主要な油糧作物であるゴマ( )の種子は,
古くから体に良い食べ物として食用あるいは薬用として利用 されている(1).近年,その有効成分が,ゴマ種子に高蓄積さ れ る 特 有 の リ グ ナ ン 類((+)-セ サ ミ ン,(+)-セ サ モ リ ン,
(+)-セサミノール)であるという研究が多数報告され,健康 機能成分としてのリグナン類のさまざまな生理作用が注目さ
れている(2, 3).またゴマ油がほかの食用油と比較して傷みに
く い の は,(+)-セ サ モ リ ン の 分 解 に よ り 生 成 す る 抗 酸 化 成 分,セ サ モ ー ル や(+)-セ サ ミ ノ ー ル が ゴ マ 油 の 酸 化 劣 化 を 防ぐことによる(4, 5) など,ゴマリグナンは私たちの暮らしの 中で身近な存在である.一方,それらの生合成には未解明な 部分があったが,最近の研究によりその全容が見えてきた. ゴマリグナンは,コニフェリルアルコールの不斉2量 化(6)により得られた(+)-ピノレジノールを初発物質とし て,それに続く酸化反応と付加反応(配糖体化)によっ て生合成される植物二次代謝産物である.ところが,ヒ
トにさまざまな恩恵をもたらすにもかかわらず,ゴマリ グナンの生合成過程の全容は明らかとなっていない.本 稿では,ゴマの主要なリグナンである(+)-セサミンおよ び(+)-セサミンの前駆体である(+)-ピノレジノールの生成 機構について概説し,さらに最近報告された(+)-セサモ リン/(+)-セサミノール合成酵素CYP92B14の同定と(7)
,
それにより見えてきた植物二次代謝物の構造多様性を支 える新しい酸化反応機構について解説する(図1 :ゴマ
種子におけるリグナン生合成,図2
: さまざまなリグナ ン類の構造).
ピノレジノールの生合成
ピノレジノールの生合成は,ラッカーゼなどの一電子 酸化酵素により生成した2分子のコニフェリルアルコー ルラジカルの不斉2量化反応がカギとなる.
この反応を鏡像異性体選択的に触媒するタンパク質は レンギョウ( spp.)から生化学的に見いださ れ,「指揮する」
,
「導く」を意味するラテン語よりディリジェントプロテイン(Dirigent protein; DIR)
と命名された(6)
.DIRは高等植物に広く保存され,数十
Open Sesame! A Long-Time Enigma of Sesame Lignan OxidationSteps, Deciphered
Manabu HORIKAWA, Masayuki P. YAMAMOTO, Eiichiro ONO, Jun MURATA, *1 公益財団法人サントリー生命科学財団,
*2 富山大学大学院理工学研究部,*3 サントリーグローバルイノ ベーションセンター株式会社
ひらけごま!見えてきた ゴマリグナンの生合成機構
(+)-ピノレジノールから(+)-セサミンを経て(+)-セサモリン , (+)-セサミノールに至るユニークで複雑な酸化反応について
堀川 学 * 1 ,山本将之 * 2 ,小埜栄一郎 * 3 ,村田 純 * 1
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
【解説】
図1■ゴマ種子におけるリグナン生合成
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● 化学 と 生物
ゴマはシソ目ゴマ科に属する一年草の油脂植物で あり,アフリカが起源とされています.メソポタミア 文明時代から人類とのかかわり合いがあった作物で あり,食用以外に,美容や燃料向けの資源作物とし ての価値を人類は古くから気づいていたと思われま す.近年,ゴマが注目を浴び,研究されるようになっ たのは,セサミンに代表されるリグナン類の食品機能 性が挙げられます.ゴマ種子の中でどうやってリグ ナン類が生成するのかという生合成経路の主要な部 分が最近ようやくわかったのですが,翻ってゴマに とってリグナン類がどのような役に立っているのか,
その生理的または生態学的な役割はいまだによくわ かっていません.
