わが国では、出生率が人口の維持に必要な
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を下回る状況が何十年も続いており、ついに総人口も減少コースに突入した。生産年齢人口(働き手の人数)はどんどん減 少していき、このまま手をこまねいていれば深刻な人手不足に見舞われるのは間違 いない。こうした少子高齢化の進展を背景に、日本人の労働者が不足するのなら外 国から大量の労働力を受け入れようという安易な外国人労働者受け入れ論が盛んに なっている。
わが国で外国人労働者問題が注目されるようになったのは
1980
年代後半であり、その後、四半世紀にわたって活発な議論がなされているがコンセンサスには程遠い。
これはなぜだろうか。以下、詳しく検討するように、外国人労働者問題に関する議 論が、人々によって異なる土俵でなされてきたことが重要な理由ではないかと考え られる。したがって、外国人労働者問題を議論するに当たっては、議論の土俵を明 確にすることが不可欠である(第
1
図参照)。すでに日本にいる外国人労働者への政策と今後の移民政策
まず第
1
に、「将来の外国人労働者受け入れに関する政策」と「すでに日本にいる 外国人労働者に関する政策」とは明確に区別して議論する必要がある。つまり、今 後の外国人労働者受け入れに反対であるからといって、すでに日本に住んでいる外 国人労働者の方々に冷たい仕打ちをするということにはならない。逆に、すでに日 本にいる外国人労働者の方々に人道的見地から対応することが必要なのは言うまで国際問題 No. 626(2013年11月)●
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◎ 巻 頭 エ ッ セ イ ◎
Goto Junichi
第 1 図 外国人労働者政策の視点
筆者作成。
(出所)
外国人労働者政策
すでにいる外国人への政策 今後の受け入れに関する政策
外国人出稼ぎ労働者 移 民
非熟練労働者 高度人材
もないが、これが将来も外国人労働者を積極的に受け入れるべしということを意味 するものではない。
こうしたことは当然のことであるが、外国人労働者政策においてはしばしば混同 されてきたように見受けられる。たとえば、外国人労働者に関するシンポジウムな どで、ある人が「少子高齢化時代だからといって安易に外国人労働者を受け入れる べきではありません」と言うと、別の人が「私がみてきた○○町ではパスポートを 取り上げられ劣悪な労働条件に苦しんでいる
A
さんやBさんのような人が多数おら れます。こうしたことも知らず、よくそんな非人道的な外国人排斥的なことが言え ますね」といったまったくかみ合わない議論がしばしばみられるのである。もちろ ん、すでに日本にいて劣悪な労働条件に苦しむ外国人労働者の方々に適切な援助策 を講じることが必要であることは言うまでもないが、そのことと将来の外国人労働 者受け入れに反対するか賛成するかということはまったく別の問題であり、議論の 土俵が異なるのである。移民と出稼ぎ労働者
第
2
に、永住するために日本に来る「移民」と、一定期間日本で働いていずれは 本国に帰る「出稼ぎ労働者」とを峻別することが重要である。つまり、18世紀、19 世紀にヨーロッパからアメリカにわたった人々のようにアメリカ人になるために永 住する「移民」と、賃金の高い日本に一定期間働きに来る「出稼ぎ型外国人労働者」とでは、その属性も経済的インパクトもまったく異なるものであり、混同してはな らない。一般的に言えば、「移民」の場合は国内労働者の増加と同様に受け入れ国に プラスの効果を与えるが、「出稼ぎ型外国人労働者」の場合には本国送金(受け入れ 国からの資金の流出)が多額であり、また、東日本大震災のような有事の際に必要な 労働者の帰国ラッシュを惹起するため受け入れ国にマイナスの効果を与える傾向が ある。つまり、過度に外国人労働者に依存することは、日本の経済基盤を脆弱にさ せうるのである。
このことを端的に示すのがブラジルなどから日本にやってきている日系人出稼ぎ 労働者の状況である。わが国における外国人労働者のなかで一番人数が多いグルー プが日系人出稼ぎ労働者で、リーマン・ショック前の
2007
年にはその数は約30万人 に上っていた。日系人等に対する定住者ビザの有効期限は3
年となっているが、更 新や帰国後の再申請もほぼ無制限に認められている。さらに、定住者として長期間 日本に在住した日系人に対しては比較的容易に永住ビザが与えられており、永住者 となる者も増えている。しかし、こうした日系人労働者は果たして日本に定住し、いわば日本人になろう とする「移民」とみなすことができるであろうか?
