微生物からのスクリーニングは,時として予想外の大きな発見をもたらす.真菌の形態異常を惹起する抗真菌抗 生物質として東京大学の醗酵学研究室で発見されたレプトマイシンは,生命の根幹にかかわるタンパク質核外輸 送因子の発見と画期的抗がん剤開発研究を可能にしたユニークな天然物である.レプトマイシンの標的として同 定された機能不明のCRM1は,真核生物共通のタンパク質核外輸送因子であることが明らかになった.その後,
CRM1は骨髄腫をはじめ多くのがんで重要な役割を果たすことが明らかになり,現在,最も大きな注目を集めるが んの分子標的の一つとなっている.本稿では,微生物スクリーニングから始まって,生物学上の重要な制御因子 の発見と新たな創薬標的の発見をもたらしたレプトマイシンの物語を振り返ってみたい.
はじめに
20世紀に人々を幸せにしたものの一つとして抗生物 質が挙げられている.微生物が生産する膨大な種類の二 次代謝産物は,抗生物質をはじめとする生理活性物質の 宝庫である.中でも2015年のノーベル生理学医学賞を 受賞された大村智先生のエバーメクチン,2017年ガー ドナー国際賞を受賞された遠藤章先生のコンパクチン
(ML-236B)は多くの人々を救った奇跡の生理活性物質 と言える.微生物が作る化合物の多様性は,当然ながら その標的分子の多様性につながっているため,天然物の 作用機序研究は,新たな生物学的発見をもたらす基礎研 究としても重要である.しかし,これらの膨大な天然生 理活性物質の作用標的が分子レベルで解明された例はご くわずかであり,多くの研究資源が未開拓のままである と言っても過言ではない.化合物の標的が疾患の原因と なる重要な因子であった場合,その化合物自身が医薬品 とならなくとも,その因子は創薬標的となり,新たな創 薬研究へとつながっていく.レプトマイシンの標的分子 の解明研究は,まさにその典型例となった.
抗真菌抗生物質の探索とレプトマイシンの発見 深在性真菌症は免疫力の低下した患者に起こる日和見 感染であり,近年,キャンディン系やアゾール系の優れ
た抗真菌剤が開発されるまでは難治の感染症であった.
郡司,別府らは形態変化を指標に細胞壁合成を標的とす る抗真菌抗生物質のスクリーニングに取り組んだ結果,
ケカビや分裂酵母など一部の真菌にのみ特異的な増殖阻 害と形態変化を誘導する物質としてレプトマイシン
(LM) AおよびB(図1)を単離した(1).構造は末端に
δ
- ラクトン環を有する不飽和脂肪酸であり,特に分裂酵母 に20 ng/mLという低濃度で増殖停止とともに形態伸長を 引き起こすという特徴を示した(2, 3).また,動物細胞にも nMオーダーの低濃度で細胞周期のG1期停止を誘導する とともに抗腫瘍活性を示す(4, 5).構造活性相関から,末端 の不飽和のδ
-ラクトン環は活性に必要であるが,一方の 末端にあるカルボン酸は不要であることが示唆された.実際,カルボン酸に種々の化学修飾をしても活性は維持 されるが,飽和のラクトンに変換すると活性が完全に失 われる.LMの発見の後,カズサマイシン,アンギノマイ シン,レプトールスタチンなどいくつかの構造類縁体が いずれも強い抗腫瘍活性物質として報告されている(6〜9).
