大学生の生活行動と社会観や時間的展望との関係
〜キャリア形成としての大学生活の充実について検討する〜
【問題と目的】
キャリア形成とは単に職業の選択や進路の決定だけでは なく,毎日の生活の蓄積そのものである。その生活を構成 する行動は,周囲の状況や所属する集団によって制限され ることもあれば,自ら選択することが可能な自由度の高い 部分もある。学生にとってのキャリア形成は,職業選択な ど進路の決定の前段階である学生生活そのものを充実させ ることが重要であろう。
この大学生活の過ごし方が「学生の学びと成長」をどの ように説明するのか,溝上ら(2009)が分析を試みた。そ こでは1週間の大学生活の過ごし方を「授業と授業以外」
の「学習」時間をもとに分析した。その結果,大学生活が 充実していたのは,大学生活を通じて自分が成長している と実感できている学生タイプであった。このタイプは,普 段から活動的であったようだ。では,学習以外の生活行動 も含めた場合はどうであろうか。「学生の学びと成長」を 学生に保障するためには,学習以外の諸活動も含む学生生 活全体からとらえることが必要であろう。また,充実感と いう心理的状態はどのような側面からとらえたらよいので あろうか。さらに,こうした学生生活の結果として進路の 選択や職業選択と職業生活への移行が積極的に行われるこ とが期待されるのではないだろうか。その際,職業生活を 含む社会のとらえ方も進路や職業の選択と無関係ではない だろう。
これらのことから本研究では,大学生の日々の生活行動 とそのとらえ方が,空間軸としての社会のとらえ方と時間 軸に沿った自己のとらえ方とどのように関連しているのか 分析することを目的とした。
では,学生は生活時間をどのような行動によって構成し,
毎日の生活をどのように意味づけているのか。そこでは具 体的な行動の種類とともに,それらがどのような心理的要
因と関連しているのかを明らかにすることで,大学生の実 態の把握はもちろん,諸課題に対する支援の在り方につい ても検討するための有効な知見が得られるものと考えた。
大学生の日常生活の過ごし方については,特に1970年以 降の大学進学率の上昇とともに,勉強や学習に対する消極 性の面から取り上げられるようになった。1990年代以降は 大学教育の大衆化,トロウ(1976)のユニバーサル化が指 摘され,学生の二極化だけではなく多様化が指摘されるよ うになった。また,近年は高等教育の質保証という視点か ら,各大学での学生支援の在り方が検討されるようになり,
今後の高等教育機関の取り組みに多くの課題が突きつけら れている。
一方,大学生は「勉強をしない」とか「大学での学びは 役に立たない」といった声に対して異なる指摘もある。就 職のために学生は「まじめ化」し,本来の基本的な学業や 学びを軽視していないという報告も多い(武内2003,山田,
2007ほか)。学生の多様化にともない,基本的な学習の時 間に多くの時間を費やしても,それを目標達成のための有 用な時間ととらえている場合もあれば,友人との楽しい時 間を過ごすことを阻害するものとしてとらえるなど意味づ けも評価も違っている。また,キャリア発達視点からの報 告では,入学時に大学の本来的目的を重視する学生ほど進 路成熟度は進んでおり,進路の選択やその後の就職におい ても学びを重視している学生ほど積極的なキャリア形成が 行われていた(五十嵐,2018,2019ほか)。しかし,この 場合は一時的なある特定の局面での意思決定やその結果の 認知の問題であるとも考えられる。むしろキャリア形成過 程としての生活行動や過ごし方の意味づけとは異なる次元 であるのかもしれない。
大学生のキャリア形成は,学校から社会への移行という 過程である。そこでは学生が社会そのものをどのようにと
* 福島大学教育推進機構
五十嵐 敦
*本研究は大学生を対象に日常の生活行動の内容やそのとらえ方をもとに,社会観と時間的展望体 験との関連について分析したものである。対象は10の大学の学生386人である。結果からは,学校 から社会への移行という大学生活において,その「充実」が重要であることが確かめられた。それ は社会のポジティブなとらえ方や生活行動の内容,そして時間の過ごし方の評価が関連していた。
そこでは空間軸としての社会観と時間的展望という時間軸における評価のバランスが,生活時間の 評価と結びついていることが示唆された。さらにキャリア形成の支援の面からも大学生活の充実を 図る取り組みの工夫が求められることを考察とした。
