第 5 章 貿易と競争
5.1 イントロダクション
EPR政策を計画・実行するに当たって深く考慮すべきポイント
(1)製品とリサイクル資源市場、および経済的効率と消費者の厚生に対する EPRプログラ ムの影響
(2)貿易および競争法とEPRプログラムの関わり 貿易
好影響:EPR政策の要求事項を満たすことのできる製品を支援するように貿易がパターン化 悪影響:EPRプログラムに不必要な経済的コストを追加→WTOへの提訴
競争
規制などによって、経済的効率や消費者の厚生を不必要に損なわないことを目指す
⇔政府の行為は外部化された環境コストを取り扱うために必要 ↓
・ EPR関連規制措置の費用と便益を考慮
・ 競合政策の代わりとなるEPRシステムとEPRに対する代替案の両方を考慮
※競争法とEPRの関係
競争法の強化によって効果的なEPR活動が阻害されるという根拠はない
環境と消費者の両方にとって害を与えるような私的目的でEPRプログラムが乱用され るのを防ぐ
5.2 貿易の問題
なぜ貿易を考慮するのか?
→製品市場がグローバルであるため、製品政策は輸入品と輸出品の両方に関係し、国内への 影響と同様に国際貿易への波及効果をもつから
※EPR政策が貿易の流れを制限しないことが重要
5.2.1 EPRと、関連する政策手法の実際的および潜在的な貿易への影響
a)製品市場での貿易への影響 ⅰ)製品回収の要求
製品回収の要求:生産者責任を製品ライフサイクルの使用後の段階にまで拡大する最も明 白な例
輸送手段の手配と使用済み製品を収集して返送するためのコストがかかる
※ 日本の家電リサイクル法
・ 対象が当面は冷蔵庫など4品目にとどまる
・ 特定物質使用禁止のような条項がない
・ リサイクル率が50〜60%と現実的
・ 輸入業者への配慮=指定法人への委託…PRO
↑↓
※ EUの廃電気電子機器指令をめぐる協議
1998 生産者の責任を重くした廃電気電子機器指令原案を発表
・ 対象範囲が広い
・ 再利用・リサイクル率が70%(テレビなど)、90%(エアコンなど)と高い
・ 鉛など特定有害物質の使用を禁じた
TBT協定(後述:5.3.1)に違反する恐れがある、と日米の政府・産業界から抗議
⇒二度にわたって修正されてきた(H12現在)
※ 輸入業者の関心
① 情報コスト
海外の生産者(特に中小企業や開発途上国の企業)は国内の生産者に比べて情報を得るため のコストが高い
問題点:情報コストがかかるにもかかわらず、その情報を活用することこそが、国内の生 産者に比べての不利な点を改善する重要な手段である
② 相対的に高価な受け入れのためのコストと報告コスト
・長距離輸送のための堅固な包装、PROによる検査や証明書の発行、PROからの高額な 料金支払いの要求
・生産全体の中で海外市場の占める割合が少ない輸入業者は、国内業者と比べると生産全 体に占める報告コスト(海外輸出による)が大きい
③ 少量もしくは規格外の包装または製品
国内にあるリサイクルシステムで対処できない製品に対するペナルティー
※ドイツの包装PRO(DSD)の例
ドイツの放送廃棄物政令の下で、コロンビアからの輸出コーヒー用のジュート袋と、オースト ラリアからの羊毛梱に使用される金属板が当初DSDにリサイクル不可能とみなされ、それら の回収またはリサイクル可能製品への代替を要求された。(これは後に修正された)
→自動車や電子機器…PROによって輸入品が差別されるという、潜在的可能性あり
b)経済的手法
直接規制よりも貿易の障壁となることが少ない ⇔デポジットリファンド制と環境税に対する苦情
輸入品と国産品に対して、法律上では平等に適用されていても、関連する行政規制のた めに、事実上相対的に高い負担が輸入品にかかる
c)直接規制と材料的な要求
製品規制とラベル表示要求は厳密に言えばEPR政策ではないが、統合的な製品管理政 策の一部としては、EPR政策と関連している
・リサイクルコンテント
=製品にリサイクルを含むよう要求する規制
➟EPRを補完するもの ⇔本来のEPR政策とはみなさない ➟生産者に直接財政的責任を負わせることへの代替案
問題点:リサイクルコンテントの要求が生産国での環境状況によって不適切に働く ➟PPM(Process or Production Method)の重要性
5.2.2 リサイクル可能・二次資源市場における貿易への影響 ダンピング輸出の問題
リサイクルのために収集された二次資源の量が、リサイクル業界の受け皿能力を超えて集 まったために、余った製品が非常に安い価格で国際市場に輸出され、処分された
→補助金の問題
集めすぎた二次資源の輸出を目的とする補助金は、補助金と対抗措置に関する協定 ASCMによって禁止されている
有害廃棄物の越境移動と協定の関係
有害だと定義された廃棄物が国境を越える際に、関係する全ての国の同意を得なければな らない ⇒ 追加的なコスト
