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腸内細菌叢の機能理解に向けて - J-Stage

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この10年でいわゆる次世代シークエンスと呼ばれる 並列的な大量シークエンシング技術が飛躍的に発展し,

研究対象とする生物種のゲノム配列を得ることは非常に 容易になった.さらにこの技術は主に16S rRNA遺伝子 領域を対象とした菌叢構造解析に応用され,現在は未培 養菌種を含めた腸内細菌叢の構造を詳細に知ることが可 能になっている.2000年代中盤にアメリカのワシント ン大学(ミズーリ州)のGordonらのグループによって 発表された,肥満に腸内細菌叢の変化が関連するという

報告(1, 2)以降,ヒトのさまざまな疾患や生理機能に腸内

細菌叢が関与することが明らかにされている(3, 4).さら に最近では,それらに関連すると考えられる腸内細菌種 が特定され始めている(5, 6).今後もこのような腸内細菌 種が腸内細菌叢解析により明らかになってくることが予 想される.

菌叢解析に続く大きな課題としては,次の2つがあ る.一つは「菌叢解析で同定された菌種をいかに単離す るか」という課題である.同定された菌種が単離済みの 菌種であり,実際に無菌動物や疾患モデル動物への投与 により,その対象としている機能の発現が実証できれば 問題はない.しかし同定された菌種が未培養菌種の場 合,単離を行う努力が必要となる.これには経験とアイ ディア,そして膨大なトライアンドエラーが必要であ り,そのため菌叢解析のレベルでとどまっている研究が 多いのが現状である.この課題については,本邦の腸内

細菌研究の泰斗である光岡知足先生が礎を築かれた腸内 細菌の単離培養技術が大きな威力を発揮する領域であ り,また応用微生物学の研究者の得意とするところであ るが,本稿の主題とは少し外れてしまうため,その詳細 については成書や総説をご覧いただきたい(7, 8).もう一 つの課題は,「単離された腸内細菌種が腸内で発現する 機能のメカニズムをどのように明らかにするか」という 課題である.当該単離菌の機能はわかっても,その菌の

「何が」そのような機能を付与しているのかを明らかに すること,言い換えれば原因となる遺伝子や分子を明ら かにし,その作用機作を知ることは,疾患の予防や治 療,健康維持の面から非常に重要である.そのために は,遺伝子操作による腸内細菌のゲノム上の遺伝子への 変異導入が不可欠である.

腸内細菌における遺伝子変異導入の現状

近年CRISPR-Cas9に代表されるゲノム編集技術がさ まざまな生物種で応用され,これまでは狙った遺伝子へ の変異導入が困難だった生物,特に高等真核生物におい て,遺伝子機能の解析が可能になってきている(9).ゲノ ム編集技術では,特異的な配列を認識して2本鎖DNA を切断(Double-strand DNA break)し,その修復の過 程で欠失や挿入といった変異が導入される,という仕組 みが基盤となっている.この2本鎖DNA切断の修復機 構の一つである非相同末端結合(Non-homologous end 

日本農芸化学会

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セミナー室

腸内相互作用の理解に基づいた健康の増進・疾患の予防-6

腸内細菌叢の機能理解に向けて

ビフィズス菌における遺伝子操作系の開発

吹谷 智,横田 篤

北海道大学大学院農学研究院

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joining)に働く経路は,真核生物では広く保存されて いるが,多くの細菌で存在しない,もしくは条件的な発 現しか示さないために,細菌では2本鎖DNAの切断は 致死となってしまう.そのため真核生物に比べて,細菌 ではゲノム編集技術の応用がまだそれほど広まっていな

(9, 10).さらに腸内細菌においては,古典的な変異導入

法である相同組換えによる標的遺伝子への変異導入およ びトランスポゾンを用いたゲノムワイドな変異導入につ いても,利用可能な腸内細菌種は非常に限られており,

大腸菌, に代表される

属の一部, 属の一部の細菌(

など)および 属などが遺伝子操作のできる腸内細菌とし て知られている(11〜13).しかも多くの場合,病原菌とし て知られている菌種での利用が先行しており,腸内常在 菌として知られる菌種での遺伝子操作の実例は極めて限 られている.

