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化学と生物 Vol. 51, No. 7, 2013
原核生物の新規な獲得免疫機構 CRISPR/Cas システム
リピートとスペーサーの規則的反復構造が細菌の進化をコントロールする
近年,細菌学の分野でCRISPRという目新しい言葉が 注目されている.真正細菌・古細菌に広く保存されてお り,細菌の外来性遺伝子に対して獲得免疫機構を担って いることが示唆されていることから,細菌の生命現象を 理解するうえで欠かせない遺伝的要素であると言える.
しかしCRISPRに関する総説は,あまりに急激に研究が 進展しているため,本邦ではいまだ出版されていない.
本稿ではCRISPRに関する基本的事項について述べると ともに,菌株タイピングへの応用や獲得免疫以外の新機 能などの最新のトピックについても,われわれの研究成 果を交えながら紹介したい.
CRISPRは,細菌ゲノム上に1カ所ないし複数箇所に 限局して存在する反復配列領域で,おおむね30 〜40 bp 程度の塩基長の同一配列(リピート配列)の間に,同程 度の塩基長の多様な配列(スペーサー配列)が挟まれて 繰り返し構造をとる(図1).Clustered regularly inter- spaced short palindromic repeat (CRISPR) は,この構 造的な特徴を示した略称で,リピート配列 (Repeat) が ゲノム上に限局的に密集し (Clustered), 隣接リピート 間の間隔は規則的な長さで (Regularly Interspaced), リ
ピート配列自体は短く回文構造をもつ (Short Palin- dromic) ことを示している.ゲノム配列が解読されてい る細菌種では,真正細菌の50%,古細菌の90%がCRIS- PRをもつことが報告されている(1).CRISPRは後述す るリーダー配列と隣接し,CRISPR関連 (Cas : CRISPR- associated) 遺伝子群とともに存在するのが普通である.
歴史的に,CRISPRの特徴をもつ塩基配列領域が初め て報告されたのは,大阪大学の石野良純らによる1987 年にさかのぼる.このときは,アルカリフォスファター ゼアイソザイム変換に重要な遺伝子 の3′末端側に隣 接する配列として紹介されるのみであった(2).その後,
同様の配列領域が真正細菌・古細菌に広く見られること が相次いで報告され,配列構造の特徴から2002年に
「CRISPR」 の 名 称 が 提 案 さ れ た(3).さ ら に2007年,
CRISPRが細菌のファージ感染への抵抗性にかかわって いることが実験的に証明され(4),次いでプラスミド転移 や自然形質転換の抑制機能に関しても報告された.すな わち,細菌が外来性遺伝子の侵入を記憶して再感染時に 抵抗する「細菌の獲得免疫機構」として,制限修飾系な どと並列して議論される存在となった.近年では,後述
図1■CRISPRの構造と獲得免疫機 構
細菌は,バクテリオファージやプラ スミドなどに由来する外来性遺伝子 の一部を,PAM配列依存的もしくは 非依存的に,CRISPRの始端側に獲 得する(第一ステップ).CRISPR領 域は1本の前駆crRNAとして転写さ れる.この後,I 〜 III型のそれぞれ に特異的なCasタンパク質群が,前 駆crRNAのプロセッシングを行うと ともに,crRNAとの複合体を形成す る(第二ステップ).そして,スペー サーと相同な塩基配列をもつ外来性 遺伝子が菌体内に侵入した際,相補 的結合を形成して標的遺伝子を切断 する(第三ステップ).
獲 得
1
発 現
2
切 断
3 Cas遺伝子群
I型 II型 III型
Cascade Cas9 Csm / Cmr
RNase III
0 Cas6
標的DNA 標的DNA 標的DNA
またはRNA 外来性遺伝子
PAM配列
プロセッシング
転 写 スペーサー
獲得
スペーサー リピート
リーダー配列 プロモーター
CRISPR
Cas3
(始端側) (終端側)
前駆crRNA 細 菌
ゲノムDNA プラスミド バクテリオ
ファージ
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する菌株タイピングなどへの利用が盛んであるほか,獲 得免疫以外の新機能も相次いで報告されている.
