はじめに
微生物間で生じるDNAの水平伝播(Horizontal Gene Transfer; HGT)は自然界での微生物の多様性に大きく 貢献していることが知られている(1, 2).HGTの分子メカ ニ ズ ム は,フ ァ ー ジ に よ る「形 質 導 入(transduc- tion)」,type IV secretion systemに よ る「接 合 伝 達
(conjugation)」,そして細胞外核酸による「自然形質転 換(natural genetic transformation)」 の3つ に 大 別 さ れる.前2者ではDNAはファージ粒子や接合伝達タン パク質に保護された状態で伝播するので効率は高いが,
宿主特異域が狭いのが一般的で水平伝播の対象菌種が限 られる場合が多い.これに対して「自然形質転換」では DNAを受け取る菌(recipientと呼称)が溶液状態の DNAを取り込む分子機構から,伝播するDNAの供与 菌(donorと呼称)の生死は特別関係なく,溶液状態で のDNAの安定性に依存する.形質転換のこの性質は,
大腸菌でのクローニング操作において試験管内で構築さ れたベクターとDNAのライゲーション産物が溶液状態 であることを考えれば理解できるだろう.図1に示すよ うに研究室で一般に行われる形質転換(従来法)では,
大腸菌でのクローニングだけでなく,得られたプラスミ ドDNAをほかの宿主(たとえば枯草菌)に形質転換で 導入するプロセスには,生化学的手法によるDNAの分 離・精製が必要であった.つまり生物学的にも化学的に
も「きれいなDNA(の溶液)」を得ることが形質転換に は必須な実験操作だと考えられていた.ところが形質転 換には「きれいなDNA」は必須ではない,生化学的精 製は不要であることをわれわれは偶然発見した.この概 略は図2に示す.われわれはラムダベクターを用いて大 腸菌でクローニングされた遺伝子を枯草菌のラムダ組み 込み部位に移動させる系を構築しようとしていた(3).大 腸菌でクローニングされたDNAを枯草菌に速やかに移 動させる系を構築するのはわれわれの長年の目的の一つ であり,遺伝子工学的な操作を枯草菌でも行える利点に 加えて水平伝播過程の解明にもつながると期待してい た.多少複雑な昔日の遺伝子工学的手法なので以下数行
(次のセクション)と図2は飛ばして読んでいただいて も構わない.
ラムダ誘発で溶菌される大腸菌が保持していたプラ スミドは予想外に安定:ネガティブコントロールか ら細胞外核酸の発見に
ラムダgt11と呼ばれるベクターは対象のDNAをク ローンしたまま大腸菌で30 Cでは溶原化する.ラムダ gt11は温度感受性なので,37 C以上で培養するとラム ダ遺伝子群が誘発された後ファージ粒子が形成され,溶 菌して溶液は透明になる(図2).ラムダが誘発した溶 菌液中のDNAは,ファージ粒子内に保護されたラムダ DNAと断片化された大腸菌のゲノムだけである.当時
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セミナー室
合成生物学を意識した核酸改変技術の現状と展望-3細胞外核酸を利用した簡便で迅速な形質転換系の確立
金子真也 *
1,板谷光泰 *
2*1東京工業大学生命理工学院,*2慶應義塾大学先端生命科学研究所
われわれは,ファージ粒子内のDNAを簡単な処理で精 製し枯草菌へ移動させる系に取り組んでいた.大腸菌が 溶菌するとラムダ粒子で保護されているラムダDNA以 外は培養液にさらされ,速やかに分解すると考えるのが 当時の(ひょっとして今でも)常識であった.速やかに 分解するのを確認するために,プラスミドDNAを保持 させた大腸菌を溶菌させ,溶菌液をコンピテント枯草菌 に加えた.このプラスミドは枯草菌でも複製可能なの で,当初の予想では溶菌液中でプラスミドは大腸菌のゲ ノムと同様に断片化され,枯草菌が取り込める完全なプ ラスミドDNA分子はない,したがって枯草菌に移るこ とはないと考えていた.すなわちネガティブコントロー ルとして使用したはずだったが,驚いたことにこのプラ スミドを取り込んだ多数の枯草菌コロニーが生じてし
まったのである.
