【解説】
Natural Killer T Cells and Their Glycolipid Ligands
Takuya TASHIRO, Kenji MORI, 理化学研究所ライフサイエンス 技術基盤研究センター創薬化学基盤ユニット
近年,T細胞の一種であるナチュラルキラーT(NKT)細胞 の機能が次々と明らかにされている.このリンパ球は糖脂質 抗 原 を 認 識 し て 活 性 化 さ れ,多 種 類 の サ イ ト カ イ ン 産 生 を 行って免疫賦活・抑制両方の反応を誘導することができる.
目的とする免疫応答を選択的に誘導させるために,種々の糖 脂 質 抗 原 を 用 い た 構 造 活 性 相 関 研 究 が 精 力 的 に 行 わ れ て い る.ま た,2012年 に はNKT細 胞 療 法 に よ る 肺 が ん 治 療 が 先 進 医 療Bと し て 承 認 さ れ た.NKT細 胞 と は ど の よ う な も の なのか,その活性化機構とともに概説する.
はじめに
1986年,千葉大学の谷口らは均一な抗原レセプター をもつT細胞を発見した.この特異な系列のリンパ球 は,のちにNKT細胞 (Natural Killer T cell) と呼ばれ ることとなり,がんや感染防御,移植片の生着における 免疫寛容,さらには糖尿病やさまざまな疾患との関連が 報告されることとなった(1)
.NKT細胞の名前は,NK細
胞の性質を併せ持つT細胞であることに由来する(2)
.肝
臓や骨髄に存在するT細胞系列の細胞群の約50%,脾臓 では約5%を占めている.NKT細胞の最大の特徴は,(ほとんど)多様性のないただ1種類で均一なT細胞受 容体 (T cell receptor ; TCR) を発現している点である.
さらに,通常のT細胞のTCRがアミノ酸断片を認識す る の に 対 し て,NKT細 胞 のTCR(以 下,NKT-TCR)
は糖脂質を抗原として認識する点で,抗原の認識範囲を T細胞と補完し合っている.
本稿では,NKT-TCRの抗原認識機構から,どういっ た抗原がNKT細胞のリガンドとして活性化を行うの か,そしてNKT細胞の機能を制御した臨床応用の現状 までを概説する.
NKT
細胞の働きNKT細胞はNK細胞の性質も備えていることから,
がん細胞などに対してプログラム細胞死を誘導できる.
ただし生体内における存在量が少ないことから,直接的 な細胞障害活性の効果は限定的である.一方で,NKT 細胞は多量のサイトカインを産生する能力を有してい
ナチュラルキラー T細胞と 糖脂質リガンド
田代卓哉,森 謙治
る.IFN-
γ
などのヘルパー T (helper T : Th) 1型サイト カイン産生による自然免疫系の活性化,IL-4などのTh2 型サイトカイン産生によるB細胞の抗体産生促進やアレ ルギー性炎症の惹起,IL-17産生による非アレルギー反 応の誘導,そしてIL-10産生による自己免疫疾患の発症 抑制に関与していると考えられている.これら4つの機 能はそれぞれ異なったNKT細胞の亜集団によって行わ れていることが解明されつつある.感染防御に関係する 亜集団が全体の約90%を占めていることや,クローン 増殖を必要とせず,抗原認識後即座に多量のサイトカイ ン産生を行うことができることから,現在ではNK細胞 やT細胞,B細胞などの活性化を誘導するアジュバント(賦活化)機能が生体内での主な役割であると考えられ ている(1)
.
NKT
細胞による抗原認識機構NKT細胞が糖脂質を抗原として活性化され,サイト カイン産生を通して免疫反応を誘導する機構の概略を図
1
に示す.NKT-TCRがCD1d分子と糖脂質との複合体を 認 識 す る 様 子 は,2007年 に ヒ トNKT-TCR/糖 脂 質 KRN7000 (1)/CD1dのX線結晶構造が報告され,明ら かにされた(3).CD1d/糖脂質複合体において,1の2本
のアルキル鎖はF′およびA′と呼ばれる疎水性ポケット に収められており,一方で糖部分はCD1dの疎水性ポ ケット外にさらされている.CD1d, 糖脂質 (1) および NKT-TCRについて以下に解説する.1. CD1d:抗原提示タンパク質
CD1とは,樹状細胞やB細胞などの抗原提示細胞上に 存在し,非ペプチド性抗原の提示を行う膜上タンパク質 である.なかでもCD1dはNKT細胞に対して糖脂質を 提示する役割を担っている.クラスI型のMHC(主要 組織適合)分子に似た構造で,
α
鎖とβ
2ミクログロブリ ンの二量体からなる.このα
鎖上部に疎水性ポケットが あり,糖を含む親水性部をα
鎖上の2本のα
へリックス で挟みながらCD1d表面に提示する.また,CD1dは種 属に1種類しか存在しない(多様性がない)抗原提示タ ンパク質であり,柔軟性に富んでいて,天然・非天然を 問わずさまざまな(糖)脂質と結合して,それらを提示で きる.また,CD1dは種属間で極めて類似しているた め,ヒトNKT-TCRはマウスのCD1dを認識して活性化 され,その逆も可能である.2. α -ガラクトシルセラミド:NKT
細胞の糖脂質抗原 CD1dに結合し,NKT細胞を強力に活性化する糖脂質 としてKRN7000 (図1, 化合物1)が知られている
(4).こ
の糖脂質は1995年にキリンビール(株)によって開発され た抗腫瘍活性物質である(5).琉球大学の比嘉らが沖縄産
海綿 の抽出物から単離した糖脂質ア ゲラスフィン-9b (2) をもとに構造活性相関 (Structure‒Activity Relationship ; SAR) 研究が行われて見いだされ 図1■CD1d依存型NKT細胞の活性化機構
(A) NKT細胞による糖脂質リガンドの認識と活性化の機構.