遺伝子操作で何がわかるのか

それでは腸内細菌の遺伝子操作により何ができるの

か,そして何がわかるのかを見てみよう(図1.まず 腸内細菌のもつ注目している機能のメカニズムについて 明らかにするためには,その機能に関与する特徴的な構 造体・タンパク質・代謝産物を同定すること,さらにそ れらの生成に関与する遺伝子を同定することが必要であ る.そのためには,当該機能を示す菌株と示さない菌株 との比較ゲノム解析や,目的の腸内細菌を腸内に単独定 着させたノトバイオートマウスの腸管内でのトランスク リプトーム解析,代謝産物のメタボローム解析などのオ ミクス解析が主な手段して用いられる.これらの解析に より,どのような遺伝子が当該機能にかかわっているの かを絞り込むことができる.

絞り込まれた遺伝子について野生株に変異を導入し,

変異株が目的の機能を失うかどうかを検証することによ り,同定された遺伝子がその機能に重要であることを示す ことができる.細菌のもつすべての表現型や機能は,主に その設計図であるゲノムにコードされている遺伝子の働き に起因しているので,ゲノム上の遺伝子を改変する技術 が腸内細菌の示す機能を解明するために必要となる.

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腸内細菌の働きを遺伝子の働きから理解する

私たちの腸内には1,000種,数十兆個にも上る腸内 細菌が共生し,腸内細菌叢を形成している.このよ うな複雑な腸内細菌叢の中にどのような細菌がいて,

どのような機能をもっているかを深く知ることは非 常に難しい.また腸内細菌の多くは酸素を嫌う嫌気 性と呼ばれる性質をもつ細菌であり,培養を行うに は酸素のない特殊な環境を作り出すことが必要であ る.このような複雑さと実験の困難さのため,腸内 細菌はハードルの高い研究対象であった.しかしこ の10年で,塩基配列を決定する機器であるシークエ ンサーの機能が飛躍的に進歩し,それぞれの腸内細菌 がもつ特徴的な塩基配列を一度に決定することがで きるようになり,培養を行わずとも,どのような腸内 細菌が腸内細菌叢に存在するかを容易に知ることが 可能になった.そのおかげで,腸内細菌はわれわれ の生命活動にさまざまな影響を与え,健康やさまざ まな病気に関与していることが続々と明らかになっ ている.

一方で,それぞれの腸内細菌がどのようなメカニズ ムでその機能を発揮して,私たちの生命活動に影響 を与えているのかは,これからの研究課題である.こ

れを明らかにするためには,興味深い機能を示す腸 内細菌を腸内細菌叢から単離し,その性状を調べて いく研究が必要である.このような研究では,まず

①それぞれの腸内細菌の設計図であるゲノムの配列 を知り,さらにそこにどのような遺伝子が存在する かを知ることが必要である.その中から,②興味深 い機能に関連する遺伝子を明らかにし,さらに③そ の遺伝子がどのようなメカニズムでその機能にかか わっているのかを明らかにする,という流れで研究 が行われていく.①については先述のシークエン サーが,②については遺伝子からの産物であるRNA,  タンパク質,そして細胞の生命活動の産物である代 謝産物について,全体像を明らかにする「オミクス」

と呼ばれる手法が大きな役割を果たしている.③が 目的の腸内細菌の機能のメカニズムを証明するため に最も重要なステップであるが,ここでは遺伝子操 作技術を用いて,②で目星をつけた候補遺伝子の機 能を失わせた菌株,すなわち変異株を作製して,そ の性質を元の株と比較することにより,その遺伝子 が目的の機能にかかわっていることを直接的に証明 できる.このように,遺伝子に変異を導入する遺伝 子操作技術は,腸内細菌の機能を腸内細菌の側から 明らかにしていくために,必要不可欠な技術なので ある.

