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2015年7月25日日本保険学会九州支部 報告者:福岡大学 久保寛展 ドイツ保険法におけるいわゆる「戦争除外条項」の解釈について
一.はじめに
あらゆる保険分野での、戦争に基づく損害発生リスクに係る保障の実際的意義は、第二次 世界大戦の終結と同時に低下したといわれる。
⇒戦後の世界:保険業界にも特徴的なさまざまな事件が繰り返し行われてきた事実
①1988年12月21日のイギリスのロッカビー(Rockerbie)上空での航空機爆破・墜落事 件
②1990年代初頭のイラクでの湾岸戦争
③2001年9月11日のニューヨークでのワールド・トレード・センターへのテロ攻撃1
④近年のイスラム国のテロ行為など
⇒近年の直接的な戦争はとりわけ湾岸戦争、戦争に匹敵するほどの911事件
⇒保険法上、現代型の戦争やテロ攻撃の行為に対し、一般的に保険契約者・被保険者の保 護にどのような影響があるのか、常軌を逸したリスクへの対処のあり方2
○わが国の保険法
→「戦争その他の変乱(以下、戦争等とする)」に該当する場合には、保険者の給付義務 が免除される旨が定められる(保険法17条1項等)
→具体的にどのような場合が、解釈上、戦争等に該当するのか。
国家もしくはテロ組織のあらゆる暴力行為、国内の騒乱、内戦、革命、暴動、騒擾、反 乱など、戦争に類似する事象3
○「戦争」概念
1 なお、テロ攻撃について私法学的側面から検討するものとして、榊素寛「同時多発テロ の私法的側面―巨大不法行為・保険・被害者救済の交錯」岩原紳作=山下友信=神田秀樹
〔編〕『会社・金融・法〔下巻〕』(商事法務・2013)769頁があり、本論文789頁以下に おいて、テロ保険が保険商品として成立するのが困難であることが指摘されている。
2 とくに海上保険の分野であるが、新谷哲之介「海上保険における戦争危険の実際」損害 保険研究74巻3号99頁以下(2012)、小泉克人「湾岸戦争と戦争保険―I船舶戦争保 険」、桜井雄策「湾岸戦争と戦争保険―II貨物戦争保険」海運767号37頁以下、42頁以 下(1991)などを参照。
3 約款レベルでは、たとえば住宅火災保険普通保険約款3条2項1号や傷害保険普通保険 約款3条1項9号において「戦争、外国の武力行使、革命、政権奪取、内乱、武装反乱そ の他これらに類似の事変または暴動(群衆または多数の者の集団の行動によって、全国ま たは一部の地区において著しく平穏が害され、治安維持上重大な事態と認められる状 態)」が掲げられている。「事変」につき、大判昭17年9月5日法律新聞4805号5頁で は、旧満州国の匪賊の襲撃・放火が当該事変に該当すると判示され、その場合における事 変の該当性の判断基準を、「国権に反抗し通常の警察力をもってしてはその暴力行為を鎮 圧できない程度のもの」とした。
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→宣戦布告、講和条約や無条件降伏の有無などが要件とされるのか、そうでなくても、た とえば戦争終結後の不発弾や枯葉剤等による負傷もしくは健康被害の場合であっても 保険によって保護されるのかなど、国際法の解釈ではなく、保険法独自の解釈として戦 争等の概念を明らかすることが要請される側面がある4。
→たしかに戦争等に起因する異常なリスクの蓄積によって、リスクが算定不能になる危 険状態が作出される結果、保険者が免責される必要があることは容易に想像できる 5。
→他方、戦争等が保険者免責に関係する以上は、法的観点から再度、戦争等の除外条項(以 下、単に「除外条項(Ausschlussklauseln)」とする)の意義と目的を具体的に検討す べき余地が残されている6。
→ドイツでも、保険者免責あるいは保険による保護(Versicherungsschutz)の有無につ き、たとえば敵兵、避難民、解放された捕虜等による放火・窃盗・略奪や、戦争中に爆 撃を受けて破壊された道路上での事故のように戦争と個々の戦争事象との間の(相当)
