セミナー室
天然化合物の探索と創製-3第一部:天然化合物の探索と活性評価
創薬を志向した天然化合物の探索研究
齋藤 駿,田代 悦,井本正哉
慶應義塾大学理工学部生命情報学科
はじめに
近年,さまざまな疾患の原因分子が明らかになってき たことで,それらを標的にする分子標的治療薬が有効性 の高い薬剤として創薬の主流となっている.この分子標 的薬の開発では,いかにして新たな薬剤標的分子を探す か,そしていかにして効率良くリード化合物を得るかと いう点が問題となる.一方,ケミカルバイオロジーは多 様な化合物を用いて生体分子の機能を制御し,その生物 学的解析から生命現象を解明する学問領域である.した がってケミカルバイオロジー研究では,多彩な機能をも つ小分子化合物を見いだすことが非常に重要であり,そ こで見いだした小分子化合物の標的分子が疾患関連分子 である場合には疾患治療薬の新たな標的の提唱につなが るだけでなく,その小分子化合物自身が分子標的治療薬 のリード化合物になる可能性もある.このことから,ケ ミカルバイオロジーは次世代新薬の開発のための有用な 手法として期待されている.さて,ケミカルバイオロ ジー研究で用いる小分子化合物の有望なスクリーニング ソースとしてこれまで,植物や微生物といった「天然 物」が広く用いられてきた.しかし,しだいに天然化合 物からの医薬品リード化合物探索は合成化合物ライブラ リーを用いたスクリーニングへとシフトするようになっ た.その原因として,天然化合物は 1) 新規化合物の取 得確率が低い,2) 活性物質の単離・精製や構造解析に
長時間を要する,3) 誘導体合成が困難,などの点が問 題視されたからである.その一方で,コンビナトリアル 合成技術の進歩とロボット技術の向上により,現在では 合成化合物ライブラリーを用いたハイスループットスク リーニングが全盛となっている.ところが,現時点にお いてコンビナトリアル合成化合物の構造の多様性に限界 があり,当初考えられていたほどには誘導体の構造多様 性を得られないことが問題点となってきている.天然物 由来の小分子化合物の特徴は,複雑な化学構造を有して いることであり,単純な化学構造を有している化合物と 比較すると,生体内で標的分子に対して特異的に作用し やすいことである.これらのことからスクリーニング ソースとして再び構造および生物活性の多様性に富んだ 微生物代謝産物に注目が集まってくると思える.また,
有用な薬剤シードの開発には,①優れたスクリーニング ソースの確保,②優れたスクリーニング系の構築,およ び③作用機構解析や標的タンパク質同定が,必要不可欠 であるが,本稿ではこの一連の過程の各パートでの天然 物ケミカルバイオロジーの手法による創薬のストラテ ジーについて,われわれの取り組みも含めた内外で行わ れている研究の実例を交えて概説する.
優れたスクリーニングソースの確保 1. 創薬リードとしての天然物の優位性
小分子化合物の供給源として従来から天然化合物,特 に微生物二次代謝産物が用いられてきた.その理由は微 生物代謝産物が合成化合物とは異なり,構造中に多数の キラル中心や環構造の多様性からくる複雑,かつリジッ トな立体を有しているからである.また合成化合物と微 生物代謝産物それぞれに含まれるヘテロ原子数を比較す ると,ハロゲンや硫黄原子には大差がないものの微生物 代謝産物には酸素原子が多く含まれているという特徴を 見いだすことができる(1).このことは微生物代謝産物 が,タンパク質との相互作用に重要な水素結合のdo- nor/acceptorになりうる官能基を多数有していることと 関連しており,したがって,タンパク質と相互作用しう る化合物の探索源としては微生物代謝産物に利があると 考えられる.実際に,微生物二次代謝産物にはさまざま な生理活性を有するものが多数報告されており,過去 30年間で認可された医薬品のうち,天然化合物および それをリードとした化合物はおよそ60%にものぼる(2).
2. わが国における天然物ライブラリーの構築
このような背景を基に,国家プロジェクトとして天然 化合物ライブラリーの構築と創薬支援が行われている.
