• Tidak ada hasil yang ditemukan

ショウジョウバエを用いた体温調節行動の解析 - J-Stage

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2023

Membagikan "ショウジョウバエを用いた体温調節行動の解析 - J-Stage"

Copied!
7
0
0

Teks penuh

(1)

体温はさまざまな生命現象に影響を与えるため,生物は自律 性および行動性の体温調節によって生体の恒常性を維持して いる.しかしながら,生物がどのように至適な体温を決定し て い る の か に つ い て 明 確 な 答 え は 出 て い な い.本 稿 で は ショウジョウバエをモデルとした体温調節行動解析から明ら かとなった温度受容体の機能やエネルギー代謝と体温調節と の関連について紹介したい.また,われわれが見いだした共 生細菌と体温調節機構との関連について,近年明らかにされ つつあるショウジョウバエにおける共生細菌の機能と役割に おける知見なども併せて紹介したい.

はじめに

体温はさまざまな生命現象に影響を与える因子であ り,生体の恒常性を保つためには体温の調節および制御 が必要不可欠である.体温調節は大きく自律性体温調節 と行動性体温調節に分けられる.自律性体温調節として は血管の拡張や発汗,筋肉でのふるえ熱産生が挙げら

れ,哺乳類では褐色脂肪組織による非ふるえ熱産生も行 われる.対して行動性体温調節は,自ら至適な温度環境 への移動や着衣などの行動を通じて体温を調節するもの である.高度な自律性体温調節は哺乳類と鳥類にしか見 られないが,行動性体温調節はほぼすべての生物に見ら れ,体が小さく熱を保持できない小型の生物にとっては 極めて重要な体温調節機構である.昆虫などの小型動物 は平常時での体熱の産生能が低く,主に行動性体温調節 に依存していることから外温動物または変温動物と呼ば れる.対して,自律性体温調節機構によって常に一定の 体温に調節を行う動物は恒温動物または内温動物と呼ば れる.

動物の生活史において個体に至適な体温の設定温度を セットポイントと呼ぶ.内温動物と外温動物のいずれも 体温のセットポイントはごく限られた範囲に決められて おり,その温度域でエネルギー代謝や活動が最も活発と なる.体温のセットポイントは動物種や個体間で異なる ことが知られているが,動物がどのようにして体温の セットポイントを決めているのか,またその生活史の各 局面でいかにしてセットポイントを変更しているのか,

いまだに解明されていない謎である.

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

【解説】

Behavioral  Thermoregulation  of  :  Regulation  of  Thermoregulatory System by Thermoreceptors and Commensal  Bacteria

Takuto SUITO, Kohjiro NAGAO, Masato UMEDA, 京都大学大学 院工学研究科合成・生物化学専攻

ショウジョウバエを用いた体温調節行動の解析

温度受容体と共生細菌を介した制御

水藤拓人,長尾耕治郎,梅田眞郷

(2)

本稿では,われわれが進めているショウジョウバエの 体温調節行動の解析から明らかとなった体温を決定する 因子と,さらに最近着目している共生細菌の体温調節へ の影響について,ショウジョウバエをモデルとした共生 細菌研究の概説とともに紹介したい.

ショウジョウバエを用いた体温調節行動解析

キイロショウジョウバエ( : 

以下単にショウジョウバエとする)は飼育が容易で世代 交代が早いといった利点をもつのみならず,ヒト疾患原 因遺伝子の70%以上を保有しており(1)

,各種の分子遺伝

学的解析手法が確立されているモデル生物である.特に GAL4/UASシステムを用いて時空間的に特定の遺伝子 の過剰発現や発現抑制を行うことが可能であること(2)

また膨大な遺伝子改変個体のリソースが利用可能である ことから,これまでに多くの遺伝子の機能の解明がショ ウジョウバエで行われてきた.

