かずさDNA研究所ニュースレター
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かずさの森から世界へ
2009年4月8日 第16号
<かずさDNA研究所公開講座>
今年度も千葉県立中央博物館のご協力を得て、か ずさDNA研究所公開講座 「DNAが暮らしを変える」
を中央博物館で開催いたします。
期間は、平成21年5月23日 (土) から平成21年6月 27日 (土) までの5日間で、参加費は無料です。
詳 細 や 申 込 方 法 等 は ホ ー ム ペ ー ジ (h t t p : / / www.kazusa.or.jp/j/course/seminar̲chiba- muse.html) でご確認ください。多くの方のご参加 をお待ちしております。
<ドイツから若手研究者が来所しました>
3月4日に、外務省の「環境及びハイテク分野に関 する欧州若手専門家交流計画」事業の一環として、
医学関係のドイツ人研究者6名が来所されました。
ヒト遺伝子研究部の小原部長が中心に行っている ヒト遺伝子に 関係するさま ざまな研究を 紹介した後、
意見交換を行 いました。
<ワークショップを開催いたしました>
3月25日に、「遺伝的多様性に基づく有用遺伝子 座の探索」 と題するワークショップをかずさアカデ ミアホールで開催いたしました。当研究所の田畑 副所長のあいさつの後、新しい原理を利用した DNAシーケンサーの原理と応用の概要、DNAマイ クロアレイ (遺伝子の発現の差などを検出する機 器) から得られる大量のデータを育種に利用する方
法などの一般的な講演、さらに野生マウス由来系 統の遺伝的多様性、イネの虫害を防ぐための遺伝 子の解析法、コムギの有用な形質に関与する遺伝 子の解析、などの事例について計8演題の講演が行 なわれました。本ワークショップには学生から企 業の研究員に至るまで予想以上に多数の方々が参 加され、熱心に議論に加わっておられました。
研究所からのお知らせ
<トピックス>
本号では、5月末から千葉県立中央博物館で行う公開講座のお知らせ、新たに設置した見学者のための展 示室の紹介 (2ページ) 、研究最前線としてインドからの留学生の紹介 (3ページ) を掲載し、トピックスと してはカイコのゲノム解析とシロアリの腸内細菌のゲノム解析を取り上げました。
かずさDNA研究所ニュースレター
2 かねてよりかずさDNA研究所では、研究所を見学 に訪れる方々にできるだけ効率よく研究所の活動 を俯瞰していただけるように展示室を整備するこ とを検討して参りました。この度、ほとんどの見学 者の方々が利用される研究所の表玄関を入ってす ぐの場所に展示を整備するとともに、興味をもつ 見学者の方々に、顕微鏡による細胞の観察や細胞 からのDNA抽出ができるように、基本的な機器を 設置いたしましたので紹介いたします。
<DNAについて>
展示室の正面中央にはDNAの「分子模型」が設置さ れています。この模型は実際のDNA分子を約2億倍 (つまり、1センチメートルのものが2,000キロメー トルの大きさ)に拡大したもので、DNAを構成す る炭素、酸素、水素、窒素、リンの各原子をそれ ぞれ色の異なる球で表し、全体の様子がわかるよ うに立体的に組み立てたものです。
模型の前に立って実際の D N A 分 子 の 大 き さ ( 微 小 さ) に想いを馳せ、その微 小なDNA分子がわれわれ の体の細胞の中で日夜生命 活動の維持のために「働い ている」ことを想像してい ただければと思います。
このDNAの分子模型のほ か、展示室には、2年前当
研究所で改訂発行した「生命の設計図:DNAってな に?!」という冊子その他から抜粋して編集した2 枚のパネルと、いろいろな生物のゲノムについての まとめのパネルが掲示してあります。
DNA分子が二重のらせん構造をしているというこ とのもつ意味や、DNAのどのような構造が生命活 動の基本となる働きを果たしているかということ について見学者の方々にご理解いただくために、
展示室に隣接する部屋 (見学者が10数名以下の場 合) 、または研究所4階の大会議室 (多数の見学者の 場合) で、スライド等を使って担当の職員が説明さ せていただきます。
<シロイヌナズナのゲノム解読の紹介>
展示室には、実物の100倍以上に拡大したシロイ ヌナズナ (アブラナ科の植物で学名をA r a b i d o p s i s
thalianaといいます) の花の写真の載ったパネルが