〔キーワード〕生活行動 社会観 時間的展望 大学生
らえているかが,その行動の選択と意味づけに大きくかか わっていることが予想される。そうであれば青年の社会の とらえ方やその態度を明らかにすることが求められる。さ らに,その社会観が普段の生活の中で実際の行動にどのよ うに関連しているのか,また行動そのものだけではなくそ こに存在している自己の評価や生活そのものの評価にもか かわっていることも考えられる。これらのことを明らかに することは青年心理の理解において重要なことであろう。
青年心理学会研究委員会の報告では,青年の日常生活に おける具体的な行動の特徴と青年の社会観や時間的展望と の関連が指摘されている(山口ら,2018)。そのまとめと して,青年自身が日常の生活をどのように評価するかとい うことは,自己の価値づけの難しさだけではなく,自己評 定において状況や立場によってズレが存在しているためで はないかと指摘している。学校から社会への移行は,個人 が社会とどのように向き合うかが問われる過程である。そ こで重要な意味を持つのが前述の社会観であり,その評価 のずれを生み出しているのが時間軸に沿った自己意識の諸 側面なのではないだろうか。そしてその評価のもととなっ ているのは日常の生活行動であり,行動の選択と行動の実 態が,社会観や時間的展望と相互に関係しあっているので あろう。
学生の日常生活において,その重要性や有用性といった 側面は内容の種別だけではなく,費やした時間についても 考慮しなければならない。五十嵐(2017)の報告によれば,
ある事柄に時間をかけていることと重要性・有用性との間 には有意な相関があった。このことから大学生が生活の中 で大切にしている活動を取り上げることは,大学生の価値 観など心理的特徴を探る上でひとつの指標として有用であ ると考える。
社会観について峰尾(2017)は,「大学生が自分の生き ている社会をどのように見ているのか」という観点から尺 度の検討を行っている。そこでは学生が社会を多様な側面 をとらえていることが確認されている。「社会」をどのよ うに定義するかは研究者やそのよって立つ領域によってさ まざまな様相と範囲が考えられる。青年の社会認識を把握 するため,社会観(one s view of society)を「自分が 生活している,政治,経済,文化などの諸制度の複合した 包括的統合体としての社会に対する認知的評価」と定義し て(峰尾,2017),そのための尺度を開発している。
充実感については満足・不満足とは異なる次元でとらえ る必要があると考える。時間的展望における過去と未来の 時間軸において,充実感はいま現在のとらえ方の評価とし て表れてくるのではないだろうか。時制の未来志向に照ら して,過去と今の自分を評価することもある。「過去は未 来に照らし合わせてのみ理解される(May,1953)」といわ れるように,普段の生活行動において,その評価を行うの は過去に向かってであり,いま現在の状態と密接にかか わっている。そこで時間的展望をどのように体験・経験し ているかを明らかにする必要がある。時間的展望について
は,単にその方向性や態度ではなく,現在は充実,過去は 受容,未来は希望と目標指向性の2つの側面でとらえられ るとされている(白井,1994)。これは有用な知見である。
青年期の発達課題を説明するものとしては,アイデン ティティの問題が重視されてきた。アイデンティティ形成 における自己意識は,時間軸の中で自己の存在をとらえる ことであり,同時に社会という空間的な広がりの中で自己 を相対化し他者との比較などが行われることである。この ことによって普段の行動の選択や意味づけも密接に関連し ていることが考えられる。本研究では,大学生の日常生活 における活動について,この時間と空間の側面から検討を 加えることを目的とする。
【方 法】
⑴ 調査対象
日本青年心理学会の研究委員会が行った調査(2016)の 大学・短大のうち10の4年制大学のデータを用いることに した。学年は1〜3年生386人(女性167人,男性219人)。
1年生が195人と約半数を占め,2年生122人(31.6%),
3年生69人(17.9%)であった。活動内容の分析については,
このうち各要因のデータがそろった357人(女性199人,男 性158人)について分析を加えた。
⑵ 調査内容