体長が2 mmと小さいショウジョウバエは外温動物で あり,自らの体温のセットポイントへの移動や,極度の 高温や低温に対する忌避行動などの行動性体温調節機構 により温度変化に適応している.このためショウジョウ バエ個体の示す温度選好性から体温調節機構の解析を行 うことが可能であり,温度勾配を生成させたプレート上

でのショウジョウバエ個体の動きから温度選好性を評価 する方法がSayeedらによって確立されている(3)(図

1

この選好温度解析を遺伝学的アプローチと組み合わせて 用いることで,これまでに体温調節機構を制御する因子 の同定が進められてきた(図

2

温度を感知する温度受容体の解析は最も進められてお り,温度受容を担う温度感受性ニューロンに存在する数 図1当研究室で用いている体温調節行動解析装置

長方形のアルミ板の両端をペルティエ素子によって冷却または加 熱し,アッセイを行うアガロースゲルプレートに温度勾配を生成 させる(A).プレート上約28 Cの位置にショウジョウバエ3齢幼 虫を置き,20分後における選好温度分布を観測する(B).(文献 14参照).

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

温度は化学反応に影響を与える因子であるため,

生体内の化学反応は環境温度の影響を受けます.ま た,細胞を構成するタンパク質や脂質の構造や機能 も温度変化の影響を受けます.このため生物は,生 命活動を維持するために温度変化に適応する機構を 獲得してきました.鳥類や哺乳類などの恒温動物は 高い熱産生能を持ち,加えて発汗や血管の拡張など を用いて体温を環境温度によらず狭い範囲に制御す る機構を発達させました.一方,昆虫や爬虫類,魚 類などの変温動物は,恒温動物と比べ熱産生能が低 く,体温が環境温度の変化に大きく影響を受けます.

しかし,変温動物にも活動や生存に最適な温度が存 在するため,寒いときは太陽からの放射熱を吸収し たり,暑いときは影に隠れたりすることで体温を調 節しています.このような体温調節を行動性体温調 節と呼び,私たちが服を着たり,エアコンのスイッチ を操作したりするのも行動性体温調節の一つです.

体温調節は私たちがイメージしやすい生理現象で すが,生物がどのように温度を感じその温度に適応

するのか,また体温がどのように決定されるのかな ど,未解明の疑問が多く残されています.これらの 疑問を解明するためにマウスやショウジョウバエ,

線虫といったさまざまなモデル生物を用いた解析が 行われてきました.ショウジョウバエには世代時間 が短い,ゲノム情報が既知である,長年の遺伝学研 究の中でさまざまな表現型を示す変異体が同定され ているなどの利点があることもあり,ショウジョウ バエを用いた研究から新たな温度感知タンパク質が 見つかっています.しかし,このような温度感知タ ンパク質がどのように温度を感知し,体温調節行動 を引き起こしているのかは今後の解明が待たれます.

当研究室では低温を好むショウジョウバエ変異体 atsugariを作出してきました.さらに本稿では宿主の 生理機能に影響を与えることが明らかになってきた 共生細菌がショウジョウバエの体温調節に与える影 響について紹介しています.生物と温度の関係をエ ネルギー代謝や共生細菌,細胞を作る脂質などさま ざまな観点から研究することで,生物の温度との付 き合い方がわかるのではないかと私たちは考えてい ます.

コ ラ ム

(3)

多くの温度受容体が同定されている.この受容体の実体 としてTransient receptor potential(TRP)チャネルが 主に機能していることが明らかにされている.TRP チャネルは哺乳類では6つの(TRPA, TRPC, TRPM,  TRPML, TRPP, TRPV)

,ショウジョウバエではTRPN

を加えた7つのサブファミリーに分けられる6回膜貫通 型のカチオンチャネルであり,温度変化や機械刺激,電 位変化,化学物質刺激の感知にかかわる(4)

.温度感知に

は忌避行動につながる侵害的な温度の感知と温度選好に つながる適温付近での温度の感知の2種類あり,体温調 節行動解析からは主に後者の適温付近での温度感知にか かわる因子の同定が可能となる.