ま ず,理 化 学 研 究 所 天 然 化 合 物 バ ン ク・NPDepo
(http://npd.riken.go.jp/npd/ja/) では放線菌などから 独自に単離した天然化合物を収集・保管するとともに,
化合物を所蔵している研究者からの寄託を受け,多様性 のある化合物ライブラリーが構築されている.さらに,
これら化合物の名称・構造のほか,物性データや生物活
性データも収録した化合物データベースを作成・公開 し,化合物の利用を希望する研究者に化合物を供給して いる.また,東京大学創薬オープンイノベーションセン タ ー(http://www.ocdd.u-tokyo.ac.jp/pf̲library.html)
でも市販天然化合物,天然化合物誘導体を含む大規模な 公的化合物ライブラリーが構築されており,化合物スク リーニングなどを実施する産学官の研究者にサンプルの 提供を通じた総合的支援を行っている.さらに産業技術 総 合 研 究 所 (http://www.jbic.or.jp/enterprise/result/
002.html) では優れた天然化合物ライブラリーを有する 企業のライブラリーを統一的に保管・管理し,企業やア カデミアが相互に天然物ライブラリーを活用できる仕組 みが作られている.一方で,新たな天然物を得るための 多くの試みがなされている.たとえば,微生物を培養す る培地に特殊な成分(ex.レアアース)を添加する例(3), 微生物の二次代謝産物の生合成遺伝子に変異を導入し,
人工的に小分子化合物を創製する例(4),複数の微生物を 同時に培養することで(複合培養)二次代謝産物の生産 を誘発する例(5) などが報告されている.このように,
微生物がもつ二次代謝能の可能性を最大限に引き出すよ うなさまざまな工夫がなされている.
3. 天然型非天然化合物ライブラリーの構築
われわれも天然化合物の医薬品リードとしての優位性 を保持し,さらに既存のライブラリーとは異なる新しい 天然化合物ライブラリーの創製に取り組んだ.われわれ の方法は放線菌培養液中に合成試薬を加えることで,多 数の小分子化合物が一度に誘導体「天然型非天然化合 物」へと変換される.そこで,LC/PDA/MSを駆使し て反応液中の「天然型非天然化合物」を検出し,精製す
図1■天然型非天然化合物ライブラ リーの作成方法
ることで「天然型非天然化合物ライブラリー」を構築し た(図1).合成反応の種類として,酸化反応による水 酸基からカルボニル基への変換,エポキシ化反応による オレフィンのエポキシ基への変換,そして還元反応によ るカルボニル基から水酸基への変換を選択した.次に,
この化合物ライブラリーを用いてXIAPの阻害物質の探 索を試みた.XIAPはアポトーシス実行因子であるcas- pase-3と結合し,その酵素活性を阻害することでアポ トーシスを抑制する.そこでXIAPにより阻害された caspase-3の酵素活性を回復させる化合物(XIAP阻害 物質)を の実験系を用いて探索した.その結 果,C38OX6(図2)に目的の活性を見いだした.各種 スペクトル解析の結果,C38OX6は天然インドールアル カロイドであり発がんプロモーターであるテレオシジン Bの類縁化合物であることが明らかとなった.C38OX6 は,親化合物であるテレオシジンBが有する発がんプロ モーター活性を示さず,XIAPとcaspase-3の結合を
で 阻 害 し た.さ ら に,C38OX6はHeLa細 胞 の TRAILおよび制がん剤に対する感受性を向上させたこ とから,細胞レベルでもXIAPの機能を阻害する可能性 が示唆された(6).本項では,天然型非天然化合物ライブ ラリーの構築と応用例を紹介したが,本ライブラリー は,合成反応の種類や微生物資源などの拡張によりさら なる可能性が秘められている.このような天然物由来の 小分子化合物が今後有望なバイオプローブになることは 間違いないであろう.
