796 化学と生物 Vol. 52, No. 12, 2014
米粉パンなどの米粉利用に適する品質特性の解明と好適品種の開発
米粉の利用により食料の自給力を高めることを目指して
日本は食料の過半を海外に依存しており,カロリー ベースの食料自給率は約40%と低い.そのため,輸入 依存程度の大きい小麦粉を代替しうる「米粉」のパンや 麺への利活用を促進することが重要である.しかしなが ら,小麦粉と米粉の価格差は大きく,パンなどの米粉利 用に適する品種も十分には開発されていなかった.ま た,低価格で高品質な米粉の供給も十分ではなく,これ らの理由により米粉利用は十分には進んでいなかった.
それゆえ,今後の米粉の需要拡大のためには,米粉生産 の低コスト化と良食味・高品質の米粉食品の開発が必要 である.このような背景の下,米粉利用を促進するため の米と米粉に求められる特性の解明と米粉利用に適する 品種開発,そして米粉食品の開発が進められてきた.本 稿では,米粉利用研究の現状を記すとともに,今後の課 題について概説する.
米粉は小麦粉と異なり,パンの骨格となるタンパク質
「グルテン」をもたない.そのため米粉パンを製造する には,①米粉に小麦粉から取りだしたグルテンを2割程 度添加する[グルテン添加米粉パン],②小麦粉に米粉 を1〜5割程度混合する[米粉混合(小麦)パン],③グ ルテンや小麦粉を加えず米粉だけ,ないしは米粉に増粘 多糖などの粘性物を添加する[グルテンフリー100%米 粉パン]のいずれかの方法が必要である(1, 2).本稿では 特別の記述がない場合を除き,グルテン添加米粉パンや 米粉混合パンを「米粉パン」と記す.
アミロース含有率は食品加工では重要な形質の一つで あり,デンプンの糊化特性に影響するが,米粉パン製造 においてもアミロース含有率が品質に影響することが明 らかになっている(3).グルテン添加米粉パンや米粉混合 パンの場合,低アミロース米を用いて製造した食パンは パンの側面が潰れる傾向(腰折れ)があるが,しっとり 感とモチモチ感が強く認められた.また,高アミロース 米のパンの形状はしっかりしており,パンの膨らみ(比 容積)も高いが,製造後の時間の経過とともに硬くパサ パサする傾向が認められた.一方,「コシヒカリ」など のアミロース含有率が中程度の一般的な炊飯米で製造し たパンは,これらの中間の特性があり,腰折れもせずそ れほど硬くもならず,かつしっとり感やモチモチ感があ
る.アミロース含有率に加えアミロペクチン構造も米粉 パンの品質に影響し,長い鎖長のアミロペクチン鎖割合 が高い米で製造したパンは硬くなる傾向が強いことなど が明らかになっている.
米粒は小麦粒よりも硬いため,細かい粉にするために は粉砕時に大きな力(圧力や熱)を加える必要があり,
「損傷したデンプン」の割合が高まる.この「損傷デン プン」割合は米粉パンの膨らみに影響し,その割合が増 大すると米粉パンの比容積が低下する(4)(図
1
).そのた め,白米に水を十分に吸水させた後に気流粉砕機で粉砕 する「湿式気流粉砕法」が開発された.これにより,粒 子が細かく損傷デンプン割合の少ない米粉が調製でき,作業性が良く,膨らむパンが製造できるようになった.
しかし,この粉砕法により製造された米粉はロール式粉 砕と比較し製造コストが高い傾向がある.そこで,低コ ストで高品質米粉を製造できる米粉利用好適米の選定を 進めたところ,胚乳タンパク質の組成に変異がある米
(タンパク質変異米)が同一条件で粉砕した場合,一般 炊飯米よりも細かな米粉になりやすく,かつ損傷デンプ ン割合の少ない米粉が製造できることが明らかになった
(後述).
米粉の利用を拡大していくためには,原料米の安価で
図1■損傷デンプン割合と米粉パンの膨らみの関係
粉砕方法により損傷デンプン割合の異なる米粉が調製できる.こ れらの米粉で,グルテン添加パンを製造し,パンの比容積(膨ら み)を測定した.
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安定的な供給が不可欠であり,「北陸193号」などの多 収穫米品種の利用は低コスト栽培による原料米の価格低 減が期待できる.これらの品種には製粉しやすい品種も あり,製造したグルテン添加米粉食パンも「コシヒカ リ」並みの品質を有している.一方,製粉コストの削減 の点から,精米しないで玄米のまま粉砕し,玄米粉を製 パンに用いることは有用な手段である.そこで湿式気流 粉砕の前処理を工夫したところ,損傷デンプン割合の少 ない玄米粉を調製できることが明らかになった.この玄 米粉を用いることで膨らみと食味が良く,ギャバやオリ ザノールなどの機能性成分を含む栄養的にも優れた玄米 粉パンが製造できる.玄米粉パンは,搗精を必要としな いので,精米コストがかからず製粉コストの削減の点か らも有用である.