27 Cから41 Cの温度勾配を生成させた装置上の33 C 付近に野生型のショウジョウバエをおいた場合,低温域

(<31 C)に回避する行動が観察される.一方,TRPA1 の欠損体およびGAL4/UASシステムを用いてTRPA1 の発現を神経細胞特異的に抑制したショウジョウバエ3 齢幼虫を用いて体温調節行動解析を行うと,高温に対す る回避行動が喪失し高温側へも移動するようになる(5)

また成虫において18 Cから31.5 Cの温度勾配を生成さ せた装置上での野生型の選好温度は22〜25 C付近であ るが,TRPA1の機能阻害によって高温域(>28 C)を 選好する個体が増加する(6)

.ショウジョウバエTRPA1

は培養細胞を用いた解析から24〜29 C付近で活性化す ること(7)

,さらにTRPA1を発現する神経細胞が25 C付

近で活性化することから,TRPA1が温度感受性ニュー ロンを活性化することで体温調節行動に関与していると 考えられている.一方,TRPCサブファミリーに属する TRPとTRPLが18 C以下の低温感知に関与することが 体温調節行動解析から明らかになっている(8)

また,体温調節行動解析以外の手法を用いた実験から も温度感知を担うTRPチャネルとして侵害的な高温に

対 す る 受 容 体 と し てTRPAフ ァ ミ リ ー のPainless(9)

Pyrexia(10)

低温感知を担うTRPPファミリーのBrv1,  Brv2, Brv3が同定されている(11)

さらに,近年TRP チャネルファミリー以外にも温度受容体である可能性の ある分子として,2つの化学物質受容体GR28b(D)と IR25aが同定されている.GR28b(D)は環境温度の変化 への急性の応答に関与する分子として(12)

,IR25aは温度

による概日周期の制御因子として(13)機能する.これら2 つの化学物質受容体は温度感受性について報告のないタ ンパク質のファミリーに属しており,進化的になぜ温度 感知の機能をもつようになったのか不明である.また,

これらの温度感知にかかわる分子のうちTRPA1および Gr28b(D)は実際に温度変化によってチャネルが活性 化することが示されているが,そのほかのイオンチャネ ルについては直接温度を受容しているのかは不明であ り,ほかの分子と協同して温度感知を担っている可能性 も指摘されている.

このように数多くのイオンチャネルが温度感知を担う 分子として同定されているが,ショウジョウバエの体温 のセットポイントを決定するのはこれらの分子の働きだ けなのであろうか.われわれはショウジョウバエの体温 を決定する因子を探索するため,トランスポゾンである P因子のランダムなゲノム上への挿入により作製した突 然変異体ライブラリーに対し温度選好性の評価を行っ た.われわれが用いた野生型のショウジョウバエは 12 Cから35 Cまでの温度勾配を生成させた装置上にお いて22 Cを選好する.一方で,選好温度が18 Cとなる ような変異体をわれわれは発見し ( )変異 体と命名した(14)

.生化学的な解析の結果,

変異体で は酸素消費量の増加やATP量の増加といったエネル ギー代謝の亢進と細胞内カルシウムイオン濃度の上昇が 観測された.また, 変異体はジストログリカン遺伝 子の低発現変異体であり,ジストログリカンの発現を回 復させることで選好温度が野生型に近づく.膜貫通型の 糖タンパク質であるジストログリカンは細胞外マトリク スと細胞骨格をつなぎとめる役割を果たしており,

変異体ではジストログリカンの発現低下によって細胞膜 の機能が不完全となりカルシウムイオンの細胞内への透 過性が上昇する.われわれは 変異体における細胞内 カルシウムイオン濃度上昇とエネルギー代謝をつなぐ因 子として酸化的リン酸化経路の関与を考えた.そこで酸 化的リン酸化経路の律速酵素であるピルビン酸をアセチ ルCoAへと変換するピルビン酸脱水素酵素の活性を測 定したところ野生型と比較し 変異体において有意に 活性化が見られた.また, 変異体において酸化的リ 図2体温調節行動解析から明らかとなった体温制御因子

温度の感知によって体温調節が行われ,フィードバック制御に よって平衡に達するまでさらに温度の感知と体温調節を行う.こ れまでに温度感知に関与するTRPチャネルファミリーが同定され ている.また,当研究室ではこれまでに ( )遺伝子の 関与を見いだしており,さらに腸内細菌の関与が示唆されている.

