【解説】
オプトジェネティックス(Optogenetics;光遺伝学)は,遺 伝学的,光学的方法を組み合わせて生体組織の特異的細胞種 における機能獲得,機能欠損を達成するものである(1).2005 年にチャネルロドプシン-2の青色光照射による神経細胞活動 の 高 速 制 御 が 発 表 さ れ て 以 来(2),神 経 科 学 の 分 野 で 爆 発 的 な進展と応用が始まっている.発現量の安定性など改良すべ き 点 も ま だ あ る が,神 経 科 学 も 分 子 生 物 学 に お け る 遺 伝 子 ノックアウト法,強制発現法のような明快な因果関係を捉え ることが可能なツールを手に入れ,新しい局面に入ったこと は間違いない.ここでは,その歴史も含め,現在の進展状況 とこれまでの応用例について概説する.
チャネルロドプシン以前
「神経細胞の活動を光を使って自由自在に制御する」
ことは神経科学者の大きな夢のひとつであった.18世 紀末にガルバーニが電気刺激による筋肉収縮の誘発を観 察して以来,神経細胞活動の人工的誘発は電気刺激によ るものが主流を占めていたが,これは必然的に物理的侵 襲を伴うこと,また電極付近の細胞や軸索を均一に刺激
してしまうため,ある特異的細胞だけを刺激することは 不可能である.それに対し,光はミラーの走査などに よって,生体外で光照射部位を制御でき,長い波長にな るほど深部到達性が高くなり侵襲性も抑えられる.ま た,光の波長領域は広いため,多色制御も可能である.
しかし,視細胞以外の神経細胞は光だけでは反応しない ため,光活性化分子を神経細胞に導入または神経細胞外 液に導入する必要がある.そこで,ケージドグルタミン 酸というグルタミン酸にケージ基が結合した合成小分子 化合物を光照射することでグルタミン酸を瞬時に投与 し,神経細胞膜上のグルタミン酸受容体を活性化させ陽 イオンを細胞内に流入させることで神経細胞に活動電位 を誘発する,という方法が1993年に報告された.この 方法は,侵襲性が低く刺激部位を光走査することができ るため,刺激部位ごとの神経細胞群を刺激するのには有 効であるが,グルタミン酸受容体を発現する神経細胞を 等しく刺激してしまい,特異的に特定の細胞だけを刺激 することは難しい.
2002年にMiesenbockらは,ショウジョウバエのロド プシンとその下流のGタンパク質の
α
サブユニット,レチナールの再生産に必要なアレスチンを同時にラット
オプトジェネティックスの最前線
松崎政紀
The Front Line of Optogenetics
Masanori MATSUZAKI, 基礎生物学研究所
海馬神経細胞に発現させた(3)
.ロドプシンは7回膜貫通
ドメインをもち,遺伝子によってコードされるオプシン と発色団のレチナールが結合したものから成っている(以下,本稿では簡略のためオプシンタンパク質もロド プシンと総称することにする)
.ロドプシンに結合した
レチナールは光を吸収すると11- 型からall- 型へ 構造変化を起こし,これがタンパク質の構造変化をひき 起こし,その結果,Gタンパク質を活性化して細胞内セ カンドメッセンジャー量を増加または減少させ,その標 的であるイオンチャネルの開閉を制御する.これらを導 入した神経細胞において光照射によって活動電位が誘発 できることが示された.しかし,その誘導には光照射か ら数秒以上の時間かかり,また反応を止めるにもそれ以 上の時間がかかるという欠点があった.また,3つの遺 伝子を導入しなくてはいけない.そこで,より速く反応 を得るため,Miesenbockは標的の神経細胞で発現して いないリガンド結合型イオンチャネルを細胞に導入し,実験時にこのリガンドに対するケージド小分子を脳内に 注入して光照射する,という方法を編み出した(3)
.しか
し,これは実験中での小分子投与が必要であり,開拓的 でチャレンジングな方法であるものの,汎用性としては低いと言わざるを得ない.