因果関係の存否、あるいは戦争とテロ攻撃との関係、訴訟における証明の問題など、こ れまで議論されてきた問題点も少なくない。
二.保険給付の除外事由としての戦争リスクの除外根拠
○定額の保険料をもって事業活動を行う保険者は、堅実な運営によって長期に及ぶ保険契 約の履行可能性を確保しようとする場合、将来的に発生のおそれがある付保された損害 を保障するには、できる限り正確に将来の資金需要を評価する。
○そのために、当該資金需要の評価は、通常、保険事故が一定の観察期間内に特定のグルー プ内で発生する度合いならびにその損害の平均額が明らかにされる統計資料をもって行 われ、この場合の統計資料も、事後的な保険事故(損害)の発生の度合いや損害額にも影 響を与えるあらゆる生活環境が安定して推移していることを前提に作成される。
→もっとも、従来型の戦争の場合であれ、核兵器や生物・化学兵器(いわゆる ABC 兵器)
4 わが国でも、戦争とは、宣戦布告の有無にかかわらず、国家間または交戦団体の交戦状 態をいい、その他の変乱とは、内乱・一揆・暴動など、戦争とまではならないが人為的騒 乱であるとされる(たとえば石田満『商法IV(保険法)〔改訂版〕』(青林書院・1997) 191頁)。
5 そもそも戦争その他の変乱の事由による保険事故の発生率はきわめて高く、通常の保険 料率では、これらの特殊な危険は考慮されていない。しかし、特別に割増保険料を徴収 し、戦争などの危険を担保する特約は有効であり、実際に保険者は戦争保険特別約款によ る引受を行っており、生命保険契約でも、戦争等を原因に死亡した被保険者の数の増加 が、当該保険の計算基礎に及ぼす影響が少ないと認めたときは、死亡保険金の全額を支払 い、またはその金額を削減して支払う旨の規定を設けているのが一般的である。
6 戦争が保険に最も適さないリスクであることにつき、①高い保険事故の発生確率、②保 険事故発生の地理的・時間的集中、③コストの内部化の困難、④発生確率・損害の大きさ の統計データの非有用性があげられる(榊素寛「巨大リスクと保険」MS&AD基礎研 REVIEW13号78-79頁(2013))。
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を用いた現代型の戦争の場合であれ、損害発生の蓋然性や損害額が戦争によって突発的 に異常に高められる場合には、平時の状態で保険数学的に算出された保険料収入や積立 金を用いて保障を行うことはできない。
→基本的には平時での通常の危険と比べて、損害発生と同時に戦争に特有の危険の増加が 明確に現れたかどうかが重要となる。
→ドイツでは、除外条項は、現在、一般的な平時の生活環境が突然に変更されたことに起因 する損害もしくはその一部を考慮しないことで、算出の基礎と損害発生の度合いの両者 の均衡が失われた関係を、再び調整するための仕組みでもあるといわれる。
⇒これによれば、戦争という例外的な状況下でも、保険者は戦争に起因しない損害に対して は依然として保険の機能を発揮させることができ、保険契約の締結に際して前提とされ た保険経営の基盤が獲得されうるので、不相当に高められた支配できない算定不能の戦 争リスクを除外することは、保険者だけでなく、保険制度の重要な社会的機能も維持され る。
三.保険法上の戦争および戦争事象等の概念とその証明問題 1.戦争概念
(1)戦争(Krieg)
○国際法上の概念ではなく、保険法上の意味での戦争概念
国際法では、戦争は宣戦布告と同時に開始し、降伏もしくは講和条約と同時に終結するの に対し、保険法ではそれよりも広く戦争概念を設定するので、保険法上の戦争は、「戦争 に基づく事実上の各暴力状態(jeder tatsächliche kriegsmäßige Gewaltzustand)」とし て理解される。
①このような戦争は、少なくとも戦争当事国の一方の側での、威嚇目的を含む兵器の使用ま たは他国の領土への軍事侵攻を前提とし、この場合の兵器の使用も、高損害リスクの実現 の可能性から、たとえば砲撃のような攻撃の場合だけでなく、地雷の敷設のように兵器の 非攻撃的な利用の場合を含む。