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

(4)

ン酸化経路の阻害剤の投与や高濃度の酸素への暴露に よって選好温度が回復した.以上の結果から,ジストロ グリカンの発現低下によって引き起こされる酸化的リン 酸化の亢進が引き金となって低温選好性が誘導されるこ と,またエネルギー代謝の亢進により生ずる酸素濃度の 変動を指標に選好温度を変化させることが明らかとなっ た.これらの知見は,ショウジョウバエが個体内のエネ ルギー代謝の変化に応じて,体温のセットポイントを上 下させていることを示唆している.

われわれはエネルギー代謝を変化させるほかの因子も 体温調節行動に影響を与えるのではないかと考え,第二 のゲノムとして近年注目されている共生細菌に着目し た.

ショウジョウバエと共生細菌

共生細菌はさまざまな物質のやりとりを通じて宿主と の間で共生関係を築き上げている.これらの細菌の多く は腸内に生息する腸内細菌(腸内フローラ)として存在 し,たとえばヒトの場合,約1,000種類,数100兆個の 細菌が腸内に生息している(15)

.これらの腸内細菌のも

つ遺伝子はマイクロバイオーム(microbiome)と呼ば れ,第二のゲノムとして体内でさまざまな機能を果たし ている.近年,宿主の免疫機能の成熟や消化管恒常性,

肥満やがんなどの疾病とのかかわり,さらに神経系への 作用などがその分子機構を含め明らかにされている(16)

詳細はこれまでの本誌における他の論説などを参考にさ れたい(17)

まず,われわれは当研究室で維持している複数のショ ウジョウバエの系統および屋外で採取した個体について 共生細菌種の解析を行った.次世代シーケンサーを用い た16SリボソームRNAの塩基配列解析の結果,

属, 属, 属,

属, 属の細菌を中心とする細菌叢が形 成されていることが明らかとなった.また,菌叢を構成 する細菌種の組成比が系統により大きく異なることを見 いだしている(図

3

.先行研究ではショウジョウバエ

の共生細菌叢は 門と 門に属す

る 属, 属 と 属 の

細菌を含む5〜20種程度によって構成されることが示さ れているが,飼育されている研究室や飼育培地の種

(18, 19)によって共生細菌叢は異なり,また世代を経る

ことでもその構成が変化すること(20)が示されている.

また,屋外で採取したショウジョウバエの細菌叢の解析 も行われており,その場合も食餌や生息環境によって異

なる細菌叢を示すことが明らかにされている(19)

.この

ように共生細菌叢には多様性があるが, 属 と 属の細菌は共通して見いだされている細 菌であり,ショウジョウバエ細菌叢の核となる細菌であ ると考えられている.実際に当研究室の解析においても 過去の報告と構成比は異なるものの主要な細菌は見いだ されており,系統間での多様性も見いだされた.このよ うな細菌叢の多様性の中で実際にどのような生理現象が 共生細菌によって制御されるのだろうか.

共生細菌の宿主に与える影響

ショウジョウバエの分子遺伝学的手法を組み合わせた 研究から,ショウジョウバエにおける共生細菌の機能解 析が進められており,免疫機能(21, 22)

,生育,寿命

(23)や エネルギー代謝さらには交尾の嗜好性(24)などが影響を 受けることが見いだされている(図

4

.これらのうち,

生育とエネルギー代謝についての研究を紹介したい.

栄養制限条件下では通常飼育状態と比較して,無菌化 により顕著に生育が抑制されることが知られていた.