チャネルロドプシンの登場
チャネルロドプシン (ChR) は,日本のかずさDNA 研究所によって決定された緑藻クラミドモナスのcDNA 配列データベースを用いて,2002, 2003年にドイツ,ア メリカ,日本の3グループが独立に古細菌型ロドプシン として発表した(4〜6)
.しかし,これを細胞に発現させて
光照射すると細胞内外にH+が透過することを示したの はドイツのグループだけであった.そして2003年に,同じドイツのグループが,2つのChRのうち,チャネル ロドプシン-2 (ChR2) が青色光照射によって直接的に Na+, K+などの陽イオンを透過させるチャネルであると 報告した(7) (図
1
-A).ドイツのグループによって命名
されたチャネルロドプシンはその名の妙もあり,現在で は広くこの名称が使われている.ChR2は7回膜貫通ドメインをもつ膜タンパク質で,
発色団としてレチナールを用いている.レチナールは ChR2タンパク質の7番目のへリックスに保存されてい るリジン残基とシッフ塩基を形成して共有結合してい
図1■ChR2, HR, BR
表中の数字は報告された西暦を表わ す.
る.レチナールに青色の光子が吸収されると,レチナー ルの構造がall- 型から13- 型に変化し(図1-B)
,
それがタンパク質の構造変化をひき起こし,陽イオンが 透過する.この構造変化は古細菌型ロドプシンに共通す る.その後,ChR2は不活性化状態に移行し,レチナー ルは再びall- 型に変換し静止状態に戻る.脊椎動物 ロドプシンでは,光吸収したレチナールは一度タンパク 質から解離した後,再結合するのに対し,ChR2はこの プロセスがないため,レチナールが存在すれば単体とし て機能し続ける,という驚くべき分子であることが判明 した.ChR2の3次元結晶解析はまだ報告されておらず,そ の構造変化の詳細は不明であるが,ChR2はもうひとつ のChRであるChR1と同様に光駆動H+ポンプであり,
H+の受け渡しをする領域に陽イオンが漏流するポア構 造をもち,H+が排出された後の活性化状態において陽 イオンが透過する,と現在は考えられている(8)
.そのコ
ンダクタンスは40 〜 150 fS(フェムトシーメンス)と 推定されており,リガンド型イオンチャネルや膜電位依 存性チャネルに比べて数百分の1から数十分の1程度と 非常に小さい.しかし,大量のChR2を神経細胞膜に発 現させて光を照射すれば,電気化学勾配によって主に細 胞外のNa+が過分極状態の細胞内に流入することで細 胞を脱分極させ,その流入が十分多いときには活動電位 を誘発することが可能となる.2005年になって,ChR2 の哺乳動物,線虫の神経細胞への発現と,その神経活動 の光誘発が発表された(2, 9).その活性化の時間は約1ミ
リ秒,光照射を止めてからChR2の活性が消えるまで10〜 20ミリ秒と非常に速く,約10 〜 20 Hzでの神経活動 を光誘導できることが判明した.なお,ChR自体はク ラミドモナスの走光性に関与すると考えられている(10)
.
チャネルロドプシン-2の改変
ChR2は古細菌型ロドプシンの1種であるが,古細菌 型ロドプシンの光学特性についてはこれまでの長い分光 学の研究によって知見が蓄えられており,レチナールの 光反応サイクルに関わる環境は,それを取り囲むアミノ 酸電荷によって決定されることがよく理解されていた.
そのため,ChR2の改変には,点変異をランダムに導入 するのではなく,レチナールを取り囲むアミノ酸残基の 電荷に狙いをつけた点変異法が有効に行なわれている
(表
1
)(11, 12).
