1957
年のスプートニクの打ち上げの時から、宇宙は国際政治の舞台であった。1960 年代の月面着陸競争、1980年代のスペースシャトルの打ち上げとミール宇宙ステーシ ョン・国際宇宙ステーションの建設は冷戦期における米ソ対立を宇宙に延長したもの であり、それが結果として多くの科学的、技術的発展をもたらした。冷戦期、宇宙開 発は人類にとってのフロンティアであったが、国際政治の文脈ではあくまでも地上の 国家間対立の空間的延長でしかなかった。4
つの新たな潮流しかし、現代の宇宙は地上における国際政治を反映するだけの空間ではなくなって いる。第1に、冷戦期には宇宙開発の中心は圧倒的に米ソ両国が占めており、欧州や 日本、中国なども宇宙開発を進めてはいたが、米ソには遠く及ばない状況であった。
しかし、現在では衛星を打ち上げる能力をもつ国は11を数え、小型衛星を含め、自ら 衛星を開発する能力をもつ国は
60ヵ国を超える。また、国家の支援を受けずに独力
で資金調達し、複数の国家にまたがって活動する民間宇宙企業も多数宇宙開発に参入 しており、すでにSpaceX
(Space Exploration Technologies Corp.)は商業的な衛星打ち上 げでトップの実績を誇るようになっている。このように、宇宙で活動する主体が爆発 的に増えたことで、冷戦期のように米ソで合意できれば国際的な宇宙開発利用のルー ルを決められるという時代ではなくなっている。これを「宇宙の民主化」と呼んでお こう。第
2
に、冷戦期にも宇宙は軍事目的で利用されてきたが、その多くは偵察や通信、気象といった、これまで地上で行なっていた活動を支援し、その能力を強化するため という利用の仕方であった。航空機よりも高い高度で偵察し、地上の設備よりも広範 囲での通信が可能といったメリットから、宇宙の軍事利用が進められていった。しか し、現在では、宇宙空間に配備されているシステムが軍事行動に不可欠となり、それ なしでは地上の部隊や装備が意味をなさないようになっている。地球の裏側を飛行す るドローンを通信衛星を通じて操縦し、GPS(全地球測位システム)によって巡航ミサ イルは誘導され、早期警戒衛星からの情報が届いて初めてミサイル防衛システムが起
国際問題 No. 684(2019年9月)●1
◎ 巻 頭 エ ッ セ イ ◎
Suzuki Kazuto
動するというように、宇宙システムは各国の軍事能力を規定し、その有無が安全保障 上の戦略を決定すると言っても過言ではない状況になっている。これを「宇宙の軍事 化」と呼んでおこう。
第
3に、先にも述べたように、民間の宇宙企業が多数参入し、宇宙開発はもはや国
家のみが行ないうる活動ではなくなってきた。冷戦期には開発や打ち上げ、運用にか かるコストが膨大であり、また技術が確立していなかったため、開発リスク(ロケッ トや衛星の開発に失敗するリスク)が高かった。そのため、民間企業はそのコストとリ スクを背負うことは事実上不可能であり、それゆえ国家のみが開発の主体となってい た。しかし、技術が成熟し、開発リスクが下がってきたこと、また衛星の小型化によ り開発や打ち上げのコストの低減が進んだこと、さらにはリーマン・ショック以降の 金融緩和によってだぶついた資金が新たな投資先として宇宙ベンチャーに注目し、旺 盛な投資意欲が存在することなどが重なり、今や宇宙は民間企業がビジネスを行なう ために参入する分野となってきている。
とりわけ宇宙技術は「デュアルユース(軍民両用)技術」であり、民間で開発した 技術は、軍事目的にも応用が容易であるため、現在では防衛当局が民間資本によるサ ービスを調達するようになっている。例えば、百数十機の小型衛星で高頻度の地球観 測を行なう
Planet社
(Planet Labs Inc.)による衛星画像頒布サービスは空間分解能(解 像度)は低いとはいえ、同一箇所を数時間ごとに撮像できるという時間分解能(撮像 頻度)の高さから、従来の空間分解能が高く、時間分解能が低い偵察衛星ではできな かった情報収集が可能になっている。このように商業的なサービスがこれまでの宇宙 開発における国家の役割を低め、民間企業の役割を高めていることが大きな変化であ る。これを「宇宙の商業化」と呼んでおこう。第
4に、現代の安全保障や商業活動に不可欠な存在となった宇宙システムではある
が、その物理的な防護は極めて難しい。宇宙空間に物体を打ち上げるためには重力に 逆らって巨大なエネルギーを使い、ロケットで打ち上げる以外に今のところ方法はな い。そのため、衛星を可能な限り軽くすることで打ち上げにかかるエネルギーを節約 し、コストを下げることが求められると同時に、衛星が軽くなればその分多くの燃料 を搭載できるため、衛星の寿命は延びる。しかし、衛星が軽くなればそれだけ外的な 衝撃に弱くなり、特に地球軌道上を周回する物体は秒速7.9km(時速2万8500km)のス ピードで飛翔しているため、それらの物体に衝突すれば衛星に大きな損害が出る。宇 宙空間は無限の広がりがあるとはいえ、地表から300―
1200km