Shinらは栄養制限条件下における無菌個体の生育抑制

が共生細菌である の投与によって

回復することを見いだした(25)

.この表現型に影響を与

える細菌側の遺伝子を明らかにするために,

のランダムな遺伝子破壊株を作製し無菌個体へ投 与しても宿主の生育を回復させない株が探索され,

のピロロキノリンキノン依存的アルコール脱 図3ショウジョウバエ細菌叢

主要な5細菌の相対組成比をグレースケールで示す.縦軸は細菌 の分類名.横軸は解析した系統名を示している.いずれもショウ ジョウバエ3齢幼虫における共生細菌叢を次世代シーケンサーを 用い解析したものである.先行研究は文献18における組成比を参 考にした.

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

(5)

水素酵素(PQQ-ADH)遺伝子が宿主の生育に影響を与 えていることが見いだされた.また, によ る生育抑制の回復に関与する宿主側の遺伝子を同定する ために,ショウジョウバエにおいて生育を制御するイン スリン/インスリン様成長因子のシグナル経路(IIS)

の関与が検証された.IISの機能を抑制したショウジョ ウバエ個体へ野生型の を投与しても宿主の 生育は回復しないが,インスリン様ペプチドを過剰発現 させたショウジョウバエにPQQ-ADH欠損株を投与した 場合には生育が回復することが示された.これらの結果 から はPQQ-ADH活性を介して宿主のイン スリンシグナル依存的に,個体の成長に影響を与えるこ とが明らかにされた.PQQ-ADHは におい て酢酸の生合成に寄与する酵素である.そこで無菌個体 への酢酸の投与が試みられたが生育は回復しなかった.

しかし, のPQQ-ADH遺伝子破壊株と酢酸 を同時に投与したところ無菌個体の生育が回復すること が示された.このためIIS経路の活性化にはPQQ-ADH 依存的に産生される酢酸以外にも,PQQ-ADH非依存的 な酢酸代謝が必要と考えられている(25)

また,ショウジョウバエの共生細菌は宿主への糖の供 給量を増やし,宿主の貯蔵脂質であるトリアシルグリセ ロール量を減少させることが明らかとなっている(26)

このうちトリアシルグリセロール量の制御には無菌個体 に対する網羅的な細菌投与の実験から 属の 細菌の寄与が大きいことが示されている(27)

.さらに主

要な 属および 属のさまざまな

組み合わせでの無菌個体への投与実験から,

と の組み合わせが宿主のトリアシルグリセ ロールを最も減少させることが示され(28)

,さまざまな

細菌が協同して宿主のエネルギー代謝を制御していると 考えられる.しかしながら,TOR経路やIIS経路を介し

て行われている可能性が指摘されてはいるものの,これ らの宿主のエネルギー代謝の制御がどのようなシグナル を介して行われているのかいまだ不明である.

このようにショウジョウバエにおいても生育や物質・

エネルギー代謝などの生命現象に共生細菌が関与するこ とが報告されてきた.そこで共生細菌の体温調節機構に 与える影響を観察するため無菌個体を作製し選好温度を 調べたところ,通常飼育状態と比較し高温選択的となる ことを見いだした(図

5

.また無菌飼育個体への共生

細菌の添加により,選好温度が低温側に回復した.ま た,この解析によって見いだされた選好温度変化は細菌 の存在によって低温選択性になることから,一般的な細 菌の感染に対する免疫応答である発熱とは異なる生理現 象であると考えられる.いまだ詳細な機構は不明である が,近年の研究から共生細菌代謝産物が宿主の痛覚神経 に作用し行動や生理機能を制御することが明らかとされ ており(29)

,共生細菌が作り出す分子が宿主のエネル

ギー代謝や体温調節行動を制御する因子へ作用している のかもしれない.

図5共生細菌による体温調節制御

共生細菌を排除した無菌飼育によって選好温度が変化し高温選好 性を示す.

