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byoin\u27nai rinri iinkai no hikaku iji hogakuteki kenkyu : moderu to shido genri no tankyu waseda daigaku shinsa gakui seikyu ronbun haku

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早稲田大学審査学位論文

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博士

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病院内倫理委員会の比較医事法学的研究

―モデルと指導原理の探究―

早稲田大学大学院法学研究科

一家

い っ か

綱邦

つ な く に

(2)

2 目次 序章 はじめに―問題関心と本稿の構成 1.医療現場での倫理的問題の典型 2.倫理的問題への医事法学及び生命倫理学のアプローチ 3.倫理委員会をめぐる問題 4.本邦の倫理委員会システムの最大の問題 5.本稿の構成 第1章 本邦の「医をめぐる倫理委員会」 第1節 日米の倫理委員会の始まり 1.アメリカ国内及び国際的なIRBの始まり 2.アメリカ国内のHECの始まり 3.本邦の倫理委員会の端緒と普及 第2節 倫理委員会に関するルール 1.研究倫理審査委員会に関する公的ルール 2.病院内倫理委員会に関する公的ルール 第3節 日本の病院内倫理委員会の実態―量的調査研究からの全体像 1.一般病院の倫理委員会設置率及び構成員について 2.倫理委員会の活動について 3.臨床の倫理的問題への対応のニーズについて 4.まとめ 第4節 ある倫理委員会の実態―質的調査研究(フィールド・ワーク)からの具体像 1.調査研究の目的と研究対象の概要 2.調査研究の手法 3.調査研究の結果 4.まとめ 第5節 小括―本邦の現状を踏まえた本稿の課題と目的 1.個々の倫理委員会の上位組織 2.日本の倫理委員会の1つのモデル―北里大学医学部・病院倫理委員会 3.本邦の病院内倫理委員会に必要なこと

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3 第2章 大統領委員会報告書に見る病院内倫理委員会の基本論 第1節 本章の目的と大統領委員会報告書の背景 1.本章の目的 2.一連の事実状況 第2節 報告書の全体像と決定能力を有しない患者の問題 1.大統領委員会 2.報告書の全体像 3.報告書第4章「決定能力を喪失する患者」前半部 第3節 重症障害新生児の処置をめぐる問題 1.重症障害新生児の医療と問題の発生 2.障害新生児の治療差控えの決定 第4節 倫理委員会についての調査 1.調査の概要 2.調査結果 第5節 倫理委員会についての提言―報告書第4章後半部 1.医療施設内の決定手続機関 2.倫理委員会の職務 3.倫理委員会の運営に伴う問題点 第6節 小括―大統領委員会による倫理委員会法案モデル 1.病院内倫理委員会設置のための法案モデル 2.報告書に関する議論 3.大統領委員会報告書に対する本稿の評価 第3章 大統領委員会報告書を受け継ぐ2つの倫理委員会モデル 第1節 保健福祉省の倫理委員会モデル①提案規則から終局規則へ 1.提案規則の発表 2.ICRCに関する意見 3.保健福祉省の回答 4.終局規則によるICRCモデル

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4 第2節 小児科学会の倫理委員会モデル①提案規則へのコメント 1.小児科学会コメント 2.小児科学会コメントとドウ終局規則による倫理委員会モデルの比較 3.ドウ終局規則無効判決 第3節 小児科学会の倫理委員会モデル②ガイドラインの発表 1.障害児の処置をめぐる問題への小児科学会の取組み 2.特別調査委員会 3.倫理委員会の組織構造 4.倫理委員会の手続、機能及び留意点 第4節 保健福祉省の倫理委員会モデル②ガイドラインの発表 1.ガイドラインの沿革と序文 2.倫理委員会の設置、組織及び運営 3.倫理委員会の機能 第5節 小括―大統領委員会、保健福祉省、小児科学会の倫理委員会モデルの比較検討 1.大統領委員会、保健福祉省、小児科学会の倫理委員会モデルの比較 2.小児科学会及び保健福祉省の狙い 第4章 患者のケアに関する助言委員会―メリーランド州法の示す倫理委員会モデル? 第1節 本章の目的とPCAC法の紹介 1.本章の目的 2.PCAC法の沿革 3.定義規定 4.設置及び活動形態 5.構成員 6.为たる機能 7.事前審議機能 8.免責規定 第2節 倫理委員会モデルとしてのPCACの検討 1.PCACの設置と活動における協働関係 2.構成員の問題 3.患者保護のための手続の問題

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5 4.免責規定の問題 第3節 PCAC法の効力についての調査研究 1.調査研究の概要 2.第1段階の調査結果 3.第2段階の調査研究 4.第3段階の調査結果 5.第4段階の調査結果 6.調査結果の分析 第4節 PCAC及びPCAC法に対する評価 1.メリーランド州司法長官 2.メリーランド州法律家協会 3.患者の自己決定法との比較 第5節 小括―PCACは倫理委員会か 1.PCAC法の評価 2.PCACは倫理委員会か? 第5章 裁判所が考える倫理委員会―決定手続の当事者と裁判所との関係を中心に 第1節 本章の目的と裁判例の情勢 1.本章の目的 2.裁判例の情勢 第2節 リーディング・ケースとしてのQuinlan事件判決とSaikewicz事件判決 1.Quinlan事件判決 2.Saikewicz事件判決 3.Q判決とS判決の比較 4.両判決をめぐる議論 第3節 倫理委員会をめぐる1980年代前半の裁判例 1.Spring事件判決 2.Eichner事件判決 3.Colyer事件判決 4.JFK病院事件判決

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5.L.H.R.事件判決 6.Torres事件判決

第4節 倫理委員会をめぐる1980年代後半から1990年代前半の裁判例 1.Conroy事件判決

2.Farrell, Peter, Jobes事件判決 3.Lawrance事件判決 4.L.W.事件判決 5.DeGrella事件判決 6.Fiori事件判決 第5節 小括―裁判例から読み解く倫理委員会のあり方 1.Fiori事件判決以降 2.【第三のポイント】について 3.【第一のポイント】について 4.【第二のポイント】について 5.裁判例から倫理委員会が学ぶこと 終章 おわりに―倫理委員会の指導原理 1.本稿の総括 2.手続的正義について 3.倫理委員会における手続的正義 参考文献一覧 別表 第1章・別表1:倫理委員会の一般的な活動内容 第1章・別表2:データ生成第4段階の一例 第1章・別表3:女子医大EC定例委員会での全質疑の概況 第3章・別表:大統領委員会、保健福祉省、小児科学会の倫理委員会モデルの比較 第4章・別表集 第5章・別表:倫理委員会が登場するアメリカの裁判例

