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化学と生物 Vol. 53, No. 6, 2015
インドールアルカロイドの骨格多様化合成
生合成に学ぶ分岐型合成戦略
生物が産生する天然有機化合物(天然物)群は,機能 性分子の探索源であり,医薬・生命科学研究に多くのブ レイクスルーをもたらしてきた.生理活性天然物では一 般に,多くの 3炭素を含む複雑な縮環骨格にさまざま な官能基が特有の空間配置で提示された構造をもつ.生 体高分子との多点相互作用により特異性の高い分子認識 が可能となるため,天然物の探索研究からは切れ味の鋭 い活性を発現し副作用が少ない新規創薬リードが発見さ れる期待値が高い.ただし,天然資源に依存するため量 的な供給や類縁体の合成が困難なことも多く,これを相 補する形で化学合成による化合物ライブラリーの構築が 進められてきた.さまざまな組み合わせで構築ブロック を連結するコンビナトリアル合成は,膨大な数の化合物 群を生み出し,実際に有用な活性を示すリード化合物を 提供してきた.しかし,そのヒット率は期待されたほど ではなかった.その一因として,ヘテロ芳香環同士のク ロスカップリングやペプチド結合形成を多用して構築さ れたこれらの化合物群には 2炭素で構成された平板な 形状が多く,三次元的な構造の多様性が限られているこ とが指摘されている(1)
.近年,既存のケミカルライブラ
リーと天然物群の精緻な構造特性のギャップを解消しう る合成化学の潮流として,多様性指向型合成や生物指向 型合成,機能指向型合成が提唱されている(2).天然物に
匹敵する構造多様性と生体機能性を兼ね備えた化合物群 を低コストで創製するため,新しい合成論理・戦略の体 系化が模索されている(3, 4).
本稿では,生合成戦略を模倣して骨格の多様性に富ん だ天然物類似化合物群を創出した筆者らの最近のアプ ローチ「骨格多様化合成」を紹介する(5)
.天然物の生合
成では,代謝経路に存在する普遍的な化合物から多彩な 化学反応性を秘めた中間体が形成されることが多い.こ の共通の中間体にさまざまな酵素が関与し,全く異なる 骨格の化合物群へ分岐していくプロセスによって構造の 多様性が生み出されている.生合成の鍵工程を模倣する 天然物の化学合成は以前から活発に研究されてきたが,一般に特定の骨格をもつ単一の標的分子を効率的に構築 すること目的としている(6)
.一方,筆者らは共通中間体
を活用する合成戦略が短段階での分子構築のみならず,骨格の多様性を合理的に創出するうえでも有用ではない かと考えた.
そこで本研究では,テルペノイドインドールアルカロ イドに着目した(図
1
).一連のアルカロイドは,トリ
プタミンとセコロガニンから生合成されている.特に,抗がん剤ビンブラスチンの構成ユニットでもあるイボガ 型およびアスピドスペルマ型の両アルカロイド骨格は,
ジヒドロピリジン環を有するデヒドロセコジンを共通の 中間体として,様式の異なる[4+2]型環化により作り 分けられると推定されている(7)
.しかし,デヒドロセコ
ジン自体は単離された報告がなく,短寿命で取り扱いが 難しいと考えられた.そこで,最も不安定と推定したジ ヒドロピリジン部位に電子求引基を共役させることで適 度な安定性を獲得しつつ,さまざまな骨格へ分化するポ テンシャルをもった 多能性中間体 を設計した.この 電子求引基を足がかりとして環化反応の位置や立体選択 性を制御し,多環性骨格の作り分けを計画した.化合物ライブラリーの構築を視野に入れ,トリプタミ ンに対して3種類の構築ブロックをモジュラー式に集積 して多能性中間体を合成する手法を開発した.ここでも 電子求引基を導入した効果により,6工程での簡便な合 成に成功した.鍵工程となったカチオン性銅触媒による ジヒドロピリジン形成法は,さまざまな置換様式に適用 できる.また,種々の官能基を備えた系においても,温 和な条件でアルキンを選択的に活性化できる特徴があ る.
