セミナー室
植物の高CO2応答-4FACE実験による水田生態系の気候変動応答研究
臼井靖浩,常田岳志,酒井英光,林 健太郎,長谷川利拡 *1
農業環境技術研究所
はじめに
今後予測される大気中のCO2 濃度の上昇は,光合成を 高める一方,気孔を閉じ気味にするなど,主要な植物生 理過程に直接的な影響を与える.光合成の促進は乾物生 産を増大させる一方で,気孔開度の低下は水消費を低減 する.その結果,多くの作物で収量の増加や水利用効率
(水消費当たりの生産量)の向上が予測されている(1). しかし,CO2 の影響は,これらの直接的あるいは一次的 な影響だけにとどまらない.光合成の促進は,植生によ る炭素固定を高め,生態系の炭素循環にも影響する.ま た,旺盛な植物の成長は,土壌からの無機養分の吸収に も影響する一方,土壌養分が十分でない場合,植物成長 の促進は抑制される(2).このように,光合成や蒸散と いったガス交換に端を発する高CO2 応答は,作物生産 だけではなく,生態系における水,炭素,窒素などの物 質循環にも波及する.
このような生態系レベルでの高CO2 応答のメカニズ ムを,人工気象室などの閉鎖系実験やポット実験のみで 解明するには限界がある.こうした背景から登場したの が,開放系大気CO2 増加 (Free-Air CO2 Enrichment ; FACE) 実験である.FACE実験は,屋外のフィールド に八角形から円形の区画(リングと呼ぶ)を設け,その 周縁部から風向きに応じてCO2 を放出して,区画内の
CO2 濃度を外部に比べて高めるものである.1989年に アメリカ合衆国アリゾナ州で最初のFACE実験が開始 して以来,世界各地でいろいろな生態系を対象とした FACE研究が行われてきた.本稿では,農作物を対象と したFACE実験結果を簡単に振り返りかえるとともに,
岩手県雫石町(1998 〜 2008年)および茨城県つくばみ らい市(2010年〜)で行ってきた水田FACEの研究内 容を紹介する.なお,樹木を対象としたFACE実験の 結果は,本連載の小池の解説を参考にされたい.
作物種によって高CO2 に対する収量応答は異なる か?
作物を対象としたFACE実験は,世界各地で実施さ れてきたが,リングの直径が8 m以上の大規模FACE は,アメリカ(アリゾナ州,イリノイ州),イタリア
(トスカーナ州,エミリア=ロマーニャ州)),日本(岩 手県,茨城県),中国(江蘇省2カ所),オーストラリア
(ビクトリア州),ドイツ(ニーダーザクセン州)の10 カ所で,このうち現在稼働しているのが6カ所である.
CO2 濃度の制御方法は試験地で多少異なるが,リング周 辺からCO2 を放出してリング内のCO2 濃度を高める点 では一致している.また,設定のCO2 濃度は約50年後 に予測される550 〜600 ppmである*2.これまでに,コ
*2気候変動に関する政府間パネルが想定する高成長社会シナリオ での予測.
*1連絡責任者:thase@affrc.go.jp.
ムギ,イネ,トウモロコシ,オオムギ,ソルガム,ダイ ズ,エンドウ,バレイショ,テンサイ,ワタ,キャッサ バなどが対象とされてきた.
各地の作物FACE実験における最初の狙いは,開放 系圃場における高CO2 処理で収量は本当に増加するか,
ということであった.また,トウモロコシ,ソルガムと いった低いCO2 濃度に適したC4 光合成回路をもつ作物
(C4 作物)は,C3 光合成回路をもつ作物(C3 作物)に 比べて,高CO2 処理の効果が低いのではないか,との 仮説も提唱された.各地の実験結果が集積されるにつれ て,高CO2 処理は開放系実験においても作物の収量を 増加させること,その程度はコムギ,イネ,オオムギ,
ダイズなどの主要C3 作物では,10 〜20%と類似してい ることが示された(1, 3〜5).これらの増収は,光合成の促 進によるものである.一方,C4 作物では,高CO2 によ る光合成の促進は小さく(6),収量の増加もほとんど認め られなかった(7).ただし,高CO2 による気孔開度の低 下と群落水消費の減少は,C4 作物でも同様に生じるこ とがわかった.このため,土壌が乾燥した条件では,
FACE区における乾燥ストレスが軽減し,間接的には光 合成が促進される(8).このことは,将来の作物生産の予 測において,CO2 とほかの環境要因の相互作用が重要で あることを示している.
