はじめに
ロシア経済は、体制転換不況後の
1995年以降に、2
回の危機を体験しながらも、長期的に みて成長を継続させている。周知のように、最初の危機は、1998年夏の休暇中になし崩し 的に襲来した。法外な高利回り(最高でドルベース年率200%)
の短期赤字国債乱発の破綻が 直接の要因であったが、その背後には原油価格(油価)低迷による税収の伸び悩みがあった。2回目の危機は、2008
年9月のリーマン・ショックによる世界金融危機のなかで生じた。これにも背後に、2008年前半のオイルバブルと同年
7
月以降の油価大暴落があった。最初の危 機以降の史上まれにみる持続的油価高騰により、ロシア経済も10年間という比較的長期の 好況期を迎えた。同時に、実体経済、特に製造業の成長が大きかったため、2008―09
年危 機は実体経済の垂直落下として表われた。一方、1998年危機と比べると為替レートの下落 は軽微であった。一時期、人々は為替レート暴落懸念によりドル買いに走ったが一時的な ものにとどまった。その後、油価の回復もありロシア経済は新たな景気循環に入りつつあ る。1999
年から2008年までの好況期におけるみるべき成果のひとつは、製造業の躍進であっ た。プーチンの「多様化政策バージョン1.0」(『ロシア経済の長期構想 2008―2020年』
、2007 年10月、ロシア連邦経済発展貿易省)は、経済の多様化、特に製造業の近代化と成長の促進 を強調した(1)。しかし、国際市況の不安定性を回避することは適わず、製造業躍進が逆に不 安定性を増幅させることになったのは皮肉な結果であった。資源・油価依存からの脱却政 策であった多様化政策それ自体が油価変動に強く依存するジレンマとその制度的基礎を、筆者は「ロシア病」と名付けてその計量分析を試みてきた(久保庭
2011、同 2012、Kuboniwa
2012)
。通常、「オランダ病」や「英国病」、「日本病」と言われるときは経済停滞を意味するが、「ロシア病」は景気の急騰と急落の両側面をもつ強い躁鬱状況を徴候としている。本稿 では、新たな国際環境(世界貿易機関〔WTO〕への今年中の加盟など)のもとでの景気循環に おいて、「ロシア病」がどのような形をとって存続・変容していくのか、最新のデータによ り調べてみたい(2)。これは、プーチン「多様化政策バージョン
2.0」
(基本文書『戦略2020:
新しい成長モデル―新しい社会政策』、2012年3月
16日発表)
の可能性を検討することでもあ る(3)。1
経済成長と油価の関係第1図は、国内総生産(GDP)成長経路と国際原油価格(ウラル原油価格)の対応図である。
米国のクリフォード・ギャディ(ブルッキングス研究所)やロシアのエフゲーニー・ガブリ レンコフ(トロイカディアローグ・チーフエコノミスト)やわが国の田畑伸一郎教授(北海道 大学)、そして筆者が好んで使用する図である。ロシア経済成長と油価変動がかなりよく対 応していることは視覚的にも明らかであろう。GDPは実質値で油価変動分の影響は差し引 かれている。油価は時価表示である。実質値の変動が油価の名目変動と対応していること が注目点になる(GDPが名目値であれば油価と対応していることに何の不思議もない)。ただし、
GDP
が油価だけで説明できるかどうかは視覚的ないし直感的な観察だけではわからない。統計学の助けが必要である。回帰分析すると、長期的には、油価の10%増はGDPの約2%増 をもたらすことが判明する。
また、GDP成長は油価変動だけでなく外生的な一定のトレンドによって支えられている ことも判明する。年率2.5―
3.0%
増というトレンドによる下支えであり、決して小さいとは 言えない。ロシアの場合、このトレンドは成長会計における全要素生産性(TFP: total factorproductivity)
に照応していることがわかっている(Kuboniwa 2011参照)。すなわち、ロシア経 済の現代化、技術進歩、経営革新、資源再配分の効果とキャッチアップ意欲を表わしてい る。1995―2011
年における実質GDPと名目油価の年平均成長率はそれぞれ3.7%、12.4%で
あった。これから計算すると、このGDP成長率の約半分が油価変動の貢献分で、残り半分 がTFPに準じる要因の作用によることになる。ロシア経済成長の油価依存は50%と大きい が、残りの50%は油価以外の積極的要因による。ロシア経済の油価への依存は過小評価で きないが、同時にすべてが油価によるというような乱暴な過大評価は禁物である。(年)
1995
季節調整は米国センサス局X-12による。
(注)
Rosstat webサイト、Bloomberg、ロシア銀行(ロシア中央銀行)webサイトをもとに、筆者作成。
(出所)
第 1 図 ロシアのGDP成長と油価変動(1995年第1四半期―2011年第4四半期)
(2000年=100)
原 油 価 格 G
D P
200
180
160
140
120
100
80
(米ドル/バレル)
120
100
80
60
40
20
0 実質GDP(季節調整済)
ウラル原油価格
96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11
年次データでみると、
2011年の GDP
レベルは2008年のピークレベルを0.2%上回っており、回復が印象づけられる。四半期データでみても、ピークの
2008
年第2
四半期レベル(2000 年=100とした場合は、169)を2011
