【解説】
ヒトも含め地球上に存在する多くの生物は,いわゆる「お日 様に従った生き方」をするために体内時計を有しており,そ の た め 多 く の 生 理 機 能 は 概 日 リ ズ ム(サ ー カ デ ィ ア ン リ ズ ム)を示す.しかしながらグローバリズムが席巻する現代,
効率重視の昼夜交代勤務(シフトワーク),東西飛行(時差 ぼけ)などにより,このサーカディアンリズムに大きな負荷 が課されている.多くの疫学研究により不規則な生活が生活 習 慣 病 の 発 症 に つ な が っ て い る こ と,そ し て 基 礎 研 究 に よ り,そのメカニズムとしてサーカディアンリズムの形成因子 である時計遺伝子の機能異常が明らかにされてきた.ここで は時計遺伝子ならびにその関連因子のノックアウトマウスの 解析をもとに体内時計と疾患との関係について考察したい.
背景
生体リズムのなかでも約24時間周期で自立振動する 概日リズム(サーカディアンリズム)は,動物の睡眠・
覚醒をはじめ,生物に広く見られる24時間周期のリズ ミックな生体機能の発現に必要であるとともに,明暗サ イクルや温度変化などの地球環境の周期的変動のなかで
生体が恒常性を維持するために極めて重要な役割を果た す.事実,現在の地球上に生息するほぼすべての生物は サーカディアンリズム機能をもち,特に地理的な移動が 制限されている植物などにおいて時計機構がよく発達し ている.これらの事実は,長い生物史のなかでサーカ ディアンリズム機能を維持することが,地球上での生存 においていかに有利に働いていたのか,あるいは種の繁 栄にいかに重要であったかを如実に物語っている.しか しながらグローバリズムが席巻する現代,効率重視の昼 夜交代勤務(シフトワーク)
,東西飛行(時差ぼけ)な
どにより,このサーカディアンリズムに大きな負荷が課 されている.わが国におけるシフトワークとメタボリッ クシンドロームに関する大規模疫学調査が2006年にま とめられ,その結果においてもシフトワークによる肥満 者数の増加ならびに虚血性心疾患による死亡のリスク増 大が示されている(1) (図1
).興味深いことに,昼夜交代
勤務ではなく,夜間に固定して勤務する限りではこのよ うな虚血性心疾患による死亡リスクの有意な増加は認め られない.シフトワークによるメタボリックシンドロー ム発症リスクの増加のメカニズムは明らかではないが,シフトワークによるサーカディアンリズムのかく乱に伴
時計遺伝子による代謝調節と疾患
榛葉繁紀
Regulation of Metabolism by Clock Genes Shigeki SHIMBA, 日本大学薬学部薬学科
うホルモン分泌の異常,あるいは夜間のエネルギー摂取 の増加のためではないかと推察されている.また血中ト リグリセライド値,HDL値,肥満を指標にしたシフト ワークに関する大規模な疫学調査が行われている(2)
.こ
れらいずれの指標もシフトワーカーにおいて増加してお り,さらにはこれら3つの指標のうち2つ以上において 高値を示す患者数は男女ともにシフトワーカーにおいて 有意に多い(2).またシフトワークと疾患との関係はメタ
ボリックシンドロームに限らず,勤務年数が長い女性看 護師に乳がんが多いこと,そして男性のシフトワーカー に前立腺がんが多いことなどから発がんとの関連も疑わ れている(3).さらには東日本大震災後,被災地では多く
の方が睡眠不足に陥っていることが日本睡眠学会などの 調査により明らかにされている.またこのような不規則 な睡眠がインスリン分泌を低下させ糖尿病のリスクを増 加することが報告された(4).したがってサーカディアン
リズムの異常は,メタボリックシンドローム発症やがん などの生活習慣病の要因の一つであることは明確であ り,その理解と対応は急務である.体内時計
サーカディアンリズムは複数の時計遺伝子の相互作用 により転写レベルで調節される.その中心にあるのが サーカディアンリズムを細胞レベルにおいて調節してい るのは転写因子であるBMAL1ならびにCLOCKを中心 とした転写のコアループである(図
2
).核内において
BMAL1とCLOCKはヘテロダイマーを形成し,これが DNA上のE-box配列に結合することで,Perならびに Cryなどの時計遺伝子,さらには多くのホルモン・サイ トカイン類あるいは酵素などの非時計遺伝子群の発現を 調節する.翻訳されたPERタンパク質およびCRYタンパク質はPER/CRYヘテロダイマーを形成して核内へと 移行し,BMAL1/CLOCKによる転写活性を抑制する.