優れたスクリーニング系の構築 1. 多岐にわたるスクリーニング系
スクリーニング方法は,細胞の表現型変化を誘導する 化合物を探索するフォワードスクリーニング手法と,特 定の分子に対して直接作用する化合物を探索するリバー ススクリーニング手法に大別される.近年の飛躍的な研 究成果により疾患原因分子が多数明らかになったため,
特に製薬企業を中心にリバーススクリーニング手法を用 いたスクリーニングが主流となっている.特にタンパク 質リン酸化酵素の多くが,がん化やがん悪性化に密接に 関与していることから,これらを標的とした阻害剤のス クリーニングが行われた.一方で,フォワードスクリー ニングを用いたさまざまなスクリーニング系によって も,興味深い生理活性を有する化合物が多数発見されて いる.転写因子の阻害剤を探索するためのレポーター遺 伝子アッセイ,対象のタンパク質にGFPなどの蛍光タ ンパク質を融合させて局在変化を観察する手法は過去よ り広く用いられていたが,イメージング技術の発展と顕 微鏡観察の自動化により顕微鏡を用いたハイスループッ トなスクリーニングが可能となった.近年は,蛍光共鳴 エネルギー移動(FRET)や酵素免疫測定法(ELISA)
などのタンパク質‒タンパク質間の相互作用をハイス ループットかつ高精度に検出する手法が普及したこと で,リガンドと受容体などのタンパク質‒タンパク質間 相互作用を阻害する化合物の探索が可能となった(7, 8). また,標的分子のX線結晶構造解析による立体構造を 基に,活性部位への親和性の高い小分子化合物をモデリ 図2■本稿で登場する小分子化合物
CHHN3 O OCH3 CH3 CH3 CH3 HO O O NHCH3 HO
O CH3
H3C O H3CHN NH
HN N
O O
N
O HO O HO
OH OH OH
O
O
O O
CH3
O CH3 H3C
O H3C
CH3 CH3 O2N
OH HO
OMe O OH N
N
NH
O CH3 CH3 CH3
CH3 Cl
F F F
NO2 HN
O O
H O
H
Cl H
OH
F F F
N HN
O S
F
CH3
OH O O
N N
F F F
N S HN
H3C
O H3C
H3C
ングする のスクリーニング,リードの最適化も 実用化されている.われわれも前立腺がんの治療薬シー ドの探索において スクリーニングと天然化合物 スクリーニングを行った.
2. スクリーニング 天然物スクリーニング 近年,バイオインフォマティクスの発展に伴い,タン パク質と化合物の結合を化学的相互作用エネルギーから 予測するというドッキングスタディの有用性が示されて いる.ドッキングスタディはバーチャルスクリーニング から薬剤開発のリードオプティマイゼーションまで幅広 く用いられている.しかし,ドッキングスタディには問 題点もあり,結合の予測に時間がかかること,予測する うえで必須であるタンパク質の立体構造が正確にわかっ ていないことが挙げられる.
上記問題を解決するため,慶應義塾大学の榊原らは統 計的学習手法を利用して,タンパク質化合物間相互作用 を網羅的に予測する “COPICAT” (http://copicat.dna.
bio.keio.ac.jp/top.do) という全く新しいプログラムの開 発を行った.そこで,このプログラムを利用しアンドロ ゲン受容体アンタゴニストの探索を行い,その有効性を 天然物スクリーニングと比較した.
近年,日本において急増しているがんの一つに前立腺 がんがある.前立腺がんは男性に特有のがんであり,
2020年には国内の罹患率が第2位になることが予想され ている.前立腺がんの悪性化の主要因は,男性ホルモン
(以下アンドロゲン)がアンドロゲン受容体 (AR) に結 合することで悪性化することから,これらの結合を阻害 するARアンタゴニストが前立腺がんの治療薬として用 いられている.現在はARアンタゴニストとして,ステ ロイド骨格を有するクロルマジノン(図2),フルタミ ド骨格を有するフルタミド(図2)やビカルタミド(図2)
が用いられているが,長期投与により耐性細胞が出現す ることが問題視されてきた(9).さらに近年,これらの耐 性を克服するARアンタゴニストとしてエンザルタミド
(図2)という小分子化合物が登場したが,すでに耐性 報告がなされている(10).この耐性が獲得される原因の 一つとして,小分子化合物のもつ構造の類似性が考えら れている.このことから,既存のARアンタゴニストと は異なる構造を有する小分子化合物は有望なシード化合 物になりうると考えられた.榊原らはすでに公開されて いるARと化合物の結合情報を基に計算されたCOPI- CATを用いて,PubChemに登録された化合物よりAR 結合化合物を予測した.この スクリーニングで はステロイド骨格をもった多くの化合物が予測されてし
まったため,次にあえてこのような化合物はARに結合 しないものとして情報をフィードバックし,既存のAR アンタゴニストとは骨格の異なる新規ARアンタゴニス トの予測を狙った.その結果,第二回目のスクリーニン グでは,ケミカルスペース上で既存のARアンタゴニス トであるステロイド系化合物群やフルタミド系化合物群 とは異なる位置にプロットされる合成化合物T5853872
(図2)を取得することに成功した(11) (図2).T5853872 は前立腺がん細胞LNCaP細胞においてアンドロゲン刺 激で発現誘導される前立腺がんマーカー遺伝子PSA mRNAの発現を阻害し,アンドロゲン依存的増殖を阻 害した.しかし,そのARアンタゴニスト活性はフルタ ミドより5倍程度弱いものであった.一方,天然物スク リーニングからは放線菌 sp. MK576-CF1 株の培養液から新規化合物アラビリン(図2)を取得す ることに成功した(12).アラビリンは,ケミカルスペー ス上において,既存薬の構造とは異なる構造を有してい ることが示され(図3),さらにアラビリンは前立腺が ん細胞LNCaP細胞に対して既存薬フルタミドに比べて 10倍以上強いARアンタゴニスト活性を示した.これは 天然物由来の小分子化合物がもつ最大の利点である構造 多様性を最大限に活かすことができた例の一つであった と言える.そして,このような天然物由来の小分子化合 物が示す構造情報を スクリーニングに活用する ことで,さらに有望な治療薬のシード化合物の取得に貢 献できると期待される.