コ ラ ム

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ビフィズス菌と遺伝子操作

本稿の主役であるビフィズス菌は,1899年にHenry  Tissierにより単離されて以来,ヒトの腸内細菌叢の主 要な構成菌種であり,健康に対してさまざまな有用効果 を与える非常に重要な腸内細菌として広く知られてい

(14, 15).また母乳栄養児の腸内細菌叢の最優占菌であ

り,腸管の機能や免疫機能の発達に大きく貢献している ことも知られている.さらに成人においても児童におい ても,日本人の腸内細菌叢にはほかの国の人々の菌叢と 比べてビフィズス菌が多いことが,近年のメタゲノム解 析および菌叢解析で明らかにされており(16, 17),その理 由を探るうえでもビフィズス菌の機能を知ることは重要 である.このようにビフィズス菌は歴史的にも古く,重 要な腸内細菌であるにもかかわらず,遺伝子操作の面で は非常に立ち後れており,標的遺伝子への変異導入が初 めて報告されたのは,Tissierの報告から100年以上経過 した2008年であった(18, 19).つい10年前まで,ビフィズ ス菌においてもシャトルベクターを用いた形質転換以外 の遺伝子操作はできなかったのである.

なぜこのようにビフィズス菌の遺伝子操作技術の開発 が遅れたのかを考えると,まず技術的な面からは,ビ フィズス菌が偏性嫌気性菌であること,また概して形質 転換の効率が低いことが挙げられる.筆者らが2010年 に調査した限り,エレクトロポレーション法を用いたさ まざまなビフィズス菌種の形質転換効率の中央値は約 103形質転換体/µgプラスミドDNAであり,大腸菌の それが108を超えることを考えると,明らかに低いこと がおわかりいただけると思う(20).一方で研究の動向の 面からみると,ビフィズス菌の健康に対する有用な効果

について,まず宿主側の応答のメカニズムのほうに注目 が集まり,解析が進められたという点が挙げられる.菌 の「何が」ということよりも,ビフィズス菌に対する宿 主の免疫応答や生理的な応答の面が重要視され,実験系 が整備されていることも相まって,宿主側の解析が先に 進んだというのが現実的なところである.しかし現在,

ビフィズス菌に限らず腸内細菌の「何が」ヒトの健康や 生理に影響を及ぼしているのか,という点について注目 が集まってきており,ようやく菌の側の遺伝子操作の必 要性が高まってきたというのが現状である.次項から は,ビフィズス菌における具体的な遺伝子操作法の現状 を紹介したい.

標的遺伝子への変異導入系:1回の相同組換えによ る変異導入

この技術は,狙った遺伝子にだけ変異を導入する技術 である.細菌ではDNAの相同配列間の遺伝的組換えの 機構を利用した,相同組換えによる変異導入が広く用い られている.ビフィズス菌において最初に確立された手 法は,1回の相同組換えで相同領域を含むベクターを染 色体上の標的遺伝子に導入する,いわゆる1回組換えの 方法である(18).1回組換えでは,ビフィズス菌では複製 できないベクターを用いて標的遺伝子の内部の領域をク ローニングし,そのベクターをビフィズス菌にエレクト ロポレーション法で導入することにより,内部の領域と 染色体上の遺伝子の相同な領域との間で相同組換えを起 こさせる.その結果としてベクターが遺伝子の内部に挿 入され,遺伝子が分断されることにより変異が導入され る(図2A).ただしこの仕組みからおわかりのように,

相同領域を含むベクター全体が染色体上に残ることにな 図1腸内細菌の機能解明における遺伝子 操作系の役割

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る.したがって相同組換えに用いられた相同な領域が染 色体上に2カ所存在することになり,もう一度相同組換 えが起こって遺伝子が野生型に戻ることもありうる.ま たベクターおよび選択マーカーである薬剤耐性遺伝子が 残存することにより,標的遺伝子周辺の遺伝子の発現に も影響する場合がある.このような明確な欠点はあるも のの,最も簡単に変異株を得ることができるため,現状 ではこの1回組換えの手法がビフィズス菌での遺伝子変 異導入法の主流となっており,2016年末までに50種類 を超える遺伝子について,この方法で変異導入が行われ ている.