「生活の意味づけに関する項目」で,普段の生活を特徴 づけている活動を(特徴づけている)順に3つ挙げてもらっ た。コーディングは山口ら(2016)にならい以下の7つの カテゴリーで分類した。1.「遊び」2.「勉強」,3.「交 流(つきあい)」,4.「部活・サークル活動」,5.「アル バイト」,6.「一人の時間」,7.「その他」である。今回 は3つ挙げてもらった記述のうち最初の記述を取り上げ た。生活の代表的な活動について(特徴づけている)順に 3つ挙げることを指示したため,最初に思い浮かべた事象・
内容がより個人の日常生活を代表するものとして特徴的で あると考えた。
なお,記述したそれぞれの内容について「どのくらい大 切か」という重要度,「将来どのくらい役立つか」という 有用度の2つの側面について評価を求めた。
心理的変数としては「社会観尺度(峰尾,2017)」「時間 的展望体験尺度(白井,1994)」「遅れることの不安(高坂,
2016)」を用いた。
① 活動の意味づけに関する質問
生活を特徴づけている活動を(特徴づけている)順に3 つ挙げてもらい,それぞれについて,「今のあなたにとって,
どれくらい大切か(重要性),将来の自分にとってどれく らい役立つか(有用性)をそれぞれ,4.「とても役立つ」
から1.「全く役立たない」の4件法で評定するよう依頼 した。
さらに,それぞれの活動について「1週間に費やす,お
およその時間(時間量)についても回答を求め,その時間 の使い方についての評価も求めた。
② 心理的変数
・ 社会観尺度(峰尾,2017)…これは大学生の社会 イメージをとらえようとするものであり以下の下位 尺度から成る。「自己中心性・独善性に対する否定 的評価(自己中心性)」は「自分中心に動く人が多い」
「差別や偏見がある」等19項目,「生活の安定性に関 する肯定的評価(生活安定性)」は「社会全体は平 和である」「治安がよい」等12項目,「個人の努力の 尊重(努力尊重)」が「社会で成功できるかどうかは,
本人の努力次第だ」「本人の頑張り次第でお金持ち になれる社会だ」等7項目である。いずれも5件法 で評定するようになっている。
・ 時間的展望体験尺度(白井,1994)…下位尺度と して「現在の充実感( 毎日の生活が充実している 等5項目)」「目標指向性( 私にはだいたいの将来 計画がある 等5項目」「過去受容( 過去のことは あまり思い出したくない(逆転) 等4項目」「希望
( 私には未来がないような気がする(逆転) 等4 項目」
・ 遅れることの不安(高坂,2016)…近年の若者心 性として指摘される,リスク回避的な不安感をとら える指標である。例「少しでも手を抜くと,周りの 人に後れをとるのではないかと不安に思う」などの 5項目を用いた。
上記3尺度は,「(全く)あてはまらない」〜「(とても)
あてはまる」の5件法にて回答を求めた。
【結 果】
⑴ 生活行動
生活を特徴づけている行動内容の7つのコーディングの 結果をTable1に示した。「部活・サークル活動」が116人
(36.02%)ともっとも多く記述されていた。次に多かった のは「勉強・学習」で56人(17.39%),続いて「アルバイト」
が53人(16.46%)であった。これは男女ともほぼ同様の 結果であった。
各カテゴリー別の週当たりの活動時間と重要度,そして
有用性についてはTable2とTable3に示した。活動時間で 最も長かったのは友人や恋人,家族との「交流」で平均 33.39時間(SD=23.41…以下とくに断りがない場合,( ) の数字はすべてSDである)で,次いで長かったのは「一 人の時間」が平均29.00時間(20.15)であった。ただし男 性と女性ではそのトップが異なり男性は全体と同じく「交 流」で平均36.83時間(27.32)であったが,女性は「一人 の時間」がトップで平均36.33時間(30.01)であった。
それぞれについて性別とカテゴリーによる2要因分散分 析を行った結果,カテゴリーの有意な主効果が活動時間と 有用性において確認された(F(6,351)=5.696, F(6,351)=11.123, いずれもp<.001)。その後の多重比較の結果,活動時間で は「学習・勉強」時間が「部活・サークル」より有意に長 く,他の人との「交流」が「部活・サークル」や「アルバ イト」よりも有意に長かった。有用性では,「遊び」が「一 人の時間」「その他」以外のカテゴリーより有意に低く,「学 習・勉強」が「部活・サークル」や「アルバイト」より有 意に高い値であった。