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序章 はじめに―問題関心と本稿の構成

1. 医療現場での倫理的問題の典型 (1) 医療現場において、倫理的判断が求められる場面は多い。1つの典型的な場面として、 終末期医療の実例を挙げる。 積極的安楽死及び消極的安楽死(治療中止)の許容要件を示した判決として有名な東海大 学安楽死事件判決1においては、終末期医療を受ける患者、その患者が苦しそうな姿を見て 治療中止を求める家族を前にして、孤立する....医師の姿が浮かび上がった。 2002年4月下旪に発覚した、1998年11月に行われていた川崎協同病院での筋弛緩剤投 与事件では、多くの患者からの信頼が厚かった医師が自分一人の判断で........、意識不明状態にあ った患者に対して気管内チューブの取外しと筋弛緩剤の投与を行い、死に至らせた。医師が 患者家族に対する適切なインフォームド・コンセント(=IC)を行ったか否かが争点になった 本件は、最高裁まで争われた2 2004年5月には、北海道立羽幌病院に勤務する医師が、無呼吸状態に陥った患者から人 工呼吸器を取り外して死亡させたとの報道がなされた。医師は患者が脳死状態にあると患者 家族に説明し、その説明を受けて家族は治療中止を希望し、医師は治療を中止した。病院長 の判断によれば、カルテを見る限り人工呼吸器を外さなくても数時間後には間違いなく心停 止していたという。正式な脳死判定手続を踏まずに、医師が卖独で...患者の脳死を判断し治療 中止の決定を行ったことが、本件の最大の問題点として指摘されたが、本件は不起訴処分に 落着した3 2000年9月から2005年10月にかけて、富山県の射水市民病院(事件当時は新湊市民病 院)の外科部長が、50~90歳代の7人の患者の人工呼吸器を外して死なせたことが2006年 1 横浜地裁判決平成7328(判時153028) 本判決については多くの研究がある。代表的なものとして、唄孝一「いわゆる「東海大学 安楽死判決」における「末期療法と法」――横浜地裁平成7年3月28日判決を読んで」法 律時報67巻7号(1995年)43頁、中山研一「東海大学「安楽死事件」判決について―横浜 地裁平成7年3月28日判決」北陸法学3巻3号(1995年)27頁、甲斐克則「治療行為中止 および安楽死の許容要件―東海大学病院「安楽死」事件判決(平成7.3.28横浜地判)月刊法学 教室(判例クローズ・アップ)178号(1995年)37頁、町野朔「「東海大学安楽死判決」覚書」 ジュリスト(特集・東海大学安楽死事件判決)1072号(1995年)106頁。 2 最高裁第三小法廷決定平成21127(判時2066159) 本判決については各審級に対して、多くの研究がある。代表的なものとして、甲斐克則「終 末期医療・尊厳死と医師の刑事責任―川崎協同病院事件第1審判決に寄せて(平成17.3.25 横浜地判)」ジュリスト1293号(2005年)98頁、町野朔「患者の自己決定権と医師の治療義 務―川崎協同病院事件控訴審判決を契機として(平成19.2.28東京高判)」刑事法ジャーナル 8号(2007年)47頁、武藤眞朗「川崎協同病院事件最高裁決定(平成21.12.7最高三小決)」刑 事法ジャーナル23号(2010年)83頁、矢澤昇治編著『殺人罪に問われた医師 川崎協同病 院事件―終末期医療と刑事責任』(現代人文社、2008年)。 3 20045月中旪(14)以降、新聞各紙などで報道された。

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9 に明らかになった。死期の切迫性、治療義務や苦痛緩和のための尽力の程度、患者の意思表 示の有無、家族への説明内容など問題点は複数に亘り、富山県警は2008年7月に殺人容疑 で書類送検するも、2009年12月に不起訴処分の決着を見た4 (2) これらの事件に共通する問題として、医師個人による独断的判断、医師と患者又は患 者家族及び医師と他の医療者との間のコミュニケーションの欠如が指摘された。そして、そ のような問題状況に対応する方策として、裁判官は判決の中でチーム医療の必要性を説き5 論者は倫理コンサルタント6の設置を提唱した7 (3) また、倫理的問題8が生じる医療現場は終末期医療に限らない。障害児の治療拒否や医 療ネグレクトなどの問題を抱える小児・新生児医療、ドナーの意思表示の確認が厳格に求め られる移植医療、宗教的理由に基づく輸血拒否によって医学上救命可能な生命を前に戸惑う 救急医療、患者本人の意思表示が期待できない精神科医療、その他医療技術と医学研究の発 展が目覚ましい生殖補助医療や再生医療などが挙げられる。 2.倫理的問題への医事法学及び生命倫理学のアプローチ (1) 従来、そのような倫理的問題に対しては、医事法学や生命倫理学は一般的抽象的原則 (例えば、自律尊重、無危害、仁恵、正義から成る生命倫理の4原則9、医療法1条の2に挙 4 本件については、立山龍彦「富山県・射水市民病院人工呼吸器取り外し事件」白門58 7号(2006年)37頁、中島みち『「尊厳死」に尊厳はあるか―ある呼吸器外し事件から』(岩 波書店、2007年)。 5 「医師側においても[患者の推定的意思の]認定を行うのに適確な立場にあり、必要な情 報を得ておくことが必要とされるのであるが、患者及び家族に関する情報の収集と蓄積、並 びに認定を適確に行うためにも、複数の医師及び看護婦等によるチーム医療が大きな役割を 果たすといえよう。」横浜地裁判決・前掲注1・38頁。 6「倫理コンサルタント」についての共通理解はいかほどか。安易な定義付けは躊躇われる が、便宜上以下のように簡卖に理解しておく。すなわち、医療者や患者らが医療上の選択・ 決定を行うことに困難を感じた場合に、純粋な医学的問題ではなく医療倫理的問題について、 相談者が選択・決定を行うことを容易にするためのサポートを行う個人(倫理学者が多い)ま たは機関と要約できる。「アメリカの病院・施設にみるバイオエシックス・コンサルテーシ ョン・サービス」臨床看護30巻12号(2004年)1767頁を参照。 7「重要な医療措置の決定には、病院内に設置された倫理委員会の承認を得ることが理想的 だ。ただ、そうした手続きを踏む十分な時間がないなど、臨床の現場の現実をかんがみれば、 院内に倫理コンサルタントあるいはリスクマネージャーを配置し、担当医が彼らと相談した うえで、なすべき医療行為を決定することが最低限必要とされよう。」前田正一、児玉聡「院 内に倫理的助言者を」読売新聞北海道版2004年5月20日33面。 8 「倫理的問題」を定義することは難しい。それは「法的問題」とは異なるのか、重なるの か。このことを自覚した上で、本稿では医療において倫理的に問題とされる問題を「倫理的 問題」と呼ぶ。ケネス・A・ドゥヴィル、グレゴリー・L・ハスラー(横野恵訳)「病院倫理 委員会の審議における法の取り扱い」D・ミカ・ヘスター編(前田正一、児玉聡監訳)『病院 倫理委員会と倫理コンサルテーション』(勁草書房、2009年)301頁は、この問題に取り組 み、倫理的議論から法の影響力を排除することは不可能であり、法の影響力の存在を認めた 上で法(法的議論や法律家)の適切な役割を考えることを求める。 9 トム・L・ビーチャム、ジェイムズ・F・チルドレス(永安幸正、立木教夫監訳)『生命医学