②他国に対する武力行使の威嚇そのものや通商停止(Embargo)、経済的な報復措置、純粋 な外交干渉のような単なる戦争の前段階を含めることは、この段階では武力行使を欠き、
戦争に典型的な高損害リスクの増加がないために、当該概念の解釈の限界を超える。
③複数の国家・国民もしくは民族集団の間での武力行使を伴うあらゆる対立が保険法の戦 争の定義に服すると考えられるが、この場合、必ずしもタリバン政権のように戦争当事者 が 国 際 法 上 承 認 さ れ た 法 主 体 で あ る か ど う か は 重 要 で は な く 、 一 個 人 が 乱 暴
(Ausschreitung)を働くだけでも足りない。
④日常用語上の理解によっても、戦争は、事変による社会秩序の混乱を意味する騒乱
(Unruhe)や、群衆もしくは集団の行動によって社会秩序を混乱させる騒擾(Aufruhr)
を超える事態であることを前提に、最初の武力行使をもって開始し、使用兵器の事実上の
4 完全な停止をもって終結する。
○限界事例
①第一に、戦争は、航空機が軍事封鎖地域の上空を通過した時点で当該航空機を撃墜する場 合のように、個人的な各軍事行動だけでは足りない。
→戦争は、一定の期間および規模に応じて、国家・国民もしくは民族の間で行われる軍事的 方法(武力行使)を用いた大規模な紛争であり、その期間と規模は、除外条項の目的およ び平均的な保険契約者の理解に従って、健康被害(Gesundheitsschäden)が蓄積する算 定不能なリスクが発生する紛争が実現したという趣旨から具体的に決定される。
→それゆえ、個人の軍事行動は除外条項には該当せず、したがって、保険法上の戦争を意味 しない。
②国境での突発事件や国境紛争は、このことからただちに除外条項を適用できないことで ある。
→なぜなら、もともと双方の戦闘行為が戦争に基づき行われるとともに、戦闘行為が短時間 の武力行使以上の対立を生じさせることが前提であって、その前提の場合にのみ、個々の 危険ではなく、不相当に高められた支配できない算定不能の戦争リスクが顕在化し、除外 条項の根拠が生きてくるからである。
→たとえば散発的な国境線での銃撃戦だけでは、国境警察的な措置が問題であるので、不十 分であるといわざるをえない。
③たとえば NATO(北大西洋条約機構)域内での部隊移動や軍事演習のように、このよう な行動が当然に除外条項の適用を根拠づけるわけではない。
→戦闘部隊が単純に戦争地帯の付近に配備される場合も同様であり、当該部隊が具体的に 戦闘行為に巻き込まれるおそれがあるだけでは、いまだ前提として当該部隊の危険性が 高められたとは断定できない。
(2)内戦(Bürgerkrieg):国内の騒乱の最も極端な事案である内戦
○内戦とは、同一国内での当事者もしくはグループ間の武力行使を伴う権力をめぐる組織 的対立をいい、少なくともその一方当事者が承認を受けていない場合をいう。
→この場合、内戦の原因としては国家権力の支配に対する反乱、革命および抵抗運動(レジ スタンス)もしくは解放運動が考えられ、この国家権力の支配を除去するかもしくは別の 権力者が国家権力の地位に就くことが目的とされる(ゲリラ戦としての紛争など)。
→一方当事者の内戦の動機は、たとえば宗教戦争や民族紛争、政治または経済的利益のよう にさまざまであるが、除外条項の適用の可否に関して、当該動機は必ずしも重要ではない。
内戦の場合は一時的ではあっても、領土全体を通じて国家権力を行使できる状況にない ことも特徴である。
→さらに、内戦の当事者が軍隊に類する命令系統を有しかつ武器を携帯することで、内戦は 一般的に「極端ではない」国内の騒乱とは区別されるが、もし内戦に該当すれば、その対
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立は常に国内の騒乱でもあり、国内の騒乱から内戦への移行も円滑に行われるのが通例 である。
⇒通説的理解によれば内戦を戦争概念に含めている。
*テロ攻撃も内戦事象に該当するか(2010年5月7日ミュンヘン第一地方裁判所判決7)?