標的遺伝子への変異導入系:2回の相同組換えによ る変異導入

1回組換えによる遺伝子への変異導入の欠点を回避す る方法としては,二重相同組換えと呼ばれる2回の相同 組換えによる変異導入法が用いられる.この方法では,

標的遺伝子の外側の上流・下流領域を組換え反応のため の相同領域としてクローニングした変異導入用のベク ターをビフィズス菌に導入することにより,まず片方の 相同領域と染色体上の相同領域との間で1回目の相同組 換えが起こる.ここまでは1回組換えの場合と同様,ベ クター全体が染色体上に組み込まれることになる.この 後もう一方の相同領域と,染色体上の相同領域との間で 2回目の相同組換えが起こると,染色体上の野生型の遺

伝子とベクター上の上流・下流領域の間にある選択マー カーとが置き換わり,変異が導入されるという仕組みに なっている(図2B).この方法では,遺伝子の相同領域 は染色体上から失われるため,遺伝子が野生型に戻るこ とはない.また選択マーカーが染色体上に残らないよう に変異導入用のベクターを設計すれば,外来のDNAが 全く残らないマーカーレス欠失変異を導入することも可 能であるので,周辺の遺伝子の発現への影響を回避する こともできる.

この方法の問題点として,2回目の組換えが起こった 株を何らかの方法で効率的に選抜する必要がある.長期 の継代培養(数十世代)を行うことにより,自然発生し た2回目の組換え株を得ることは可能である.しかしそ の存在比率は非常に低いため,選択マーカーが染色体上 に残るようにベクターを設計して薬剤耐性により選抜す るか,PCRで遺伝子型を調べて変異株をスクリーニン グする必要がある(19, 21).この2回目の組換え株の取得 効率を上げるための改良がいくつか行われている.

ビフィズス菌においては,温度感受性複製プラスミド

(Temperature-sensitive plasmid)の利用(22),オロチン 酸ホスホリボシル基転移酵素(Orotate phosphoribosyl- transferase)遺伝子 のカウンターセレクション マーカー(相同組換えが起こった株をポジティブに選択 できるマーカー)としての利用(23),さらには染色体に 組み込まれた条件複製ベクターの複製誘起と染色体複製

図2標的遺伝子への変異導入系

(A)1回の相同組換えによる変異導入,(B)2回の 相同組換えによる変異導入.

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への干渉を利用した2回目の相同組換えの活性化の手法

(24)が開発されている.なおこれらの手法の詳細につい ては,参考文献および関連の総説を参照していただきた

(25, 26).上記の3種類の手法は,開発された時期が2012

年と最近であるため,1回組換えの手法に比べるとまだ まだ利用例は少ないが,これらはいずれも本邦の研究者 によって開発された手法であり,ビフィズス菌遺伝子へ の変異導入系の開発については本邦が世界をリードして いる状況である.ここまでで紹介した標的遺伝子への変

異導入系は および

で開発され,現在は

 subsp.  においても遺伝子への変異導入が報告さ

れている(19, 21)

トランスポゾン変異導入系

トランスポゾン変異導入系は文字どおり動く遺伝子で あるトランスポゾンをゲノムに転移させて,さまざまな トランスポゾン挿入変異株を作り出す手法である.この 方法は異なる変異株を一度に大量に作出することができ るので,標的遺伝子への変異導入とは異なり,何らかの 機能にかかわる遺伝子をスクリーニングする際に有用で ある.細菌においては,大腸菌由来のTn およびノサ シバエ由来のTc / 型トランスポゾン が トランスポゾン変異導入に多く用いられている.また,

細菌の内在性の転移因子である挿入配列(Insertion  sequence)も利用されている.ビフィズス菌において は,Tn をベースとした市販のトランスポゾン変異導 入システム(EZ::TN™ Transposome™, Lucigen Corp.)