このネガティブフィードバック機構が24時間周期で遂 行されることにより生体は日内リズムを刻む.これらの 分子時計システムは中枢の視交叉上核のみならず全身の ほぼすべての末梢組織でも存在しており,それらは自律 的に活性を有するとともに視交叉上核における分子時計 システムの指令を受けて協調的に作用することにより全 身のサーカディアンリズムが保たれる.
BMAL1による代謝調節
ヒト末梢単核球中におけるBmal1の発現量は肥満に 伴い増加する(5)
.その一方でメタボリックシンドローム
患者の内蔵脂肪組織におけるBMAL1の機能低下が示さ れている(6).またSNP解析から高血圧やII型糖尿病と
の関連が示されている(7).これらの結果はヒトBMAL1
が脂質代謝に関与していること,そしてその機能異常が 疾病の発症へとつながることを示唆している.細胞レベ ルで見るならば,Bmal1の発現は脂肪細胞分化に伴い上 昇し,脂肪細胞分化の亢進ならびに成熟脂肪細胞の機能 制御を司ることが報告されている(8).またChIP on chip
法によりBMAL1の標的遺伝子の多くが,代謝に関連す る遺伝子であることが示された(9).さらには多くの代謝
産物量がBMAL1依存的に変動することがメタボローム 解析により明らかにされ,BMAL1による広範囲にわ たった代謝制御が示されている(10).これらの結果を裏
づけるようにBmal1ノックアウト (KO) マウスは通常 食飼育時においても脂質代謝異常を示し,高脂肪食負荷 によりその程度は増悪する(11).Bmal1 KOマウスの呼
吸商を測定してみると,コントロールマウスよりも1日 図1■勤務形態と冠動脈疾患による死亡リスクの関係(1)図2■サーカディアンリズムの分子機構
を通じて高い値を示し,炭水化物をエネルギー源として 好んで使用していることがわかる.これは同時にエネル ギー源としての脂質の利用が低下していることを示唆し ている.事実,Bmal1 KOマウスは脂肪細胞が未成熟の ため,高脂肪食負荷時において過剰な脂質を脂肪組織内 に蓄積することができず,循環脂質量の増加ならびに過 剰な皮脂分泌を示す(11) (図
3
).また血液中の過剰な脂
質は肝臓や骨格筋に流入し,異所性脂肪の蓄積を生じる(図
4
).このような高脂肪食負荷による異所性脂肪の蓄
積は肝臓特異的Bmal1 KOマウスの肝臓ならびに骨格筋 特異的Bmal1 KOマウスの骨格筋においては認められ ず,循環脂質量の増加に依存していることが予想される.
Bmal1 KOマウスは顕著な血糖値の上昇を示すが,こ れは血中インスリン量の低下に起因している(11, 12)
.全
身性Bmal1 KOマウスの膵臓中におけるインスリン量は むしろコントロールマウスよりも多いが,その一方でイ ンスリン分泌促進剤を投与しても血中インスリン量は増 加しない.また全身性Bmal1 KOマウスならびに膵臓特 異的Bmal1 KOマウスは,膵β
細胞の数ならびに大き さのいずれもが低下している.すなわちBMAL1は膵臓 におけるインスリン分泌の制御を通じて血糖値をコント ロールしている.CLOCKによる代謝調節
BMAL1と二量体を形成するCLOCKに関しては,KO マウスならびに異なった遺伝背景をもついくつかの変異 マウスが単離されており,それらを用いた検討がなされ ている(13〜15)
.Clock KOマウスのメタボローム解析か
らCLOCKが脂質代謝を含む多くの代謝経路の制御に関 与することが示された(13).またC57BLバックグラウン
ドをもつ 変異マウスは,野生型に比較して日内リ ズムに異常を示し,エネルギー摂取量(摂食量)が高 く,その結果,肥満状態を示す(14).さらには生後7, 8
カ月において血中トリグリセリド値,コレステロール値 ならびにグルコース値の緩やかな増加を示す(14).一方
ICRバックグラウンドをもつ 変異マウスでは正常 図3■ 遺伝子欠損による脂 質異常症の発症コントロールマウスならびに全身性 Bmal1欠損 (−/−) マウスを通常食 あるいは高脂肪食を用いて飼育した 後,血 液 中 の 脂 質 量 を 測 定 し た.