小麦に含まれるグルテンの摂取によるアレルギーやセ リアック病などの疾患の存在から,グルテンフリーの 100%米粉パンの開発が求められている.100%米粉パン 製造の鍵は,グルテンなしでパン生地を膨らませる技術 であり,グアガムなどの増粘多糖類を加える製造方法は 最も一般的な製法である.最近,米粉をあらかじめ米 麹,ないしはタンパク質分解酵素で処理することで,小 麦やグルテンを含まない100%米粉パンの膨らみを向上 させることが可能になった(5, 6).この方法により,無処 理と比較して約2倍程度膨らみが向上した.この100%
米粉パンでは,20〜25%程度のアミロース含有率が膨ら
みと食感の両面でより適していることや,「コシヒカリ」
などの一般的な品種を用いると生じる発酵臭(味噌臭 さ)がタンパク質変異米を用いることで低減化され,風 味が向上することが明らかになった(図
2
).このほか,トリペプチドの一つであるグルタチオンを添加して,
100%米粉パンを膨らませる方法も開発されている.現 在,グルタチオンはサプリメントとしては認可されてい るものの食品添加剤とは認可されていないため,改善が 進められている.
昨年,米粉利用専用米品種の第1号「ゆめふわり」
を,東北農業研究センターが育成した(7).「みずほのか」
や「LGC1」などの胚乳タンパク質組成に変異があるタ ンパク質変異米で作る米粉パンは,膨らみが良く風味が 良い傾向が認められているが,「ゆめふわり」はタンパ ク質変異性と低アミロース性胚乳を併せ持つ米品種であ る.「ゆめふわり」は,一般炊飯米品種よりも製粉性が 良く,微細かつデンプンの損傷が少ない米粉を作ること ができる.小麦粉と混合して,やわらかく,しっとり,
もっちりとしたパンを製造でき,2014年度から大手製 パン企業が,「ゆめふわり」米粉を用いた食パン(米粉 3割混合)の製造販売を開始した.なお,「ゆめふわり」
に加え,「こなだもん」など,複数の米粉用品種が開発 中である.
2010年に制定された食料・農業・農村基本計画では,
2020年度の米粉の生産数量目標を50万トンとし,米粉 図2■タンパク質変異米を用いた食味改 善の検討
タ ン パ ク 質 組 成 に 変 異 の あ る 米 な ど で 100%米粉パンを製造し,その風味を評価 した.
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利用を推進する「新規需要米」制度が開始された.生産 量は2011年度に4万トンに増大したが,その後は減少し 2013年度は2.1万トンにまで減少している.今後,米粉 の消費を拡大し,食料の自給率を高めるためには,米の 利点が消費者に受け入れられる品質と特徴を有する米粉 パンなどの米粉食品のさらなる製造開発が必要である.
これらの開発に,食品研究の専門家集団である農芸化学 会会員のご協力を切望する.
1) 鈴木保宏:応用糖質科学,2, 12 (2012).
2) 大坪研一(編): 米粉BOOK ,幸書房,2012, p. 31.
3) 高橋誠ら:食科工,56, 394 (2009).
4) E. Araki : , 15, 439 (2009).
5) S. Hamada : , 57, 91 (2013).
6) Y. Kawamura-Konishi : , 58, 45 (2013).
7) 東北農業研究センター:http://www.naro.affrc.go.jp/pub- licity̲report/press/laboratory/tarc/048673.html
(鈴木保宏,農業・食品産業技術総合研究機構作物研究所)
プロフィル
鈴木 保宏(Yasuhiro SUZUKI)
<略歴>1979年埼玉大学理工学部生化学 科卒業/1982年名古屋大学大学院農学研 究科博士課程後期退学/1982年農林水産 省北陸農業試験場土壌肥料第1研究室研究 員/1990年同試験場品質評価研究室主任 研究官/1992年農林水産省農業研究セン ター米品質評価研究室主任研究官/1996 年同研究センター作物品質評価研究室主任 研究官/1997年東京大学にて博士(農学)
取得/2001年農業・食品産業技術研究機 構作物研究所米品質制御研究室主任研究 員/2005年同研究所米品質研究室研究室 長/2006年同研究所米品質研究チーム研 究チーム長/2011年同研究所稲研究領域 米品質研究分野上席研究員,現在に至る
<研究テーマと抱負>米品質の評価および 成分育種的な改善,米粉利用促進<趣味>
水泳(月8回,20キロ以上が目標),生き ものの飼育,家庭菜園
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