【解説】
酵 素 の な か に は 二 機 能 性 (bifunctional) 酵 素 と 呼 ば れ る も のがあるが,それらは通常,基質特異性の低い酵素や複数の 活性部位をもつ複数ドメインからなる酵素であり,原則とし
て1つの酵素は1つの反応を触媒すると信じられてきた.し
かし近年,この常識を覆す酵素が発見された.古細菌や好熱 性細菌の糖新生経路で働く酵素フルクトース-1,6-ビスリン酸 ア ル ド ラ ー ゼ / ホ ス フ ァ タ ー ゼ は1つ の 活 性 部 位 が「変 身
(metamorphosis)」 し て2つ の 全 く 異 な る 化 学 反 応 を 触 媒 す ることが明らかになった.ここでは,この不思議な酵素が発 見された経緯から,結晶構造解析で解明されたメカニズム, その生物的意義および進化的な位置づけ,そのほかの二機能 性酵素の例について,概説する.
古細菌の中央代謝
リボソーム小サブユニットRNA配列の比較によれ ば,生物は真核生物 (Eucarya), 真正細菌 (Bacteria),
古細菌 (Archaea) の3つのドメインに分類される(図 1).古細菌のなかでも,至適生育温度が80℃以上の超 好熱性古細菌は,特殊な糖代謝経路をもつことが知られ
ている(1, 2).たとえば, 属および
属は変形 Embden‒Meyerhof‒Parnas (EMP) 経 路と呼ばれる解糖系をもち,そのうち2種類のキナーゼ
(ヘキソキナーゼまたはグルコキナーゼと,ホスホフル クトキナーゼ;PFK)は,ATPではなくADPを用い
る(3, 4).1990年代後半から2000年代の初頭にかけて古
細菌のゲノム配列が相次いで明らかになったが(5〜7),そ のORFの半分近くが機能未知の遺伝子であり,生育に 必須な中央代謝の鍵酵素のいくつかが「失われている」
ことが問題となった.特に,炭酸ガスのような無機物か ら糖のような有機物を合成できる能力をもつ独立栄養性 の(図1では*で示した)生物においては,糖新生経路 は必須である.「真の」二機能性酵素の発見は,古細菌 の糖新生経路の鍵酵素の探索が発端となった.
古細菌のフルクトース-1,6-ビスリン酸ホスファター ゼ
解糖系と糖新生系はともに基本的な代謝経路である.
「真の」二機能性酵素の発見とその「変身」のメカニズム
古細菌型フルクトース-1,6-ビスリン酸アルドラーゼ/ホスファターゼ
伏信進矢 * 1 ,西増弘志 * 2 ,若木高善 * 1
Discovery of a “True” Bifunctional Enzyme and Its Mechanism of Metamorphosis : Archaeal Fructose 1,6-Bisphosphate Aldolase/
Phosphatase
Shinya FUSHINOBU, Hiroshi NISHIMASU, Takayoshi WAKA- GI, *1東京大学大学院農学生命科学研究科,*2東京大学大学院理学 系研究科
一般的な解糖系であるEMP経路ではグルコースからピ ルビン酸までの10段階の異化反応のうち3つは不可逆,
そのほかは可逆である.一方,同化系である糖新生系 は,解糖系の逆反応が可能な段階では解糖系と同じ酵素 がかかわるが,不可逆な段階では糖新生専用の酵素が働 く.そのうち,解糖系のフルクトース-6-リン酸 (F6P)
からフルクトース-1,6-ビスリン酸 (FBP) を生成する PFKの段階は,糖新生系ではFBPからF6Pを生成する FBPホスファターゼ (FBPase) が担う(図2).FBPase は真核生物および真正細菌に幅広く見られるクラスI,
一部の真正細菌に見られるクラスII, IIIの3つのクラス が知られていたが,古細菌ゲノムにはこれらのFBPase は見つかっていなかった.2000年に,超好熱性メタン
生成古細菌 由来のMJ0109タ
ンパク質がFBPaseとイノシトールモノホスファターゼ
(IMPase) 両方の活性をもつと報告された(8).その立体 構造がヒト由来IMPaseよりもクラスIのFBPaseに似て いたことから,この古細菌型IMPase/FBPaseがこれま で未同定であった古細菌のFBPaseであると提唱され,
後にクラスIV FBPaseと定義された(9).一方,2002年 には,京都大学のグループにより,嫌気性超好熱性古細
菌 から新たなFBPaseが発
見された(10) (クラスV FBPase).その基質特異性は厳
密でFBPase活性のみを示し,糖新生に依存した条件で のみ特異的に遺伝子が発現すること,この遺伝子の欠損 株が糖新生条件で生育できないこと,好熱性古細菌を中 心に古細菌全般のゲノムに広く存在することなどから,
ク ラ スV FBPaseが「真 の ( )」 古 細 菌 型 FBPaseであることが証明されるに至った(11).