5.3 EPR政策と多国間貿易システム
5.3.1 透明性、協議と技術援助
包装材とリサイクル規制に起因する貿易摩擦を緩和するために必要なこと
① 貿易相手国との早い段階での協議
② 対応するのに妥当な時間
③ 開発途上国が対応するために提供する技術援助
WTO協定
GATT第10条:輸入に関わるルールの迅速な公表
GATTの運用に影響する通商貿易措置を最大限可能な範囲までWTOに通知
TBT協定
法律や規格が国際貿易に不必要な障壁をもたらさないようにすることを目的とした協定 技術的規則(technical regulation)……強制的
製品の特徴またはそれらに関連するプロセスと生産方法を規定した文書 規格(standard)……自発的
産品又は関連の生産工程若しくは生産方法についての規則、指針又は特性を一般的及 び反復的な使用のために規定する、認められた機関が承認した文書
WTO協定による成果……TBT協定に基づく環境関連の通知 一回使用のドリンク包装をやめさせる措置
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再充填可能な包装とリサイクルを奨励するデポジットシステム 包装材要件
充電池廃棄物の処理に関する措置 白い物(white goods)のリサイクル措置 殺虫剤の包装に関する措置
⇒貿易上の歪み回避を助ける=透明性
開発途上国への技術援助
技術的規則の作成と国の標準化機構の設立
輸入国の技術的規則に最もよく適合するための方法
輸出業者が輸入国内の公的または民間機関により行われる適合性評価のためのシス テムを利用することを望む場合にとるべき手続き
自身の適合性評価システムをどのように構成すべきか 等々
5.3.2 非差別とその他のWTO問題( Non-discrimination and other WTO issues)
a) 非差別(Non-discrimination)・・・WTOの最も基本的な義務
1. ガット第3条 内国民待遇(NT :National Treatment) EPRに特に関係がある =輸入品が同種の国内産品に比べて不利にならないように定めている。
2. ガット第1条 最恵国待遇(MFN :Most Favored Nation principle)
=ある特定の国によい条件を与える場合には、全てのGATT締約国にその条件を 同じように与えること。
⇓
ガット第3条 内国民待遇 (要旨)
2項 :他の締約国に輸入されるものは、同種の国内産品に直接または間接に課される いかなる種類の国内税その他の内国課徴金を超える内国税その他の課徴金を直接及 び間接に課されることはない。
4項:他の締約国に輸入されるものは、その国内の販売、売出し、購入、輸送、流通また は使用に関するすべての法律、規則、要件に関し、国内原産の同種の産品に与えられ る待遇より不利でない待遇を許与される。
国産品と輸入品に 平等な競争条件 を与える。
しかし!逆に平等に扱われることで、結果として輸入品が不利益を受けることになる と、内国民待遇要求に違反する可能性がある。
p.75 “No WTO dispute panels have〜”・・・過去において、製品回収政策と内国民待遇・
最恵国待遇の関連で解釈された紛争はない。
※BOX9「ビール缶紛争(The Beer Can Dispute)」
米国とカナダの間に起こった、再充填不可能な容器に入ったアルコール飲料に関する紛争。
b) 例外(Exceptions)----ガット第20条 一般的例外
EPR政策に関して、ガット第3条の内国民待遇の違反になるものでも第20条 一般 的例外 に基づいてWTOに許可されるような特定の状況がある。
ガット第20条 一般的例外
この協定の規定は、締約国が次のいずれかの措置を採用すること、または実施すること を妨げるものと解してはならない。ただし、それらの措置を、同様の条件の下にある諸 国の間において恣意的もしくは正当と認められない差別待遇の手段となるような方法 で、または国際貿易の偽装された制限となるような方法で、適用しないことを条件とす る。
(b) 人、動物または植物の生命または健康の保護のために必要な措置
(g) 有限天然資源の保存に関する措置。ただし、この措置が国内の生産または消費に
⇓
下線部の条件を満たしていれば、(b)(g)のような措置が認められる
※ ここでは「環境保護」という目的は明確に記されていない。
5.3.3 TBT協定(Thechnical barriers to trade agreement)
➥「貿易の技術的障害に関する協定」
元々1979年の東京ラウンド諸協定の一つだったが締約国の半数以下の46カ国の受諾にとどまっ ていた➨ウルグアイ・ラウンドの結果GATT本体に組み込まれ、内容も改正されて全WTO加盟 国により承認。