C3 作物間でも,高CO2 応答には種間差が認められる.
たとえば,バレイショでは,28 〜 50%(9),キャッサバ では89%(10) など,イネ科穀類などよりもはるかに大き い増収効果が報告されている.これらの塊茎あるいは塊 根を収穫器官とする作物は,穀物のように穂を支持する 器官への投資が少なく済むことや,収穫器官のサイズに 制限がないことなどが,増収程度が大きい要因として指 摘されているが,収穫器官を貯蔵根とするテンサイの高 CO2応答は,イネ科穀類のそれと同程度である(5) など,
必ずしも上記の仮説が支持されない場合もあり,高CO2 応答の種間差メカニズムについては,不明な点も残され ている.また,以上の主要作物のFACE実験は,多く の場合限られた試験地で実施されたものである.主要作 物は,極めて広範な気候条件で栽培されることから,気 候条件の異なる地点で検証も重要である.この点,雫石 とつくばみらいにおける2カ所の水田FACE実験は,
FACE実験の地点間比較という点からも重要な成果が期 待されている.
高CO2 による増収程度はイネ品種によって異なる か?
高CO2 への応答が,同じ作物種でも品種によって異
なり,応答を高める形質(あるいは遺伝子)が特定でき れば,高CO2 環境に適した品種の開発に利用できる.
このため,高CO2 応答の品種間差異は重要な研究対象 であるが,FACE実験で顕著な品種間差異を報告した例 は意外に少ない.Tauszら(11) が5作物14論文を対象 に,高CO2 応答の品種間差異に関する研究を調べたな かでは,FACEを用いた論文は2例のみであった.これ には,FACE実験の数自体が限られているということも 関連しているが,人工気象室などで十分にスペースを とった孤立個体の実験と,FACEのように圃場で群落を 対象にした実験では,品種間差の現れ方が異なることに も関連している.ただし,実際の生産条件を考慮する と,群落条件での試験は不可欠であり,FACEで得られ る品種間差異は,重要な意味をもつ.
このような観点から,農業環境技術研究所,農業・食 品産業技術総合研究機構東北農業研究センター,秋田 県,東北大学などによる研究グループは,雫石とつくば みらいの2地点で,形態特性が異なるイネ4品種用を対 象にFACE実験を実施した(12).同じ品種セットを用い たFACEの地点間比較は,ほかの作物を含めても世界 初である(ただし,雫石は2007,2008年,つくばみら いは2010年).その結果,高CO2 による増収率は品種間 で有意に異なり,その違いは両地点で類似することなど がわかった.すなわち,いずれの地点でも,籾(もみ)
数の多い「タカナリ」と,粒の大きい「秋田63号」は,
「あきたこまち」や「コシヒカリ」に比べて増収率が高 い傾向にあった.これらの形質は,品種の潜在的な収量 を示すシンク容量(すべての籾が完全に充実した場合に 想定される収量で,全籾数と1粒重の積で表される)を 高める性質であり,先に述べた作物種間差にも共通する 特性かもしれない.
つくばみらいでは,FACEリングの面積を雫石の2倍
(240 m2) に拡張したため,より多くの品種比較が可能 になった(13) (図1).2010年に来歴,形態の異なる8品 種の高CO2 応答を比較したところ,高CO2 による増収 効果は品種間で3 〜 36%にも及ぶ大きな違いが示され た(12).これには,穂数,一穂籾数など,シンク容量に 関する構成要素が重要であったが,登熟の良否がかかわ る登熟歩合の向上も,増収効果を高めた重要な要素であ ることがわかった.一方,乾物生産の高CO2 応答にお ける品種間差異は,収量ほどは大きくなかったことか ら,ここで認められた品種間差異は,主に大きなシンク を確保し,そこに十分な光合成産物を供給することで得 られたものと考えられる.乾物生産の高CO2 応答を向 上させて増収を図るためには,ソース機能の遺伝的変異
に関する研究も重要になるものと考えられる.