クラスV FBPaseの立体構造
われわれのグループでは,別府温泉より単離された好 酸好熱性通性独立栄養古細菌である
の糖代謝経路の酵素の機能・構造解析を行ってきた.
のもつクラスV FBPase(ST0318タンパク質)
の立体構造をFBPとの複合体として決定したところ,
既知のタンパク質とは異なる新しいフォールドをもつこ 図1■生物の系統樹
リボソーム小サブユニットRNA配列の比較による.太い線は 80℃以上で至適に生育する超好熱性の生物を,*印は独立栄養性 の生物を示す.
図2■解糖系と糖新生系
ホスホフルクトキナーゼ (PFK), フルクトース-1,6-ビスホスファ ターゼ (FBPase), フルクトース-1,6-ビスリン酸アルドラーゼ
(FBPA) が触媒する段階を表す.フルクトース-6-リン酸 (F6P), フルクトース-1,6-ビスリン酸 (FBP), グリセルアルデヒド-3-リン 酸 (GA3P), ジヒドロキシアセトンリン酸 (DHAP), 無機リン酸
(Pi)
とが明らかになった(12).クラスI, IV, そして後に立体 構造が決定されたクラスII(13) のFBPaseはいずれも sugar phosphataseまたはcarbohydrate phosphataseと 呼ばれる共通のフォールドをもっている.一方,クラス V FBPaseの立体構造はSCOPデータベース (http://
scop.mrc-lmb.cam.ac.uk/scop/) で 「 FBPase- like」 と命名された独自のフォールドをもつ.これと似 たフォールドをもつタンパク質は,最初の構造決定から 約8年を経た現在においても,いまだに見つかっていな い.
ST0318は環状の四量体が2つ重なった八量体構造を とっており,二量体の接触面に挟まれた場所が活性部位 である(図3).ここにFBPと4個のマグネシウムイオ ン (Mg2+) が結合しており,周囲の残基の変異体の解 析から,FBPase反応の触媒機構が明らかになった.こ れは基本的に,ブタ肝臓(クラスI)FBPaseの反応機 構に類似している(14).リン酸基のエステル結合の反対 側に,求核攻撃に適した水分子が存在しており,その近 傍のAsp12が一般塩基触媒として働き,この水を活性 化すると考えられた.この「FBPase型」の立体構造 で,どうしても腑に落ちなかった点が1つある.ほかの クラスのFBPaseの活性部位に結合したFBPは必ず環状 のフラノース型であるのに対し,ST0318には直鎖状の FBPが結合していた.溶液中においてFBPは両者の平 衡状態にあるが,大部分は環状として存在し,室温では 直鎖状のFBPはわずか2%ほどしか存在しない(15).こ
の酵素はなぜ,わざわざ直鎖状のFBPを基質にするの だろうか?
真の二機能性酵素の発見
古細菌の細胞抽出液からはFBPaseだけでなくFBPア ルドラーゼ (FBPA) の活性も検出されることが知られ ていた.FBPAは糖新生系ではFBPaseの1段階前で,
解糖系ではPFKの次の段階で働く(図2).FBPAには,
シッフ塩基中間体を経るクラスI FBPA(主に真核生物 に見られる)と金属イオンが関与する触媒機構をもつク ラスII FBPA(主に真正細菌とカビに見られる)があ る.古細菌のごく一部では,クラスIA FBPAと呼ばれ るタイプの(シッフ塩基中間体を経る)酵素が見つかっ ていたが(16),大部分の古細菌のゲノムからはFBPAの 遺伝子が見つかっていなかった.特に,独立栄養性の古 細菌ではFBPaseと並んでFBPAの存在は必須であるに もかかわらず,候補に成る遺伝子を推定できなかった.