つづいて,多能性中間体を活用する多環性骨格群の構 築に取り組んだ.実際,電子求引基の種類や活性化の方 法を適切に選択することで,環化様式や立体選択性を制 御して3系統の生合成類似[4+2]型環化を達成でき た.カルボニル基の活用により,上述のイボガ型,アス ピドスペルマ型の骨格だけでなく,デヒドロセコジンが 酸化された生合成中間体に由来すると考えられるアンド ランギニン型への生合成類似変換にも成功している.こ こで得られたイボガ型,アスピドスペルマ型,アンドラ ンギニン型の化合物は,それぞれ2〜4工程の変換によ り,3種類の天然物へ導くことができた.本合成で得ら れる化合物群が,天然物群と非常に近いケミカルスペー
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化学と生物 Vol. 53, No. 6, 2015スを占めることを実証する結果と言える.
また,多能性中間体として設計した3位に電子求引基 をもつジヒドロピリジンは,酸化還元を担う補酵素 NAD(P) Hと類似した構造をもつ.そのため,中間体の ジヒドロピリジン部位を酸化的に活性化することで,発 生したピリジニウムイオンやラジカル種と近傍の不飽和 エステルとの分子内環化による骨格多様化が可能と考え た.実際,2電子/1電子酸化による環化を試みると,
ヌゴウニエンシン型および非天然型の四環性骨格をそれ ぞれ選択的に構築できた.
このように生合成を模倣して設計した 多能性中間 体 の多彩な反応性を制御することで5系統の多環性骨 格群の作り分けに成功した.生合成類似の変換をフラス コ内で再現するだけでなく,異なる様式の分子内環化を デザインし,新規骨格を創出した.このアプローチによ り,複数の官能基が組み込まれ, 3炭素含有率の高い 天然物の構造を簡略化せずに,骨格のバリエーションを
生み出す短段階合成プロセス(6〜9工程)を開発でき た.
今回紹介した一連の化合物群に限らず,アルカロイド やテルペン,ポリケチドの生合成では,共通中間体の環 化様式の違いにより骨格の多様性を創出するプロセスが 数多く知られている.生合成における化合物群生産ライ ンを模倣しつつ,合成化学を駆使して自在に拡張してい くアプローチは,ほかの二次代謝経路にも適用できる一 般性をもつはずである.天然物類似化合物ライブラリー の創造と活用に向けて,本研究は一つの合理的な指針を 示せたのではないだろうか.
1) F. Lovering, J. Bikker & C. Humblet: , 52, 6752 (2009).
2)大栗博毅:化学と生物,46, 594(2008).
3) H. Oguri, T. Hiruma, Y. Yamagishi, H. Oikawa, A. Ishi- yama, K. Otoguro, H. Yamada & S. Ōmura:
, 133, 7096 (2011).
4) C. J. O Connor, H. S. G. Beckmann & D. R. Spring:
, 41, 4444 (2012).
図1■インドールアルカロイド群の骨格多様化合成
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5) H. Mizoguchi, H. Oikawa & H. Oguri: , 6, 57 (2014).
6) E. Poupon & B. Nay: “Biomimetic Organic Synthesis,”
vols. 1 & 2, John Wiley & Sons, Inc., 2011.
7) S. E. O Connor & J. Maresh: , 23, 532 (2006).
(溝口玄樹
*
1,大栗博毅 *
2,3, *
1 Dartmouth大学,*
2 東京 農工大学,*
3 JSTさきがけ)プロフィル
溝口 玄樹(Haruki MIZOGUCHI)
<略歴>2008年北海道大学理学部化学科 卒業/2013年同大学大学院総合化学院博 士後期課程修了,博士(理学)取得/同年 同大学院理学研究科化学専攻博士研究員/
2013年米国Dartmouth大学化学科博士研 究員,現在に至る<研究テーマと抱負>多 環性骨格の新規構築法の開発と天然物の迅 速合成<趣味>読書
大栗 博毅(Hiroki OGURI)
<略歴>1993年東北大学理学部化学科卒 業/1998年同大学大学院理学研究科博士 後期課程修了,博士(理学)取得/同年同 大学院理学研究科化学専攻助手/2003年 米国Harvard大学化学・化学生物学科訪 問研究員/2004年北海道大学大学院理学 研 究 院 化 学 部 門 助 教 授/2007年 同 准 教 授/2015年東京農工大学大学工学研究院 応用化学部門教授,現在に至る.JSTさき がけ(兼任)「分子技術と新機能創出」領 域<研究テーマと抱負>天然物の骨格多様 化合成法開拓と細胞機能制御/天然に学 び,合成化学の新しい可能性を追求したい
<趣味>散策・釣り
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