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10 がる「生命の尊重と個人の尊厳」)を立て、その原則の下に個別的具体的各則(例えば、IC、 医師の説明義務、患者の自己決定)を設け、それらを精緻化(例えば、安楽死の許容要件、正 当なICとして認められる説明し理解させるべき内容、意思無能力患者のための代行決定の 基準としての最善の利益基準)しようと努め、実効せしめるための道具(例えば、リビング・ ウィル)を考案してきた。 (2) 制定法以下の規範は、そうした倫理的問題への対応策を提示し、周知を図る。最近で は、ガイドラインあるいは指針という形式の規範が多く見られる。それらを読むと、以前か ら医療界に存在するある機関に、ここ数年来改めて着目されていることに気づく。それが、 倫理委員会である。 例えば、終末期医療に関しては、上記の射水市民病院事件が社会に与えた動揺は大きく、 以後複数のガイドラインが出され、それらは倫理委員会(と目される機関)を重視する。 日本緩和医療学会の「終末期癌患者に対する輸液治療のガイドライン(第1版、2006年)」 は、「一貫性のある意思決定プロセスを実現するためには、病院倫理委員会.......や公式な倫理カ ンファレンスが重要な場合がある(71頁)」と述べる(傍点強調は筆者による。以下同じ)。 厚生労働省の「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン(2007年)」は、「医療・ ケアチームの中で病態等により医療内容の決定が困難な場合、患者と医療従事者との話し合 いの中で、妥当で適切な医療内容についての合意が得られない場合、家族の中で意見がまと まらない場合や、医療従事者との話し合いの中で、妥当で適切な医療内容についての合意が 得られない場合等については、複数の専門家からなる委員会.............を別途設置し、治療方針等につ いての検討及び助言を行うことが必要である(3頁)」と述べる。 日本救急医学会の「救急医療における終末期医療に関する提言(ガイドライン)」は、「医 療チームによっても判断がつかないケースにおいては、院内の倫理委員会等.........において検討す る」と述べる。 日本医師会・第Ⅹ次生命倫理懇談会の「終末期医療に関するガイドライン」は、「医療・ ケアチームの中で医療内容の決定が困難な場合、あるいは患者と医療従事者との話し合いの 中で、妥当で適切な医療内容についての合意が得られない場合には、複数の専門職からなる.......... 委員会...を別途設置し、その委員会が治療方針等についての検討・助言を行う(4頁)」と述べ る。 日本学術会議・臨床医学委員会終末期医療分科会の「終末期医療のあり方について―亜急 性型の終末期医療について―」は、上記のガイドラインをまとめて「医療内容の決定が困難 な場合には、複数の専門家からなる委員会.............を別途設置し、治療方針等についての検討及び助 言を行うことが必要である(9頁)」と述べる。 (3) 臨床の倫理的問題に対して、倫理委員会という専門機関が対応すれば、今後は問題状 況の改善を期待できるだろうか。先行研究や社会及び医療界の最大公約数的な共通理解とし ての病院内倫理委員会の理念を集約すれば、筆者は次のように理解している。 倫理』(成文堂、1997年)79頁以下。

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11 すなわち、倫理的問題が臨床で生じた場合には、従来は医療者の専門職倫理(医療倫理や 看護倫理など)によって対応することが倫理的であると評価されてきた。しかし、様々な理 由(为に医療界に対する社会の不信感)から、医療者の倫理のみを用いて問題に対応すること を非医療者(特に患者の立場から)が良しとしなくなった。医療コミュニティのみに通じる専 門職倫理だけではなく、一般社会の価値観を臨床の倫理的問題の検討及び対応において導入 することが求められる。その意味で、医療界は社会との接点や亣流を持つことをより明示す ることが求められるが、それは結局のところ患者という存在を通じてである。身体的、精神 的及び社会的に弱い立場にあるとされる患者の福祉を保護することが、倫理的であると評価 される(自律尊重と仁恵の原則がその象徴である)。そのような要求を実現し、また社会に対 する証明を果たす場が、多職種且つ学際的なメンバーが構成し、各々の専門性を活かした議 論を通じて、倫理的問題への対応にあたる病院内倫理委員会である。 3.倫理委員会をめぐる問題 (1) だが、他方では、倫理委員会をめぐる問題も尐なからず見られる。 2006 年10 月に岐阜県立多治見病院の倫理委員会が、心肺停止状態で救急搬送され蘇生 処置を施したが回復の見込みがない80歳代患者について、患者が11年前に作成した文書 などに基づいて延命治療の中止を容認した。ところが、病院長が国の指針などが明確でなく 医師が責任を問われる可能性を理由に治療継続を命じた10。全日本病院協会は、「終末期医 療の指針(2007 年)」の中で、この件を問題視して「決定プロセスではなく、具体的な内容 に関する指針が必要である」と述べ、厚労省の上記ガイドラインを批判した。 2006年に発覚したいわゆる病気腎移植事件では、病気の患者の腎臓を摘出・提供した岡 山、香川両県の 2 病院が、移植の可否を審議する倫理委員会を開いていなかったことが問 題になった11。「日本移植学会倫理指針」は、非親族間の生体臓器移植について全ての症例 に対して自施設の倫理委員会の承認を受けることを求め、2007年に改正された厚労相保健 医療局長通知としての「「臓器の移植に関する法律」の運用に関する指針(ガイドライン)」 が、非親族間の生体間移植の全ケースに対する自施設の倫理委員会の承認を求めるにもかか わらず、である。 2011年6月に発覚した親族間の生体間移植を装った臓器売買事件では、倫理委員会が複 数回にわたって関係者に事情聴取をしたが、移植目的の養子縁組を見抜くことができずに承 認した12。結果的に、事態は関係者が臓器移植法違反として逮捕される刑事事件になった。 (2) これら 3件は、一般病院の倫理委員会が関係する事件である。次に、医科系大学に設 置される倫理委員会が関係する事件を挙げる。 10 朝日新聞200719日朝刊30頁。 11 朝日新聞2006114日夕刊1頁。その後(201012)、事件を起こした同じ病院 において、病気腎移植は臨床研究として再開された。 12 朝日新聞2011624日朝刊35頁。

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12 冒頭に挙げた1991年の東海大学病院での安楽死事件に対して、倫理委員会は機能しなか ったといえる。すなわち、東海大学医学部は1983年以来「医の倫理委員会」を設置し、「医 学の発展と人間の生命の尊厳の調和のために医学部及び同付属病院における重要な倫理的 事項を・・・審議検討し、答申する(医の倫理委員会規程 第1条)」ことになっていた。 同様に、大学の倫理委員会が機能しなかった事件としては、金沢大学医学部附属病院の臨 床試験事件がある。同大学では、1985年以来「医学研究に関する倫理基準委員会」が「人 間を直接対象とした医学の研究及び医療行為がヘルシンキ宣言の趣旨に添った倫理的配慮 のもとに行われることを目的として(金沢大学医学部医学研究に関する倫理基準委員会内規 第1条)」設置されていたにもかかわらず、同大学の医師が、患者を適正な同意なく臨床試 験に組み入れ、患者にとって最善の医療を提供したとは評価できないような抗がん剤を投与 し、その強力な副作用によって結果的に患者が死亡した事件である。本件は、民事の損害賠 償請求事件として最高裁にまで上告されている13 2009 年11 月には、昭和大学の研究グループが「自施設の倫理委員会の承認を得た」と 虚偽の報告をして、英国の医学雑誌ランセットに掲載された。その後、研究データの偽造な どの疑いも生じ、掲載論文は取下げられた14 (3) 何故、倫理委員会が存在するにもかかわらず、適切な関与がなされず、その管轄内で 倫理的な問題が生じるのか。これは、その特定の施設や倫理委員会に限ったことなのか。ま た、倫理委員会が関わるとして列挙したこれらの事件は、問題の内容も法的性質も様々であ るが、倫理委員会が扱うべき倫理的問題とは何か。 4.本邦の倫理委員会システムの最大の問題 (1) その疑問には、日本の倫理委員会システムの最大の問題に答えを求めることができる、 と筆者は考える。すなわち、倫理委員会という制度が始まったアメリカを範にすれば、医学 研究の倫理的観点からの審査と日常的な医療現場で生じる倫理的問題への対応という 2 つ の独立した任務は、研究倫理審査委員と病院内倫理委員会15という個別の組織に担われるべ きである16。ところが、本邦では、2つの組織は倫理委員会という名称の下に 1 つにされ、 13 金沢地裁判決平成15217(判時1841123)、名古屋高裁判決平成174 13日 (http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/4A2BFEE0DA9D6BAD4925702E00030C6F.pdf)。 本件については、仲正昌樹他『「人体実験」と患者の人格権』(御茶の水書房、2003年)、 仲正昌樹他『「人体実験」と法』(御茶の水書房、2006年)、光石忠敬「金沢大学病院無断臨 床試験事件」年報医事法学20号(2005年)122頁。 14 朝日新聞20091121日朝刊38頁。