図4共生細菌による宿主生理機構の制御 ショウジョウバエ共生細菌は主に 属と

属の細菌によって構成される.これら の共生細菌はショウジョウバエ幼虫において生育を 促進することが見いだされており,成虫においても トリアシルグリセロール量などのエネルギー代謝の 制御を行う.また,寿命や交尾の嗜好性への関与も 指摘されている.

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

(6)

おわりに

体温調節は生物にとって最も重要な生理機能の一つで ありながら解明されていない問題の多い分野である.近 年ショウジョウバエにおける研究を通して,温度受容体 の同定以外にも温度感受性ニューロンの神経接続(30, 31) などに関する報告がなされており,また例に示した概日 周期などさまざまな生理現象が温度感知や体温調節を通 して制御されている可能性が示されている.

本稿では体温調節機能を制御する新たな因子として共 生細菌に着目した.微生物の遺伝学者としてノーベル生 理・医学賞を受賞したLederbergは2000年に宿主と共生 生物はゲノムを一つにした超有機体(superorganism)

として考えるべきであるという説を提唱した(32)

.われ

われが見いだした,共生細菌が体温調節機構に影響を与 えるという現象から,共生細菌がもたらす新たな宿主へ の作用が解明できるのではないかと期待している.ショ ウジョウバエはこれまでにモデル生物として分子遺伝学 研究に大きく貢献してきた.また従来からの分子遺伝学 的な利点に加え無菌動物の作製の容易さと共生細菌叢の 単純さから,宿主‒共生細菌関係の解析における良い実 験モデルとして,生物学の従来の概念を超えた共生細菌 と宿主を合わせた超有機体の生物学にも大きな成果をも たらすと期待される.

文献

  1)  E. Bier:  , 6, 9 (2005).

  2)  A. H. Brand & N. Perrimon:  , 118, 401 (1993).

  3)  O. Sayeed & S. Benzer:  , 93,  6079 (1996).

  4)  K.  Venkatachalam  &  C.  Montell:  ,  76, 387 (2007).

  5)  M.  Rosenzweig,  K.  M.  Brennan,  T.  D.  Tayler,  P.  O. 

Phelps, A. Patapoutian & P. A. Garrity:  , 19,  419 (2005).

  6)  F. N. Hamada, M. Rosenzweig, K. Kang, S. R. Pulver, A. 

Ghezzi,  T.  J.  Jegla  &  P.  A.  Garrity:  , 454,  217  (2008).

  7)  V. Viswanath, G. M. Story, A. M. Peier, M. J. Petrus, V. 

M. Lee, S. W. Hwang, A. Patapoutian & T. Jegla:  ,  423, 822 (2003).

  8)  M.  Rosenzweig,  K.  Kang  &  P.  A.  Garrity: 

105, 14668 (2008).

  9)  W. D. Tracey Jr., R. I. Wilson, G. Laurent & S. Benzer: 

113, 261 (2003).

10)  Y.  Lee,  Y.  Lee,  J.  Lee,  S.  Bang,  S.  Hyun,  J.  Kang,  S.  T. 

Hong, E. Bae, B. K. Kaang & J. Kim:  , 37, 305  (2005).

11)  M. Gallio, T. A. Ofstad, L. J. Macpherson, J. W. Wang & 

C. S. Zuker:  , 144, 614 (2011).

12)  L. Ni, P. Bronk, E. C. Chang, A. M. Lowell, J. O. Flam, V. 

C. Panzano, D. L. Theobald, L. C. Griffith & P. A. Garrity: 

500, 580 (2013).

13)  C. Chen, E. Buhl, M. Xu, V. Croset, J. S. Rees, K. S. Lilley,  R. Benton, J. J. Hodge & R. Stanewsky:  , 527, 516  (2015).

14)  K.  Takeuchi,  Y.  Nakano,  U.  Kato,  M.  Kaneda,  M.  Aizu,  W. Awano, S. Yonemura, S. Kiyonaka, Y. Mori, D. Yama- moto  :  , 323, 1740 (2009).

