はじめに
ソブリン・リスク(国家の信用に対するリスク)の高まりがとどまるところを知らない。
ギリシャ問題は目先の国債償還がうまくいくことを想定しても、なお不透明な要素が大き い。しかし問題はむしろ、ユーロのなかでの敵対的構造(ドイツ対ギリシャ)の様相が強ま り、さらに根深い問題が浮き彫りになってきたと言えることである。ギリシャ発のソブリ ン・リスクが簡単には収束しないことを前提にすれば、金融システムに対する負の影響は 今後も引き続き生じやすいということはみておかねばならない。
しかし、現状では、3年物長期流動性供給オペ(LTRO: Long Term Repo Operation)が実施さ れたことにより、特に金融システムに対する信用力の潮目が変わりつつあると言っていい であろう。欧州の銀行に対する資金供給が確実となり、金融危機的な様相には終止符が打 たれたためである。
とはいえ、ソブリン・リスクと金融システム不安はコインの表裏の関係にあると言って も過言ではない。欧州中央銀行(ECB)による資金供給といった思い切った応急処置がいつ までも期待できるわけではないとすれば、欧州金融機関のリスクについて整理しておくこ とは意味があると言えるだろう。
1
金融システムへの負の影響ソブリン・リスクの高まりは金融システム不安と表裏一体だと述べた。ソブリン(国家)
の信用力が冴えないのに、信用力上ソブリンのサポートを受けることが多い金融機関の信 用力は磐石なのだ、と言うことには無理があることは何となく理解できるであろう。ソブ リン・リスクの高まりが金融システムに波及する経路としては次のとおり
3つある。
第1に、ソブリン・エクスポージャー(各国公的部門に対する与信)、とりわけギリシャを はじめとするユーロ圏内周縁国の国債保有分についての評価損である。ギリシャ国債の民 間関与(
PSI: Private Sector Involvement)
は、2012年2月の欧州連合(EU)のユーロ圏 17 ヵ国財 務相会合での合意案において、元本に対するヘアカット(債務元本の減免)率を53.5%
と決 定した。そのため、各銀行のギリシャ国債保有分評価損は53.5%以上にならざるをえず、そ れだけの評価損が計上されなければならない。もっとも、ヘアカット率の決定については、2011年 7月に同 21%
とすることから始まり、40%、50%と段階を踏んだ経緯がある。その都度、銀行はより多くの評価損を積む必要があったことは言うまでもない。欧州は過去の歴 史的な背景からも域内での取引が多くなっているため、ギリシャおよび周縁国の問題が大 きくなると、即座に、どの国がギリシャのリスクを多く持っているのか、周縁国のリスク を多く持っているのかが懸念材料となり、対象の抽出に取り掛かることになる。第1図はク ロスボーダーの相互関係を示すものである。2010年
5
月現在の数値を使った図となっている が、ちょうど、ギリシャが財政赤字問題で揺れ始めたあたりから、こうした視点に注目が 集まった。ギリシャのリスクを多く取っているのはフランスやスイス、ポルトガルのリス クを多く取っているのはスペイン、スペインのリスクを多く取っているのはドイツ、とい うことが見て取れる。さらに、個別行のうち、どの銀行がどの国のリスクを多く取ってい2008年1月
USドル 364bp
09年1月 10年1月 11年1月
11/6 7 8 9 10 11 12 12/1 2 3(年/月)
12年1月 400
350 300 250 200 150 100 50 0
bp(ベーシスポイント)とは100分の1%のこと。利回りなどの動きを示す単位。
(注)
Bloomberg、BNPパリバ証券。
(出所)
(bp) (bp)
第 2 図 短期金融市場の緊張感(LIBOR-OIS スプレッド)の推移
ユーロ 206bp
日本円
110 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0
日本円 USドル ユーロ 100
90 80 70 60 50 40 30 20 10
0 ギリシャ ポルトガル スペイン
(%)
■ その他
■ イタリア
■ スペイン
■ スイス
■ オランダ
■ 英国
■ ドイツ
■ フランス 第 1 図 ギリシャ、ポルトガル、スペイン債権の 国別保有内訳(2010年5月)
国際決済銀行(BIS)、BNPパリバ証券。
(出所)
るのか、という内訳を探るようになるわけだ。
