8 準地衡方程式系
中緯度での大きな空間スケールでの大気の運動においては、地衡風平衡 が近似的に成り立っている。つまり、水平風の地衡風成分は、非地衡風 成分よりも大きい。この条件を用いて近似を行ない、プリミティブ方程 式系から、温帯低気圧に代表される総観規模の大気の運動を記述する方 程式系を導出する。
8.1 運動方程式のスケール解析 第6章の(1)、(2)より、
fv x pu yu
v xu u
tu
(1)
fu y pv
yv v xv u
tv
(2)
ただし、粘性項は無視している。ここで、(1)、(2)の各項の大きさを見積もるこ とを考える。まず、対象としている現象の代表的な空間スケールをL、風速の代 表的なスケールをU とする。総観規模の温帯低気圧や移動性高気圧を対象にす る場合、
m 106
L , U 10m/s (3)
である。また、中緯度においては、コリオリ係数 f は、
/s 104
f (4)
である。したがって、左辺の時間変化項と移流項の代表的スケールは、
2 4 2
m/s 10 L
U (5)
右辺第1項のコリオリ項の代表的スケールは、
2 3m/s 10
fU (6)
地衡風平衡が近似的に成り立っているので、右辺第 2 項の気圧傾度項も同じス ケールである。
tu
u
u p v y xu
u
fv
x
tv
v
v p v y xv
u
fu
y
4 2
10 L
U 4
2
10 L
U 3
10
fU 103
以上のスケールの評価において、コリオリ項に対する、時間変化項や移流項 の比をロスビー数(Rossby number)という。ロスビー数Roは、
fL U fU
L RO U2/
(7) と定義できる。ロスビー数が小さいほど、地衡風平衡がよく成り立っていると いえる。中緯度では、Ro 0.1である。
8.2 地衡風成分と非地衡風成分
ここで、u、vを地衡風成分ug、vgと非地衡風成分ua、vaに分けて考える。
つまり、
y ug f
0
1 ,
x vg f
0
1 (8)
とする。ただし、コリオリ係数としては、代表的緯度での値 f0を用いている。
このように定義したug、vgを用いて、u、vを
a
g u
u
u , vvg va (9)
とおく。地衡風平衡がよく成り立っているという条件のもとでは、
a
g u
u , vg va (10)
である。(1)、(2)において、左辺の時間変化項と移流項は、右辺の2つの項に比 べて小さい。そこで、もっとも主要な成分である地衡風成分どうしの積のみを 考慮して、
g g g g
g u
v y xu u tu pu
yu v xu u
tu
(11)
g g g g
g v
v y xv u tv pv yv
v xv u
tv
(12)
と近似する。鉛直風は非地衡風であるので、(11)、(12)の右辺には含まれない。
一方、(1)、(2)の右辺において、u、vを地衡風成分と非地衡風成分に分け、
さらに、
y f
f 0 (13)
と近似すると、
v x v y x f
fv g a
0 (14)
f y
u u
fu g a
0 (15)
と書ける。地衡風成分に比べて非地衡風成分は小さいが、さらに、
f0に比べてy は小さい。そこで、小さいものどうしの積である
yva
、yvaの項を無視して、
v x f v y x f
fv g a
0 0 (16)
u y f u y y f
fu g a
0 0 (17)
とする。(11)、(12)、(16)、(17)より、(1)、(2)は、
v x f v y f yu
v xu u
tug g g g g g a
0
0 (18)
u y f u y f yv
v xv u
tvg g g g g g a
0
0 (19)
と近似できる。
8.3 渦度方程式
地衡風は非発散であり、
0
g
g v
u y
x (20)
であることを用いて、(19)のx偏微分と(18)のy偏微分との差を計算すると、
a a
g g
g g
g v
u y f x v yu
xv v y
u x
t 0 (21)
が得られる。ここで地衡風の相対渦度gを g g ug v y
x
とおいて、(21)を変 形すると
a a
g g
g v