年第4四半期になってようやく追い越したことが確認さ れる(同指数170)
。ただし、2009年前半から2011
年の回復に際しては、GDP成長への油価 上昇のインパクトがかなり弱かったことには注意すべきであろう。回復ペースの遅れはGDP
と油価の対応関係の短期的変動の範囲内にとどまる。なお、ロシア銀行(ロシア中央銀 行)は実質為替レートがGDP
成長にネガティブな効果を与えないよう為替レートを周到に コントロールしている。第2図は油価と天然ガス価格の推移を示している。ご覧のように、ウラル原油価格とブレ ント原油価格はぴったりと重なって変動している。また、ガス輸出価格は油価とパラレル に動いている。ガス価格は油価に準拠して決定される契約価格で回帰分析上は6ヵ月程度の タイムラグが確認される。しかし、タイムラグなしで、ガス価格を油価で近似・代替して も分析上には支障はない。
第1図のような成長と油価の関係は、ロシアだけでなく石油・ガス輸入国にもみられる。
例えばチェコがその代表例である。チェコの成長パターンとロシアのそれは相関係数0.98と 類似性が高いからである。ロシアとチェコの決定的相違は、交易条件と油価の関係に表わ れる。第3図は、ロシアの交易条件と油価の強い照応関係を示している。チェコにはもちろ んこのような関係はみられない。油価増→輸出価格増→交易条件改善は、ロシアの実質所 得に追加的購買力増、すなわち交易利得を与える。10%油価増は
4%
の交易条件改善をもた らす。この追加購買力は、輸入品と国産品の追加的購買増に向けることができる。国産品 の追加消費・投資増はGDPの実質増に直結する。このようなメカニズムがロシアの成長経 路に内蔵されているため、油価増(減)が実質GDPの成長
(縮退)にリンクするのである。輸入品は工業製品で国際競争により、油価ほど変動しない(価格転嫁できない)。また、1999
1995
ガス価格はロシア産ガスのドイツ国境価格(tcm=1000立方メートル)。
(注)
国際通貨基金(IMF)、Bloomberg、ロシア銀行webサイトをもとに、筆者作成。
(出所)
第 2 図 天然ガス価格と原油価格の推移(1995年1月―2012年4月)
(ガス:米ドル/ tcm)
原 油 価 格 ガ
ス 価 格
700 600 500 400 300 200 100 0
(原油:米ドル/バレル)
140 120 100 80 60 40 20 0 96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12(年)
ガス価格(ロシアの対ドイツ輸出価格)
ウラル原油価格(右軸)
ブレント原油価格(右軸)
年以降はルーブル高が輸入品をいっそう安価にするという関係も作用した。
第4図は輸出と輸入の推移を示している。名目輸出が実質輸出を大幅に上回ることが特徴 的である。このギャップ(輸出価格の増加)が所得の追加実質購買力の源泉になる。2007年 までは名目輸入は実質輸入と同程度に推移してきた。2008―
09
年危機でギャップが広がり をみせているが(輸入価格の増加)、輸出ギャップほどではない。一貫して名目輸出は名目輸 入で、貿易収支・国際収支は黒字基調である。輸入を高めすぎないようにロシア銀行は努 力している。実質輸出低迷と実質輸入大幅増は、支出サイドでは成長にネガティブに作用 する。しかし、輸出ギャップ→交易条件改善→交易利得増→国産品の消費増・投資拡大と(年)
1995
実質値:2003年10億ルーブル、名目値:10億ルーブル。
(注)
Rosstat webサイトをもとに、筆者作成。
(出所)
第 4 図 輸出と輸入の推移
(10億ルーブル)
5000
4000
3000
2000
1000
0
96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 実質輸出
実質輸入 名目輸出 名目輸入
(年)
1995
交易条件=輸出価格÷輸入価格。輸出(輸入)価格=名目輸出(輸入)/実質輸出(輸入)。
(注)
Rosstat webサイトとBloombergをもとに、筆者作成。
(出所)
第 3 図 交易条件と油価の推移
(2000年=100)
原 油 価 格 交
易 条 件
200 180 160 140 120 100 80 60
(米ドル/バレル)
96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 140 120 100 80 60 40 20 0 ウラル原油価格
交易条件
いう経路で支出面の負の作用は埋め合わされる(おつりがでる)。
2
製造業生産の位置第5図は、ロシアの製造業生産指数と油価の推移を月次データで示している。1995―2011 年の製造業生産の年平均成長率は3.4%であった。この成長率への油価貢献分は70%弱で、
30%
がTFP的要因の貢献分である。GDPの場合より、油価依存が大きい。GDP同様、年次 データでみると、2011年レベルはピークの2008年レベルを0.7%上回っており、回復が印象 づけられる。しかし、月次データでみると、2011年、2012年の水準はピークの2008
年2月
水準(2000年=100とした場合、177)を越えておらず、回復の遅れが目立つ。ロシア銀行は 実質為替レートが製造業にネガティブな効果を与えないよう為替レートを周到にコントロ1995
季節調整は米センサス局X-12による。
(注)
Rosstat webサイトをもとに、筆者作成。
(出所)
第 6 図 製造業と鉱業
(2000年=100)