「ドイツ連邦国防軍の異文化相談要員(interkultureller Einsatzberater)としてアフガ ニスタンで活動していた原告が、2007年11月25日に、国際治安支援部隊(ISAF)に所属 する車両内でタリバンからテロ攻撃を受けた結果、勤務不能傷害が70%に及ぶ重傷を負い、
保険会社(被告)に事故保険金を請求した」。
「結論として、当該事故は間接的に内戦事象によって引き起こされたものであり、除外条 項に該当するので、訴えに理由はない」と判示した。
→「アフガニスタンでは、原告が事故に遭遇した時点において、タリバンが国際治安支援部 隊の支援を受けた住民と戦っていたので、内戦が支配していたが、この内戦は、もともと 連邦国防軍が復興支援目的のため活動していたアフガニスタン北部ではなく、南部で行 われたものである。しかしその当時、時折、北部でもタリバンによって攻撃が行われてい た。本件事故は、アフガニスタンを支配する内戦に起因し、少なくとも間接的に当該内戦 によって引き起こされたものであり、内戦がなければ、本件テロ攻撃も存在しなかった」。
→「アフガニスタン北部で実施された攻撃は、アフガニスタン南部を支配する内戦の間接的 な結果である」ことが判示され、本件テロ攻撃を内戦事象に含めた。
(3)戦争事象(Kriegsereignis):2008年版事故保険普通約款(AUB)の第5.1.3号8)
→除外にいたる経緯
①戦争(内戦)状態(危険状態)、②危険の増加、③戦争(内戦)事象、④事故の発生(戦 争事象の結果としての損害もしくは健康被害)、⑤保険による保護からの除外
→戦争事象の判断
①戦争状態と戦争事象と間、②戦争事象と発生した事故との間での相当因果関係の存在 が検討される必要があると主張する見解もある。
7 LG München I, Urt. v. 7.5.2010 – 26 O 14843/09, zfs 2011, S. 40.
8 2008年版事故保険普通約款(AUB)の第5.1.3号は、次のように規定する。すなわち、
第5.1号において「以下の事故については、保険よって保護されない」ことを前提に、「① 戦争事象もしくは内戦事象によって直接もしくは間接に引き起こされた事故。②ただし、
被保険者が外国旅行において不意打ち的に(Überraschend)戦争事象もしくは内戦事象 に遭遇する場合には、保険によって保護される。③この保険による保護は、被保険者が滞 在する国家の領土において戦争もしくは内戦の開始から7日後の末日に消滅する。④保護 の拡大は、すでに戦争もしくは内戦が支配する国家への旅行もしくは当該国家を経由する 旅行の場合には適用しない。⑤戦争もしくは内戦に積極的に参加する場合、ならびにABC 兵器による事故の場合および中国、ドイツ、フランス、イギリス、日本、ロシアもしくは アメリカ合衆国の各国の間での戦争もしくは戦争類似の状態に関連する事故の場合につい ても適用しない」。
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→文言上は、直接的もしくは間接的な戦争事象と事故との間での相当因果関係を定めるに すぎず、戦争状態と戦争事象を結びつけるものではないため、むしろ、単純に「戦争事象」
という概念の解釈だけが重要である。
→そうであれば、戦争事象とは、戦争に典型的でありかつ戦争状態がなければ発生しなかっ た各事象のことをいうが、さらに直接もしくは間接に戦争事象と事故との間に相当因果 関係が存在してはじめて戦争事象として捉えられる概念である。このような戦争事象は、
戦争中であっても戦後であっても発生しうるものであり、戦争事象と戦場との空間的な 関係も必要ではない。
○戦争事象と事故との間の相当因果関係の分析
→戦争事象は、そもそもその発生を予測できず、通常の方法によっても遭遇しない異常な危 険状況が存在し、その場合の危険も戦争の結果として増加したことを前提。
→事故が平時でも同様に発生しうるものであって、偶然にも戦争中に発生したにすぎない 場合(機会原因; Gelegenheitsursache)には、これを戦争事象と評価できない場合もあ る。
・戦争中に道路が爆撃等により破壊されたことが原因で被保険者が運転を誤り、事故によ って負傷した場合、この場合の戦争事象は、破壊された道路に認められるのではなく、