2017
年ガードナー国際賞受賞記念特集レプトマイシン物語
抗真菌抗生物質の探索から始まった新規がん分子標的治療への道 吉田 稔 *
1,2Minoru YOSHIDA, *1 理化学研究所,*2 東京大学大学院農学生命
科学研究科 図1■レプトマイシンの化学構造
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LMBの標的分子:CRM1の同定
LMの作用機構については主成分であるLMBを用い,
遺伝学的解析が可能な分裂酵母を利用して行われた.わ れわれはLMB耐性の分裂酵母変異株を取得し,変異株 のゲノムライブラリーから野生株分裂酵母にLMB耐性 を与える耐性遺伝子をクローン化した(10).得られた耐性 遺伝子は,以前に柳田らにより同定された染色体高次構 造維持に関連する必須遺伝子 の変異遺伝子であり,
野生株に導入するとLMB選択的な耐性を示した.その 温度感受性変異株の核形態異常やタンパク質発現などの 表現型は,すべてLMBを分裂酵母野生株に作用させと きの表現型と同一だったことから,LMBの標的分子は CRM1そのものであると結論した(10).しかし,その時点 ではCRM1タンパク質には,機能を推定できるような既 知ドメインが認められず,その真の機能は不明であっ た.CRM1は種を超えてよく保存されていたことから,
CRM1こそが真菌からヒトまで共通のLMの標的分子と 考えられた.そこで,われわれは,ヒトCRM1の単離を 行ったところ,得られたヒトCRM1ホモログは全長にわ たって50%以上の相同性を示し,分裂酵母の 変異 株を相補することができた(11).ヒトCRM1は核膜に局 在し,核および核膜機能に関連すると考えられた.
LMBの標的タンパク質CRM1は核外移行シグナル の受容体である
同じ頃,WolffらはエイズウィルスRevタンパク質の 核外移行阻害剤としてのLMBを再発見した(12).この新 たな生物活性の発見をきっかけとして,CRM1の分子機 能は急展開で明らかになった.タンパク質の核移行には,
核移行シグナル(NLS)が必要である.NLSを介した 核移行のメカニズムは古くからよく研究されていたが,
核外移行については,1995年に初めて核外移行シグナ ル(NES)の存在が報告されていたものの,その受容体 も含めて輸送の分子機構は不明であった.NESはロイシ ンに富んだ10アミノ酸程度の短い配列であり,GFPな ど蛍光タンパク質に付加すると,局在が細胞質に大きく 傾く.HIVのRevは初めて発見されたNES含有タンパ ク質の一つであり,Revは宿主の核外移行装置を利用し てウイルス複製に必要となるウイルスRNAの核外輸送 を行っていると考えられた.LMBがRevの核外移行機 構を阻害するというWolffらの発見は,CRM1が真核生 物に共通のタンパク質核外移行に重要な機能を果たして いることを示唆する.そこで,NESを付加したマーカー タンパク質を発現した細胞にLMBを添加すると,速や かに核局在が回復した.結局,われわれを含めいくつか のグループによってCRM1の機能欠損により核外移行 が阻害されること,CRM1はRanGTP依存的にNESと直 接結合することが示され,CRM1はNESの受容体その
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回想:NES受容体発見の熾烈な競争
1996年末に留学中の秋田 充君(現・愛媛大学准教授)
から1本の電話がかかってきた.米国細胞生物学会で,サ ンド社(現・ノバルティス社)のグループがHIV Revの 核外輸送を阻害する物質としてレプトマイシンB(LMB)
を再発見したというのである.当時われわれはLMBの標 的として同定した機能不明のタンパク質CRM1の機能解析 を進めていた.秋田君の報告のとおり,LMBがNESの核 外輸送を阻害するのであれば,CRM1がNESの受容体その ものであると直感した.しかし,このことは私だけではな く,ほかの専門家も同じだったようである.その日から CRM1がNES受容体であることを証明する熾烈な競争が 始まった.複数のグループからLMBの供与を依頼する メールが来た.われわれは化合物のリクエストを断ったこ とはなく,このときも惜しげもなく化合物を送り続けた が,内心は焦ったものである.結果的に翌年,われわれも 含めて5グループからほぼ同時にCRM1がNES受容体で あるという論文が , , 誌などに掲載され た.RNAi技術がなかった時代に,真にヒト細胞における CRM1の必須の機能を証明したのは,その翌年に発表した われわれの中和抗体を用いた実験だったと思っているが,
やや遅れた分,超一流誌には掲載されなかった.