標的タンパク質同定 1. 標的タンパク質の同定
さて優れたスクリーニングソースからフォワードスク リーニングで素晴らしい化合物を取得した場合でも,そ れらを用いてケミカルバイオロジーを展開するうえで,
図3■ARアンタゴニストのケミカルスペース
また治療薬シードとしての開発を展開するうえで,それ ら化合物の作用機構解析は避けて通れない.特に標的タ ンパク質の同定は極めてハードルの高い研究課題とな る.化合物の標的タンパク質を同定する方法はいくつか 知られており,それらは大別すると直接的な手法と間接 的な手法に分けられる(13).直接的な手法では,たとえ ばビオチン標識した化合物を作成し,細胞抽出液から化 合物に結合する標的タンパク質を直接回収,同定する手 法である.一方,間接手法では化合物の生理活性を既知 のシグナル伝達などの研究結果に当てはめて,標的タン パク質を導き出す方法である.いずれの手法も化合物の 標的分子を同定する極めて優れた方法であるが,容易に は進まない.たとえば,直接的な方法では標的分子の発 現量が低ければ同定は困難であり,また実験条件によっ ては非特異的に化合物に結合するタンパク質はいくつも 見つかる.間接的な方法では,標的分子の絞り込み作業 が混迷することも少なくない.このため,化合物の標的 分子同定の方法は日々工夫改良されており,また新たな 手法の開発も望まれている.われわれがフォワードスク リーニングで見いだした天然化合物の中で標的タンパク 質の同定に成功した例について紹介する.
2. 光親和型低分子アフィニティービーズを用いた標的 タンパク質同定
化合物の標的タンパク質の同定技術としてビオチン標 識化合物を用いたアフィニティービーズ法がよく使用さ れている.しかし,通常の方法では目的化合物の構造活 性相関データを基に,その化合物が発揮する生物活性に 影響を与えない官能基を特定し,そこにビオチンなどを 導入する必要がある.しかし,天然化合物の場合,構造 活性相関データの取得が容易ではない.そこで,理研の 長田らは目的化合物を官能基非依存的にアフィニティー ビーズに固定化して,細胞抽出液から標的タンパク質を 回収し同定する方法を考案した(14).私たちはこの長田 らが考案した光親和型低分子アフィニティービーズ法を 用いることでオートファジー制御物質として単離した hop由来成分であるキサントフモール(図2)の標的タ ンパク質を同定することに成功した(15).
オートファジーはユビキチン‒プロテアソーム系と並 んで重要なタンパク質分解系であり,細胞質内のタンパ ク質や細胞小器官を選択または非選択的に分解すること で恒常性維持に貢献している.しかし,オートファジー の生物学的意義や詳細なメカニズムは不明な点が多い.
さらにオートファジーはがんや神経変性疾患などの難治 性疾患との関連が注目されているが,治療への応用とい
う観点からもまだ模索段階である.そこで,オートファ ジー制御メカニズムをより深く理解するためにオート ファジー制御化合物の探索を行った.
その結果,キサントフモール(XN)がオートファゴ ソームのオートリソソームへの成熟ステップを阻害する ことを見いだした.次にXNの作用機構を解析するため に,XNの標的タンパク質の同定を試みた.長田らに よって作成されたXNアフィニティービーズを用いて A431細胞抽出液からXNの標的タンパク質を探索した.
