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因果関係に関する一考察

弁護士 勝野 真人

Ⅰ はじめに

周知のとおり,保険契約法理論における因果関係論は,多くの有能な論者により研究 が重ねられてきたにもかかわらず,最も議論が錯綜している分野である。今日において も,まだまだその議論に決着が着く気配はないが,多くの場合に問題となり得る因果関 係論を議論が錯綜した状況のまま放置するのが望ましくないことは明らかである。この ような現状において,例えほんの僅かであっても今後の議論の発展に資することができ ればこの上ない喜びであると考え,因果関係論を取り上げることとした。

保険契約法においては,生じた損害の範囲についてどこまで填補の対象となるかとい う点は一般には因果関係の問題とされていないため1,この点については取り上げない。

また,本稿は,我が国の実務家が直面する機会の多い陸上保険の問題を中心に論じるこ ととし,国内の裁判所で争われることが稀である海上保険については主たる研究対象か ら外すこととする(そのため,以下,本稿においては,特に断りなく,単に「保険契約」

ないし「保険契約法」と述べる場合には,陸上保険契約ないし陸上保険契約法を指すも のとする。もっとも,因果関係論は,海上保険の分野の専門の研究者によって盛んに議 論されてきたテーマであるため,これらの議論を必要な範囲で用いることはある)。

Ⅱ 因果関係が問われる場

⒈ 従来の議論の概要

今日までに,保険契約法上の学説においては,いかなる事実間の因果関係を問題と するかについても議論は混乱していると評されている2(ここでの混乱は主に損害保険 契約について生じているものであると思われる)。

(a)保険事故の原因たる「危険事情」と「保険事故」との間,および「保険事故」と

「損害」との間の問題とする立場と,(b)保険事故の原因たる「危険事情」と「保険事 故」とを包括した「危険」概念を用い,事故の原因および事故自体のいずれにも免責 事由がない「担保危険」,そのいずれかに免責事由がある「免責危険」とを区別し,こ れらの「危険」と「損害」との間で因果関係を問うとする見解に分かれると整理する 見解もある3が,さらに,(c)保険法における因果関係論は,「危険(担保危険及び免責危

1 横尾登米雄「保険法における因果関係論の構築」保険学雑誌407号(1959年)1頁以下,4頁,木村栄 一「海上保険における因果関係論の問題点」損保研究301号(1968年)113頁以下,115頁,山下友 信『保険法』(有斐閣,2005年)388頁の注63)。

2 山下・前掲383頁の注53)。

3 田辺康平『新版現代保険法』(文眞堂,1995年)120頁。もっとも,同121頁では,どちらも実質的に は異ならない旨が述べられている。

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険)」と「事故」との間の関係を論じるものだとして,「危険」と「損害」との関係を 論じるものではないという見解も存する4

ここでの議論がいずれかの見解に立たなければ因果関係論を論じてはならないとい う意味を持つものとまでいえるかは不明であるが,いずれの立場に立つものとして論 じているかの態度決定をせずに論を進めることは,論述の内容が不明確になってしま う原因となり得るので,まずこの点を簡単に検討する。

⒉ 検討

⑴ 保険金請求訴訟における攻撃防御構造(火災保険を例として)5

火災保険金請求訴訟において,保険金請求者(原告)側は,請求原因の一つとし て,「火災保険期間中,対象物が火災により焼失したこと」を主張・立証しなければ ならないとされる。ここでは,要件の一つに,「火災と対象物の焼失との間の因果関 係」が求められていることとなる。

これに対して,保険者(被告)側は,免責事由を主張・立証することになるが,

免責事由の中には,「目的物の性質もしくは瑕疵によって」,「戦争・変乱等によって」

あるいは「地震等によって」火災が生じたことというものが存在する。すなわちこ こでは,火災と免責事由に定められた特定の事実との間に因果関係が存すれば,免 責されることとなる。

以上の理解は,一般的なものと考えられ,立証責任の衡平な分担の観点から見て も妥当なものといえよう。

⑵ 攻撃防御方法に即した分析

以上から分かるように,ここでは,請求原因と抗弁にそれぞれ「によって」とい う文言が1回ずつ出てくることとなる。「によって」とは,正に「因果関係が存在す ること」を指しており,このことについて異論はないであろう6

そうすると,結局は,請求原因においては「保険事故」と「損害」との因果関係 が求められており,抗弁においては「危険事情」と「保険事故」との因果関係が求 められていると考えるのが相当であり,これが現在の実務家の一般的な理解なので はなかろうか。そして,請求原因段階で求められる因果関係と抗弁段階で求められ る因果関係の問題を判断するに当たっては,それぞれにおいて異なる事実を検討す ることになるのは明らかであろう。

⒊ 小括

以上のことからすれば,その二者間でも因果関係の有無が問題とされる「保険事故」

4 横尾・前掲3~4頁。

5 塩崎勤=山下丈=山野嘉朗『専門訴訟講座③ 保険関係訴訟』(民事法研究会,2009年)577頁以下〔水 野有子〕参照。

6 㲍岐孝宏「判批」山下友信=洲崎博史『保険法判例百選』(別冊ジュリ202号)36頁以下参照。

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と「危険事情」を包括した「危険」概念をわざわざ用いて,それと「損害」との因果 関係こそが保険契約法において問題とすべき因果関係と解する必要性は高くないよう に思われる(上記(b)の見解は相当でない)。また,実際には「保険事故」と「損害」と の間には因果関係を問題とするまでもない場合は存在する7が,これが問題となる場合 がある以上は,保険契約法において「保険事故」と「損害」との間の因果関係は問題 とならないわけではないし,わざわざ当該因果関係の問題を保険契約法における因果 関係の議論から除外する実益はないといえる(上記(c)の見解は相当でない)。

したがって,保険契約法上の因果関係は,保険事故の原因たる「危険事情」と「保 険事故」との間,および「保険事故」と「損害」との間の問題であると考えるのが相 当である(上記(a)の見解をもって相当と解する)8

Ⅲ 我が国における代表的学説の概要と問題点

⒈ 相当因果関係説と近因説

⑴ (海上保険契約を含む)保険契約法分野における因果関係についての学説は,大 きく分けて相当因果関係説と近因説に分かれる。前者はドイツにおける考え方であ り,後者は英米における考え方であるとされる9。以下ではこれらの学説の概要を述 べるに止め,詳細については割愛する10