あります。これは当研究所も加わって行なったシロ イヌナズナのゲノム解読の国際共同プロジェクトの 成果として、2000年12月にイギリスの有名な学術 雑誌であるNatureに発表された論文の概要を報告 するものです。
シロイヌナズナは房総のどこにでも見られるナズ ナ (ぺんぺん草) と同じアブラナ科の植物で、和名 は、白い花を付け、ナズナに似てナズナとは異なる (イヌナズナのイヌとは「似て非なる」という意) 植物 という意味です。シロイヌナズナは、1年中比較的 狭い面積で育てることが容易なので、各種の研究 に適した実験植物であり、油をとるアブラナを始 め、キャベツや大根などの農業上有用な野菜と近 縁な植物です。この植物のゲノムは高等植物のゲノ ムとしては世界で最初に解読されました。
その後、かずさDNA研究所では、単独でマメ科の ミヤコグサのゲノム解読を行ない、さらに現在、国 内外の研究者との共同プロジェクトとして、ナス科 のトマト、および、紙の原料として有用なユーカリ (フトモモ科) のゲノム解読を進めております。ナス 科には、ジャガイモやトウガラシなど、南アメリカ 原産の重要な作物がふくまれており、トマトのゲノ ムを解読することでこれらの植物についても重要 な知見が得られるものと期待されています。
(この項続く)
見学者用展示・実験室のご案内 (1)
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インドからこんにちは。
植物分子育種研究室 研究協力員 コイルコンダ・パドマラサ
はじめまして。
コ イ ル コ ンダ ・ パ ド マ ラ サ ( D r. K o i l k o n d a Padmalatha 通称 パドマ) です。インド共和国の南 東 部 に あ る ア ン ド ラ ・ プ ラ デ シュ 州 ( A n d h r a Pradesh) の州都ハイデラバード (Hyderabad) の出 身です。
ハイデラバード はインドで5番目 に 大 き い 都 市 で、約700万人が 住んでいます。IT 産 業 が 盛 ん で 、 バ ン ガ ロ ー ル に 次ぐインド第2の I T 産 業 拠 点 と なっています。
私はハイデラバードにあるオスマーニヤー大学を 卒業後、いくつかの研究機関で分子生物学の基礎 を学びました。その後、ハイデラバードにある国 際半乾燥熱帯作物研究所 (ICRISAT) で、「絶滅が危 惧 さ れ る 薬 用 植 物 で あ る サ ン ダ ル シ タ ン (Pterocarpus santalinus) とインドジャボク (Rauvolfia
serpentina) の保全と遺伝的多様性の解析」を行いま
した。インドには薬効を持つ有用植物がたくさん ありますが、乱獲や環境破壊によりその種類と数 は年々減少しています。私は上記2種の植物の遺伝 的多様性を調べるための「DNAマーカー」 (かずさ DNA研究所ニュースレター第7号参照) の作成と人 工培養の条件を研究して学位を取得しました。
さらに、アチャルヤN.G.ランガ農科大学に移り、
「マンゴー種子の脂肪酸合成に必要な酵素について」
解析しました。マンゴーはインドでは神聖な果物 で、生産量も世界一を誇ります。日本でもアルフォ ンソ・マンゴーが有名だそうですが、インドには
たくさんのマンゴーの品種があります。マンゴーの 種子からは油を採ります。この油は、酸化されにく く脂肪臭がないことや融点が低いことから、ク リームやローションの原料として使われています。
私はマンゴー種子のオイルの成分である脂肪酸の合 成に重要な酵素の遺伝子を同定しました。
今回、私は日本学術振興会 (JSPS) の援助によ り、2008年11月から2年間、かずさDNA研究所の 植物分子育種研究室で、インドの油糧作物である 落花生の育種を効率化するためのDNAマーカーの 整備を行うことになりました。
千葉県の名産でもある落花生は、インドでもアン ドラ・プラデシュ州を始め複数の州で栽培されてお り、その生産量は世界2位です。種子は食糧や油糧 作物として日本などに輸出されており、葉や茎など は家畜の飼料としても用いられています。
落花生はマメ科の一年草で、そのゲノムはAとBと いう2種類のゲノムからなる異質4倍体AABBです。