次の課題はLMBがCRM1に結合して阻害するメカニズ ムの解明であった.われわれはLMB超耐性となるCRM1 変異体の取得とビオチン化したLMBを用いたケミカルバ イオロジーから,CRM1の1つのシステイン残基に共有結 合することを証明した.この発見は材料の独自性からわれ われの独壇場だろうと思っていた.ところがその直後,米 国ブランダイス大学のMichael Rosbash博士からメールが 来た.彼らはLMB非感受性の出芽酵母のCRM1と分裂酵 母のものをキメラにして感受性にかかわる領域を切り縮 め,最終的にわれわれと同じ結論にたどり着き,さらに LMB感受性の出芽酵母を作出したという驚きの報告であっ た.すぐさまRosbash氏の招きで大学院生の工藤信明君と ともにブランダイス大学に赴き相談した結果,論文投稿は 別々に出すことになった.翌年,われわれの論文は に,Rosbash氏のは ジャーナル誌にほぼ同時に掲載 された.地球の裏側で見知らぬ人がほとんど同じ発見をし ていたなど思ってもみないことであった.研究は楽しくか つスリリングである.だが時として熾烈な競争に巻き込ま れて悔しい思いをすることもある.ちなみにRosbash博士 は,彼の別のプロジェクトである時計遺伝子の発見で2017 年のノーベル生理学医学賞に輝いた.おそらく別の熾烈な 競争があったに違いない.
コ ラ ム
ものであることが明らかになった(13〜16)(図2).CRM1 はNLSの受容体であるimportinとの対比からexportin 1(XPO1)とも呼ばれるようになった.
レプトマイシンによるCRM1阻害の分子機構 LMBによるCRM1阻害機構の詳細は,分裂酵母の分 子遺伝学とビオチン化したLMBを化学プローブとして 用いる化学遺伝学的実験の組合せによって解明された.
まず,LMB超感受性を示す分裂酵母の低温感受性 変異株の抑圧変異を単離したところ,LMB感受性を完 全に失った変異株を見いだした.その変異を解析したと ころ, 遺伝子のCys-529(ヒトCRM1ではCys-528)
がSerへ置換された変異であることがわかった(17).この 変異体は野生型CRM1と異なり,LMBとの結合性を完 全に失っていた.さらに興味深いことに,このLMB結 合に関与するシステイン残基は分裂酵母だけでなくヒト,
マウス,アフリカツメガエルなどLMBに感受性のある 生物のCRM1では保存されており,LMBが全く作用し ない出芽酵母やコウジカビではスレオニンであった.こ のことはたった1つのアミノ酸によってLMB感受性が 決まっていることを示す(図3).実際,Rosbash(2017 年にノーベル賞受賞)らは出芽酵母のスレオニン残基を システイン残基に置換することにより,LMB感受性の 出芽酵母の作製に成功している(18).次にビオチン化し たLMBを用いてLMBとCRM1がどのように結合する のかを調べたところ,LMBは
α
,β
不飽和ラクトン部分 のマイケル付加反応によりCRM1の保存されたシステ イン残基と共有結合することが明らかになった(図4A). さらに,ビオチン化LMBを細胞の外から加え,細胞内でLMBと結合したタンパク質をストレプトアビジンに て単離すると,CRM1がLMBと細胞内で共有結合して いる唯一のタンパク質であることがわかった.マイケル 付加反応は,一般的に特異性の低い反応であるが,LMB とCRM1の1カ所のシステイン残基との結合は極めて選 択的である.その特異的結合においてLMBの長い疎水 的な脂肪族部分が重要であることがわかっている.
CRM1の構造と機能
核膜で仕切られた核と細胞質の間での物質輸送が,シ グナル伝達や細胞周期の制御に重要であることはよく知 られている.核膜では核膜孔を介して物質輸送が行われ,
分子量4万以下の比較的小さなタンパク質は,エネルギー 非依存的に拡散して核膜孔を通過することができる.一 方,それ以上の高分子の輸送,または低分子タンパク質 であっても自然拡散に抵抗して細胞内局在するためには 核膜孔通過のための受容体とエネルギーが必要である.
