【解説】
生理活性天然物の標的タンパク質を いかに捕まえるか?
上田 実,源冶尚久
これまで生理活性天然物リガンドを「鍵」に例えると,その 特異的結合タンパク質は「錠」の関係にあり,一つの天然物
は1本の鍵であるとイメージされてきた.しかし近年のケミ
カルバイオロジー分野の研究の進展により,天然物リガンド は1本 の 鍵 と い う よ り も「鍵 束(も し く は マ ス タ ー キ ー)」
であり,複数の「錠」に作用するということがわかってきた
(multiligandability).このような背景のなかで,最近の天然 物リガンドの標的タンパク質同定はどのようなアプローチを 試みているか,また同定後の展開についても解説したい.
天然物化学はこれまで複雑な構造・強力な生理活性を もつ化合物を無数に提供してきた.それらの構造決定・
化学合成は 幸運な発見 にも後押しされて,新しい化 学的概念を次々と提供し(1〜8),有機化学の発展に多大な 貢献をしてきた.このような試みは1980年代にクライ マックスを迎え,以降は残念ながらそれまでと同等の生 産性があるとは言えなくなっている.現在でも天然物の 単離や全合成は盛んに行われているが,以前のように化 学の領域に 新しいコンセプト を提供しているとは言 い難い.このような背景のなかで近年,天然物リガンド
の作用機序解明を含む標的タンパク質同定に重点を置い た研究が多数報告されるようになった.この流れは天然 物化学における 構造から生理活性へ という重大なパ ラダイムシフトと言えるのではないだろうか.本稿では 最初に標的タンパク質探索を難しくしているリガンドの 性質について,次に最近の天然物リガンドの標的タンパ ク質探索法に関する研究例,最後に標的タンパク質を同 定した後の展開を紹介する.
“鍵束”:天然物リガンドのmultiligandability 低分子化合物の標的タンパク質同定の報告例はすでに 数多くあるが(9〜13),今なお天然物リガンドの標的探索 は非常に骨のおれる仕事であり続けている.この一因は 天然物リガンドがもつ リガンドとしての複雑さ にあ る.これまで生理活性天然物を 鍵 に例えると,その 標的タンパク質は 錠 の関係にあり,一つの天然物は 1本の鍵であるとイメージされてきた.しかし最近の研 究の進展により,単純に1本の鍵というよりも 複数の 錠 に作用する 鍵束(もしくはマスターキー) と考 えたほうがより適当であることが明らかになってきた How to Identify Target Proteins of Naturally Occurring Ligands
Minoru UEDA, Takahisa GENJI, 東北大学大学院理学研究科
(図1).私たちはこれを “multiligandability” と呼んでい る.天然物リガンドを使った生物学研究において一見す ると不可解な結果がでることは珍しくないが,この一因 は天然物リガンドが1種類ではなく多種類のタンパク質 を標的にするため,つまりmultiligandabilityによるも のと考えられる.この性質により 試験で観察さ れる生理活性は複数の標的タンパク質との相互作用によ る 総計 となり(14, 15),そのアウトプットは非常に複 雑化したものとなる.しかしながら生理活性天然物を用 いた生理学的研究結果の正しい解釈のためにも,これら 複数の標的タンパク質を正確に同定することが強く望ま れている.
標的タンパク質探索法を説明する前に本稿で使う2つ の単語の定義を行いたい.「リガンド結合タンパク質」
はリガンドが結合するタンパク質であるが,その結合が 注目する生理活性を引き起こすかは考慮していない.
「標的タンパク質」はリガンドが結合することで注目す る生理活性を引き起こす原因となるタンパク質である.
注目する生理活性一つにつき標的タンパク質は一つであ るが,リガンド結合タンパク質は標的タンパク質を含め て複数種ある.