ドイツのSayとFuchsは,古細菌のFBPAの精製を試 みたところ,酵素活性測定の共役酵素として加えたクラ スV FBPaseがそれ自身でFBPA活性を示すことに気づ いた(17).すなわち,クラスV FBPaseはFBPA活性も もつ二機能性酵素「FBPアルドラーゼ/ホスファター ゼ (FBPA/P)」だったのである.彼らはさらに,生化 学的な実験から,FBPAの基質であるジヒドロキシアセ トンリン酸 (DHAP) がST0318のLys232にあたる残基 とシッフ塩基を形成することを示した(17).これは,こ の酵素がクラスI FBPAと同様の分子機構によりアル ドール縮合反応を触媒することを示唆している.しか し,わ れ わ れ が 決 定 し た「FBPase型」 の 構 造 で は,
Lys232は活性部位に結合したFBPからは遠く離れてお り(約17Å),何らかの構造変化が活性部位付近で起こ ることが予想された.
FBPA/Pの「FBPA型」立体構造
われわれはまず,大腸菌組換えタンパク質として調製 したST0318の活性測定を行い,FBPase活性に加えて FBPA活性をもつFBPA/Pであることを確認した.次 に,ST0318をDHAPの存在下で結晶化した.クラスI FBPAなどで前例があるように(18, 19),2つめの基質であ るグリセルアルデヒド3-リン酸 (GA3P) が存在しない ために,反応がシッフ塩基中間体で停止した構造が得ら れることを期待した.幸いにして良質の結晶が得られ,
高い分解能 (1.5Å) の結晶構造を得ることに成功した.
図3■ST0318の八量体構造
FBPase型の構造を示す.八量体のうち1つのプロトマーを濃い灰 色で,FBPとMg2+ を球で表した.
結晶が得られた段階である程度予想はしていたが,シン クロトロン放射光施設(フォトンファクトリー)のビー ムラインでデータ測定した直後に,リジン残基に結合し たDHAPのシッフ塩基中間体の電子密度を最初に見た ときは,胸が高鳴ったのを覚えている.
今 回 決 定 し た「FBPA型」 と 前 回 決 定 し て い た
「FBPase型」の構造を比較したところ,図3で示したよ うな全体構造(八量体構造)はほぼ同じであり,両者の 違いは活性部位付近に限定されていた.二量体の界面に 存在する活性部位の比較を図4に示す.FBPA型に結合 していたDHAP‒シッフ塩基中間体とFBPase型に結合 していたFBPはほぼ同じ位置に存在していたことから,
2種類の触媒反応が,同一の活性部位で起こることが はっきりと示された.一見して大きな動きは3つのルー プ領域で起こっている.青で表示したLid(ふた)ルー プ,黄色で示したシッフ塩基ループ,ピンクで示したC 末端ループは,FBPA型(図4A)ではシッフ塩基ルー プが中に入ってほかの2つのループが外に開いており,
FBPase型(図4B)ではシッフ塩基ループが外に出てほ かの2つのループが閉じる.これはまるでスイッチが切 り替わるような動きであり,図には示していないが,
ループ領域に存在する残基とその周囲の残基との相互作 用が数多く存在し,それぞれの状態を安定化している.
この動きは,基質の結合や触媒反応の進行に従って移行
していく.
FBPA型の構造では,DHAPがシッフ塩基ループの なかに存在するLys232と共有結合した反応中間体をと らえている.DHAPのC3位のヒドロキシル基はタンパ ク質と3本の水素結合を形成していた.第2の基質であ るGA3PはC3位にカルボニル基をもつことから,これ らの水素結合によりDHAPとGA3Pが識別されている のであろう.シッフ塩基ループにはLys232の3残基と なりにTyr229があり,FBPA型ではこれがDHAPのす ぐ近くに存在していた.後述するように,Tyr229はア ルドラーゼ反応に重要な役割を果たす.