が のトランスポゾン変異導入に応用されてい る(27).この系は,Tn の転移を司る酵素である転移酵 素(Transposase・精製された状態で市販されている)

を でトランスポゾンDNAに結合させてから細 菌に導入し,転移を効率よく起こさせるというシステム であり,ビフィズス菌だけでなくさまざまな細菌種で利 用されている.一方,筆者らは 由来の内在性 挿入配列IS (28)を用いて,  105-A株とい う形質転換効率の高い菌株を宿主株としたトランスポゾ ン変異導入系の開発に成功している(29)

これらのシステムをどのように腸内細菌研究に用いる かという点について考えると,まず で解析が可 能な腸内細菌の機能,たとえば胃酸や胆汁酸に対する耐 性,消化酵素に対する耐性などに寄与する遺伝子を同定 することは可能である.では での腸内細菌の機 能にかかわる遺伝子の探索には応用できないのだろう か? たとえば宿主の腸管内での定着や生存に寄与する 遺伝子を知ることは,腸内細菌の腸内での働きを知るた めに非常に重要である.この場合原理的にはトランスポ ゾン変異株を1株ずつ実験動物に投与して,それらの定 着能力を個別に評価することで,目的の遺伝子を同定す ることは可能である.しかしゲノムサイズが2 Mbp程度 のビフィズス菌ですら,遺伝子は1,800個以上存在する ため,それらを網羅できるトランスポゾン変異株の数 は,数千〜数万株にも達する.したがって,それぞれの 変異株について投与試験を行い,目的の遺伝子をスク リーニングすることは現実的には不可能である.このよ うにトランスポゾン変異導入系の での応用には 限界があると考えられてきた.しかし次世代シークエン サーが台頭し,その特徴である「DNA1分子ごとに,か つ大量にシークエンシングできる」という性質を利用す ることで,トランスポゾン変異株集団の中からそれぞれ の変異株の変異部位(トランスポゾンの挿入部位)を識 別 し て,相 対 的 な 菌 数 を 一 度 に ま と め て 評 価 す る Transposon insertion sequencingと呼ばれる方法が開

図3Transposon insertion sequencingの 概要

トランスポゾンを用いて目的菌のゲノム中の さまざまな遺伝子に変異を導入した変異株ラ イブラリーを作成する.これを培養し,マウ スに投与して腸内で生育させたのち,次世代 シークエンス解析により各変異株の相対的な 菌数を測定し,投与前のものと比較する.た とえば変異株Aは,培養時の菌数に比べて,

マウス腸内での菌数が減少しているため,変 異株Aで変異している遺伝子は腸内での生存 に寄与する遺伝子であると考えられる.NGS: 

次世代シークエンス解析.

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発され,トランスポゾン変異導入系は一転して での腸内細菌の機能にかかわる遺伝子を同定する強力な ツールとなった(30)(図3.筆者らも前述の 用いたトランスポゾン変異導入系を新たに構築し,ビ フィズス菌の腸内での生存に寄与する遺伝子の同定を進 めている.

遺伝子変異導入法の腸内細菌での応用

これまで解説してきたビフィズス菌の遺伝子変異導入 系は,今のところ形質転換効率の高いビフィズス菌株で の使用に限定されている.ほかのビフィズス菌種・菌株 に応用していくためにはさまざまなハードルがあるが,

最初のハードルである形質転換効率の問題を解決するこ とが大前提である.形質転換効率に最も影響が大きいと 考えられるのは,細菌の外来DNA防御システムとして 働く制限修飾系である.細胞に導入されたベクター DNAが制限系によって分解を受けるため,形質転換効 率が低下してしまう.この問題を回避するためには,目 的の菌株のもつ制限修飾系を明らかにし,自身のDNA の分解を防ぐために用いている修飾系(DNAの塩基を メチル化するメチル化酵素)を利用して,プラスミド DNAを形質転換の前に修飾してしまうという戦略が取 られる.ビフィズス菌では,鈴木らがこの戦略をPAM

(Plasmid artificial modification)と命名し,

基準株の修飾系遺伝子を発現させた大 腸菌に形質転換用のベクターを保持させ,そこから抽出 したベクターを用いることで,実際に同株の形質転換効 率が劇的に上昇することを報告している(31).さらに近 年,1分子リアルタイムシークエンサー PacBio(Pacific  Biosciences of California, Inc.)を用いた細菌ゲノム配列 のシークエンシングにより,修飾系によってメチル化さ れている塩基を網羅的に同定することが可能になってい る(32).この手法を用いることで,修飾系によるメチル化 の標的配列,すなわち修飾系とペアになっている制限系 の認識配列を知ることが可能である.この情報があれ ば,PAM法を用いる,またはベクター上の認識配列を 取り除くことで,制限系による認識を回避することが可 能になるので,形質転換効率の低いビフィズス菌種にも 変異導入系を応用することが可能になると考えられる.