CRISPRのメカニズムは,遺伝子のノックダウンへの 応用で知られる真核生物のRNA干渉 (RNAi) に類似し たものであることが知られている.両者はともに,外来 配列の細胞内侵入に応答して転写され,small RNAと して標的配列と相補的結合し,標的配列を切断する機構 をもつ点で共通している.一方,CRISPRのみに見られ る特徴として,外来性の遺伝子断片をゲノム上に保存で きること,外来性遺伝子の再侵入時に獲得免疫系として 機能すること,複数の外来性遺伝子断片が限局した領域 内にリピート配列を介在して整列していること,転写後 に1スペーサー単位でプロセッシングされること,が挙 げられる.
CRISPRが獲得免疫機構を発揮するには3つのステッ プが重要である.すなわち,1) 外来性遺伝子断片の CRISPR内への獲得,2) 転写・プロセッシングによる CRISPRの発現,3) 外来性遺伝子の切断である(図1). これら各ステップにはCas遺伝子群が必須である.Cas 遺伝子群はCRISPRの近傍に位置し,その種類は細菌・
古細菌全体で限られることから,代表的菌種名による CRISPR型分類(Ecoli型,Ypest型など)が用いられて きた(5).しかし,その後のCRISPR関連報告の増加に伴 う同分類の問題点(オーソログ遺伝子に対する複数名称 の使用など)の改善を考慮した,Cas遺伝子群の種類と 並び方に基づくI 〜 III型の分類法(6) が現在では主流で ある(表1).同法では各型をさらにA型などの亜型に 分類しているが,機能発揮するうえでのメカニズムの違 いはI 〜 III型の3パターンに集約される.
CRISPR獲得免疫の第一ステップでは,I 〜 III型のい ずれもCas1/2がスペーサー獲得時に機能する.I, II型 CRISPRはDNAを標的とし,DNA上に特定の塩基配列 モチーフを探してその領域の3′側配列をスペーサーとし て獲得する.このモチーフは protospacer-adjacent mo- tif (PAM) 配列と呼ばれ,亜型によって2 〜 8 bpの開 き が あ る.一 方,III型CRISPRはDNAだ け で な く RNAを標的とすることも可能で,一般的に明確なPAM 配列は認められない.獲得したスペーサーは,CRISPR 領域内にランダムに入るわけではなく,次の第二ステッ プでCRISPR領域が転写される際のプロモーター配列 側,すなわちCRISPRの始端側 (leader end) に端から 挿入される.その反対側は終端側 (trailer end) と呼ば れる.
第二ステップでは,CRISPR領域全体が1本のRNA
(前駆crRNA)として転写され,1スペーサー単位でプ ロセッシングされた後,第三ステップの準備としてCas タンパク質と複合体を形成する.まず最初の転写は,
CRISPR領域外の塩基配列上にあるプロモーター領域か ら始まる.プロモーターの位置する領域はリーダー配列
(leader sequence) と呼ばれ,多くの菌種において高 AT含量である.先の第一ステップで述べたCRISPR始 端側は,リーダー配列と隣接する側である.転写後のプ ロセッシングでは,スペーサーの両側に隣接するリピー トが部分的に連結された形で前駆crRNAが切断され,
crRNAとなる.このとき,I 〜 III型のいずれにおいて も,Casタンパク質が前駆crRNAに結合することに よってプロセッシングが起こる.I型ではCasタンパク 質複合体を特に CRISPR-associated complex for antivi-
表1■Casの型分類と機能
型 亜型 代表的菌種による分類 型/亜型に特有な遺伝子と機能
I ′ ″ 標的配列の切断
A Apern / Casタンパク質複合体形成
B Tneap-Hmari Casタンパク質複合体形成
C Dvulg Casタンパク質複合体形成
D − Casタンパク質複合体形成
E Ecoli Casタンパク質複合体形成
F Ypest Casタンパク質複合体形成
II Casタンパク質複合体形成
A Nmeni スペーサー獲得
B Nmeni −
III Casタンパク質複合体形成
A Mtube Casタンパク質複合体形成
B RAMP module Casタンパク質複合体形成
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ral defense (Cascade) と呼ぶ.II型ではCas9と複合体 を形成したcrRNAと,ゲノム上のCRISPRとは別の領 域から転写された -acting CRISPR-associated RNA
(tracrRNA) が相補的結合を形成した後,同じくゲノム 上の遺伝子発現から生じた RNase III によってリピート 配列の一部を切断する.またIII型ではCas6との複合体 に次いでCsmまたはCmr(いずれもCas遺伝子群の一 つ)との複合体をcrRNAが形成し,スペーサー自身と それに隣接する片側のリピートをそれぞれの複合体で切 断する.Cmrは,機能未知であった当初は repeat-asso- ciated mysterious protein (RAMP) と呼ばれていたが,
タンパク構造中のRNA認識モチーフ (RRM : RNA rec- ognition motif) が前駆crRNAのプロセッシングに重要 であることがわかり,Cascade構成タンパク質である Cas5などもRAMPファミリーとして分類されている.