FBPA/Pのアルドラーゼ反応の機構を考えるうえで,
大いに参考になったのが,詳しい研究がなされていたク ラスI FBPAにおける知見である(20, 21).ST0318とウサ ギ筋FBPAの構造比較をしてみると(図5A, B),前者 は特殊な
β
/α
/β
の3層フォールド,後者は典型的な (α
/β
)8 バレル(TIMバレル)フォールドと全体構造が全く 異なっており,シッフ塩基を形成するリジン残基(ウサ ギ筋FBPAの場合はLys229)の根本(Cα
原子)の位置 は遠くにある.ところが,その側鎖の窒素原子(Nζ
原 子)より先のDHAP‒シッフ塩基中間体の部分はよく重 なり合い(図5C),ウサギ筋FBPAで酸/塩基触媒とし て働くことがわかっているGlu187と同様の位置に,ST0318のTyr229が存在することがわかった.このTyr 図4■(A) FBPA型 の 構 造 と (B)
FBPase型の構造における活性部位 両 方 の 構 造 に 結 合 し て い る3つ の Mg2+ (Mg2 〜 Mg4) を 緑 色 で,
FBPase型にのみ結合しているMg1 を紫色の球で表した.水分子を赤色 の球で,水素結合を黄色の点線で表 す.FBPase反応で求核攻撃する水を 矢印で示した.FBPA型構造では,C 末端ループの一部,FBPase型構造で はシッフ塩基の一部がそれぞれディ スオーダーしており,それらをルー プと同じ色の点線で表した.
図5■(A) ST0318 (FBPA/P) と
(B) ウ サ ギ 筋FBPA(ク ラ スI FBPA) の 単 量 体 の 全 体 構 造 と,
(C) 両者のDHAP‒シッフ塩基中間 体の重ねあわせ
DHAPおよびそれとシッフ塩基を形 成しているリジン残基をそれぞれ緑 色と黄色で表した.(A) では,Mg2+
を 緑 色 の 球 で 表 し た.(C) で は,
ST0318をカラーで,ウサギ筋FBPA を灰色で表した.ウサギ筋FBPAの 残基番号は括弧内に記す.
残基はFBPA/Pで高度に保存されており,この残基の 変異体ではFBPA活性が完全に消失したがFBPase活性 は保持されていた.この結果から,Tyr229がFBPA反 応における酸/塩基触媒であり,クラスI FBPAと同様 の機構で反応が進行することが示唆された.ちなみに,
古細菌型クラスIA FBPAである
のFBPAでは,Tyr146が同じ位置で酸/塩基触媒の役 割を担っている(19).
図6に,推定されたFBPA/Pの反応機構の詳細を示 す.FBPAのアルドール縮合反応は思いのほか複雑で,
脱水反応,カルバニオン形成反応,C3‒C4結合形成反 応,水和反応の主に4つのステップからなると考えられ ている.つまり,C‒C結合を形成する前後に,酸/塩基 触媒が繰り返し働いて,水を抜いたり付けたりしてい る.ここでわれわれが得た中間体(FBPA型構造)は,
クラスI FBPAで報告されたものと同様に,脱水反応が すでに起こってC2位の酸素原子が抜けており,GA3P が結合する直前のイミン中間体であると考えている.
Tyr229はある程度フレキシブルなループの上にのって おり,微妙な位置の動きでこれらすべてのプロトン受け 渡し反応をアシストできるように見える.つまり,基質 のO2, C3, O3, C4およびLys232のN
ζ
のいずれの位置に も近い.この点に関しては今後検証が必要かもしれない が,周囲には,その機能を代替できるような残基は見つ からない.今回の構造にはGA3Pは含まれていないが,FBPase型構造においてFBPの6位のリン酸基からC4お よびC5のヒドロキシル基を認識している残基はFBPA 型構造でも同様の位置にあり,ここに十分な空間が存在 することから,すでにGA3Pが結合する用意ができてい るように見える.
