プロダクト イノベーション
チョコレートでとる乳酸菌
乳酸菌を腸で活躍させるために
日東薬品工業株式会社研究開発本部 菌・代謝物研究センター
米島靖記,久 景子,松原由以子
はじめに
乳酸菌やビフィズス菌に代表されるヒトに有益な作用 を有する生菌体をプロバイオティクスと呼び,従来言わ れていた整腸作用に加え,さまざまな効果が報告されて いる.たとえば,京都パストゥール研究所の岸田教授と 日東薬品との共同研究で発見した乳酸菌(
)には,インターフェロン
α
の産生を誘導し,NK 活性を高め,免疫機能を高める効果(1, 2),漢方薬中の構 成生薬の配糖体を分解して吸収を高める作用(3),最近で は,プリン体を代謝して吸収を低下させる作用(4)を確認 している.プロバイオティクスの活性本体については,さまざまな可能性があり議論が尽きないが,われわれ は,菌そのものの作用と菌の産生物による作用に大別さ れると考えている.前者は菌体が免疫系に認識されて与 える作用が該当し,後者は菌が食事由来の物質などの消 化管内に存在する化合物を代謝し,その代謝産物が与え る作用が該当する.
乳酸菌は一般的に口から摂取すると胃酸によるダメー ジを受け,腸に生きて届く菌数は摂取時に比べて激減す る.乳酸菌に腸管での物質代謝を期待する場合,生菌で あることが不可欠であり,胃酸による生菌数の激減は,
その効果においても著しく減少するものと考えられる.
そのため,医薬品では腸溶性の製剤に加工して胃酸への 暴露を防止し,プロバイオティクスとしての効果を高め ている.しかしながら,食品においては,このような加 工がされていないことから,効果が十分に発揮されてい ない可能性がある.
そこで本稿では,食品成分であるチョコレートを用い た乳酸菌の安定性向上に関する試み(5)について紹介す る.
医薬品の技術を参考に
医薬品の剤形といえば,錠剤,顆粒剤などが一般的で あるが,服用のしやすさを高めることを目的にさまざま な製剤工夫が検討され,いくつかは実際に市販または臨 床の場で使用されている.たとえば,ゼリー状製剤や チュアブル錠,さらにはチョコレート剤というものもあ る.また,配合成分を安定化させるための手法として,
油脂コーティングという技術があり,吸湿防止,接触回 避,耐酸性の向上などの効果を付与できる.チョコレー トを使うことや,油脂で覆って守るという発想は医薬品 の技術としてなじみがあったため,チョコレートに乳酸 菌を配合した製品を開発するにあたり,うまくすれば乳 酸菌を安定化させることが可能になるのでは? という 予感があった.
チョコレートは発酵食品
チョコレートの出発原料はカカオ豆である.カカオ豆 はアフリカ,東南アジア,中南米などの熱帯雨林から輸 入され,チョコレート工場で焙炒,磨砕,圧搾などの工 程を経てカカオマスやココアバターとなり,さらに砂糖 や粉乳が加わってチョコレートとなる.製法については 比較的なじみがあるが,チョコレートの独特の香りと風 味がどのように生まれるのかはあまり知られていない.
実は,香り成分は微生物による発酵によってその前駆体 が生み出され,焙炒で起こる化学反応ででき上がる.
工場に運ばれる前,原産国である熱帯雨林では,カカ オ豆はカカオの果実であるカカオパルプとともに木箱や 籠に入れられる.木箱に生息している酵母,乳酸菌,酢 酸菌などの菌によって発酵が進み,芳醇なカカオの香り の元が生まれる.この過程は伝統的なワインや漬物の製
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法とよく似ており,チョコレートが発酵食品であること がうなずける.初期の発酵過程からチョコレートに乳酸 菌が関与していることからも,乳酸菌とチョコレートの 相性の良さがうかがえる(6).