⑵ 各尺度の結果
① 社会観尺度;あらためて因子分析(主因子法,
プロマックス回転)を行った。その結果,説明可 能な次の5因子が抽出された(末尾)。
第1因子は,「助け合いの精神がない」や「協 調性のない社会である」といった12項目からなり
「利己的自己中心性」と名づけた(α=.785)。第 2因子は「先行きが不安な社会である」「お金が ないと何もできない」など8項目からなり「社会 の否定的評価」(α=.713),第3因子は「努力す れば報われる社会だ」「社会で成功できるかどう かは本人の努力次第だ」といった6項目で「社会 は努力尊重」と名づけた(α=.629)。そして第4 因子は「娯楽が豊富である」「生存の心配が」な ど4項目からなる「生活の肯定的評価」と名づけ
(α=.662),第5因子が「治安が良い」といった 3項目からなる「社会の肯定的評価」(α=.542)
である。
それぞれの因子について,学年と性別による2 要因分散分析を行った結果,学年の有意な主効果 Table 1 生活行動カテゴリと回答者数
男性 女性 全体
1.「遊び」 15(8.52%) 23(15.75%) 38(11.80%) 2.「勉強」 26(14.77%) 30(20.55%) 56(17.39%) 3.「交流」 11(6.25%) 16(10.96%) 27(8.39%) 4.「サークル活動」 70(39.77%) 46(31.51%) 116(36.02%) 5.「アルバイト」 31(17.61%) 22(15.07%) 53(16.46%) 6.「一人の時間」 4(2.27%) 3(2.05%) 7(2.17%) 7.「その他」 19(10.80%) 6(4.11%) 25(7.76%)
合計 176 146 322
Table 2 生活行動とその活動時間
活動時間(週当たりの時間;平均とSD)
男性 女性 全体
1.「遊び」 22.07(13.94) 24.80(13.84) 23.85(13.76) 2.「勉強」 28.35(15.24) 26.80(10.81) 27.56(13.06) 3.「交流」 36.83(27.32) 30.8(20.55) 33.39(23.41) 4.「部活・サークル」 18.04(9.99) 18.55(18.68) 18.23(13.83) 5.「アルバイト」 24.43(9.04) 21.91(6.60) 23.44(8.20) 6.「一人の時間」 24.60(13.99) 36.33(30.01) 29.00(20.15) 7.「その他」 27.74(20.11 18.80(18.59) 25.88(19.75)
が以下の3つの因子で確認された。「社会の否定 的 評 価(F(6,351)=5.299,p<.01)」「 生 活 の 肯 定的評価(F(6,351)=5.143,p<.01)」では,その 後の多重比較の結果,1年生が他学年より有意に 低い値であった。「社会は努力尊重(F(6,351)
=4.474,p<.05)」は2年生が1年生より有意に低 かった。
② 時間的展望体験尺度では白井(1994)にならっ て4つの下位尺度をそのまま用いた。性別と学年 の2要因分散分析の結果,有意な結果は得られな かった。
③ 遅れ不安についても,同様の分散分析を行った。
その結果,性別の有意な主効果が確認され(F
(6,351)=9.966,p<.01),男子よりも女子の不安得 点が有意に高かった。
⑶ 各尺度間の関係
社会観尺度,時間的展望体験尺度,遅れ不安の各心 理要因間の関連を単相関で確認したのがTable4であ る。
社会観と時間的展望体験の各要因との間には多くの 有意な関連が確認された。中でも,社会観の利己的自 己中心性,努力尊重社会と社会の肯定的評価は時間的
展望体験のすべての要因と有意な関連を示した。前者 は,時間的展望体験との有意な負の相関を,後者の2 つの要因は逆にすべて有意な正の相関関係が確認され た。利己的自己中心性の得点が高いほど,時間的展望 体験の各側面は有意に低く,努力尊重や社会肯定的評 価という社会をポジティブにとらえる傾向は時間的展 望体験のポジティブな方向と有意に関連していること が示唆された。
なお,時間的展望体験の各下位尺度の結果について はTable5に示した通りである。