道路の摩耗等以外の、戦争に起因する爆撃や地雷の爆発等に認められ、これを前提に戦 争事象(爆撃や地雷の爆発)が事故と相当因果関係にあるかどうかが分析される。
・もし被保険者の事故による負傷が単純な過失に起因するにすぎない場合であれば、戦争 事象との相当因果関係はなく、そもそも被保険者は保険によって保護されるのに対し、
被保険者が敵兵から逃走するため爆撃によって破壊された道路を乗用車で通行する必 要があった結果、事故に遭遇したような場合には、改めて戦争事象と事故との相当因果 関係の分析が必要となり、除外条項の適用の可否が判断される。
○ただちに戦争事象として判断される行為
①戦闘行為(Kampfhandlungen)
戦争が暴力を伴う紛争の一部である以上、戦闘行為は、戦争として評価される衝突の一部 であるので、必然的に戦争事象であり、また除外条項からみれば、算定不能の戦争リスクを 除外する目的がある以上、直接、当該目的に合致する除外事由として考慮される。
・戦争事象は、本来の戦闘行為に限定されるものではなく、戦闘行為と相当因果関係にある 後発事象についても、戦争事象に含まれる場合がある。
・そのため、一方の戦争当事国の責めに帰せられる限り、実際に身体的暴力を伴わなくても、
たとえば戦闘行為後の物の破壊、放火もしくは略奪、襲撃もしくは窃盗、家宅侵入などの 行為も、戦争事象として考慮され、引き続き事故との相当因果関係が分析される。
→たとえば農家に宿営させられた兵士が単に火の不始末で火災を引き起こし、これによっ て被保険者が負傷するような場合や、占領地域での軍用車両に関連する不注意による事 故は、完全な戦争事象を意味するのではなく、いわば戦争付随事象でしかない。
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②駐留(Besatzung)
→戦争事象として判断される結果、進駐軍を長期にわたり配備する場合、駐留それ自体が直 接もしくは間接に事故と相当因果関係を有するのか。
・たとえば進駐軍兵士あるいは進駐軍によって解放された戦時捕虜や、強制労働者が、略奪、
強奪、乱暴等を働くなど、まず、特別な危険状況が事実上の戦争状態の状況下で作出され ることが必要である。除外条項の適用が直接肯定される。
・たとえば手榴弾の積込みや演習の実施に際して事故が発生した場合のように、内容的に平 時でも行われるような行動の場合には、除外条項の適用が考慮されない可能性もある。
→事故が戦争事象の終結後に発生する場合。
・たとえば戦争の終結から数か月後に、乗用車の運転者が検問所でうっかりして停車しなか ったことから、駐留国の歩哨がその搭乗者である被保険者を射殺したような場合9
・このような駐留国の兵隊によって射殺されるリスクは、たしかに戦争に特有の特別な危険 であるが、その反面、駐留期間が長くなればなるほど、駐留という戦争事象も日常生活の 普段の光景に埋没し、これによって戦争事象が存在しなくなったと判断することも可能 である。保険による保護を受ける余地が残される。
2.戦争概念の制限
○広範な影響を及ぼす戦争がいったん勃発した場合、戦争中は保険による保護が完全に無 機能化するおそれが生じるため、できる限り戦争除外条項の広範な適用を回避すること に越したことはない。
→戦争あるいは戦争事象の形態も、個別事案によってさまざまである以上、特定の事件を除 外条項に含めるのかどうかの判断が困難な場合もあり、単にある事故が戦争事象と何ら かの相当因果関係にあるという理由で戦争事象として評価するのは、保険契約者の視点 からみれば、不合理な場合も考えられる。
→必然的に①「戦争事象」の概念が過度に使用されてはならないこと、あるいは②戦争事象 との因果関係が軽率に肯定されてはならないこと、つまり、戦争事象による影響もしくは 結果を判断する場合、戦争事象と事故との間の因果関係は、相当な範囲に限定されなけれ ばならないことが要求される。
①人的制限
→除外条項の適用は、損害を発生させる事故が戦争当事国に国籍を有している者や戦争当 事国の軍関係者によって引き起こされたことを前提としない。
・たとえ軍事行為が戦争当事国の同調者によって実施される場合であっても、除外条項の適 用は可能である。「戦争事象」の文言からも、除外条項の適用範囲を、戦争当事国に国籍 がある者によって引き起こされた事故に限定することはできないからである。