200 180 160 140 120 100 80 60
96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11(年)
実質GDP(季節調整済)
製造業生産(季節調整済)
鉱業生産(季節調整済)
1995
1995―98年原数字(季節未調整)は筆者推計、季節調整は米センサス局X-12による。
(注)
国際金融統計(IFS: International Financial Statistics)、CEIC database、Bloombergをもとに、筆者作成。
(出所)
第 5 図 製造業生産と原油価格
(2000年=100)
原 油 価 格 製
造 業 生 産
200 180 160 140 120 100 80 60
(米ドル/バレル)
140 120 100 80 60 40 20 0 ウラル原油価格
96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12(年)
製造業生産
ールしている。
第6図は、鉱業生産(主力は原油・ガス生産)の成長(1995―
2011年平均成長率 2.8%)
は製 造業生産のそれを大きく下回っていることを示している。特に2004年以降の低迷が顕著で ある。ピークの2008年第1
四半期の製造業と鉱業の生産水準は2000年=100とした場合、そ れぞれ173、143
であった。この状況は、1970年代のオランダのそれ(鉱業ブームと製造業低 迷)と対照的である。鉱業の生産は低位安定成長経路上にある。この点では、鉱業生産減少 トレンドを有するインドネシアやマレーシアの事情とは異なる。アジア新興国への資源輸 出増大のためには、鉱業の飛躍的発展は重要である。ユーコス事件やBP問題(4)で民営化に よる生産性増大の芽を摘んでしまったことが大きく関係している。第1表は、2010年の主要産油国の石油・ガス
1
人当たり純輸出能力を示している。ご覧の ように、1.4億人を有するロシアの能力は、高所得・少人口の資源国であるノルウェーやア ラブ首長国連邦(UAE)などのそれの10分の1以下である。ロシアの輸出能力を10倍以上高
める見込みはない。したがって、所得を先進国並みに高めるためには製造業の拡大が不可 欠だと言えよう。インドネシアやマレーシア、メキシコのような輸出能力の低い資源新興 国も同じ問題意識に基づいて製造業拡大路線を進めている。この点で、筆者の見解は、ロ シアが資源生産に特化すべきだというGaddy and Ickes(2010)の見解とは異なる。資源生産 の大幅増は、これまでにない巨額の投資を必要とするが、雇用増は伴わない。ただし、ロシ アの場合、資源生産・輸出増と資源利用節約促進は引き続き重要なことは言うまでもない。ロシアの最近の製造業発展の特徴は、外国ブランド品のロシア域内組立生産(アセンブリ)
の躍進である。耐久消費財、家電製品分野でこの傾向は強くみられる。乗用車、テレビ、
冷蔵庫、洗濯機は国産組み立てと輸入が同時進行している製品である。輸入代替振興と輸
第 1 表 産油国の石油・ガス1人当たり純輸出能力(2010年)
メキシコ 0.5 9,566 109
ベネズエラ 3.1 34,364 29
アゼルバイジャン 5.3 0.9 6,008 9 カザフスタン 4.4 0.5 8,883 16
オランダ 1.6 47,172 17
ノルウェー 17.9 20.8 84,444 5
ロシア 2.5 1.2 10,437 140
イラン 1.6 4,741 75
クウェート 29.1 36,412 4
カタール 34.3 56.6 76,168 2
サウジアラビア 13.1 16,996 26
アラブ首長国連邦 19.5 59,717 5
アルジェリア 1.7 1.4 4,435 36 インドネシア −0.1 0.2 3,015 234
マレーシア 0.2 1.1 8,423 28
1人当たり純輸出 1人当たり
GDP(米ドル)
人口
(100万人)
石油(トン) ガス(tcm)
(注) 純輸出=生産−消費、tcm=1000立方メートル。
(出所) BP(2011), IMF, World Economic Outlook, April, 2011.
入拡大の同時進行である。第7図は、ロシアの乗用車市場動向について、国産車と輸入車に 分けて図示している。国産車は、外車メーク(ロシア国内で組立・製造された外国メーカーブ ランド車)組み立てとロシアメーク(ラーダなどの純国産車)生産の両者からなる。2002年か ら本格開始された外車メークのロシア域内組み立ては、2007年の工業アセンブリ制度(輸入 部品の関税減免と部品現地調達率の段階的引き上げ)により飛躍的に拡大した。2009年は需要 冷え込み、割賦信用削減、メーカー提供車種の選択の狭さにより前年の半分に落ち込んだ が、それ以後倍々ゲームで
2011年には 100
万台を突破し、ロシアメーク車生産を大幅に追い 越した。ロシアメーク車と合算すると同年の国産車生産レベルは史上最高記録を更新した。外車メーク100万台が輸入代替分だと言える。輸入車は
2008
年に200万台弱という空前のブ ームを迎えたが、2011年は前年比47%増であったとはいえ94
万台にとどまった。輸入車に ついては、2008年までは40万台が中古車であったが、不況と関税引き上げにより、2009
年 の中古車輸入は8000台に激減した。2011年の中古輸入車は1.2万台で輸入車全体の1%