TBT協定第 2 条
2.1 WTO加盟国は、強制規格に関し、いずれの加盟国の領域から輸入される産品 についても、同種の国内原産のおよび他のいずれかの国を原産地とする産品に 与えられる待遇よりも不利でない待遇を与えることを確保する.
2.2 加盟国は国際貿易に対する不必要な障害をもたらすことを目的としてまたは これらをもたらす結果となるように強制規格が立案され、制定されまたは適用 されないことを確保する. このため、強制規格は正当な目的が達成できない ことによって生ずる危険性を考慮した上で、正当な目的達成のために必要であ る以上に貿易制限的であってはならない. 正当な目的とは、特に、①国家の 安全保障上の必要、②詐欺的な行為の防止、③人の健康や安全、動植物の生命 や健康、または環境保護である. 当該危険性を評価するに当たり、考慮される 関連事項には、特に、入手可能な科学的および技術的情報、関連する処理技術 または製品の意図された最終用途を含む.
☑ 各国の自発的(voluntary)規格や、強制的(mondatory)技術規則(例えば、健康・安 全・環境の規則)が事実上非関税障害になることをできるだけ排除することが目的
※ ここではガット20条と異なり「環境保護」が人の健康と同格に扱われている!
☑ 同種の製品に関する内外無差別扱い
☑ 必要である以上に貿易制限的であってはならない. (2.2)
各国の環境規制が国際的な基準・規格によらない場合や、その分野の国際規格がない場 合、その規制が本当に人の健康や環境保護のために必要か否か、の判断が困難。
⇓
国際標準規格の採択を促進
→技術規則をできるだけ広範囲に調和させるために、国際標準化機関への参加
➣生産者で組織するPROの各種規定がTBT協定上の自発的規格に当たる場合、
― 不必要な貿易障害を作らない
― 非差別的
― 料金と要求事項を透明に、かつそれらをISOに通知
― 適切な場合は、技術援助を与える
― できる限り既存の国際規格に基づかせること
5.3.4 WTO規則の適用範囲(Coverage of WTO rules)
a) 同種の 製品とは何か? (What are like products ?)
WTOで差別してはならないとされている 同種の 製品の定義は何なのか?
→ 紛争が起こったときは、ケース・バイ・ケース 多国間貿易システムでは、伝統的に
・ 物理的特長
・ 最終的な用途
・ 関税区分
・ 消費者の視点で同種の製品であると判断するかどうか に、重点をおいてきた。
⇓
Q1.びんビールと缶ビールは同種の製品か?
Q2.リサイクルガラスでできたびんと一次原材料からできたびんは同種か?
b) どの政策手法がWTOの対象となるか?
廃棄後の処理責任を規定するEPRの政策手法はWTOの対象になるのかだろうか。
☑ 税、国内課徴金、および 国内の販売、売出し、購入、輸送、流通または使用に関する すべての法律、規則、要件(ガット第3条4項) は明らかに対象になる。
☑ 製品回収政策…1947年のGATTでは製品の使用段階後についてまで規制する政策手段 を規定していない。⇒実際の個別のケースによる
☑ WTOは政府、またはTBT協定による民間の標準化機関によってとられた措置にの み適用 = 民間セクター(小売業者など)の私的行為には適用されない
☑ 製品の禁止や規制も明らかに対象になる(ガット第11条)⇒ガット第20条やTBT協 定
5.4 競争への影響(Competition issues)
・競争は、有効な経済的効率を達成するのに必要
・EPR政策は、 製品市場と(5.4.1)
二次資源市場(5.4.2) の両面で競争への影響を及ぼす。
➣EPR政策による製品回収の責任→PROの存在 ○PROによる競争の促進
×PROによる競争の弊害
・ PRO市場参加者の不法な談合
・ 新規の参加者に対する障壁
⇓
不当な弊害を防止するために
・ 全ての生産者の参加を認める
・ 料金一覧表の公表など、公平・オープンかつ透明な活動
・ 複数のPROを明示的に許容する
おまけ➣PRO に限らず生産者が自らリサイクルを行う日本の家電リサイクル法においても同様 のことが言える。
5.4.2 リサイクル、二次資源市場での競争効果 (Competition effects in recyclable /secondary materials markets)
EPRプログラムの導入で受ける変化によって生じる潜在的競争問題 a) 製品、原材料の収集サービス(Products / material collection services)
