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教育社会学レジュメ 2008.12.22.Mon. 文責:薄葉([email protected])
A. いじめの社会学(3)
各国のいじめ対策 a. 韓国のいじめ対策
ビデオ(「いじめを報告せよ―韓国・ソンウォン中学校の取り組み」)を参照 b. アメリカにおけるゼロ・トレランス方式
・1997年2月、アメリカ大統領(当時)ビル・クリントンは、「21世紀におけるアメリカ教育のための大統領クリントン の呼びかけ」(以下、クリントンコール)を全米に対して行った。この呼びかけには、「国家教育目標」を達成させるた めの方針が詳細に示されている。とくに「国家教育目標」の第6項目にある「薬物、暴力からの解放」が軸となってお り、とりわけ学校において乱れている規律の向上のために「生徒指導(school-discipline)」を重要視すべきだ、という 指摘がなされている。
クリントンコールの主な内容は以下の通り:
1.武器や暴力や麻薬をなくす。
2.規則を強化し、暴力に対応できる教員の要請を行う。
3.学校を小規模化し、コミュニティーとの連携を強化する。
4.学校は制服を検討すべきである。これは、暴力を防止し、規律を高め、良い学校 環境を醸成するためであ る。
5.コミュニティーは怠学(不登校)法を整備、強化すべきである。
6.ゼロ・トレランス方式を確立すべきである。
・ゼロ・トレランス(Zero-tolerance)方式の「トレランス」とは、「寛大な」「寛容な」などといった意味である。した がって、この方式は、「寛容を許ささない指導方法」と定義されている。「国家教育目標」の決議以前の生徒指導は、生 徒が規則違反を犯した場合、教師は生徒の事情をよく聞き、生徒理解に基づく指導を目指すガイダンス方式が採られてき た。それに対して、ゼロ・トレランス方式は、事情を問わず、規則違反者には一切の寛容のない規則通りの措置を行う指 導である。
・罰則も規則どおりに適用し、違反者自身に責任を取らせる。暴力行為や麻薬、非行に走る生徒はすぐさま罰則を受ける のである。規則違反者に対して寛容のない指導を行うゼロ・トレランス方式は、違反者以外の大多数の生徒に対して、安 全で明るい学校生活を送らせることができる。この方式は、もともと産業界にあった考えの応用であり、できあがった製 品の中で不良品の許容は認めないという考えを、生徒指導に持ち込んだものである。
c. イギリスにおける「いじめ防止プロジェクト」
・このプロジェクトは、イギリスの政府が助成し、1991年から93年まで4年に渡って行われたものであり、「シェフィー ルド大学いじめ防止プロジェクト」(the DFE Sheffield University Anti Bullying Project)と呼ばれる。ねらいは、
教員や校長らが、「いじめとは何か」「なぜ起こるのか」などを勉強し、相談する場をつくることであり、いじめに対す る指導方針を開発し、確立することが中心となっている。
・活動内容は、①カリキュラムに取り入れる活動、②いじめ状況への直接介入、が挙げられている。①は、ビデオ教材を 取り入れ、各クラスで「いじめとは何か」について討論を行ったり、劇団による劇を見たりしていじめについての認識を 高めさせることである。②は、直接加害者や被害者とかかわりあうスキルを教師が学ぶものである。
・効果としては、全国のすべての学校にこのプロジェクトに関する資料が配布され、いじめに対する学校での指導方針が 再考され、その対策の必要性が見直された。いじめの追放運動が盛んな学校においては、いじめの発生率が驚くほど減少 したという報告もなされている。具体的には、データから昼休みにいじめが行われていることが多いことを突き止める と、「昼休み指導員」がすぐにも組織され、昼休みの過ごし方を有意義にするための工夫がなされるなど、「緊急」かつ
「対処療法的」にいじめへの直接介入がなされたのである。
d. 近年の各国の対症療法的なアプローチの特徴 1) 特徴
・ 厳罰化
→ いじめを犯した者に対しては、厳しい措置(放校、出席停止、クラス替え、奉仕活動、etc.)が取られる。重い いじめの場合は、警察に引き渡すことも辞さない。
・ 監視の強化
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→ 教員やスタッフによって生徒のふるまいが細かく監督される。いじめの予防のために、生徒どうしのちょっとし た諍いにも、教師や監視員が割ってはいることも多い。
・ 専門のスタッフの設置
→ スクール・カウンセラーやソーシャル・ワーカー、監視員といったスタッフが常置される。生徒の親や地域コ ミュニティーのメンバーが加わることも多い。
・ 規範の内面化
→ 授業などで、「いじめとはどのようなものか」「いじめにあったら、どうすればよいか」などが生徒達に教え込 まれる。
・ いじめ防止プログラムのマニュアル化 2) 学ぶべきもの
・日本では「いじめ」はどうしても「教育/学校問題」として捉えられがちであった。このため、恐喝や暴行といった 悪質ないじめについても「教育的な介入」のみで解決しようとした結果、事態の悪化を招いてしまうケースが見られ た。とりわけ、中学生以上のレベルになると、恐喝型のいじめには背後に暴力団などが絡むケースも多いため、「刑法 上の犯罪行為」として公的に介入した方が望ましいことも多い。こうしたいじめの区別とその対処、すなわち、暴行や 恐喝などの「校内犯罪」は司法機関と協力して対処し、「非犯罪型いじめ(陰口・村八分、など)」は学校の中で指導 する、ということは日本でも早めに取り上げるべきである。