FBPA反応が終了するとLys232は自由になるので,
Tyr229とともに,シッフ塩基ループごと活性部位から 外に出ることが可能になる.この時点で活性部位には FBPが存在するので,LidループとC末端ループは閉じ た状態のほうが安定になると予想される.ここで起こる FBPA/Pの「変身」は,次のFBPase反応のための準備 段階である.しかし,前述した,加水分解のための求核 攻撃を行う水分子と一般塩基触媒として働くAsp12は,
FBPA型の構造ですでに正しい位置に存在している.そ れでは,何が後半のFBPase反応の引き金になるのだろ うか? 実は,FBPA型の構造ではDHAPのリン酸基 に3個 の Mg2+ (Mg2 〜 Mg4) が 結 合 し て い る が,
FBPase型の構造にはFBPのC1位のリン酸の周囲に4個 の Mg2+ (Mg1 〜 Mg4) が結合している.この4個目の Mg2+ (Mg1) が,脱リン酸化反応直後に生じる負電荷 を安定化することにより,FBPase反応が進むようにな るのである.このMg1の結合には,シッフ塩基ループ の端に存在するAsp233が必要となる.FBPA型から FBPase型への「変身」に伴い,Lys232は中から外へと 出るが,その隣にあるAsp233は,その次の残基である Asp234との間のペプチド結合の反転に伴い,外から中 へと「ひっくり返り」,Mg1のサイトが形成される.こ の酵素の構造変化は細かい点まで見れば見るほどよくで きているが,この部分の動きは特に精妙なつくりになっ ていると感じる.
われわれがこのFBPA型の結晶構造を発表したのと 同時に,FBPA/Pを発見したドイツの研究グループも ほぼ同様の構造を発表し,これら2つの論文は同じ号の 誌に掲載された(22, 23).彼らは超好熱性古細菌
由来のFBPA/Pを用いて,
図6■FBPA/Pの推定反応機構
FBPA型(DHAPとのシッフ塩基中間体),FBPase型
(FBPとの複合体)だけでなく,リガンドの結合してい ない構造と,F6Pの結合した構造も得ている.リガンド の結合していない構造はMg2+ が2個(Mg3とMg4)し か結合しておらず,活性部位にリン酸基をもつリガンド が結合することで,Mg2が結合できるようになること がわかった.さらに,シッフ塩基ループは,開いた状態 と閉じた状態の中間の状態(彼らは「locked」と呼んで いる)も取りうることがわかった.ここで見られた構造 変化も,基本的にはわれわれが得た結論とほぼ同様で あった.別のグループがよく似たサンプルでほぼ同様の 結論を得ていたという事実を電子版の発表時に知り,
「もしも論文投稿が少しでも遅れていたら」と肝を冷や したのは確かである.彼らもこのことは事前には知らな かったらしい.しかし,FBPA/Pの構造変化は,それ を解明したわれわれですら,あまりにもよくでき過ぎて いると思っていたので,彼らとの「競作」により,この 分子機構が確かなものであり,FBPA/Pに共通して存 在することが示されたともいえる.
FBPA/Pの生理的意義と生命進化における位置づ け
われわれがFBPase型の構造を解いたときに抱いた疑 問は,これで解決したことになる.つまり,直鎖状の FBPが結合していた理由は,この酵素がFBPA反応で 合成されたばかりの産物を解離することなく,その場で すぐにFBPase反応の基質とするからであろう.興味深 いことに,このような「超好熱性古細菌の酵素が直鎖状 基質を好む」現象は,代謝経路上隣接した反応であり,
F6Pとグルコース-6-リン酸 (G6P) の間の異性化反応を 触媒するホスホグルコースイソメラーゼ (PGI) でも見 られる.真核生物から真正細菌まで幅広く存在する通常 のPGIは,環状の基質から直鎖状への開裂を触媒する His残基をもつ(24).一方, 属や
属の変形EMP経路のPGIは,クピンと呼ばれる金属 結合型の全く異なるタイプのタンパク質である(25〜27). このクピン型PGIは,直鎖状のF6PまたはG6Pを直接 結合して異性化反応を触媒するが,環状の基質を開裂す る触媒残基をもたない(28).