⑵ 相当因果関係説

相当因果関係説は,最大公約数的にいえば,原因と結果との間に条件関係がある ことを前提に,その原因からその結果が発生することが相当と評し得る場合に因果 関係を肯定する見解である11。より詳しい定義としては,「ある事実から別の事実が 発生することが当該事例においてのみならず他の一般的な場合でも同様といえる場 合に相当因果関係があるという基準で因果関係の存否を判断するという考え方」と いうものになる12

上記のような定義がなされているにもかかわらず,相当因果関係説に対しては,

相当性の内容が明らかでない疑問が向けられることが多い。この疑問に対する回答 として,一般的に同様な結果が発生する客観的可能性が必然的または蓋然的である 場合に相当因果関係が存在するという見解や,ある条件が現に発生した種類の結果

7 今村有「保険法における因果関係(1)―相当因果関係説と法的原因の選択―」損保研究362号(1974 年)1頁以下(以下,単に「今村・前掲」で引用しているのはこの論文を指す),野津務「保険法上の因果 関係」損保研究334号は(1971年)1頁以下,7頁の注11)参照。

8 今村・前掲28頁,野津・前掲7頁は結論において同旨。山下・前掲383頁の注53)においても,「保険 事故と損害の概念を区別している現在の保険契約法の基本的な理論構成からみれば,前者の立場[本文中 の(a)の見解;筆者注]がより論理的なようには思われる」とされている。

9 山下・前掲383頁。

10 因果関係に関する学説の整理・詳細については,松島恵「火災保険における因果関係」田辺康平=石田 満編『新損害保険双書1 火災保険』(文眞堂,1982年),田辺・前掲121~124頁等参照。

11 『最高裁判所判例解説民事篇 平成19年度(下)549頁〔中村心〕参照。

12 山下・前掲383頁。潘阿憲『保険法概説』(中央経済社,2010年)108頁も同旨。

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発生の客観的可能性を一般的にとるにたりないのではない程度に高めたときはある 条件が結果の相当条件を構成するという見解等がある13

⑶ 近因説

近因説は,本来,結果の発生の原因が複数ある場合に時間的に最も近い原因を結 果の原因とするという考え方(以下,便宜上「旧近因説」という。)である。明確な 基準に思われるが,これを機械的に適用することによって不都合が生じることは明 らかであるため14,現在では,これを修正した考え方(以下,便宜上「新近因説」と いう。)が支配的とされている15

新近因説と呼ばれるものには,最有力条件説,不可避(自然成行)説,蓋然説な どを含めることができる。以下,既に致命的な欠点の存することが露呈している旧 近因説を研究対象から除外することとし,新近因説をその対象とする。

⒉ 我が国の他の法分野における因果関係論との関係性 ⑴ 問題提起

ところで,因果関係論は,(海上保険契約を含む)保険契約法学のみならず,民法 学や刑法学においても議論されている点であるところ,我が国における保険契約法 の分野においては,これまで我が国における他の法分野をあまり参考にしてきてい ないように思われる16。しかしながら,その理由については,未だ明確に論じられて きてはいないと考えられる17

我が国における保険契約法についての議論を考える際に,他国の保険契約法につ いての議論を参考にすることが重要であることに疑いはない。もっとも,我が国の 他の法分野における議論を参考にすることができるのであれば,他国の議論を参考 にすることに負けず劣らず有益なことであると考える。

そこで,以下では,民法学や刑法学における因果関係論の概要を見た上で,これ

13 松島・前掲320頁参照。

14 建物内の床が腐食した状態で誰にも気付かれずに放置されていたところ,たまたま初めてその建物を訪 れた人一人がその床の上を歩いたことで床が壊れたという事例を想定してみる。この場合,床が壊れたと いう結果に対して最も時間的に近接している原因は,人一人が床の上を歩いたということであることにな り,旧近因説ではこれが床の壊れた唯一の原因とされるのである。しかし,この考えを前提にすると,腐 食した状態でなければ床が壊れなかったことが明らかであるときでも,その事実は無視されることになる

(床の壊れた原因とはならない)のであり,明らかに不合理であるといわざるを得ない。

15 山下・前掲383頁参照。

16 今村有「保険法における因果関係(1)(2・完)―相当因果関係説と法的原因の選択―」損保研究36 2号(1974年)1頁以下,同363号(1974年)1頁以下は,他国における他の法分野の因果関係との 比較検討を試みる数少ない文献である。なお,野津務「保険法上の因果関係」損保研究334号は(1971 年)1頁以下は,必要に応じて民法や刑法との相違点を明確に示している。

17 この点に関しては,民法における相当因果関係と保険契約法における相当因果関係を同一に解するべき であるとはいえないという指摘をよく目にするところである(横尾登米雄「複数危険不可分協力の場にお ける因果関理論」保険学雑誌414号(1961年)3頁,大森忠夫『保険法〔補訂版〕(有斐閣,1985年)

152頁等)。しかしながら,仮にこの指摘が正しかったとしても,そのことのみをもって「他の法分野を参 考にすべきでない」ということの十分な理由にはならないであろう。

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らの議論を保険契約法学における因果関係論に参考にすることができるかどうかを 検討してみる。

⑵ 民法学における因果関係論の概要

民法学においては,主に不法行為法の分野で因果関係が問題とされる18(以下,単 に「民法学」という場合には,不法行為法における議論を指す。)。すなわち,民法 709条は「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害し た者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と規定しており,ここに 出てくる「によって」という表現を因果関係の問題として捉えていることは周知の とおりである。

不法行為制度の主要な目的ないし機能は,被害者の救済(損害填補)であるが,

不法行為責任を行為者に帰責する範囲が著しく広がることを防止するため,民法学 の世界では,相当因果関係説が支配的な学説であり,判例もこの構成を古くから採 用し,今日まで維持してきているとされている19。もっとも,今日では,相当因果関 係説に対する批判する形で登場した客観的帰属論(事実的因果関係説)という考え 方も有力となっている20

