今日の話題
490 化学と生物 Vol. 52, No. 8, 2014
糸状菌の形態形成過程におけるプロテインキナーゼ C の機能
糸状菌における PKC の新規機能の解明
プロテインキナーゼC (PKC)は菌類から高等動物に 保存されたセリン・スレオニンキナーゼである.哺乳類 には12種のPKCアイソザイムが存在し,これらが複数 のシグナル伝達系に関与していることが知られている.
真核微生物において最もPKC研究の進んでいる出芽酵
母 にはPKCをコードする遺伝
子は の1種類しか存在しない. のコードす るPkc1pは細胞壁の完全性維持にかかわるシグナル伝 達経路(cell wall integrity (CWI) 経路)において中心 的な役割を担うことが示されており, 欠失株は通 常の培養条件では生育できないが,培地に浸透圧安定化 剤を添加することによって生育が支持される(1).近年,
複数の糸状菌においてもPKCをコードする遺伝子が単 離され,その解析がなされている.本総説では最近明ら かとなってきた糸状菌の形態形成過程におけるPKCの
機能について, の知見を中心に概
説する.
では2006 〜2007年にかけて筆者らを含む 4つのグループによりPKCをコードする の単離と 解析についての報告がなされ(2〜5), が生育に必須 であることが示されており(5),PkcAもPkc1pと同様に CWI経路で機能することも示唆されている(3, 4, 6).PkcA は菌類に保存されたPKCの各ドメインを有しており,
これらのドメインの配置はPkc1pと類似しているが,ほ かの糸状菌のPKCと比べPkc1pのPkcAとの相同生は 低く,糸状菌のPKCはPkc1pとは異なる機能をもつ可 能性が考えられる(7).PkcAの形態形成への関与につい
ては,すでに無性胞子(分生子)形成や分生子の発芽過 程に関与することが示唆されているが(2〜4),
以外の糸状菌ではPKCの形態形成への関与につい ての知見はほとんどなく,唯一 にお いてPKC阻害剤であるスタウロスポリン処理時に菌糸 が太く短くなり,菌糸先端が膨張することが報告されて いる(8).
筆者らのグループでは, の 温度感受 性株( -ts株)を作製し,その表現型解析を行った.
この株は42℃ではコロニーを形成できないが,37 〜 40℃で培養した場合に生育が悪化し,分生子形成効率が 著しく低下することが示された.分生子形成器官の分化 の過程では,転写因子をコードする遺伝子 の転写 が誘導されることによって分生子形成器官の分化が開始 されることが知られているが(図1A), -ts株を 40℃で培養した場合には の転写誘導がほとんど起 こらないことから(9),PkcAが の転写制御を介して 分生子形成に関与することが示唆された.一方,PkcA は分生子形成器官の一部であるフィアライドの先端にも 局在することが示されており(3),PkcAは の転写誘 導だけでなく,その後の分生子形成器官の形成にも関与 する可能性が考えられる.
また, -ts株を42℃で培養した場合には発芽時に 著しく生菌率が低下することが明らかとなった.通常 の分生子の発芽過程では,まず無極性生長 により細胞が膨張し,ある時点において細胞の極性が確 立されることで発芽管が形成され,その後極性生長に
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よって菌糸が伸長する(図1B). -ts株を42℃で培 養した場合の表現型について解析した結果,この条件で は -ts株においては細胞の極性が確立される以前に アポトーシスが誘導され,細胞死を起こすことが示され た.先にも述べたようにPkcAはCWI経路で働くこと が強く示唆されていることから,筆者らはCWI経路に おいてPkcAの下流で機能すると考えられるMAPキ ナーゼカスケードの構成因子をコードする , の欠失株を取得し,解析を行った結果, 欠失株,
欠失株においても高温条件下でアポトーシスの誘 導が見られた.これらのことからPkcAはCWI経路の MAPキナーゼカスケード依存的に高温条件におけるア ポトーシス誘導の抑制に関与することが示された(10).