u y f x y
y f x v
t u 0 0 (22)
となる。さらに、(22)に対して、連続の式
0
v p u y
x a a (23)
を用いると、
f p y
y f x v
t ug g g
0
0 (24)
が得られる。ここで、
2
0
1 u f v y
x g g
g (25)
だから、地衡流線関数(geostrophic stream function)gを
0
1
g f (26)
と定義すれば、
g p g 2
(27)
となって、(25)は、
f p y
y f x v
t ug g p g
0 2
0 (28)
と書ける。
8.4 熱力学方程式 第6章の(6)より、
0
p v y
u x
t (29)
ただし、非断熱加熱を無視している。ここで、圧力pにだけ依存する温位 の基 本場Rを定義すると、基本場の温位の鉛直勾配
dp dR
は、温位の偏差の鉛直勾配 に比べて十分に大きいので、
dp d p
R
(30)
である。さらに、水平移流項のu、vをug、vgに置き換えると、(29)は
dp d v y
u x t
R g
g
(31)
と書ける。ここで、理想気体の状態方程式 RT
p (32)
と静水圧平衡の関係
p (33)
を用いると、
R p
T p (34)
が導かれ、温位 は
Cp
R
p T p
0
(35)
だから、
p p
p R
p Cp
R
0
(36)
となる。これを(14)に代入すると、
dp d p
p p R
p v y
u x t
R C
R
g g
p
0
(37)
と書ける。ここで、Rが圧力pにだけ依存し、x、y、tに依存しないことを考 慮すると、
p dp d p
p R
p v y
u x t
R C
R
g g
p
1
0
(38) と変形することができる。ここで、圧力pにだけ依存する変数sを
dp d p
p p
s R R
C R
p
0
2 (39)
と定義する。sはp座標における安定度の指標とみなせる。このとき、(38)は、
p s v y
u x
t g g 2
1 (40)
と表せる。さらに、地衡流線関数gを用いれば、
g g
g s p
f v y
u x
t 2
0 (41)
が得られる。
8.5 準地衡渦位
(28)と(41)からを消去することを考える。まず、(41)をpで偏微分すると、
p
p s
f y p v x p u p
s f p v y
u x
t g
g g
g g
g
2 0 2
0
(42)
となる。ここで、
ug yg
,
vg xg
(43)
だから、(42)の左辺第2項は消去できて、
p p
s f p v y
u x
t g g g
2
0 (44)
が得られる。(44)に f0をかけて、(28)との和を計算すると、
2 0
2 2 0
0
g g
p g
g s p
f y p
y f x v
t u (45)
となる。ここで、
v y u x
t Dt D
g g
g
(46)
と定義すれば、
2 0
2 2 0
0
p g g
g
p s f y p
Dt f
D (47)
となる。(47)は、
p g g
p s f y p
f
q 2
2 2 0
0 (48)
が 地 衡 風 に 沿 っ て 保 存 す る こ と を 示 し て い る 。 こ の q を準 地 衡 渦 位 (quasi-geostrophic potential vorticity)という。
なお、鉛直座標として圧力pの代わりに高度zを用いると、(47)は、
1 0
2 2 2 0
0
R g
R g p g
z N
f y z
Dt f
D
(49)
と表せる。ただし、RはRから計算される基本場の密度である。Nはブラント・
ヴァイサラ振動数であり、
dz g d
N R
R
2 1 (50)
と定義される。仮に、Rが高度によらず一定とすると、(49)は
2 0
2 2 2 2 0
0
p g g
g
z N y f
Dt f
D
と書くことができる。このとき、鉛直方向の2階微分の f02/N2倍が水平方向の 2階微分に対応していることがわかる。これは、準地衡系では、現象の水平スケ
4 0 10
f /sとすれば、水平スケールは鉛直スケールの100倍程度になり、観測事 実と一致する。