⑶ 刑法学における因果関係論の概要

刑法学においては,問題とされる「行為」と「構成要件的結果」との間には因果 関係が必要であり,その理由は両者の間に因果関係が認められる場合にのみ,行為 が構成要件的結果を惹起したといいうるからであるとされている21

従来の学説においては,相当因果関係説が通説とされてきたが,現在では客観的 帰属論が有力となってきているところである22。また,判例においては,かつては,

条件説が採られているとの理解がなされていたところ,米兵ひき逃げ事件最高裁決 定(最決42年10月24日刑集21巻8号1116頁)において相当因果関係説が採ら れたと評されるにいたったが,現在は,客観的帰属論とほとんど同じ考え方である

「危険の現実化」という基準を採用しているという評価が有力である23

18 民法の債権総論においても,債務不履行に基づく損害賠償の範囲に関して「因果関係」の概念が登場す るが,この点は,民法416条の読み方と関係し,「因果関係の議論」と呼んで良いかという点に疑問がある

(内田貴『民法Ⅱ[第3版](東京大学出版,2011年)427~429頁参照)ので,本稿では割愛する。

19 潮見佳男『不法行為Ⅰ[第2版](信山社,2009年) 351~352頁。

20 潮見・前掲356~359頁。同359頁においては,「事実的因果関係説は,今日の民法学説において多数説 と目される」とされている。

21 山口厚『刑法総論[第2版]』(有斐閣,2007年)49頁。

22 山口・前掲 59~61頁。もっとも,そこでは,「危険の現実化」という表現を述べられているが,「この ような立場は規範的考慮に基づき結果の行為への帰属を問う客観的帰属論……ともはや差はないというこ とができよう」とされているところであり,本文において,「危険の現実化」ではなく「客観的帰属論」と いう表現を採ったのは,民法学でも出てくる「客観的帰属論」という用語に統一した方が適当であると考 えたからである。なお,客観的帰属論については,山中敬一『刑法における客観的帰属の理論』(成文堂,

1997年)が詳しく,山中敬一『刑法総論[第2版](成文堂,2008年)246頁以下にその要旨がまとめ られている(以下,山中・前掲で引用されているものは後者のもの)

23 山口厚『新判例から見た刑法[第3版](2015年,有斐閣)3頁以下。

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⑷ 保険契約法学における議論への応用可能性

ア 以上に述べてきたところからも分かるように,民法学や刑法学の分野では,あ る「結果」についてある「(違法とされる)行為」により生じたといえるかどうか が問題であるから,民法学や刑法学においては,因果の起点が常に「(違法とされ る)行為」であるのに対して,保険契約法学においてはそうではない。すなわち,

民法学や刑法学では「(違法とされる)行為」を行った「行為者」に対して,生じ た結果の責任をどのような範囲で負わせることができるのかという観点から因果 関係を問題とするのに対して,保険契約法学では,純粋に,ある「結果」がどの

「原因」から生じたのかという観点から因果関係を問題とするのである(もっと も,場合によっては,ある「行為」がその「結果」を生じさせたとされる場合も ある。重過失免責等が問題となる場合はその典型例である。)24。また,民法学や 刑法学とは異なり,保険契約法学では紛争当事者間に契約関係が存在することを 前提にして当該紛争の解決が図られていくものであり,この点は因果関係論の考 え方にも影響を及ぼす可能性が高いといえよう25

したがって,民法学や刑法学における因果関係を巡る議論をそのまま保険契約 法学に持ち込むことはできないといえる。

イ しかしながら,そこでの議論を参考にすることが許されないわけではないと考 える。なぜなら,厳密にいえば,民法学と刑法学との間にも目的や機能がについ て当然異なる側面が存するのにもかかわらず,民法学における相当因果関係の理 論についての本格的な議論は「ドイツ刑法学にはじまり,ドイツ民法理論を経て,

わが国の民法学に学説継受された」とされているところであり26,そうであるなら ば,目的や機能が異なることのみをもって,他の法分野の議論は参考にできない という理由にはならないといえるのである27

したがって,保険契約法分野における因果関係が他の法分野のそれと同一であ る必要性はもちろんないが,他の法分野での議論を参考にすることが保険契約法 分野における因果関係の議論をも進化ないし深化させることにつながるといえる のではなかろうか。

ウ それでは,具体的に,どのような範囲で,他の分野における議論を保険法分野 においても参考にできるといえるのであろうか。

第1に,因果関係判断に関する諸学説を整理する際の視点である。いずれの法

24 野津・前掲4頁においても,同1~2頁において詳述されているところを要約し,「保険法上の因果関係 は,……他の法域におけるものと異なり,人の様態に関することがすくなく,とくに,その者の責任の有 無が論ぜられるべき者の様態は,ほとんど問題とならない」とされているところである。

25 大森・前掲152頁参照。

26 潮見・前掲351頁。

27 現に,これまでには「保険法独自の因果関係論はな」いという論者もおられたところであり(岩崎稜「判 批」商法(保険・海商)判例百選〔第2版〕(1993年)52頁以下,53頁),少なくとも保険契約法分野に おける因果関係論は他の法分野のそれとは根本から異なる,極めて独自の論理であるとまで考えておられ る論者はいないのではなかろうか。

(7)

分野においても,諸学説の対立がどこで生じているのかという点は論じられてき ているところである。

第2に,事実的判断として因果関係があるか否かという,一般的に因果関係判 断において前提問題とされる点に関する議論である。これは,端的にいうと,条 件関係(事実的因果関係)の判断方法に関する議論である。

第3に,因果関係判断は法的・規範的評価を経たものとして捉えるか否かとい う点に関する議論である。これは,換言すれば,どのような範囲の問題までを因 果関係の問題とするべきかという視点であり,どのような法分野でも問題となる。

第4に,これは第3の点にも関係するが,因果関係の立証責任の緩和に関する 議論である(但し,本稿ではこの点についての検討は割愛する)。

⒊ 保険契約法における代表学説の分析 ⑴ 問題提起としてのある指摘

既述のとおり,保険契約法における因果関係に関する学説は,大きく分けて,相 当因果関係説と近因説に分かれるとされているが,この点については異なる観点か らの指摘がある。それは,「因果理論は,基本概念としては二つに集約することがで きる。一つは条件説であり,他は相当因果関係説である。その他の因果関係説はこ れらの因果理論により原因が求められ,原因が多数に存在するとき,法的原因とし てその中から一つにしぼる必要があるかどうか,もし一つにしぼる必要があれば,