活動電位を誘発させるのに最も重要な因子は応答電流 の大きさであるため,まず134番目のHisをArgに変え たH134Rにおいて定常状態の電流応答が約2倍大きくな ることが報告された(9)
.これはチャネルの閉口時定数が
遅くなったことによる.神経細胞に特徴的な高い周波数 での活動 (〜100 Hz) を誘発するには,100 Hzの活動の 場合,活動電位間の10ミリ秒の間は脱分極しないよう にChR2が非活性化する必要がある.そこで,非活性化 時定数が4ミリ秒の123番目のGluをThrに変えた変異 体ChETAでは200HzまでChR2の反応は追随する(13).
ChR1とChR2のキメラタンパク質 (ChIEF, ChRGR) も 繰り返し安定して細胞発火できる(12, 14).一方で,開口
状態がより安定になると一度の光パルスで長期間電流を表1■各種ChR2, eNpHR3.0, Archのチャネル特性 最大吸収波長
(nm) 開口時定数*
(ms) 閉口時定数 stat# 特性 ChR2 〜470 〜1 〜10 ms 1
ChR2 (H134R) 〜470 〜2 〜18 ms 〜1.5
ChETA 〜470 〜1 〜4 ms 〜0.9 E123の変異体 CatCh 〜474 〜1 〜16 ms 〜3 L132C ChIEF 〜450 〜2 〜10 ms 〜3 キメラ ChRGR 〜500 〜1 〜4 ms 〜1.5 〜4 キメラ
C128A 〜470 〜6 〜52 sec 〜0.3 ステップ機能型,
560 nmで戻る C128S 〜470 〜30 〜1.7 min 〜0.3 ステップ機能型,
560 nmで戻る D156A 〜470 〜3 〜6.9 min 〜1 ステップ機能型,
590 nmで戻る VChR1 〜545 〜3 〜130 ms <1
eNpHR3.0 〜590 〜1 〜4 ms Arch 〜570 〜2 〜9 ms
文献11, 12, 14, 17から作成.*開口時定数は光照射強度に依存するため実験条件によって異 なることに注意.#定常状態での電流の大きさのChR2を1としたときの相対値
流すことも可能で,C128S,C128AやD156Aの変異体 では一度光を照射すると,数分の間,定常電流を流すこ とができる(15, 16)
.さらに,これらの変異体では黄色の
光を照射すると数十ミリ秒以内に閉口する.したがっ て,2色の光パルスを使って任意の時間で開閉を制御す ることが可能であり,ステップ機能型と呼ばれている.また,別の点変異であるCatChは野生型ChR2に比べカ ルシウムイオンを6倍流入させられることから,細胞内 カルシウム濃度の光制御に使用できることが期待されて いる(17)
.また他の種からChR2の類似体のスクリーニン
グが行なわれ,2006年に緑藻ボルボックスからVChR1 が発見された(18).これは,ChR2と異なり,黄色の光吸
収によって陽イオンを通過させる.電流応答が小さく実 用度がまだ低いが,これとChR1とのキメラを作製する ことで,現在その性能は良くなりつつある(11).
これらの歴史は,GFPにおける,eGFP, YFP, Venus などへの改変,そしてDsRed, Dendra2などの他種から の類似体の発見,という歴史とよく似ており,数年後に は全可視領域で活性化する改変体や別種からの類似体が 揃ってくることが期待される.一方で,GFPの事始め が下村脩博士による大量のクラゲからのタンパク質抽出 であったのに対し,ChR2はDNA配列データベース検 索から始まっていることは,現代生物学の技術進歩を顕 著に示しているようで面白い.