そ の 結 果,valosin-containing protein (VCP) をXNの 結合タンパク質として見いだした.VCPはATPases as- sociated with diverse cellular activities (AAA- ATPase) の一つであり,そのN-末端ドメインにさまざ まなコファクターが結合することでさまざまな機能を有 することが報告されている.その一つにオートファゴ ソームがオートリソソームへ成熟する過程に必須である ことが報告されている.さらにXNはVCPのN末端ド メインに結合することを明らかにした.以上の結果か ら,XNはVCPに結合しその機能を抑制し,オートファ ゴソームの成熟を阻害することが示唆された.
3. メタボロームを用いた標的タンパク質同定
ここではメタボローム解析を用いたグルコピエリシジ ン A (GPA) (図2)の標的分子同定について紹介す る(16).GPAはがん細胞の遊走にかかわるフィロポディ ア形成阻害にかかわる分子として放線菌より単離した化 合物である.GPAの作用機序や標的分子についての報 告はなかったが,その阻害活性発現機構の解析から GPAは解糖系に作用する可能性が予想された.そこで,
慶應義塾大学先端生命科学研究所の曽我らが開発した代 謝 物 質 の 一 斉 分 析 を 可 能 と し たCE-TOFMSに よ
り(17, 18),比較メタボローム解析を行うことでGPAが解
糖系を阻害しているかどうかを検討した.その結果,
GPAが解糖代謝の最終産物であるピルビン酸と乳酸の 細胞内量を減少させたことからGPAは解糖代謝を抑制 することが示唆された.さらにGPAが解糖系のどのス テップを阻害しているか検討するために,グルコースの
[13C] 同位体を用い,解糖代謝物質への [13C] 標識量を 測定するメタボローム解析を行った.その結果,GPA は全11段階ある解糖代謝反応のうちグルコース6リン酸 合成以降のすべての代謝物への [13C] 標識を抑制した.
グルコース6リン酸の合成は,細胞がグルコーストラン スポーターの働きによりグルコースを取り込んだ後,ヘ キソキナーゼによりこれをリン酸化することで産生され る.GPAはヘキソキナーゼ反応を全く阻害しない一方
で,グルコースの取り込み過程は濃度依存的に阻害し た.このことにより,GPAの標的タンパク質はグル コーストランスポーター GLUT1であることを明らかに した.
4. バイオインフォマティクスを用いた標的タンパク質 同定
ここではバイオインフォマティクスの手法を駆使した インセドニンの標的分子同定の成果についても紹介す る.アポトーシス抑制タンパク質Bcl-2やそのホモログ であるBcl-xLは,さまざまながん細胞における過剰発 現が報告されている.このようながん細胞では,既存の 抗がん剤が誘導するアポトーシスに耐性を示すため,従 来の化学療法では治療が困難になっている.そこでわれ われは,Bcl-2/Bcl-xLを標的にした治療薬のシード化合 物の開発を目指した.まず,Bcl-xLを過剰発現させたヒ ト小細胞肺がんMs-1細胞を用いたcell-basedのスクリー ニング系を確立した.本細胞は,アドリアマイシンなど の抗がん剤に抵抗性を示すことから,微生物化学研究所 との共同研究でアドリアマイシンおよび放線菌サンプル を添加したときに細胞死を起こすようなサンプルをスク リーニングした.その結果, sp. 694-90F3 株の培養液中に目的の活性を見いだした.本培養液に含 まれる活性物質は,非常に不安定な物質であり,精製・
構造解析は難航したが最終的に新規化合物インセドニン
(図2)を発見した(19).インセドニンは制がん剤やBax の過剰発現によって誘導されるアポトーシスに対する Bcl-xLの抑制機能を阻害した.しかし,インセドニンは Bcl-xLとBaxとの結合を阻害しなかったことから,イ ンセドニンの標的分子の同定を試みた.まずインセドニ ンのBiotin標識体を合成し,インセドニンに結合するタ ンパク質をLC-MS/MSを用いて解析したところ,53個 の標的タンパク質が特定された.そのうち,がん細胞の 生存に関与する報告のあるタンパク質をノックダウンも しくは阻害剤を用いて解析したところ,Bcl-2/Bcl-xLの 機能を阻害するようなものはなかった.つづいてわれわ れは,慶應義塾大学の榊原が開発したCOPICATを用い た スクリーニングにより、インセドニンの標的 分子を予測した.その結果,182個の標的タンパク質が 予測され,そのうち pull down assayにより3 個のタンパク質 (PIK3CG, ACACA, PARP1) の結合を 確認することができた(20).ここで,ACACAとはアセ チルCoAからマロニルCoAへのATP依存的なカルボキ シル化を触媒し,長鎖脂肪酸を合成する酵素である.が ん細胞の増殖や生存は脂肪酸合成に依存的であり,
ACACAはさまざまながんにおいて高発現されている.