標的タンパク質探索法
天然物リガンドのもつmultiligandabilityの存在が明 らかになった現在,標的タンパク質探索に求められてい るものは,リガンド結合タンパク質検出時の / 比の さらなる向上とリガンド結合タンパク質のなかから標的 タンパク質を見つけ出すための検証実験の2点に集約さ れる.標的タンパク質探索法ですでに実績がある手法と してアフィニティークロマトグラフィー法,分子プロー ブ法が挙げられる.さらに最近では酵母3ハイブリッド
法やデータベースを活用した手法などが報告されてい る.これらについて最近報告されたなかから,いくつか 有望と思われる手法を紹介したい.
低分子リガンドの標的探索においてアフィニティーク ロマトグラフィー法は最もよく利用される手法である.
そのなかでFGビーズ法と光親和性型固定化ビーズ法 は,それぞれがユニークな特徴をもって既存の手法の問 題点を克服している.
半田らによって開発されたFGビーズ法(16, 17) は現在,
低分子薬の標的同定において最もよく利用される手法の 一つである(図2A).FGビーズの特徴として,ビーズ の高い均一性(直径が140 nmから200 nm),高いリガ ンド固定化率,生体内分子の非特異的吸着が非常に低く 抑えられる点,などが挙げられる.アフィニティークロ マトグラフィー法は非特異的吸着が疑陽性となることが 多いことから,これらの特徴は大きな利点となってい る.このFGビーズテクノロジーの最も有名な成功例の 一つに鎮静剤・鎮痛剤の一つであるサリドマイドの,副 作用催奇形性に関連する標的タンパク質同定が挙げられ る.サリドマイドを固定化したFGビーズを用いたア フィニティー精製により,E3ユビキチンリガーゼ構成 タンパク質の一つセレブロンが結合タンパク質として同 定された.サリドマイドはセレブロンに直接結合し,そ の働きを阻害することで四肢成長を阻害する(18).本来 催眠剤として使用されるサリドマイドが,セレブロンと も結合することがサリドマイド禍の原因である.鍵束の 性質をもつ生理活性リガンドにおいて,束のなかの1本 の鍵と錠の関係が実験的に示された好例と言える.
長田,叶らによって開発された光親和性型固定化ビー
ズ法(19, 20) (図2B)も天然物リガンドの標的タンパク質
探索に広く用いられている手法の一つである(21).低分 子リガンドをビーズに固定化する場合,当然ながらリガ ンドは固定化された状態でも標的タンパク質に結合でき なければならない.そのため事前にリガンドの構造活性 相関研究を行い,どの官能基が生理活性発現に無関係か を調べ,その官能基を固定化の足がかりとする.構造活 性相関研究には多大な時間を要するが,アフィニティー ビーズを調製するうえで欠かすことができないプロセス である.一方,紫外線照射でカルベンを発生するトリフ ルオロメチルジアジリンが結合した光親和性型固定化 ビーズは,低分子リガンドを官能基非選択的に固定化す ることができる.そのため事前の構造活性相関研究を必 要とせず,この点がほかの手法と比べて大きな利点と なっている.その特性から特にスループットが要求され る分野で活躍している.また理論上低分子リガンドがあ 図1■“鍵束”:天然物リガンドの multiligandability
らゆる方向性をもってビーズに固定化されており,鍵束 に含まれるすべての鍵に対応する標的タンパク質を捕ま えることが可能である.
アフィニティークロマトグラフィー法と同じようによ く使われる手法が分子プローブ法である.分子プローブ 法ではリガンド結合タンパク質を捕捉・検出する機能性 ユニット構造で修飾した天然物リガンドが使われる.こ の機能性ユニットは基本的に天然物リガンドと結合タン パク質間を架橋するための反応性基,架橋後の検出や分 離精製のためのタグ,それらと天然物リガンド間を結ぶ リンカーからなる.多くの場合,反応性基としてジアジ リンやベンゾフェノンなどの光親和性基が,タグとして ビオチンや抗原性ペプチドが,リンカーとしてオリゴペ プチドやポリエチレングリコールが用いられる.現在で は分子プローブ法は低分子の標的タンパク質探索におけ る常套手段と言える手法であるが,それでも標的タンパ ク質が特定できないことは珍しくない.その理由として 機能性ユニット部分の付加によって引き起こされる標的 タンパク質への結合親和性の低下と,標的タンパク質以
外のタンパク質への非特異的吸着の増加が挙げられる.
