交通手段の発達により,世界中の人々がさまざまな国を行き 交う時代となった.それに伴い,新興・再興感染症の世界的 な流行が危惧されている.現在では,感染症予防策として注 射型のワクチン接種が施行されているが,予防効果と取り扱 いの簡便さから,経鼻・経口といった粘膜からワクチンを接 種する粘膜ワクチンが注目されている.植物科学分野では,
1990年 代 初 頭 か ら,医 療 用 と し て 用 い ら れ る ペ プ チ ド や タ ンパク質を生産する場として遺伝子組換え植物を利用する研 究が報告されるようになった.筆者らは,長年イネ種子貯蔵 タンパク質の合成・蓄積機構に関する研究を進めてきた.そ の仕組みを利用すると,イネ種子胚乳組織を医薬品などの有 用物質生産の場に変換できる可能性が見いだされた.
はじめに
航空機をはじめとする移動手段のめざましい発達によ
り,今日では世界中の人々がさまざまな国を行き交う時 代となった.それに伴い,わが国でも,新型インフルエ ンザ感染症,デング熱,コレラ,旅行者下痢症などの新 興・再興感染症の顕在化が危惧されている(1, 2).感染症 に対する予防として有効な方法の一つがワクチン接種で ある.世界的な感染症の大流行を防ぐには,日本国内は もちろん,発展途上国を含む諸外国でのワクチン接種に よる対応が重要であると考えられる.しかし,いまだ実 用化されていない感染症向けワクチンも多数存在する.
その理由は,感染源の種類が多様であり,亜種すべてに 対応可能なワクチンを合成することが実質的に困難であ ること,抗原として認識されるエピトープの変異スピー ドが速く開発が後手に回ること,もともと抗原として提 示されにくい配列しかもたないこと,などが挙げられ る.ワクチンの実用化に至っていない感染症としては,
2014年に西アフリカのギニアやリベリア,シエラレオ ネで流行したエボラ出血熱や,日本国内で約60年ぶり に流行したデング熱が挙げられる.このようにワクチン 開発が困難な場合もあるが,インフルエンザやコレラな どに対するワクチンは広く利用され,感染の流行や重症 化を防ぐのに効果的である.
【解説】
Production of Rice Based Oral Vaccines Using the Characteristics of Rice Seed Protein: Current Topics of the Development Status of Transgenic Medical Plants
Ai SASOU, Takehiro MASUMURA, *1 京都府立大学大学院生命 環境科学研究科,*2 京都府農林水産技術センター生物資源研究セ ンター
米タンパク質の特性を利用した 経口ワクチンの開発
医療用遺伝子組換え植物の開発の動向
佐生 愛 * 1 ,増村威宏 * 1 , 2
現状において主なワクチン接種方法は,注射型ワクチ ンであるが,近年注目されているのが粘膜ワクチンであ る.注射型ワクチンが全身性免疫(IgG)を誘導し予防 効果を発揮するのに対し,粘膜ワクチンは経鼻粘膜また は腸管粘膜上において,全身性免疫と粘膜免疫(IgA)
の両方を誘導する.ヒトの体内で病原体が最初に接触す る部分は粘膜上皮であるため,粘膜上の免疫効果を高め ることにより,より高い予防効果が得られると期待され
る(1, 3).粘膜上では病原体を排除する機構が存在する一
方で,体内では影響のない異物を寛容する免疫寛容とい う機構も存在するため,注射型ワクチンと比較して副作 用を引き起こすリスクが低いと考えられる(3).さらに,
注射針とシリンジを必要としないため接種が安全かつ簡 便であり,痛みもないため小児をはじめとする患者の苦 痛を和らげることができる.使用済みの注射針やシリン ジの不適切な処理による汚染や二次感染の心配がないな どの利点も挙げられる.本稿では,有用物質生産の場と して遺伝子組換え植物を利用し,主に腸管上皮の免疫効 果を高める経口ワクチンについてその開発状況などを紹 介する.