②時間的制限
9 Vgl. OLG Bamberg 29.7.1948, VW (Versicherungswirtschaft) 1948, S. 420.
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→除外条項の適用は、戦争期間に限定されるわけではない。たとえば陸上や水中に地雷もし くは機雷を敷設するか、あるいは化学薬品によって森林の葉を枯らすような戦争の準備 段階の措置に基づく損害にも除外条項の適用は可能であるが、たとえば武力を背景にし た威嚇による他国への通商の禁止、封鎖、経済的報復措置のような場合には、いまだ戦争 に特有の損害発生リスクの増加を欠くので、除外条項の適用には不十分である。
→たとえ事故が事実上の戦闘行為の中止後あるいは休戦、無条件降伏、講和条約による戦争 の終結後に発生したという形式的理由に基づく場合でも、必ずしも除外条項が適用され ないわけではない。
→この場合には、戦争による損害発生の危険の増加がいまだ継続しているかどうか、あるい は反対に戦争を条件に高められた典型的なリスクがすでに存在しなくなった結果、保険 による保護が認められるどうかという除外条項の目的によって決定される。たとえば被 保険者が、終戦直後の国家秩序が崩壊していた状況で残留していた手榴弾や地雷の爆発 によって死亡した場合には、除外条項を適用することは可能である。
→もっとも、除外条項は、時間的制限なく、すべての後発損害に適用されると解すべきでは ない。そうでなければ、戦争を通じて始まった因果の連鎖が無限に続くことになるからで ある。そのため、原則として戦争の混乱を脱し、事態が再び安定しかつ国家の安全や秩序 が回復した場合には、時間的制限にも根拠があるといえる。
→そのような新たな生活環境では、戦争前の状況と比較して改めて変更された統計的資料 の利用や保険料の増加を通じて調整が可能であることから、除外条項の目的が妥当しな い。したがって、事態が沈静し安定した後は、たとえ信管がはずされなかった弾丸、爆弾、
地雷が存在する場合、戦争によって破壊された廃墟、あるいは損傷を受けたか、倒壊のお それがある建物が存在する場合、権利意識、公共のモラルの低下あるいは食料品や嗜好品 または日用品の不足等による困窮の増加に基づき犯罪発生率が高まった場合、または警 察の職務行使による治安回復が困難である場合であっても、保険による保護が可能とな る場合がある。
→抽象的には、戦争によって増加したリスク、および戦争事象と事故との間の因果関係は、
時間の経過と同時に次第に減少し、最終的に完全に消失すると考えられるので、除外条項 は、現在、たとえば不発弾の爆発のように、少なくとも第二次世界大戦以後に発生した戦 争事象に帰せられうる事故の場合には適用されない。
③場所的制限
→除外条項の適用は、戦場もしくは戦闘行為の場所、すなわち、戦闘部隊の作戦領域に制限 されない。同様に事故が戦争当事国の領土で発生したかどうかも重要ではない。
→現在の技術の発展は、戦争がそもそも戦争当事国の領土を含めた空間に限定できない危 険の増加を可能にするので、ここに除外条項の目的である算定不能の戦争リスクが見出 せるからである。
→除外条項は、戦争が戦線から遠く離れた作戦空間や戦闘地帯で実施され、損害が発生した
9 場合であっても適用される。
3.その他の事象
○前述のように、戦争ならびに戦争事象の除外に係る根拠は、保険法上、算定不能なリスク の蓄積に認められる。当該リスクは、従来型の保険技術的な方法では制御不能であって、
保険者に対し予定されなかったリスクを除外させる必要があるものである。
①国内の騒乱
→国内の騒乱は国内における紛争を意味するもの。国内の騒乱は、群衆もしくは集団の行動 によって社会秩序を混乱させる「騒擾(Aufruhr)」と、政府もしくはその行政機関への
「反乱(Aufstand)」に分類されるが、その概念は比較的広範であるので、騒擾もしくは
反乱は常に国内の騒乱として評価される。
→国内の騒乱は、デモのように事実上の暴力状態を伴うものではないので、必ずしも戦争条 項に含まれるわけではない。