高CO2 はコメの品質に影響するか?
品質関連の形質を雫石FACE実験で調査した結果で は,高CO2 は玄米のタンパク質含有率を低下させるも のの,食味感応試験では有意な違いは認められなかっ た(14).また,雫石では,玄米の外観品質においても,
FACEによる影響は顕著ではなかった.一方,つくばみ らいでは,FACE処理により玄米タンパク質含有率が低 下したことは雫石と同様であったが,玄米の外観品質は 著しく損なわれた.
つくばみらいFACEの実験初年となった2010年は,
日本の夏(6 〜8月)の史上最高気温を記録した猛暑年 であった.つくばみらいにおいても,栽培期間中の平均 気温が25.2℃,日最高の平均が29.9℃で,平年を約2℃
も上回った.これに伴い,日本各地で高温による玄米整 粒率(未熟米,割米などを除いた,整った米粒の割合)
が大幅に低下した.つくばみらいにおいても,対照区の 整粒率は50%以下と低かったが,高CO2 処理区の整粒 率は,対照区に比べて17ポイントも低かった.整粒率 の低下の最大の要因は,玄米(特に基部)が白濁する,
白未熟粒であった(15).つくばみらいFACEで白未熟粒 が多発するメカニズムについては,まだ仮説の域を出な
いが,高CO2 条件では玄米窒素濃度が低下すること,
蒸散が抑制されて群落や穂温が上昇すること(16) などが 考えられる.現在は,そのメカニズムの解明と対処策と して高温登熟性品種の有効性の検証を進めているところ である.
FACEによって玄米タンパク質含有率が低下すること は先に述べたが,タンパク質のなかでもどのような種類 に変化が生じているのか,また,無機成分についてはど のような影響を受けるかについては不明な部分が多い.
これらについては,国際的な作物FACEの研究連携で 解明を進める動きが始まろうとしている.
FACEによる生態系応答研究の一例:高CO2・温暖 化が水田からのメタン発生に与える影響
屋外の開放系条件で行われるFACE実験は,植物へ の直接的な影響やその遺伝的変異だけでなく,大気‒植 物‒土壌という生態系レベルの高CO2 応答を模擬できる 貴重なプラットフォームでもある.これまでに世界で行 われたFACE研究から,チャンバ実験では再現できな い生態系システムとしての応答の重要性が明らかになり つつある.たとえば高CO2 は植物の気孔開度を減少さ せるが,その影響は蒸散量の低下を通して群落の熱収支 や土壌水分などの環境変化を引き起こし,その変化は再 び植物を含む生物に影響を与える(17, 18).このような生 物・非生物をまたぐ影響の連鎖とループを実証的に解明 する上でもFACE実験の役割は大きい.
水田FACE実験でも,イネの生育やコメの収量・品 質だけでなく,土壌を中心とした生態系応答に関する研 究を展開している.ここではそのなかの一つの重要な課 題として,水田から発生する温室効果ガスであるメタン の高CO2・温暖化に対する応答の研究を紹介したい.
湛水状態におかれる水田土壌は,還元状態が発達する ため,強力な温室効果ガスであるメタンが盛んに生成さ れる.メタンの温室効果は間接効果*3 を含めるとCO2 のおよそ半分に及ぶ(19).一方,大気中での滞留時間が 短いため,削減した際の温暖化緩和効果は早く現れる.
そのため今世紀中頃までをターゲットにした緩和策とし ては,CO2 よりもむしろメタンの削減が効率的であ り(20),最大の人為メタン発生源の一つである水田から の放出削減への期待も高い.