程度 のシェアしかない(Autostat 2012)。第2表は、外車メークの組立台数を企業別に示している。2011年はカリーニングラード州 に位置するアフトトル(KIA〔現代自動車〕、シボレー〔ゼネラルモーターズ(GM)〕、オペル
〔同前〕、BMW〔バイエルン発動機製造〕の組み立て)が
22
万台でトップであった。モスクワ 州にあるルノーのアフトフラモス(大衆小型車ローガン組み立て)や現代自動車、フォルク スワーゲンもそれぞれ14万台前後まで順調に生産を伸ばしている。東日本大震災・タイ洪 水の影響かトヨタがまだ正常軌道に乗っていないが、日産は4万台前後と健闘を示している。両社とも今後の急成長が見込まれる。パイオニアのフォードも10万台近くにまで生産を伸 ばしている。生産車種価格からみるとフォードの販売額・利益が最も大きいと思われる。
自動車生産は多種多様な部品需要を生む。輸入部品では外資組立企業の収益は上がらな いので、国産部品の調達率引き上げはロシア政府と外資企業の両者の共通目標であり、進
2000
2011年:外車メーク108万台、輸入94万台、ロシアメーク66万台。
(注)
Autostat(2012)、Rosstatのwebサイトをもとに、筆者作成。
(出所)
第 7 図 ロシアの乗用車市場:国産車と輸入車
(1000台)
2,500
2,000
1,500
1,000
500
0
外車メーク ロシアメーク
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11(年)
輸入車
展が見込まれる。実際、すでに乗用車用タイヤ国内生産の
2011年実績は 3200
万本で対前年 増加率は20%以上にも上った(Rosstat webサイト)。自動車産業は生産・雇用波及効果が大き いので今後のロシア経済のキー産業となると考えられる。プーチン政権の「多様化政策バ ージョン2.0」における産業政策は、WTO加盟を前提とした工業アセンブリ制度の見直しと 外資導入促進を図ることぐらいである(5)。すなわち、部品国内生産拡大を含めて外資の行動 を促進することに力点をおくしかない。すでに、ロシアメーク車生産最大手のアフトバズ 社(AvtoVAZ)の経営権をルノー・日産連合に委譲することが合意されたので、ロシアメー ク車は姿を消し、新たな外車・ロシアメーク融合車と外車メーク車、輸入車によって国内 市場はすべて支配されることになる。乗用車については、純国産車保護は放棄された。他 の業種についても同様な措置が講ぜられるべきであろう。残された問題は、耐久消費財組立産業の販売対象が主として国内向けに限られているこ とで、輸出は対象外になっていることである。輸出の場合は他国の組立企業との熾烈な競 争になるが、それに勝利していく展望がまだ描けていない。したがって、輸出構造を資源 偏重から製造業製品に転換させるという課題の解決への展望がいまのところないのが実情 である。プーチンの「多様化政策バージョン2.0」の選択の幅はきわめて限定されている。
外資のいっそうの導入と自由で円滑なその活動の保証である。ハンガリー、チェコ、ポー ランド、そしてマレーシアやインドネシアが進めた製造業中心の産業再編成の途の踏襲で
第 2 表 外車メーク乗用車のロシア域内組立台数(2005―11年)
アフトトル(Avtotor) 16,249 40,365 107,773 108,545 60,338 170,211 222,081 アフトフラモス(Avtoframos) 10,335 51,179 69,241 72,648 49,650 87,265 140,671
現代自動車 138,987
フォルクスワーゲン 1,198 62,331 48,012 94,630 134,500
フォード 33,047 62,409 69,088 64,967 41,367 80,390 98,807
GM Auto 273 5,668 41,157 7,967 28,970 60,000
GM-AvtoVAZ 51,834 47,942 55,079 54,654 23,101 36,996 57,765
ソラーズ(*1) 22 4,528 21,768 48,491 12,211 38,230 54,890
プジョー・シトロエン・三菱
(PCMA Rus) 26,000 44,000
ダーウェイズ(Derways) 132 759 1,506 7,122 865 9,721 33,745 タガンログ自動車工場
(TagAZ)(*2) 44,762 55,559 83,595 105,935 27,621 25,158 30,551
アロ(ARO: IMS) 15,235
トヨタ 6,416 8,310 15,892 14,131
日 産 3,790 24,800 43,200
ニジェガロージェッツ 2,159 4,102
イジェフスク自動車工場
(Izh-Avto) 3,751 24,213 49,490 38,395 5,701 0 2,480
北京汽車(BAW) 290 1,357
ガズ(GAZ) 2,490 2,597 5,065 301
総 計 160,132 287,227 464,406 613,151 291,530 645,777 1,096,803
2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年
(注) *1 ロシアの自動車製造・販売・リース会社。*2 商用車(トラックなど)を含む。
(出所) Autostat(2012).