ほかの腸内細菌種に遺伝子変異導入系を応用していく 場合においても,上記の形質転換効率の問題を回避する 戦略はもちろん重要である.そのうえで目的の菌種で複 製可能なシャトルベクターの開発,変異株の選抜が可能 なマーカー遺伝子の確立,効率的な変異株の選抜方法の

策定など,いくつかの課題を解決する必要がある.これ まで細菌の分子遺伝学的な研究では,これらを菌種ごと に解決してきているが,これは非常に時間と労力がかか るため,できるだけ広い菌種範囲で使用できる「versa- tileな変異導入系」の構築を目指すことが今後必要と なってくるだろう.実際に多くの菌種が腸内細菌として 知られている 属では,病原性菌種および物 質生産宿主として使われている菌種での研究で構築され たシステムを基盤として,広範囲の 属で使 用できる変異導入系開発のロードマップが提案されてい る(12).これまで述べてきた技術的な進歩および今後の 戦略の策定により,これまで遺伝子操作が行われていな かった腸内細菌種について,本稿で紹介したような遺伝 子変異導入系を応用できる道が現在拓かれ始めていると いえよう.

おわりに

腸内細菌における遺伝子変異導入系は,その開発に多 大な労力を要するものの,今後の腸内細菌の分子レベル での機能解析には不可欠な技術である.ビフィズス菌に おいて進められたこれらの系の開発が,ほかの腸内細菌 種での手法開発の先駆けとなることは間違いないだろ う.今後さまざまな細菌種で利用できるような “versa- tile” なシステムが開発され,宿主側からだけでなく,

腸内細菌側からの腸内細菌の作用機作の解明が広く進め られることを期待したい.

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プロフィール

吹 谷  智(Satoru FUKIYA)

<略歴>1995年北海道大学農学部農芸化 学科卒業/2001年同学大学院農学研究科 農芸化学専攻博士後期課程修了(博士(農 学))/同年(財)日本バイオインダストリー 協会研究員(協和発酵工業東京研究所)/

2003年(社)北里研究所基礎研究所研究 員/2004年千葉大学大学院薬学研究院研 究員/2005年北海道大学大学院農学研究 科助手,組織改変により同大学大学院農学 研究院助教/2013年同講師,現在に至る

<研究テーマと抱負>腸内細菌の機能およ び宿主との相互作用機構の解明<所属研究 室 ホ ー ム ペ ー ジ>http://lab.agr.hokudai.

ac.jp/biseibutsu/

横 田  篤(Atsushi YOKOTA)

<略歴>1979年北海道大学農学部農芸化 学科卒業/1984年同大学大学院農学研究 科農芸化学専攻博士後期課程修了(農学博 士)/同年味の素(株)入社中央研究所研究 員/1989年北海道大学農学部助手/1996

〜97年オランダフローニンゲン大学博士 研究員/2000年北海道大学大学院農学研 究科教授/2006年同大学大学院農学研究 院 教 授(組 織 変 更)/2013年 農 学 部 評 議 員,農学研究院副研究院長/2015年農学 研究院長・農学院長・農学部長,現在に至 る<研究テーマと抱負>次の2つの領域を 微 生 物 生 理 学 の 視 点 か ら 研 究 し て い る:(1)有用物質発酵生産菌のエネルギー 代謝制御による中枢代謝活性強化に関する 研究,(2)腸内細菌と胆汁酸の相互作用,

特に胆汁酸による腸内細菌叢の制御に関す る研究<趣味>銀塩写真

Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.637

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

Referensi

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本稿では,われわれが進めているショウジョウバエの 体温調節行動の解析から明らかとなった体温を決定する 因子と,さらに最近着目している共生細菌の体温調節へ の影響について,ショウジョウバエをモデルとした共生 細菌研究の概説とともに紹介したい. ショウジョウバエを用いた体温調節行動解析 キイロショウジョウバエ( : 以下単にショウジョウバエとする)は飼育が容易で世代