ゴマは食卓でよく見かける馴染み深い作物である ものの,その植物体を見たことがあるという方は少な いと思います.というのも日本でゴマを生産してい る地域はとても限られていて,国内消費量のほとん どを海外からの輸入に頼っています.ゴマは夏にシ ソ目に特徴的な左右対称の淡いピンク色の花をつけ ます(ちなみに市販のゴマは炒ってあるので発芽しま せん).そして時折,ゴマムシと呼ばれるイモムシが どこからともなく現れてゴマ植物を食べ散らかし巨
大化します(写真).ゴマムシとゴマを観察している
と,長い進化の過程で彼らが何らかの約束を結んで,
共に生活をするようになったのではないか,またそ の約束にゴマリグナンが重要な役割を果たしている のではないかと想像がかき立てられます.
栽培ゴマの全遺伝情報(ゲノム配列)は2014年に 中国のグループが解読し,われわれもその情報を一 部活用して研究をしています.コンピューターを 使ってゴマの農業形質や商業形質が大規模にそして 迅速に遺伝子型とひもづけられることで,ゴマの生 理・生化学についての理解はますます進んでいくと 思います.そうして得られたゴマについての新しい 知見がゴマの育種や栽培に活かされて,より美味し い,より病気に強いゴマが作られ,私たちの食卓を もっと豊かにしてくれることを願っています.
参考図書:「ゴマの絵本」福田靖子,勝田眞澄(農文協)
コ ラ ム
程度の遺伝子ファミリーを形成するタンパク質であるが,
大半の遺伝子の機能は未解明である.リグナンおよびリ グニン生合成関連では,主に(−)-ピノレジノールを生合 成することが知られるシロイヌナズナ(
)から(−)-ピノレジノール生成を特異的に触媒す るDIRが同定されている(8)
.また(+)-ピノレジノール,
(−)-ピノレジノール両方に由来する二次代謝物を組織特
異的に生成するアマ( )からは,
それぞれのピノレジノール光学異性体の生成を特異的に 触媒するDIRが見いだされている(9)
.ピノレジノールの
光学異性に影響を与えるDIRの構造特性については,(−)-ピノレジノールを生成するシロイヌナズナDIR(At- DIR6)と(+)-ピノレジノールを生成するチョウセンゴミ シ( ) DIR(ScDIR)の異種由来の DIR間で比較検討されたものの,DIRの反応特異性に寄与 する特定のアミノ酸残基の同定にまでは至らなかった(8)
.
その後,X線結晶構造解析により特異的なアミノ酸残基 が示唆されている(後述).一方,リグナンおよびリグ
ニン以外の化合物では,ワタ( spp.)に含ま れ抗菌・殺虫作用を示すテルペノイド,ゴシポールの生 合成最終段階である2量化反応へのDIRの関与が示されている(10)
.
ピノレジノールの生成につながるコニフェリルアル コールの2量化では,2つのコニフェリルアルコール分 子の8位同士が結合(8‒8′結合)しているが,天然には 8‒5′結合,5‒5′結合などに由来する化合物も見られる(11)
.