➣PROは通常、製品・材料の収集を外注する→ 特定の業者を優遇すると、効率性が損な われる=競争ベースにすべき
➟収集契約は ☑ 不当に長期であってはならない ☑ 入札はオープンに
☑ 競争的に ☑ 公正に
b) リサイクル・二次資源市場の集中(Concentration of recyclable /secondary materials markets)
☑対象廃棄物すべてをPROが収集→独占力が働く
→ 収集業者から不当に安く買い取り
リサイクル業者、二次資源の利用者に不当に高く売る という可能性
⇓
防ぐために、PROと個別の収集の道を残す必要※
※日本の容リ法―事業者の自主回収、市町村の独自処理ルートを認めている。
☑リサイクル資源の貿易が、ダンピングとみなされる場合がある
5.5. 貿易と競争問題 ― 考慮すべき点のチェックリスト
貿易
1. 輸入業者に提案されたEPR政策に関する協議メカニズムおよび情報提供セッションに参加する機会
を与えられているか。
2. 提案されたEPR政策に関する情報は貿易団体に伝えられ、またWTOに通知されるか。
3. 生産者、特に課はつと上告の輸入業者を含めた輸入業者が、新しいシステムに適合する十分な時間がある か。
4. 開発途上国の輸入業者に技術援助を提供する必要があるか。
5. 入内名二次資源市場の混乱を予想できるか、また貿易パートナーにとって事前対策によって回避できるよ うな問題が存在するか。収集原材料のストック分を処分するための輸出補助金はWTOのもとでは不法 となる。
6. 国際的または地域的協定により廃棄物と分類された二次資源の移動を統制するものなど、EPRシステムを
既存の法的要件にどのようにかみ合わせるか。
7. EPRシステムを設定する法律は製品の原産国に関して非差別的であるか。この非差別的という基本的
WTOの要求事項には内国民待遇と最恵国待遇が含まれる。法律上および事実上の両方から、輸入品に 対する差別はWTOへの提訴の可能性がある。
8. EPRプログラムの運用は貿易に不必要な障害を作るといえるか。措置はその目的を達成するのに必要以上
に貿易制限的であるか。もしそうなら、悪影響を受ける当事者からのWTO下の提訴に対しては脆弱で ある。
9. EPRプログラムは、製品が輸入または売り出されるのに適合しなければならないリサイクル含有率または
生産方法を明記しているか。これは対処すべき鋭敏な貿易・環境政策問題である。
競争
1. 一般的に、製品の収集、回収、再使用のより競争的な市場はこれらサービスに低コストと高い生産をもた らす。使用後の原材料市場への参入の規制による障壁を通じて販売独占や購買独占の発生を回避するこ とが大切である。
2. EPR政策はここの責任を共同で満たすための協力体制を組む強力な誘因を企業に与える。政策立案者は特
定の形の協力体制を支持することを含め、効率的な協力に対する人為的な障壁を排除するようにすべき である。
3. 可能な場合、競争管轄当局はEPRアプローチ、ならびにEPRそのものの代替案の競争と消費者に生じう
る影響に関してアドバイスするため、EPR政策立案プロセスに参加すべきである。競争管轄当局はEPR 目的について協力体制がどの程度まで必要であるかを検討し、またEPRの最終目的が政策手法なしにど のように達成できるか、およびその後の民間の行為が消費者に不必要な損害を起こさないかにその分析 の重点を置くべきである。競争管轄当局はただ乗り問題についても有益な分析機関でありうる。
4. PROによる公正で透明な価格決定は非常に重要である。競争法の強化は、処分サービスまたは製品市場に
おいて 不公正な 価格上昇遠いう反競争的行動の手段としてEPRプログラムが利用されないために重
での競争は非常に重要である。ある時点で市場にただ一人の関係者しかいなくても、新規の競争者が参 入するのに障壁がなければ、競争の成果は達成できる。
6. 同様に、PROは収集とリサイクルサービスを競争ベースで、外部契約すべきである。契約は不当に長期で
あってはならなく、入札はオープン、競争的、および公正なものとする。
7. PROは独占価格決定またはその他の反競争的行為を通じてそれが持つ可能性のある市場力を悪用すべき
でない。
8. 収集原材料の国際的ダンピングは不公平な競争を引き起こし、輸入国のリサイクル努力を損ない、また反 ダンピング訴訟の原因となる可能性がある。