いかにして唯一の原因を求めるかに関する学説である。……従って,海上保険にお いて採用すべき因果関係説は,相当因果関係説か,又は近因主義か,あるいは不可 避的結果主義かというような問題が提起されるが,これらは本質的に対立した氷炭 相いれないような因果関係学説ではない」28とするものである。

この説示のうち,賛同できない点はあるものの(後述),様々な因果関係説の対立 点を明らかにしようとする点において有益な指摘であると考える29。因果関係の各説 の狙いを明らかにする意味においても,また,訴訟その他の実務において因果関係 論を適切に運用する意味においても,各説の考え方を明らかにすることが重要だか らである。

それでは,この指摘を念頭に置きつつ,また,我が国の他の法分野における因果 関係論の議論も考慮しつつ,相当因果関係説と近因説との真の対立点はどこに存在 するのかについて,因果関係判断の過程を細分化する方法によって検討してみる。

⑵ 条件関係(事実的因果関係)の判断

因果関係の有無を判断するに際して,最初にすべきことは,条件関係(事実的因 果関係)があるか否か,換言すれば事実と事実との間に「物理的・実在的な関係」

28 今村有『海上損害論』(巖松堂書店,1952年)11頁。

29 大谷孝一「海上保険契約における因果関係論の適用について」早稲田商学第41525頁においては,

本文とは異なる視点から批判が加えられているが,この点については割愛する。

(8)

あるいは「存在論的な関係」があるか否かを判断すること30である。この点について は,保険契約法における因果関係論の各説は一致しているものと考えられる31。 以上の点に加え,新近因説は,一つの原因に絞り込もうとする前提に相当因果関

係による判断を必ずしも先行させているわけではないと考えられることを考慮する と,先述の今村博士の指摘のうち,因果理論の基本概念は条件説か相当因果関係説 の二つに集約することができるとする点は相当でないと考える。むしろ,このレベ ルでの対立点は,条件関係を「あれなければ,これなし」という基準でもって判断 すべきか(不可欠条件公式),「あれがあれば,これがある」という基準でもって判 断すべきか(合法則的条件の理論)というところにある。

なお,ここでの判断を「物理的・実在的な関係」についての判断と述べたところ で,それは条件関係を「自然的因果関係」と同視しているわけではない点には注意 を要する。すなわち,今日的には,上記いずれの基準を採るとしても,条件関係の 際に基準となる「法則」には,経験則を含めてよいと考えられている32

⑶ 条件関係のみで因果関係を肯定するか否か

上記のいずれかの基準によって条件関係が肯定された場合,次に問題となるのは,

条件関係の充足をもって因果関係を肯定してよいかという点である。すなわち,こ こでは,因果関係判断は法的・規範的評価を経たものとして捉えるか否かという点 が問われることとなる。

この点については,相当因果関係説でも新近因説でも,因果関係判断は法的・規

30 山中・前掲251,252頁参照。

31 山下・前掲 384頁の注55)は,「近因説によるにせよ相当因果関係説によるにせよ,ある事実と事実と の間に条件的因果関係が存在することは因果関係を認めるための当然の前提である」とする。なお,民法 学や刑法学の分野では,この段階においても,争いがあるように思われるが(民法学の議論について潮見・

前掲351頁,刑法学の議論について山中・前掲251~253頁をそれぞれ参照),保険契約法においては,こ の段階における対立は見受けられないと考える。

なお,他の法分野における比較的新たな見解に目を向けると,民法学では,因果関係の中核には政策的・

規範的判断がすえられるものであり,因果関係要件のもとで条件関係を独立のものとして先行させるので はないとするもの(米村滋人「法的評価としての因果関係と不法行為の目的(1)(2・完)法協1224 534頁以下,5821頁以下)がある。これらの見解の当否はともかく,保険契約法の世界ではこれま でそのようには考えてこられなかったと思われることからすれば,現段階では,本文のような整理が妥当 すると考えられる。

32 潮見・前掲351頁は,「具体的事件における条件関係の存否判断の際に基準となる『法則』とは,純粋 に自然科学的なものではなく,人間の非合理な行動可能性を捨象したものでもなく,われわれの歴史的・

経験的な知見をも考慮に入れて確認される原因と結果との間の論理的結合をあらわしたものである」とし,

山中・前掲262頁は条件関係の判断基準として合法則的条件の理論を採ることを前提に「合法則的条件の 理論における『法則』とは,必ずしも確立した自然科学的因果法則であることを要しない。われわれが因 果関係を認識する場合,その判断の基礎となる知識は,科学法則のみならず,経験的知識であることも多 い」とする。

この点に関していえば,今村博士の「因果理論の基本概念は条件説か相当因果関係説の二つに集約する ことができる」旨の指摘における「条件説」が自然的因果関係のみで因果関係を判断する見解を,「相当因 果関係説」を経験則も判断基準となる「法則」に加える見解をそれぞれ指しているということであれば,

上記指摘は誤りではないとも捉えられる。しかしながら,「条件説」と「相当因果関係説」の対立は,一般 的にはその点に尽きるものではなく,また,これまでに述べたところから分かるとおり,そもそも「条件 説」が自然的因果関係のみで因果関係を判断する見解とは必ずしもいえないことからすれば,やはり上記 指摘は相当でないといえる。

(9)

範的評価を経たものとして捉えているといえるのではなかろうか。両者とも条件関 係のみをもって「結果」につながりのある全ての事実を「原因」と考えているわけ ではないからである。

⑷ 法的・規範的評価の内容

以上に述べてきたところまでには,未だ相当因果関係説と近因説の相違点は存在 していない。そうであるとすれば,両説の相違点は法的・規範的評価の内容に存す ることになる。それでは,どのような点に違いが存することになるであろうか。