したがってこれらの異なる結合様式による化合物の不斉 誘導がDIRを介してどのように行われているのか興味 深い.また,モノリグノールの一つであるシナピルアル コールの不斉2量化もDIRにより触媒されている可能性 がある.コニフェリルアルコールのDIRを伴わない2量 化反応では,8‒5′結合に由来する生成物が主で,望まし い8‒8′結合により生成するピノレジノールは10%程度で あるため,DIRの機能解析が容易であるが,シナピルア ルコールは非酵素的に正しい8‒8′結合生成物であるシリ ンガレジノールを容易に生成してしまうため,DIR関与 の確認が難しいと考えている.最近,エンドウ(L.) お よ び シ ロ イ ヌ ナ ズ ナ のDIR(Ps- DRR206,(12) AtDIR6(13))の結晶構造が解かれ,コニフェ リルアルコールの不斉2量化反応により(+)-および(−)-ピ ノレジノールが生成する過程での立体的な反応遷移状態 が示唆されている(図
4
).1997年にレンギョウのDIR
が同定されて以来,DIRの2量化しやすい性質から,DIRの表面にコニフェリルアルコールの結合サイトが存 在し,DIRとコニフェリルアルコールの結合体同士の2 量化により不斉誘起されると考えられていたが,実際に は,
β
バレル構造の空洞の中で二分子のコニフェリルア ルコールが反応し不斉誘起されていることが示された.(+)-ピノレジノールを生成するPsDRR206と(−)-ピノレ ジノールを生成するAtDIR6の基質結合サイトのアミノ 酸残基の比較から,それぞれ対応するPhe-116At/Leu- 113Ps
,Tyr-118
At/Phe-115Ps,Leu-120
At/Phe-117Ps,Phe-
164At/Ile-161Ps,Met-179
At/Val-176Psの5つのアミノ酸残 基がピノレジノール生成の不斉誘起に関与していると考 察している.ただし,いずれの結晶構造も基質を含んで いない構造であることから,さらなる進展が期待される.一方,ゴマ野生種の一つである は,種子中 に(+)-2-エピセサラチンを蓄積している(14)
.(+)-2-エピセ
サラチンの2量化に必要なモノリグノールが,コニフェ リルアルコールだと仮定した場合,エピ体を生成する DIRの存在が示唆される.ゴマ以外でも,漢方薬に処方 されるサイシン( spp.)は(−)-アサリニン((−)- エピセサミン)を含有しており(15),中間体としてDIR
による(−)-エピピノレジノールの生成が考えられるが,これらのエピ体の生成がどのような立体制御により進行 しているかは不明である.
図2■ゴマ種子に蓄積するリグナン類および関連化合物
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(+)-セサミンの生合成
ゴマ種子に蓄積する主要なリグナン成分である(+)-セ
サミンについてはチトクロームP450によって生成すること が示唆されていた(16)
.その後,栽培ゴマ(
) のCYP81Q1という単一のP450酵素が2回のメチレンジ図3■DIRによる不斉2量化反応
A. (+)-および(−)-ピノレジノールを特異的に 生成するDIR B. リグナンの生成以外で同定 されたDIR
図4■エンドウとシロイヌナズナのDIRの 結晶構造
A. エンドウのPsDRR206の結晶構造(基質 結 合 サ イ ト か ら 見 た 図)B. エ ン ド ウ の PsDRR206の結晶構造(横から見た図)C. シ ロイヌナズナのAtDIR6の結晶構造(基質結 合サイトから見た図)D. シロイヌナズナの AtDIR6の結晶構造(横から見た図)水色の 円は基質結合サイトを示す.
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オキシ環(MDB)形成反応を触媒して(+)-ピノレジノー ルから(+)-ピペリトールを経て,(+)-セサミンを生成する ことが判明した(17)
.CYP81Q1は(+)-ピノレジノールのグ
アイアコール部分のメチル基を酸化し,近接する水酸基 による環化によってMDBを形成し,(+)-ピペリトール を生成する.同様に,(+)-ピペリトールの残りのグアイ アコール部分もMDB形成反応を行い,(+)-セサミンを 生成する.CYP81Q1の(+)-ピノレジノールと(+)-ピペリ トールに対する基質特異性が同程度であるのは,基質の 対称的な構造によるものと考えられる.興味深いことに CYP81Q1は(+)-ピノレジノールの光学異性体である(+)- エピピノレジノールや(−)-ピノレジノールをMDB形成 反応の基質としない.これらの光学異性体の共存下でも (+)-ピノレジノールに対するMDB形成反応は阻害され ないことから,これらの異性体は骨格構造の違いにより CYP81Q1の反応中心にアクセスできないと考えられる(18).
ゴマ野生種 のCYP81Q1ホモログとして同 定されているCYP81Q2は,CYP81Q1同様に(+)-ピノレ ジノールを基質として(+)-セサミンを生成する.実際,
から主要なリグナンとして(+)-セサミンが検 出される(19)その一方で,別の野生種の におい ては(+)-2-エピセサラチンという(+)-セサミンとは異なる 立体構造を有するフロフランリグナンを種子に蓄積して いるが(20)
,同種から単離されているCYP81Q3は(+)-ピノ
レジノールに対してMDBを形成する活性を示さない(17).