15 英米では「Clinical Ethics Committee(臨床倫理委員会)」という名称も使われるが、意

味するところは同じであると推測される。また、日本の病院に設置されている倫理委員会の 名称としては「臨床医学倫理委員会」「医療問題検討委員会」「医学研究倫理委員会」「倫理 審査委員会」などもある。

16 アメリカにおいても、両委員会を独立させずに、それぞれが担うはずの任務を1つの委

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13 結果的に(特に、医療現場での倫理的問題への対応を担う部分が)機能不全に陥っている。 (2) 医学研究と医療の境界も、それらを明確に区別することの意義も実際には時に曖昧に なることは、研究と教育と治療の実践が重なる大学医学部の付属病院では、否定できない。 しかし、医学研究の対象者である被験者は、医療の利益享受者であると同時に弱者としての 保護を要する患者でもあることは、両者の扱いを異にすることを要求する17。万人に恩恵を もたらしうる医学研究の成果を追求する医学研究者の使命と、目の前の病に苦しむ担当患者 の治療に専念することを要求される医師の責務とは、時に相容れない。 両者の区別が果たされないことが最悪の形で顕現したのが、上記の金沢大学医学部附属病 院の事件である。研究者と治療者という2つの職責を同時に背負った医師のジレンマ18に介 入し、第三者としての立場から研究計画を倫理的に審査(規律)することを通じて結果的に研 究を支援するための役割を、研究倫理審査委員会は担うはずが、本邦のそれは十分に機能し ているとは言い難い。 既述した昭和大学の事件は、研究倫理審査委員会が有名無実化している状況を示す。その 一般的な問題状況は多くの研究が指摘しており19、本稿も後に明らかにする。 (3) 本稿が倫理委員会をめぐる多岐に亘る問題状況の中で、最も重い問題として受け止め るのは、本稿冒頭で列挙したような臨床の倫理的問題が繰り返し生じ、そのための専門機関 として病院内倫理委員会が要求されているにもかかわらず、現実に機能しておらず、事態の 改善が見られないことである。それは、臨床の医療者にとっては負担の重い酷な状況であり、 何よりも患者の保護が十分ではないことを意味する。 5.本稿の構成 本稿は以上のような問題関心に基づいて、病院内倫理委員会について第1章から第 5章 に亘って、以下のような研究を行う。 HEALTH CARE DECISION MAKING at 189,Audience Discussion(Ronald E. Cranford et al.

eds., 1984). 17 田代志門『研究倫理とは何か 臨床医学研究と生命倫理』(勁草書房、2011)は、倫理 委員会について検討する前に、医学研究と医療を規律する倫理を明確に区別することの重要 性を指摘する。 18 このジレンマの解消が難しいことは、医学研究の国際的ルールであるヘルシンキ宣言3 項と4項の対象者が「人々」と「私の患者」であることが示す。この点について、樋口範 雄『続・医療と法を考える 終末期医療ガイドライン』(有斐閣、2008年)20頁参照。 19 樋口・同上・1頁。武藤香織他「倫理審査委員会改革のための7つの提言」生命倫理15 巻1号(2005年)28頁。原昌平、増田弘治「日本の特定機能病院における倫理審査委員会の 現状―読売新聞によるアンケート結果の紹介と倫理審査の改善に向けた考察―」臨床評価 35巻2号(2007年)375頁。鈴木美香、佐藤恵子「研究倫理審査委員会の現状と改善策の提 案―ある施設における臨床研究を対象とした平成 18 年度の審査過程の調査及び委員、申 請者の意識調査より」臨床薬理41巻3号(2010年)113頁。平成21年度科学技術総合研究 委託「研究機関における機関内倫理審査委員会の抱える課題の抽出とその対応に向けた調査 研究」報告書(http://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/life/haihu62/haihu-si62.html)。

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14 第 1 章では、病院内倫理委員会に対象を限定せず、研究倫理審査委員会と併せた本邦の 倫理委員会システム全体の問題を明らかにしたい。そのために、アメリカで始まった倫理委 員会の経緯と、本邦での端緒と倫理委員会に関する公的なルールの現状を確認する。さらに、 本邦の病院内倫理委員会の全体像を明らかにすることを目的に複数の先行研究(アンケート 調査)を整理し、それだけでは見えない倫理委員会の具体像を示すために筆者自身が行った フィールド・ワーク研究の成果を明らかにしたい。 こうした歴史的経緯、現行ルール及び実像を明らかにする結果、本邦の病院内倫理委員会 の拡充を図るならば、同委員会に焦点を絞った議論が必要であり、その議論の材料として病 院内倫理委員会のモデルと基本原理を明らかにすることを、本稿の第 2 章以下における研 究課題とする。その課題をクリアするために用いる研究手法は、倫理委員会システムの先進 国と言えるアメリカを対象にした比較法研究である。 第2章と第3章では、1980年代前半に病院内倫理委員会の設置率が急上昇したことが明 らかになっており、この背景にあった事実を確認する。第 2 章は、国家レベルの生命倫理 委員会として有名な大統領委員会が作成した報告書を研究の対象にする。報告書が示した病 院内倫理委員会に関する最も基本の議論に立ち返る。第 3 章では、大統領委員会報告書の 公表と同時期に、保健福祉省と小児科学会が提案した倫理委員会モデルを紹介する。大統領 委員会によるモデルと併せて、3者を比較して理論的関係を検討する。 第 4 章では、病院内倫理委員会のモデルについて規定するメリーランド州法を紹介し、 その内容の適否及び実効性について検討する。前 2 章において倫理委員会のモデルを提示 する行政規則、医学界のガイドライン及び国家レベルの生命倫理委員会による立言を比較し、 それらに制定法を加えて、いずれの形態の社会規範が病院内倫理委員会の普及と充実に有効 であるかについて、検討の材料も提示できよう。 第 5 章では、アメリカの連邦及び州の裁判所が、病院内倫理委員会をどのような機関と して位置付けるのかを確認する。後述するが、倫理委員会の機能のうち最も重視される、臨 床の倫理的問題に関する相談(ケース・レヴュー)である。倫理委員会が出す結論はどのよう な法的効力を有するかは、患者及び医療者といった当事者にとって関心が高い点であろう。 宣言的判決という訴訟制度によって、臨床の倫理的問題に事前に対応できるアメリカの裁判 所による倫理委員の位置付けを確認することで、その関心に応えることができると考える。 終章では、以上の議論を踏まえて、病院内倫理委員会のモデルと基本原理を明らかにする 本稿の課題に応える。

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章 本邦の「医をめぐる倫理委員会」

第1節 日米の倫理委員会の始まり 序章において、本邦の倫理委員会制度は、研究倫理審査委員会と病院内倫理委員会という 本来独立してあるべき2つの組織を1つの組織として設けることに問題があることを指摘 した。本来あるべき姿として存在するアメリカの 2 つの倫理委員会制度が、どのような経 緯で始まったのかを簡卖に確認する。 1.アメリカ国内及び国際的なIRBの始まり

(1) アメリカでの研究倫理審査委員会は、施設内審査委員会(I.nstitutional R.eview B.oard)

と一般に呼ばれる。IRBの歴史20は、アメリカで非人道的な人体実験が数多く実施されてい たことが、1960年代に明るみになったことから始まる21。この事態を受けて、議会は1974 年に国家研究規制法22を制定し、生物医学・行動科学研究におけるヒト被験者保護のための 国家委員会を設けると同時に IRB についても定めた23。すなわち、人を対象にする医学研 究を行う研究者は、国に研究費の申請を行う前に各研究機関に設置が義務付けられる IRB に研究計画書を提出し、その認可を得なければならない。IRBは最低1名の部外者を含む5 名以上で文化、人種、性別に配慮して構成され、研究の評価と同時に倫理的・法的問題にも 明るいことが要求された24 (2) また国際的ルールとしては、世界医師会のヘルシンキ宣言が第 2 版としての1975 年 東京改訂版以来、IRBの設置を要求する。「人間についての個々の研究計画および実施法は 実験計画書に明確に記載し、この計画書は、検討、意見および指導を受けるために特別に任 命された、独立した委員会に送付されなければならない(基本原則2項)」。 こうして始まったIRB制度は、その後の医学研究の発展や臨床への応用などの影響を受 けて尐しずつ変化している部分はあるが、IRB自体の大きな枠組みは変わっていない。 2.アメリカ国内のHECの始まり

それに対して、病院内倫理委員会(H.ospital E.thics C.ommittee)の原型には、1960年代以

20 R.フェイドン・T.ビーチャム(酒井忠昭、秦洋一訳)『インフォームド・コンセント 患者

の選択』(みすず書房、1994年)第5章及び第6章を参照。

21 Henry K. Beecher, Ethics and Clinical Research, 274N.ENGL JMED.1354(1966). 22 Public Law 93-348, §202,88 Stat.342 (1974).