(A) トリグリセリド.(B) 遊離脂肪 酸.(C) 総 コ レ ス テ ロ ー ル.(D)
LDL-コレステロール/HDL-コレステ ロール比.
図4■ 遺伝子欠損による異所性脂肪蓄積のメカニズム
なコレステロール値ならびにグルコース値を示し,高脂 肪食負荷に対しても抵抗性を示す(15)
.これは主に腸管
からの脂肪の吸収がCLOCKにより制御されているため である.このように 遺伝子に関しては,そのマウ スの遺伝背景により代謝調節への関与が異なる.した がって時計遺伝子と代謝活性とを結ぶ別の調節因子の存 在が考えられる.PER2による代謝調節
PER2は,その遺伝子の変異あるいは欠損が睡眠障害 や発がんと強く関係することが知られており,時計遺伝 子のなかでも,最も疾病との関係が示されているもので ある.およそ400人を超す肥満者の遺伝子を解析したと ころPer2ポリモルフィズムrs2304672C
>Gならびに
rs4663302C>
Tと腹部脂肪の蓄積との間に強い相関が 示された(16).これは脂肪組織における代謝異常も原因
の一つではあろうが,食事療法からの脱落や食生活が乱 れているなど,精神的要因が大きく反映している.一方 で,マウスモデルにおいては,PER2とPPARγ
2との相 互作用を示す結果が発表されている(17).PER2はPPAR γ2に結合し,その転写活性を抑制する.PPARγ
2のAB
ドメイン中のS112のリン酸化はPPARγ
2の活性を抑制
するが,PER2はこのリン酸化S112部位に結合する.た
だし,この部位のリン酸化状態に対しては影響を与えな
い.PER2のS112への結合によりPPARγ
2は標的遺伝子
プロモーター上への結合活性を失う.またPer2 KOマ
ウ ス よ り 調 製 し たmouse embryonic fibroblast cells
(MEF) は野生型MEFよりも脂肪細胞分化能が高い.
このPer2 KO MEFの高い分化能はPER2の過剰発現に より消失するが,PPAR
γ
2との相互作用領域を欠いた PER2変異体の過剰発現は分化能に影響を与えない.し たがってPER2とPPARγ
2との相互作用は,脂肪細胞分 化に対して強い影響を与えると言える.興味深いことに PPARγ
2とPER2の相互作用は,上記のメカニズムによ りPPARγ
2標的遺伝子の発現を抑制するが,褐色脂肪細 胞において高い発現を示す脱共役タンパク質Ucp1や極 長鎖脂肪酸延長酵素の一つであるElovl3遺伝子発現を 白色脂肪細胞において強く誘導する.これはPPARγ
2が PER2と の 結 合 に よ りUcp1やElovl3な ど の プ ロ モ ー ター上にリクルートされるためである.ただし褐色脂肪 細胞中ではこのような現象は起こらず,PER2の白色脂 肪細胞特異的な作用である.そしてその結果起こる Elovl3の発現増加は,極長鎖飽和脂肪酸ならびに極長鎖 モノ不飽和脂肪酸量の上昇を招く.このような脂肪酸組成の変化は,全身のエネルギー代謝に対して大きな影響 を与えることが予想される.
PER2はPPAR
γ
2だけではなく,PPARα
とも相互作用 を示す(18).PPAR α は 遺伝子のプロモーター領
域に存在するPPREに直接結合し,その遺伝子発現に影
響を与えるが,その際PER2がコアクチベーターとして
作用する(18).このようにPER2は,PPAR γ2に対しては
抑制的に,そしてPPARα
に対しては促進的に作用す
る.このPPARファミリーに対するPER2の作用の多様
性に関して詳細なメカニズムは明らかにされていない
が,脂質の合成ならびに燃焼が時計遺伝子と核内受容体
の相互作用を介して制御されていることを示している.