以上よりゴマ属のCYP81Qサブファミリー酵素の中で 基質の光学異性体に対する基質特異性に多様性が生じて いることが示唆される(21).
(+)-セサミンはゴマ科以外のさまざまな植物から同定 されていることから,比較的,生じやすい植物二次代謝 物と考えられる(22)が,CYP81Qサブファミリー遺伝子 はゴマ科およびその近縁種に限定的に存在する.した がってゴマと近縁な植物種はCYP81Qオーソログ遺伝 子に由来したセサミン合成酵素を有している可能性が高 いが,逆にゴマと遠縁な植物種におけるセサミン合成酵 素はCYP81Qサブファミリーとは異なるMDB形成酵素 が平行進化した可能性がある.特に,サイシンのリグナ ンである(−)-アサリニンの非対称な2つのメチレンジオ キシ環形成はゴマのセサミン合成酵素とは別系統の酵素 によると考えられ,反応経路や酵素進化を考えるうえで も興味深い.
(+)-セサモリン/(+)-セサミノールの生合成
(+)-セサミンと同様にゴマ種子に高蓄積し,構造的に
は(+)-セサミンの酸化生成物である(+)-セサモリンおよ び(+)-セサミノールの生合成機構は長らく不明であっ た.ゴマ野生種では(+)-セサミンは蓄積するが(+)-セサ モリンが形成されない種が報告されており(23)
,ゴマ属
が種分化していく中でリグナン代謝の下流で分岐が生じ ていることを表している.そこでわれわれは(+)-セサモ リンを蓄積しないゴマと蓄積するゴマとを交配し,得ら れた後代の遺伝学的アプローチにより(+)-セサモリン合 成酵素遺伝子の同定を試みた(7).
遺伝解析によるセサモリン合成候補遺伝子の同定 栽培ゴマ( )は一般的に(+)-セサモリンを 含むが,富山大学で保存している系統からは(+)-セサモ リンがほとんど検出されない系統が複数見いだされる.
これらの系統では(+)-セサモリン合成遺伝子の機能が失 われている可能性が高いと考え,(+)-セサモリン低含有 形質の原因遺伝子の探索を行った.まず,(+)-セサモリン 低含有系統と(+)-セサモリンを含有する一般的な系統と を交配し,F6世代の組換え自殖系統(RIL: Recombinant Inbred Line)を作製した.160個体のRILについて種子 中の(+)-セサモリンの含有量を調査したところ,(+)-セ サモリンを含有するグループと低含有のグループの2グ ループに分かれ,両グループの個体数の割合はほぼ1 : 1 であった.このことから,(+)-セサモリンの含有形質は 1遺伝子により決定されていることが強く示唆された.
160個体のRILから抽出したDNAを用いて,RAD-seq
(Restriction-site Associated DNA sequencing)解析を 行った結果,(+)-セサモリン含有形質遺伝子と完全に連 鎖するRADマーカー “90036” が検出された.“90036”
の近傍に存在する,(+)-セサモリンの生合成にかかわる 可能性が高い遺伝子をゴマのゲノムデータベースから検 索したところ,5つのP450様酵素遺伝子が見いだされ,
これらを(+)-セサモリン合成酵素遺伝子の候補とした.
これら候補遺伝子について,(+)-セサモリン含有系統と 低含有系統間で塩基配列の比較を行った結果,1つの候補 遺伝子(チトクロームP450の命名法に従いCYP92B14 と命名された)のみに遺伝子産物の機能に影響を与え得 る変異が存在していた.(+)-セサモリン低含有系統の CYP92B14遺伝子は含有系統には認められない1ヌクレ オチドの挿入が存在し,その結果,含有系統のポリペプ チドよりもC末端が4アミノ酸残基分短いポリペプチド
(CYP92B14̲Del4C)をコードしていることが明らかと なった.ほかの(+)-セサモリン低含有系統のCYP92B14 遺伝子を調査したところ,調査したすべての系統におい
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てチミンの挿入変異が検出された(図
5 :セサモリン合
成酵素の遺伝解析).