遺伝子組換え植物を利用した有用物質生産
これまで,主要な遺伝子組換え植物と言えば,除草剤 抵抗性遺伝子や害虫抵抗性遺伝子を導入したダイズやト ウモロコシ,ナタネなどの農作物であった.このような 農業栽培上有用な遺伝子を導入した遺伝子組換え作物 は,現在では世界中で広く栽培されている.しかし,最 近では上記のような遺伝子組換え作物とは異なり,付加 価値をもつ組換え植物が研究・開発されている.たとえ ば,ゴールデンライスに見られるような,食品に機能性 を付与した遺伝子組換え作物,また,重金属や有害物質 で汚染された土壌を浄化するために開発された遺伝子組
換え植物(ファイトレメディエーション),そして,ペ プチドや抗原タンパク質などの医薬品として有用である 物質を合成する場としての遺伝子組換え植物などの例が ある(4).国内における代表例として,2013年に商品化さ れたイヌインターフェロン
α
を合成する遺伝子組換えイ チゴが挙げられる.この組換えイチゴは,イヌ歯周炎軽 減剤(インターベリーα
)として粉末化され使用され る.日本国内で最初に商品化されたこの歯周炎軽減剤は イヌ用であるが,今後わが国でもヒトに対するさまざま な遺伝子組換え植物由来医薬品が商品化されるであろ う.実際に,世界ではすでに遺伝子組換え植物を利用し た医薬品が商品化された例がある(表1).遺伝子組換え植物を有用物質生産の場として利用する メリットは,ほかの哺乳類由来の宿主細胞による生産シ ステムと比較するとスケールアップが容易であること,
動物由来の病原体の汚染リスクがないこと,生産したタ ンパク質を必ずしも精製する必要がないといった点であ る.
これまでに使用された対象植物は,タバコ,レタス,
ジャガイモ,トマト,イネ,などである(4).それぞれの 植物種特有の機構や栽培上の特性を利用した研究が行わ れている.たとえばタバコは,一過的発現システムを利 用して抗体生産を行った例がある(5).レタスでは,植物 工場での栽培管理システムが確立しているため,遺伝子 組換え植物を閉鎖空間系で管理しやすいという利点があ る(6).ジャガイモでは,地下茎の物質貯蔵機構を利用し 有用タンパク質を高蓄積させる研究が報告されている(7). トマトは,生食することを前提として,加熱・精製・加 工によるタンパク質の変性のリスクが少ないことを利点 として研究が行われている(8).イネでは,種子本来のも つ物質貯蔵機能と,室温で長期保存および輸送が可能で あることを利点とし,医薬品用キャリアーとして実用化 を目指す研究が進められている(1).以上,数種の作物を
表1■国外で製品化された遺伝子組換え植物由来医療用薬品の例
企業・機関等 植物名 生産するタンパク質 商品名 疾患
Planet Biotechnoloy Inc.*1 タバコ
分泌性抗体IgA CaroRX 虫歯治療薬
キューバ
バイオテクノロジー社CIGB*2 タバコ 抗B型肝炎ウイルス抗原
single chain Fv Heberbiovac HB B型肝炎ワクチン Protalix BioTherapeutics*2 ニンジン培養細胞 グルコセレブロシダーゼ Elelyso
(taliglucerase alfa) I型ゴーシェ病治療薬 Mapp Biopharmaceutical Inc.*3 タバコ エボラ出血熱
ヒト化モノクローナル抗体 Zmapp エボラ出血熱治療薬
(未承認治療薬)
*1 A. Maxmen: , 485, 160 (2012). *2 V. Yusibov, S. J. Streatfield & N. Kushnir: , 7, 313 (2011). *3 L. Zeitlin, J. Pettitt, C. Scully, N. Bohorova, D. Kim, M. Pauly, A. Hiatt, L. Ngo, H. Steinkellner, K. J. Whaley : , 108, 20690 (2011).
例示したが,本稿では筆者らが研究対象としているイネ を取り上げ,種子の物質貯蔵機構の特性を利用した経口 ワクチンの開発の取り組みについて紹介したい.
イネ種子のタンパク質顆粒について
イネ種子は,次世代幼植物の生長のために貯蔵物質を 蓄積しており,玄米中の約70%はデンプンであるが,
次いで多いのはタンパク質であり,その割合は玄米中の 6〜8%を占める.イネ種子のタンパク質の大部分は貯蔵 タンパク質として合成され,胚乳組織中に存在する2種 類のタンパク質貯蔵顆粒(protein body; PB)に蓄積し ている(図1).プロテインボディタイプI(PB-I)は直 径1〜3
μ
mの 粗 面 小 胞 体(rough endoplasmic reticu- lum; rER)由来の球状顆粒であり,アルコール可溶性 のプロラミンと呼ばれるタンパク質が蓄積している(図 1,2).一方,プロテインボディタイプII(PB-II)はタ ンパク質貯蔵型液胞(protein storage vacuole; PSV)由来であり,希酸・希アルカリ可溶性のグルテリンや塩 可溶性のグロブリンが蓄積している(図1, 2).
