【解説】
シロイヌナズナ根形成に必要な チロシン硫酸化ペプチドシグナル
翻訳後修飾に着目して新しいホルモンを探す
松林嘉克
ペプチドホルモンの翻訳後修飾はその生理活性に大きな影響 を及ぼす.したがって,翻訳後修飾酵素の遺伝子を破壊する と,その支配下にあるすべての修飾ペプチドホルモンが正常 につくられなくなり,結果的にそれらの欠損の総和が表現型 として現れる.このことに着目すると,新しい未知のホルモ ンを見つけ出すことも可能になる.このアプローチで見いだ さ れ た 新 し い チ ロ シ ン 硫 酸 化 ペ プ チ ド,root meristem
growth factor
(RGF)フ ァ ミ リ ー は,根 端 の 静 止 中 心 細 胞 や最内層のコルメラ細胞で特異的に発現しており,根の幹細 胞維持に関与する転写因子
PLETHORAの発現を制御してい
ることが明らかになっている.オーキシンの濃度勾配を中心 として考えられてきた根の形態形成機構に,新たな制御因子 として加わったRGF
について紹介する.はじめに
新しいホルモンの探索は,古くて新しくそして奥の深 い研究である.特定の受容体に特異的に結合し,複雑な
細胞内情報伝達カスケードのマスタースイッチとして機 能するホルモン分子を見つけ出すロマンは,時代を超え て研究者を魅了し続けている.そう簡単には見つからな い分子であるからこそ,見つかったときの感動も大き い.植物におけるペプチドホルモン発見の歴史を振り返 ると,これまでは大きく分けて二つのアプローチがあっ た.一つは生物活性を指標とした地道な精製に基づく生 化学的アプローチ,もう一つは変異株の大規模なスク リーニングに基づく遺伝学的アプローチである.前者で 鍵となるのは効率的な生物検定系の確立と適切な精製材 料の選択であるが,極めて低濃度で活性を示すがゆえの 存在量の少なさが常に難関として立ちはだかる.ほぼ5 年に一度のペースでこれまでに6種類のペプチドホルモ ンが報告されてきたが(1〜6)
,最近は2006年を最後に途
絶えている.一方,後者の手法により分泌型ペプチド遺 伝子が原因遺伝子として同定されたケースはかつて3例あったが(7〜9)
,2003年を最後に報告がなく,目に見え
る明確な表現型を指標にしたスクリーニングはすでに飽 和に達しているようである.
一方,ゲノム配列が明らかになり遺伝子情報解析技術 も進歩すると,新たなアプローチが次々と考案され,実
Tyrosine Sulfated Peptides Required for Root Development in
Yoshikatsu MATSUBAYASHI, 自然科学研究機構基礎生物学研究
所細胞間シグナル研究部門
際に新しいペプチドホルモンの発見へとつながりつつあ る.2007年以降の報告には,何らかの形でゲノム情報 を用いた 解析が使われている.しかし,それで もなお残された大きな壁がある.それは植物特有の遺伝 子重複による,逆遺伝学的手法の適用の難しさである.
同じ機能をもつ遺伝子が複数ある場合は,遺伝子ファミ リーのうちの一つや二つを破壊したところで何も表現型 を示さないため,ファミリー全体としての機能を探るこ とは容易ではない.
こうした状況のなか,筆者らは植物の短鎖ペプチドに しばしば見いだされる翻訳後修飾に関与する酵素の変異 株の表現型に着目して,根端メリステム形成に関与する 新しいペプチドホルモン RGF (Root meristem Growth Factor) を見いだした(10)
.RGFファミリーはシロイヌ
ナズナに9遺伝子存在しており,その少なくとも半数が 重複して根端で機能している.本稿では,ペプチドホル モンの翻訳後修飾のメカニズムと,筆者らが遺伝子重複 の影響を回避してRGFを見つけ出したアプローチおよ びRGFの機能について解説したい.翻訳後修飾に着目する
植物の分泌型ペプチドホルモンは構造的に大きく二つ に分けることができる(11) (図
1
).一つは本稿で触れる
短鎖翻訳後修飾ペプチドであり,約100アミノ酸残基の 前駆体ペプチドとして翻訳された後に翻訳後修飾を受 け,さらに限定分解(プロセシング)を受けて修飾部位 を含む10アミノ酸残基程度が切り出されて細胞外に分泌されるという特徴をもつ.もう一つは,偶数個(多く の場合6または8個)のシステイン残基が存在し,ジス ルフィド結合により分子内架橋されたシステインリッチ ペプチドと呼ばれるもので,サイズはやや大きく40か ら70アミノ酸程度という特徴がある.前者の場合,こ れまでに知られている翻訳後修飾としてチロシン硫酸 化,プロリン水酸化,およびヒドロキシプロリンのアラ ビノシル化が挙げられるが,筆者らは過去に2例のチロ シン硫酸化ペプチドを同定してきた経緯から(2, 12)
,チロ
シン硫酸化メカニズムの解明を目指して研究を進めてい た.筆者らは2009年に,モデル植物であるシロイヌナズ ナにおいて,チロシン硫酸化酵素 (tyrosylprotein sulfo- transferase ; TPST) の 精 製・同 定 に 成 功 す る(13)
.