α
に対しては促進的に作用す る.このPPARファミリーに対するPER2の作用の多様 性に関して詳細なメカニズムは明らかにされていない が,脂質の合成ならびに燃焼が時計遺伝子と核内受容体 の相互作用を介して制御されていることを示している.CRYによる代謝調節
変異型CRYを過剰発現させたトランスジェニックマ ウスの表現型が報告され,血糖値の著しい上昇が示され た(19)
.インスリン耐性試験において変異型CRY過剰発
現マウスは,コントロールマウスとほぼ同程度のインス リン感受性を示したが,耐糖能試験において著しいスコ アの悪化を示した.このことは,CRYが膵臓における インスリン分泌を制御していることを示唆している.ま たCRYは肝臓においてGタンパク質共役型受容体に結 合して活性を抑制する(20).その結果,細胞内cAMP量
が減少し,糖新生を司る酵素の遺伝子発現が抑制されて 血糖値の低下が起こる.副腎においてCRYは,3β
水酸 化ステロイド脱水素酵素の発現調節を介してアルドステ ロン産生を抑制しており,この制御は正常な血圧の維持 に関与している(21).
またCRYはグルココルチコイド受容体と結合してそ の転写活性に影響を与える(22)
.グルココルチコイド受
容体の合成リガンドは抗炎症作用を示すが,その一方 で,高血糖症やインスリン抵抗性を引き起こす.した がってCRY活性は,これら疾患に対する創薬のター ゲットになりうるであろう.REV-REBファミリーによる脂質代謝調節
BMAL1/CLOCKにより誘導される核内受容体の一つ にREV-ERB
α
およびβ
がある.これらの因子はヘム をリガンドとし(23),
遺伝子の発現を強く抑制す る転写抑制因子である.またREV-ERBα
あるいはβ
のいずれか一方を欠損しても概日リズムに大きな影響を 与えないが,両因子を欠損することにより概日リズムを 失い,さらに多くの代謝関連因子の発現に影響を与える(24)
.Rev-erb α KOマウスの代謝に関する表現型は,
Bmal1 KOマウスにおけるそれと類似点を示す(25)
.た
とえばRev-erbα
KOマウスにおける高トリグリセリド 血症もその一つである(25).またシストローム解析から,
BMAL1とREV-ERBファミリーが,多くの共通した遺 伝子を認識すること,そしてそれら遺伝子の多くは代謝 制御に関係したものであることが示された(26)
.すなわ
ちBMAL1の機能の一部が,REV-ERBα
/β
を介して発 現している,あるいはREV-ERBα
/β
と重複しているこ とが予想される.Rev-erbα
KOマウスおよび肝臓特異 的Rev-erbα
トランスジェニックマウスを用いた解析か ら,REV-ERBα
がInsig2aの発現を抑制し,その結果,SREBP-1のゴルジへの輸送を促すことが明らかにされ た(27)
.またRev-erb α KOマウスは高コレステロール血
症ならびに胆嚢において胆汁酸含量の低下を示す.これ
らはそれぞれLDLレセプターならびにCyp7a1の発現減
少に起因すると考えられている(27).
Rev-erb
α
KOマウスの骨格筋においてミオシン重鎖 の発現変量に伴い,遅筋の割合が増加している(28).骨
格筋における速筋から遅筋への組成変化は運動耐容能の 向上や脂肪酸のβ
酸化の亢進を引き起こすことから,REV-ERB
α
は骨格筋においてエネルギー代謝の制御を 介してメタボリックシンドロームの発症に関与している 可能性がある.AMP-activated protein kinase (AMPK) と サ ー カディアンリズム
細胞のエネルギー状態に応じて,糖・脂質代謝の活性 は変動するが,その調節において中心的な役割を果たし て い る の がAMPKで あ る.AMPKは 文 字 ど お り,
AMPにより活性化される.たとえば脳におけるAMPK は,血糖値の低下,すなわちATP産生の低下の結果起 こるAMP/ATP比の上昇により活性化され,摂食ホル モンの発現を促す.また骨格筋においては,運動に伴う ATP量の減少により活性化され,グルコース輸送タン パク質4の細胞膜への移行を促す.