結論から述べると,両説の違いは,最終的な結論を論じるに当たって,「結果」の

「原因」を一つに絞り込もうとする傾向にあるか否かという点に帰着すると考えら れる。それは以下の理由による。

第1に,両説の間には,「原因」と「結果」との間に求める関連性の程度(以下,

このことを指して「狭義の判断基準」という。)に対する考え方の点に違いがあるよ うにも思えるが,それは,複数の原因があることを是とする場合には関連性を緩や かに解する傾向があるのに対し,否とする場合には関連性をより厳格に解する傾向 があるというに過ぎない。また,そもそも「結果」の発生には複数の「原因」があ り得ることを是とした上で関連性を厳格に解することが論理的にあり得ないわけで はない。すなわち,この点についての考え方は,どちらかの説を採ったからといっ て,必然的に定まることではない。

第2に,両説共に,何に基づいて判断を行うべきか(以下,このことを指して「判 断基底」という。)の点については,「一般的にみて」という程度のことしか述べて いないということを考えれば,この点についての考え方が分かれているとはいえな い。

⒋ 小括

⑴ 以上に述べてきた点をまとめると,以下のとおりである。

① 因果関係判断に当たっては,まず条件関係(事実的因果関係)の有無を決する こととなる。この段階では,今日,不可欠条件公式と合法則的条件の理論のいず れを採用するかという対立がある。

② 条件関係(事実的因果関係)が肯定されたとしても,それのみをもって因果関 係有りという判断になると考えられてきたわけではない。

③ 因果関係判断に際してどのような法的・規範的評価を加えるかは,狭義の判断 基準と判断基底をどのように考えるかによって定まるものである(相当因果関係 説と近因説のうちいずれかの見解を採用したからといって,直ちにこれらの点が 定まってくるわけではない)。

④ 法的・規範的評価を経てもなお「結果」との因果関係が認められる「原因」が 複数存在する場合には,それを一つに絞り込むべきか否か,一つに絞るとしたら

(10)

どのようにして一つに絞ることとすべきかという点を考察することとなる。

⑵ 既に述べたとおり,保険契約法における相当因果関係説と近因説との違いは,一 つの「結果」に対して複数の「原因」があると考える傾向にあるか否かの点にしか 存しないというのが私見である33。さらにいえば,相当因果関係説を採ると原因が複 数あることを認めなければならず,近因説を採ると原因を一つに絞りこまなければ ならないという論理的必然性が存在するわけではないと考えられるから,両者は本 質的に対立しているとすらいえないのではなかろうか34

したがって,現実に保険契約法における因果関係判断を行うに際して,必ず相当 因果関係説か近因説かという点の態度決定をしなければならないわけではない

(ア・プリオリにこれらの理論が存在しているわけではない)。これらの見解の相違 点は,複数の「原因」が存在するという決着を認めるか否かという段階になって初 めて生じ得るものであり,従来の議論においては,これを肯定する見解を相当因果 関係説,否定する見解を近因説と称していたに過ぎないように思われる。その意味 では,どちらの説を採るかというよりも,「最終的に複数の『原因』が存在すること を認めるか否か」という問題提起の方がより問題の本質を捉えているといえよう35。 以上の見解に賛同できない,すなわち,相当因果関係説と近因説のいずれを採る

かの態度決定をしてからでないと,保険契約法における因果関係判断はできない,

または,少なくとも条件関係が肯定された後の因果関係判断はできないのだと反論 するのであれば,いずれの説を採るかによって,狭義の判断基準や判断基底が必然

33 これは保険契約法における因果関係を巡る議論の沿革を考えれば至極当然のことではないかと思われる のであるが,現在までに華々しく繰り広げられてきた論争の中で埋もれてしまった視点なのではないかと 考えられる。

34 その意味においては,既に述べた今村博士の指摘は正当である。また,この点に関して,野津・前掲32 頁では,相当因果関係説にも広義のものと狭義のものが存在するとされた上で,「広義のものは,……近因 説をふくむものであり,狭義のものは,これをふくまないで,これを排除して,どこまでもその思考過程 を形式論理のおもむくところにまかせてつらぬこうとするものである」とされている。さらに,地震免責 条項の適用の可否が問題となった東京地判昭和45622日下民集215・6864頁では,地震と保 険事故たる火災との間の「因果関係の内容については,相当因果関係を意味すると解する説といわゆる近 因の原則によると解すべきであるとする説とがあるが,いずれの説をとっても……実際上は大きな差異が あるとは考えられ」ないとされている。

なお,鈴木辰紀「火災時の保険の目的物の盗難・紛失と保険者の責任」田辺康平=石田満編『新損害保 険双書1 火災保険』(文眞堂,1982年)39頁以下,50頁においては,「かつてのわが国の火災保険学者は,

相当因果関係説と近因説との区別を十分に認識していたとはいいがたい面があり,むしろ両者を同一視し ていたといっても過言ではないであろう」とされている。

35 梅津昭彦「アメリカ保険法における因果関係論の展開―判例法の展開・分析を中心にして―」損保研究 70231頁以下,59頁では,アメリカ保険法における因果関係論の展開を分析した上で,「アメリカ の裁判所は,『近因』という文言の有する曖昧さ故に様々に異なる視点から,様々な保険の因果関係問題を 分析し解決することに苦労してきたように思われる……。それでも,特に同時発生的因果関係が保険保護 が認められるか否かにおいて問題となる状況では,付保対象となっている危険とそうでない危険とが混在 する場合には,その中の発生した当該損害に対して効果的または優越する危険(原因事実)をもって因果 関係の存否を判断する枠組み(それを『近因』ルールと呼ぶか否かは別にして)を裁判所は採用するよう に変化してきた」と評されている。この記述,特に,ここでは「それを『近因』ルールと呼ぶか否かは別 にして」とわざわざ注記されていることからすると,同教授の問題意識は,本文に示したものと共通して いるのではないかと考えられる。

(11)

的に定まるという論拠を明らかにする必要があるのではなかろうか。

なお,両説のうちのいかなる見解をとっても,極めて偶然的な因果経過を辿った 場合は,法律的・規範的な因果関係は認められないことを当然の前提としていると いってよいし,この考え方自体はどのような法律分野でも一般的に承認されている ものといってよいであろう。

Ⅳ 因果関係判断の手法(私見)

