大細胞を利用 したパッチクランプ法の概要.(C) 

液胞様構造体を用いたパッチクラン プ法の概要

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判明している(15).生細胞と同じ配向の膜をもつ巨大細 胞と反転した配向をもつ巨大液胞様構造体の両方を得る ことができることはスフェロプラストインキュベーショ ン法の有利な点の一つである.なぜなら,イオン輸送体 のリガンド結合部位が細胞外に存在する場合も細胞内に 存在する場合も容易にリガンドの濃度の変更やリガンド 類似物質の種類の変更が可能だからである(図7.し たがって本法を用いれば,微生物生体膜に存在する様々 なイオン輸送系の解析にパッチクランプ法を適用するこ とが可能となる.

2.  NCgl1221遺伝子産物のパッチクランプ法による解 析

の巨大細胞を得る方法は残念ながら現 時点では確立していない.そこで筆者らは,NCgl1221 遺伝子を細胞巨大化法が確立している

において発現させることとした. は4種の

Msc遺伝子を有するが,そのうち主要なものと報告され ている2種( および )を破壊した株を宿主と して用いた.NCgl1221遺伝子の発現は,キシロースに より誘導されるプロモーターの制御下,当該領域を

染色体上の 領域に組み込むことで行なっ た.この2種のMsc遺伝子を破壊した株は低浸透圧スト レス感受性を示すが,その感受性は の NCgl1221遺伝子の導入によって回復したことから,当 該遺伝子は においてMscとして想定される機 能を有する形で発現していることが確認された(16).細 胞内のグルタミン酸の細胞外への排出機能を確認するこ とが目的であるため,反転膜である巨大液胞様構造体を 利用してパッチクランプ法による解析を行なうこととし た.調製した巨大液胞様構造体が反転膜胞であること は,NADH誘導電流により確認した(16).ピペット電圧 を+50 mVに保ち液胞様構造体に外向きの圧力を加え たところ,NCgl1221遺伝子を発現させた株より調製し

図8NCgl1221遺伝子産物のパッチクランプ法による解析

(A)  二重遺伝子破壊株を宿主とした対照株より調製した液胞様構造体を用いた結果.(B)  二重遺伝子破壊株を宿主としてNCgl1221遺伝子を発現させた株より調製した液胞様構造体を用いた結果.(C) 液胞様構造体を用いた パッチクランプ法での外部溶液置換の概要.(D)  四重遺伝子破壊株を宿主としてNCgl1221遺伝子を 発現させた株より調製した液胞様構造体を用いたグルタミン酸とアスパラギン酸の輸送解析

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た液胞様構造体を用いた場合,対照と比較して圧力に依 存した大きな電流が観測されたことから,NCgl1221遺 伝子産物がMscとして機能することが電気生理学的手 法からも確認された(図8-A, B)(16).なお,ここで観測 された電流は用いたバッファーに含まれるイオンによる ものである.上記の実験において対照株より調製した液 胞様構造体を用いた場合に観測されたバックグランド電 流は,宿主として用いた の破壊を行なわな かった残りの2種のMscに由来する可能性が高いと考え られたため,その残りの2種のMsc遺伝子( およ び )を破壊し,以後の実験においてはその4重遺伝 子破壊株を宿主として用いることとした.

上記4重遺伝子破壊株を宿主としてNCgl1221遺伝子 を発現させた株より液胞様構造体を調製し,パッチクラ ンプ法を用いてNCgl1221遺伝子産物のグルタミン酸排 出活性について検討を行なった.図8-C, Dに示すよう に,NCgl1221遺伝子を発現させた株より調製した液胞 様構造体に圧力をかけ,かつ液胞様構造体外部をグルタ ミン酸を含むバッファーに置換した場合に,グルタミン 酸が液胞様構造体の外部から内部へ移動した方向(反転 膜胞であるので,生細胞では細胞の内部から外部の方 向)に対応する電流が確認された.対照であるグルタミ ン酸を含まないバッファーに置換した場合にはこの電流 値の約20%であったことから,グルタミン酸を含む バッファーに置換した場合に観測された電流の大部分は グルタミン酸によるものと考えられる.さらに,l-アス パラギン酸を含むバッファーに置換した場合も同様の電 流が観測された(図8-D).以上の電気生理学的手法を 用いた実験から,NCgl1221遺伝子産物はグルタミン酸 およびアスパラギン酸を排出する活性をもち,その排出 はATPなどのエネルギー非依存的に,すなわち濃度勾 配に従って行なわれ得ることが明らかとなった.した がって,グルタミン酸発酵においてグルタミン酸は NCgl1221遺伝子産物によって形成されるチャネルを通 じて排出されているものと考えられる.大腸菌のMscS により形成されるチャネルの直径は最大で約18Åと推 定されており,グルタミン酸分子が通過するには充分の 大きさである.ただし,この結果は,生きた細胞による 発酵過程でのグルタミン酸排出の濃度勾配以外のエネル ギーの関与を完全に否定するものではない.