・いじめを行う者のなかで、「止めたくても止められない」という病的なタイプの加害者は少ない。多くの加害者は、
いじめにあたって「合理的な計算」を働かせるので、いじめること・いじめ集団に加わることのデメリットが大きくな ると、少なくとも表向きはいじめに関与しなくなる。その意味では、「加害者に対する厳罰化」はいじめに対して一定 の抑止効果を持つと考えられる。
注:なお、上記の病的なタイプの場合は、再犯率も高く可視性も高いので、早めにカウンセリングなどの措置を採る ことが本人のためにも好ましいかもしれない(これらのタイプの多くは、幼児期に親などから暴行やいじめを受けて いた可能性がある)。
・「いじめは悪である」という規範を内面化させることも、抑止力につながる。直接、いじめに加わる人間だけでな く、それを助長する「観衆」を「傍観者」に、「傍観者」を「仲裁者」へと転じさせる効果を持つことが見込まれる。
3) 問題点
・常に大人から監視されることは、当然、子どもサイドのストレスを増幅させることにもつながるから、生徒をいじめ へと向かわせるエネルギーを蓄えることにもつながりかねないかもしれない。また、いじめがさらに「陰湿化」する恐 れもある。
・「いじめ」とまでは行かない葛藤行為(いじり・ちょっかい)にまで大人が介入してしまうことは、子供の成長に とって阻害要因になるケースもあるのではないか:
「子どもたちの内面や、あらゆる行動、相互作用はいじめとの関連で点検され、また自ら点検することも求められ る。このとき彼らが、相互作用の相手からも教師からも、「いじめをしている」と見なされないためには、あたりさ わりのない表面的な関わり方を貫くのが無難であり、さらには何ごとも起こらないように相互作用そのものから退却 していくのが最も確実である。(中略)多様で複雑な相互作用のあり方について、子どもたちがさまざまな経験を通 じて学び、その技能を身につけていくことはこうして困難になっていく。」(伊藤、226-227頁)
B. レポートについて(4回目)
1. テーマ
「いじめ」について授業の内容をまとめ(「要約」)、それを踏まえて自分なりに議論を「展開」する。
2. 「展開」のためのヒント
a. 事例(経験)を記述・分析する
・誰かをいじめたり、誰かにいじめられたりした経験のある人や、近場でいじめを目撃した経験のある人は、その事例を 細かく記述して分析してみる。
→直接経験のない人は、映画や小説・ドラマなどを題材にしても構わない。
・いじめの経緯(プロセス)を5W1H(いつ・どこで・誰が(誰に)・何を・なぜ・どのように)に注意しながら記述 する。とりわけ、「なぜ被害者をいじめるようになったのか(理由・きっかけ)」「どのようにエスカレートしていった
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のか」「いじめていた/いじめられていた時の気持ち(段階によって違ってくるはず)」「いじめはどのように終焉した のか(加害者側のアクション?被害者側のアクション?)」「周囲の人々(観衆)はどうしていたのか」「誰かに告げよ うと思わなかったのか(また、その理由)」という点に留意すること。
・記述した経験を、授業で紹介した理論枠組(ベイトソンのコミュニケーション論、(修正)藤田モデル、スクール・
カースト論、etc.)を使って説明・分析してみる。上記の理論がうまく当てはまらない場合は、より当てはまりの良い別 の枠組(他の授業で習ったアプローチでも良い)を使って分析してもよいし、いじめを理解するための枠組を自分なりに 考えてもよい。
b. いじめ対策について
・自分の通っていた学校で「いじめ」問題が発覚したことがある場合、学校がどのような対策を取っていたか(効果は あったのかどうか)などを記述してみる。
・海外での事例を参考にしながら、日本でのいじめにどのように対処すればよいか、自分なりに考えてみる。
→ 「陰湿化」にどう対処すれば良いのか?「加害者」への対応は?
c. 他の講義との比較
・他の講義で「いじめ」について学習したことがあった場合、その内容を紹介して、教育社会学の講義で触れた内容と比 較・検討してみる。
d. 「いじめ」に関する文献を読んで、その内容を紹介する 3. 提出期限
(年明けの)「1月9日(金)」
教務学事課に提出する場合は、「13時10分」(昼休み終了)まで。メールの場合は、9日いっぱい。
C. 連絡事項 授業日時の変更
→来年1回目の授業(通算12回目)の日程は、「1月15日(木)」になるので、間違えないように。
D. 参考文献
1) 伊藤茂樹 1997「いじめは根絶されなければならない―全否定の呪縛とカタルシス―」今津孝次朗・樋田大二郎編『教 育言説をどう読むか』新曜社、207-231頁
2) 原清治・山内乾史・杉本均編 2004『教育の比較社会学』学文社 3) 森口朗 2007『いじめの構造』新潮新書
E. 「教育社会学」ホームページ
http://ha2.seikyou.ne.jp/home/Takeshi.Usuba/