塩基性アミノ酸に富んだNLSの受容体としてimportin
α
とβ
がよく知られている.NLSはimportinα
と結合する が,importinα
のみでは核膜孔を通過する能力はなく,importin
α
がimportinβ
と複合体を形成することで初め て核内へ移動することができる.importinβ
は核膜孔タン パク質群と相互作用し,自分自身で核膜孔を通過する能 力があるが,GTP結合型のRanと結合すると構造変化を 起こし,複合体が解離すると考えられている.RanはRas と似たGTPaseであり,核内にはそのGTP/GDP交換因子 であるRCC1が,一方,細胞質にはGAPであるRanBP1 が局在するため,核内はGTP結合型,細胞質ではGDP 結合型になっている.したがって,核内に移行したNLS図2■核−細胞質間のタンパク質輸送 NLSとNESを介した核−細胞質間のタンパク 質輸送は,それぞれimportin複合体とexpor- tin(CRM1)によって担われる.どちらも核 内ではRanGTPと結合するが,importin βでは RanGTPのないときに積荷と結合し,RanGTP と結合すると積荷と解離する.逆に,exportin であるCRM1ではRanGTPが存在するときに 積荷と結合する.Importin βとexportinはど ちらも自由に核膜孔を通過できるが,RanGTP の有無によって積荷の輸送方向が決定される.
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とimportin
α
・β
複合体にRanGTPが結合すると,3者複 合体は解離し,積荷(cargo)としてのNLS含有タンパク 質は核に残され,解離したimportinα
およびβ
は細胞質へ リサイクルされると考えられている.自ら核膜孔を通過 できるimportinβ
と異なり,importinα
はCASと呼ばれ る核外輸送因子の働きによって細胞質へ戻っていく.NESの受容体であるCRM1は単独で核膜孔複合体と結 合して実際に核膜孔を通過する能力をもつとともにNES と結合する能力も有する.そのN末端領域にはCASな どほかのexportinを含めimportin
β
ファミリーに相同性 のある領域(CRIME)があり,Ranとの結合に関与す る.CRM1とNESとの結合は2者だけでは非常に弱く,RanGTPの結合に依存して安定な結合になる.ちょうど importinの場合とは逆にNESとRanGTPとの3者複合体
は,核膜を通過した後,細胞質のRanGAPの活性により RanがGDP型になることによってcargoであるNES含有 タンパク質が解離すると考えられる(図2).LMBが結 合するシステイン残基が存在するCRM1の中央領域は,
ヒトと酵母で高度に保存されており,極めて重要な機能 を担う領域であることが推定された.しかし,CRM1の 構造と機能の関係は長い間未解明となっていた.
2004年にCRM1の1/3に相当するC末端側の部分構造 が解明され,CRM1がHEATリピートと呼ばれるヘリック ス構造がつながったものであることが明らかになった(19). そしてCRM1がNES受容体であることが示されてから10 年以上経過した2009年,ついにCRM1の全体の結晶構造 解析が報告された(20).CRM1の立体構造は21個のHEAT リピートからなる環状(トロイド)構造であり,N末端と C末端の間で開環したリングのように見える.NESを有す るSnurportin1(SPN1)とRanGTPとの3者複合体の結晶 構 造 か ら,CRM1はN末 端 領 域 のCRIMEド メイン で RanGTPと結合すると,RanGTPを抱え込むように閉環構 造となるため,NES結合部位が開き,NESと安定に結合 できるようになる(図5).一方,細胞質でRanGTPが CRM1から解離すると,CRM1リング構造が変化すること によりNES結合部位は閉じた構造となり,積荷はNES結 合部位から解離して追い出される.このNES結合部位は,
まさにLMBが結合するシステイン残基を含んだ疎水的な 溝であった.2013年にはLMBとの共結晶も解明され,
LMBはNES結合部位にぴったりとはまり,システイン残 基と共有結合することが証明された(21)(図5).この際,
ラクトン環はCRM1の作用により開環していることも明ら かになった.その結果,周辺の塩基性残基との相互作用 が高まることでLMBとの結合は安定化し,不可逆的に CRM1に結合すると考えられる(図4A).すなわち,LMB 図3■レプトマイシンとの結合部位 CRM1の中央領域は高度に保存されて おり,レプトマイシンとの結合に必須 であるシステイン残基は,レプトマイ シン感受性生物では保存されている.