第2に、ファンディングコスト(資金調達コスト)増。上述した国債の保有により、欧州 金融機関に対する疑念が膨らみ、資金調達が一気に難化した。第
2
図は、3ヵ月物(3M)LIBOR-OIS金利
(ドル建てロンドン銀行間取引金利と予想翌日ものレートの差、すなわち短期相場の資金の逼迫度を示す指標)を示している。この金利動向をみると、足元こそ、LTROの影 響によりタイト化しているものの、2011年央以降はユーロ危機を象徴して金利が高くなっ ていたことがわかる。2008年のリーマン・ショック時に比べれば、それほどでもないもの の、ファンディングコストの増加が続けば、債務不履行(デフォルト)リスクも高まってし まうとする見方がこの金利動向の背景にある。
第3に、今後もなお続くポイントとして、景況感・実需が低下することによる銀行の貸出 残高の低下、不良債権の増加および貸倒引当金の増加などが生じることである。今回のソ ブリン・リスクが財政赤字に起因しているものであったため、この先欧州では財政再建が 必要不可欠である。しかし、この財政再建を厳しく行なおうとすればするほど景況感に水 を差すことは言うまでもない。景況感の低迷が上記を通じて、銀行セクターの経営に悪影 響を及ぼさないはずはない。
2
金融危機と言える様相主に以上の3つの経路でソブリン・リスクが金融システム不安に転嫁してきたということ になる。欧州金融機関のクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)を振り返ると、ほぼソ ブリン・リスクに連動して、スプレッド(上乗せ金利)がワイド化して推移したことが見て 取れる(第
3
図)。国別や金融機関別のクレジットストーリー(将来の信用力の見通し)にかかわらず、一様 に同じ形状をしていることに注目していただきたい。つまり、マーケット参加者からみて、
欧州金融機関は基本的に十把一絡げと捉えられたということで、これは金融危機と言える 様相であったことが解釈される。
しかし、第2図および第
3図の足元に注目してみると、状況は一変したことが確認できよ
う。これはLTROの実施による効果である。実際、2011年10月26日、27日の EU首脳会議に
おいて、EUはあらゆるタームのファンディングを金融機関に対して行なうとの発表をして いる。短期から長期のいずれにおいてもファンディングに応えるということは、EUによる 金融機関の デフォルトリスク消滅宣言 として捉えることができるであろう。その後、2011年 12月 21日、および 2012年 2月 29日に実施されたのがLTRO
である。ECBから金利1%で3年分の流動性が供給される仕組みである。初回の応札総額は
523
金融機関による4892億
ユーロ、2回目は同800
社による5395
億ユーロと巨額に上った。これだけ巨額の資金供給を 行なえば、逼迫した金融機関の資金調達難が遠のいたことが理解されよう。しかし、この 応札ぶりは、欧州の金融機関の資金調達がいかに大変だったかを示しているともとれるだ ろう。なお蛇足ながら、ソブリン・リスクが転嫁した欧州金融システムではあったが、ユーロ
危機を理由としたデフォルトは生じていないことを付け加えておく。よく欧州金融大手デ クシアはデフォルトしたと誤解されているが、ビジネスモデルが問題であったことが原因 で2011年10月に公的管理下に入っただけであり、ユーロ危機とは関係がない。
3
それでも収益はプラスで推移こうして、さまざまな経路からのソブリン・リスクの高まりにより金融システム不安が 頭をもたげてきたのだが、今回の欧州危機での特徴のひとつとして当該金融機関の収益力 がそれほど落ちていない、言い換えれば、比較的利益を確保してきた、ということが言え るだろう。
過去を振り返ると、サブプライムローン問題やアジア通貨危機など金融機関が直接的な 影響を受けたことがあるが、いずれも大きな爪痕を銀行の大赤字という形で残した。しか
Santander RBS
HSBC Barclays
UBS Credit Suisse
BNPパリバ ソシエテジェネラル
ドイツ銀行 ウニ・クレディット BBVA
700 600 500 400 300 200 100 0
(bp)
第 3 図 欧州金融機関のCDSスプレッド(5年債)
700 600 500 400 300 200 100 0
(bp)