耐酸性の向上
乳酸菌含有チョコレートを開発するにあたり,まず,
製造過程で菌が失活しないことが前提となる.菌を投入 するタイミングを工夫して,ほとんど菌が死活しない製 造条件がわかり,試作品ができ上がった.次のステップ は試作品の耐酸性評価である.
胃酸での生存性を評価する実験系として,東ら(7)の報 告を基に,以下の方法を設定した.塩酸でpHを2.5に 合わせ,ペプシンを0.04%(w/v)となるように添加し たMRS broth(以下,模擬人工胃液)に被検物質を添 加し,37 C,振幅70 rpmで0〜2時間インキュベートし,
各時点の乳酸菌の生菌数を測定した.
まず,乳酸菌含有チョコレート,乳酸菌ドリンク,乳 酸菌凍結乾燥粉末の3種類を比較した.乳酸菌は
FERM BP-4693を使用した.乳酸菌含有 チョコレートでは,生菌数は2時間まで105〜106 cfu/
mLの間を推移した.一方,ドリンクや粉末では約1時 間で102 cfu/mL以下となった.このことから,乳酸菌 をチョコレートで包むことで,模擬人工胃液中での生存 率は大幅に向上することが確認された(図1).
次に,菌の違いによる効果を確認した.耐酸性の異な
るラクトバシルス属ブレビス種の乳酸菌2株(
FERM BP-4693および NITE BP-1634)を用い て,それぞれ凍結乾燥粉末および乳酸菌含有チョコレー トを作製し,耐酸性を比較した.グラフ(図2)より,
凍結乾燥粉末では菌株の違いにより,模擬人工胃液中で の生存率に差が認められたが,チョコレートで包むこと によって,等しく生存が保持された.
さらに,チョコレートの組成の違いによる効果の差を 検証すべく,通常のミルクチョコレート,通常のミルク 図1■模擬人工胃液中での乳酸菌の生存率の比較
●:乳酸菌含有チョコレート,◇:乳酸菌含有ドリンク,△:乳 酸 菌 凍 結 乾 燥 粉 末.平 均 値±S.D., a,b異 符 号 間 に 有 意 差 あ り
(Tukey s multiple comparison tests, <0.05).
図2■菌株別チョコレートコーティングの効果
●:乳酸菌(FERM BP-4693)含有チョコレート,■:乳酸菌
(NITE BP-1634)含有チョコレート,△:乳酸菌(FERM BP- 4693)凍結乾燥粉末,◇:乳酸菌(NITE BP-1634)凍結乾燥粉 末.平均値±S.D., a,b,c異符号間に有意差あり(Tukey s multiple comparison tests, <0.05).
図3■チョコレートの組成と耐酸性の関係
●:乳酸菌含有チョコレート,□:乳酸菌含有チョコレート+凍 結乾燥生クリーム,△:乳酸菌含有チョコレート+生クリーム.
平均値±S.D., a,b異符号間に有意差あり(Tukey s multiple com- parison tests, <0.05).
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● 化学 と 生物
チョコレートに30%の割合でフレッシュクリームを添 加したチョコレート,通常のミルクチョコレートに凍結 乾燥したフレッシュクリームを添加したチョコレートを 比較検討した.フレッシュクリームを添加することで,
模擬人工胃液中の乳酸菌( FERM BP-4693)の生存率は低下するが,凍結乾燥したフレッ シュクリームでは生存率は低下しなかった.チョコレー トにフレッシュクリーム由来の水分が混ざることで,乳 酸菌を覆っているチョコレートの膜が脆弱化し,酸性の 液が浸透しやすくなり,乳酸菌が酸に暴露され,菌が失 活しやすくなったと考えられた(図3).
酵素活性は?
乳酸菌をチョコレートで包むことで模擬人工胃液中で の生存率が向上することは確認できたが,乳酸菌がもっ ている酵素の活性についてはどうだろうか? 本研究に 使 用 し た 乳 酸 菌( FERM BP-4693お よ び
NITE BP-1634)はプリン体代謝活性に優れた株 であり,プリン体を代謝するプリンヌクレオシダーゼと いう酵素をもっている.この酵素の活性を指標に実験を 実施した.