ハロロドプシン,バクテリオロドプシンの神経細胞 への応用
一度このような光駆動イオン透過型膜タンパク質の神 経細胞への応用の実現性が示されると,常識は簡単に覆 る.すなわち,古細菌型ロドプシンの代表であるハロロ ドプシン (HR) とバクテリオロドプシン (BR) の神経 細胞への応用である.HRはCl−を細胞内に取り込む光 駆動Cl−ポンプであり,BRは光子を受容すると,H+を
細胞外に排出する光駆動H+ポンプである(図1-A)
.し
たがって,ChR2とは電流の向きが逆であり,細胞膜電 位を過分極できることになる.ロドプシンのようなGタ ンパク質共役型光受容体と異なり,HR,BRはそのまま イオンを透過させるタンパク質であるので応答速度は速 い.しかし,光駆動ポンプでは1回の光サイクルで移動 するイオン分子は1個であり,1分子としての効率は非 常に悪いといえる.したがって,これを神経細胞に強制 発現させても,膜電位を変化させることはほぼ不可能で あろうと思うのが常識である(もしくは誰か試していた かもしれないが,必ず成功するという信念がなく頓挫し ていたのかもしれない).しかし,大量のタンパク質を
発現させれば,少しは膜電位を変化させられるはずであ る.Deisserothのグループと,2005年のChR2論文の筆頭 著者でその後Deisseorthラボから独立したBoydenのグ ループは,2007年にそれぞれ高度好塩古細菌
由来のハロロドプシン,NpHRを神経 細胞に発現させ,黄色光を照射することで細胞を過分極 できることを示した(19, 20)
.さらに,同一細胞にChR2と
NpHRを同時に発現させ,青色光と黄色光で細胞活動を オン・オフ制御できることを示した.しかし,まだこの 時点ではNpHRによる膜電位変化は通常の生理的実験 条件下では十分ではなかった.この要因は,NpHRが古 細菌由来の膜タンパク質であり,遺伝子コドンの最適化 を行なって真核生物に発現させても小胞体内に蓄積され てしまい,細胞膜上での発現量が不十分であるという欠 点によるものであった.そこでDeisserothのグループは,脊椎動物の内向き 整流性カリウムチャネルの小胞体からの輸送シグナルと 細胞膜への移行シグナルをNpHRのC末端に付加させた eNpHR3.0を神経細胞に発現させたところ,NpHRの20 倍の大きさの電流を誘導でき,100 mVまでの膜電位変
図2■各種ChR2, HR, BRを導入し た神経細胞の活動の光制御 コ バ ル ト 色:青 色 光.薄 コ バ ル ト 色:黄色光
化を起こすことに成功した(21)
.一方,Boydenのグルー
プは,光駆動H+ポンプであるBRに着目し,様々なBR のスクリーニングから,黄緑色に反応する高度好塩古細 菌 由 来 のArchaerhodopsin-3(Arch) を用いると,神経細胞の膜電位を60 mVまで過 分極できることを示した(22)
.H
+は正電荷をもつため,これが細胞外に排出されれば細胞内は過分極になるが,
一方でpHは上昇するはずである.しかし,pHの上昇 は高々0.2ほどで,BRに対して光照射する時間はミリ秒 単位であり,それを繰り返したとしても,内在性の分子 などによってpH恒常性は維持でき,細胞内環境に大き な影響はないと報告されている.eNpHR3.0, Archは十 分に生理実験に用いることができるため,世界中の研究 室でこれらの分子を用いた研究が始まっている.
光刺激法
ChR2は青色,NpHR, BRは黄色〜橙色の光を照射す れば活性化するが,その照射方法はさまざまである.照 射部位が問題でない場合は,発現細胞の近くにランプを もってくるだけでもよいが,たとえば自由行動下の動物 での制御となると,小型LEDを頭蓋骨に接着するか,
より脳深部の細胞を刺激したい場合には光ファイバーを 脳に挿入して,目的の部位へファイバー先端を固定す る.電極と光ファイバーを一体化したもの(オプトロー ド)を用いることで,電気記録された細胞が光刺激され た細胞と同一であるかを確かめるとともに,ファイバー 先端部での細胞活動の変化を電気計測できる(23)
.また,
レーザー照射スポットを走査することで,光刺激マッピ ングを系統的に行なうこともできる.最近では2光子励 起法によるChR2の活性化が報告されたことは注目に値 する.2光子励起では近赤外波長の光子が2個ほぼ同時 に吸収されることで励起が起こるため,励起確率は光密 度の2乗に比例し,光密度が極端に高くなる焦点領域の みで励起が起こる.これを用いて単一細胞体の細胞膜上 のChR2だけを活性化できたわけで,神経回路のシナプ ス結合様式を明らかにする強力な方法となりうることが 期待される.
