2010
年代、すなわち今後10年間の世界を特徴づけるのは、中国のさらなる台頭と アメリカの相対的後退であろう。中国は、2008年秋に始まった世界的景気後退をいち早く脱却し、成長への道に復 帰し、世界は中国の発展に頼って不況から脱出しようとしている。中国経済の現状 をややバブルと見る人もいるが、ともかく成長を続けそうだ。他方でアメリカは、
依然として失業率が高く、経済情勢は今後も予断を許さない。ドルが基軸通貨とし て維持されるか、疑問もある。世界の運営を米中が中心となって行なうべきだとい う
G2
の議論が出ているのも当然だし、中国はいずれアメリカを経済規模で追い抜く という予測が一般的である。しかし、その趨勢はいつまでも続くものではないだろう。
たとえば
2050
年の世界についてのある予測によれば、中国の経済力はいずれアメ リカを追い越すが、やがてアメリカが抜き返し、依然として最大の経済大国はアメ リカ、二位が中国、三位がインドであるという(小峰隆夫・日本経済研究センター編『老いるアジア』、日本経済新聞社、2007年)。
その鍵は人口で、アメリカでは人口が増え続けて
2050年には 4
億に達するが、中 国は現在より減って12億人台であると予想される。他方でインドは人口が増え続け、
2050
年には17
億となっているという。このあたりは、多くの人口推計で、ほぼ一致 するところだ。人口以外にも、中国の今後の発展には、多くの障害がある。
中国とアメリカを比べると、面積はほぼ同じであるが、耕作可能な平地の面積の 割合は、中国は全国土の
20%
以下、アメリカは80%以上である。つまり中国で人間 が居住できる面積はアメリカの4
分の1以下であって、中国は人口に比して割合狭い のである。それ以外に、中国における資源・燃料の限界、環境汚染の問題、チベット、ウイ グルその他の少数民族問題、格差の拡大など、多くの制約がある。それに、一般的 に言って、一定の経済水準になれば経済成長は減速するし、豊かになれば自由を求
国際問題 No. 588(2010年1・2月)●
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◎ 巻 頭 エ ッ セ イ ◎
Kitaoka Shinichi
めるようになる。これを共産党一党独裁がどこまでマネージできるか、難しい問題 である。
それにしても、次の
10年はまだ中国が成長を続ける時代であろう。
その時期における米中の関係はどのようなものとなるだろうか。
2009
年11月14日の東京におけるオバマ大統領のスピーチは、その方向を示してい
るように思われる。オバマ大統領は、少年時代、インドネシアで育ったことに触れ、自分の人生はア ジア太平洋の発展の一部だったと述べ、アメリカを太平洋国家と位置づけ、アメリ カは西太平洋地域の将来の形成にコミットしていくと述べた。
また中国を封じ込める意図はなく、中国の発展はアメリカなどにとってチャンス であると述べながら、人権、民主主義、法の支配などにかなり触れ、西太平洋にお いて、アメリカが安全を提供し、日本が経済成長で主導し、東アジアの経済発展が 起こり、それが民主化に結びついたと述べた。
今後の世界はたしかにアメリカと中国が協調してやっていかなければならない。
少なくとも一方だけではやっていけない。そういう意味では
G2
になるだろう。しか しその関係は緊張をはらんだものとなることが予想される。法の支配や人権の強調 は、米中の間の溝に言及したものだった。東京のあと、オバマ大統領はシンガポールを訪問し、さらに中国を訪問したが、
その結果についてはアメリカ国内で批判が少なくない。とくに首脳会談の内容の一 部が、中国で報道されず、削除されたことについては、問題視されている。米中関 係が緊密になると見るのは早計だろう。
したがって、日本の役割は依然として重要であろう。日本にとって、どのような 世界が望ましいのか。自由、民主主義、人道的価値が尊重され、法の支配が尊重さ れる世界を望ましいと考え、その発展の一翼を担うのか。答えがイエスなら、日本 は中国とアメリカをはかりにかけるのではなく、その方向に向かってリードしてい くべきである。
私は必ずしも中国の将来について悲観的なわけではない。世界のよき一員、責任 ある大国となる可能性はあると思う。スーダンのダルフールの問題でも長く国際社 会の批判をあび、若干の譲歩をした。地球温暖化の問題でも、つい最近、最小限度 のコミットをした。
しかし、本当に中国が責任ある大国になるかどうか、まだ明らかではない。国内 にかかえる難しさのゆえではあるだろうが、法の支配を十分に尊重していないし、
民主主義を受け入れようとしていない。
◎ 巻頭エッセイ◎2010年代の日本外交
国際問題 No. 588(2010年1・2月)●
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日本との関係では、2008年
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月の福田康夫首相と胡錦濤国家主席との間の合意は、ほとんど実行されていない。東シナ海におけるガス田の共同開発も、餃子問題に関 する調査でも、約束を履行していない。世界との関係でも、IT製品のソースコード 開示のようなWTOに反する要求をし、公海の自由にもコミットしていない。
中国が責任ある大国となるまでは、中国に対して関与を深めると同時に、安全保 障上の配慮を怠ることはできない。その鍵は、沖縄の基地であろう。この点がどう なるか、鳩山・オバマ首脳会談では結果は出なかった。普天間基地移転について、
いつ、どのような結論が出るのかは、「緊密で対等な日米関係」という方向について、
大きなステップである。
もうひとつ、2010年代の日本外交にとって重要なのは国連である。国連は普遍的 価値に立つ普遍的組織だからである。
鳩山由紀夫首相の外交は、国連訪問で始まった。それはよいスタートだった。気 候変動のサミット、安保理首脳会合、国連総会、G20と、重要な会議が続いた。
そもそも日本の首脳は国連総会への出席が少なく、過去
20年ほどでは、出席率は 3
割程度である。9月中旬は、国内で自民党総裁選挙があったりしたので、日程の調 整が難しかった。しかしサミットには必ず行くのだから、政治休戦をしてでも、国 連に行くべきだ。行けば多くのバイの首脳会談をもつことができる。2009年も米、英、独、ロ、中、インド、インドネシアなど、多くの首脳会談をもつことができた。
こんな機会を逃がす手はないのである。
要するに、国連の利用価値は明らかである。それをさらに高めるためには、安保 理になるべく継続的に席を占めなければならない。国連の安保理改革に何らかの手 がかりを得ることも重要である。この問題では、常任理事国が難しければ、2004―
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年に議論されたモデルB、すなわち再選可能な長期非常任議席の創設から入るこ
とを考えるべきである。そのためにも、PKOをもっと活発化し、ODAを増加の方向 に向け、人間の安全保障をさらに強く打ち出していくことが必要である。最後に、2010年代においては、日本の国力の基礎を立て直さなければならない。
現在、日本の財政赤字は気の遠くなるような数字になっている。早期に増税を行な って、プライマリー・バランスを回復しなければならない。また少子化克服の努力 を開始しなければならない。これらを解決できなければ、日本は衰退に向かうしか ないだろう。
◎ 巻頭エッセイ◎2010年代の日本外交
国際問題 No. 588(2010年1・2月)●
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きたおか・しんいち 東京大学教授 [email protected]