(台数)
ある。サプライチェーンと販売先にアジア成長市場が組み込まれれば、「ロシア病」は緩和 される可能性がある。油価下落による国内需要の減退を海外輸出で埋め合わすことが可能 になるからである。「多様化政策バージョン
2.0」にとってアジア成長市場との連携強化は重
要であるが、実際には限られた独立国家共同体(CIS)空間(カザフスタンなど)内でしか国 際分業拡大の見通しが立っていない。3
輸入と商業部門付加価値ロシア経済の特徴のひとつは、GDP(国産品最終需要)成長が輸入成長とパラレルに進行 していることである。長期的には、GDP1%成長は輸入の
1.6%
増を伴う。また、実質為替レ ート10%増価は輸入の9%
増を引き起こす。もうひとつの特徴は、輸入品流通数量拡大は商 業部門付加価値実質値の増大に大きくかかわることである。好況期で最大の実質成長率を 示した部門は商業部門であるが、これは石油・ガス輸出取引数量拡大のためではない。石 油・ガスの実質輸出数量は低迷しているからである。GDP項目で大きな実質変動を示した のは輸入である。これは支出面では直接的にはネガティブな成長要因である。ところが輸 入品国内取引数量は生産面でも支出面でも膨大な実質商業マージンを生み出す。第8図は成 長を牽引する商業部門と輸入の動向を示している。長期的には、輸入10%
増は商業部門付 加価値の4%増をもたらす。実質商業マージンは、国産品取引数量と輸出品流通数量からも 発生する(これらの変動は大きくない)ので、商業部門付加価値は年率2.5%
のトレンドによ っても支えられている。商業部門付加価値は2008
年第2
・3
四半期に214
―215
(2000年=100とした場合。以下同様)
の危機前ピークに達した。輸入も2008
年第2
四半期に431に達し
た。ともに2009年第2四半期に底を迎え、2011年後半には危機前ピークを大きく凌駕するに 至っている。2011年第4四半期の商業部門と輸入の水準はそれぞれ
229、445
でこれまでの最 高値を示している。乗用車の輸入車・国産車販売も商業部門付加価値増大に貢献する。2011(年)
1995
輸入、商業部門付加価値、GDPは米センサス局X-12により季節調整。
(注)
Rostat webサイトをもとに、筆者作成。
(出所)
第 8 図 実質輸入と商業部門付加価値の成長
(2000年=100)
商 業部 門 付加 価 値お よび 実 質 G D P 実
質 輸 入
450 400 350 300 250 200 150 100 0
(2000年=100)
96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 240 220 200 180 160 140 120 100 80 実質輸入
商業部門付加価値 実質GDP
年は自動車販売・修理は
20%
の高成長を記録した(Rosstat webサイト)。ソフト化や知識集約産業の作用ではなく、古典的な商品流通から生じる付加価値が経済 成長全体に大きな影響を有している点に、ロシア資本主義の後進性・前期性を認めること ができる。
第9図は、輸入の動向や人々の通貨代替やドルベース
GDP
評価に大きな影響を有する名 目実効為替レート(NEER)と実質実効為替レート(REER)の動向を示している。NEERは、1998年金融危機でフリーフォール
(垂直落下)して以来、小幅な減少傾向を示しており、危機前の水準への回復の見込みはない。2008―09年のその下落は
1998
年次と比べると微少で あった。これに対して、消費者物価変動を除いたREER
は、2006年1
月に157(2000年=100 とした場合で以下同様)と危機前の水準を回復し、2008年11
月に192
を示した。2009年2月
に159にまで下げたが、2011年には200以上に増価させた。REERの特徴は、その動向が油 価によって規定されていることである。REERの油価弾力性は0.3
である。すなわち、油価10%
増はREERの3%増価をもたらす。REERは実質輸入の動向に大きな影響を有する。ロシ
ア銀行の役割は、輸入をGDP
成長の妨げにならない程度にするようREERを調整すること である。これまでの実績からみるとロシア銀行はこの課題達成に成功していると言えよう。4
エネルギー利用効率の動向ソ連期も現在もロシアの難題は資源利用効率の抜本的改善である。プーチンが「多様化 政策バージョン1.0」で掲げた資源利用
30%
削減目標は記憶に新しい。ここでは、ロシア固 有の状況を検出してみたい。まず、意外に思う向きが多いと思うが、現代ロシア経済の特徴のひとつは、エネルギー 効率の持続的上昇である。
第10図は、ソ連と現代ロシアのエネルギー効率を比較表示している。エネルギー効率は、
2つの場合について算定している。すなわち、① GDP
(国民総生産〔GNP〕)実質成長指標を1995
IFS、Bloombergをもとに、筆者作成。
(出所)
第 9 図 名目実効為替レート(NEER)・実質実効為替レート(REER)と油価の動向
(2000年=100)
原 油 価 格 為
替 レ ー ト
400 350 300 250 200 150 100 50
(米ドル/バレル)
300
250
200
150
100
50
0 96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12(年)
原油価格
REER NEER
石油・ガス消費量(石油換算トン)で除して測定、②
GDP
(GNP)実質成長指標を電力消費 量(kWh)で除して測定、以上の2
形式である。ご覧のように、ソ連(米中央情報局〔CIA〕推計GNPを利用)においては、いずれの場合もほぼ通時的にエネルギー利用効率が大幅減少 を示した。効率(GNP/石油・ガス消費)の