の軌道に多数の衛星が 集中し、ひしめき合っており、ここに民間企業による小型衛星のコンステレーション(数百から数千機の衛星を同期させて運用する)が参入しているため、宇宙空間は過密な 状態になりつつある。しかも、その軌道にはロケットの上段の残骸や寿命を終えた衛 星、さらには
2007
年に中国が行なった対衛星攻撃(ASAT)実験や2019
年3月のイン◎巻頭エッセイ◎宇宙:国際政治の新たなフロンティア
国際問題 No. 684(2019年9月)●2
ドによるASAT実験によって破壊された衛星の破片などが飛翔しており、これらの宇 宙デブリ(ゴミ)との衝突リスクは高まる一方である。こうしたデブリとの衝突によ って衛星の機能が失われれば、安全保障戦略においても、商業的な活動においても大 きな損失となり、自らの能力を失うことになる。これを「宇宙における脆弱性の顕在 化」と呼んでおこう。
「宇宙軍」は何をする軍種なのか
これら
4つの新しい潮流によって、冷戦期とはまったく異なる国際政治上の問題と
して宇宙が位置づけられるようになっている。宇宙空間はもはや地上における国際政 治の延長ではなく、宇宙空間が独立した空間として認識され、そこでのインフラ整備 ができるかどうかで軍事的な能力が規定され、国際的な競争が激しくなる商業市場で の勝敗が決まるようになってきている。
しかも、宇宙空間は地上における国際政治の力学とはまったく異なるダイナミクス をもっている。それは特定の空間的領域を支配し、その空間に主権(管轄権)を行使 することができないからである。すでに別稿で述べたように(1)、宇宙空間では伝統的 な抑止の概念は成立せず、侵入してくる他者を排除することができない。そのため、
敵対する国家が宇宙を利用してその軍事的能力を高めることを阻止しようとして、
ASAT
のように宇宙システムを物理的に破壊するか、妨害電波によるジャミングなど で衛星の機能を阻害する行為に及ぶインセンティブが高い。こうした妨害行為(Counterspace capabilities)に対して、いかにして宇宙システムを 防護するかが課題となっている。トランプ米大統領が新たな軍種としての「宇宙軍
(Space Force)」の創設を訴え、宇宙を「戦闘領域(War Fighting Domain)」として認識 しているのは、まさにこうした宇宙システムを整備し、それを敵の攻撃から防護し、
場合によっては敵の宇宙システムを攻撃し、また衛星の機能を失ったときには即座に 回復できるような体制を整える必要があるという認識からである。「宇宙軍」は宇宙 に特化した研究開発機関を備え、宇宙を専業とする人材を育成し、来たるべき宇宙空 間での能力の奪い合いに対抗できる措置を講じる存在となる。そして、実際に衛星の 機能が失われた際に、デブリの衝突のような非意図的なものか意図的なものかを判断 し、意図的な攻撃によるものであれば、誰が何の目的でそうした攻撃を行なったのか を判断することが求められる。加えて、即座に衛星の機能を回復する、ないし代替手 段を提供することが任務となる。
「宇宙軍」と聞くとどうしてもハリウッド映画のような宇宙空間での戦闘シーンな どを想像してしまうが、その実態は極めて地味なものである。宇宙状況監視(Space
Situational Awareness)を高めるための望遠鏡やレーダーから入ってくる情報をスクリ
ーン上で常時監視し、何らかの変化があればそれを分析し、その判断を報告し、事態
◎巻頭エッセイ◎宇宙:国際政治の新たなフロンティア
国際問題 No. 684(2019年9月)●3
に対処するため衛星の打ち上げや軌道変更を指示したりするような作業が中心とな る。しかし、こうした地味な活動こそが現代の安全保障を確実なものにするために不 可欠であり、国際問題をマネージする手段なのである。
まとめ
現代の宇宙は、民主化され、軍事化が進み、商業化が激しくなり、脆弱性が顕在化 している空間である。その空間で自国のシステムを守るために「宇宙軍」を作ったと しても、それで問題が解決するわけではない。この新たな国際政治のフロンティアに おいて求められているのは、グローバル・コモンズとしての宇宙空間を安定的、持続 的に利用できるようにするための制度作りである。宇宙空間は空間的な管轄権の分割 による統治ができない以上、その空間全体を律するガバナンスの仕組みが不可欠であ る。そのためには宇宙に参入するすべての国が共通するルールの下で行動して予見可 能性を高め、また共通の脅威である宇宙デブリなどに協力して対処することが不可欠 なのだ。
宇宙空間が狭い意味での国益の争いの場ではなく、全人類に有益なサービスを提供 する場として活用し続けるためにも、すべての国家が宇宙の重要性を認識し、「共有 地の悲劇(tragedy of commons)」を避けるための行動が求められているのである。
(1) 鈴木一人「安全保障の空間的変容」『国際問題』2017年1・2月合併号(658号)、4―13ペ ージ。
◎巻頭エッセイ◎宇宙:国際政治の新たなフロンティア
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すずき・かずと 北海道大学教授 [email protected]