ラムダ誘発による細胞外核酸系の確立に向けて 半信半疑で再現性を何度も確認したのちに以下の着想 に至った.われわれは活性を有する(つまり枯草菌で複 製できる)細胞外核酸を観察しており,これを詳細に解 析することによって,大腸菌のプラスミドDNAは溶菌 するだけで細胞外核酸となり,形質転換のDNAソース として準備できるだろう.生化学的な精製過程は全く必 要としないので,自然界で生じる水平伝播による形質転 換もうまく説明できる系になるかもしれない.さらにわ れわれの技術領域に関連する重要な問題点は,DNAの サイズである.DNAはプラスミドでもゲノムでも高分 図1■一般的なクローニング,形質転換 技術と細胞外核酸を利用する形質転換法 大腸菌でクローニングしたプラスミド DNAを枯草菌に導入する場合,従来法で はプラスミドDNAを生化学的手法により 精製する操作を必要とした.図2で発見さ れた細胞外核酸は精製が全く不要で,直 接枯草菌へ導入できるために迅速かつ簡 便に行える.「溶菌法」と呼称するのは本 文参照.プラスミドDNAは超らせん構造
(super coil)として示した.
図2■ネガティブコントロールが動 いて,細胞外核酸の存在新発見 ラムダgt11ベクターにクローニング されたDNA断片を溶菌液から調製し て枯草菌へ導入する実験を計画:株
(A)を用いる.溶菌液ではファージ 以外のDNAは分解されることを確か めるために,枯草菌でも複製できる シャトルプラスミドを保持させた株
(B)を用いる.株(B)では速やかに 分解されて何も起こらないネカティブ コントロールになるはずだった.しか し株(B)の溶菌液を用いるとシャト ルプラスミドが枯草菌へ導入され,ラ ムダの溶菌液中では,プラスミドは安 定な細胞外核酸であることを発見し た.
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子ポリマーであるためサイズが大きくなると物理的に擦 り切れて損傷を受けやすい.したがって巨大なサイズの DNAは試験管での精製操作が非常に困難となる.生化 学的な精製操作を含まない溶菌法による細胞外核酸のサ イズの限界も明らかにする必要があった.
細胞外核酸の証明
プラスミドDNAを保持するラムダ溶原株の大腸菌を 用いて図3に示す実験を行った.溶原化したラムダは温 度感受性のリプレッサー I857変異株なので大腸菌は 30 Cでは通常どおりに培養できるが,37 C以上では I857リプレッサーが変性してラムダ遺伝子群が誘導開 始されファージ粒子の形成とともに溶菌する(図3). この溶菌液と等量のコンピテント枯草菌を混合し,37 C で1時間共培養したあと,枯草菌コロニーを選択培地で 得た.使用したプラスミドDNA, pGETSGFP(図3)は 大腸菌‒枯草菌で複製可能なシャトルで,特徴は枯草菌 でのみ発現するプロモーターの下流にGFP遺伝子を有 する.得られた枯草菌コロニーはすべてGFPが発現し ており(文献(4)のFig. 3),枯草菌から精製したプラ スミドには構造的な変化もなかった(2, 4).溶菌液にDNA 分解酵素(DNaseI)を加えることで枯草菌コロニーの 出 現 は 完 全 に 阻 害 さ れ る こ と か ら,pGETSGFPが DNaseIに感受性の細胞外核酸として枯草菌に取り込ま れることが示された(2, 4).
細胞外核酸の安定性と形質転換効率:枯草菌への移 動キネティックス解析
大腸菌の培養温度を37 Cに上昇させ,溶菌開始後の 細胞外核酸pGETSGFPによる枯草菌コロニー出現数の 経時変化を図3に示す.枯草菌のコロニー数は溶菌開始 後3時間でピークを示した後,急速に減少し10時間経過 すると出現しなくなった.この現象は溶菌の結果,培養 液中に放出される大腸菌由来のDNA分解酵素によるも のと考え,大腸菌の主要なエンドヌクレアーゼである の欠損株を用いて同様のキネティックスを観察し た.その結果,欠損株では溶菌後24時間経過しても枯 草菌コロニー数の減少は見られなかった(5).すなわち 野生型大腸菌の溶菌液中にはエンドヌクレアーゼ が含まれており,細胞外核酸を(徐々に)分解してその 結果枯草菌コロニー数が減少すると推測された.エンド ヌクレアーゼによる分解過程を調べるために,溶菌液か ら大腸菌ゲノムとプラスミドを回収してアガロースゲル 電気泳動での構造確認を行った.具体的には溶菌開始時
(=0)その後37 Cで振とうし,2, 3, 5, 12, 24時間経過 した溶菌液を遠心分離し,上清と沈殿に分画する.両画 分からDNAを回収し,アガロースゲル電気泳動で流し て観察したところ,興味深い結果が得られた(図4). 溶菌液の上清画分からは主に大腸菌ゲノムが回収され,
プラスミドはほとんどが沈殿画分から回収された.