TPSTは,ゴルジ体に局在する1回膜貫通型酵素であ り,硫酸基供与基質であるPAPSからチロシンへ硫酸基 を転移させる反応を触媒する(図2
A).動物にもTPST
は存在するが(14),アミノ酸レベルでの類似性は全くな
いことから,植物と動物は進化の過程で独立してTPST を獲得したと考えられる点は非常に興味深い.この研究 の過程で,筆者らは 遺伝子を破壊したシロイヌ ナズナ植物体 ( ) では,根端において未分化な幹 細胞が適切に維持されなくなり,根端メリステム領域の 細胞分裂活性が顕著に低下して,根が極端に短くなるこ とに気づいた(図2B‒D).
ここで重要なことは,翻訳後修飾ペプチドホルモンの 多くは,翻訳後修飾を受けることで初めて本来の機能を 示すため,翻訳後修飾酵素の遺伝子を破壊すると,その
ATG
シグナル配列 プレプロペプチド
プロペプチド
成熟型ペプチド
分泌型ペプチド遺伝子 転写翻訳
翻訳後修飾
プロセシング(限定分解) ジスルフィド結合形成
STOP
X X
短鎖翻訳後修飾ペプチド システインリッチペプチド
CC C C
C C C C C C C C
図1■高等植物における分泌型ペプチドホルモンの構造的特徴
これまでに知られているペプチドホルモンには,前駆体ポリペプチドから翻訳後修飾とプロセシングを経て成熟型となり分泌されるもの
(短鎖翻訳後修飾ペプチド)と,分子内ジスルフィド結合形成を経て分泌されるもの(システインリッチペプチド)とに大別できる.一部
のシステインリッチペプチドではプロセシングを経るものがある.翻訳後修飾やプロセシング,ジスルフィド結合形成などは,ほとんどの
場合において生理機能に重要な役割を果たす.
支配下にあるすべての修飾ペプチドホルモンが正常につ くられなくなり,結果的にそれらの欠損の総和が表現型 として現れるという点である(図
3
).したがって,翻
訳後修飾酵素の欠損株の表現型を詳細に解析すれば,未 知のホルモンの存在に気づくことができる.また,この アプローチであればペプチドホルモンが遺伝子重複によ り大きなファミリーを形成していたとしても,すべてが 欠損した状態の表現型を観察できるため,遺伝子重複の 影響がうまく回避される.話を に戻そう.一般的に幹細胞の維持には,特 異的な細胞外環境(ニッチと呼ばれる)が必要と考えら れている. 変異株の表現型は,既知のチロシン硫 酸化ペプチドホルモンであるPSK(2) とPSY1(12) の培地 への添加では回復できなかった.このことは,幹細胞
ニッチの維持および根端メリステム領域の細胞分裂に関 与する未知の硫酸化ペプチドホルモンの存在を強く示唆 するものである.
RGF
の発見未知の硫酸化ペプチドホルモンの存在が予想されたと して,それを見つけ出すことはまた別次元の話であると 思われるかもしれない.しかし,ゲノム情報が利用可能 な現在では,短鎖翻訳後修飾ペプチドをコードすると予 想される遺伝子群を, (コンピュータ)で絞り 込むことはある程度可能になっている.