FBPA/PのFBPA反応は,アルドール縮合(同化方 向つまり糖新生系)の活性は十分高いのに対して,逆反 応のFBP開裂(異化方向つまり解糖系)の活性は非常 に低い(17) (ただし異化方向のFBPA活性は,同時に FBPase反応も起こるので,正しく測定できていない可 能性が高い).つまりFBPA/Pは糖新生経路専用の酵素
と言える.一方,一部の古細菌がもつクラスIA FBPA は,一般的にFBP開裂(異化方向)に比べてアルドー ル縮合の活性は低く(29),解糖系用の酵素ではないかと 推 測 さ れ る.た だ し, の ク ラ スIA FBPAは例外的にアルドール縮合活性とほぼ同等の FBP開裂活性を示す(30).SayとFuchsが考えたFBPA/
Pの利点は以下のとおりである.まず,このように合成 方向のみに働く酵素がかかわる糖新生経路では,せっか く合成した糖が分解されることがない.実は,
を含む一部の古細菌はPFKをもたず,FBPを経由 しない変形 Entner‒Doudoroff (ED) 経路と呼ばれる別 の解糖系を利用している(31).このような生物では解糖 系と糖新生が別ルートなので,生育基質の変化に応じて 転写制御を介さずに「小回りのきく」代謝調節が可能に なると考えられる.また,高温環境においては,熱に弱 いトリオースリン酸(DHAPやGA3Pなど)を素早く熱 に強いF6Pに変換できる.
しかし,いったいどうしてこのような不思議な酵素が 存在するのだろうか? FBPA/Pをもつ生物は,古細 菌のほぼすべてと,真正細菌のうち生物の系統樹の根元 付近に位置する Aquifecae, Thermotogae,
など主に好熱菌に限られる(図1).そして,
FBPA/Pは,中程度の温度で生育する菌から得られた 酵素も含めて,おしなべて耐熱性が高い.また,超好熱 性の生物は系統樹の根元付近に集中していることから,
地球上の生命は海底の熱水噴出孔のような高温環境で誕 生したと考えられている(32).原始的な生命環境におい ては糖が豊富に存在したとは考えにくく,糖新生経路の 方が解糖系よりも先にでき上がったと考えるのが自然で あろう(33).FBPA/Pはこのような原始的な独立栄養性 の好熱性生物がもっていた酵素のなごりではないかと推 測されている(17).
FBPA/Pは一度に2つの生合成反応を触媒できるの で,一見効率的で,生物にとっては魅力的な酵素に見え る.しかし現実には,普通の生物が生存できない超高温 のような「ニッチな」極限環境に住む微生物のゲノムに しか残っていない.実はFBPA/Pの反応は常温では専 用の酵素に比べて比活性が低く,通常の生物では,
FBPA反応とFBPase反応は別々のもっと効率良い酵素
(つまりクラスI, II FBPAやクラスI FBPaseなど)が 担っている.さらに,この酵素は分子進化的な「遊び」
の余地が少ないように思える.元々クラスV FBPaseは オルソログ間の保存性が異常に高いことが知られてい た.上述したような精妙な「変身」メカニズムを維持す るためには,触媒に直接関係ないループ部分やその周囲
にまで高い保存性が求められるために,代謝系の進化の 中で取り残されていったのではないだろうか.
二機能性酵素とは?
二機能性酵素として教科書などにしばしば登場するの は,6-ホスホフルクト-2-キナーゼ (PFK2)/フルクトー ス-2,6-ビスホスファターゼ (FBPase2) である(34).この 酵素は肝臓において解糖系と糖新生系を調節する因子で あるフルクトース-2,6-ビスリン酸 (F-2,6-BP) をF6Pか ら生成するPFK2と,F-2,6-BPをF6Pに戻すFPBase2の 2つの酵素が融合して1本のポリペプチドになったタン パク質である.このようなマルチドメインの二機能性酵 素としては,別々のドメインに存在する活性部位の間を タンパク質内部のチャンネルが結び,ここを反応産物/
基質が通ることによりトリプトファン生合成経路の連続 する2反応を効率良く触媒するトリプトファンシンター ゼ(35) など,多数が知られている.