1970
―90年平均減少率は6%
にも達した。オイル ショックの影響を被らず、省エネと技術基盤改善の努力を怠ったためであり、これが体制 崩壊の技術的ベースとなったと言えよう。対照的に、現代ロシアでは、交易利得による成長率底上げにより、エネルギー効率
(GDP/石油・ガス消費)は、1995―
2010年において平均増加率 4%
で成長を示している。現代 ロシアについては、油価増→エネルギー効率改善→GDP
上昇という経路も確認することが できる。(年)
1965
ソ連:CIA-MaddisonのGNP実質成長指数、ソ連統計年鑑の電力消費統計、BP(2011)の石油・ガス 消費(石油換算)データ利用。ロシア:Rosstat webサイト、BP(2011)をもとに、筆者作成。
(出所)
第10図 ソ連と現代ロシアのエネルギー効率の比較
180 160 140 120 100 80 60 40 20
ソ連
(1970年=100)
10
70 75 80 85 90 95 2000 05
ソ 連(GNP/電力消費)
ソ 連(GNP/石油・ガス消費)
ロシア(GDP/電力消費)
ロシア(GDP/石油・ガス消費)
現代ロシア
(2000年=100)
(年)
CEIC databaseをもとに、筆者作成。
(出所)
第11図 ロシアと新興国(マレーシア、インドネシア)の電力エネルギー効率
(2000年=100)
150 140 130 120 110 100 90 80
ロシア
マレーシア インドネシア
1998 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11
現代ロシアの1995―
2010年の場合、油価10%
増はエネルギー効率の1.2%
増を伴っていた。TFP類似のトレンドは年率 2.4%
であった。エネルギー効率1%増は、GDP1.5%増を伴ってい た。2つの結果の合成は、第1
図の油価―GDP関係式を近似する。このように、油価増
(減)―GDP増(減)はエネルギー効率改善(悪化)という経路によっても説明可能である。国際 油価はエネルギー効率改善に直接インパクトを有していたし、トレンドが示唆するように 技術進歩・近代化・資源再配分・キャッチアップ努力等のTFP類似の要因は無視しえない。
石油・ガスの国内価格は国際価格よりいまだ低いが、国内価格の段階的上昇のポジティブ な影響が確認できる(ガソリン価格は国際価格水準である。ガス価格は国際価格よりまだ低いが 段階的に引き上げられている)。
ソ連の場合、国際油価は省エネに逆行する効果をもっていたし、エネルギー効率と成長率 も負の関係にあった。外延的生産要因が負の影響を相殺して成長を維持していたことになる。
第11図は、ロシアと新興国であるマレーシア、インドネシアについて、エネルギー効率
(GDP/電力消費)の動向を示している。四半期データを利用しており、GDPも電力消費も季 節調整済みなので不規則な動きは季節要因によるものではない。ロシアのエネルギー効率 改善動向とマレーシア、インドネシアのエネルギー効率悪化の傾向が対照的に浮き彫りに されている。マレーシア、インドネシアでも油価上昇はエネルギー効率改善をもたらすが、
両国のエネルギー効率全体は強い負のトレンドによって支配されている。効率悪化のもと でプラスの
GDP
成長を維持するには外延的な生産要素投入を行なわなければならない。Krugman
(1994)が示唆した「まぼろしのアジア経済」、すなわち全要素生産性の低さがここ でも確認できる。ロシアとこれら新興国では成長メカニズムが明らかに異なる。以上に示したように、確かに現代ロシアではエネルギー利用効率の改善が著しい。油価 上昇の省エネ効果もみられる。しかし、これですべて問題が解決したわけではない。効率 の絶対水準の問題が残されている。
第 3 表 エネルギー効率の国際比較
GDP/電力消費(2000年米ドル/kWh)
ロシア 295.9 400.5 35.4
米 国 2,480.6 2,704.9 9.0
日 本 4,411.9 4,442.9 0.7
中 国 884.1 771.9 −12.7
GDP/石油・ガス消費(2000年米ドル/toe)
ロシア 579.3 798.0 37.7
米 国 6,668.2 7,954.6 19.3
日 本 14,581.0 17,751.9 21.7
中 国 4,866.6 6,165.1 26.7
GDP/1次エネルギー消費( 2000年米ドル/toe)
ロシア 418.6 601.0 43.6
米 国 4,278.3 5,119.4 19.7
日 本 9,079.5 10,158.9 11.9
中 国 1,154.3 1,335.1 15.7
2000年 2010年 増加率(%)
(注) toe=石油換算トン。GDPは2000年米ドル表示額を利用、電力消費は発 電量により測定した。
(出所) BP(2011)、IMF, World Economic Outlook, April 2011により、筆者作成。
第3表は、エネルギー効率の絶対水準の国際比較を示している。効率は、電力消費基準、
石油・ガス消費基準、
1次エネルギー消費基準の 3
つの場合について対GDP
比で示している。どの効率をとってもロシアの最近10年間の効率改善は著しく、日米中の
3
ヵ国を凌駕してい る。しかし、電力基準でみた場合、2010年のロシアでは1kWhの電力は 400ドル
(2000年基 準)のGDP
しか生み出さない。一方、日本は10倍以上の 4400
ドル、米国は7倍近い2700
ド ル、中国でもロシアの倍の800
ドル弱のGDP
を生み出す。石油・ガス消費基準でみても、2010年のロシアの 800ドルは、中国の 6000
ドルの約8分の1、米国の8000