生活行動の活動時間と社会観との関連については Table6の通りであった。活動に費やした時間の長さ では有意な相関は見られなかったが,その時間の評価 は生活の肯定的評価以外の各要因と有意な関連が見ら れた。活動の重要性は社会の否定的評価と生活の肯定 的評価と有意な正の相関が,有用性は努力尊重社会と やはり有意な正の相関が確認された。
また,時間的展望体験の各要因とはTable7のよう な結果が得られた。活動時間の評価がすべての要因と 有意な正の相関を示し,有用性の評価も過去受容以外 の要因と有意な正の相関が確認された。
⑷ 生活行動と各心理的要因の関係
前述の生活行動の7つのカテゴリーと性別による2 要因分散分析を各変数について行った。その結果,活 動のカテゴリーによる有意な正の主効果が確認された。
社会観では「利己的自己中心性(F(6,308)=2.368),p<.05」」 であった。その後の多重比較の結果,「遊び」や「一 人の時間」より「その他」が有意に低い結果であった。
Table 3 生活行動の重要性と有用性の評価(平均とSD)
重要性 有用性
男性 女性 全体 男性 女性 全体
1.「遊び」 3.57(.94) 3.77(.43) 3.70(.65) 2.57(.94) 2.38(.85) 2.45(.88) 2.「勉強」 3.73(.45) 3.78(.42) 3.75(.43) 3.65(.69) 3.78(.42) 3.72(.57) 3.「交流」 3.92(.29) 3.94(.25) 3.93(.26) 3.58(.67) 3.56(.63) 3.57(.63) 4.「部活・サークル」 3.66(.64) 3.58(.61) 3.63(.63) 3.30(.75) 3.10(.72) 3.23(.75) 5.「アルバイト」 3.53(.66) 3.77(.43) 3.63(.59) 3.18(.58) 3.36(.66) 3.25(.61) 6.「一人の時間」 3.60(.55) 4.00(.00) 3.75(.46) 3.20(.84) 2.67(1.16) 3.00(.93) 7.「その他」 3.79(.54) 3.80(.45) 3.79(.51) 3.21(1.13) 3.00(1.23) 3.17(1.13)
Table 4 社会観と時間的展望体験の各要因間の単相関
現在の充実 目標志向 過去受容 希望 遅れ不安
利己的自己中心性 -0.295 *** -0.147 ** -0.168 ** -0.217 *** 0.254 ***
社会否定的評価 -0.005 -0.112 * 0.142 ** -0.064 0.187 ***
努力尊重社会 0.106 * 0.199 *** 0.122 * 0.313 *** 0.040
生活肯定的評価 0.269 *** 0.012 0.173 *** 0.164 ** -0.060 社会肯定的評価 0.243 *** 0.128 * 0.152 ** 0.165 ** -0.085
Table 5 時間的展望経験の結果(数字は平均とSD)
男性 女性 全体
現在充実 3.12(0.75) 3.19(0.77) 3.15(0.76) 目標追求 2.99(0.74) 2.82(0.79) 2.91(0.77) 過去受容 3.35(0.58) 3.31(0.49) 3.33(0.54) 希 望 3.25(0.86) 3.11(0.85) 3.18(0.86)
p<.05*, p<.01**, p<.001***
そして,「社会の否定的評価(F(6,308)=2.075),p<.1)」
「 社 会 の 肯 定 的 評 価(F(6,308)=1.876),p<.1)」 で は,
正の有意な主効果の傾向が見られた。特に前者ではそ の後の多重比較において,部活・サークル活動や一人 の時間に比べその他が有意に高い値であった。
時間的展望では次の2つの下位尺度で活動カテゴ リーの有意な主効果が確認された。「現在の充実感
(F(6,308)=4.206),p<.001)」「希望(F(6,308)=4.001),p<.001)」 で,それぞれその後の多重比較の結果,現在の充実感 は交流や一人の時間では高いが遊びやアルバイトで低 い。「希望」ではアルバイトと部活・サークルが,遊 びより有意に高い得点であった。