図4■CRM1阻害剤の結合様式
A. NES結合領域に存在するシステイン残基とレプトマイシンはマ イケル付加反応で結合する.さらにラクトン環が加水分解を受け ることで安定に結合すると考えられる.B. KPT-330は同様に,マ イケル付加反応によってシステインと共有結合するが,加水分解 は受けないため,可逆的な結合となる.
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の結合部位はまさにNESの結合部位そのものであり,
LMBが強固に結合することにより,CRM1はNESが結合 できない不活性型になると結論された.
CRM1とがん
細胞をLMBで処理すると,核−細胞質間をシャトルす るタンパク質の局在バランスが崩れるため,CRM1/
XPO1依存的な核外輸送を受けるタンパク質の局在は,
LMBによって大きく変化する.こうした観察により,多 くのがん抑制因子をはじめ,核内の遺伝子発現調節にか かわる因子がCRM1/XPO1の積荷となっていることが判 明した.すなわち,CRM1/XPO1によって核外輸送され るタンパク質としてp53, pRB, BRCA1, APCなどのがん 抑制因子,p21, p27,サイクリン,CDC25などの細胞周 期制御因子などが同定された.これらの因子は細胞質と 核内をシャトルするものであり,LMB処理によって核内 蓄積することが細胞周期停止や抗がん活性の原因となっ ていると考えられる.たとえば,LMBは非常に低い濃度 で正常線維芽細胞の増殖を細胞周期のG1期で停止させる が,その原因としてタンパク質脱リン酸化酵素である PP2Aの核内蓄積がかかわることが明らかになった.
PP2AはNESをもち,LMB処理によってPP2Aが核内蓄 積する結果,転写因子AP-1の主要構成因子であるc-Jun の脱リン酸化が起き,G1期進行に必要なサイクリンD1の プロモーター活性が抑制される.すなわち,PP2Aの核移 行によるサイクリンD1の遺伝子発現阻害がLMBによる G1期停止のメカニズムであることが明らかになった(22).
近年,多くのがん細胞でCRM1の高発現や突然変異な
どの異常が観察され,がんとCRM1の関係がますます注 目されている.p53, pRB, BRCA1はいずれも核内で機能 するがん抑制因子でありCRM1はこれらを核外へ輸送す ることでそれらのがん抑制機能を負に制御する.一方,
アポトーシス阻害活性をもつタンパク質Survivinは,
CRM1によって細胞質に蓄積することで効率よくカス パーゼの活性化を抑制し,がん細胞をアポトーシスから 保護してその生存を支える.さらに最近,われわれは Cortactinというタンパク質の局在制御を介して,がん細 胞の転移や浸潤にかかわる運動性の獲得にもCRM1がか かわることを示した(23).Cortactinはがん細胞で高発現 することが知られるアクチン結合タンパク質である.
Cortactinは増殖シグナルに応答して細胞質から細胞辺 縁部へ移行して枝分かれしたアクチンフィラメントから なるラムリポディア(葉状仮足)を動的に形成して細胞 の運動性を高める.Cortactinの細胞質局在と増殖刺激 に応答した辺縁部への移行には,Keap1と呼ばれるタン パク質が必須であった.Keap1は酸化ストレスに応答す るための転写因子NRF2の抑制因子として有名である が,それとは独立にCortactinの細胞辺縁部局在を担う 機 能 も あ っ た.同 時 にCortactinとKeap1の 結 合 は,
Cortactinがアセチル化されると失われることも明らかに なった.すなわち,Cortactinは核内にあるアセチル化酵 素CBPによってアセチル化されて機能が抑制されるが,
CRM1はCortactinを効率よく核外輸送することによっ てアセチル化を防ぐ働きがあると考えられる.このよう に,CRM1の高発現は,がん細胞の増殖と運動性を促進 し,アポトーシスを抑制してがん細胞を生存させること により,がんの発生や進展に関与すると考えられる.