ドルの10
分の1、日本の
1万 8000
ドルの20
分の1以下にすぎない。1次エネルギー消費基準の場合でも、ロシ アの600ドルは、米国の5000
ドルの10%
強、日本の1万ドルの6%
程度、中国の1300ドルの 半分以下である。このように、ロシアのエネルギー効率水準は改善の後でも国際的にみて絶対的に低い。
中国水準に達するにも効率倍増が求められているのである。このようにみると、ロシアの エネルギー効率改善はソ連期からみれば巨歩であるが、現代世界のなかでは改革のほんの 最初のステップを踏みしめたにすぎないことがわかる。先進国へのキャッチアップは絶望 的でさえある。
5
制度的問題ロシアとCIS諸国に共通するのはガバナンスのレベルが絶対的に低いことである。外資を 誘致する場合に参考になる世界銀行のビジネス環境指標による順位を第
4表によりみよう。
公平を期すため、日米と他の新興諸国(BRICsなど)の順位も併記している。ロシアの順位 は183ヵ国・地域のうち下位に属する120位である。インドの132位、ブラジルの
126
位より は上位で、中国の91位よりは下位である。細目中で最下位なのは電力接続である。接続費 用が1人当たり所得の18
倍の20万ドル近くかかることが最下位の要因となっている。ちな みに、日本は接続費用はかからないが26
位である。ロシアの場合、新規工場への電気接続 には数百万ドル単位の費用がかかる。実際、日本のA工場は電力接続に5
億円支払ったと言第 4 表 ビジネス環境(EoDB)の国際比較:183ヵ国・地域中の順位(2012年)
ビジネス環境総合評価 120 91 126 132 1 4 20 起 業 111 151 120 166 4 13 107 建築許可 178 179 127 181 3 17 63
電気接続 183 115 51 98 5 17 26
所有権登録 45 40 114 97 14 16 58
信用取得 98 67 98 40 8 4 24
投資家保護 111 97 79 46 2 5 17
税金支払い 105 122 150 147 4 72 120 外国取引 160 60 121 109 1 20 16 契約の強制 13 16 118 182 12 7 34
倒産処理 60 75 136 128 2 15 1
ロシア 中国 ブラジル インド シンガポール 米国 日本
(出所) World Bank, Ease of Doing Business Rank, 2012.
われる。B工場の場合は地域当局の裁量により無料であったと言われるが、法外な接続料は トラブルのもとになっている。イケア(IKEA)は法外な要求を拒否して自家発電建設に踏 み切ったという。電力分割・民営化により、接続に当局指定の民間業者との契約を要する が、この業者が要求する金額が法外なのである。しかも、多くの場合、この民間企業の株 主は当局自身である。不透明な民営化と当局の裁量は事業展開を複雑にし、進出企業を不 愉快にする(6)。ロシアだけを取り上げると絶望的なレベルにみえるが、他の
BRICs
諸国のレ ベルも低いのでイメージは多少緩和されよう(Hanson et al., 2012はロシア分のみを記載して議 論している)。ただし、ロシアには豊富な労働力(中国・インド)もないし、日系移民(ブラ ジル)もいないし、日本語・漢字(中国)・英語(インド)の基盤も弱い。こうした点を考慮 すると、とりわけ日本企業にとってビジネス環境はインド、ブラジルより悪くなる。塩原(2012)が指摘しているように「プーチン・バージョン
2.0」の動向の判断に重要な
のは、腐敗(corruption)防止である。第12図は、世銀の腐敗防止指数をBRICsについて示し
ている。BRICs全体が腐敗防止に弱いが、なかでも弱いのがロシアで、210ヵ国・地域中の183
位に位置づけられている。ブラジルは85位、インドは135位で中国も142
位にとどまる。ロシアの絶対的低位性と改善の兆しのなさは、同国の腐敗防止レベルを改革することの難 しさを示している。米国の学者のなかには、プーチンはソ連時代の国家保安委員会(KGB)
エリートではなかったので、KGBファクターは大きな問題ではないと考える向きもあるが、
問題は中間と底辺にいた無数のKGB要員・協力者がプーチンの威光を借りて陰に陽に蘇り、
旧来の方式での個別管理とレント(特権的利益)配分要求をし始めている徴候があることで ある。少なくともソ連期KGBアーカイブの開示がない限り、ロシアの信任のレベルは高ま らないと考えられる。
1996 98 2000 02 03 04 05 06 07 08 09
2.5―マイナス2.5のスコア表示で高いほど腐敗防止度は高い。
(注)
World Bank, 世界ガバナンス指標(WGI: Worldwide Governance Indicators), 2010
(http://info.worldbank.org/governance/wgi/mc_countries.asp)より、筆者作成。
(出所)
第12図 BRICsの腐敗防止指数の低位性
(スコア)
0.2 0
−0.2
−0.4
−0.6
−0.8
−1
−1.2
ロシア
10(年)
中国 ブラジル
インド
結 び