さらに本研究で重視した側面である「充実」につい て,時間的展望経験の「いま現在の充実」を目的変数 に,他の心理的要因を説明変数として重回帰分析を 行った。その結果をFig.1に示した。時間の使い方評 価と生活の肯定的評価が正の有意な説明変数として抽 出された(β=4.191,β=3.486,いずれもp<.001)。また,
利己的自己中心性と遅れ不安が有意な負の説明変数で あった(β=−4.143,p<.001,β=−2.181, p<.05)。
【考 察】
大学生の生活行動とその意識について,大学生自身 がどのように意味づけしているかという点から分析を 試みた。その結果,部活・サークル36.2%が最も多く,
勉強・学習という学生生活を代表する活動が17.4%で あった。短大生も加えた五十嵐(2017),山口ら(2018)
の報告では,大学・短大生549人のうち「部活・サー クルなど」は26.78%ともっとも多かったが,「勉強・
学習」も22.59%と同程度の割合を示していた。この ことは,短大では2年間という限られた期間で,カリ キュラムは過密で資格取得などのための履修科目が多 く部活やサークル活動には関わりにくいことが影響し たのかもしれない。
五十嵐(2017)の報告によれば,時間をかけている ことと重要性・有用性との間には有意な相関があった。
このことから生活行動においてその重要性は,内容だ けではなく,その活動に費やす時間も関連すると思わ れたが,今回は費やした時間の量は社会観とも時間的 体験とも関連が見られなかった。むしろ重要な内容で も時間を費やすことができないこともあり,時間の使 Table 6 活動内容の評価と社会観との単相関
利己的自己中心性 社会否定的評価 努力尊重社会 生活肯定的評価 社会肯定的評価
活動時間 0.0314 0.0314 0.0605 0.0238 -0.058
重要性 -0.023 0.1175 * 0.0678 0.1464 ** 0.0567
有用性 0.0158 -0.001 0.1712 *** 0.0077 0.0276
使い方評定 -0.233 *** -0.181 *** 0.2031 *** 0.0402 0.1196 * Table 7 活動内容の評価と時間的展望経験との単相関
現在の充実 目標志向 過去受容 希望
活動時間 0.0157 -0.041 0.01 0.0225
重要性 0.1482 ** 0.0759 -0.03 0.1304 *
有用性 0.1425 ** 0.2472 *** 0.006 0.2549 ***
使い方評定 0.3148 *** 0.3835 *** 0.1074 * 0.3321 ***
p<.05*, p<.01**, p<.001***
-0.3 -0.2 -0.1 0 0.1 0.2 0.3
利己的自己中心性 社会否定的評価 努力尊重社会 生活肯定的評価 社会肯定的評価 使い方評定 活動時間 重要性 有用性
遅れ不安
*
***
***
***
Fig.1 現在の充実得点を目的変数とした重回帰分析の結果(R2=0.237,F=11.127,p<.001)
p<.05*, p<.01**, p<.001***
い方についての評価が重要であることが明らかになっ た。なお,学習・勉強については,人との「交流」ほ どには重視されていないもののその有用性は高く評価 されていることが示唆された。なお,これらの結果に おいては,意識された内容のカテゴリー区分に問題が あったことも考えられる。例えば,「一人の時間」と いう場合,ただなんとなく過ごしているのか,一人で 勉強していることも含まれていたかもしれないのであ る。
生活行動と各心理的要因の関係からは,次のような ことが考えられた。部活・サークル活動や一人の時間 の方があいまいな「その他」の過ごし方よりも社会を 否定的にはとらえていなかった。これはコミットする 具体的な活動があることや,一人の時間でもそこに自 分なりの過ごし方を見出していることが社会への積極 的な態度にもつながる可能性を示唆するものであろ う。
時間的展望体験において,部活やサークル活動は
「遊ぶ」こと以上に,現在の充実感と関連しているこ とが確認できた。また,「遊ぶ」ことが希望につなが るわけではないようだが,希望がないから逃避的に遊 ぶことが生活の重要な位置を占めているのかもしれな い。大学生が「遊ぶ」ということをどのようにとらえ ているのかさらに検討する必要がある。
いまの生活の充実感を目的変数にした重回帰分析の 結果からは,社会の人々に対して思いやりや協調性の なさを強く感じていることが抑制要因となっているこ とが確認された。同時に,遅れ不安にみられるように,