23 国家研究規制法の制定前には、保健教育福祉省が研究施設ごとの委員会(committee of organization)による審査を求める規則39 Fed. Reg. 18914.を制定した。それ以前も含めた 歴史的経緯については、丸山英二「臨床研究に対するアメリカ合衆国の規制」年報医事法 学13号(1998年)51頁に詳しい。

24 米本昌平「医学研究と社会的価値との調整―生命倫理から先端医療政策への離脱―」医

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16 来いくつかの病院において人工妊娠中絶や不妊手術の要請を審査したり、希尐な人工透析機 器を患者に割り当てたりするための委員会が位置付けられる25 その中で、「神の委員会」と名付けられ、非難された有名な委員会がある。1960年に開発 された腎臓病のための人工透析機器の数が1970年前半までは十分ではなく(1972年に、連 邦政府が終末期腎臓病のための全治療に資金を供給することになった)、治療を受けられる 患者数に限界があり、誰が治療を受けるかという生存をかけた倫理的問題が生じた。この問 題に対して、透析機器開発者Belding Scribnerのワシントン州立大学シアトル人工腎臓セ ンターは、医師、病院スタッフ、弁護士、牧師及びコミュニティの一般人から成る委員会を 設けた。その委員会の任務は、医学的には透析処置を受ける資格のある患者達の各ケースを 審議し、実際に治療を受けられる僅かの患者を選ぶことであった。しかし、1962年に写真 週刊誌Lifeの記事で、患者が社会的価値に基づいて選択されていたことが明らかとなり、 倫理的感覚が欠如しているとの非難が浴びせられた26

その後1976年のQuinlan事件判決を契機にHECに注目が集まり、1980年代以降にHEC

の普及を見るが、それについては次章以下で扱う。 3.本邦の倫理委員会の端緒と普及 (1) 翻って本邦の歴史を辿れば、記録に残る限り、本邦最初の倫理委員会は1982年に徳島 大学医学部に設立されたと考えて良い27 当時は生殖補助医療としての体外受精の最初の実施段階にあり、東北大学や慶応義塾大学 などでも研究が進められて28、徳島大学でも森崇英産科婦人科教授(当時)から斎藤隆雄同大 学附属病院院長(当時)に実施の可否についての相談があった。斎藤教授は、同僚研究者の仕 事を応援したい気持ちと体外受精の社会的影響の懸念とのバランシングに悩み、まずは病院 運営委員会(臨床各科の教授と事務部長、薬剤部長、看護部長などが加わった病院長の諮問 機関)に諮問した。その場の議論は、研究者の学問研究の自由を尊重しようという意見が大 半であったが、体外受精という新たな医療技術を導入することの倫理的及び社会的問題にま では十分に配慮できなかったという。 斎藤教授はこの点を非常に懸念し、外部の人間も含めて公開で議論することの必要性を考 え、カリフォルニア大学倫理委員会での委員経験に基づき、倫理委員会の設置を医学部教授

25 WARREN THOMAS REICH, EDITOR IN CHIEF.,ENCYCLOPEDIA OF BIOETHICS VOL.1,409, Clinical Ethics: Institutional Ethics Committee(Revised Edition,1995)を参照

26 グレゴリー・E・ペンス(宮坂道夫、長岡成夫訳)『医療倫理2 よりよい決定のための事例 分析』(みすず書房、2001年)第13章を参照。 27 「徳島大学医学部倫理委員会規則」斎藤隆雄、星野一正編集『全国医科系大学 倫理委 員会規則集』(大学医学部・医科大学倫理委員会連絡懇談会、1990年)336頁、斎藤隆雄『試 験管ベビーを考える』(岩波書店、1985年)1頁、斎藤隆雄「医学部倫理委員会の現実と未来」 メディカル・ヒューマニティ3巻4号(1988年)22頁、森崇英『生殖・発生の医学と倫理』 (京都大学学術出版会、2010年)42頁以下。 28 東北大学、慶應義塾大学の倫理的対応については、森・同上・102頁参照。

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17 会に訴えた。倫理委員会の設置をめぐって教授会での議論は紛糾した。学問の自由や自由な 発想に基づく研究活動、医師としての自由裁量又は講座の自治といった聖域に土足で踏み込 まれるという反対意見も出たが、患者や被験者の安全と人権擁護、公開の原則及び社会的影 響などを考慮して、1982年12月9日に倫理委員会が設立された。 その後、倫理委員会は体外受精研究についての審議を重ね、1983年4月12日に申請者 の森教授に条件付承認の判断を示した。結果的に東北大学に先を越され、日本で 2 例目の 体外受精となったが、森教授は「尐なくとも倫理委員会の審査によって世間を説得できたこ とは間違いない」と述べる29 (2) 徳島大学以来、日本の倫理委員会システムは医科系大学及び付属病院を中心に設置さ れてきた。1985年10月には全体の約1/3、1986年9月には68%、1988年8月には94% と急増していき、1992 年の北里大学を最後に、現在では全国の医科系大学80 校全てに倫 理委員会が設置されている30 これらの医科系大学及び付属病院の倫理委員会については、当時の医学者及び医療者の倫 理的意識から自発的に設置されたものであり、評価すべきであろう。また、その端緒となっ た徳島大学の意識の高さは、特に評価されて良いだろう。しかし、始まりが研究成果の臨床 応用という医学研究と医療の亣錯点であったことを差引いても、日本の医療の中心を担う医 科系大学と付属病院において倫理委員会システムが正しく区別されずに普及したことは、現 状を思慮すれば残念であったと言わざるをえない。 第2節 倫理委員会に関するルール 1.研究倫理審査委員会に関する公的ルール (1) 本節では本邦の倫理委員会を研究倫理審査委員会と病院内倫理委員会に分けて、各々 についての公的ルールを確認する。 まず、研究倫理審査委員会に該当する組織全般について規律する公的ルールを確認する。 最も広範囲の医学研究を規律する最上位規範として位置付けられるのは、国際的ルールの ヘルシンキ宣言であろう。現行の2008年ソウル改訂版31は、1項において「ヒト由来の試 料およびデータの研究を含む、人間を対象とする医学研究(日本医師会訳による、以下同じ)」 を対象にすることを示す。宣言の名宛人については、2項が「人間を対象とする医学研究に 関与する医師以外の人々に対しても、これらの原則の採用を推奨する」と定める。 29 徳島新聞19991023日朝刊34面。 30 星野一正「日本の医系大学倫理委員会 その現状と問題点」星野一正編『倫理委員会のあ り方』(蒼穹社、1993年)10頁。 31 ソウル改訂版のヘルシンキ宣言については、一家綱邦、池谷博「人を対象にする研究を 規律する倫理的ルール―インフォームド・コンセントとヘルシンキ宣言は必要十分か?―」 日本義肢装具学会誌27巻2号(2011年)123頁。