RV制 限 酵 素 で の 消 化 結 果 か ら,プ ラ ス ミ ド は pGETSGFPであり,未消化物(uncut)では環状で超ら
図3■細胞外核酸を用いた形質転換体数の経 時変化
(上段)ラムダ溶原株は,37 C以上に温度をシ フトさせると溶菌が開始され,細胞外核酸
(プラスミド)が枯草菌へ取り込まれる.(中 段)培養液中の菌体数の変化を示す吸光度グ ラフ(OD 600).溶菌すると吸光度が減少す る.野生型, 欠損株で溶菌過程の違いは ない.(下段)溶菌液を用いた枯草菌の形質転 換体コロニー数.野生型では3時間後急激に 減少するが, 欠損株では24時間後でも コロニー数は変化しない.(左下)GFP遺伝子 を有するプラスミドpGETSGFP(17.1 kbp: 大 腸菌‒枯草菌のシャトル)の構造.
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せん構造を維持していた.野生型大腸菌では,溶菌開始 後5時間以降は上清からも沈殿からもDNAがほとんど 回収されず,5時間以降枯草菌コロニーが出現しないの は,細胞外核酸(pGETSGFPプラスミド)が分解され たことに起因することが示された(図3, 4).一方 欠損株ではゲノム,プラスミドともにDNAは24時間後 でも残存しており,量的にも枯草菌コロニーの出現数と 一致していた.このキネティクスから導かれる結果は,
ラムダ誘発による大腸菌溶菌液での細胞外核酸は内在性 エンドヌクレアーゼによる分解を受けるが,完全分解ま でに数時間を要し,分解前のプラスミドは枯草菌に取り 込まれて複製開始できる状態,つまり環状で超らせん構 造を保持したままである.内在性エンドヌクレアーゼ以 外のDNA分解酵素(DNaseI)を加えると速やかに分解 され枯草菌コロニーは全く生じない結果とも一致する.
プラスミドの局在性
われわれにとって興味深いことはエンドヌクレアーゼ 野生型,欠損株ともにプラスミドは大部分が沈殿画分に 局在しているらしいことである.大腸菌が溶菌するとゲ ノムは速やかに液体中に放出されるが,プラスミドは
(おそらく)壊れた細胞中に多くがとどまっている様子 が想像できる.ラムダ誘発による溶菌では,大腸菌細胞 がバーストする前の内膜,外膜,細胞壁に穴をあける分 子機構が提出されているが(6, 7),ゲノムDNA溶出やプ
ラスミドDNAの局在性については今のところ情報がな い.
ラムダの誘発をかけるのは対数増殖期であり,大腸菌 ゲノムは複製中で細胞質全体に広がっているが,プラス ミドDNAは超らせん構造でさまざまなタンパク質と複 合体を形成しゲノムとは別の空間にいるのではないかと 推測される.細胞外核酸のプラスミドが沈殿画分から回 収される図4の結果は,想像をたくましくすると,プラ スミドは大部分が溶液中には拡散していない状態,つま り大腸菌の残骸に弱く結合した状態にあることで説明で きる.環境中で死んだ微生物から放出されたDNAは高 次構造を形成するとともにタンパク質や細胞膜と複合体 を形成し,さらに土壌の粒子や粘土によって,より複雑 な複合体を構築することで分解されず残存していること が報告されており,細胞外核酸は栄養源となるだけでな く遺伝情報として機能していることが指摘されてい
る(1, 2).われわれが調べたラムダファージで大腸菌が死
滅(溶菌)する系では,細胞外核酸としてのプラスミド は大部分が溶液中に拡散することなく(DNA分解酵素 には弱いが)ほかの微生物に移れる状態でいることが実 験で示され,環境で起きていることの説明になると考え ている.
大腸菌細胞外核酸を利用した形質転換系の評価 大腸菌をラムダファージで溶菌させると,プラスミド
図4■アガロースゲル電気泳動による溶 菌液中のDNA形状解析
野生型と 欠損株のラムダ溶原株を培 養温度シフト後の時間経過で溶菌液を遠 心分離.上清はフェノールクロロフォル ムで処理してエタノール沈殿させて精製.
沈殿画分は,SDS‒アルカリ法でプラスミ ドDNAを精製.それぞれアガロース電気 泳動で分析.上清画分からは大腸菌ゲノ ムが,沈殿画分からは環状プラスミドが 回 収 さ れ, RV制 限 酵 素 処 理 し て pGETSGFPであることが示された.野生 型の溶菌液では5時間以降ではDNAがほ とんど回収されないが,欠損株からは24 時間後でも回収されるDNAの量と質に変 化はない.