シロイヌナズナゲノム上に分泌型ペプチドは多数見い だされるが,ORFが50から150アミノ酸のものは979個 になる.筆者らは,このなかから,チロシン硫酸化モ チーフ配列の有無やORFサイズなどを指標として硫酸 化ペプチドホルモンの候補を絞り込んだ.PSKやPSY1 などの既知の硫酸化ペプチドホルモンでは,典型的な ORFサイズは70 〜 110アミノ酸程度で,システイン残 基が5個以下であり,硫酸化に必要な最低限のモチーフ としてAsp-Tyr配列を必ず含んでいる.この基準で
スクリーニングを行うと,34個にまで絞り込まれ る.さらに,ペプチドホルモンの遺伝子は,遺伝子重複 によりホモログが存在していることが多いため,ファミ リーを形成しているペプチド群に着目すると,9遺伝子 からなる新しいペプチドファミリーが浮かび上がった
(図
4
).この9遺伝子のなかには,公開されているマイ
クロアレイデータにおいて,根端での特異的な発現が見 られる遺伝子が複数含まれていた.さらに筆者らは,選び出された遺伝子群が,実際に硫 酸化ペプチドをコードするか実験的に確かめるため,候 補遺伝子の一つを過剰発現させた形質転換シロイヌナズ ペプチドホルモン遺伝子群
既知ホルモン 未知ホルモン
翻訳後修飾酵素遺伝子
既知の表現型
既知ホルモン 既知ホルモン 回復できる 回復できない
新規の表現型
図3■翻訳後修飾に着目したペプチドホルモン探索
翻訳後修飾酵素遺伝子を破壊すると,その支配下にあるすべての 既知および未知の修飾ペプチドホルモンが活性を失い,対応する 表現型が現れる.既知のホルモンの欠損に起因する表現型は,既 知のホルモンを与えると回復させることができるが,未知のホル モンの欠損に起因する表現型は,既知のホルモンで回復させるこ とはできない.
B
WT tpst-1
D
tpst-1C
WTA
チロシン硫酸化酵素
O O OH
N N N N
NH2
O P OH O O S O HO
O H2O3P
O O OH
N N N N
NH2
O P OH O HO
H2O3P R1
HN R2
OH
O
R1 HN
R2 O
O SO3H
PAPS PAP
Tyr Tyr(SO3H)
図2■チロシン硫酸化酵素 (TPST)
の反応機構と欠損株
( )の表現型
(A) チロシン硫酸化酵素 (TPST) の反応機構.TPSTは硫酸基供与基質であるPAPSからチロシンへ硫酸基を転移させる反応を触媒する.
PAPS : 3′-phosphoadenosine 5′-phosphosulfate, PAP : 3′-phosphoadenosine 5′-phosphate (B) 発芽後7日目の野性株と の表現型比較.
(C, D) 根端の拡大写真.メリステム領域と伸長領域の境界を矢印で示してある. のメリステム領域は顕著に小さい.
ナを液体培地中で培養し,培地に分泌されてくるペプチ ドの構造を nano LC-MS/MS で解析した.その結果,
成熟型ペプチドの構造は,1残基の硫酸化チロシンを含 む13アミノ酸ペプチドであることが確かめられた(図 4)
.そして,この13アミノ酸硫酸化ペプチドを化学合
成し,これを添加した培地で 変異株を生育させた 結果,根端に未分化な幹細胞が回復するともに,根端分 裂組織の細胞分裂活性も顕著に上昇することが明らかと なった.ほかのホモログ群についても合成ペプチドを用 いたアッセイを行った結果,一つを除きすべてに活性が 認められた.こうした実験結果に基づき,筆者らは,こ れ ら の ペ プ チ ド を,Root meristem Growth Factor(RGF) と名づけた.
RGF
の機能ファミリー遺伝子のうち半数以上は,根の幹細 胞に隣接する静止中心やコルメラ細胞で特異的に発現し ており,分泌されたペプチドはメリステム領域全体に組 織内を拡散することが免疫染色により明らかになってい る.
すでに述べたように,既知の硫酸化ペプチドである PSKを培地に加えた場合, 変異株の根は基部側で の細胞伸長が促進されるものの,根端分裂組織の細胞分
裂活性は全く回復しない.ここにさらにRGFを加える と,幹細胞が再び正常に維持されるようになり,根端に おける細胞分裂活性が顕著に高まって,根の長さは野生 型と同等もしくは上回るレベルにまで回復する(図
5
).
RGFを 変異株に与えた場合,その活性は1 nMレ ベルの低濃度でも検出され,根端の最初の形態的変化は 6時間から12時間後の間に観察される.これは,ホルモ ン依存的な形態変化としては極めて早い反応である.な お,RGFを与えると根がwavingする(重力方向にまっ すぐではなくうねりながら伸びる)ことから,RGF ファミリーの一部(この場合GOLVENと別名がつけら れている)が重力屈性に関与するとする論文が最近出て いるが(15),重力屈性を示さない変異株でもRGF依存的
なwavingは観察されるため(16),筆者は現在のところ否
定的に見ている.RGF
のターゲットは根形成のマスター転写因子PLETHORA
であるRGFがどのように根端の幹細胞の維持や根端分裂組 織の活性を制御しているのか,さらに解析を行なった結 果,転写因子である ( ) ファミリー を欠損するシロイヌナズナの根では,RGFに対する感 受性が顕著に低下していることが明らかになった.