第三ステップでは,Casタンパク質と複合体を形成し たcrRNAが自身と相同な塩基配列をもつ外来性遺伝子 を認識し,相補的結合を形成して外来性遺伝子を切断す る.前述のとおり,I, II型ではDNAのみを標的とする 一方,III型では亜型によるCas遺伝子の種類の違いに 基づいて,III-AはDNA, III-BはRNAをそれぞれ標的と する.I型ではCas3が標的DNAの切断に関与する.
細菌が生息環境に対応してCRISPRスペーサーを獲得 しているとすれば,スペーサー配列の相違が,異なる環 境に生息してきた同一菌種の相違をもたらす一つの要因
になっていると考えられる.これに着目して,CRISPR スペーサーの種類を菌株間で比較することでタイピング を行う手法が,近年種々の細菌種で行われている(1).特 に,新規スペーサーが挿入される始端側のスペーサーの 種類を調べることにより,どのような外来性遺伝子に攻 撃を受けたかを知ることになり,感染制御によるその菌 種の環境適応を知る手がかりとなりうる.実際に,リ ピート配列と相同な逆向きプライマー一対で増幅した PCR断片を,既知のスペーサー配列とハイブリダイ ゼ ー シ ョ ン さ せ て 検 出 す る ス ポ リ ゴ タ イ ピ ン グ 法
(spoligotyping) が商品化されている.同法はPCRに基 づくため対象サンプル量が微量で済むこと,ハイブリダ イゼーションに基づくためシーケンシングが不要である ことが利点であるが,未知スペーサー配列の同定には シーケンシングが必須である.
また,獲得免疫以外にもCRISPRがさまざまな機能を もつことが近年報告されている(表2).たとえば自己 の遺伝子発現の抑制やバイオフィルム形成抑制,遺伝子 水平伝播の抑制がこれに該当する.これらに加えて,わ れわれがCRISPR解析を行ってきたヒト咽頭炎の原因菌
, 歯周病の原因菌
では,菌種内の遺伝的多様性をCRISPRが制 御していることが示唆された.以下にその内容を簡単に 紹介する.
はゲノム上にプロファージ領域をもち,
表2■獲得免疫以外のCRISPRの機能
機能 詳細 菌種 参考文献
自己の遺伝子
発現抑制 グリコーゲンホスホリラー
ゼ遺伝子の転写抑制 Jorth and Whiteley, 2012 ヒスチジルtRNA合成遺伝
子の転写抑制 Aklujkar and Lovley, 2010
バイオフィル ム形成抑制
Cas遺 伝 子 群 と 特 定 の ス ペーサーによるバイオフィ
ルム形成抑制 Cady and OʼToole, 2011
遺伝子水平伝
播抑制 抗生物質耐性遺伝子の伝播
抑制 Marraffini and Sontheimer, 2008
菌種内の遺伝
的多様性制御 プロファージの出入りを制
限 Nozawa , 2011 ; Watanabe , 未発表
ゲノム再構成・菌体間組換
えの抑制 Watanabe , 2013
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われわれが行った多株ゲノム解析の結果,CRISPRス ペーサーはすべてプロファージ配列と相同であった.さ らに,観察されるプロファージの種類は,CRISPRが保 有するスペーサー数が少ないほど多様性に富んでいた(7)
ことから, はCRISPRを利用してゲノムへ のプロファージの出入りを制限し,菌種としての進化に 利用していると考えられた(Watanabe , 未発表). 一方, は,複雑・大規模なゲノム再構成や 菌体間組換えにより菌種内の遺伝的多様性を創出してい ると考えられている菌種である(8, 9).われわれの解析の 結果,CRISPRのスペーサーの約97%は既存の塩基配列 データベースに相同な配列が検出されなかった.しか し,残り数%のうち6割以上のスペーサーが,自己と同 じ菌種すなわち のゲノム配列と相同で,
さらにそのうち約4分の1は がゲノム上に 多数保有する挿入配列 (IS : insertion sequence) の配列 またはその近傍配列と相同であった.これらの結果か ら, では多様性創出が過剰にならないよ う,IS移動を介したゲノム再構成と菌体間組換えの両 者をCRISPRによって巧みに制御している菌種であると 考えられた(10).いずれの菌種も,実験的検証による CRISPRの機能解明が待たれる.