これまで述べてきたように、ロシアの成長メカニズムを構成する要素間の長期的関係に変 化はみられないが、油価上昇にもかかわらず危機からの回復には予想以上の時間を要してい る。GDPは2011年末に回復したが、製造業はまだ本格的に回復したとは言えない。油価増勢 が継続するならば、国内購買力の増大により、GDP成長、製造業の近代化もある程度見込め る。製造業の市場が国内だけでなく、アジア成長市場に向かうことが「ロシア病」克服のキ ーとなるが、「多様化政策バージョン2.0」(『戦略2020』)は国際分業への参加の仕方に関する 具体的ビジョンを欠いている。ハイテク産業育成やイノベーションは謳い文句で、せいぜい 乗用車などの耐久消費財やその部品のアセンブリングによる近代化が現実的に進行している にすぎない(それでも効果は十分に大きい)。中欧や新興国(インドネシアやマレーシア)の事 例を考えれば、外資の活用により産業・輸出構造転換は可能である。WTO加盟を契機にし て、製造業、石油・ガス産業を含むあらゆる分野に技術水準の高い外資をどれほど呼び込め るかに今後の成長の成否はかかっている。
年率5%の持続的経済成長を達成するために制度的改革を行ない、ビジネス環境を改善す ることは、プーチン「多様化政策バージョン2.0」の柱になっているが、具体的方策は明らか ではない。かつての米国や最近のインドネシアで試みられたような独立特別チームによる腐 敗防止さえ試みられていない。年率5%の持続的成長シナリオも税負担削減による刺激策く らいしか積極論は見当たらない。ここで想起するのは、「プーチン・バージョン1.0」(2000―
08年の第1
期プーチン政権)で配下のドミトリー・コザック(現在副首相)などを動員して、最初に提起したのが市民社会の形成であり、地方分権化政策であったが、実際に実現されたの は、市民社会の骨抜きと中央再集権化であったことである。税削減のもとでは、集合的消費 の枠は小さくなり、軍備近代化という「プーチン・バージョン2.0」(2012年以降、第
2
期プー チン政権)の基本目標も達成できないので、油価高騰が続かない限り、税引き下げは実現さ れないと考えたほうが賢明である。(
1
) 久保庭(2008)参照。(
2
)2011年ロシア経済実績の網羅的調査については、田畑(2012b)参照。
(
3
) 佐藤(2011)は、BRICsに次ぐN-11(ネクスト・イレブン、経済大国予備軍 11ヵ国の総称)に
属するインドネシアの基本政策である「フルセット主義バージョン2.0」を分析している。インド ネシアはすでに産業・貿易構造を製造業中心に転換させており、この意味ではプーチンの課題は すでに達成されている。また、欧米で博士号を取得したインドネシアの人たちを中心とした政策 立案グループの「フルセット主義バージョン2.0」は、ロシア国内で教育を受けた学者を中心とす る政策集団の「多様化政策バージョン2.0」よりはるかに簡明である。インドネシアは多様化では ロシアの先輩格であるが、両者の発展段階の相違は考慮されなければならない。(
4
) ガバナンスと生産性増大に関して実績を示した石油大手ユーコス社が2003
年に脱税などの罪を 問われ、結局、解体され国有化された。プーチンの対抗馬として西側で期待を集めた同社最高経 営責任者(CEO)のホドルコフスキー氏は、収監され、現在に至るも釈放の見込みが立っていない(詳細は、Kono´nczuk 2006参照)。ユーコスの国有石油最大手ロスネフチ社への吸収は、原油生産低
迷の要因として作用している。一方、国際石油企業の
BPは、ロシアの 3つの財閥集団(略称 AAR:
Alfa, Accessと Renova)の保有するチュメニ石油会社(TNK)と組んで合弁企業 TNK-BPとしてロ
シア石油業界で活動してきた。しかし、BPが国有のガスプロム社やロスネフチ社との新たな連携
を
TNK-BP抜きで追求したため、AARと対立を深め、新たな連携に失敗したのみならず、BP系派
遣者のビザ発給停止措置が続いている。これには、ロシア当局の
AARへの協力があったものと考
えられる。当初、TNKは政府による接収を防ぐためにBPと組んだと考えられるが、今回の紛争では政府が
AARを石油業界から締め出すのではなく擁護の姿勢を示しているため、現状は錯綜して
いる(詳細は、本村
2011、Yenikeyeff 2011
参照)。結局、BPは効率化措置ばかりでなく、ロシアに おける自由な活動も大きく制約されるという事態が生じており、ロシアの石油・ガス生産低迷の 一因となっている。(
5
) 金野(2012)参照。(
6
) 以上の事例記載は、海外投融資情報財団(2008)による。■参考文献
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久保庭眞彰(2011)『ロシア経済の成長と構造―資源依存経済の新局面』、岩波書店。
久保庭眞彰(2012)「ロシア経済と石油」『経済研究』第63巻第
2号、128―142ページ。
金野雄吾(2012)「ロシアの自動車産業政策に変化」『みずほインサイト 欧州』3月26日、みずほ総合 研究所。
佐藤百合(2011)『経済大国インドネシア―
21
世紀の成長条件』、中公新書。塩原俊彦(2012)『プーチン2.0―岐路に立つ権力と腐敗』、東洋書店。
田畑伸一郎(2012a)「2000年代のロシアの経済発展メカニズムについての再考」『経済研究』第
63巻第 2号、143―154
ページ。田畑伸一郎(2012b)「先行き不透明なロシアの経済動向―
2011年の実績と新体制下の見通し」
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西谷公明(2012)「(インタビュー)トヨタ自動車のロシアビジネスの現状と展望」『日本貿易会 月報』
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[謝辞] 本稿作成にあたり、文部科学省科学研究費補助金・基盤研究(B)「戦後ロシアの成長経路と 国内・国際産業連関に関する総合的研究」(代表者:久保庭眞彰、研究課題番号:
24330085)の支
援を受けた。くぼにわ・まさあき 一橋大学特任教授 www.ier.hit-u.ac.jp [email protected]