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18 その医学研究の審査に関しては、15 項が「研究計画書は、検討、意見、指導および承認 を得るため、研究開始前に研究倫理委員会に提出されなければならない。この委員会は、研 究者、スポンサーおよびその他のあらゆる不適切な影響から独立したものでなければならな い。当該委員会は、適用される国際的規範および基準はもとより、研究が実施される国々の 法律と規制を考慮しなければならないが、それらによってこの宣言が示す研究被験者に対す る保護を弱めたり、撤廃することは許されない。この委員会は、進行中の研究を監視する権 利を有するべきである。研究者は委員会に対して、監視情報、とくに重篤な有害事象に関す る情報を提供しなければならない。委員会の審議と承認を得ずに計画書を変更することはで きない」と定める。独立した第三者機関であること以外に、研究倫理審査委員会の詳細につ いては定めがない。委員会には監視権限があることと研究者に研究遂行に関する報告義務が あることが併記され、矛盾なく具体的なシステムを想像することは難しいが、各国の制定法 以下の規範に委ねられる。

同 様 の 国 際 的 ル ー ル に は 、 国 際 医 学 団 体 協 議 会(The C.ouncil for I.nternational O.rganization of M.edical S.ciences)の「人を対象とする生物医学研究の国際的倫理指針

(International Ethical Guidelines for Biomedical Research Involving Human Subjects)

がある。CIOMSは、WHO(世界保健機構)とユネスコの援助の下に1949年に設立された国 際的な非政府組織であり、国際連合の援助の下に为として後進国及び低開発国の医療の向上 と医の倫理の普及などを目指して活動している。CIOMS指針は、ヘルシンキ宣言を低開発 国・発展途上国にも普及定着させるために、1982年以来数次の改訂を経て発表されている32 ヘルシンキ宣言より具体的であり研究倫理審査委員会についての規定も厚い33 (2) 次に、研究倫理審査委員会全般に関する本邦固有の最も公的なルールを探すと、関係 省庁が策定した6つの研究倫理指針が挙げられる。臨床研究、疫学研究、ヒトES細胞の樹 立と使用、ヒトゲノム・遺伝子解析、遺伝子治療、ヒト幹細胞という研究分野ごとに倫理指 針が設けられ、倫理審査委員会に関する規定がある。 そのうち最も規律範囲が広い「臨床研究に関する倫理指針」によれば、研究倫理審査委員 会は「臨床研究の実施又は継続の適否その他臨床研究に関し必要な事項について、被験者の 人間の尊厳、人権の尊重その他の倫理的観点及び科学的観点から調査審議する(指針 第1. 3. 用語の定義(16)倫理審査委員会)」ことを目的、任務とする。そのために「学際的かつ多元 的な視点から、様々な立場からの委員によって、公正かつ中立的な審査を行えるよう、適切 に構成され、かつ、運営されなければならない(指針 第3. 倫理審査委員会(5))」とされる。 構成員については、「細則」が定める。だが審査に関する手続や組織体制については細かな 規定はなく、各施設の自为性に委ねられる(指針 第 3(2))。それは臨床研究指針に限らず他 32 日本医師会「医師の職業倫理規程() http://www.med.or.jp/nichikara/rinri/3-01.html(2011年9月8日最終アクセス) 33 筆者の経験上、倫理審査の現場や受審研究者との対話の中でCIOMS指針が俎上に載っ たことは多くなく、規範としての実効力は低いと見られる。

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19 の指針でも同様であるが、6つの指針を比較すると、倫理審査委員会の最低限ともいうべき 内容についてさえ整合性がない34。それは、科学技術・学術審議会の生命倫理・安全部会が 「機関内倫理審査委員会の在り方について」を発表するにもかかわらず、である。つまり、 一連の指針が規範として研究倫理審査委員会を導くことは殆ど期待できない。 (3) 最後に、研究倫理審査委員会の中でも、治験という特定領域の研究の倫理的審査を行 う治験審査委員会に関する公的なルールを確認する。 治験(=医薬品の開発過程における臨床試験)を実施するための科学的及び倫理的妥当性 を審査するための治験審査委員会については、「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省 令(通称、省令GCP=Good Clinical Practice)」が規定する。本邦では、治験という限られ た範囲の研究分野において、研究倫理審査委員会に関する最も詳細な規定が存在する。

医薬品を対象とする治験については、1989 年 10 月に旧厚生省薬務局長通知が定めた基 準(旧GCP)が、行政指導の形で実施されていた。その後、1993年に明るみになったソリブ ジン事件に対する反省や、1990年代前半の治験の国際的基本ルールに関する日米EU医薬 品規制調和国際会議(I.nternational C.onference on H.armonization)での合意の結果として のICH-GCPといった国内外からの改訂の要請を受けて、1997年3月に省令GCPが厚生 省令として公表された。旧GCPから省令GCPへの重要な改正点として、文書による被験 者のICの取得や治験総括医師制度の廃止とともに、治験審査委員会の役割が重視された。 省令27条は、治験を実施する医療機関の長に治験審査委員会の設置を義務付け、その目 的を「治験を行うことの適否その他の治験に関する調査審議を行わせるため」と定める。当 該医療機関が小規模であることを理由に、治験審査委員会を設けることができない場合には、 他の医療機関の長と共同で設置したり、医学系の学術団体が設置したり、他の医療機関の長 が設置したりした審査委員会を利用できる。 省令28条1項は、治験審査委員会の構成を定める。すなわち、①治験について倫理的・ 科学的観点から十分な審議ができること、②5名以上の委員から構成されること、③医療的 専門知識を有する者以外の者を委員に加えること、④治験を実施する医療機関と利害関係を 有しない外部委員を委員に加えることである。 省令28条2項から34条にかけて、治験審査委員会の職務と運営に関する規定が置かれ る。治験審査委員会は運営のための手順書及び委員名簿を作成し、その手順書に沿って業務 を行うことを義務付けられる(29条2項)。手順書は、委員長の選任方法(28条2項1号)、 会議の運営に関する事項(同3号)、会議の記録に関する事項(同5号)などを内容とする。ま た、治験依頼者と密接な関係を有する者(29条1項1号)、治験実施者及びその者と密接な 関係の者(同2号)、実施医療機関の長・治験責任医師等35・治験協力者(3)は、その委 員会の審議及び採決に参加できない。 34 原、増田・前掲注19400頁。 35 省令23号の定義によれば、「治験責任医師」とは、実施医療機関において治験に係る 業務を統括する医師又は歯科医師をいう。