メカノセンシティブチャネルの他の有用物質生産へ の展開

前項で述べたように, のNCgl1221遺 伝子産物はグルタミン酸,アスパラギン酸およびその他

のイオンの輸送に直接関与する活性をもち,その排出は ATPなどのエネルギー非依存的に,すなわち濃度勾配 に従って行なわれ得る.また,NCgl1221遺伝子産物は ベタインの排出に関与することも生化学的に示されてい る.これらのことは,NCgl1221遺伝子産物による輸送 は特異性が低いことを示している.

そこで,この特異性が低い排出担体を他の有用物質生 産に活用できないか検討を行なった.一例として,低カ ロリー甘味料であるアスパルテームの原料の一つである

l-フェニルアラニン生産について検討した結果を以下に 述べる.フェニルアラニン生産菌としては,分子育種に よりフェニルアラニンを生産するようになった大腸菌を 用いた.

このフェニルアラニン生産菌にA111V変異または W15CSLW変異をもつNCgl1221遺伝子(図6)をプラ スミドを用いて導入したところ,いずれの変異遺伝子を

図9変異型NCgl1221遺伝子のフェニルアラニン生産菌への導 入効果

(A) 生育,(B) フェニルアラニン生産量,(C) 消費糖当たりの フェニルアラニン生産量,いずれも3回の独立した実験で得られ た値の平均値と標準誤差を,対照株の培養8時間の値を1とした相 対値で示した.●:対照株,□:A111V変異遺伝子を導入した 株,▲:W15CSLW変異遺伝子を導入した株

(8)

導入した場合でもフェニルアラニンの生産量は空ベク ターをもつ対照株に比べて約1.7倍に向上した(図9-B) この結果は,フェニルアラニンがNCgl1221遺伝子産物 を介して細胞外に排出されることを直接示すものではな いが,前記のNCgl1221遺伝子産物の性質から,フェニ ルアラニンがNCgl1221遺伝子産物を介して細胞外に排 出されていることは充分に考えられる.また,変異遺伝 子の導入により生育の改善が見られ,消費グルコース当 たりのフェニルアラニン生産量は対照の約2倍になった

(図9-A, C).これらのことは,このフェニルアラニン生 産菌では排出が律速になっており,このような場合には 排出の強化が育種を行なう上で重要であることを示唆し ている.さらに,他の代謝産物についてもその生産菌に 変異型NCgl1221を導入すると類似の結果が得られてい ることから,NCgl1221遺伝子産物は多用途型排出担体 として機能する可能性があると考えている.

おわりに

以上の実験結果やこれまでの知見を総合すると,

におけるグルタミン酸生成機構は次のよう に考えられる(図10.まず,①グルタミン酸過剰生産 の誘導処理はいずれも細胞表層に影響を及ぼす.② NCgl1221は,グルタミン酸生産の各種誘導処理により ひき起こされる細胞膜の張力変化を感知してチャネルを 開き,③グルタミン酸の細胞外への排出輸送を触媒す る.ある種の変異型NCgl1221は,タンパク質の構造が 変化しており,常にチャネルが開いているアクティブ変

異型であると推定される.かつての漏出仮説では,各種 誘導処理によりひき起こされる細胞膜の脂肪酸組成の変 化などが注目されたが,実は,それらは細胞膜の張力変 化という物理的シグナルを介してNCgl1221の構造変化 を誘発し,グルタミン酸という溶質を菌体外へ輸送し,

結果的に過剰生産を誘導していたのである.パッチクラ ンプ法で得られた結果,すなわちグルタミン酸は特異性 の低い孔を通じてエネルギー非依存的に排出されるとい う結果は,NCgl1221遺伝子産物には濃度勾配に逆らっ て能動的な排出を触媒するようなドメインは見いだされ ていないことと対応しており,またかつての漏出仮説が 本質的には正しかったことを示している.ただし,この 結果は,生きた細胞による発酵過程でのグルタミン酸排 出の濃度勾配以外のエネルギーの関与を完全に否定する ものではない. による工業的グルタミン 酸生産では,条件がよければ150 g/ 程度のグルタミン 酸を蓄積することが可能である.そのような条件では細 胞内よりも細胞外のグルタミン酸濃度のほうが高いと推 測されている.今後,この矛盾をどう説明するのかが課 題である.

微生物を利用した有用物質生産において,目的産物が 細胞外に排出されない,あるいは目的産物の排出が律速 となっている場合,目的産物または生合成中間体が細胞 内に蓄積し,生合成酵素の阻害や抑制,目的産物や生合 成中間体の分解など,生産に不都合な状況が生じる.し たがって,排出が律速となるような有用物質生産,特に 合成生物学的に代謝経路を構築し,目的産物の特異的排 出担体を宿主細胞が保有しない場合などには排出促進が

図10 のグルタミ ン酸生産誘導のモデル

①グルタミン酸生産を誘導する処理 はいずれも細胞表層に影響を及ぼし,

細胞膜の張力を変化させる.②張力 の変化をNCgl1221が感知し,グルタ ミン酸の排出担体が活性化される.