天然物リガンドを用いた競争阻害実験は特異的結合を検 出する際のネガティブコントロールとして不十分であ り,より適切な実験をデザインする必要がある.たとえ ばエナンチオマー(22) やエピマー(23) などの非活性型天 然物リガンド(図3)から調製した分子プローブを利用 したネガティブコントロール実験では,リガンド結合タ ンパク質の検出で明快な結果が得られた.しかし非特異 的吸着由来の問題への対処にはこれらのアプローチでも まだ十分とは言えず,さらに信頼性・汎用性の高い手法 の開発が望まれる.釣り竿法(図2C)とコンパクト分 子プローブ法(図2D)は,上記の分子プローブ法に必 ず付随する問題点を克服する目的で開発された.
上杉らによって開発された釣り竿法(24) は,分子プ ローブの三次元構造に着目することで問題解決を図って いる.光親和性プローブとリガンド間を剛直なポリプロ リンリンカーで連結することで,標的タンパク質への結 合親和性の維持,さらに / 比(特異的結合タンパク 質の検出強度/非特異的吸着由来の検出強度)の向上に
(A)
(B)
(D)
(E)
(C)
図2■低分子の標的タンパク質探索法
A) FGビーズ法,B) 光親和性型固定化ビーズ法,C) 釣り竿法,D) コンパクト分子プローブ法,E) SNAPタグを導入した酵母3ハイブ リッド法.
成功した.この釣り竿法により,シクロオキシゲナーゼ を阻害することが知られている抗炎症薬インドメタシン がGLO-1にも結合し,これが副作用の原因であること を明らかにした(24).
上田らによって開発されたコンパクト分子プローブ 法(25) のコンセプトは,天然物リガンドは機能性プロー ブを付加すると必ず標的タンパク質に対する結合親和性 が低下する,という考えを出発点にしている.そこで標 的タンパク質捕捉時の機能性プローブ部分を可能な限り 簡略化するために,CuAAC反応(26, 27) を利用しFLAG エピトープを分子プローブとタンパク質の架橋後に導入 した.これにより標的タンパク質以外のタンパク質に由 来するシグナルが全く検出されない 完璧な 結果が,
イソレスペデジン酸(25) とジャスモン酸配糖体で示され た.また細谷らがダブルクリック反応を用いた同様のコ ンセプトを提示している(28, 29).
非特異的吸着を減らす方向だけでなく,分子プローブ と標的タンパク質間を架橋する効率の向上にも多くの研 究者が取り組んでいる.トリフルオロメチルジアジリン やベンゾフェノンは光親和性標識分子として広く利用さ れているが,これらの架橋効率は多くの場合数%程度 である.従来からタンパク質修飾に用いられてきた求電 子的な官能基(ヨードアセチル,エポキシド,
α
,β
-不飽 和ケトン)の効率はそれより高い場合が多いため(30), これらは再び注目を集め始めている.また天然物リガン ドへの展開は未検討であるものの,最近では浜地らに よってタンパク質修飾におけるトシル化学の利点が示さ れた(31).Liuらによって開発された酵母3ハイブリッドシステ ム (Y3H)(32) はJohonssonらによるSNAPタグ法を用い る改良によって,標的タンパク質探索法としての有用性 が向上した(33) (図2E).彼らはDNA結合タンパク質
(DBD) であるLexAまたはGal4とSNAPタグを融合タ
ンパク質として準備した.このSNAPタグ-DBD融合タ ンパク質には 6-ベンジルグアニン誘導体を用いること で低分子を容易に導入することができる.これに転写活 性化ドメインと融合させた任意のタンパク質を供するこ とで,リガンドと任意のタンパク質の結合を,レポー ター遺伝子の発現によって確認できる.ただ残念なこと にこの手法は対象が細胞質タンパク質に限られる(34).