は根形成のマスター調節因子と考えられており,
図5■ペプチド添加による の 表現型回復
(A) 発 芽 後17日 目 の 株. (B)
RGFおよびPSKペプチドの存在下で 生育させた 株.根の成長は顕著 に回復している. (C) 発芽後17日目 の野性株.
図
4
■RGF
ファミリーペプチドの前 駆体ペプチド配列と成熟型ペプチド 構造保存配列である13アミノ酸領域がチ ロシン硫酸化とプロセシングを受け,
細胞外に分泌される.
At5g60810 (RGF1) 1 ---MVSIRVICYLLVFSVLQVHAKVSNANFNSQAPQMKNSEGLGASNGTQIAKKHAEDVIENRKTLKHV 66
At1g13620 (RGF2) 1 ---MTNITSSFLCLLILLLFCLSFGYSLHGDKDEVLSVDVGSNAKVMKHLDGDDAMKKAQVRGR----SGQEFS 67
At2g04025 (RGF3) 1 ---MTTL-SKILCVLIILLLCFSFRYSLHEDGNQQSSRDFVSTAKAIKY--GD-VMKKM-IRGRKLMMASGEKE 66
At3g30350 (RGF4) 1 MRFTIIVIAFLLIIQSLEEEQILVYARKGREACHKSLDYQGDQDSSTLHPKELYDAPRKVRFGRATRAEKEQVTAMNNDSWSFKISGASK 90
At5g51451 (RGF5) 1 ---MSSIHVASMILLLF-LFLH-HSDSRHLDNVHI-TASRFSLVKDQ 41
At4g16515 (RGF6) 1 ---MSCSLRSGLVIVFCFIL-LLLSSNVGCASAARRL 33
At3g02240 (RGF7) 1 ---MEMKKWSYANLITLALLFLFFIILLLAFQGGSRDDDHQHVHVAIRTKDISMG 52
At2g03830 (RGF8) 1 ---MKLIRVTLFLCALAILLLVTPTS-SLQL-KHPYSSPSQGLSKKIVTKM----ATRKLMIISSEYVMTSTSHE 66
At5g64770 (RGF9) 1 ---MAIRVSHKSFLVALLLILFISSPTQARSL 29
At5g60810 (RGF1) 67 NVKVEANEKNGLEIESKEMVKKRKNKKRLTKTESLTADYSNPGHHPPRHN--- 116
At1g13620 (RGF2) 68 KETTKMMM--KKTTKKETN--VEEEDD---LVAY-TADYWKPRHHPPKNN--- 109
At2g04025 (RGF3) 67 EAETKMKRGNRETERNSSK--SVEEDG---LVAY-TADYWRAKHHPPKNN--- 110
At3g30350 (RGF4) 91 HLIVERKLGFHKRSKSSSFKWKPKKKKSSGPFVAFYDDYRGPARHPPRHNL--- 141
At5g51451 (RGF5) 42 NVVSSSTSKEPVKVSRFV-PGPLKHH-HRRPPLL-FADYPKPSTRPPRHN--- 88
At4g16515 (RGF6) 34 RSHKHHHHKVASLDVFNGGERRRALGGVETGEEVVVMDYPQPHRKPPIHNEKS---- 86
At3g02240 (RGF7) 53 RKLKSLKPINPTKKNGFEYPDQGSHDVQEREVYVELRDYGQRKYKPPVHN--- 102
At2g03830 (RGF8) 67 GSSEQLRVTSSGKSKDEEKKLSEEEEEKKALAKYLSMDYRTFRRRRPVHNKALPLDP 123
At5g64770 (RGF9) 30 R-EVVRNRTLLVVEKSQESRKIRHEGGGSDVDGLMDMDYNSANKKRPIHNR--- 79
Asp Tyr(SO3H) Ser Asn Pro Gly His His Pro Hyp Arg His Asn At5g60810 (RGF1)
翻訳後修飾(チロシン硫酸化)
プロセシング
主要な4種類のPLTファミリー遺伝子群をすべて欠損 する植物では,根が全く形成されない(17, 18)
.