メタンが生成される水田土壌中のCO2 濃度は,もと もと大気と比べて数オーダー高いため,高CO2 の影響 が直接現れるとは考えにくい.しかし,これまでの 図1■茨城県つくばみらい市における FACE (Free-Air CO2
Enrichment :開放系大気CO2 増加)試験区
出穂期頃の様相.差渡し17 mの八角形の試験区内のCO2 濃度は,
生育期間を通して外気よりも200 ppm高い590 ppmに制御されて いる.窒素処理は3段階であり,標準窒素区,多窒素区には異な る品種が供試されている.また,標準窒素区の一部に+2℃の加 温区を設けた.
*3同じく温室効果ガスである対流圏オゾンや成層圏水蒸気濃度を 高める効果.
FACE実験の結果は,大気CO2 の増加が水田からのメ タ ン 発 生 量 を さ ら に 増 や す こ と を 強 く 示 唆 し て い
る(21, 22).その増加程度は,イネの生育促進と同程度か
それ以上であり,収量当たりでみたメタンの発生量も今 後増加していく可能性が危惧される.さらに2007 〜 2008年の雫石FACE実験で副区として設けた水・地温 上昇区では,+2℃の加温によってメタン発生量は40 〜 50%も増加し,高CO2 と合わせた増加効果は+80%に も達した(23).これは温暖化がメタン発生の増加を通し てさらなる温暖化を引き起こすという「正のフィード バック」が強く働くことを意味している.ではなぜ高 CO2 や加温によって,このような大きなメタン発生の増 加が生じたのだろうか?
現在のところ,そのメカニズムはメタンの基質となる 有機物のフローの変化によるものと考えられている.す
なわち,高CO2 によって増加したイネの光合成産物の 一部は,根圏土壌へ転流・放出され,それが基質となっ てメタンの生成が増えると考えられる.また加温は特に 出穂期以降の根の枯死・分解を早め,それがメタンの基 質として利用されたと推測される(24).
実はこのような植物‒土壌間の炭素フローに着目した メカニズム解明も,FACEのもつユニークな特徴によっ て可能となった.FACEは「炭素安定同位体のトレー サー実験」とみなせるのである.雫石やつくばみらいの FACE実験では,大気中のCO2 に比べて,13Cの割合が 少 な い(13C/12C比 の 低 い)CO2 を 利 用 す る た め,
FACE区と外気区のイネは異なる炭素同位体比をもつこ とになる.一方,同じくメタンの基質となりうる土壌有 機物は,FACE・外気区とも同じ値をもつ*4.したがっ て,両区においてメタンの炭素安定同位体比を測定し,
その差をイネが固定した炭素の同位体比の差と比べるこ とにより,メタンの基質の由来を栽培中の光合成産物と 土壌有機物とに分けることができる*5.この手法を用い ることで,栽培中の光合成産物は水田から発生するメタ ンの主要な基質であること,加温処理によって光合成産 物を基質とするメタン生成がさらに増加すること,を明 らかにすることができた(24).
このように連続的に光合成産物を同位体ラベルする FACE実験は,生態系の炭素循環を解明する貴重な機会 を与えてくれる.特に作物を対象とするFACEでは,
幼植物段階から収穫までのほぼ一生にわたって同位体比 の違うCO2 が与えられるため,発生時期の異なる器官 も同様にラベルすることができる.このため,特定の生 図2■FACE実験における炭素安定 同位体比の違いを利用した炭素フ ローの研究
FACE (CO2 添加)区では大気中より
13Cの 少 な いCO2 を 添 加 す る た め,
FACE区のイネ光合成産物の 13Cの割 合 (13C/12C) は外気CO2 区のイネよ り小さくなる.この同位体比の差を 利用することでイネ光合成産物の寄 与率を推定できる.
無加温区 加温区
光合成由来
幼穂形成期 出穂期 登熟期
32 34 43
59
45 54 10
0 メタン発生速度(mg C-CH4 m-2 h-1)
図3■生育ステージ・温度処理別にみたメタン発生速度および 発生したメタンの基質に占める栽培中のイネ光合成産物の寄与 加温区は,無加温区に比べて,水・地温を2℃高めた区.緑の縦 棒の高さは光合成産物に由来したメタンの発生速度,数値は全体 の発生速度に占める光合成産物の割合 (%). 加温処理はメタン発 生速度と光合成産物の寄与率をともに高める傾向があった.