ゲノムリソースデータベースを利用した探索法はこれ まで述べた標的タンパク質探索法と全く異なるアプロー チをとる.この手法は細胞に低分子を供したときの応答 を,DNAマイクロアレイ,プロテオーム,トランスク リプトーム,ローカライゾーム,がん細胞株薬剤感受 性,酵母ハプロ不全株を用いたケミカルゲノミクス,出 芽酵母 ORF (open reading frame) ライブラリー,ゼブ ラフィッシュの行動的表現型などさまざまなデータベー スと照らし合わせることで標的タンパク質を絞り込んで いく.ローカライゾーム法は,標的生細胞内の天然物リ ガンドの局在は標的タンパク質の局在と一致するという 考えに基づく.この手法は天然物リガンドの局在性を調 べるために蛍光標識化された天然物リガンドを利用す る.一方,蛍光団の付加によってリガンドの分子量が増 大し脂溶性や電荷が変化するため,これが元の局在性を 正確に反映しない可能性が指摘されている.そこで袖岡 らは可能な限り天然物リガンドの物性を変えずに生細胞 内局在を検出するために,アルキンタグを用いたラマン イメージングによるリガンドの局在イメージングを開発 した(35).電荷をもたず分子量の小さなタグを利用する アイデアは,天然物リガンドの標的タンパク質探索のた めのローカライゾーム解析において大いに活躍するので はないか.
遺伝子組換生物を用いたフォワードジェネティクスか らのアプローチもこの分野に含まれる(36, 37).この手法 はデータベースを利用した探索法のなかで特に成功して 図3■ デ ィ フ ァ レ ン シ ャ ルSDS- PAGE解析
ネガティブコントロールとしてエナ ンチオマーやジアステレオマー(エ ピマー)から調製した分子プローブ を使用することで,標的タンパク質
(緑)と非特異的吸着に由来するタン パク質(黒)が容易に判別できる.
おり,また今後の成果も期待できる手法の一つである.
しかしながら遺伝子組換体やゲノム研究の蓄積(データ ベース)が必要であるため,研究対象となりうる生物が かなり限定される.代表的な成功例として,シロイヌナ ズナを用いた植物ホルモンに関する研究が挙げられ る(37).
ここで紹介したすべての手法において,①疑陽性の原 因となるタンパク質への非特異的吸着を減少させるこ と,②天然物リガンドと標的タンパク質の結合親和性を 低下させないこと,がその手法の信頼性を高めるうえで 重要なテーマとなっている.とりわけ標的タンパク質と の結合親和性が弱〜中程度の天然物リガンドを用いる場 合,または実験試料中に含まれる標的タンパク質量が極 端に少ない場合(残念ながら内在性天然物リガンドの標 的探索の多くがこの両方に該当する),これらのテーマ が標的タンパク質同定の成否のうえで決定的な要因とな る.
標的タンパク質探索において検出と同じくらい重要 で,かつ克服することが難しいと思われる問題が,検出 したリガンド結合タンパク質が,対象とする生理活性発 現における標的タンパク質であるかどうかの検証(バリ デーション)である.しばしば非特異的吸着由来のタン パク質が疑陽性となり,またその天然物リガンドが鍵束 の性質を有する可能性も考えられるなかで,この検証は 極めて重要である.残念ながら現在までのところ汎用性 のある手法は存在しない.