3 月 12 年 1 月 11 月 9 月 7 月 5 月 3 月 11 年 1 月 11 月 9 月 7 月 5 月 3 月 10 年 1 月 11 月 9 月 7 月 5 月 3 月 09 年 1 月 11 月 9 月 7 月 2008
年 5 月
3 月 12 年 1 月 11 月 9 月 7 月 5 月 3 月 11 年 1 月 11 月 9 月 7 月 5 月 3 月 10 年 1 月 11 月 9 月 7 月 5 月 3 月 09 年 1 月 11 月 9 月 7 月 2008
年 5 月
Bloomberg、BNPパリバ証券。
(出所)
し今回の欧州危機では、大きな赤字に陥っていない(第1表)。金融危機と言える様相を示し たはずなのに、である。2011年第
3四半期で赤字に陥った大手欧州金融機関はイタリアのウ
ニ・クレディット(UniCredito)とドイツのコメルツバンク(Commerzbank)くらいで、その 他は、減益にこそ陥っているものの、利益を確保していることが見て取れよう。第4四半期 になると、さすがに赤字の銀行が散見されるが、それでも、わずかな赤字や減益でとどま っていることがわかる。第 1 表 金融機関の当期利益比較
米 国
Citi Group 956 3,771 3,341 2,999 1,309 2,168 2,697 4,428
Bank of America 1,991 6,232 −8,826 2,049 −1,244 −7,299 3,123 3,182 J. P. Morgan 3,728 4,262 5,431 5,555 4,831 4,418 4,795 3,326
Morgan Stanley −250 2,199 1,193 968 836 131 1,960 1,776
Goldman Sachs 1,013 −393 1,087 2,735 2,387 1,898 613 3,456 ス イ ス Credit Suisse −698 831 884 1,211 864 591 1,439 1,944
UBS 431 1,238 1,168 1,922 1,708 1,614 1,811 2,083
スペイン
BBVA −187 1,136 1,712 1,575 1,275 1,474 1,639 1,716
Banco Popular 102 139 172 254 93 216 192 282
Santander 63 2,547 2,005 2,886 2,852 2,116 2,839 3,065
ド イ ツ
Deutsche Bank 198 1,024 1,725 2,825 816 −1,568 1,477 2,438
Allianz 663 277 1,440 1,173 1,541 1,746 1,406 2,145
Commerzbank 426 −971 35 1,349 349 146 448 980
イタリア Intesa Sanpaolo 745 1,067 905 686 659 1,276 952
UniCredito −15,033 735 1,109 436 432 189 720
フランス
BNP Paribas 1,031 764 3,063 3,582 2,104 2,463 2,680 3,159 Societe Generale 135 879 1,075 1,254 1,186 1,158 1,380 1,471
Credit Agricole −4,133 364 488 1,369 −445 959 483 650
オランダ ING −695 2,390 967 1,891 588 480 1,542 1,702
英 国 Royal Bank of Scotland −2,826 1,974 −1,463 −846 3,237 −1,777 412 −223
Barclays 560 1,856 793 1,622 1,712 76 2,036 1,664
韓 国
Shinhan Financial GP 529 −27 43 938 322 552 501 683
KB Financial Group −17 −12 −14 −15 −204 69 −287 501
Industrial Bank 408 445 505 214 309 263 329
2011.4Q 2011.3Q 2011.2Q 2011.1Q 2010.4Q 2010.3Q 2010.2Q 2010.1Q
英 国 HSBC 7,582 9,215 6,396 6,763