プロラミンは,rER膜上で合成された後にrER内腔に 蓄積しPB-Iを形成する.プロラミンには16, 13, 10 kDa のプロラミン分子種が存在し,13 kDaプロラミンはさら に13aプロラミンと13bプロラミンに分類されている(9)
(図2).これまでに筆者らは,PB-I内部において中心部
に10 kDaプロラミン,その外側に13bプロラミン(13b- 1),さらにその外側の中間層に16 kDaプロラミンと 13aプロラミン,そして最外層に13bプロラミン(13b- 2)が局在していることを明らかにした(9)(図3).一方,
グルテリンおよびグロブリンは,rER膜上で合成された 後に,rERからゴルジ体へ小胞輸送され,その後PSV
図1■透過型電子顕微鏡(TEM)によるイネ種子胚乳組織観察 像
酢酸ウラニルによる電子染色の結果を示した.PB-Iは電子密度の 低い直径1〜3 μmの球状顆粒として観察され,PB-IIは電子密度の 高い3〜5 μmの不定形顆粒として観察された.
図2■イネ種子胚乳組織における貯蔵タンパク質組成
貯蔵タンパク質をSDS-PAGEにより分画した.白の矢頭はグルテ リン,グレーの矢頭は26 kDaグロブリン(α-グロブリン),黒の 矢頭はプロラミンを示した.パネルの左側の数字は分子サイズ
(kDa)を示した.
図3■PB-Iの層状構造モデル
中心部に10 kDaプロラミン,そのすぐ外側を13b-1プロラミン,
中間層に16 kDaプロラミンと13aプロラミン,そして最外周層に 13b-2プロラミンの順番で層状構造を形成している.
へと蓄積される.グルテリンはPSV内でプロセスされ,
酸性サブユニットと塩基性サブユニットが重合し蓄積す る.PB-II内部には,結晶化しブロック状に存在するグ ルテリンと,その周りを取り囲むようにグロブリンが蓄 積している.内外の研究の結果,穀類における貯蔵タン パク質蓄積の分子機構が明らかになってきたが,イネは 穀類の中でもrER由来のPB-IとPSV由来のPB-IIの2種 類のPBを有するという特徴をもっている.
コメ型経口ワクチンの実用化に向けた研究
遺伝子組換え植物を物質生産に利用する場合,外来性 タンパク質の蓄積量が少ないという問題がしばしば発生 する.特に,レタスやタバコの葉などを利用する場合,
外来性タンパク質を発現させる場所が栄養器官であるた め,発現したタンパク質が分解型液胞に取り込まれ,分 解されるという問題があった.一方,イネ種子を利用す る場合,種子胚乳は次世代の栄養源を蓄積させる貯蔵器 官であるため,発現したタンパク質をPBに蓄積させる
ことができれば,分解を受けるリスクから回避できると 考えられる.また,これまで遺伝子組換え植物で頻繁に 用いられてきたカリフラワーモザイクウイルス由来の過 剰発現プロモーター(CaMV 35S)などではなく,イネ 種子胚乳由来のプロモーターを利用することによって,
目的タンパク質を胚乳組織において高蓄積する遺伝子組 換えイネが作出可能であることが報告されている(10).
遺伝子組換え植物の葉などの栄養組織を経口ワクチン として利用する際の問題点は,経口ワクチンを投与後,
胃酸や消化酵素による分解を受け,腸管粘膜組織まで到 達できないことであった.その結果,免疫担当細胞が集 積している腸管関連リンパ組織(gut-associated lym- phoid tissue; GALT)において,粘膜免疫を誘導するた めの効果的な抗原提示することができないと考えられ る.この問題を解決する手段の一つに,イネ種子PB-I を利用する戦略が考えられる.PB-Iはヒトの消化管で 難消化性であることが知られている(11).その性質を利 用し,PB-I内部にワクチン抗原を蓄積させれば,経口 投与しても胃酸や消化酵素の分解のダメージを回避し,
効率よくGALTに運搬することができると期待される.
PB-IはER由来PBであるため,ER残留シグナルである KDELやHDELを目的タンパク質のC末端側に融合させ ることによりPB-Iへターゲットされることが明らかに なっている(12).
