80 化学と生物 Vol. 54, No. 2, 2016
グラム陰性細菌の多剤耐性
β -Lactam 系抗生物質の外膜透過 ・ 排出速度の測定結果を例に理解する
多様な薬剤に対して耐性をもつ多剤耐性菌の出現・存 在は21世紀の医療が抱える最も大きな問題の一つであ る.2013年に米国疾病予防管理センターにより報告さ れた多剤耐性を示す細菌種の多くは緑膿菌,アシネトバ クター,また大腸菌やクレブシエラなどのEnterobacte- riaceae科の細菌群に代表されるグラム陰性細菌が占め る.グラム陰性細菌の多剤耐性の特徴は,1)外膜の透 過障壁性により薬剤の流入を制限し,かつ 2)多剤排出 ポンプが外膜を通過した薬剤を細胞外へ排出するという 2つの作用により,多様な薬剤に対して細胞内流入を効 果的に阻害する防御機構をもっている点にある(図 1A).薬剤排出速度の定量的測定は長らく困難であった が,2009年に大腸菌のAcrAB-TolC多剤排出ポンプに よる
β
-lactam系抗生物質(以下β
-Lactams)の排出測定 法が初めて確立された(1, 2).加えて2013年にβ
-Lactams の 大 腸 菌 外 膜 透 過 速 度 が 精 査 さ れ た こ と に よ り(3),β
-Lactamsの外膜の内外における挙動(透過・排出)の すべてが数値として明らかになり,大腸菌のβ
-Lactams 耐 性 の 定 量 的 理 解 が 大 き く 進 展 し た.本 稿 で は,β
-Lactamsの透過・排出速度の測定法と測定結果に焦点 を当てながら,本実験から見えてきたグラム陰性細菌の 多剤耐性の特性について簡単に統括し紹介する.外膜の透過障壁性と多剤排出ポンプ(4, 5)
グラム陰性細菌の外膜は外葉がリポ多糖,内葉がリン 脂質で形成される非対称脂質二重層であり,一般的なリ ン脂質二重層に比べ疎水性物質の透過を著しく阻害す る.さらに親水性物質の透過を担う外膜チャネルは分子 サイズの大きい化合物(大腸菌の場合,おおよそ分子量
>600)の流入を遮断するため,外膜は疎水性および
(比較的高分子量の)親水性物質の流入を効果的に制限 できる(図1A).多剤排出ポンプは複数種あるが,大別 すると細胞質膜で単独で機能するものと,細胞質膜と外 膜にまたがる複合体を形成し薬剤を細胞外へ直接排出す るものの2つに分類される.後者の代表がresistance- nodulation-division(RND) superfamilyに 属 す る 排 出 ポンプであり,プロトン駆動力を利用し極めて多様な薬
剤を排出でき,多剤耐性への寄与が最も大きい.大腸菌 AcrAB-TolCはRNDポンプのプロトタイプとして研究 が最も進んでいる.AcrBは細胞質膜に3量体で構成さ れポンプの主体として機能し,基質(排出される薬剤)
をペリプラズムないし細胞質膜内部で認識してプロトン 駆動力を利用した排出動作により外膜チャネルTolCに 送り込む.AcrAはペリプラズムに局在し,複合体形成 とポンプ機能の両方に必須の働きをする(図1A).
β
-Lactamsの外膜透過・排出速度の測定AcrAB-TolCに関しては大腸菌の多剤耐性の主要因と なることが1990年代に明らかにされて以来活発な研究 が続けられ,1999年には精製AcrBをリポソームに再構 成した試験管内実験系が確立された(6).しかし実際の生 細胞内ではAcrAB-TolCは細胞質膜と外膜をまたぐ複合 体ポンプとして機能する性質上,排出速度の厳密な定量 的測定は再構成系では難しく,排出キネティクスの諸定 数の決定は2009年に生細胞を用いた
β
-Lactams排出速 度測定法が確立されるまで待たれることとなった.排出 活性を数値化するためには,1)外膜透過・排出速度が 定 量 的 に 測 定 で き る こ と,2) ペ リ プ ラ ズ ム のβ
-Lactams濃度( p)を測定できること,の2点が肝と な る.こ れ ら の 点 は,ペ リ プ ラ ズ ム に 局 在 す るβ
-Lactams分解酵素(β
-Lactamase)による加水分解反 応を検出する方策を取ることで解決された.すなわち,β
-Lactamsを外的投与したときの外膜透過速度を in, 排出速度を e,加水分解速度を hとすると,これらは 定常状態で in= e+ hの関係を取る(図1B)(少なく とも15分程度の実験条件下では定常状態を保つことが 確認されている).β
-Lactamsの加水分解反応は比色分 析により検出できるため hが実測値として得られ,さ らに pがミカエリス‒メンテン式 p= h・ m/( max−h)( maxと mは細胞破砕液中の
β
-lactamase活性から 求められる)から算出される.ポンプ機能を脱共役剤の 投与もしくは 遺伝子の破壊により欠失させると,in= hとなり, inが得られる.外膜透過は非特異的な 受動拡散であるため,フィックの拡散方程式 in= ・ ・
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( o− p)( oは細胞外濃度, は透過係数, は細胞表 面積で大腸菌の場合132 cm2/mg [cell dry weight])に従 い, inと pの算出値から が求められる.最終段階とし て同様の実験を +株で行うと, in= e+ hとなるた め, inの理論値[= ・ ・( o− p)]と hの実測値との差が
eとして求められる.測定結果を例示すると,penicillin G の外膜透過係数は =0.07×10−5 cm/s,排出キネティクス の定数(下記を参照)は max=0.085 nmol/s/mg [cell dry weight], 0.5=0.3
μ
M,ヒル定数 =4.0である(3).測定結果から見えてくること
現在までに13種の
β
-Lactamsの排出キネティクスが 測定されている.Nitrocefinを除くすべてのβ
-Lactams において, e値を pに対してプロットするとヒル方程 式 e= max・ p/( 0.5+ p )( はヒル定数)に従うS 字型飽和曲線が得られる.このタイプの曲線はAcrBの 排出動作に正の協同作用(positive cooperativity)があ ることを示している.2006年にAcrBと基質の共結晶構 造が解かれた際にAcrBの動作原理として3量体間の協 同作用がすでに推定されていたが(7, 8),これを実験事実として裏づけている.基質の親和性を示す 0.5( mに 相当)は親水的なセフェム系