Lloyds TSB −767 −3,727 −1,434 909
アイルランド Allied Irish Banks 3,117 −11,218 −2,346
Bank of Ireland 763 −714 −999 186
Commonwealth
Bank of Australia 3,457 2,889 2,458 2,538
National Austaralia
Bank 2,948 2,420 1,904 1,899
Australia and
New Zealand Bank 2,842 2,656 2,304 1,745
Westpac Bank 3,200 3,949 3,104 2,606
(出所) Bloomberg、BNPパリバ証券。
2011.2H 2011.1H 2010.2H 2010.1H
オーストラリア
―
―
―
―
(注) Q=四半期、H=半期を示す。
(単位 100万米ドル)
ここから、2つのインプリケーションが指摘できる。第
1
に、収益の毀損をみせなかった ことは、これこそが欧州が選択した金融システムの健全化策なのだということである。つ まり、ソブリン・リスクの発生以降、貸し出しの制御による収益力の抑制、貸倒引当金の 増加があったものの、それは収益を確保できる程度にとどまり、ドラスティックな損失処 理を避けたということになる。ひいては、ソブリン・リスクの転嫁からの損失分は、金融 機関は今後も払い続けることが必要になるのではないか、という見通しが立つ。言い換え れば、よほど神風が吹いて景況感ががらりと変わりでもしない限りは、減益あるいはわず かな赤字といった冴えない欧州金融機関の収益発表を、今後数期にわたって確認すること になるのではないか、ということである。第2に、資本に関する毀損も今後まだ継続することになるであろう。前述したように、厳 格な財政再建策に則って、あるいはユーロ圏が今後発表する可能性のある財政協定に則って、
財政赤字に対応すればするほど、各国の景況感は劣化することになる。これまでは、ギリ シャ国債に対するヘアカットや周縁国国債に対する引当金計上など、有価証券に対する損失 負担が大きかったが、今後は当該国に対する貸出金・ローンなどの質の劣化がみられること になる。貸し出しそのものの需要も減退し、総収入そのものも減る。しかも、緊縮財政か らデフォルトに陥る事業会社や破産する個人も増えることさえ想定され、それが金融機関 の不良債権を増大化させることは自明の理であろう。
4
資本不足に陥る金融機関金融システム不安が継続するなか、当然資本不足に陥る銀行が多数出てくるのではない かとの懸念も付いて回る。欧州では、こうした金融機関に対するマーケットの疑念を払拭 するために、これまで2回のストレステストを実施した。第1回目は2010年7月に実施され、
対象行数は英国金融機関
4行も含めた 91行で、そのうちストレスシナリオに基づく資本不足
を指摘された銀行はわずか7行、不足額35億ユーロであった。当然、これでは甘い、との見
方が多く、信頼に足るものとはならなかった。第2回目は2011
年7
月で、ここでは対象行数90に対し、同じく資本不足指摘行は8行、不足額は 25億ユーロであった。
こうしたストレステストでは、景気が現状より悪化すると想定した場合に、中核的自己 資本比率(以下「コアTier1比率」。株主資本と内部留保を資本とした資産対比の割合を示す)が 適正とされる5%水準を下回る可能性がある場合に、資本不足が指摘されることになる。し かし、採用されたストレスシナリオが現実的ではないことや、コアTier1比率
5%は、現在の
欧州基準からみて著しく低いこと(欧州でのコアTier1比率の基準は9%)
などから、あまり信 憑性のあるテスト結果とは捉えられなかったのが現実である。そのため、他のストレステ ストの実施や資本不足に対する指摘など、金融システム不安解消のための施策などが別途 なされてきた。今般の欧州危機で金融システム不安が案じられた例として、スペインおよびアイルラン ドをみてみることにする。
2010年 5月にはスペインの金融システムの瓦解が騒動になった。バンコ・サンタンデール
(Banco Santander)やビルバオ・ビス カヤ(BBVA)といった国内大手銀 行ではなく、カハ(Caja、小口業務が 中心の貯蓄銀行。企業規模としては小 から中程度のものが多い)の抱えた住 宅ローンなどが焦げ付き、不良債権 が増大化した。そのため2010年
5