また,PLTタンパク質は根端の幹細胞領域を最大として,そ こから基部側に緩やかに減少する発現パターンを示す が,このグラジエントが根のパターニングに重要な役割 を果たしていると考えられている(図6C参照)
.すなわ
ち,PLTの発現レベルが高いところでは幹細胞が維持 されるが,中程度の領域では細胞分裂が活性化され,発 現レベルが下がるに従って細胞伸長が促進される.そこで筆者らは,RGFとPLTの関連性をさらに調べ るため,緑色蛍光タンパク質を融合させたPLT(PLT1- GFPおよびPLT2-GFP)を,ネイティブプロモーター の制御下で野性株および 変異株に導入して発現パ ターンを観察した.その結果,野性株におけるPLT- GFPの発現は,根端の幹細胞領域を最大として基部側 にかけて発現レベルが緩やかに減少するグラジエントパ ターンを示していたのに対し, 変異株では,幹細 胞領域での発現レベルが顕著に低下するとともに,基部 側で発現が速やかに消失するパターンを示した.一方,
変 異 株 に お い て も,培 地 にRGFを 加 え る と,
PLT-GFPの発現レベルは24時間以内に回復し,特に PLT2-GFPでは基部側にまで発現領域が拡大した.興味 深いことに 遺伝子群の発現領域はRGFを与えても 大きく変化することはなかったことから,RGF依存的 なPLTの発現パターンの変化は転写後レベル,おそら くタンパク質の安定化によるものと考えられる.
RGF
の作用モデル以上を総合して考えられるモデルは以下のようなもの である(図
6
).幹細胞に隣接する静止中心細胞やコル
メラ細胞から分泌されたRGFは,組織内を拡散して.幹細胞周辺を最大とした濃度勾配を形成している.
RGFは細胞膜上に存在すると想定される受容体を介し て,根形成のマスター転写因子であるPLTタンパク質
(特にPLT2)を安定化させる.その結果,PLTの発現 はRGFの濃度勾配に従ったグラジエントとなる.根端 の細胞は,PLTの発現レベルに応じて,幹細胞状態の 維持,細胞分裂の活性化,細胞分化へと連続的に形態形 成が進んでいく. 変異株では機能的なRGFがつく られず,PLTタンパク質がすぐに分解されるため,幹 細胞が維持されず細胞分化のみが進行して,根が極端に 短くなると考えられる.
オーキシンか
RGF
かシロイヌナズナの根端は長軸方向にメリステム領域と 細胞伸長領域の二つの領域に大別される.メリステム領 域は細胞分裂の活性の高い細胞を供給しているが,細胞 伸長領域では細胞分裂の活性は低下し,長軸方向へ急激 に肥大して根が伸長する.この過程はメリステム領域と 細胞伸長領域との境界に存在する位置情報により制御さ れているものと考えられており,制御因子の候補として さまざまな分子が報告されてきた.PLTタンパク質は 根端の幹細胞領域を最大として,そこから基部側にゆる やかに減少する発現パターンを示すが,このPLTのグ ラジエントが境界を決めているというのが一つの有力な 説である(18)
.では何がこのPLTグラジエントを制御し
ているのかという点については,極性輸送によって形成 される根端におけるオーキシンの濃度勾配が主たる要因 であるという説がこれまで広く支持されてきた(19).根
端においてサイトカイニンとオーキシンとのバランスが 細胞分裂から細胞分化へという機能転換を正常に保つた めに重要であり,そこでは二つの転写因子,SHY2と ARR1が中心的な役割を果たすという報告もある(20).
こういった背景から, 変異株の根が非常に短い表 現型を,オーキシン生合成遺伝子群の発現量と関連づけ ようとする報告もあるが(21),筆者らの解析では
変 異株の根端におけるオーキシン分布は野性株と変わりな いことが確かめられている.筆者らの発見により分泌型ペプチドホルモンが,PLT タンパク質の発現制御を介して根端分裂組織の形成に重 図6■
RGF
の発現部位と作用モデル(A) 根端の静止中心細胞やコルメラ細胞などの限られた細胞が
RGFを分泌する. (B, C) 細胞外に分泌されたRGFは,組織内を
拡散して隣接した細胞群に働きかけ,転写因子であるPLTの発現
レベルを調節する.PLTの発現レベルが高いところでは幹細胞が
維持され,中程度の領域では細胞分裂が活性化され,さらに発現
レベルが下がるに従って細胞伸長が起こる.
要な役割を担っていることが明らかとなったことは,従 来のオーキシンを中心とした解釈に一石を投じることに なるだろう.実際,根端で発現している 遺伝子群 の発現はオーキシンの影響をほとんど受けない.このこ とは,RGFはオーキシンとはある程度独立して機能し ていることを意味している.RGFペプチドの受容機構 とPLTまでの情報伝達,オーキシンとの関連,そして RGFの細胞特異的な発現制御にかかわる上流因子の解 明が次なる課題である.
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プロフィル
松林 嘉克