そのため、ゲノムの解析が困難で、これまで遺伝学 的解析やDNAを用いた分類はほとんど行われてい ませんでした。かずさDNA研究所では2006年度か ら、選抜育種の効率化に重要なDNAマーカーを開 発するプロジェクトが進行中です。私はこのプロ ジェクトに加わって有用なDNAマーカーをみつ け、帰国後にはそれらのマーカーを積極的に活用し た落花生の分子育種を行い、インドの産業に貢献 したいと考えています。
2年間の滞在期間中には日本語をマスターし、生 け花などの日本文化や日本の自然にも触れたいと 思っています。どうぞよろしくお願いします。
研究最前線
ハイデラバード ニューデリー
インドジャボクの花 (右) と実 (左)
根の様子がヘビを思わせることから、ジャボク (=蛇木) と いう和名がついています。根の成分が強い鎮静作用を持つこ とから、毒ヘビや毒虫に咬まれたときの解熱用に民間薬とし て使われてきました。
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*カイコの”家畜化”とゲノムの変化
カイコは、約5,000年前に中国で糸を多量にとる ために「家畜化された」鱗翅目の昆虫です。28対56 本の染色体をもち、ゲノムの大きさは5億3000万塩 基であると推定されています。
農業生物資源研究所は中国のグループと共同で、
その91%に相当する4億3200万の塩基対を解読 し、遺伝子を16,329個見いだしました。カイコの ゲノムには、短く、かつコピー数の多い反復配列が あり、また、遺伝子にイントロン (遺伝子内で意味 をもたない配列) が多く、転写領域にもトランスポ ゾン (ゲノム上を自由に転移できる単位) があるな ど、構造が複雑で詳細な解析が困難でした。
カイコが口から吐く糸は、絹フィブロインと呼ば れる非水溶性タンパク質の2本の糸と、その外側 を覆うセリシンという水溶性のタンパク質からでき ています。カイコはその祖先種である「クワコ」より もはるかに多量の糸を吐きますが、その理由は糸 をつくるフィブロインの遺伝子の構造の違いにあ ると考えられています。カイコは家畜化によって
「フィブロリン生産機械」とされてしまったために、
ヒトの手を借りないとエサもとれず、子孫もまとも に残せないようになってしまいましたが、その過 程では様々な遺伝子の欠落などが起こっているだろ うと考えられています。
カイコとクワコではゲノム塩基配列に2.3%の差が あると言われています。ゲノムや遺伝子を調べる と、両者の生態の違いやカイコの家畜化や進化の 様子がわかってくるでしょう。
*シロアリが木材を食べられる理由
シロアリが木材だけを餌として生きているのは、
腸内に共生する微生物群の力のおかげです。しか し、それらの微生物のほとんどは単独では培養す ることができないので、これまでその役割やゲノム 構造はあまり調べられていませんでした。
最近、第2世代のDNAシーケンサーが登場したこ とや解析技術の向上により、より少ないDNA量で ゲノムの解読が可能になりました。
理研の研究チームは、イエシロアリ腸内で木材消 化に最も重要な役割を果たすと考えられている原生 生物 (アメーバの仲間) の体内に生息する細菌類全 体のゲノムの解読を行いました。この共生細菌類 は、イエシロアリの腸内にいる細菌の約7割を占め ており、原生生物にとっても、さらに宿主のシロ アリにとっても重要だと考えられます。
今回解析した原生生物の共生細菌類には、アミノ 酸合成系とビタミン合成系に関わる遺伝子が多く 見つかりました。さらに、これらの細菌が空気中 の窒素を固定したり、窒素老廃物をリサイクルする 働きを持つこともわかりました。
もともと、木材には窒素分が少なく、シロアリは 生育に必要な窒素化合物を充分摂取できません。
シロアリは原生生物や細菌と共生することで、必 要な窒素源を得ているのです。つまり、シロアリの 腸内の巨大な微生物コミュニティが巧妙に働いて全 体として木材を分解しているのです。
今後さらにシロアリの腸内共生微生物群のゲノム 解読が進めば、巨大で複雑な微生物のコミュニ ティを利用した「バイオ燃料生産施設」を作ること も夢ではなくなるでしょう。
財団法人 かずさ
DNA
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千葉県木更津市かずさ鎌足2-6-7
TEL : 0438-52-3900
FAX : 0438-52-3901 http://www.kazusa.or.jp/
時事トピックス
<今月の花>
サツマイナモリ ( Ophiorrhiza japonica Bl アカバナ科 2008年4月22日撮影)