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化学と生物 Vol. 56, No. 7, 2018
農芸化学らしさを世界に伝える
竹川 薫
九州大学大学院農学研究院生命機能科学部門「化学と生物」の巻頭言原稿を依頼され て,どのようなことを書いたら良いのか途 方にくれていたときに,ロシアでのワール ドカップ直前になってハリルホジッチ監督 の解任が発表され,西野氏が代表監督に就 任するというニュースが飛び込んできた.
2002年の日韓ワールドカップ以降,岡田 監督を除いてサッカーの日本代表監督はト ルシエ・ジーコ・オシム・ザッケローニ・
アギーレ,そしてハリルホジッチと外国人 監督が率いてきた.彼らの出身はヨーロッ パや南米でサッカーのスタイルに一貫性が ない.同じ日本代表でも野球の場合はすべ て日本人監督が率いているのとは対照的で ある.これは守りをベースに失点を最小限 に抑えて,機動力を交えて相手を攻略する 高校野球からプロ野球まで徹底した日本の 野球のスタイルが,WBCなどを通じて世 界に通用するという自信の現れではないか と思う.ヨーロッパや南米には,それぞれ の国で独自のサッカー観がある.ブラジル 代表のような個人技を活かしたサッカーか ら,ドイツ代表のような球際が強く,力で ボールを前線に運んで強烈なシュートを 放ってゴールを脅かすものまで,同じサッ カーといえども多様である.では日本代表 の目指す「日本らしい」サッカーというの はどのようかサッカーなのであろうか.世 界の舞台に挑戦している代表の目指すサッ カーがぶれているようでは一時的に良い成 績を収めたとしても心もとないと思う.
昨今,日本の大学も少子化に伴う18歳 人口の減少が続き,「国際化」という名の 下に英語での授業率を高め,優れた留学生 を積極的に受け入れることに重点が置かれ ている.九州大学農学部でも国際コース学 生として海外からの留学生を募集してお り,何度かその面接を担当した.面接の際 に受験生に併願している大学を聞くが,多 くが欧米の大学と日本国内の大学を複数受 験している.そして2つ以上の大学を合格 した場合には,留学生はいわゆる世界ラン キングの上位の大学に入学していることが われわれのデータで明らかになっている.
しかし彼らの中には,世界ランキングとい う定量的評価に従わずに,日本の大学で学 ぶことを強く望んでいるアジアの学生も少 なからず存在する.たとえば,普段口にし ている食品に対して強い不安をもっている 中国の学生は,食の安全に関する研究が進 んでいる日本で学び,その技術などを自分 の国で広める職に就くことを強く望んでい る.食の安全や機能性食品に関する研究
は,生命・食糧・環境をキーワードとする 農芸化学分野の重要な研究領域の一つであ り,留学生にも受け入れやすく日本で学ぶ モチベーションになりうると考えている.
また,国内の企業にとってもグローバル化 を目指すうえで,農芸化学関連分野で学ん だ留学生は貴重な人材になりうる.
残念ながら日本人学生の博士課程への進 学率が低下して,留学生の比率が相対的に 上がっている.筆者の研究室でも学生の約 3分 の1が 留 学 生 で あ り,彼 ら に はBio- chemistryやMolecular Biologyな ど の 基 礎的な内容を学び,BiotechnologyやAp- plied Microbiologyなどのいわゆる応用研 究へと展開していくという農芸化学教育の 流れは,比較的無理なく受け入れられてい る.微生物の多様な機能を分子レベルで解 析して,有用物質を創り出すという応用微 生物学研究もやはり日本の強みの一つと考 えている.これは言うまでもなくノーベル 生理学・医学賞を授賞された大村 智先生 をはじめ,世界的にも高い評価を受けてき た多くの先輩方のおかげでもある.高価な 機器類や潤沢な研究費がなくても何とか研 究が実施できることもアジアの学生には都 合が良い.多くの留学生が日本で学んだ農 芸化学的な考え方を自国に持ち帰って,国 の発展や将来に役立ててくれれば非常にう れしく思う次第である.
国立大学も法人化され,運営交付金の削 減に伴い大学教員の定員も減らされて仕事 は増えるばかりである.研究者にとって新 しい研究テーマを考えることや論文を書く ことは最も重要な仕事であるが,時間に余 裕がないと後回しにされているのが現状で ある.特に若手の教員のために自由に研究 が行える環境を整えることが,年長者のわ れわれが行っていくべきであると考えてい る.学生と若手の教員には、海外で勉強す る機会を多く与えるように大学は環境を整 備する必要がある.「日本らしさ」も海外 に出て初めて比較ができることであり,国 内にとどまっていては違いを実感すること も難しい.この原稿が掲載されているとき には,ロシアワールドカップの日本代表が どのような結果か明らかになっている.結 果はどうあれ,少しでも「日本らしい」
サッカーが西野監督のもとで達成できたこ とを願っている.
Copyright © 2018 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.56.451
日本農芸化学会
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巻頭言 Top Column
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プロフィール
竹 川 薫(Kaoru TAKEGAWA)
<略歴>1984年京都大学農学部食品工学 科卒業/1987年同大学大学院農学研究科 博士課程中退/1987年香川大学農学部助 手/1994年 同 助 教 授/2002年 同 教 授/
2008年九州大学大学院農学研究院教授,
現在に至る<研究テーマと抱負>微生物‒
微生物間や微生物‒高等動物間の糖鎖を介 した相互作用について明らかにしたい<趣 味>楽しく飲んで食べるための健康維持
<所属研究室ホームページ>http://www.
agr.kyushu-u.ac.jp/lab/hakko/
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