他者との比較による不安の高さは充実感を阻害してい ることがわかった。遅れ不安のリスク回避的な側面は,
社会のネガティブな面をとらえる傾向と関連してお り,若者の消極的な行動はその社会のとらえ方に左右 されている面も示唆された。
時間の中で生きるということの意味は,時間として の今ではなく,過去へと,未来へと広がっている今を 持てるということ(フッサールの過去把持,未来把持)
とされる。青年がよく口にする「忙しさ」は決して充 実ではないだろう。一人の時間と遊びの時間の違い,
人とつながるための時間の過ごし方の多様性など,今 回の生活のカテゴリーにおいてはより意味的な再構成 が必要かもしれない。時間の過ごし方において,遊び やその他の中の無為の時間というものが,「空虚さと い う 妖 怪, 戦 慄 さ せ る よ う な 無 … 退 屈 を 恐 れ る
(May,1953)」ことであれば今の充実とは程遠い。
その生活を彩っている感情から青年の心理を理解す る(落合,1999)うえで,時間の過ごし方のとらえ方 と併せて調査研究をすることが,学生の多様な生活を 送る実態とその背景を明らかにすることにおいて有効 なアプローチであろう。この時間の過ごし方の蓄積は,
大学生のキャリア形成そのものとしても注目されるべ
きである。
高坂(2016)の「後れ」感は,落合(1993)のいう
「追われているようで落ちつかない状態」の感情群と 重なるのではないかとも考えられる。今回,充実感を 抑制する要因としての「後れ」感が抽出されたことか ら,遅れ不安の高い群の生活行動やその構成について もさらに分析する必要があるであろう。その上で多様 な社会観との関係の中で自己とその生活を評価しなが ら充実感を味わうことができるような支援の可能性も 明らかにできるのではないかと思われる。
山口ら(2018)は,現在の生活に高コミットしなが らも不安な青年は, 今 未来 を重視するあまり,
過去を 過去化 できていない心理発達面の未熟さが あるのではないかと述べている。今回の結果からは,
今 未来 を重視しながら実際の行動の内容と社会 のとらえ方と無関係ではなかった。日常生活において 今やる具体的なことに取り組むことができて,社会の 肯定的な面を評価できるかどうかがカギとなっている ようだ。また具体的な活動内容とともにその時間の過 ごし方の評価が時間的展望体験における希望や現在の 充実感そのものであることが確認された。
このようなことから,大学のキャリア形成支援が未 来の職業生活にむけて不安をあおるような方向で進め られることは 今 の充実感を奪ってしまうことも危 惧される。早くから目標を決めさせようとしたり無理 に将来展望を職業選択の狭い範囲に押し込めようとす ることは,社会や自己の積極的な側面を弱めてしまう ことになるのではないかと考える。
キャリア形成においてその支援は「職業」の面での 教育訓練ではない。職業生活も含めた人々の生活の営 みを社会観として育てることは, 大人 の姿を伝え ることでもある。浦上(2014)は現代社会は青年に何 を期待しているのか明確ではないと指摘したが,それ が偏狭な 社会人基礎力 や 人間力 のようなもの ではなく,多様な大人の生活の姿をどのように取り上 げていくかが問われる。
先に紹介した溝上ら(2009)は,キャリア教育では 将来の見通しと日常生活との接続が重要であると述べ ている。キャリア教育の目標の一つとして,学生が将 来の見通しを持てるようになることに加えて,そのこ とが学生の日常生活や行動を変えるところまで目指さ れねばならないとしている。
その際不可欠なのが社会のとらえ方の再検討であ り,その社会と自己の関係性について時間軸でとらえ ていくことであろう。「学校から社会へ」の研究は,キャ リア発達の面から研究されることが多かった。社会に 出て働くことをどのようにとらえているかが青年の進 路選択や広義のキャリア形成と相互に関連することが 取り上げられてきた。職業探しや進路の選択において は直接その職業のイメージに左右されやすい。そこで,
学校から社会への移行は,個人が社会とどのように向 き合うかが問われる過程である。その社会とは多くの 場合人々の生活基盤を支える職業行動であろう。しか し,直接的になにか具体的にある特定の職業を取り上 げても,その多様性や複雑性を無視して単純化するこ とは難しい。認識する個人によっても,たとえば職業 のイメージは大きく異なることもあるし,その将来展 望も大きく異なる。