→除外条項に含まれるには、たとえば国権の一時的な機能不全に基づく群衆の略奪だけで は足りず、個人の行動、騒動および警察活動を超える紛争が軍事的に組織された紛争にまで エスカレートする場合にはじめて、国内の騒乱が内戦として評価される。
②テロ攻撃
→保険法上、「テロ」の法律上の定義は存在せず、テロ攻撃をただちに戦争もしくは戦争事 象と同視できない。そのため、テロ攻撃による損害が戦争条項によって除外されるかどう かの保険法上の評価は、除外条項の目的に従う。
→テロ攻撃が除外条項の戦争もしくは戦争事象として評価されるには、少なくともテロ攻 撃が一方の戦争当事国の原因に帰せられ、かつテロ攻撃による事故発生の時点で戦争に 特有のリスク(不相当に高められた支配できない算定不能な損害の蓄積)が顕在化したこ とが指摘されている。
→私人もしくは民間組織によるテロ行為が直接もしくは間接に戦争当事国によって承認さ れ、かつ資金援助、教育訓練、助言、情報提供等によって促進される場合、つまり、テロ 攻撃が戦争の一部として一方の戦争当事国の原因に帰せられ、かつ特有のリスクが顕在 化してはじめて考慮されるのである。
→いわば「国家によるテロ行為(Staatsterrosismus)」と同視できる場合にはじめて、戦争 もしくは戦争事象とテロ攻撃による損害との間の因果関係を正当化することが可能とな る。
4.証明の問題
○除外条項が適用される場合、保険者の保険給付義務が認められなくなるので、保険者にと っては有利である。そのため、訴訟法上の証明責任の分配に従えば、保険契約者の側が争
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う場合、保険者が訴訟において除外条項が適用される事実を提出するだけでなく、当該事 実を証明しなければならないのが原則である。
○通常の場合の事故の証明とは性質が異なることは否定できないため、保険者にはいわゆ る表見証明(一応の証明)という方法によって証明責任の軽減が認められる。
→経験則上高度の蓋然性をもって主要事実の存在を示している場合には、特段の事情がな い限り、主要事実について概括的に心証に達したものとされることをいい、これによれば、
保険者は、単に戦争事象と損害の因果関係の存在を推定させる生活上の事実関係を提出 する必要があるにすぎない。
→たとえば一方の戦争当事国の領土外でのテロ攻撃の場合、除外条項を適用するには、保険 者は、当該戦争当事国がテロ行為を承認および促進したことについて証明責任を負う。
→その証明は、通常は、保険者は戦争当事国やテロリストの内心を知る余地もないので、相 当の困難を伴う。そのため、保険者は不確実な外部の諸事情から内部事実を推測せざるを えない。
→国家が誘導したテロ攻撃であることの徴表としては、テログループと戦争当事国である 国家機関との間での関係性が重要であることからすれば、とりわけ民間施設への攻撃の 頻度、テログループと戦争当事国との近接性を推測させる両者間の犯罪技術および諜報 上の共通認識、戦争を条件とするテロリストの犯行声明、(テログループの支援や賞賛、
テロ攻撃への参加を否定しないことなど)戦争当事国の意思表明、テロの犯人と思われる 者への亡命の受入れなどが考慮される。
四.結語
○とりわけ具体的な解釈問題は、算定不能な戦争リスクの除外という目的を前提に、保険法 独自の観点から検討されるが、現在の理解では、戦争を、戦争に基づく事実上の各暴力状 態と包括的に理解する。
○具体的な事故の側面では、直接もしくは間接に戦争事象と当該事故との間の相当因果関 係があるかどうかによって除外条項の適用の可否が決せられるべきことを指摘できる。
○国内の騒乱は例外的に内戦に含まれる場合もあるのに対し、テロ攻撃の場合は、特約の場 合を除き、一方の戦争当事国の帰責原因(承認・促進)とともに、相当因果関係があり、
かつテロ攻撃による事故発生の時点で戦争に特有のリスク(算定不能な損害の蓄積)が顕 在化してはじめて、除外条項の適用が考慮される。
○証明については、通常の保険事故の場合とは性質が異なるので、表見証明等の理論を用い て、保険者の証明責任が軽減される。
○このような方向性は、わが国でも同様に法的な側面で参考となる場合もあるように思わ れる。除外条項が実際に適用される場面は少ないとはいえ、現実にはその方が望ましい。