プリン体代謝活性
レバーや魚,魚の卵などのプリン体を多く含む食品を 過剰に摂取することなどで,体内に尿酸が蓄積すると高 尿酸血症となる.高尿酸血症をそのまま放置すると,さ らに痛風や尿路結石などの合併症が引き起こされる.ま
た,高尿酸血症は動脈硬化のリスクファクターとも言わ れている.日本では,30歳以上の成人男性の約30%が 高尿酸血症に罹患しており,高尿酸血症と痛風の患者は 増加傾向にあり,全国で約87万人が痛風で通院してい ると報告されている(8).予防法として食事療法によるプ リン体の制限があるが,プリン体は日本人の好む食材に 多く含まれており,摂取を制限することが難しいという 問題を抱えている.
プリン体はプリン骨格をもつ物質の総称であるが,そ のうちの一つであるプリンヌクレオシドは,微生物に よって代謝を受けてプリン塩基となり(9),プリン塩基は プリンヌクレオシドよりも吸収が少ないことが報告され ている(10).そこで,われわれは乳酸菌を用いて,食事 由来のプリン体をより体内に吸収されにくい形に変換す れば,尿酸値の上昇を抑えられるのではないかと考えた
(図4).
プリンヌクレオシダーゼ活性をもつ乳酸菌の選抜 植物や発酵食品を起源とする乳酸菌約170菌株の中か ら,プリンヌクレオシダーゼ活性を有する菌の選抜を 行った.まず,各乳酸菌をMRS brothで培養後,遠心 分離して集菌し,生理食塩水で洗浄後,適切な濃度に調 整して菌体を得た.そこにイノシンおよびグアノシンを それぞれ4, 2 mMの濃度で添加し,37 C,嫌気条件下で 約1時間反応後,反応液中に含まれるイノシン,グアノ シンおよびその代謝物であるヒポキサンチン,グアニン をHPLCで測定した.イノシンおよびグアノシンをすべ て分解し,ヒポキサンチン,グアニンを生成した株が5
図4■腸内細菌によるプリン体代謝
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株選抜され,本試験に使用した乳酸菌はそのうちの2株 であった.
酵素活性の保持
模擬人工胃液中で酵素活性が維持されているかどうか を検証するため,乳酸菌( FERM BP-4693)
の凍結乾燥粉末および乳酸菌含有チョコレートをそれぞ れ生理食塩水および模擬人工胃液中で処理し,処理後の プリンヌクレオシダーゼ活性を前述の方法で測定した.
凍結乾燥粉末では,生理食塩水処理を対照として,模擬 人工胃液で処理すると,グアニンを生成する活性は約 2%,ヒポキサンチンを生成する活性は0.1%以下とな り,プリンヌクレオシダーゼ活性はほぼ消失していた.
一方,乳酸菌含有チョコレートでは,グアニンを生成す る活性は約75%,ヒポキサンチンを生成する活性は約 65%であり,酵素活性はある程度維持された(表1). 本結果より,チョコレートコーティングによる乳酸菌の 胃酸への耐性の向上が酵素活性の維持の観点からも有効 である可能性が示された.
おわりに
乳酸菌の摂取方法として,チョコレートに包んで摂取 することは,胃酸への暴露を防ぎ,乳酸菌を生きたまま 腸まで届け,その効果を高めるうえで有効であると示唆 された.チョコレートがどのようにして乳酸菌を守って いるかについては,まだまだ解明すべき点が多く,目下,
さまざまなチョコレートで追加検討を実施している.