*4 FACE処理を経年的に続けた場合,土壌有機物の同位体比も植 物体の残渣などの影響により変化が生じる.現在進行中のつくば みらいFACE実験では,逆にこれを利用することで土壌への炭素 貯留のメカニズムを解明する計画がある.
*5たとえばFACE区と外気区でメタンの炭素同位体比の差が全く なければすべて土壌有機物由来であり,もしイネと同じだけ差が あればすべてのメタンは栽培中のイネ光合成産物に由来した,と みなす.実際はその中間であり,両者の寄与率を算出することに なる.
育時期だけに標識炭素を与えるパルスラベルとは異な り,長期的,累積的な炭素フローの解明に役立つ(25). なお,本手法は高CO2 影響自体を把握することは原理 的に困難であるが,植物‒土壌間の炭素フローを実際の フィールドで調べる有力な手法として,世界の複数の FACE実験において活用されている.
高CO2 応答と窒素のかかわり
窒素はタンパク質を構成するアミノ酸に不可欠な多量 必須元素である.光合成を担う重要な酵素であるルビス コ (RuBisCO) もタンパク質であるため,光合成には窒 素が欠かせない.炭素源となる大気CO2 濃度が上昇し ても,窒素源が制限要因となる場合には,期待どおりに 光合成やバイオマス生産が高まらないことが指摘されて いる.たとえば,多年生草地で10年にわたりFACE実 験を継続しているアメリカミネソタ州の実験では,
FACE実験開始4年目以降には,土壌に窒素の付加をし なかった場合,付加をした場合に比べて,バイオマスの 高CO2 応答は低下した(2).雫石FACEにおいても,窒 素条件はイネの収量応答に影響し,低窒素水準では高 CO2 による増収程度が,通常の窒素条件よりも小さく なった(26).このように,窒素は高CO2 環境下の作物栽 培で極めて重要な管理技術と言える.このため,これま で の 作 物FACE研 究 で は,作 物 の 収 量・品 質 の 高 CO2 応答を中心として,高CO2 と施肥窒素の相互作用 が主要な研究テーマとされてきた.
しかしながら,窒素は作物の高CO2 応答だけでなく,
さまざまな側面から耕地の物質循環に影響する.たとえ ば,窒素は,水田土壌や田面水の一次生産への影響を通 じて水田生態系全体の炭素循環に関与しうる.一方,高 CO2 には生物的窒素固定を促す効果があることが示唆 されている(27) が,無機化,硝化,脱窒といったそのほ かの重要な土壌窒素過程への影響や,それらが炭素循環 に及ぼす二次的な影響については,十分解明されていな い.すなわち,窒素循環の高CO2 応答や,高CO2 によ る窒素循環のかく乱の炭素循環へのフィードバックに着 目した研究は少なかったのである.
つくばみらいFACEでは,2010年からの3カ年に渡 り,高CO2 の窒素循環への影響に着目した「FACE-N」
プロジェクトも行われた.主題は,大気‒水田間窒素交 換,大気‒水田‒イネ系の窒素関連過程,および窒素循環 の詳細・広域モデルの開発であった.このプロジェクト から,イネの葉のアンモニア放出ポテンシャル(28),水 田生態系に適用可能な詳細モデルの開発と検証(29, 30),
広域評価モデルに応用可能な解析(31) などの成果が公表 されており,今後も水田土壌の一酸化二窒素の動態や水 田生態系の窒素収支など多くの成果が公表される見込み である.