AMPKの標的タンパク質の一つとしてアセチルCoA カルボキシラーゼ (ACC) が挙げられる.AMPKは,
この酵素をリン酸化することにより細胞内におけるマロ ニルCoA量を減少させ,結果として長鎖脂肪酸のミト コンドリアへの輸送,すなわち脂肪酸酸化を促す.ま た,脂肪酸合成酵素やSREBP-1cの発現抑制などを介し て,脂肪酸合成に対して抑制的に作用する.
AMPKは,
α
,β
, ならびにγ
のサブユニットからなる 三量体タンパク質である.各サブユニットにはアイソフォーム (
α
1&2,β
1&2,γ
1‒3) が存在し,さまざまな組 み合せをとることができる.AMPKの活性自身は,個 体レベル(視床下部)において明期に低く,暗期に高い サーカディアンリズムを示す(29).また細胞レベルにお
いても,forskolinによる同調によりAMPK活性ならび に標的タンパク質であるACCリン酸化のいずれもが周 期的な変動を示す.興味深いことにAMPKα
1/2ダブ ルKOマウスから調製した繊維芽細胞では,Bmal1や Per2の周期的な発現が消失していた.個体レベルで見 る な ら ば,AMPKα
1 KOマ ウ ス な ら び にAMPKα
2 KOマウスのいずれも行動のサーカディアンリズムは保 持しているが,恒暗条件下においてAMPKα
1 KOマウ スの活動のサーカディアンリズムは短くなり,AMPKα
2 KOマウスではやや延長する傾向にあった.また AMPKα
1 KOマウスでは,酸素消費量や呼吸商に有意 な変化は見られないものの体温の日内変動は消失してい た.一方,AMPKα
2 KOマウスではこのような変化は 認められなかった.AMPKα
1は脂肪組織に多く発現す るが,心臓や骨格筋における発現量は少ない.それに対 してAMPKα
2は心臓や骨格筋において多く発現し,脂 肪組織における発現は少ない.これらアイソフォームの 発現における組織特異性を反映するように,Bmal1や Clockなどの発現は,AMPKα
1 KOマウス脂肪組織な らびにAMPKα
2 KOマウスの心臓ならびに骨格筋にお いて変化が認められた.これらに加え,Cry1がAMPK により直接リン酸化されることが報告され,AMPKを 介したサーカディアンリズムと代謝調節との関連が示唆 されている(30).
NAD(P)/NAD(P)Hバランスによる代謝制御 NAD(P)Hは細胞内においてさまざまな代謝反応の補 酵 素 と し て 働 く.NAD(P)HはBMAL1/CLOCKの DNA結合活性を上昇させ,その結果,これらの転写活 化能を上昇させる(31)
.一方,近年,NAD依存的脱アセ
チル化酵素SIRT1がBAML1を脱アセチル化し,その転 写活性化能を低下させることが明らかになった(32).組
織内においてNAD量は二相性の変化を示し,その調節 はNAD合成系の律速酵素である nicotinamide phospho- ribosyltransferasae (NAMPT) によって行われる.ま たNAMPT自身の転写はBMAL1により制御されている ことからBMAL1/NAMPT/NAD/SIRT1の間でフィー ドバックループが形成されている(33).細胞内のNAD
(P)/NAD(P)Hバランスと時計遺伝子との間には密接な 関係があり,時計遺伝子による新たな代謝調節機構とし
て注目されている.