遺伝子組換えが可能な生物に限れば,対象遺伝子の ノックアウトやノックダウンといったリバースゲノミク ス的手法は,リガンド結合タンパク質の生理学的な役割
を検証する強力な手段となりうる.しかしこれらの手法 では,対象タンパク質があるシグナル伝達経路に乗って いることは確認できるが,受容体そのものであることを 証明できないため,対象タンパク質との物理的結合実験 によるサポートが不可欠である.また近年,RNAi実験 におけるオフターゲット効果が大きな問題となってお り,これら手法も完璧な信頼性をもつ手法とは言い難 い.
一方で遺伝子操作を行うことができない生物が研究対 象である場合,リガンド結合タンパク質が標的タンパク 質であることの証明はかなり難しいものになる.そのな かで,標的候補タンパク質の局在性は重要な手がかりと なりうる.たとえばカイコ の雌の性フェ ロモンであるボンビコールの場合,雄の触覚に特異的な 遺伝子発現の情報が標的同定における突破口となっ た(38, 39).ボ ン ビ コ ー ル は ボ ン ビ コ ー ル レ セ プ タ ー
(Bombix mori Orfactory Recetor-1 ; BmOR-1) とボンビ コールコレセプター (Bombix mori Orfactory Corecep- tor-1 ; BmOrco) のヘテロ二量体化を引き起こし,この 二量体は陽イオンチャネルとして機能する(39).また最 近アゲハチョウの味覚受容体が特定されたが,これも味 覚がある雌の足に特異的に発現している遺伝子からた どった結果である(40).また遺伝子操作を行うことなく 特定のタンパク質をノックダウンさせる方法として,
Crewsら に よ っ て 開 発 さ れ た PROTAC (proteolysis targeting chimeras)(41〜44) や橋本らのプロテインノック ダウン法(45) などがある(図4).PROTACプローブは 標的タンパク質にE3リガーゼが接近するように設計さ れている(図4A).これにより標的タンパク質がユビキ
図4■(A) PROTAC法,(B) タン パク質光分解法.Ub :ユビキチン
(A)
(B)
チン化され,プロテアソームによる分解を受ける.戸嶋 らはフェニルキノリンなどのクロモフォアをリガンドに 結合させ,これを光照射によって活性化してタンパク質 を切断することで,リガンド結合タンパク質をノックダ ウンする方法を開発した(46〜50) (図4B).これらの化学 的手法はリバースゲノミクス的手法が適応できない系 で,その埋め合わせを可能にするかもしれない.
標的タンパク質を捕まえた後の展開(51)
天然物リガンドの標的タンパク質探索は,標的同定の 完了が研究の完了ではない.天然物リガンド(ケミスト リー)の標的タンパク質探索が生命の仕組みの一部の解 明(バイオロジー)につながり,さらにその結果を反映 させて 鍵束の分解 :リガンド簡略化体の創製(ケミ ストリー)につながる.
1. 標的タンパク質同定からケミカルバイオロジーへ Multiligandabilityをもつ天然物リガンドのなかでも 特にホルモンのような内在性天然物リガンドは,鍵束か ら1本の鍵を選び出すことでその時々の状況に合わせた 応答を引き起こしている.この 鍵の選別 のメカニズ ムはまだよくわかっていない.もちろん標的タンパク質 側でも調節をしているだろうが,リガンド側でもおそら くリン酸化,酸化,アルキル化,糖化,などにより標的 となるタンパク質がダイナミックに変わることで生理活 性の劇的な変化を引き起こしているのであろう.あるい は特定の輸送体による天然物リガンドの細胞膜外排出が
リガンドの局在性を細胞内から細胞外へと変化させ,標 的タンパク質を調節しているのであろう.一例を最近の 私たちの研究から紹介したい.