おわりに
気候変動は農業に大きな影響を与えるとともに,農業 活動は気候システムに影響する.今後の農業技術には,
気候と農業の双方向の影響の仕組みを理解し,それらを 高度に制御することが望まれる.つくばみらいFACE は,そのための研究拠点として,多様な分野の研究を推 進している.イネの高CO2 応答については,収量に加 えて品質への影響評価を重視した取り組みが始まってい る.水田生態系の炭素・窒素循環の高CO2 応答につい ては,重要な温室効果ガスのメタンを中心とした炭素循 環に関する研究,FACE-Nを皮切りに窒素・炭素動態の 相互作用に着目した研究が進行中である.さらに,物質 循環にかかわる水田生態系の微生物や土壌動物などの高 CO2 応答の解明にも取り組んでいる.このほかにも,
気候変動と温度だけでなくほかの環境要因(例:対流圏 オゾン(32))との複合影響など,取り組むべき課題は多 い.わが国唯一の大規模水田FACEであるつくばみら いFACEは,多くの研究機関の研究者との学際的な研 究交流を通じて,これらの問題に取り組んでいく予定で ある.
謝辞:本研究は,農林水産省プロジェクト研究「農林水産分野における 地球温暖化対策のための緩和及び適応技術の開発」,文部科学省科学研究 費「植物生態学・分子生理学コンソーシアムによる陸上植物の高CO2 応 答の包括的解明」,日本学術振興会科学研究費基盤研究A「大気二酸化炭 素増加と水稲品種が大気‒水田間の窒素循環に及ぼす影響の解明と予測」
の一環として実施している.
文献
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プロフィル
臼井 靖浩(Yasuhiro USUI)
<略歴>1999年山形大学農学部生物環境 学科卒業/2002年同大学大学院農学研究 科修士課程(生物環境学専攻)修了/2005 年岩手大学大学院連合農学研究科博士課程
(生物環境科学専攻)修了/同年博士(農 学)(連研第326号)取得/修了後,2005 年4月から民間企業勤務を経た後,2009年 9月から農業・食品産業技術総合研究機構 東北農業研究センター,2010年8月から現 在,農業環境技術研究所にポスドクとして 勤務<研究テーマと抱負>高CO2・高温が 稲の収量構成要素や玄米の品質に及ぼす影 響を主として研究しています.高温障害に 負けないコメ作りができるよう,基礎およ び応用の両面からのアプローチで研究を進 め,最終的には普及技術につなげたいと 思っています<趣味>筋トレ.研究所では 野球部にも所属
常田 岳志(Takeshi TOKIDA)
<略歴>2007年東京大学大学院農学生命 科学研究科生物・環境工学専攻博士課程修 了/同年ポスドク(日本学術振興会特別研 究員PDおよび農業環境技術研究所特別研 究員)/2012年1月より現職(同研究所・
任期付研究員)<研究テーマと抱負>気候 変動が農業に与える影響の解明と対応策の 探求<趣味>温泉宿にこもる,家庭菜園 酒井 英光(Hidemitsu SAKAI)
<略歴>1993年京都大学農学部農学科卒 業/1995年同大学大学院農学研究科農学 専攻修士課程修了/同年北陸農業試験場/
同年農業環境技術研究所<研究テーマと 抱負>高温・高CO2に対するイネの生長・
収量応答<趣味>イネを育てること
林 健太郎(Kentaro HAYASHI)
<略歴>1992年北海道大学大学院工学研 究科衛生工学専攻修士(博士前期)課程修 了/パシフィックコンサルタンツ(株)を 経て,2002年東京農工大学大学院生物シ ステム応用科学研究科博士後期課程修了
(農博)/同年産業技術総合研究所特別研究 員/2003年農業環境技術研究所主任研究 員,現在に至る<研究テーマと抱負>大 気‒植物‒土壌‒微生物系の物質循環(特に 窒素循環)の気候変動応答の解明<趣味>
雪遊び,山登り,旅行,音楽,読書,料 理,猫
長谷川利拡(Toshihiro HASEGAWA)
<略歴>1985年京都大学農学部農学科卒 業/1988年同大学大学院農学研究科農学 専攻博士後期課程中途退学/1990年九州 東海大学農学部助手/1994年同農学部講 師/1997年北海道大学農学部助手/1999 年同助教授/2003年農業環境技術研究所 主任研究員/2009年同上席研究員,現在 に至る.1996年博士(農学)<研究テーマ と抱負>作物の環境応答のモデル化.耕地 生態系のしくみを理解して気候変動への適 応を図る<趣味>音楽演奏