ゴマ種子の登熟過程における候補遺伝子のmRNA発 現量についてRNA-seq解析により調査を行ったところ,
CYP92B14の発現はセサミン合成酵素のCYP81Q1と同 時期に上昇していた.以上のことから,候補遺伝子の中 で,CYP92B14が,(+)-セサモリン生合成に関与してい る可能性が強く支持された(7)
.
CYP92B14のセサモリン/セサミノール合成酵素
活性
前述の(+)-セサモリン低含有系統は(+)-セサミン含量 が高いことから,(+)-セサモリン合成酵素の基質は(+)- セサミンであることが示唆された.CYP92B14が(+)-セ サモリン合成を触媒するか確認するために,CYP92B14 を酵母で発現させた.酸素挿入によって(+)-セサモリンへ 誘導可能と予想されるゴマリグナン((+)-ピノレジノー ル,(+)-ピペリトール,(+)-セサミン)を基質として,
(+)-セサモリン様の酸素挿入反応が進行するか検討した.
その結果,(+)-セサミンを基質とした際に,(+)-セサモリ
ンを生成することが確認された.ところが予想外なこと にCYP92B14は(+)-セサモリンに加え(+)-セサミノール も同時に生成することが明らかとなった(表
1
).また
ゴマ由来のP450還元酵素(CPR1)を共発現させると CYP92B14活性を効果的に昂進することがわかった.一 方,CYP92B14̲Del4Cを発現させた酵母を用いた実験 では,(+)-セサミンから(+)-セサモリンや(+)-セサミノー ルが生成しなかったことから,CYP92B14の活性発現に おいて,C末端4残基が非常に重要な役割を果たしてい ることがわかった.さらに,セサミン合成酵素であるCYP81Q1とCYP92B14 を酵母に共発現させ,(+)-ピノレジノールあるいは(+)- ピペリトールからの連続的な反応を検討した.予想どお り,(+)-ピノレジノールと(+)-ピペリトールを基質とし た際には,(+)-セサモリンおよび(+)-セサミノールが生 成していることを確認したが,意外にも,(+)-セサミン を基質としたときには,CYP92B14単独の場合に比べ,
効率的に(+)-セサミンが消費され,(+)-セサモリンおよ び(+)-セサミノールを生成した(7)
.したがって,2つの酵
素間に何らかの相互作用があることが示唆された.図5■セサモリン合成酵素の遺伝解析
A. (+)-セサモリン含有/低含有系統の交配より得ら れたRIL 160個体のRAD-seq解析により同定された マーカー 90036 とその近傍のP450様酸化酵素遺 伝子(1‒5).B. (+)-セサモリン低含有系統型のCY- P92B14(CYP92B14̲Del4C)遺伝子はチミンの挿入 により野生型に比べてC末端が4アミノ酸残基短いポ リペプチドをコードする.C. 複数の(+)-セサモリン 低 含 有 系 統(#090, #4294, #00442, #001312お よ び Maruemon)からCYP92B14への同一のチミン挿入 変異が検出される.
表1■CYP92B14の酵素活性
Substrate Enzyme constructs Products
(+)-Sesamolin (+)-Sesaminol
(+)-Sesamin CYP92B14 △ △
CYP92B14+CPR1 〇 〇
CYP92B14̲Del4C+CPR1 × ×
CYP81Q1+CYP92B14+CPR1 〇 〇
(+)-Pinoresinol CYP81Q1+CYP92B14+CPR1 〇 〇
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CYP92B14による(+)-セサモリン/(+)-セサミノー ル生合成機構
CYP92B14に よ る(+)-セ サ モ リ ン お よ び(+)-セ サ ミ ノールの生合成機構を調べるために,18O標識された
18O2あるいはH218Oを使った反応や2H標識された(+)- 7,7′-2H2-セサミンおよび(+)-2,2′-2H2-セサミンを基質とし た反応を行った.生成物である(+)-セサモリンと(+)-セ サミノールへの18O標識体の導入は,予想どおり,18O2
を用いたときのみ確認できた.2Hラベル体(+)-7,7′-2H2- セサミンの反応生成物の関連する水素の標識化率は,基 質の7,7′位水素の2H標識化率と一致したことから,7,7′ 位の水素はCYP92B14による酸素挿入反応に関与しな いことがわかった(図
6
).