③これにより細胞内のグルタミン酸 が培地中に放出され,グルタミン酸 の生産が開始する.AccBC・DtsR : アセチルCoAカルボキシラーゼ複合

(9)

化学と生物 Vol. 50, No. 6, 2012 449 生産菌育種の上で重要なポイントになる.Mscはこのよ

うな場合に効果的に活用できる多用途型排出担体として 機能するポテンシャルをもっていると考えている.

現在,微生物を利用した有用物質生産の効率化とその 領域のさらなる拡大に貢献することを目指して,種々の 変異型Msc遺伝子を種々の有用物質生産微生物に導入 し,その効果を検証すると同時に,変異型Mscなどを 活用してこれまで微生物による生産がなされてこなかっ た有用物質を生産する微生物の創製 (Exporter Engi- neering, ExE) にも挑戦している.

  (おわり)

文献

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  10)  米山 裕,堀 初弘:化学と生物,50, 44 (2012).

  11)  Y.  Kawahara,  K.  Takahashi-Fuke,  E.  Shimizu,  T.  Naka-

matsu & S. Nakamori : , 61

1109 (1997).

  12)  Y.  Asakura,  E.  Kimura,  Y.  Usuda,  Y.  Kawahara,  K. 

Matsu i, T. Osumi & T. Nakamatsu : , 73, 1308 (2007).

  13)  A. Niebisch, A. Kabus, C. Schultz, B. Weil & M. Bott : , 281, 12300 (2006).

  14)  J. Nakamura, S. Hirano, H. Ito & M. Wachi : , 73, 4491 (2007).

  15)  T. Kuroda  : , 273, 16897 (1998).

  16)  K.  Hashimoto,  K.  Nakamura,  T.  Kuroda,  I.  Yabe,  T. 

Nakamatsu  &  H.  Kawasaki : , 74, 2546 (2010).

倉 田 祥 一 朗(Shoichiro Kurata)  <略 歴>1990年東京大学大学院薬学系研究科 博士課程修了/同年日本学術振興会特別研 究員(東京大学)/1991年東京大学薬学部 助手/ 1995年スイス連邦バーゼル大学バ イオセンター博士研究員/ 1998年東北大 学薬学部助教授/ 2007年同大学大学院薬 学研究科教授,現在にいたる<研究テーマ と抱負>自然免疫機構と組織再生機構の研 究

藏之内利和(Toshikazu Kuranouchi) 

<略歴>1984年信州大学農学部園芸農学 科卒業/ 2001年学位取得(農博,北海道 大学)<趣味>音楽鑑賞,山歩き 力石 嘉人(Yoshito Chikaraishi) <略

歴>2004年東京都立大学大学院理学研究 科博士課程修了(理博)/同年日本学術振 興会特別研究員PD /2007年独立行政法人 海洋研究開発機構研究員/ 2011年同主任 研究員,現在に至る<研究テーマと抱負>

有機化合物の安定同位体比を用いた新しい 指標の開発とその応用<趣味>釣り,登山 馬場 良泰(Yoshiyasu Baba) <略歴>

1994年九州大学大学院薬学研究科博士後 期課程修了/ 1994年財団法人相模中央化 学研究所研究員/ 2000年東北大学多元物 質 科 学 研 究 所 助 手 / 2002年 米 国 The  Scripps  Research  Institute (K.  Barry  Sharpless Lab.) 客員研究員.以後,京都 大学国際融合創造センター博士研究員を経 て,現在塩野義製薬(株)創薬・探索研究所

<研究テーマと抱負>創薬化学.低分子創 薬における新たなフィールドを開拓し,画 期的な新薬を世に出すこと<趣味>山歩き 古川健太郎(Kentaro Furukawa) <略 歴>2000年東北大学農学部応用生物化学 科卒業/ 2005年同大学大学院農学研究科 応用生命科学専攻博士課程修了(農博)/

同年同大学大学院農学研究科日本学術振興 会特別研究員 (PD)/ 2006年スウェーデ ン・ヨーテボリ大学ポスドク研究員/

2009年同大学上級研究員,現在にいたる

<研究テーマと抱負>合成生物学的手法を 用いて,新しい側面から酵母の浸透圧応答 機構の解明を目指している<趣味>旅行

プロフィル

Referensi

Dokumen terkait

大村 智先生が2015年のノーベル医学生理学賞を受賞された.抗生物質生産菌の研究者としては,ペニシリンの フレミング(英,1945年),ストレプトマイシンのワクスマン(米,1952年)に次ぐ3人目の受賞であり,放線菌 研究者としてはワクスマンに次ぐ2人目の受賞である.大村先生は,ペニシリンなどのβ-ラクタム抗生物質やスト