15)  R. E. Ley, D. A. Peterson & J. I. Gordon:  , 124, 837  (2006).

16)  M. McFall-Ngai, M. G. Hadfield, T. C. Bosch, H. V. Carey,  T. Domazet-Loso, A. E. Douglas, N. Dubilier, G. Eberl, T. 

Fukami, S. F. Gilbert  :  , 

110, 3229 (2013).

17)  木村郁夫:化学と生物,53, 202 (2015).

18)  C. N. Wong, P. Ng & A. E. Douglas:  ,  13, 1889 (2011).

19)  J. A. Chandler, J. M. Lang, S. Bhatnagar, J. A. Eisen & A. 

Kopp:  , 7, e1002272 (2011).

20)  A. C. Wong, J. M. Chaston & A. E. Douglas:  , 7,  1922 (2013).

21)  L. Guo, J. Karpac, S. L. Tran & H. Jasper:  , 156, 109  (2014).

22)  K. A. Lee, S. H. Kim, E. K. Kim, E. M. Ha, H. You, B. Kim,  M. J. Kim, Y. Kwon, J. H. Ryu & W. J. Lee:  , 153, 797  (2013).

23)  T. Brummel, A. Ching, L. Seroude, A. F. Simon & S. Ben- zer:  , 101, 12974 (2004).

24)  G.  Sharon,  D.  Segal,  J.  M.  Ringo,  A.  Hefetz,  I.  Zilber- Rosenberg & E. Rosenberg:  ,  107, 20051 (2010).

25)  S. C. Shin, S. H. Kim, H. You, B. Kim, A. C. Kim, K. A. 

Lee, J. H. Yoon, J. H. Ryu & W. J. Lee:  , 334, 670  (2011).

26)  E. V. Ridley, A. C. Wong, S. Westmiller & A. E. Douglas: 

7, e36765 (2012).

27)  J. M. Chaston, P. D. Newell & A. E. Douglas:  , 5, 14  (2014).

28)  P. D. Newell & A. E. Douglas:  ,  80, 788 (2014).

29)  I.  M.  Chiu,  B.  A.  Heesters,  N.  Ghasemlou,  C.  A.  Von  Hehn,  F.  Zhao,  J.  Tran,  B.  Wainger,  A.  Strominger,  S. 

Muralidharan, A. R. Horswill  :  , 501, 52 (2013).

30)  W.  W.  Liu,  O.  Mazor  &  R.  I.  Wilson:  , 519,  353  (2015).

31)  D. D. Frank, G. C. Jouandet, P. J. Kearney, L. J. Macpher- son & M. Gallio:  , 519, 358 (2015).

32)  J. Lederberg:  , 288, 287 (2000).

プロフィール

水藤 拓人(Takuto SUITO)

<略歴>2013年京都大学工学部工業化学 科卒業/2015年同大学大学院工学研究科 修士課程修了/同大学大学院工学研究科博 士後期課程在籍中<研究テーマと抱負>生 物の温度適応の分子生物学<趣味>京都散 策,日本酒

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

(7)

長尾 耕治郎(Kohjiro NAGAO)

<略歴>2005年島根大学生物資源科学部 生命工学科卒業/2010年京都大学大学院 農学研究科博士課程修了/2010年同大学 物質‒細胞統合システム拠点研究員/2012 年徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス 研究部助教/2014年京都大学大学院工学 研究科助教,現在に至る<研究テーマと抱 負>生体膜の構築や維持にかかわる輸送体 や酵素の機能を分子レベルおよび個体レベ ルで解析することにより,膜で起こる生命 現象の機序解明を目指しています<趣味>

旅行,園芸

梅田 眞郷(Masato UMEDA)

<略歴>1978年東京大学薬学部薬学科卒 業/1983年同大学大学院薬学系研究科博 士課程修了/1984年米国ベイラー医科大 学内科博士研究員/1986年東京大学薬学 部助手/1994年東京都衛生局副参事,東 京都臨床医学総合研究所炎症研究部門長/

