534 化学と生物 Vol. 54, No. 8, 2016
テルペン環化酵素による巧みな合成の技
遠距離ヒドリドシフトと炭素 – 炭素結合の組換えを一気に触媒
テルペノイドは炭素数5(C5)のイソペンテニル二リ ン酸,およびその異性体であるジメチルアリル二リン酸 に由来するイソプレン単位を基本骨格としてもつ化合物 の総称であり,その炭素数からモノ(C10)・セスキ
(C15)・ジ(C20)テルペンと分類されている.これまで に数万種類の多様な構造のテルペノイドが報告されてお り,それらは多様な生物活性を示すことから工業原料や 医薬品などとして利用されてきた.たとえば,2015年 度のノーベル生理学・医学賞で話題となった抗マラリア 薬のアルテミシニンは,複雑な環状構造をもつセスキテ ルペンである.
これらの多様な構造をもつテルペノイドは,イソプレ ン単位が縮合したC10・C15・C20の炭素数のイソプレニ ル二リン酸が環化・転移・修飾反応などを受けることで 生合成される.なかでも多くのテルペノイドがもつ複雑 な環状構造は,テルペン環化酵素と呼ばれる酵素単独の 反応によって構築される.テルペン環化酵素はその反応 開始機構によってI型とII型に分類されるが,I型テル ペン環化酵素は基質となるイソプレニル二リン酸の二リ ン基の脱離によって反応を開始する.基質は酵素内部の 疎水性の高い活性中心ポケットの中で二リン基が脱離さ れカルボカチオン中間体となり,連続的なカチオン転位 反応によって新たな炭素‒炭素結合が形成された後に,
水酸基の付加あるいはプロトンの脱離によってカルボカ チンが消去されて反応産物へと変換される.テルペン環 化酵素が正しい立体構造をもつ反応産物を与えるために は,開始基質や反応途中のカルボカチオン中間体の立体 構造を正しく制御するとともに,適切なタイミングでカ チオン転位反応を終了させなければならない.そのよう なテルペン環化酵素のもつ精巧な制御機構を理解するこ とで,新奇炭素骨格をもつテルペノイドの創製や生体触 媒の開発が期待される.そのため,これまでにいくつか のテルペン環化酵素の機能解析が行われてきたが,環化 機構を完全に示した例は多くはない.今回, お よび での実験を組み合わせることでジテルペン 環化酵素CotB2の環化反応機構の詳細が解明された(1).
放 線 菌 MI614-43F2 が生産するサイクロオクタチンは,5-8-5員環骨格をも
つジテルペンである.サイクロオクタチンの生合成遺伝 子クラスターは2009年に報告されており,その環状骨 格構造は細菌では初めての報告となるI型ジテルペン環 化酵素CotB2の触媒作用によって構築されることが明ら かにされた(2).CotB2は炭素数20の不斉点をもたない非 環状化合物,ゲラニルゲラニル二リン酸(GGDP)を基 質として,6つの不斉点をもち3つの環構造が縮合した サイクロオクタット-9-エン-7-オールを唯一の反応産物 として与えることから,テルペン環化酵素の中でも極め て精巧に環化反応を制御していることが示唆されてい た.
そこで,CotB2による環化反応機構の解明のため,サ イクロオクタチン生合成遺伝子クラスターを導入した異 種放線菌 に6個すべての炭素を13Cで 標識したグルコース([U-13C6] glucose)を取り込ませ るトレーサー実験が行われた.次いで,この異種発現株 から精製されたサイクロオクタチンの13C-NMR解析に よって,環化反応の過程でGGDPの8と9位の炭素が入 れ換わることが示された.さらには,GGDPの2, 6, 8, 9, 10位それぞれの水素原子を重水素原子に置換した5種の ラベル化基質とCotB2との 反応が行われ,反応 産物における各重水素原子の転位位置について1H-NMR と2H-NMRを用いて解析することで,CotB2のユニーク な環化反応機構が明らかにされた(1, 3)(図1A).