一方,(+)-2,2′-2H2-セサミンを基質とした反応では,生
成した(+)-セサモリンの2位水素の2H標識化率は(+)-セ サミンの2位水素の2H標識化率と一致したが,セサミ ノールの酸素挿入された芳香環上の水素の2H標識化は,
3位(45%)および6位(30%)に分散した(図6A)
.
以上のことから,CYP92B14による(+)-セサミンから (+)-セサモリンおよび(+)-セサミノールを生成する反応 機構は次のように考えられた.まず,CYP92B14による 求電子的な芳香環上の酸化によりカチオン中間体Iおよ びIIIが生成する.中間体Iは,より安定な芳香環を再形 成するために,C‒C結合の開裂を伴いながら中間体IIに 変換され,生成するセサモールのフェノール性エノレー トのオキソニウムカチオンへの付加反応により,(+)-セ サモリンおよび(+)-セサミノールを生成する.また,中 間体IIIは,水酸基の付け根の水素の引き抜きにより芳 図6■CYP92B14よる反応機構解析A. 2H標識(+)-セサミンを基質としたCYP92B14の反応生成物の重水素化率 B. CYP92B14により(+)-セサミンから(+)-セサモリンと(+)-セサ ミノールが生成する反応機構.
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香環化し(+)-セサミノールを生成する(図6B)
.なお,中
間体IIはセサモリンからセサミノールが生成する化学変 換において提唱されている反応中間体(24)であるが,CY- P92B14にはセサモリンをセサミノールに変換する能力 がないことも確認されている.まとめ
セサミンの前駆体であるピノレジノールの生合成は,
DIRの発見から20年を迎え,ようやくその不斉誘起の 反応機構が明らかになろうとしている.セサミンは,ピ ノレジノールと同様に,さまざまな植物で同定されてお り,その生合成酵素の共通性と平行進化に興味がもたれ る.
新規に同定されたCYP92B14は,(+)-セサミンから (+)-セサモリンを生合成すると同時に(+)-セサミノール の生合成も担っていた.特筆すべきは,(+)-セサミンの C1位の酸化に誘導されて解離した芳香環が,C‒O結合 で再結合した結果,(+)-セサモリンが生じ,C‒C結合の場 合,(+)-セサミノールが生じるという極めてユニークな反 応(oxidative rearrangement of
α
-oxy-substituted aryl groups: ORA反応)により一つの基質から2つの生成物 が生じるという点である.さらに驚いたことに(+)-セサ ミノールは,ORA反応以外にも(+)-セサミンのC6位を 直接水酸化することにより生成していることがわかっ た.このCYP92B14のC1位とC6位への選択性の曖昧さ が,栽培ゴマのリグナン代謝物の構造多様性に寄与して いると考えられる.(+)-セサモリンはキツネノマゴ科な どゴマ属以外の植物種でも数例ながら同定されているこ とから(23),(+)-セサモリン生合成酵素はゴマ属だけで分
子進化したわけではなさそうだ.しかしゴマ属に限定し て考えると,ゴマ油の劣化を防ぎ品質維持に寄与するセ サモールや(+)-セサミノールの前駆体として重要な(+)- セサモリン(4, 5)が,栽培種である にほぼ限定 的に高濃度に存在することは,単なる偶然だろうか?あるいはゴマ栽培化の過程で,われわれの祖先がゴマリ グナンによる恩恵を感じ取って,分析機器などない時代 から選抜してきたからではないだろうか?
一方,ゴマリグナン生合成について,まだいくつかの 疑問が残る.それは,われわれがセサモリン合成酵素の 同定に用いた(+)-セサモリン低含有ゴマ系統でも(+)- セサミノール配糖体が(+)-セサモリンを含有する一般的 なゴマ系統とほぼ同程度に蓄積していることである.