遺伝子導入法
哺乳動物の神経細胞,特に個体動物に遺伝子を導入す る場合には,主としてトランスジェニック (Tg) マウス またはウイルスが用いられる.Tgマウスでは比較的細 胞種非特異的なThy-1プロモーターを用いた動物が最初
に作製された(24)
.多数の系統を作製することにより,
脳内の少数の神経細胞に発現するものや,比較的一様に 多くの神経細胞で発現するものなど,実験ごとで使い分 けられるマウスが得られるが,望み通りの発現をするマ ウスが得られることは稀である.実際には実験対象とな る時期や脳領野,細胞は限られることが多く,その場 合,作製に手間がかかるTgマウスよりも,細胞種特異 的プロモーターの下流にChR2遺伝子をもつウイルスを 脳へ直接的導入する手法が用いられる.しかし,細胞種 特異的プロモーターが常に所望の膜電位変化をもたらす ほど十分量のChR2などを発現させるとは限らない.そ こで,細胞種特異的にCreと呼ばれる組換え酵素を発現 するTgマウスに 配列とChR2遺伝子などをもつウ イルスを導入する方法も用いられている.Creタンパク 質によって に挟まれたDNA領域が欠失または反転 した後,ChR2遺伝子の上流に挿入されたプロモーター の転写活性に依存してChR2が発現するため,このプロ モーターに安定した活性をもつものを選ぶことが可能で ある.神経細胞への遺伝子導入ウイルスとしては,アデ ノ随伴ウイルス,レンチウイルス,シンドビスウイルス などが主に使われている.
ChR2による神経機能の解明例
脳は可塑性が高いため,ある分子や細胞をノックアウ ト法やRNAi法などで欠落させたとしても,欠落しきる までの間に代償回路がつくられてしまうことが多い.あ る遺伝子を欠損してある行動の異常が見られた場合,こ の遺伝子(またはこの遺伝子が発現している細胞)がこ の行動に必要である,と結論されても,行動発現のい つ,どのくらいの強さの神経細胞活動が必要か,という ことを高い時間解像度で明らかにすることは難しい.し たがって,オプトジェネティックスを用いたミリ秒単位 での制御が大きな意味をもつ.さらに,脳神経系の細胞 は多種多様な細胞が混在しているため,脳領野内の細胞 種ごとの機能を理解するためには,細胞種特異的に転写 活性をもつプロモーターを用いてその細胞種だけに ChR2などを発現させ,これを光照射することがきわめ て有効である.ChR2の哺乳動物神経細胞への応用例を 以下に紹介する.
1) 運動の誘導
はじめに運動野の細胞にChR2を発現させ,これを光 刺激することで,四肢の運動を誘発できることが示され た(23)
.これは,自由運動下のマウス大脳内に光ファイ
バーを導入することで実現され,また頭蓋骨越しでも大脳皮質表面を光走査することで,1分足らずで四肢支配 領域のマッピングが可能であることが示されている(25)
.
2) 遠方領域からのシナプス入力の同定電気刺激では,どの細胞体,どの細胞由来の軸索を刺 激しているかは不明であるが,望みの細胞種だけに ChR2を発現させ,これを刺激すれば,得られた反応は 発現細胞のみからのシナプス入力である.対側の大脳皮 質や,視床,運動野にChR2を導入し,ChR2発現細胞 の軸索が体性感覚野のどのタイプの細胞に入力をする か,またその入力部位はどの層か,がChR2を発現した 軸索を光刺激マッピングすることで明らかにされた(26)
.
また,軸索刺激とシナプス後部細胞の活動電位を同期さ せることで長期増強が起こることも報告されており,シ ナプス前終末を含めたシナプス可塑性の全容解明が進む ことが期待される.この他,視床に発現したChR2を光 刺激したときの脳活動をMRIで計測することで,視床 のChR2活動細胞群が脳のどの領野を活性化するのかと いうマッピングも可能であることが示されている(27).