月 にはコルドバに本拠をおくカハスー ル(Cajasur)が公的管理下へ入り、小銀行ごとの合併・再編発表などが 逐次行なわれるに至った。なお、ス ペイン政府が用意した銀行への資本 注入のための基金である銀行業界再 編基金(FROB)は
990
億ユーロ程度 にすぎず、再編そのものもなかなか 進まなかった。スペイン金融当局は、2011
年3
月に自国内でストレステス トを実施したが、資本不足行の指摘 は5
行止まりであった。抜本策が打 たれないまま、カハ問題は今なお燻 ったままである。一方のアイルランドは、2010年
11
月には、銀行債権の保有者に対する損失吸収を始めるに至っている。アングロ・アイリッシュ銀行の場合は、たとえば劣後債
(Lower Tier2債)は額面
20%
の政府保証シニア債に交換、あるいは1000
ユーロあたり0.01ユ ーロでのテンダーオファー(株式公開買い付け)がなされた。こうしたエクスチェンジオフ ァーに応じなければ、ほとんどゼロでバイバック(買い戻し)されることになり、投資家に とっては手厳しかったが、銀行側からみれば債務リストラが進められたことを意味する。その他の金融機関も、債権者による損失吸収策を相次いで発表しており、その意味ではア イルランドの金融システム不安は解消に向けて進捗したということになる。
そのほか各国の銀行の資本不足の状況については、欧州銀行監督機構(EBA: The European
Banking Authority)
による指摘もある。2011年10月現在1064億ユーロ、2011
年12月現在では1147億ユーロ
(第2
表)。2ヵ月のタイムラグの間に83億ユーロの資本不足分が増加した計算 だが、国による差異が生じていることは注目してよいであろう。つまり、この間に、保有 国債などに対して保守的な対応を示した銀行とそうでない銀行がある、ということの差と 捉えられる。ドイツやベルギーの金融機関の資本不足額は増加したが、フランスやスウェ ーデンのそれは減少したということが確認されよう。第 2 表 EBA指摘の資本不足金額
オーストリア 2,938 3,923 985
ベルギー 4,143 6,313 2,170
キプロス 3,587 3,531 −56
ド イ ツ 5,184 13,107 7,923
デンマーク 47 0 −47
スペイン 26,161 26,170 9
フィンランド 0 0 0
フランス 8,844 7,324 −1,520
イギリス 0 0 0
ギリシャ 30,000 30,000 0
ハンガリー 0 0 0
アイルランド 0 0 0
イタリア 14,771 15,366 595
ルクセンブルク 0 0 0
マ ル タ 0 0 0
オランダ 0 159 159
ノルウェー 1,312 1,520 208 ポルトガル 7,804 6,950 −854 スウェーデン 1,359 0 −1,359
スロベニア 297 320 23
総 計 106,447 114,685 8,238
10月26日 12月8日 差額
国
(出所) EBA、BNPパリバ証券。
(単位 100万ユーロ)
5
大手行の資本の実態と個別行の増資例EBA
は、資本不足行として、スペインのサンタンデール(不足額153億ユーロ)
、イタリア のウニ・クレディット(同80
億ユーロ)、スペインのビルバオ・ビスカヤ(同63億ユーロ)
、 ベルギーのデクシア(同63億ユーロ)
、ドイツのコメルツ(同53億ユーロ)を筆頭とするリス トを発表した。そうした金融機関には、レピュテーションリスク(評判リスク)が常に付い て回ることもあり、増資に躍起になることは容易に想像される。後段では、こうした個別 行の増資スキームなどを紹介していくことにするが、その前に、大手欧州金融機関の発表 しているコアTier1
比率について、みておくことにしたい。第4
図をご覧いただきたい。コ アTier1比率で9%
に満たない大手欧州金融機関については2011
年第3四半期現在、ユニ・ク レディットなど2行を除き、これといって見受けられないことがわかる。前述したとおり、大きな損失を計上してこなかっただけに、資本の毀損もきわめて限定的であったと解釈で きるだろう。
なお、これまでコアTier1比率9%という高い水準が欧州のスタンダードであると記してき たが、この水準は、2011年
10月のEU
首脳会議の発表に基づく。その発表では、2011年9月
30日時点の時価を使ったソブリン・エクスポージャー評価後の資本比率で9%