⒈ 前提

⑴ 出発点としての条件関係(事実的因果関係)の肯定

既に述べたとおり,いずれの学説においても,保険契約法における因果関係判断 は条件関係を前提とするという部分は,私見もこれを否定するものではない。この テストを経ることによって,「結果」にとって明らかに因果関係が存しない事実を考 察の対象から即時に除外することが可能となり,思考経済に資するからである。逆 に,このテストを離れて因果関係を判断するものとなれば,因果関係判断の方法が より不明確となり,かつ,因果関係判断が恣意的になされる可能性が高まることに なる(「条件関係(事実的因果関係)は認められるが,○○○○といった観点から,

法的な因果関係は認められない」という判示すらなされないことになる。)。

したがって,私見においても,因果関係の判断は,条件関係の有無を検討するこ とをスタート地点とする(なお,不可欠条件公式と合法則的条件の理論のいずれを もって相当とするかという点についての検討は割愛する)。

⑵ 法的・規範的評価を加えること

この点もまたいずれの学説によっても肯定されてきたことであるが,因果関係判 断においては法的・規範的評価を加えるということについては,私見によっても当 然に肯定されるべきであると考える。因果関係以外の要件においては,法的・規範 的な評価が加えられることが当然のように行われてきているにもかかわらず,因果 関係判断についてのみそれを加えないとする理由がないからである。

なお,民法学や刑法学では,因果関係判断において,法的・規範的評価を加えな いとする見解も存在するところであるから,保険契約法学においてもそのような立 場を採ることは可能なのではないかという考え方もあり得よう。しかしながら,民 法学や刑法学におけるそれらの見解は,因果関係判断において加えるべき(あるい は従来そこで加えられてきた)法的・規範的評価を,因果関係判断とは独立させた 形で,すなわち,「行為者」が行った「(違法とされる)行為」に対して,発生した

「結果」を帰責させることが正当化できるか(保護範囲)という段階の検討におい て,別個に加えているものと考えられる36。前述のとおり,保険契約法学においては,

36 潮見・前掲363頁では,不法行為における「因果関係判断での評価として問題とされてきたものには,

①原因行為から生じた危険が権利・法益侵害という結果として実現したかどうかの判断(危険の現実化に

(12)

「(違法とされる)行為」が常に存在するわけではなく(というよりも,ほとんどの 場合には存在していない),このような段階の検討を経る場面がないから,ひとまず,

保険契約法学においては,因果関係判断においては法的・規範的評価を加えないと する見解は相当でないといえるのではなかろうか。

⒉ 法的・規範的評価の内容 ⑴ 当事者意思の解明

では,法的・規範的評価としていかなるものを加えることになるか。

この点を考える際には,「保険契約における保険者の義務は,……有償的な危険負 担の契約に基づくもの」であって,「因果関係の問題は,……取引界の慣行その他の 事情を考慮に入れ,当事者の意思の合理的解釈によって決すべきである」とする指 摘37が重要である。すなわち,保険者が保険金を支払うべきか否かは,保険者が契約 によって課された義務を果たすべきか否かの問題であり,それは当該保険契約がい かなる契約内容であるかによって左右されるべきことである。保険者が当該保険契 約によりどのような危険を担保しようとしていたか,換言すれば,当該保険契約に おける保険金を支払うための条件はいかなるものであるかが契約解釈を行うことに よって判断されなければならず,因果関係判断を行う場合も同様である38

このような見解は「契約当事者の意思解釈説」と称されることがあるが,この見 解に対しては,「確かに,損害の原因を確定する際に,そのいずれの危険を原因とす べきか因果関係上決定が不可能であるときに,契約当事者の意思が明白である場合,

また取引の通念・慣行が確立されている場合には,右の所論[契約当事者の意思解 釈説;筆者注]に基づき解決することができるであろう。問題は契約当事者の意思 につき統一的解釈が困難であるとされる場合とか,取引の通念・慣行が確立されて いない場合に,解決策が求められるべきことなのではなかろうか。かかる解決方法 によっては,右の疑念は解消されえないもの,と考えられる」という批判が向けら れる39

関する評価)と,②この判断を経たうえで,当該行為を原因として生じた権利・法益侵害の結果について これを行為者に帰責することが正当化されるかどうかという判断からおこなわれる法的・規範的価値判断

(帰責を内容とする法的評価)とがある。相当因果関係の理論が『条件関係』と『相当性』という枠組み の基礎に置いているのは,この『①+②』の判断構造である。……とりわけ,①では事実認定の問題,② では法的評価の問題が扱われるものであるゆえに,①と②を因果関係というひとつの要件のもと一体化す ることには賛同しがたい」とされている。本文でも述べたように,「行為」が因果の起点とならない限り,

民法学や刑法学でいわれる「行為者への帰責」という観点を取り入れることは不可能であるところ,これ までに保険契約法の因果関係判断において取り入れられてきたと思われる法的・規範的評価を因果関係判 断と切り離さすことは,それらの法的・規範的評価を加えることのできるフィールドを失わせることにつ ながると考えられる。しかし,今後,これらの法的・規範的評価を因果関係判断と分離させて加えること のできるフィールドを別に設定することができれば,保険契約法における因果関係判断を事実認定の問題 にとどまるものとする立場を採ることが可能になるであろう。

37 大森・前掲 152頁。

38 野津・前掲5頁,73~74頁も同旨。

39 松下・前掲318頁。

(13)

しかしながら,契約の存在が前提とされている以上,契約解釈という過程を経ず に契約により課される当事者の義務の有無を判断することは逆に許されないであろ う。ここでいう「契約当事者の意思につき統一的解釈が困難であるとされる場合」

というのが具体的にいかなる場合を指しているかについての明確な記載はないが,

保険者や保険契約者にとって,最大の関心事は,保険金がいかなる局面で支払われ るかということであり,保険者が商品内容を作成する段階において,保険金が支払 われる条件・要件の一つである「因果関係」について何らの態度決定を行っていな いということはほとんどあり得ないのではなかろうか。もとより,統一的解釈が存 在しているわけではない条項につき,何とか解釈論を展開するということは,これ までどのような類型の契約が問題にされたときでも,一般的に行われてきたことで あり,統一的解釈が確立されていなければ解釈論を展開することが許されないわけ ではない。