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20 治験審査委員会の为たる業務として、治験を行うことの適否について予め意見を提出する ことが義務付けられているが(30条1項、32条1項)、実施医療機関の長は、外部の第三者 委員会に意見を求めることもできる(30条2項)。また、治験の適否の審査は最初に 1回だ け行えば良いというのではなく、治験の期間が1年を越える場合には年1回以上の継続審 査を行い(31条1項)、その他随時必要な場合(治験薬の副作用情報が通知された場合、被験 者への説明文書が改訂された場合、モニタリング報告書又は監査報告書が提出された場合 36)にも、委員会に意見が求められなくてはならない(312項及び3項、322項及び3 項)。 2.病院内倫理委員会に関する公的ルール (1) つづいて、本来ならば病院内倫理委員会に関する公的なルールを整理したいが、実は、 病院内倫理委員会について規律する公的なルールはない。 序章に既出の厚労省による終末期医療の決定プロセスに関するガイドラインは、臨床の問 題に直面した当事者に倫理委員会(複数の専門家からなる委員会)の支援を受けることを求 めるが、その委員会について具体的又は詳細に定めない。同じく既述の「「臓器の移植に関 する法律」の運用に関する指針(ガイドライン)」は、生体間移植の個別ケースを行う倫理委 員会について「委員会の構成員にドナー・レシピエントの関係者や移植医療の関係者を含む ときは、これらの者は評決に加わらず、また、外部委員を加えるべきであること(第12. 生 体からの臓器移植の取扱いに関する事項7の細則)」と定める。同指針は、脳死移植につい てはケース毎ではなく、自施設での脳死移植の実施一般について承認することを倫理委員会 に求める(第4. 臓器提供施設に関する事項1)。 つまり、これらは、終末期医療や臓器移植に倫理的問題が生じ、当事者以外の第三者委員 会の関与が必要であることを認めるが、その委員会の内容等については殆ど定めがない。こ れは、研究倫理審査委員会について定める各種の研究倫理指針と同様である。研究や医療に ついて倫理的観点からも適正に規律すべき国(行政機関)は、倫理委員会の運営と活用に関し て研究機関及び医療機関の自为性に完全に委ねている。医学研究や医療についての倫理的問 題は、研究者の研究倫理や医療者の医療倫理(その他看護倫理など)という専門職倫理に負う 部分が大きいので、そのアプローチが完全に誤っているわけではない。本邦の医科系大学に おいて外部からの直接的な圧力もないのに倫理委員会が普及した経緯を見ると、問題の対応 を医学コミュニティの倫理に委ねることも誤っていないのかもしれない。だが、多治見病院 36 「モニタリング」とは、治験が適正に実施されるように、治験の進捗状況、治験の実施 計画書及び各種手順書の順守状況などを、製薬企業などのモニターが実際に医療機関などに 出向いて調査することである。「監査」とは、治験によって収集された資料の信頼性を確保 するため、治験がその実施計画書や各種手続書に準拠して行なわれたかどうか、治験を遂行 するに当たって治験実施機関の医療機関などのシステムが適切であったかどうかなどを、製 薬企業などの監査担当者がモニタリングとは別に調査することである。田村周平「「新GCP」 完全実施―日本の医療の常識を変える?」ばんぶう201号(1998年)69頁参照。

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21 の事件が示すように、病院内倫理委員会の法的な位置付けが曖昧であることから臨床では混 乱が生じ、折角の自発的な活動の努力も無駄になってしまう現実もある。 また、第 3節と第 4節で確認する本邦の倫理委員会システムの実態からは、医療界の自 为性に任せて倫理委員会を運営することにも限界が見えている、と言わざるをえないのでは ないだろうか。 第3節 日本の病院内倫理委員会の実態―量的調査研究からの全体像 本節では、先行研究による量的調査研究に依拠して、本邦の病院内倫理委員会の全体像を 把握する。その当時の実態を調査した多数の先行研究が長年に亘って存在するので、それら を複合的に適宜引用する形で整理したい37 1.一般病院の倫理委員会設置率及び構成員について (1) 一般病院の倫理委員会38の設置率についての調査結果を比較する。赤林研究によれば、 37 それぞれのアンケート調査の基礎データを示す。本文では以下の研究を順に赤林研究、 中尾研究、長尾研究、平川研究、児玉研究、原研究と呼ぶ。

Akira Akabayashi et al., An Eight-Year Follow-Up National Study of medical school and general hospital ethics committees in Japan, 8(1) BMCMEDICAL ETHICS 8(2007).は、

1995年と2002年の2回に亘って医科系大学の倫理委員会(80/80回答及び62/80回答)と300 床以上の一般病院(743/1457回答及び464/1491回答)を対象にした。なお、1995年の調査 研究の詳細は、赤林朗(研究代表者)『日本における倫理委員会の機能と責任性に関する研究 (平成9年~11年度科研費補助金基盤研究(c)(2)研究成果報告書)』(2000年)を参照。 中尾久子他「日本の病院における倫理的問題に対する認識と対処の現状―看護管理者の視 点をめぐって―」生命倫理18巻1号(2008年)75頁は、2007年に日本医療機能評価機構の 認定病院の看護管理者を対象にした(675/2164回答)。 長尾式子他「日本における病院倫理コンサルテーションの現状に関する調査」生命倫理 16号(2005年)101頁は、2005年に臨床研修指定病院の委員長を対象にした(267/640回答)。 平川仁尚他「病院内倫理委員会の現状に関する調査」日本老年医学会雑誌44巻6号(2007 年)767頁は、2004年に大学付属病院(54/137回答)と国公立病院及び日赤や農協など民間为 要団体の病院(287/885回答)を対象にした。 児玉知子「一般病院における倫理委員会設置状況について―終末期医療全国調査から―」 病院管理44巻(2007年)228頁は、無作為抽出の4911病院(1542回答)を対象にした(実施時 期不明)。 原、増田・前掲注19は、2006年に特定機能病院83施設の205倫理委員会を対象にした (回答数176委員会)。 なお、本稿では扱わなかったが、白井泰子(为任研究者)『遺伝子解析研究・再生医療等の 先端分野における研究の審査及び監視機関の機能と役割に関する研究』も、本邦の倫理委員 会の状況について調査した優れた研究である。その成果は、平成14年度の総括・分担報告 書に詳しい。その成果に基づく研究論文が、白井泰子「ゲノム時代の生命倫理:医療と医学 研究の狭間で」生命倫理13巻1号(2003年)63頁である。 38 病院に設置される倫理委員会=病院内倫理委員会では必ずしもないことに、注意が必要 である。

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22 設置率は1995年の24.4%から2002年には58.2%に上昇した。2000年代後半に行われた と推測される児玉研究でも、設置率51.1%という数字が出ている。ただし、いずれも2000 年代の回答率が3割強に留まることを、どのように評価するか(自施設に委員会が設置され ていれば、積極的に回答するのではないかという推測が働く)。 (2) 委員会の構成についての調査結果を比較する。医科系大学の1995年の構成員の平均値 は、総数10.4名、外部(医学部外+学外)2.7名、女性0.6名、看護師0.3名、法律家1.0名 であり(赤林研究)、委員会全体に対する構成比率を計算すると、外部 26.0%、女性 5.8%、 看護師2.9%、法律家9.6%である。2006年の構成比率は、外部24.2%、女性15.9%、看 護師7.7%、法律家8.2%である(原研究)。医科系大学の倫理委員会が、内部、男性、医師中 心为義であることに殆ど変化はない。 一般病院における構成について、年代を比較することはできない。1995年の構成員の平 均値は、総数10.3名、外部1.2名、女性1.3名、看護師1.2名、法律家0.4名である(赤林 研究)。2000 年代後半には、病院の委員会が次の構成員を含める割合は、外部48.3%(中尾 研究)、法律家34%、生命倫理専門家13%、有識者42%(児玉研究)である。 いずれの結果からも、委員会の学際性や多様なバックグラウンドを望むべくもない。 2.倫理委員会の活動について つづいて、倫理委員会の为たる活動は何か。全ての先行研究が、各委員会が臨床の倫理的 問題への対応より、医学研究の倫理的審査を優先することを示す(別表 1「倫理委員会の一 般的な活動内容」参照)。直接に両機能を比較できる赤林研究及び中尾研究から明らかにな るだけでなく、平川研究及び児玉研究が、病院内倫理委員会の機能を満たす委員会は過半数 に満たないことを示す。 赤林研究によれば、1995年に医科系大学の倫理委員会で実際に検討された事項の上位は、 「脳死・臓器移植に関する問題(78.8%の委員会)」「生殖技術についての臨床研究に関する 問題(75%の委員会)」「エホバの証人信者の輸血治療の取扱いに関する問題(68.8%の委員会)」 「ICに関する問題(43.8%の委員会)」となっている。臨床の倫理的問題に対応することを示 す検討事項は、後二者のみであろう(脳死臓器移植法の施行は1997年である)。エホバの証 人による輸血拒否事件の発生が1992年、最高裁判決39 2000年であったから、当時の倫 理委員会の関心の高い問題であっただろう。これら4つの検討事項は、1995年の一般病院 の倫理委員会においても関心が高い上位4者であり、順に「エホバの証人(37.8%の委員会)」 「IC(35.2%の委員会)」「生殖技術研究(22.8%の委員会)」「脳死・臓器移植(22.8%の委員会)」 である。 原研究は、特定機能病院の倫理委員会による臨床現場の倫理的問題(延命措置の中止・不 開始、小児の脳死判定、輸血拒否患者への対応、意思不明や判断能力を欠く患者への対応、 がんや難病の告知、患者の隔離・拘束・抑制、特定患者への診療拒否の当否)への対応のル 39 最高裁第三小法廷判決平成12229(民集542582)