なお,今回の分析において活動時間の長さとその使 い方の評価の間には有意な関連はなかったことは先に 述 べ た 通 り で あ る。 全 国 大 学 生 調 査( 東 京 大 学,
2019)によれば,「生活に熱意がわかない」という学 生が学生の専攻分野に関係なく約4割存在するとい う。そのことと日常生活の具体的な行動の種類や時間 のかけ方と満足感や充実感とつながっているかどうか に進路や職業との関連も含めた検討が必要かもしれな い。
今回の分析では,1週間の行動を特徴づける回答の うち1番目の回答だけを用いた。山口ら(2017)は活 動の3つの回答パターンによる分析を試みているが,
3つすべて回答した協力者数は減少することを避ける ために最初の記述に限定した。しかし,実態に即した 結果を得るためには3つの回答をあらためて生かす方 向で検討したい。また,本報告では分析対象者を4年 制大学の学生だけにしたが,学年別の分析は一部分し か行っていない。キャリア発達などの面からも学年進 行や進路希望等の要因も含めた調査研究が必要であろ う。一部の結果では,1年生より2年生の方が社会を ネガティブにとらえる傾向が見られたが,他の部分に ついても分析を加える必要があった。そして,マス化 した大学生の分析においては,専攻分野や大学のラン クなども考慮した分析が求められるであろう。
【謝辞】
本研究は日本青年心理学会研究委員会アーカイブズ 制度を活用し,2017年の調査データを利用した。デー タの利用を許可していただいた日本青年心理学会研究 委員会にこころより御礼申し上げる。
参考・引用文献
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2019 第2回全国大学生調査(2018) 第1次報告書 トロウ・マーチン 1976 天野郁夫・北村和幸訳,高学歴
社会の大学―エリートからマスへ,東京大学出版会 浦上昌則 2014 青年期から成人期への移行 新・青年心
理学ハンドブック 福村出版
山田浩之・葛城浩一編 2007 現代大学生の学習行動 高 等教育研究業書 90,広島大学高等教育研究開発セン ター
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Appendix 「社会観」尺度の因子分析の結果
利己的自己 中心性
社会否定的 評価
努力尊重の 社会
生活の肯定 的評価
社会の肯定 的評価
助け合いの精神がない .710
協調性のない社会である .582
欲の追求ばかりしている .533
自分中心に動く人が多い。 .462
不満ばかり言う人が多い .449
経済的に不安定である .421
正直者がバカを見ることが多い .414
努力のしがいのない社会だ .392
他人に対して無関心な人が多い .369
常に誰かを誹謗・中傷している社会だ .358
正しいことが通りにくい .330
国の方針を国民と共有できていない .308
まじめな人たちがいる .622
お金がないと何もできない .531
先行きが不安な社会である .528
マスメディアが伝える情報によって人々がおどらされている .523
事実がきちんと報道されない .505
この社会にはそれなりに楽しいことがある .492
お金がものをいう社会だ .482
差別や偏見がある .413
努力すればむくわれる社会だ .753
社会で成功できるかどうかは,本人の努力次第だ .555
本人の頑張り次第でお金持ちになれる社会だ .531
夢のある社会だ .466
自分のやりたいことを見つけられる社会である .449
犯罪が増えていて昔より安全でなくなっている .353
生存の心配がなく生活できる .723
娯楽が豊富である .487
生きるだけならとりあえず生きていける社会である .471
便利な社会である .402
治安がよい .628
社会全体は平和である。 .509
マスメディアで伝えられているほどには悪い社会ではない .375
※以下の項目は負荷量が.3 以下であったので除いた 少数派の人が社会不適合者であるかのように扱われる 何事も社会のせいではなく,結局は自分(本人)次第である マスメディアの報道が一面的である
日本のトップにいる人たちは自分たちのことしか考えていない 物質的に豊かである