そこで,ACACAのknockdown実験から,インセドニ ンはACACAを標的にしている可能性が示唆された.
おわりに
天然物ケミカルバイオロジーの世界中の成果を掲載し ている学術論文誌の一つに,「Journal of Antibiotics」
という論文誌がある.本論文誌では,天然物から有用な 生理活性物質を単離した例から,天然化合物の合成や生 合成など,さまざまな天然物関連の成果が報告されてい る.筆者は,2010年から2013年までの4カ年中に掲載 され,特に「天然物から生理活性物質を単離精製した」
という報告がある論文に焦点を当て,近年の動向を調査 した.4カ年中で掲載されたこのような論文は約230報 ほどあり,その約46%は日本の研究機関により報告さ れたものであった.次いで,中国 (21%), ドイツ (11%), アメリカ合衆国 (7%), 韓国 (7%), その他という結果で あった.また,各年度における国別投稿率も大きく変化 はなかった.このように,伝統的かつ盛んに天然物研究 に取り組んできた日本は,天然物ケミカルバイオロジー 研究を推進している国と言える.その一方で,その単離 精製から構造解析までには多大な時間を要することが問 題であることから,国内の大手製薬会社までもが天然物 を用いた創薬研究から撤退している.しかし,近年の生 命科学の発展は目覚ましいものがあり,天然物ケミカル バイオロジーもその発展を担う一つの研究分野として,
また創薬研究分野として,その重要性が再認識されると きが来るはずである.
謝辞:本稿で紹介したわれわれの研究は慶應義塾大学理工学部の榊原康 文教授,慶應義塾大学先端生命科学研究所の曽我朋義教授,理化学研究 所の長田裕之博士,産業技術総合研究所の新家一男博士,微生物化学研 究所の高橋良和博士,五十嵐雅之博士との共同研究で行った結果をまと めたものです.また研究に貢献してくれた二村友史博士,河村達郎博士,
笹澤有紀子博士にこの場を借りて感謝の意を表します.
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Ito, M. Yoshida, S. Iemura, K. Shin-Ya, T. Doi, T. Taka-
hashi : , 12, 2 (2012).
プロフィル
齋 藤 駿(Shun SAITO)
<略歴>2012年慶應義塾大学理工学部生 命情報学科卒業/2014年同大学大学院理 工学研究科基礎理工学専攻前期博士課程卒 業/同年同大学大学院理工学研究科基礎理 工学専攻後期博士課程入学<研究テーマと 抱負>現在私は,本文中にも登場した前立 腺がん治療薬「ARアンタゴニスト」の探 索と薬理活性評価を行っております.また 私は,「天然物ケミカルバイオロジー研究」
に非常に興味をもっております.よって,
天然由来のARアンタゴニスト候補化合物 を新薬のシード化合物へと導き,ハラヴェ ンに続く天然物創薬の実現を目指していま す<趣味>音楽鑑賞,ショッピング(服と 雑貨),グルメ
田 代 悦(Etsu TASHIRO)
<略歴>1995年慶應義塾大学理工学部応 用化学学科卒業/1997年同大学大学院理 工学研究科修士課程修了/1997 〜 1999年 日本ベーリンガーインゲルハイム(株)(研 究所員)/2002年慶應義塾大学大学院理工 学研究科博士課程修了/2002 〜 2003年理 化学研究所吉田化学遺伝学研究室ポスドク 研究員/2003年より慶應義塾大学理工学 部生命情報学科助手/2008年より同専任 講師<研究テーマと抱負>EMTやゴルジ 体異常などに着目した新しいコンセプトを もった疾患治療薬の開発を目指している
<趣味>フィッシング,音楽鑑賞 井本 正哉(Masaya IMOTO)
<略歴>1978年山口大学農学部農芸化学 科卒業/1980年山口大学大学院農学研究 科修士課程修了後,キリンビール株式会 社.1989年慶應義塾大学理工学部応用化 学科助手,専任講師,助教授を経て,2002 年より現職に至る.この間,1988年に東 京大学より農学博士を取得<研究テーマと 抱負>研究テーマ:疾患にかかわる細胞応 答を修飾する天然化合物のケミカルバイオ ロジー研究,抱負:「宝探し」と「謎解き」
の天然物ケミカルバイオロジーを堪能した い<趣味>読書(推理小説),音楽鑑賞,
お酒