問題は,その行った態度決定が約款等を通じて示されているかどうかということ にあり,契約において保険者が適切な限定を加えられていなかった場合には,保険 者がその不利益を被るという結論にならざるを得ないのではなかろうか。その意味 では,具体的な事実を前提に,保険者が「このような関連性の程度では責任を負わ ない」「このような事実経過を辿った際には責任を負わない」等の意思を示せていな いと判断される場合には,極めて偶然的な因果経過を辿ったときを除いて,因果関 係が肯定されることになるのはやむを得ないという結論にならざるを得ないように 思われる。もう一方の契約当事者である保険契約者は,誰しも「保険料が安く,カ バーされる範囲が広く,かつ,支払われる保険金が高い保険に入りたい」と考えて いることが明らかだからである。なお,上記の場合にも条件関係(事実的因果関係)

のみをもって因果関係を肯定するのではなく,極めて偶然的な因果経過を辿った場 合は,法律的・規範的な因果関係は認められないとしているのは,既述のとおり,

そのように考えることが一般的に認められているといえるからである。

⑵ 狭義の判断基準40

以上のように考えてくると,因果関係判断の問題も,契約解釈の問題に収斂させ ることが可能となると思われるところ,保険契約法における契約解釈には個々の顧 客の意思や理解を基準にするのではなく,画一的な解釈をすべきであるとする原則,

すなわち,客観的解釈の原則が因果関係判断にも適用されることになる。

したがって,個別の契約が締結された際に具体的に保険者から保険契約者にどの ような説明がなされたか否かなどの個々の契約締結時の事情を考慮することは相当 でない(実際には個々の保険契約者に対して説明が適切に行われるべきことが望ま しいが,これは保険契約の解釈を行う場面において考慮されるべきことではない。)。 また,「疑わしきは作成者の不利益に」という原則を軽々に適用することは許される

40 山下・前掲117~123頁参照。

(14)

べきではなく,当該保険契約(商品)がカバーする危険の範囲を,問題となる条項 の文言のみならず,約款制定の趣旨や場合によってはその沿革をも踏まえて判断さ れるべきであり,そのためには,約款や保険契約者に交付されるしおり等の全体的 な内容,具体的な事実を前提として現実に生じた危険を適切にカバーできるだけの 他の保険契約が存在したか,契約締結時に告知すべき事項がある場合にはその内容 等を考慮して,契約解釈を行うべきである(契約解釈はあくまでも法律解釈と同様 の手順によって行われるべきであり,ある条項が消費者契約法などにより無効とさ れるか否かはまた別の問題である)。

この契約解釈が行われることによって,当該保険契約において担保の対象とされ ていない因果関係が明らかにされることとなる。それは,同じ種類の保険であって も,当該保険者がどのような約款を用いているか等によって異なるものとなるが,

保険者が責任を負う根拠が契約に求められる以上,それは当然のことといえる。極 論をいえば,保険者は,例えば,「保険者有責となる原因事実のみが保険事故・損害 に対して影響を与えた場合,すなわち保険事故・損害に対する当該事実の影響力が 100%といえる場合でなければ保険者は責任を負いません」などと明記しておく ことができるのであり,この条項につき不当条項であるということ等を理由に制限 的に解釈されたり,無効とされたりすることがなければ,このとおりに判断される こととなる。

さらに,事実認定の結果,原因が2つ以上認められる場合に,法律的・規範的な 判断としてそのいずれとも因果関係があるとするか,あるいはそれらの一つとのみ 因果関係があるとするかについても,契約解釈によって決されるべき問題である。

ここでも,結局は多くの考慮要素を踏まえて判断されるべきであるが,いわゆる「限 定支払条項」が挿入されているような場合には,法律的・規範的な判断としても原 因を2つ以上認めることを前提としており,かつ,割合的な支払いがなされること を前提としているという解釈に傾きやすいように思われる41

⑶ 判断基底

実際に保険事故が発生し,保険金が請求されることとなった場合には,因果関係 の有無は,判断時現在の科学的知見及び経験則(以下,これらを合わせて「科学的 知見等」という。)に照らして判断されるべきであると考えられる42。これは,実務 上,保険者側が保険金を支払うか否かを判断する際に行っていることであり,ほと んどの見解において述べられる「一般的にみて」とは,判断時現在の科学的知見等 に照らしてという意味と考えてよいであろう。

契約締結時の科学的知見等に照らして因果関係を判断するということも不可能で はなかろうが,同一の保険契約(商品内容)で,かつ,同内容の事実経過によって

41 ただし,その場合にも「限定支払条項」が直接適用されるかどうかは別問題である。山下・前掲479,

481頁参照。

42 今村・前掲49頁,野津・前掲31~32頁参照。

(15)

生じた同内容の保険事故・損害が存在した場合に,契約締結時が異なることのみを もって保険金が支払われるか否かの判断が異なるのは原則として相当でないといえ るだろう。また,契約締結時の科学的知見等を基準とすることは保険者にとっても 手間がかかり,費用もかかることであるから,一般的にそのような判断方法が想定 されているとも思われない。さらに,科学的知見等が進歩していくことはどちらか 一方の当事者にとって有利にも不利にも働き得ることであるから,このように考え たところで,全般的にどちらか一方の当事者に不利益に働くということもない。こ れらのことを踏まえると,一般的には,判断時現在の科学的知見及び経験則に照ら して判断するということが契約当事者の合理的意思といってよいであろう。

もっとも,判断時現在においては,科学的知見等に照らして因果関係が認められ るという場合であり,それが極めて偶然とまではいえないような場合にあっても,

保険者側が契約締結時に「このような事実経過を辿った際には責任を負わない」と いう意思を示していたときには,その限定に従って因果関係判断がなされるべきで ある43。また,他方で,保険契約者が契約締結時点において,ある原因事実について は担保されていると考えることが当時の科学的知見等に照らして一般的であるとい うことが認められる場合には,当該意思を尊重すべきことになる。以上の限りにお いて,契約締結時における科学的知見等を判断基底とすべき場合があると考える。

⑷ 限定が付されていないとされる場合について

繰り返しになる部分も存在するが,以上を踏まえると,具体的な事実を前提に,

保険者が「このような関連性の程度では責任を負わない」「このような事実経過を辿 った際には責任を負わない」等の意思を示せていないと判断される場合には,極め て偶然的な因果経過を辿ったときを除いて,因果関係が肯定されることになるのは やむを得ず,その判断は判断時現在の科学的知見等に照らして行うとするのが私見 である。