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を細胞外核酸として含む溶菌液が調製できる.再現性の 良い枯草菌への形質転換系をわれわれは「溶菌法」と呼 称している.この手法を汎用的なシステムにするために は,いくつかの改善が必要であった.図3で示したよう に,溶菌後のプラスミドの安定性にはエンドヌクレアー ゼ 欠損株が有効である.実は研究室で頻繁に使 用される大腸菌株DH5
α
, DH10B, DH1, JM109, TOP10, XL1Blueなどはすべて 欠損株であり,「溶菌法」はどの研究室でもすぐ活用できる.汎用性を高めるため には,溶菌状態を簡便に達成できるのが望ましい.この 目的にはビルレントファージであるラムダgt10を感染 させることで大腸菌を溶菌させても細胞外核酸を準備で き る こ と が 確 認 さ れ た(投 稿 準 備 中).ビ ル レ ン ト ファージを用いれば,図3で示すような高温感受性の変 異ラムダ溶原株を30 Cで培養し溶菌のために37 Cへ温 度シフトさせる手間が不要で,プラスミドDNAを保持 する大腸菌は通常の37 Cのみで培養できるため簡便な 溶菌法となった.ビルレントファージと 欠損株を 用いる改良型の「溶菌法」は操作が単純なためマルチ ウェルプレートを用いて大規模でハイスループット的な 操作にも対応できると見込まれる(未発表).
受容菌ゲノムへの導入,巨大DNAへの適用 前 述 の 大 腸 菌 と 枯 草 菌 の シ ャ ト ル プ ラ ス ミ ド pGETSGFPはサイズが約17 kbpで,溶菌法での再現性 は極めて安定している.図2でラムダDNAの枯草菌へ の移動法を探索していたことからもおわかりのように,
われわれは枯草菌に100 kbpを超える巨大なDNAを導 入する手法の開発を長年手掛けている.ラムダDNAは 50 kbp程度のサイズであるが,われわれが発見したラム ダで溶菌する手法がどのくらい大きなサイズの細胞外核 酸(つまりプラスミドDNA)まで適用できるかを調べ た.
BAC(Bacterial artificial chromosome)をプラスミ ド と し て 用 い れ ば 大 腸 菌 で100 kbpを 超 え る サ イ ズのDNAをクローニングできるのはよく知られて おり,われわれはこの目的のために枯草菌にも導入 可 能 な pGETS1036(95 kb),pGETS1023(115 kb), pGETS1021(116 kb) と 名 づ け ら れ た3つ のBACク ローンを準備した.これらはそれぞれシロイヌナズナの ミトコンドリアDNA由来のインサート配列80, 100, 101 kbを保持しており,DNAの構造はパルスフィール ド電気泳動によって確認された(2, 8).これらを保持する 大腸菌に「溶菌法」を適用した結果,数は少ないものの
枯草菌コロニーが形成され,BACクローンが確かに枯 草菌に移行していることを確認した(2, 8).「溶菌法」で細 胞外核酸は,100 kbを超えるサイズでも有効であること が実証されているのである.これより大きなサイズの DNAは今後の検討課題であるが,大腸菌ゲノムとプラ スミドの局在が溶菌後で異なる前述の結果を考慮する と,適用可能なDNAについて今後ますます興味は尽き ない.
自然形質転換能を有する受容菌
自然界では外来のDNAを自ら取り込む能力をもつ微 生物が意外と多く存在する.こうした能力を自然形質転 換能と呼び,その細胞をコンピテント細胞と呼ぶ(1, 2). 代表的な微生物である枯草菌などの研究から,DNAの 取り込みおよびプロセシングシステムにはtype IV pili またはtype IIのsecretion systemのサブユニットと同 様の機能が関与しており,ATPを用いて環境中のDNA を細胞中に取り込む仕組みが明らかになってきた.さら に細胞中に取り込まれたDNAはRecAによるゲノムへ の組り込み機構も解明されつつある.興味深いことに微 生物のストレスによって誘導されるSOS応答が,DNA 取り込みにかかわる機構の活性化に関与していることも 報告されている(1, 2).こうした自然形質転換能を有する 微生物は枯草菌以外に,アシネトバクター,デイノコッ カス,ラクチス乳酸菌,シュードモナス,放線菌,黄色 ブドウ球菌,シアノバクテリアなど数多く知られてい
る(1, 2).最近の報告ではアグロバクテリウムや大腸菌も
生育環境によって形質転換可能な細胞,いわゆるコンピ テント細胞になることがわかってきた.塩化カルシウム を含む水質に生息する大腸菌などが,いわゆる研究室で 塩化カルシウム法により作製したコンピテントセルと同 様の性質を有するわけである(2).