β
-Lactamsで5〜300μ
M,より疎水的なペニシリン系
β
-Lactamsで1μ
M前後であ る.また,外膜透過・排出の両方が数値化されたことに より,β
-Lactams耐性を定量的な視点で理解することが 可能になった.β
-Lactamsの標的はペリプラズムに局在 するペニシリン結合タンパク質なので,耐性は投与濃度( o)に対して pをどのくらい低く抑えられるかで決ま る. oと pの対応関係は in= e+ hに実験で得られ た諸定数を代入すると理論値として算出でき(理論値は 実測した o pプロットとよく一致する),これを利 用して透過障壁・排出活性・
β
-Lactamase活性の耐性へ の寄与が概観できる.図1Cは例としてpenicillin Gの oと pの 対 応 関 係 を,透 過 障 壁 性,排 出 活 性 お よ び
β
-Lactamase活性がそれぞれ1/5倍および5倍になった 場合を仮定し算出したものである. pの値は透過障壁 性と排出活性に著しく依存しており,両者の寄与の大き さが図から明らかである.したがって細菌にとっては透 過障壁性と排出活性を上げることが耐性獲得に最も有効 な手段となっていることがわかる.これは現実の多剤耐 性菌の多くで外膜チャネルの欠失(これにより透過障壁 図1■グラム陰性細菌に対する薬剤の挙動(A)グラム陰性細菌の細胞表層と薬剤の挙 動を示した模式図(文献4をもとに作図し た).排出ポンプは細胞質膜で単独で機能し,
細胞質からペリプラズムへの排出を行うもの と,細胞質膜と外膜にまたがる複合体を形成 して細胞外への直接排出を行うものの2つに 大別される.RNDポンプは細胞質膜のポン プ部分(AcrB)と,外膜チャネル(TolC), およびmembrane fusionタンパク質(AcrA)
で構成される.(B) β-lactamsの挙動を示す模 式図.(C)透過障壁性,排出活性,および β-lactamase活性がそれぞれ1/5倍(左)およ び5倍(右)になった場合を仮定したpenicil- lin GのCp vs. Co曲線.WTとΔ はそれ ぞれ野生株と 欠損株を示す.野生株の MICは 約810 μMな の で,Cp値 が 約0.35 μM に達すると生育阻害が起こると考えることが できる.
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性が上がる)と多剤排出ポンプの発現増加が同時に起 こっていることからも確認できる(4).
以上が
β
-Lactamsの外膜透過・排出測定結果から得ら れる示唆である.細胞質内の因子を標的とするほかの薬 剤の排出キネティクスは測定されていないが,いずれの 薬剤もペリプラズムを通過する以上,β
-Lactamsと同様 に透過障壁性と排出活性が多剤耐性の主因となることは 疑いようがない.多剤耐性問題の解決には透過障壁性の 克服と排出活性の阻害が鍵となる.排出ポンプ阻害剤は 研究・開発が進んでおり,排出活性を効果的に阻害でき る数種の化合物が既に報告されている(9, 10).現時点で実 用化されたものはないが今後の進展が待たれる.一方,ポリミキシン系抗生物質は外膜透過障壁性を破壊するこ とが知られているが腎毒性が強く有効な薬剤となり得て いない.透過障壁性の克服には新たな研究展開が望まれ る.
1) K. Nagano & H. Nikaido: ,
106, 5854 (2009).
2) S. P. Lim & H. Nikaido: ,
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3) S. Kojima & H. Nikaido: , 110,
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4) X. Z. Li, P. Plésiat & H. Nikaido: , 28, 337 (2015).
5) K. M. Pos: , 1794, 782 (2009).
6) H. I. Zgurskaya & H. Nikaido:
, 96, 7190 (1999).
7) S. Murakami, R. Nakashima, E. Yamashita, T. Matsumoto
& A. Yamaguchi: , 443, 173 (2006).
8) M. A. Seeger, A. Schiefner, T. Eicher, F. Verrey, K. Die- derichs & K. M. Pos: , 313, 1295 (2006).
9) T. J. Opperman, S. M. Kwasny, H. S. Kim, S. T. Nguyen, C. Houseweart, S. D'Souza, G. C. Walker, N. P. Peet, H.
Nikaido & T. L. Bowlin: ,
58, 722 (2014).
10) R. Nakashima, K. Sakurai, S. Yamasaki, K. Hayashi, C.
Nagata, K. Hoshino, Y. Onodera, K. Nishino & A. Yama- guchi: , 500, 102 (2013).
(児島征司,東北大学大学院生命科学研究科,
東北大学学際科学フロンティア研究所)
プロフィール
児島 征司(Seiji KOJIMA)
<略 歴>2007年 東 北 大 学 農 学 部 卒 業/
2012年同大学大学院農学研究科博士後期 課程修了/同年カリフォルニア大学バーク レー校博士研究員/2014年東北大学大学 院生命科学研究科助教/2015年同大学学 際科学フロンティア研究所助教<研究テー マと抱負>グラム陰性細菌と植物葉緑体の 外膜安定化因子の解析<趣味>サッカー観 戦
Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.80
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