これに対しては,保険者に対して多大な負担を負わせるものであるとする批判が 考えられる。

しかしながら,特定の条項の文言のみならず,趣旨や沿革までも考慮した結果,

当該条項の趣旨が不明とされた以上,このような帰結に至るのはやむを得ないと言 わざるを得ない。また,様々な事例の積み重ねの上に約款が作成されている今日に おいては,特定の条項につき解釈ができない(何らかの限定が加えられているもの と捉えることができない),あるいは極めて保険者の意図から離れたところでしか解 釈できないとされるような事態に陥ることは稀であるように思われる。

43 無論,当該意思を示しているとされる条項が無効とされる場合などは別である。

(16)

⒊ 類型論についての考察 ⑴ 従来の議論の概要44

従来の議論においては,保険者がそもそも担保していない原因事実(非担保原因 事実)又は保険者免責となる原因事実(免責原因事実)と保険者有責(担保原因事 実)となる原因事実が協働しながら保険事故・損害が生じるケースを類型化して,

それぞれの類型ごとに保険者のてん補責任について判断する解釈原則が主張されて いるところであり,一般的な類型化としては,前後継起的因果関係,補完的因果関 係,及び重複的因果関係に分けるというものがある。以下,各類型につき概要を述 べる。

ア 前後継起的因果関係

複数の原因事実が時間的に相前後して因果関係の連鎖のなかで生じた場合を指 すものである。担保原因事実の前後に非担保原因事実が生じたとしても保険者が 有責になるが,担保原因事実の前後に免責原因事実が生じている場合には免責に なるという点でほぼ見解が合致していると思われる。

イ 補完的因果関係

複数の原因事実の一方だけでは保険事故・損害は生じないがそれらが協働する ことにより保険事故・損害が生じた場合を指す。担保原因事実と免責原因事実と が協働した場合の判断について見解が分かれている。

ウ 重複的因果関係

複数の原因事実が損害の原因となっているが,各原因事実が単独でも損害の原 因となりうる場合を指す。補完的因果関係において議論されている場合と同様の 場合について見解が分かれている。

⑵ 考察

このような類型化を試みるということは,どのような法分野でも行われることで あり,判断の安定性に資するという点で重要な意味を持つ。

しかしながら,類型論はあくまでも「原則としては」そのように考えられるとい うことに止まり,これに固執することは却って判断を誤る原因となりかねない。そ もそもこれらの議論の前提として,免責危険が原因として作用している限りは免責 条項の趣旨を重視して,保険者の免責を認めるという考え方(免責危険優先の原則)

が存在するが,これもあくまで「原則」であるに過ぎず,実際には個々の免責条項 の解釈によって結論が異なることもあり得よう45

また,重複的因果関係は,各原因事実が単独でも損害の原因となりえたという点 において仮定的な事実を考慮することを当然の前提としているように思われるが,

そもそもこのような思考方法は妥当でない(実際の訴訟においては,「この事実がな

44 山下・前掲384~385頁参照。

45 山下・前掲385~386頁参照。

(17)

くとも結果が生じていた」というような主張が意味を持つものとは思われない)。 ⑶ 小括

類型化もあくまで考え方の整理に有益であるというに過ぎず,実際には個々の契 約を解釈することによって判断をするしかないと考えられよう。

Ⅴ 私見に基づく裁判例の検討

⒈ ここでは,実際に因果関係判断が問題となった裁判例を題材に私見の内容を明らか にすることが目的であり,因果関係に関する問題を扱った裁判例の全てを網羅的にこ こに示すことが目的ではない。そのため,特徴のあるいくつかの裁判例を考察の対象 とするに止める。

⒉ 火災保険関係46

⑴ 大阪高判平成1162日判時171586

ア 保険契約者が同人所有の建物を目的物とする住宅金融公庫特約付火災保険契約 を締結していたところ,地震が発生,その2~3日後に通電火災が発生したとい う事案において,地震と火災の因果関係を認めつつ,保険契約者の過失と火災の 因果関係も認めた上で,損害額の6割の保険金の支払いを認めたもの。

本判決は,本件の火災が保険契約者らの不注意による失火であることを重くみ るべきとした上で,「このような場合には,本件保険契約に直接の規定はないが,

信義則の適用により,右火災の原因となった地震による影響と居住者の失火のそ れぞれの寄与の程度など,火災発生に至った一切の事情を考慮し,右保険契約に 定められた保険給付金額のうち,保険契約者に支払われる保険給付金額を減額す るのが相当である」としている。上記契約の約款には,「地震によって生じた損害

(地震によって発生した火災が延焼又は拡大して生じた損害,及び発生原因のい かんを問わず火災が地震によって延焼又は拡大して生じた損害を含む。)に対して は保険金を支払わない」と規定されており,本件では,「地震によって発生した火 災」といえるかどうかが争点とされていた。

イ 本判決は,原因が二つあることを前提としてその寄与の程度により支払い金額 を決定しているが,その根拠として「信義則」を挙げている47。利益調整のあり方 として合理性が認められることは否定できないが,本判決は,「このように解する ことは,本件地震当時,地震保険制度が設けられていたとはいえ,一般には馴染 みがなく,……保険会社において,火災保険の勧誘の際に,同保険が地震による

46 裁判例の選定に当たっては,山下・前掲382頁以下,梅津昭彦「陸上保険契約法における因果関係論再 考―火災保険契約における保険者免責条項を素材として―」保険学雑誌598号(2007年)93頁以下を参 照。

47 本判決の原審(平成10810日金商104810頁)は,本件火災は保険契約者の過失(失火)に よるものとして,地震と火災との間の因果関係を否定しているところ,原因を一つに絞らなければならな いことを前提としているように思われる。

Referensi

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2 2021年2月9日 ② 保険法の立案作業時における論議 自動車保険における告知事項の一つに記名被保険者が保有する運転免許 証の色があるが、この告知事項に関しては常に因果関係不存在特則が成立して 保険者免責とはならないのではないかという問題提起がなされた。結局、結論は 出ず、解釈問題として決着した。 ③ 仙台高判平成 24年 11月 22日判時 2179