3) 認知の誘導ChR2をマウス大脳皮質体性感覚野の細胞に発現さ せ,これの光照射と報酬を連合させることで,マウスに ChR2発現細胞が活動すると報酬として水が与えられる ことを学習させた(28)
.その後,光強度を弱め活動細胞
の数を減らしていくことで,マウスがいつ報酬を取りに 行かなくなるかを計測した.その結果,約300個の神経 細胞が一度発火すればそれを報酬信号としてマウスが認 知できることが明らかとなった.4) 覚醒の誘導
視床下部に存在する神経ペプチドのオレキシンを産生 する細胞にChR2を発現させ,光ファイバーを用いてこ れに5 〜30 Hzの光刺激を行なうことで,高い頻度でマ ウスが睡眠から覚醒状態へ移行させられること,1Hzで は移行に不十分であることが明らかにされた(29)
.
5) 脳波の誘導大脳皮質でのガンマ波 (20 〜80 Hz) は知覚や意識に 関与すると考えられ,FS (Fast Spiking) 細胞という抑 制性細胞の一種によってひき起こされていると考えられ ている.そこで,マウスの大脳FS細胞にだけChR2を 発現させ,これを8 〜 200 Hzで光照射することで,ガ ンマ波が特異的に増幅されること,興奮性細胞である錐 体細胞にChR2を発現させて周期的に光照射してもガン マ波は誘発できないことが直接的に実証された(30)
.さ
らに,感覚入力と光誘導性ガンマ波の位相タイミングを 操作することで,これらの相対的なタイミングが大脳神 経細胞の感覚応答性を決定していることが証明された.6) 霊長類への応用
ChR2またはHRをもつウイルスをサルの大脳皮質に 導入することで,サルの大脳神経細胞の発火を誘導また は抑制できることが報告されている(31)
.しかし,神経
細胞の光刺激によって霊長類での行動レベルの変化を明 快に誘導した例はまだ報告されていない.7) 医療応用をめざした研究
運動障害疾患としては線条体異常によるパーキンソン 病が有名であるが,線条体直接路の中型有刺神経細胞に 発現するドーパミンD1受容体の転写制御支配下でのみ ChR2を発現させ,これを光ファイバーで照射すると パーキンソン病モデルマウスの症状を緩和できること,
一方で線条体間接路の中型有刺神経細胞に発現するドー パミンD2受容体の転写制御支配下でのみChR2を発現 させ,これを光照射すると即座にパーキンソン病様症状 が誘導されることが見事に実証された(32)
.また,網膜
色素変性において網膜細胞にChR2を発現させることに よって視覚がある程度回復できること(33)や,ES細胞を 光照射することで細胞膜脱分極による分化を誘導できる 可能性が示され(34),医療への応用も視野に入れた研究
が進んでいる.細胞内シグナル伝達のオプトジェネティックス 膜電位を高速に制御できることがChR2, HR, BRの共 通の利点であるが,生体内のすべての細胞が興奮性膜を 主たる信号として用いているわけではない.また,これ よりも時間スケールの長い反応ではこのような高速光制 御は必要ではなく,むしろ比較的ゆっくりとした細胞内 シグナル伝達の光操作が望ましい.そこで,先に述べた Miesenbockの方法をさらに改良した方法として,ロド プシンとリガンド結合型Gタンパク質共役型膜タンパク 質のキメラをつくることで,リガンド結合による構造変 化を光吸収によって与える,という方法が2009年に報 告されている(35)
.Gタンパク質共役型タンパク質の α-1,
β
-2 アドレナリン受容体の細胞内ドメインとGt共役型ロ
ドプシンの光受容ドメインを融合してできたキメラ分
子,OptoXRは,500 nmの光吸収によってそれぞれGq,
Gsのシグナル経路を活性化することができる.Gs活性 化は細胞内cAMP濃度を上昇させ,Gq活性化はイノシ トール三リン酸,ジアシルグリセロール濃度を上昇させ る.生きたマウス脳内の側坐核の細胞でこれを活性化す ることによって,マウスの報酬関連行動に変化をもたら すことに成功している.