一方,単に基質特異性が低く,同じ化学反応ではある が複数種の基質を触媒する酵素も二機能性(あるいは多 機能性)と呼ばれることがあり,葉緑体でセドヘプツ ロース-1,7-ビスリン酸とFBPの両方を開裂するアルド ラーゼ(36) などがこれに当たる.前述したクラスIV FBPaseも,IMPaseとFBPaseの両方の活性をもつ,基 質特異性の低い酵素の一例と言える.さらに,
の解糖系である変形ED経路では,上流 の3つの酵素の基質特異性が広いために,グルコースと ガラクトースの両方を代謝できる(37).この例も含め,
基質特異性が低い場合には,「promiscuous」 な酵素と呼 ばれることが多い(38).このタイプの二機能性酵素で特 筆すべきなのは,結核菌のPriAである(39).PriAは2種 類の基質に応じて活性部位の複数のループが大きく動い て「変身」し,ヒスチジンとトリプトファンの両方の生 合成を触媒する.ただし,PriAは基質特異性が変化す るだけで,どちらの基質に対しても同じ異性化反応を触 媒する.
広義の二機能性(多機能性)酵素としては,酵素とし て化学反応を触媒する以外に,遺伝子調節やシグナル伝 達,構造タンパク質などの機能も併せもつ「ムーンライ ティング」酵素が知られている(40).これは,昼は酵素 として働き,夜は内職をする,といったイメージの命名 であろう.有名な例としては,鉄調節(翻訳制御)タン パク質としても機能するアコニターゼや,動物の眼の水 晶体の構造タンパク質であるクリスタリン(ほかの機能 をもつ酵素がよく流用される)などが挙げられる.
さて,FBPA/Pが触媒するのは,リアーゼに分類さ れるアルドラーゼ縮合反応 (EC 4.1.2.13) と加水分解に 分類される脱リン酸化反応 (EC 3.1.3.11) と,全く異な る2つの化学反応であり,これが1つの活性部位で起こ るメカニズムが詳細に明らかになったのは前例がなく,
「真の」二機能性酵素と呼んで差し支えないだろう.し かし似たような例としては,放線菌
の抗生物質アルバフラベノンの生合成経路におい て,最後の酸化反応を触媒するシトクロムP450モノオ キシゲナーゼ (CYP170A1) が,その一段階前のテルペ ン合成酵素(ファルネシル二リン酸の環化反応)として も機能するという報告がある(41).CYP170A1にはモノ オキシゲナーゼの活性部位として機能するヘムの遠位ポ ケットの近くに別のポケットが存在することから,ここ がテルペン合成酵素の活性部位ではないかと推測されて いる(42).しかし,テルペン合成酵素の反応機構として は,オルソログのCYP170B1ではこの活性が失われてお り,Mg2+ が関与する可能性が示されているほかには,
詳しいことはわかっていない(43).
ごく最近,ドイツのFuchsらのグループが,またして も興味深い二機能性酵素を発見したと報告した(44).
属真正細菌のフェニル酢酸分解系におけ るフェニル酢酸‒CoAモノオキシゲナーゼ(エポキシ ダーゼ)は,NADPHに依存して,エポキシドの酸素を 除去する反応(デオキシゲナーゼ)も触媒することが明 らかになった.この2種類の反応は,鉄原子が2個結合 している単一の活性部位で触媒される.ただし,このよ うに,複雑な反応経路を経る酸化還元酵素が別の反応
(副反応)を起こす例については,すでにいくつか知ら
れている(45〜47).特に,シトクロムP450の「ペルオキシ
ド・シャント」は,ヘム鉄の上で起こる副反応として有 名な一例である(47).
酵素のドメインやループの構造のゆらぎが基質結合や 反応産物の解離に重要であることは詳しく研究されてき たが,構造のゆらぎと酵素の触媒機能や多機能性との関 連についてはあまりよくわかっていない(48〜50).上述の とおり,今回の研究は「1つの酵素活性部位が2つの反 応を触媒する」という分子機構を解明した初めての報告 例であり,酵素機能における構造のゆらぎの新たな重要 性を示したものといえる.今後,新たな「真の」二機能 性酵素が発見される可能性もあるのに加え,もしかした ら,既知の酵素でも,注意深く酵素活性を調べてみれ ば,別の活性を発見できるかもしれない.
文献
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