これまで代謝物の配糖化は貯蔵や廃棄のために存在す る誘導化であると考えられてきた.しかしある種の内因 性天然物リガンドにおいて,その配糖体は元のリガンド と異なる生物活性を有している例が発見された.オキシ リピン経路由来の植物ホルモンであるジャスモン酸は細 胞内でCOI1-JAZタンパク質複合体形成を誘導すること が知られている(52〜54).複合体形成によってリプレッ サーであるJAZが分解を受けることにより,複数の遺 伝子の発現を誘導し,ジャスモン酸応答として知られる さまざまな生物活性が発現する.一方,ジャスモン酸は 配糖体化によりCOI1-JAZへの結合能を失い,新たに MTJGと名づけた細胞膜標的に結合することが明らかに なった(55) (図5).ジャスモン酸配糖体のMTJGへの結 合はカリウムチャネル活性化を介した細胞収縮を誘導 し,この収縮がアメリカネムノキの葉の折り畳みの駆動 力となる.このように天然物リガンドの生理活性が,配 糖体化によりあたかも「スイッチを切り替えるように」
一変する新規メカニズムを “ ” と 名づけた.このように天然物リガンドの標的タンパク質 探索は,予期せず生命活動を制御する新しい化学的コン セプトの発見につながることがある.
2. ケミカルバイオロジーからケミカルバイオロジーケ ミストリーへ
近年,天然物リガンドの部分構造や官能基をトリミン
図5■ジャスモン酸 (JA) からジャ スモン酸グルコシド (JAG) への
“ ”
グすることで簡略化し,なおかつ生理活性を保持させる という試みが数多く行われている(56, 57).このような簡 略化は単に合成による量的供給を現実的なものにするだ けではない.Multiligandabilityの観点から見ると鍵束 から不要な鍵を外すことで結合タンパク質の種類を減ら し, での挙動を単純化することになる.これは 天然物リガンドを薬剤候補としてみた場合は副作用の低 減につながり,生理学研究用試薬としてみた場合は
と の結果の整合性が増した 簡明な リガ ンドの開発につながる.このようなアプローチにおい て,標的タンパク質が既知であることが非常に良いガイ ドラインになることは言うまでもない.近年で最も輝か しい成功例は,抗腫瘍活性をもつ海産天然物ハリコンド リンB(58) 誘導簡略化体であるエリブリン(ハラヴェ ン )(59〜61) だ ろ う.ま た ブ リ オ ス タ チ ン を 用 い た Wenderらの研究(62〜65) も非常に良い成功例といえる.
このような成功例が出たことで,これからしばらくこの アプローチによる成果報告が多数続くのではないか.
おわりに
「いかに標的タンパク質を捕まえるか?」というテー マで執筆させていただき,問題点と最近のアプローチを 紹介した.最後に強調しておきたいことは「いかに捕ま えるか」はあくまで手段であり,真の目的は結果がもた らす新しい化学的コンセプトの発見と生命機構の解明で あり,その結果に基づく化学的制御である.私たちは標 的タンパク質探索の過程・結果から,現在の科学的常識 を超える生命の仕組みにかかわる概念を発見できること を期待している.
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プロフィル
上 田 実(Minoru UEDA) <略歴> 1994年名古屋大学大学院農学研究科博士
(後期)課程修了/1994年慶應義塾大学理 工学部化学科助手,専任講師,助教授を経 て,2004年より東北大学大学院理学研究 科教授<研究テーマと抱負>天然物ケミカ ルバイオロジー,特に内因性生理活性脂質 配糖体分子の探索と作用機構,生物現象を 制御する天然物リガンド全般<趣味>ねこ 全般,メモ的に撮る素人写真,有酸素運 動,読書(ミステリ中心)
源冶 尚久(Takahisa GENJI) <略歴>
2008年東京大学理学系研究科化学専攻博 士課程単位取得退学/2008 〜 2010年愛媛 大学無細胞生命科学工学研究センター研究 支援者/2011年博士(理学)取得/2012 年東北大学大学院理学研究科化学専攻研究 支援者<研究テーマと抱負>内因性生理活 性物質の標的タンパク質探索<趣味>フッ トサル