レチナール以外を発色団にもつ光受容タンパク質も原
核生物,真核生物に広く存在する.主たるものを挙げる と,バクテリオフィトクロム,紅色光合成細菌に存在す るphotoactive Yellow Protein (PYP), LOVドメインを もつフォトトロピン,BLUFタンパク質,クリプトクロ ム (CRY) などがある(36)
.バクテリオフィトクロムは
ビルベリジンを,PYPは -クマリン酸を発色団にもつ が,主としてビルベリジンは無脊椎動物,紅藻類に, - クマリン酸は植物に存在するため,脊椎動物の細胞に応 用することは難しい.一方,LOVドメインはフラビン モノヌクレオチド (FMN) を,BLUFとCRYはフラビ ンアデニンジヌクレオチド (FAD) を発色団として用い ている.FMNやFADはフラビン酵素の補酵素であり,ほとんどの細胞に存在するため,これらを発色団とする タンパク質を発現させればChR2のように単体で機能す る可能性が高い.日本の伊関・渡辺らによって2002年 に発見された,ミドリムシ由来の光活性化アデニル酸シ クラーゼ (PAC) はBLUFドメインをもち,ミトコンド リアの光逃避反応に関連した光受容体であると考えられ
ている(10, 37)
.PACをショウジョウバエの神経細胞に発
現させて光照射すると細胞内cAMP濃度が上昇し,そ の結果,行動制御できることが示されている(38)
.また,
LOVドメインと小分子Gタンパク質の1種であるRacを 融合した光活性化Rac, PARacが開発され,これを発現 した株細胞にUVを照射すると,照射した領域で強く PARacが活性化され細胞形態の変化が誘発されること が報告されている(39)
.CRYは光回復酵素や植物の光形
態形成に関わるものとして知られているが,脊椎動物に も存在している.光センサーのみならず磁界センサーで ある可能性も報告されており,今後の応用が待たれ る(10).
今後の展望
このように見てくると,ロドプシンの神経細胞への導 入,ChRの発見,PACの発見と,2002年が光遺伝学の 幕開けであったといえる.この時,これらを応用する遺 伝子工学の技術はすでに確立していたため,応用が爆発 的に広がっている.誌上掲載直後から改変遺伝子やウイ ルスベクターが以下のウェッブサイトから広く配布され たことも大きい.
ス タ ン フ ォ ー ド 大 学Deisserothラ ボ:http://www.
stanford.edu/group/dlab/optogenetics/
米国非営利団体Addgene:http://www.addgene.org/
さまざまな種でゲノム配列が明らかにされていけば,
今後もまったく新しい光受容体が発見され,それらを組
み合わせることで人工的な新規の光受容体が開発される ことも期待される.GFPの開発によって,さまざまな 分子や細胞の挙動を我々は見ることができるようになっ たわけだが,オプトジェネティックスの発展によって,
さまざまな分子を好きな部位で,好きな時間に活性化・
不活性化できる可能性が出てきたわけである.イメージ ングに用いる波長とオプトジェネティックスに用いる波 長が異なれば,局所的・短時間でのタンパク質の活性化 が他の分子や細胞,組織にどのように影響を与えるかを リアルタイムで蛍光観察することが可能である.たとえ ば,2光子イメージングは現状でもオプトジェネティッ クスとの併用が可能である.一般的に,2光子励起にお いてはオプトジェネティック分子による細胞機能誘導は 蛍光タンパク質に比べてより多くのエネルギーを必要と するため,弱い近赤外光で蛍光分子を2光子イメージン グしながら,強い可視光でオプトジェネティック分子を 一過的に刺激することが可能だからである.今後10年 は,イメージングに加えて,オプトジェネティックスを 取り入れることで,これまでまったく見えなかったもの が明らかになってくると予想される.オプトジェネ ティックスは神経細胞生理学においては常套的な手段と なるはずだが,細胞内シグナル伝達の光制御も可能であ るならば,その適用範囲はほぼすべての組織,生物に広 がり,また様々な疾患や薬剤作用機序の解明にも大いに 役立つことが期待される.