現在使用されているワクチンは,ポリオワクチンを除 けば注射用製剤がほとんどであり,輸送する際にも冷蔵 する必要がある.そのため,輸送時に冷蔵設備が必要と なりコストもかかる.ワクチンを必要とする発展途上国 では,接種を受ける人々にとって高価なものとなってお り,貧困のために受けられないといった問題も抱えてい る.ワクチン抗原を種子胚乳内で発現・蓄積するイネ種 子を用いた場合,イネ種子中のタンパク質は,室温で保 存可能であり,1年間保存後にマウスへ経口接種しても ワクチンタンパク質の活性は保存前とほぼ変わらないと いう報告がある.遺伝子組換えイネ種子が経口ワクチン のキャリアーとして利用可能となれば,保存・輸送のコ ストが抑えられるというメリットも加わる.上記の利点 について,実際に証明したのがNochiらとの共同研究の 成果である(1).その報告では,グルテリンプロモーター 制御下で,抗原性は高いが毒性はもたないコレラ毒素B サブユニット(CTB)にER残留シグナルであるKDEL を融合するように配列をデザインし,形質転換イネ種子 中にCTB融合タンパク質を発現させた.CTB融合タン パク質は,イネ種子胚乳組織中でPB-IとPB-IIの両方に 蓄積していることが電子顕微鏡観察で確認された.ペプ 図4■イネ種子PB-Iを利用したコメ型経口ワクチンの模式図
(A)特定層にワクチンタンパク質を局在させたPB-Iの模式図.矢 印はワクチンタンパク質の局在場所を示している.(B)(A)で示 したPB-Iが経口投与された場合の抗原提示に至る予想図.特定層 にワクチンタンパク質を局在化させたPB-Iが胃を通過した後に,
ワクチン抗原層が露出した状態で腸管に到達すれば,腸管免疫組 織に存在するM cellに取り込まれると予想される.これによって 効果的に粘膜免疫を誘導することができると期待される.
シン処理実験の結果では,PB-IIはほとんど分解されて いたが,PB-Iは残存していた.CTB融合タンパク質は,
ペプシン処理前と比較して75%が残っており,PB-Iに 蓄積したCTB融合タンパク質は消化酵素に抵抗性をも つことが示唆された.この形質転換イネ種子を粉末化し てマウスに経口投与したところ,全身性免疫の指標とな るIgGと粘膜免疫の指標となるIgAの両方が誘導され た.次に,コレラ毒素をマウスの腸管に投与して下痢症 状の緩和を調べる腸管ループ実験では,あらかじめ非形 質転換イネ種子の粉末を投与したマウス群で下痢症を示 したのに対して,形質転換イネ種子粉末を投与したマウ ス群では下痢症が抑えられた.
以上の結果より,形質転換イネを用いCTB融合タン パク質を発現する種子を経口ワクチンとして利用できる 可能性が見いだされたため,ワクチン抗原を発現するイ ネ種子をコメ型経口ワクチンと呼ぶこととし,ヒトおよ び哺乳動物で実用化するための研究を続けることにし た.
イネ種子内在性タンパク質蓄積の抑制と外来タンパ ク質の高発現
遺伝子組換えイネを用いて,医薬品となる有用タンパ ク質をさらに高蓄積させるためには,内在性タンパク質 の蓄積を減少させる,あるいは,内在性タンパク質の蓄 積量の少ない変異体イネを利用する必要があると考えら れる.
その一例として,RNAi技術によってイネ種子内在性 タンパク質であるプロラミン,およびグルテリンの蓄積 量を減少させ,同時にボツリヌストキシンの非毒性部位 を高蓄積する形質転換イネを作出し,マウスへの経鼻投 与で効果を示したことをYukiら(13)は報告している.同 様に,RNAi技術によってプロラミンやグルテリンの蓄 積量を減少させ,ヒト成長ホルモンを胚乳組織中で高蓄 積させる形質転換イネについて,筆者らのグループ(14) も報告している.また,グルテリンの蓄積量が少ないイ ネ 品 種 で あ るLGC-1(low glutelin content mutant-1)
を用い,機能性ペプチドであるラクトスタチンを発現す る形質転換イネについてCabanosら(15)は報告している.
このように内在性タンパク質の抑制技術が,導入した外 来性タンパク質を高蓄積させるために有効であるという 例がいくつか挙げられる.
PB-Iの特定層にワクチンタンパク質を局在化させ る研究
筆者らは,イネ種子のプロラミンに着目し,PB-Iの
形成機構に関する研究を長年行ってきた.最近,多重遺 伝子族から構成されるプロラミン分子種の合成・蓄積の 分子機構を詳細に解析し,プロラミンがPB-I内部で層 状構造を取ることを明らかにした(9).