(+)-セサミノール合成に関しては機能的に重複した酵素 があるであろうか? ゴマリグナン生合成機構の予想を
超える複雑さに驚嘆しつつ,(+)-セサミノール合成にか かわる新たな酵素の同定が待たれる.さらに,本稿では 詳細は割愛するが,(+)-セサミノールは配糖化酵素によ りグルコースが3つ付加されたトリグルコシドの形で水 溶化した状態で蓄積する(25)
.水溶性の(+)-セサミノール
配糖体と脂溶性の(+)-セサミンや(+)-セサモリンはどの ように細胞内分布や生理機能が異なるのかについても興 味がもたれる.近年のゲノム遺伝学,分子生物学の進展 は目覚ましいものがある.特に次世代シーケンサーの出 現により任意の生物種の遺伝子探索や発現解析のほか,形質とリンクする遺伝子座同定が容易になったことで,
新規な代謝酵素の同定作業は加速化している.ところが 代謝経路の解析に必須な両輪のもう片方である,(新規)
代謝物の単離・同定は依然として時間がかかる作業であ り,有機化学者の力の見せ所でもある.遺伝学,生化 学,有機化学,情報科学など異なる分野の研究者間の連 携を一層強め,「ひらけごま!」と心で叫びつつ,まだ まだ尽きないゴマリグナンの秘密に迫っていきたい.
文献
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24) Y. Fukuda, M. Isobe, M. Nagata, T. Osawa & M. Namiki:
, 24, 923 (1986).
25) A. Noguchi, Y. Fukui, A. Iuchi-Okada, S. Kakutani, H. Sa- take, T. Iwashita, M. Nakao, T. Umezawa & E. Ono:
, 54, 415 (2008).
プロフィール
堀 川 学(Manabu HORIKAWA)
<略歴>1988年北海道大学理学部化学科 卒業/1993年同大学院理学研究科博士後 期過程修了/1994年日本学術振興会特別 研究員(PD1)/同年財団法人サントリー 生物有機科学研究所(現 公益財団法人サ ントリー生命科学財団)研究員,現在に至 る(この間,1998〜2000年米国ハーバー ド大学博士研究員)<研究テーマと抱負>
植物二次代謝産物の特異な生合成機構とそ の機能解析<趣味>スキー,将棋,おいし いものを食べること
山本 将之(Masayuki P. YAMAMOTO)
<略歴>1995年北海道大学農学部農学科 卒業/2000年同大学大学院農学研究科博 士課程修了/同年生物系特定産業技術研究 推進機構派遣研究員/2002年独立行政法 人農業生物資源研究所特別研究員/2007 年富山大学大学院理工学研究部助教/2010 年より同講師.現在に至る<研究テーマと 抱負>ゴマの有用遺伝子の単離・解析,ゴ マの生産性の向上や有用なゴマ品種の作出
<趣味>読書,ビール 小埜 栄一郎(Eiichiro ONO)
<略 歴>1998年 岡 山 大 学 農 学 部 卒 業/
2000年奈良先端科学技術大学院大学・バ イオサイエンス研究科博士前期課程修了/
同年サントリー株式会社入社/2006年バ イオサイエンス博士(奈良先端科学技術大 学院大学)/現在に至る<研究テーマと抱 負>原料作物および発酵微生物のゲノムと 代謝の成り立ちを解き明かし,そっと暮ら しに馴染ませること<趣味>野外植物観 察,読書と音楽,ワンコインソムリエ 村 田 純(Jun MURATA)
<略歴>1996年京都大学農学部食品工学 科卒業/2002年奈良先端科学技術大学院 大学・バイオサイエンス研究科博士課程修 了/2002年ブロック大学(カナダ)博士 研究員/2007年奈良県中小企業支援セン ター博士研究員/2008年財団法人サント リー生物有機科学研究所(現公益財団法人 サントリー生命科学財団)特別研究員,研 究員を経て2018年より同主席研究員<研 究テーマと抱負>植物生化学の知られざる 領域に光を当てていきたい<趣味>いつか 復活させたい長期の貧乏旅行<所属研究室 ホームページ>http://www.sunbor.or.jp/
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Copyright © 2018 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.56.738
日本農芸化学会