CRM1を標的とした創薬
レプトマイシンやカズサマイシンなどの天然由来核外 輸送阻害剤は,動物モデルで強い抗がん活性が認められ たことから,抗がん剤として開発しようという研究が行 われたが,物性や副作用などの問題で医薬品としての実 用化には至らなかった.ところが最近,Karyopharm Therapeutics社 に よ り,SINE(Selective Inhibitors of Nuclear Export)と名付けられた一連の非天然の合成 CRM1/XPO1阻害剤が開発され,種々の骨髄腫やウイル ス性疾患への適用が検討されている.中でも経口投与可 能なKPT-330(Selinexor)は米国において難治性骨髄腫 と多発性骨髄腫の治療薬としての臨床試験が行われてお り,大きな期待が寄せられている.アジアでは小野薬品 工業(株)が使用権を得て臨床試験を開始する予定となっ 図5■CRM1のX線結晶構造解析
A. CRM1単独の結晶構造.CRM1単独の構造ではNES結合部位が閉 じている.B. CRM1‒RanGTP‒NES複合体の結晶構造.RanGTPと 結合した時の構造は,NES結合領域が開いている.C. NES結合部位 の拡大図.D. レプトマイシンBと結合したNES結合部位の拡大図.
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ている(24).レプトマイシンBと同様,SINEもCRM1/
XPO1の保存されたシステイン残基に共有結合すること で核外輸送機能を阻害する.その結合様式は,X線共結 晶構造解析により解明されたが(21),ラクトン環が開環 して安定で不可逆的に結合するLMBと異なり,SINEの 結合は可逆的であった(図4B).このことがLMBに比 べて毒性が低い理由かもしれない.最近では,多くのが んで見られる変異型KRASとCRM1/XPO1の阻害が合 成致死の関係にあることが示され,核外輸送阻害剤がよ り多くのがんで有効である可能性が示唆されている(25).
おわりに
抗真菌抗生物質としてのレプトマイシンの発見から生 命の根幹にかかわるメカニズムの解明と抗がん剤開発へ と発展した歴史を振り返ると,微生物を用いたスクリー ニング研究の重要性が改めて認識させられる.微生物由 来の二次代謝産物は,医薬品の資源としての重要性だけ でなく,新たな創薬標的の発見のための基礎研究ツール としても重要であることを示している.近年,低分子か らの創薬はだんだん難しくなっていると言われている.
その大きな理由は,創薬標的の枯渇である.ゲノム研究 からたくさんの新規創薬標的が見いだされると期待され たが,現実はさほど簡単ではなかった.カビや酵母と いったヒトの慢性疾患のモデルになるとは思われない下 等真核生物への作用を通じて,新しい創薬標的が解明さ れたことは教訓的であるとも言える.多くの企業で天然 物創薬が下火になってしまった今,新たな創薬標的を見 いだすための基礎研究として微生物スクリーニングを捉 え直す時期にきたように思われる.
謝辞:本総説を執筆するに当たり,結晶構造解析についての作図を手 伝っていただいた工藤紀雄博士に感謝します.
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プロフィール
吉 田 稔(Minoru YOSHIDA)
<略歴>1986年東京大学大学院農学系研 究科博士課程修了/同年同大学助手/1995 年同大学助教授/2002年理化学研究所主 任研究員,現在に至る/2013年理化学研 究所環境資源科学研究センターグループ ディレクター,現在に至る/2017年東京 大学大学院農学生命科学研究科教授,現在 に至る<研究テーマと抱負>主なテーマは 微生物が生産する生理活性物質のケミカル バイオロジー.これからは生理活性物質の 作用機序に加えて,広く微生物における情 報伝達,寿命などの現象を解明したい<趣 味>食べること,飲むこと,歌うこと
Copyright © 2018 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.56.197
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