が必要という基軸が発表になっている。欧州金融機関に係る資本不足懸念を払拭するために、2012年
6月 30日までに同比率を達成する必要があると決まった。この数値目標のクリアがそれぞれの
金融機関に課されるわけだが、その際、過剰なデレバレッジは行なってはならない、子会 社全体のエクスポージャーを対象とするなど保守的に扱う面がある一方で、Coco債
(Convertible Contingent Bond、条件付き資本。ある一定の条件下で普通株に強制的に転換される債
BNP Paribas Deutsche Bank HSBC Barclays
■ 2011年9日30日 ■ 2010年12月31日
Credit Agricole Santander Societe Generale Commerzbank BBVA Nordea Danske Bank UniCredito
(%) 第 4 図 コアTier1比率比較 18.0
16.0 14.0 12.0 10.0 8.0 6.0 4.0 2.0 0.0
Royal Bank of Scotland
各社資料、BNPパリバ証券。
(出所)
券のこと)を資本としてカウントできるなど甘い点もあったことを付け加えておく。
さて、個別行の増資について、解説していくことにする。まず、サンタンデールは転換 社債68.3億ユーロの発行や、優先株と普通株の交換により
19.4億ユーロを増強するなどして
対応した。ウニ・クレディットは2012年1月 4日に75
億ユーロの株主割当増資を43%のディ スカウント価格で実施する計画を発表した。27日には、そのうち99.8%が応じたと発表。増 資自体がマーケットでほぼ達成できたという点は、むしろ意外感をもって迎えられたほど であったが、割り当てに応じられず失権したものは証券会社や銀行からなる引き受け団体 が全額引き受けることが決まっていたため、増資完了自体は既定路線でもあった。また、コメルツはハイブリッド証券の買い戻しなどにより資本増強を目指すなどとしている。
ウニ・クレディットのように株式市場から資金調達ができたのは、いくら無理やり行な ったといえど、レアケースと言えるだろう。ウニ・クレディットはイタリアの最大手で、
まさにToo Big To Fail(TBTF、大きすぎて潰せないという意味)の流れにあるため、欧州金融 機関同士の暗黙の了解があってこその資本増強にみえる。現状のように、ユーロ危機が継 続しているなか、株式市場を通じるものであれ、債券市場を通じるものであれ、欧州金融 機関が資本増強をすることは難しい。そこで、欧州金融機関の資本増強策としてもっぱら 使われているのが、負債マネジメント(LME: Liability Management)である。
第 3 表 負債マネジメントまとめ Santander
発表日:2011年11月
対 象:既存のユーロ建ておよびポンド建ての期限付劣後債(Lower Tier〔LT〕2債)
内 容:新規発行の2015年12月償還のユーロ建ておよびポンド建てのシニア債に交換 Societe Generale
発表日:2011年11月18日
対 象:ユーロ、ポンド、ドル建てTier1債
内 容:現金によるテンダーオファー(公開買い付け提案)
経過利息の支払いあり 買付額の上限が9億ユーロ AIG
発表日:2011年10月24日 対 象:複数の下位劣後債 内 容:新発のシニア債
落札される下位劣後債の上限額は総額25億ドル Lloyds
発表日:2011年12月
対 象:2012年にコールが到来するLT2債、過去にコールを見送ったLT2債 5種類の通貨のLT2債とUpper Tier2債、総額50億ポンド相当 内 容:債務交換
経過利息の支払いあり
(出所) 各社資料、BNPパリバ証券。
6
負債マネジメントが欧州金融機関の資本増強策の潮流もともとの資本比率はある程度の水準を確保しており、資本不足を過剰に気にしなけれ ばならない欧州金融機関はそうはないと述べた。しかし、これからいっそう厳しい時価評 価に晒されること、財政再建による景況感の低迷が不良債権を増やす可能性が大きいこと を加味すれば、増資できるなら増資しておくに越したことはない。そこで、LMEなのであ る。第3表は、LMEを実施した銀行とそのスキームについて、ほんの一部を例として紹介し ているものである。劣後債を買い戻す、劣後債をシニア債務に交換する、といった債務再 編が主眼となっている。負債額を減らすことで資本比率の改善に寄与させ、毎年の支払い クーポン(債券に支払われる利息)も減るため損益の改善になる、など、直接的な増資では ないまでも、バランスシートの改善を果たすことにつながる。