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23 ールと現状を明らかにする。それらの問題については、「個別申請が必要で検討例あり」「申 請義務はないが検討例あり」という対応を取ることは尐なく、「要請があれば検討」という 対応を取ることが多い。だが、臨床からの要請を受入れる体制が、倫理委員会に備わってい るのか否かが問題である。臨床からの要請がないから、倫理委員会の中での扱いも低いとい うことが現実ならば(患者側はともかく、尐なくとも医療者にとっては)問題がないが、倫理 委員会に臨床からの要請を受け入れる体制自体がなく、臨床のニーズに対応していないとい うことはないだろうか。 3.臨床の倫理的問題への対応のニーズについて 長尾研究によれば、「あなたの病院で倫理コンサルテーションを行われる必要があります か」という質問に、89.1%の回答者(院長又は副院長が約 7 割)が、「必要ある」と答えた。 中尾研究によれば、現場の看護職の 63.7%が、現場の看護職は倫理的問題について悩みを 抱えていると回答した。 ところが、同じく中尾研究によれば、病院の倫理委員会があるにもかかわらず、倫理的問 題の軽減・解決の有無に大きな差は見られなかった(軽減・解決した=46.4%、しない= 38.6%)。ただし、倫理委員会がコンサルテーションの実施について規程に記載することと 問題の軽減・解決とに関連性はなかったが、コンサルテーションを実施することと問題の軽 減・解決とには関連性が見られた(軽減・解決した=51.1%、しない=32.6%)。 4.まとめ 本節の結果からは、様々な施設の倫理委員会において、臨床の倫理的問題への対応という 病院内倫理委員会の任務は十分に果たされていないことが分かる。医科系大学の倫理委員会 にとどまらず、一般病院の倫理委員会においても、医学研究の審査が为たる任務になってい る。臨床の倫理的問題への対応のために、倫理委員会が十分な体制を取っていないことは、 委員会の構成だけを見ても推測できる。 第4節 ある倫理委員会の実態―質的調査研究(フィールド・ワーク)からの具体像 1.調査研究の目的と研究対象の概要 (1) 本節は、筆者の手による東京女子医科大学倫理委員会(以下、女子医大EC)における参 与観察方式でのフィールド・ワークの成果を示すものである40。大規模なアンケート調査を 行う力は筆者にはないが、そのような量的研究からは把握できない倫理委員会の現状(具体 40 本節は、研究ノートとして既に発表した、一家綱邦「日本の1つの倫理委員会の実態― 東京女子医科大学倫理委員会におけるフィールド・ワーク―」早稲田法学85巻1号(2009 年)249頁を、本稿の目的に沿って加筆修正するものである。

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24 的には、委員会の審議の状況)を明らかにすることが、フィールド・ワークを行った目的で あった。4142 (2) 「倫理委員会規程」を踏まえながら、女子医大ECの概要を説明する43 女子医大ECは1987年1月に創設され、筆者が調査を始めた2007年12月に第160回 の委員会会議が開かれた。倫理委員会の目的は、「学長の諮問機関として、東京女子医科大 学で行われる人を直接の対象とする研究あるいは医療行為が、ヘルシンキ宣言の趣旨に沿っ た倫理的配慮にもとに行われるよう監視し指示を与えること(1 条)」である。その職務は、 「本学で行われる研究あるいは医療行為に関して、当該科教授から提出された実施計画につ き、学長の諮問に応じ倫理的観点に立ってその妥当性を審査する(2条)」ことである。すな わち、女子医大ECは、研究倫理審査委員会(IRB)と病院内倫理委員会(HEC)を兼ねる44 倫理委員会の会議は、毎月 1 回の「定例委員会」と、緊急時に委員が招集され開催され る「臨時委員会」との2種類ある。定例委員会は、申請された案件を検討、審査する IRB の会議として専ら開催された。筆者の調査期間中には、定例委員会では総じて 232 案件を 審査したが、そのうちの1案件(生体間腎臓移植実施の是非をめぐる案件)だけが、HECと して審議した案件であった。他方で、臨時委員会は、筆者の調査期間内には5回(各回1案 件について)開催され、その全てにおいて脳死臓器移植の実施に関する倫理的検討を行った 41 先行研究には、特定の倫理委員会の実態を描出するものもあるが、それらの委員会は著 者が構成員として関与し、客観的な研究や分析の対象ではない。例えば、山田卓生「東京都 立病院倫理委員会のガイドライン策定作業」年報医事法学17号(2002年)57頁、浅野瑛他 「看護倫理委員会を立ち上げた看護部の挑戦」看護管理11巻7号(2001年)500頁、兼松百 合子他「医療の現場において看護婦の直面する倫理上のジレンマ」生命倫理2巻1号(1992 年)32頁、小島恭子「北里大学病院における看護倫理委員会の活動①」看護学雑誌62巻7 号(1998年)661頁、小島恭子、家永登「看護倫理委員会の活動の実際②」看護学雑誌62巻 8号(1998年)775頁、单由起子「患者の権利を擁護することで生じるジレンマ」看護学雑誌 62巻9号(1998年)874頁、高嶋妙子「現場为導の倫理委員会活動へ」看護学雑誌62巻10 号(1998年)966頁、塩見元子「水島協働病院における医療倫理委員会の活動」看護学雑誌 62巻11号(1998年)1076頁、濱口恵子「東札幌病院臨床倫理委員会の活動」看護学雑誌62 巻12号(1998年)1173頁。 42 一般的に倫理委員会は審議を非公開にし、フィールド・ワークを行いたいという申出を 受け入れてくれる委員会は、女子医大EC以外になかった。女子医大ECは、委員の仁志田 博司先生(当時、東京女子医科大学母子総合医療センター所長)の紹介を通じて、筆者の研究 意図をご理解いただき、フィールド・ワークの実施を認めていただけた。フィールド・ワー クを許可された動機には、委員会の審議を透明性のあるものにするという女子医大の意識が 窺われた。 43 以下の女子医大ECの概要については、(当時の)倫理委員会委員長である小林槇雄先生と 学務部医学部学務課の山本毅氏へのインタビューに拠るところが大きい。女子医大ECの規 程は、筆者の調査時に運用されていた2002年4月24日改訂版である。2009年4月以降は、 2009年4月1日に施行された「臨床研究に関する倫理指針(平成20年改正版)」に基づく改 正規程が用いられる。したがって、委員会の運営も調査時点と現時点では異なる点がある。 44 倫理委員会と同様の学内の委員会には、遺伝子解析倫理審査委員会、動物実験倫理審査 委員会、治験審査委員会があるとのことである。

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