一方,培地に浸透圧安定化剤として1.2 Mのソルビ トールまたは0.6 MのKClを添加した条件では, -ts 株において高温条件で誘導されるアポトーシスがほぼ抑
圧されたが,この条件でも -ts株は42℃で生育でき ないことから,PkcAはアポトーシス誘導の抑制にかか わる機能以外にも生育に必須な機能をもつと考えられ た.この条件において野生型株で見られる分生子発芽時 のアクチンの重合したF-アクチンの極性的な局在が -ts株ではほとんど見られないことが示された.ま た,菌糸生長時に高温ストレスを与えた場合,野生型株 では菌糸先端に局在するF-アクチンが一時的に消失し,
一定時間後に再び出現するが, -ts株ではF-アクチ ンの消失後の再出現が見られないことが示された.高温 条件下での分生子発芽時のF-アクチンの局在や高温ス トレス時に菌糸先端で見られるF-アクチンの動態は 欠失株においても野生型株と同様であった.これ らのことから,PkcAはCWI経路のMAPキナーゼカス ケード非依存的に高温条件における分生子発芽時の極性 の確立や高温ストレス時の菌糸の極性の再形成に関与す ることが示された(10).
以上のようにPkcAは分生子形成時や菌糸生長時,分 生子発芽時の形態形成過程において重要な機能を有する ことが明らかとなった(図1).しかし,高温条件にお けるアポトーシス誘導の抑制はCWI経路のMAPキナー ゼカスケードを介した機能であることが示されている が,これ以外の形態形成にかかわるPkcAの機能につい ては,どのような経路を介しているかは現在のところ未 解明である.今後PkcAの下流で機能する因子を同定 し,PkcAの機能の分子レベルでの解析を行うことに よって,糸状菌のPKCの分生子形成,極性形成におけ る機能の詳細が明らかになることが期待される.
1) D. E. Levin : , 189, 1145 (2011).
2) M. Herrmann, P. Spröte & A. A. Brakhage : , 72, 2957 (2006).
3) A. G. Teepe, D. M. Loprete, Z. He, T. A. Hoggard & T.
W. Hill : , 44, 554 (2007).
4) R. Ronen, H. Sharon, E. Levdansky, J. Romano, Y. Shadk- chan & N. Osherov : , 51, 321 (2007).
5) M. Ichinomiya, H. Uchida, Y. Koshi, A. Ohta & H.
Horiuchi : , 71, 2787 (2007).
6) T. Fujioka, O. Mizunuma, K. Furukawa, N. Sato, A. Yo- shimi, Y. Yamagata, T. Nakajima & K. Abe :
, 6, 1497 (2007).
7) 堀内裕之:化学と生物, 47, 794 (2009).
8) Y. Magae & J. Magae : , 139, 161 (1993).
9) T. Katayama & H. Horiuchi : 未発表
10) T. Katayama, H. Uchida, A. Ohta & H. Horiuchi : , 7, e50503 (2012).
(片山琢也,堀内裕之,東京大学大学院農学生命科学 研究科)
PkcA
PkcA
図1■ のPkcAの形態形成過程における
機能のモデル
(A)分生子形成器官の形成時のPkcAの機能,(B)高温条件にお ける分生子発芽時のPkcAの機能.図中の太い矢印は分生子の形 成過程(A),または発芽過程(B)を示し,細い矢印および抑制 記号はシグナルの伝達を示す.
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492 化学と生物 Vol. 52, No. 8, 2014
プロフィル
片山 琢也(Takuya KATAYAMA)
<略歴>2009年東京大学農学部生物生産 科学課程卒業/2014年同大学大学院農学 生命科学研究科博士課程修了/同年同大学 農学特定研究員,現在に至る<研究テーマ と抱負>糸状菌におけるシグナル伝達機構 の解明<趣味>料理
堀内 裕之(Hiroyuki HORIUCHI)
<略歴>1982年東京大学農学部農芸化学 科卒業/1987年同大学大学院農学系研究 科博士課程修了,農学博士/1988年同大 学農学部助手/1996年同大学大学院農学 生命科学研究科助手/2000年同助教授/
2007年同准教授<研究テーマと抱負>糸 状菌の有用な性質,有害な性質と形態との かかわり,またそれに関するシグナル伝達 機構の解明<趣味>特定の場所への旅行