時計遺伝子によるマクロファージ機能の制御 時計遺伝子は自然免疫の調節にも大きく関与してい る.マクロファージから分泌されるサイトカイン・ケモ カイン量には日内変動が認められることから,マクロ ファージ機能の一部が時計遺伝子により制御されている ことが考えられる.そこでわれわれはマクロファージに おける時計遺伝子ならびにサイトカイン・ケモカイン類 の発現を解析した(34)
.マクロファージにおいてもほか
の組織と同様にBmal1をはじめとする時計遺伝子の発 現は顕著な日内変動を示した.また検討したサイトカイ ン・ケモカイン類のうちMCP-1の発現は明確なサーカ ディアンリズムを示した.MCP-1遺伝子プロモーター 上にはBMAL1/CLOCK結合配列は存在しない.そこで MCP-1の発現制御に深く関与するNF-κ
Bの活性制御に おけるBMAL1の関与を検討した.その結果,BMAL1 はNF-κ
Bの発現量を変えることなく,その活性を調節 することが明らかとなった.NF-κ
Bは多くの生体反応 に関与する因子であり,今後,BMAL1による免疫反応 の制御の解明が明らかになると予測できる.最 近 に な り,Bmal1 KOマ ウ ス な ら び にRev-erb
α
KOマ ウ ス の マ ク ロ フ ァ ー ジ の 解 析 が 進 め ら れ,BMAL1がREV-ERB
α
を介してLPS誘導性のIL-6の発 現を抑制することが明らかになった(35).上述したよう
にREV-ERBα
はヘムをリガンドとする核内受容体であ る.したがってREV-ERBα
をはじめとする時計遺伝子 は,今後,免疫性疾患において創薬のターゲットとなる 可能性が感じられる.おわりに
多くの生理機能にサーカディアンリズムが存在するこ とからもわかるように時計遺伝子は転写,翻訳,シグナ ル伝達などにかかわるさまざまな因子とクロストークを している(図
5
).これは時計遺伝子の機能異常,たと
えば不規則な生活が,疾病発症へとつながることを容易 に予想させる(表1
).最近,化合物ライブラリーの大
規模スクリーニングによりCRYに結合して,タンパク 質レベルでの安定化を増加させる低分子が見いだされ た(36).この化合物は,培養細胞レベルではあるが,グ
ルカゴン誘導性の糖新生を抑制した.この報告に代表さ れるように,時計遺伝子をターゲットにした創薬が今後 の方向性の一つであろう.時計遺伝子と疾患に関する研究は,今後さらに熱くなる.
文献
1) Y. Fujino : , 164, 128 (2006).
2) B. Karlsson : , 58, 747 (2001).
3) E. S. Schernhammer : , 93, 1563
(2001).
4) O. M. Buxton : , 4, 129ra43 (2012).
5) K. Tahira : , 7, 933 (2011).
6) P. Gómez-Abellán : , 32, 121 (2008).
7) P. Y. Woon : , 104, 14412
(2007).
8) S. Shimba : , 102, 12071
(2005).
9) F. Hatanaka : , 30, 5636 (2010).
10) J. M. Fustin : , 1, 341 (2012).
11) S. Shimba : ,6, e25231 (2011).
12) B. Marcheva : , 466, 627 (2010).
13) K. L. Eckel-Mahan : , ,
109, 5541 (2012).
14) F. W. Turek : , 308, 1043 (2005).
15) K. Oishi : , 580, 127 (2006).
16) M. Garaulet : , 110, 917 (2010).
17) B. Grimaldi : , 12, 509 (2010).
18) I. Schmutz : , 24, 345 (2010).
19) S. Okano : , 40, 1011 (2010).
図5■時計遺伝子と細胞内因子との相互作用
表1■時計遺伝子異常に伴う代謝異常
BMAL1 脂質異常症
異所性脂肪の蓄積 インスリン分泌不全 血糖値の上昇 短命
CLOCK 肥満
脂質代謝異常 PER2 PPARγ2 活性の亢進
PPARa活性の抑制
CRY インスリン分泌不全
血糖値の上昇 REV-ERB α/β SERBP-1活性の低下
高コレステロール血症 胆汁酸含量の低下
20) E. E. Zhang : , 16, 1152 (2010).
21) M. Doi : , 16, 67 (2010).
22) K. A. Lamia : , 480, 552 (2011).
23) S. Raghuram : , 14, 1207
(2007).
24) A. Bugge : , 26, 657 (2012).
25) E. Raspé : , 43, 2172 (2002).
26) H. Cho : , 485, 123 (2012).