「溶菌法」の大腸菌‒枯草菌以外の適用
溶菌法の汎用性を目指して,枯草菌以外の宿主にも溶 菌法が適用できるか検討した.図5に示した自然形質転 換能を有する微生物のうち,いくつかについて大腸菌と のシャトルプラスミドを構築して溶菌法の適用を試み た.その結果,大腸菌から枯草菌の場合と同様にコロ ニーを得ることができ,枯草菌以外の微生物にも適応で きることが示された(投稿準備中).自然形質転換能を 有する微生物が多く存在していることから,枯草菌だけ でなくさまざまな微生物を対象にすることができ,大腸
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菌で構築したシャトルプラスミドDNAライブラリーを 対象として,大腸菌以外の別の宿主で活用するための迅 速,簡便な手段になると期待される.100 kbpに達する 巨大なDNAでも細胞外核酸として対応できることから も今後の合成ゲノム時代の重要な基盤技術になると予想 される.
おわりに
近年,次世代型シーケンサーの登場でさまざまな塩基 配列が高速に解読される時代が到来した.これに伴い,
実際のDNAを用いた複合的な遺伝子群の産業利用やゲ ノム自体の解析が今後ますます盛んになると予想され る.しかし塩基配列を解読することと解読した生(な ま)の高分子DNAを実際に取り扱うこととは大きな隔 たりがある.通常プラスミドとして扱えるサイズは数十 kbまでであり,前述の大腸菌でのBACや酵母の特殊な ベクターであるYAC(Yeast artificial chromosome)を 用いれば,100 kb以上の巨大DNA構築は可能である.
それらを目的の細胞に移行させる場合,現行の分子生物 学的手法ではこれらのDNAを で精製する操作 が必要不可欠である.100 kb以上の巨大DNAはシェア リングなど物理的ダメージを受けやすく,専用キットな どを用いても精製効率が悪いのが現状である.われわれ が確立した「溶菌法」を用いれば大腸菌溶菌液を混ぜる だけで目的の菌株に巨大DNAを送り込むことが可能で あり,特に今後の合成生物学において簡便,迅速な操 作法として有効なツールになるものと期待される.大 腸菌から枯草菌への「溶菌法」に関しては,われわれが
開発を進めている枯草菌ゲノムを用いたゲノムベク
ター(9〜14)を有効活用するための重要なツールとなり,
大腸菌のDNAライブラリーを用いたゲノム合成に向け て重要な基盤技術になると期待される.
文献
1) M. G. Lorenz & W. Wackernagel: , 58, 563 (1994).
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& J. Hirota: , 14, 300 (2013).
13) S. Kaneko & M. Itaya: “Bacterial Artificial Chromo- somes,” INTECH Open Access Publisher, 2011, pp. 119‒
136.
14) M. Itaya, S. Kaneko & K. Tsuge: “Microbial Production From Genome Design to Cell Engineering,” Springer, 2014, p. 35.
プロフィール
金子 真也(Shinya KANEKO)
<略歴>1995年東京理科大学1部理学部化 学科卒業/2000年東京工業大学大学院生 命理工学研究科博士課程終了/同年三菱化 学生命科学研究所特別研究員/2005年東 京工業大学大学院生命理工学研究科助手/
2007年同助教/2016年同大学生命理工学 院助教,現在に至る<研究テーマと抱負>
ゲノムデザインと合成・改変操作,水平伝 播機構の解明と活用<趣味>ドライブ,映 画鑑賞,アウトドア
板谷 光泰(Mitsuhiro ITAYA)
<略歴>1976年東京大学理学部生物化学 科卒業/1983年同大学理学系研究科博士 課程修了/同年NIH(National Institutes of Health, 米国)留学/1986年三菱化学生 命科学研究所研究員/2006年慶應義塾大 学先端生命研教授,現在に至る<研究テー マと抱負>微生物ゲノムのデザインと構築
Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.668 図5■大腸菌溶菌法による細胞外核酸の活用
大腸菌からプラスミドDNAを細胞外核酸として調製,枯草菌以 外にも適用できることを示す.ラムダ溶原性大腸菌 欠損株 などを利用して実施済および検討中の株を示した.汎用性が高い ことが期待される.
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