まず,CotB2の活性中心ポケット内において,GGDP の二リン酸基の脱離に伴い閉環反応を経て二環式中間体
(中間体A)が形成された後に,水素原子が5結合離れ た炭素原子へ転位する1,5-ヒドリドシフト,およびカチ オン転位によって三環式中間体(中間体B)が生成して 骨格構造が完成する.次に,水素原子が隣接する炭素へ 転位する1,2-ヒドリドシフトおよび1,5-ヒドリドシフト によってカルボカチオンが転位した中間体(中間体C)
へと変換される.最後にシクロプロパン環をもつ2種類 の異性体(中間体D, E)を経た炭素‒炭素結合の組換え が起こり,隣接する8と9位の炭素が入れ換わった後に サイクロオクタット-9-エン-7-オールがCotB2内から放 出される.このシクロプロパン環を介した炭素‒炭素結 合の組換えは,セスキテルペンであるツヨプセン(Thu-
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jopsene)を酸性条件下で処理した際にも起こることが 報告されている(4).また,量子化学計算による各中間体 と遷移状態の構造最適化およびエネルギー計算からも,
シクロプロパン環形成の過程はエネルギー障壁が高くは なく,この反応経路が酵素内で容易に起きることを支持 する結果が得られている(3, 5).
サイクロオクタチンと同じ5-8-5員環骨格を有するジ
テルペンとして糸状菌 が生産する
フシコクシンがあり,その生合成中間体であるフシコッ カ-2,10(14)-ジエンの合成を触媒するテルペン環化酵素 PaFSが報告されている(6).PaFSの機能解析から,二環 式中間体(中間体A)の形成以降はCotB2とは全く異な る反応経路を経て環状構造を合成することが推定されて いる(図1B).このことから,テルペン環化酵素はその 反応産物が同一の環構造であっても,どの異性体構造を 経由するのかによって異なる進化を遂げたことがうかが える.
今回得られた結果と構造生物学的情報を基にした変異 酵素実験などを組み合わせることで,CotB2の反応制御 機構について新たな知見が得られるだろう.また,ほか のテルペン環化酵素についても同様の解析を進めること で,テルペン環化酵素の一次配列と反応産物の関係性の 解明や,生合成酵素が同定されていないテルペノイドや 新奇骨格を有するテルペノイドを合成する生体触媒の開
発が期待される.
1) A. Meguro, Y. Motoyoshi, K. Teramoto, S. Ueda, Y. To- tsuka, Y. Ando, T. Tomita, S. Y. Kim, T. Kimura, M. Iga-
rashi : , 54, 4353 (2015).
2) S. Y. Kim, P. Zhao, M. Igarashi, R. Sawa, T. Tomita, M.
Nishiyama & T. Kuzuyama: , 16, 736 (2009).
3) H. Sato, K. Teramoto, Y. Masumoto, N. Tezuka, K. Sakai, S. Ueda, Y. Totsuka, T. Shinada, M. Nishiyama, C. Wang
: , 5, 18471 (2015).
4) W. G. Dauben, L. E. Friedrich, P. Oberhänsli & E. I. Ao- yagi: , 37, 9 (1972).
5) Y. J. Hong & D. J. Tantillo: , 13, 10273 (2015).
6) T. Toyomasu, M. Tsukahara, H. Kenmoku, M. Anada, H.
Nitta, J. Ohkanda, W. Mitsuhashi, T. Sassa & N. Kato:
, 11, 3044 (2009).
(寺本和矢,葛山智久,東京大学生物生産工学研究セン ター)
プロフィール
寺本 和矢(Kazuya TERAMOTO)
<略歴>2013年東京大学農学部応用生命 科学課程生命化学・工学専修卒業/2015 年同大学大学院農学生命科学研究科応用生 命工学専攻修士課程修了/同年同博士課程 進学,現在に至る<研究テーマと抱負>微 生物の生産するテルペノイドの生合成研究
<趣味>料理,ドライブ 図1■5-8-5員環骨格形成を行うジテルペン環化酵素CotB2(A)およびPaFS(B)の環化反応機構
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536 化学と生物 Vol. 54, No. 8, 2016 葛山 智久(Tomohisa KUZUYAMA)
<略歴>1990年東京大学農学部農芸化学 科卒業/1992年同大学大学院農学系研究 科農芸化学専攻修士課程修了/1995年同 博士課程修了/同年東京大学分子細胞生物 学研究所助手/2004年同大学生物生産工 学研究センター助教授/2007年同准教授,
現在に至る<研究テーマと抱負>微生物の 生産する複雑な構造をもつ化合物の生合成 研究<趣味>旅行,ドライブ
Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.534
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