8.6 オメガ方程式
前節では、連立方程式(28)、(41)からを消去して、準地衡渦位qの時間変化 を予報する方程式(47)を求めた。ここでは、(28)と(41)から時間変化項を消去し、
を診断的に求める方程式を導出する。まず、(28)をpで偏微分すると、
22 0 2
0 y f p
y f x v
t u
p g g p g
(51)
となって、
2 2 0 2
0 2
0 f y f p
v y u x
y p t f
p p g g g p g
左辺第1項で微分の順序を入れ替えると、
2 2 0 2
0 2
f p y
y f x v
p u p
t g g p g
g
p
両辺に 20 s
f をかけて、
22 2
2 2 0
2 0 2 0
2 0
p s y f
y f x v
p u s
f p s
f
t g g p g
g
p
(52)
が得られる。一方、(41)の両辺にp2を作用させると、
2 2
2 0
p g
g g
p s p
f v y
u x
t
(53)
となって、
2 2
2 0 2
2 0
p g
g g
p g
p s p
f v y
u x p
s f
t
左辺第1項で微分の順序を入れ替えると、
2 2
2 0 2
2 0
p g
g g
p g
p s p
f v y
u x p
s f
t
(54)
が得られる。(52)と(54)の和を計算すると、
g g p g p g g g
p s
f v y
u x y
y f x v
p u s
f
2 2 0
2 2 0
0
2
2 2 2
2 0
p p
s
f
となる。ここで、
p g g
g u
v y
u x
を用いると、
2 022 22 p s f
p
g p p g p g p g
p s u f
y f p u
s f
2 2 0
2 2 0
0
と書けて、
2 2 1
2 2
2 2 0
F p F
s f
p
(55)
が得られる。ただし、
ug p f y p g
p s
F f
20 0 2
1
p g p g
p s u f
F2 2 20
である。これをオメガ方程式(omega equation)という。
オメガ方程式を用いると、ある時刻での地衡流線関数gの分布から鉛直流
を診断することができる。つまり、(55)の左辺は鉛直流の2階微分になってい るので、右辺のF1F2の分布が求まると、を決定することができる。が波 型の構造をしている場合、F1 F2が正のとき、は負であり上昇流となる。
(55)において、右辺第1項F1は地衡渦度の水平移流の鉛直微分である。たとえ
ば、トラフの前面では正の渦度が西風によって移流されてくるから、渦度の移 流
ug p
f0 yp2g は正である。上空ほど西風が強いので、移流項の値
ラフの前面では地衡渦度の水平移流によって上昇流を生じさせる作用がはたら くことがわかる。上昇流にともない、上層で水平発散が生じて渦度を減少させ る効果、下層で水平収束が生じて渦度を増加させる効果が生じるので、地衡渦 度の水平移流によって生じる渦度偏差は平滑化される。
一方、第2項F2は温位偏差の水平移流の水平2階微分である。たとえば、ト ラフの前面では南風によって正の温度移流が生じているから、温度移流項は正 である。これを水平2階微分し、符号を反転されたものがF2であるから、結局F2 は正である。したがって、トラフの前面では温度移流によって上昇流を生じさ せる作用がはたらくことがわかる。上昇流によって温度が低下するので、水平 温度移流によって生じる温度偏差は緩和される。
このように、準地衡系においては、力学場(渦度場)と熱力学場(温度場)
との間の拘束条件が強く、両者は自由には変動できない。このため、渦度偏差 だけが与えられたり温度偏差だけが与えられたりしても、結局、渦度場の偏差 と温度場の偏差の両方に偏差が分配され、場の整合性を保とうとしている。
課題 8.1 理想気体の状態方程式と静水圧平衡の関係を用いて、(47)から(49)を 導出せよ。本来、
p
は
z g
1 に置き換えられるが、近似的に
z
Rg
1 として
よい。同様に、
dp d を
dz d
Rg
1 に置き換えてよい。