文献
文献3, 10 〜12, 36は歴史も含めて書かれていて読みやすく,こ れらの総説から原著論文を紐解かれることをお勧めします.
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21) V. Gradinaru : , 141, 154 (2010).
22) B. Y. Chow : , 463, 98 (2010).
23) V. Gradinaru : , 27, 14231 (2007).
24) H. Wang : , 104, 8143
(2007).
25) R. Hira : , 179, 258 (2009).
26) L. Petreanu : , 457, 1142 (2009).
27) J. H. Lee : , 465, 788 (2010).
28) D. Huber : , 451, 61 (2008).
29) A. R. Adamantidis : , 450, 420 (2007).
30) J. A. Cardin : , 459, 663 (2009).
31) X. Han : , 62, 191 (2009).
32) A. V. Kravitz : , 466, 622 (2010).
33) P. S. Lagali : , 11, 667 (2008).
34) A. Stroh : , 29, 78 (2011).
35) R. D. Airan : , 458, 1025 (2009).
36) E. B. Purcell & S. Crosson : , 11, 168 (2008).
37) M. Iseki : , 415, 1047 (2002).
38) S. Schroder-Lang : , 4, 39 (2007).
39) Y. I. Wu : , 461, 104 (2009).
石川(櫻井)淳子(Junko Ishikawa-Sakurai)
<略歴>1996年京都大学農学部卒業/
1998年同大学大学院農学研究科修士課程 修了/ 2008年岩手大学連合農学研究科博 士後期課程修了,現在,独立行政法人農 業・食品産業技術総合研究機構東北農業研 究センター生産基盤研究領域主任研究員
<研究テーマと抱負>子どもたちが安全で 美味しいものをお腹いっぱい食べられるよ うな未来にしてあげたい<趣味>球技,音 楽鑑賞
伊 東 健(Ken Ito) <略歴>1993年 長崎大学医学部医学科卒業/ 1997年東北 大学大学院医学研究科博士課程修了/同年 日本学術振興会特別研究員/ 2000年筑波 大学基礎医学系講師/ 2006年弘前大学医
学部教授,現在にいたる<研究テーマと抱 負>プロテオスターシスと酸化ストレス応 答とのクロストーク<趣味>音楽鑑賞,ス ノーボード
伊 藤 幸 成(Yukishige Ito) <略 歴>
1977年東京大学薬学部薬学科卒業/ 1982 年同大学大学院薬学系研究科博士課程修了
(薬博)/同年米国マサチューセッツ工科大 学化学科博士研究員/ 1984年理化学研究 所研究員/ 1996年同副主任研究員/ 1998 年同主任研究員,現在にいたる<研究テー マと抱負>糖鎖選択的合成手法の開発,糖 タンパク質細胞内機能の解析,糖鎖含有生 体分子の合成.残された研究者人生で,何 とか上品でインパクトのある成果を得たい と思っています<趣味>夜更けの読書と
か,犬と散歩とか,大した趣味はありませ ん.30年前はテニス,10年前は実験と答 えることにしていましたが,実験もできな くなって無趣味人間になってしまいまし た.
蝦名 真行(Masayuki Ebina) <略歴>
2006年弘前大学農学生命科学部応用生命 工学科卒業/ 2011年岩手大学大学院連合 農学研究科博士課程修了/同年弘前大学大 学院医学研究科研究支援者/ 2012年同大 学農学部分子生命科学科機関研究支援員,
現在にいたる<研究テーマと抱負>生命科 学研究を通して少しでも人々に貢献したい
<趣味>釣り,スノーボード