さらに近年の報告により,食事に由来する脂質から腸 内細菌の作用により生成する脂肪酸がヒトの健康に寄与 する可能性が示唆されている(11).乳酸菌がカカオ豆を 発酵させている事実から考えても,乳酸菌がチョコレー ト中の脂質を利用して新たな化合物を産生することを介 して健康増進に寄与している可能性があり,興味がもた れる.
謝辞:本研究は株式会社ロッテさまと共同で進め,多大なるご指導およ びご協力いただきましたことに心より感謝申し上げます.
文献
1) A. Kishi, K. Uno, Y. Matsubara, C. Okuda & T. Kishida:
, 15, 408 (1996).
2) U.S. Pat. No. 5662900.
3) H. Sakurama, S. Kishino, Y. Uchibori, Y. Yonejima, H.
Ashida, K. Kita, S. Takahashi & J. Ogawa:
, 98, 4021 (2014).
4) 岸田奈弓,岸野重信,雑賀あずさ,米島靖記,小川 順:
高いプリン体代謝活性を有する乳酸菌の探索,2016年度 日本農芸化学会大会要旨,発表番号4F166.
5) Y. Yonejima, K. Hisa, M. Kawaguchi, H. Ashitani, T.
Koyama, Y. Usamikrank, N. Kishida, S. Kishino & J. Oga-
wa: , 4, 773 (2015).
6) 佐藤清隆,古谷野哲夫:カカオとチョコレートのサイエ ンス・ロマン,幸書房,2011, p. 62.
7) Y. Azuma, K. Ito & M. Sato:
, 48, 656 (2001).
8) 高尿酸血症・痛風の治療ガイドライン 第2版 2012年 追補ダイジェスト版,日本痛風・核酸代謝学会ガイドラ
イン改訂委員会(編集),メディカルレビュー社,2012, p.
4.
9) J. Ogawa, C. L. Soong, S. Kishino, Q. S. Li, N. Horinouchi
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10) R. A. Stow & J. R. Bronk: , 468, 311 (1993).
11) J. Miyamoto, T. Mizukure, S. B. Park, S. Kishino, I. Ki- mura, K. Hirano, P. Bergamo, M. Rossi, T. Suzuki, M.
Arita : , 290, 2902 (2015).
プロフィール
米島 靖記(Yasunori YONEJIMA)
<略歴>1999年京都府立大学農学部農芸 化学科卒業/同年日東薬品工業株式会社入 社/2013年博士号(農学)取得(京都府 立大学)<研究テーマと抱負>新たな機能 をもつ有用菌の探索<趣味>走ること,ス ポーツ観戦
表1■模擬人工胃液処理後の酵素活性の比較
生成プリン塩基 乳酸菌凍結乾燥紛末 乳酸菌含有チョコレート
生理食塩水処理 模擬人工胃液処理 酵素活性b(%) 生理食塩水処理 模擬人工胃液処理 酵素活性b(%)
Guanine (mM) 0.208±0.035 0.004±0.004 2.0±1.7 0.446±0.083 0.320±0.159 74.8±39.6* Hypoxanthine (mM) 0.489±0.088 tra: <0.001 tra: <0.1 l.316±0.173 0.838±0.364 65.4±30.8
atr: 検出限界以下,b酵素活性(%)=模擬人工胃液処理後の生成プリン塩基濃度/生理食塩水処理後の生成プリン塩基濃度×100. 平均値
±S.D.,* <0.05( -tests).
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● 化学 と 生物
久 景 子(Keiko HISA)
<略歴>2006年京都薬科大学薬学部生物 薬学科修了/同年日東薬品工業株式会社入 社<研究テーマと抱負>乳酸菌とその代謝 産物がもつ有用性探索<趣味>食べるこ と,旅行
松原 由以子(Yuiko MATSUBARA)
<略歴>1978年京都府立大学生活科学部 食物学科修了/1982年日東薬品工業株式 会社入社<研究テーマと抱負>プロバイオ ティクスで世界平和に貢献すること<趣 味>テニス,foodie
Copyright © 2018 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.56.47
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