◎巻頭エッセイ◎少子高齢化時代の外国人労働者問題を考える視点
国際問題 No. 626(2013年11月)●
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現実には、少なくとも次の
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つの理由により「移民」というより、その大部分は 軸足が本国にある「出稼ぎ労働者」の性格が強いと考えられる。①本国送金が多額であり、長期的な軸足は依然として出身国にあること。
②災害や不況などに際して大規模な帰国ラッシュがみられること。
まず、①の日系人労働者による本国送金のデータをみてみよう。日本労働研究機 構の調査(1998年)によると、日系人労働者の本国送金額は
1
ヵ月当たり1849ドルで ある。これはブラジルの平均月収(1806ドル)をも上回る。また、2005年の米州開 発銀行の調査でも、月額10
万円以上の本国送金がなされている。わが国の外国人労 働者のなかでは比較的定住志向が強いとされる日系人労働者でさえ、本国にいる家 族・親族の扶養のため、あるいは帰国後の生活に備えるため、多額の本国送金を行 なっている。つまり長期的な生活の軸足は日本ではなく本国にあるのである。次に、②で挙げた不況や災害に関しての大規模な帰国ラッシュについてはどうか。
こうした帰国ラッシュは、部分的にはマスコミなどを通じて広く報道されているが、
その全体像は実は明らかでない。そこで筆者は、法務省の出入国管理統計のデータ を用いて、リーマン・ショックに端を発する国際金融危機と東日本大震災という
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つの「有事」について、純流出人数を推計してみた。その結果、国際金融危機に際 しては9
万人、東日本大震災に際しては当初の5
ヵ月だけでも1万 2000
人の純流失が みられた。日系人出稼ぎ労働者総数が約30万人であることを考えれば、決して少な
い数字とは言えないだろう。特にリーマン・ショックに際しては、実に日系人労働 者の約3分の 1
が日本を去っている計算になる。つまり、わが国の外国人労働者はその大半が、本国での生活のための資金を稼ぐ ために日本に一時的に働きに来ている「出稼ぎ労働者」であり、真の意味での定住 移民ではないと考えられ、前述したとおり、過度な依存は日本経済の基盤を脆弱に する可能性がある。
高度人材と非熟練労働者
第
3
に、「高度人材」の受け入れと「いわゆる単純労働者」の受け入れとでは受け 入れ国、送り出し国双方にとってのインパクトが大きく異なるのであり、峻別して 議論がなされる必要がある。このことは、以下のように政府の雇用対策基本計画に おいても明確にされているのだが、現実には政府においても民間においてもしばし ば混同した議論が交わされている。1999
年8月に閣議決定された第9次雇用対策基本計画では、以下のような明確な方
針が打ち出されている。①専門的、技術的分野の外国人労働者については、わが国の経済社会の活性化や いっそうの国際化を図る観点から受け入れをより積極的に推進する。
◎巻頭エッセイ◎少子高齢化時代の外国人労働者問題を考える視点
国際問題 No. 626(2013年11月)●
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②いわゆる単純労働者の受け入れについては、国内の労働市場にかかわる問題を はじめとしてわが国の経済社会と国民生活に多大な影響を及ぼすと予想される ことから、国民のコンセンサスを踏まえつつ十分慎重に対応することが不可欠 である。
③単に少子・高齢化に伴う労働者不足への対応として外国人労働者の受け入れを 考えることは適当ではなく、まず高齢者、女性等が活躍できるような雇用環境 の改善、省力化、効率化、雇用管理の改善等を推進していくことが重要である。
いわゆる高度人材の受け入れが日本経済を活性化するために重要であることは論 をまたないとしても、非熟練労働をするためにはるばる海を越えて日本にやってく ることが良策であるかどうかは議論の余地があろう。筆者は、一昨年、北海道の稚 内市と猿払町を訪れ、ホタテ貝の加工工場を見学させていただいた。ホタテ貝のう ち高く売れるのは貝柱部分を乾燥させたものであるので、貝殻や他の部分から、貝 柱部分をそぎ取るという非常に人手のかかる作業が必要である。稚内と猿払で筆者 が目にしたのは、中国から来た若い女性(少女といったほうがぴったりくるような年ご ろ)が、ホタテが腐らないように低温に設定された寒い加工場で、冷たい水からと りだしたホタテ貝を小さなヘラでこじあけ、貝柱を分離するというきわめて過酷な 労働に従事する姿であった。彼女らが、家族のもとから遠く離れた北海道で寮に住 み、研修生という身分の故に低賃金で一日中ホタテの皮むきをしている姿はショッ キングであった。少女ら(ヒト)が北海道に来てホタテの加工をするよりも、賃金 を上げて地元の人々による労働力を確保したり、ホタテ貝(モノ)を中国に運んで そこで加工するほうが合理的だと感じたのは筆者だけであろうか?
*
このように外国人労働者に関する議論が錯綜しコンセンサスには程遠い状況であ るにもかかわらず、わが国ではなし崩し的に「すきま風」的な外国人労働者受け入 れが進んできている。国家百年の計を見失わないためには、安易な外国人労働者受 け入れ論に惑わされることなく、土俵を明確にした冷静な議論を行なうことが必要 である。
◎巻頭エッセイ◎少子高齢化時代の外国人労働者問題を考える視点
国際問題 No. 626(2013年11月)●
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ごとう・じゅんいち 慶應義塾大学教授 [email protected]