早期の市場回復が必ずしも期待できないなか、金融機関がいざ増資をしようとしても、
なかなかうまくいかない状況は今後も継続することであろう。その意味からも、LMEが順 次起こりうる可能性はみておかねばならない。
7
規制の強化アジア通貨危機、サブプライムローン問題、それに今回のユーロ危機。負の連鎖が始ま るような金融危機が相次いで起こっている傍らで、これまでの規制では防ぎきれなかった テールリスクを含めてさらに厳しい規制をかけようとする動きが強まる。こうして、金融 機関に対する規制は日々厳しくなってきたと言っても過言ではない。折しも、新たな自己 資本比率・流動性の枠組み(バーゼルⅢ、2010年
9
月公表)の検討が進み、グローバル金融機 関全般に対し、特に預金金融機関であれば、過剰なリスクを取らないこと、仮に取るので あればリスク資産に見合う資本を確保することが大前提となってきている。米国ではボル カー・ルールの適用開始を待っている状況である(2014年7月21日まで経過期間)。欧州では、資本要求指令(CRDIV: Capital Requirements Directive IV、EU域内の銀行の新たな自己資本規制で、
基本はバーゼルⅢに準拠するもの)、英国ではリング・フェンス/
PLAC
(第1
次損失吸収能力)、 スイスではプログレッシブ・コンポーネントがそれぞれ発効し、英国を除き2013年1月から
段階適用が開始(英国は2019年 1
月から)される。すべての規制に共通する姿勢は、①金融 システム危機につながるような金融破綻を発生しづらくする仕組みづくり、②金融機関の 破綻が発生した場合の破綻処理ルールの策定、③金融機関の破綻処理コストの金融機関負 担、である。これをビジネスの観点で置き換えるなら、収益力は規制によって減殺される が、その代わり、安定的な資本がリスクのバッファーになりうる、ということになる。債 券には、損失吸収の概念がより厳密に課されることにもなる。クレジットの観点で言えば、保守的経営が求められる分、規制は信用力に対しプラスに働くはずである。
こうした規制強化はしかしながら、TBTFによる救済の防止を最終的には求めているので ある。そのため、こうした規制が厳密に適用になるにつれ、セーフティーネットによる信 用力に対する下支えがなくなることになる。通常、金融機関の格付けは、各銀行の財務内
容をみて付与した格付けをベースにセーフティーネットの評価を加えたものになっている。
このため、規制の強化とともに国によるセーフティーネット分の信用力は除外されていく 可能性が大きいということになる。よって、将来的には、ユーロ危機の影響を受けたネガ ティブな要件のみならず、規制が厳しくなることによる金融機関の格下げまでみておく必 要があるわけだ。
おわりに
欧州の金融機関に対するソブリン・リスクの影響は直接的にも間接的にも、相応にある ことはみてきたとおりである。ただし、その影響度合いという観点でみれば穏やかな影響 にとどまっており、この先もそうした調整を欧州自体が選択してきたために、影響の程度 は軽微であるとみてよいであろう。
しかしながら、ソブリン・リスクはこの先も長く続くと考えられる以上、金融システム への影響も長く続くとみておかざるをえない。その意味では、突発的なヘッドラインが浮 上するリスク(たとえば、ドイツの連邦銀行やスペインのカハなどの経営の行き詰まりや公的資 本注入など)は予想しておくべきであろうと考える。欧州金融機関の流動性対策およびデフ ォルトリスクの遮断という意味で効果の高かった
LTROは、ひとまず打ち止めになっており、
その再開が求められるような状況に再びなりうるのかも注視したい点だ。コア
Tire1
比率に ついても、景況感や規制の動向では一段と厳しい資本比率が求められる可能性は大きい。デフォルトさせない という
ECB
の頑張りが効く間に、それぞれの金融機関のファンダメ ンタルズ強化が図れるかが課題であろう。ギリシャ問題以降、スペインやイタリアのソブ リン・リスクの顕在化が懸念されているなか、欧州金融機関に残された時間は、思うより 少ない。なかぞら・まな BNPパリバ証券投資調査本部長 チーフクレジットアナリスト [email protected]