27) G. Le Martelot : , 7, e1000181 (2009).
28) P. Pircher :
, 288, R482 (2005).
29) J. H. Um : , 6, e18450 (2011).
30) K. A. Lamia : , 326, 437 (2009).
31) J. Rutter : , 293, 510 (2001).
32) Y. Nakahata : , 134, 329 (2008).
33) K. M. Ramsey : , 324, 651 (2009).
34) M. Hayashi : , 29, 49 (2007).
35) J. E. Gibbs : , 109, 582
(2012).
36) T. Hirota : , in press (2012).
田茂井政宏(Masahiro Tamoi) <略歴>
1999年近畿大学大学院農学研究科修了
(農学博士)/同年奈良先端科学技術大学院 大学博士研究員/2001年近畿大学農学部 食品栄養学科助手/2005年近畿大学農学 部バイオサイエンス学科講師/2009年近 畿大学農学部バイオサイエンス学科准教 授,現在に至る<研究テーマと抱負>形質 転換植物や藻類を用いて,光合成炭素代謝 調節にかかわる制御機構を明らかにすると ともに高収量作物の分子育種を目指す<趣 味>釣り,機械いじり
中 澤 昌 美(Masami Nakazawa) <略 歴>2000年大阪府立大学大学院農学生命 科学研究科応用生命化学専攻博士前期課程 修了/2001年10月大阪府立大学大学院農 学生命科学研究科助手/2011年10月から JSTさきがけ研究員(兼任),現在に至る
<研究テーマと抱負>従来の研究から得ら れたユーグレナの代謝に関する知見をもと に,ユーグレナによってカーボンニュート ラルなバイオ燃料を創り出したい<趣味>
下手なソフトボール,スポーツ観戦 林 毅(Takeshi Hayashi) <略 歴>
1999年東京薬科大学生命科学部卒業/
2001年九州大学大学院生物資源環境科学 研究科修士課程修了/2004年九州大学大 学院生物資源環境科学府博士課程修了/
2004年九州大学大学院農学研究院リサー チアソシエイト/2005年北海道大学理学 研究科学術研究員/2006年別府大学食物 栄養科学部講師/2007年同助教/2010年 同准教授<研究テーマと抱負>微生物の有 用物質生産にかかわる未知の生命現象の探 索と解明<趣味>魚釣り(ふかせ釣り)
古川 謙介(Kensuke Furukawa) <略 歴>1965年九州大学農学部卒業/1967年 九州大学大学院農学研究科修士課程中退/
1967年通商産業省工業技術院発酵研究所 研究員/1983年微生物工業技術研究所微 生物育種研究室室長/1989年九州大学農 学部助教授/1994年同教授/2000年九州 大学大学院農学研究院教授.この間,1973
〜1975年Wisconsin大学博士研究員,1980
〜 1982年Illinois大学客員教授/2007年別 府大学食物栄養科学部教授/2012年同客 員教授<研究テーマと抱負>微生物の新規 な機能の探索と育種<趣味>土いじり,囲 碁,散歩
松村 浩由(Hiroyoshi Matsumura)
<略歴>1999年大阪大学院工学研究科修 了(博士(工学))/2000年大阪大学大学 院工学研究科助手/2004年7月〜2006年3 月英国ケンブリッジ大学生化学部に留学/
2008年6月大阪大学大学院工学研究科准教 授,現在に至る<研究テーマと抱負>新規 タンパク質結晶化技術の開発とそれを用い た光合成・創薬関連タンパク質の構造生物 学<趣味>ソフトテニス(大学時代は体育 会に所属),海外ミステリー番組の鑑賞
(英語耳の訓練も兼ねて)
水野 裕昭(Hiroaki Mizuno) <略歴>
2007年長岡技術科学大学博士課程修了/
2007年マサチューセッツ大学医学部研究 員/2008年京都大学医学研究科神経・細 胞薬理学研究員/現在,東北大学大学院生 命科学研究科研究員(単分子動態生物学分 野)<研究テーマと抱負>単分子可視化を 用いた細胞骨格調節タンパク質のすみ分け とアクチンターンオーバーの調節機構の解 明<趣味>釣り