2003年京都大学化学研究所教授/2010年  同大学大学院工学研究科教授,現在に至る

<研究テーマと抱負>生物界の様々な階層 で起こる生命現象を分子と化学の言葉で理 解し,さらに分子機能を改変した生物個体 を作出・解析することにより,生命現象の 本質に迫りたいと考えています<趣味>釣 り,自転車,太極拳<所属研究室ホーム ペ ー ジ>http://www.sbchem.kyoto-u.

ac.jp/umeda-lab/

Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.803

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

Referensi

Dokumen terkait

2, 2015 プレニルフラボノイドの生体利用性 プレニル化は体内滞留時間を延長させて , 組織への蓄積を高める プレニルフラボノイドは,フラボノイドの基本骨格で あるdiphenylpropaneに一つ以上のC5 isoprene dimeth- ylallyl unitsが結合した構造を有する一連の化合物群 である.

ACE阻害ペプチドによるACE阻害 奇異な項目題であるが,これまでのACE阻害性評価は いずれも での結果であり,Foltzら10も痛烈に 指摘しているように での作用発現を知ることは 血圧低下作用を示す物質の生体内での作用機序を知るう えで極めて重要である.表2は血圧低下ペプチドを高血 表1■主な降圧剤と血圧低下作用を有する特定保健用食品 降圧剤 特定保健用食品

うホルモン分泌の異常,あるいは夜間のエネルギー摂取 の増加のためではないかと推察されている.また血中ト リグリセライド値,HDL値,肥満を指標にしたシフト ワークに関する大規模な疫学調査が行われている(2).こ れらいずれの指標もシフトワーカーにおいて増加してお り,さらにはこれら3つの指標のうち2つ以上において 高値を示す患者数は男女ともにシフトワーカーにおいて

知られている.また,反転型酵素では,基質との複合体 の立体構造が決定されているにもかかわらず,活性中心 (特に一般塩基触媒残基)がはっきりと特定されていな いものが多い(GH48など).特に,GH55とGH95では, 一般塩基触媒にあたる場所にはアミド基をもつ残基 (AsnまたはGln)しか存在しないことが問題とされて きた24,

ティクス」とする概念が2003年にClancyにより提唱さ れた(4)ことからも,乳酸菌の免疫調節作用に対する期待 の高さが伺える.実際に,乳酸菌のもつ免疫調節作用の 探索が各研究機関で精力的に行なわれ,乳酸菌の摂取が NK細胞の活性化,抗体産生の増強,サイトカイン産生 の制御といった様々な作用を介して,各種の免疫疾患や

すべての多細胞生物は,共生微生物とともに存在して いる.たとえば,我々ヒトは,2 kgもの微生物と暮ら しているといわれている.そのほとんどが腸内微生物で あるが,その数は,全身を構成する細胞の10倍,遺伝 子の数としてはヒトゲノムの100倍,代謝機能としては 一人分の肝臓に匹敵すると試算されている.そして, 様々な代謝物を産生することで,宿主と共生関係を形成

【解説】 麹菌は伝統的な醸造産業だけでなく,酵素生産などバイオテ クノロジー分野にも幅広く利用されている.近年,ゲノム情 報が容易に入手できるようになり,相同組換え効率が向上し た変異株を用いた遺伝子ターゲティングなどの技術が開発さ れたことから,染色体レベルでの操作が可能になり,育種研 究のスピードアップが期待されている.ここでは,われわれ

1, 2015 温暖化による開花時期の短縮 温暖化と開花 地球温暖化問題が指摘されて久しいが,日本において も昨今の猛暑や北日本における豪雪など,身をもって何 らかの気候の変化を感じることが多くなってきた.気候 変動に関する政府間パネル(IPCC)によると,高濃度 の温室効果ガスの排出が続くと21世紀末には地球の平 均気温は最高で約4.8