上記で明らかになった,プロラミン分子種がPB-I内 部で層状構造を形成することをヒントに,経口ワクチン のキャリアーとしてPB-Iを利用し,少量で免疫効果の 高い,改良コメ型経口ワクチンに関する研究を進めてい る.成熟したPB-Iの直径は1〜3
μ
mであり,腸管免疫組 織で抗原取り込みを行う細胞(M cell)に取り込まれや すい大きさであると考えられる.ワクチン抗原がPB-I 内部の特定層に蓄積しているコメ型経口ワクチンを経口 摂取し,PB-Iの難消化性の機能で胃を通過し,ワクチ ン抗原層が露出した状態でPB-Iが腸管へ到達し,腸管 上皮組織に存在する免疫応答細胞に効果的な抗原提示を するという予想図を描いている(図4).そのためには,まずPB-I内部におけるワクチン抗原 の局在を制御する手法を確立することが必須技術とな る.筆者らのグループでは,これまでにCaMV35Sプロ モーター制御下で,プロラミンとGFPを融合タンパク 質として発現させると,PB-Iの中心部分へ優先的に標 的タンパク質が蓄積することを示した(16).また,各種 プロラミンのPB-I内部における局在制御については,
登熟期における各プロラミン遺伝子群の発現順序の関与 が示唆されたことから,プロモーターにネイティブなプ ロラミンプロモーターを用いることで,13 aプロラミン とGFPの融合タンパク質をPB-Iの中間層へ局在化させ ることに成功した(9).最近の研究において,上記のPB-I 内部の中間層に蓄積する13aプロラミンとGFPに加え て,中心部に局在する10 kDaプロラミンとGFPの融合 タンパク質を発現するイネを作出した.その形質転換イ ネ種子を解析したところ,GFP融合タンパク質はそれ ぞれPB-I内部の中間層や中心部に局在することが明ら かになった(17).
以上の研究結果を受け,現在PB-Iをワクチン抗原の キャリアーとして利用可能であるかについて検証実験を 進めている.この研究を進めることにより,さらに有効 なコメ型経口ワクチンの開発を目指したい.
おわりに
これまでに,遺伝子組換え植物を用いた医薬品の開発 に関する研究例は多数報告されてきたが,実用化に至っ た例はほとんどない.特にヒトに用いる場合,安全性に 配慮し慎重に進めなければならない.さらに新薬として
製品化するには,何段階にも及ぶ困難が待ち受けてい る.有用物質生産の場として遺伝子組換え植物を社会で 役立つ技術として確立するためには,植物分野の研究者 だけでは困難であり,医学,薬学,製薬会社など,幅広 い分野の研究者の協力が不可欠である.実際に筆者らの グループでも,東京大学医科学研究所・炎症免疫学分野 の清野宏教授,幸義和助教らとの共同研究をはじめ,さ まざまな分野の方々と協力しながら研究を進めていると ころである(18〜20).
今後は,最近開発された新しい遺伝子組換え技術(遺 伝子置換,ゲノム編集など)を取り入れ,さらに植物の 特性を活かした遺伝子研究を積み重ねていくことで,イ ネ種子を医薬品や機能性食品として利用するための研究 開発に貢献していきたいと考えている.
文献
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プロフィル
佐 生 愛(Ai SASOU)
<略歴>2011年京都府立大学農学部生物 資源化学科卒業/2013年同大学大学院生 命環境科学研究科博士前期課程修了/同年 同大学大学院生命環境科学研究科博士後期 課程進学,現在在籍中<研究テーマと抱 負>イネ種子PB-Iにおけるプロラミン蓄 積制御機構の解明,イネ種子PB-Iを利用 した経口ワクチン開発に関する研究<趣 味>テニス<所属研究室ホームページ>
http://www2.kpu.ac.jp/life̲environ/
genetic̲eng/index.html
増村 威宏(Takehiro MASUMURA)
<略歴>1984年京都府立大学農学部農芸 化学科卒業/1989年同大学大学院農学研 究科農芸化学専攻博士課程後期単位取得 退学/同年日本ケミカルリサーチ株式会社 入社/1992年京都府立大学農学部助手/
1996年同講師/1997年同講師および京都 府農業資源研究センター主任研究員(併 任)/2008年京都府立大学大学院生命環境 科学研究科講師/2009年同講師および京 都府農林水産技術センター生物資源研究セ ンター主任研究員(併任)/2015年同教授 および京都府農林水産技術センター生物資 源研究センター基礎研究部長,現在に至る
<研究テーマと抱負>イネ種子形成の分子 機構の解明,種子貯蔵物質の合成・蓄積機 構の解明,種子貯蔵オルガネラを利用した 有用物質生産系の構築<趣味>写真撮影,
米加工品の収集と試食,旅行(各地の水田 風景の観察)<所属研究室ホームページ>
http://www2.kpu.ac.jp/life̲environ/
genetic̲eng/index.html
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