われわれの研究成果の例だけでなく,CRISPRにはほ かにも未知なる機能が秘められている可能性があり,今 後のさらなる研究の進展が期待される.最後に,CRIS- PRを用いたゲノム編集技術が近年開発され,細菌だけ でなく真核生物にも広く応用可能であり,われわれの研 究室においても細菌を素材として技術導入を試みている ことを紹介しておく.
1) D. Bhaya : , 45, 273 (2011).
2) Y. Ishino : , 169, 5429 (1987).
3) R. Jansen : , 6, 23 (2002).
4) R. Barrangou : , 315, 1709 (2007).
5) D. H. Haft : , 1, e60 (2005).
6) K. S. Makarova : , 9, 467 (2011).
7) T. Nozawa : , 6, e19543 (2011).
8) M. Enersen : , 3, 8487 (2011).
9) T. Watanabe : , 193, 4259 (2011).
10) T. Watanabe : , (2013), doi : 10.
1093/gbe/evt075.
(渡辺孝康,中川一路,丸山史人,東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科)
プロフィル
渡辺 孝康(Takayasu WATANABE)
<略歴>2008年東京医科歯科大学歯学 部歯学科卒業/同年歯科研修医プログラ ム/2009年同大学大学院(細菌感染制御 学分野,博士課程)/2012年日本学術振 興会特別研究員DC2/2013年東京医科歯 科大学大学院(細菌感染制御学分野,日 本学術振興会特別研究員PD),現在に至 る<研究テーマと抱負>歯周病の原因菌
がもつCRISPRの機能を研究 中. 以外の歯周病原因菌の CRISPR機能についても興味あり<趣味>
食べること,音楽鑑賞
中川 一路(Ichiro NAKAGAWA)
<略歴>1992年大阪大学歯学部歯学科卒 業/同年同大学大学院(口腔細菌学,博 士課程)/1995年日本学術振興会特別研究 員DC2/1996年大阪大学大学院(口腔細 菌学,日本学術振興会特別研究員PD)/
1997年 同 大 学 大 学 院(口 腔 細 菌 学,助 手)/1998年同大学大学院(口腔細菌学,
講師)/2006年東京大学(医科学研究所,
助教授)/2009年東京医科歯科大学(細菌 感染制御学分野,教授),現在に至る<研 究テーマと抱負>A群連鎖球菌の宿主細 胞内動態に興味あり,研究中.特に,オー トファジーによる感染制御の研究に注力し ている<趣味>読書,料理
丸山 史人(Fumito MARUYAMA)
<略歴>2000年国際基督教大学教養学部 理学科卒業/同年大阪大学大学院(薬学 研究科,修士課程)/2005年同大学大学院
(薬学研究科,博士課程)/同年同大学大学 院(薬学研究科,特任研究員)/2006年鳥 取大学(農学部,プロジェクト研究員)/
同年東京大学(医科学研究所,特別教育 研究員)/2008年同大学(医科学研究所,
特任研究員)/2009年東京工業大学大学院
(生命理工学研究科,助教)/2010年東京 医科歯科大学大学院(細菌感染制御学・環 境遺伝生態学分野,准教授),現在に至る
<研究テーマと抱負>環境における微生物 の進化や多様化を研究している.微生物と ヒトの相互作用に関しても興味あり,複数 の研究テーマを遂行中<趣味>旅行,切手 集め,酒