(B) ヒトVα24Jα18(I型) NKT細胞のNKT-TCRがCD1d/糖脂質 複合体を認識する際の結合様式.I型NKT細胞では,NKT-TCR のVα鎖が糖脂質の認識を行う.(C) KRN7000 (1) とアゲラス フィンの主成分 (Agelasphin-9b, 2) の構造と開発.
抗腫瘍活性の強い 類縁体の探索
(構造活性相関研究)
た.その2年後に千葉大学の谷口らによって,1がCD1d のリガンドであり,NKT細胞を活性化することが明ら かにされた(4)
.
免疫学者の間では
α
-GalCerとも呼ばれる1
は,炭素数 18のフィトスフィンゴシンと炭素数26の直鎖飽和カル ボン酸(セロチン酸)からなるセラミドに,ガラクトー スがα
-結合したα
-ガラクトシルセラミドである.マウ ス,ヒトいずれのCD1dとも強固に結合して強い免疫賦 活活性を示すことから,NKT細胞の研究者にとっては 活性評価の際の標準物質として重要な役割を果たしてお り,市販されている.3. NKT細胞の T
細胞受容体:NKT-TCRCD1dに提示された糖脂質を認識するNKT細胞は,
NKT-TCRに着目して2種類に大別される.V
α
24Jα
18(ヒト,マウスではV
α
14Jα
18)という均一な可変部位を もつTCRを発現しているものをI型,それ以外はII型に 分類される(6).大部分のNKT細胞はI型であるため,
一見するとNKT細胞のTCRには多様性がないように見 える.そのためI型NKT細胞を invariant(不変な)
NKT細胞と呼ぶこともある.T細胞のTCRには1011〜 1015種類あることと比較すると特異である.また,V
α
鎖は極限られた種類のVβ
鎖と対をなしており,ヒトで はVβ
11と の み 会 合 す る(マ ウ ス で は90%以 上 がVβ
8.2).なぜV α
24はT細胞のTCRでは使われていないの か,なぜJα
18とだけ遺伝子再構成を起こすのかなど,いまだによくわかっていない点も多い.なお,invariant NKT細胞は糖脂質
1
とCD1dとの複合体を認識して活性 化されることから,1を認識するNKT細胞をI型,それ 以外をII型として分類することもある.NKT
細胞を活性化する天然糖脂質リガンド 個体内の糖脂質(内在性)も外来性糖脂質も,いずれ もNKT細胞によって認識されて免疫反応を誘導する.ここではCD1dに提示されてNKT細胞を刺激する糖脂 質について述べる.紙面の都合上,本稿ではI型NKT 細胞のリガンドについて述べる.II型NKT細胞のリガ ンドについてはほかの総説を参考にしていただきた い(7)
.外来性という範疇には,筆者らが長年取り組んで
きたNKT細胞の選択的活性化を誘導する合成糖脂質の SAR研究が含まれるが,これに関しては章を分けて「I 型NKT細胞の合成リガンド」において解説する.1. NKT細胞の内在性リガンド
NKT細胞は,病原体を除いた環境下でも正常に分化 し,クローン増殖して存在している.また,常に活性化 された状態にあり,抗原刺激に対して即座に免疫応答を 行う.これらの点から,古くから内在性リガンドの存在 が指摘されており,その探索研究が行われている.2004 年,Zhou, Bendelacらはリソソームのスフィンゴ糖脂質 であるイソグロボトリヘキソシルセラミド(iGb3, 3, 図
2
) がヒト,マウスNKT細胞に認識されることを報告した.一方で,ヒトでは3の合成酵素が存在しないことや,iGb3 シンターゼノックアウトマウスにおいてもNKT細胞は 正常に分化していることから,3がNKT細胞の分化誘 導に必須の内在性リガンドなのかはさらなる議論が必要 であろう.また2011年にBrennerらは,微生物感染に より
β
-グルコシルセラミド (β
-GlcCer, 4) の生体内濃度 が高まることから,内在性リガンドであると報告してい る(8).これらセラミドに糖が β
-結合した糖脂質はどのよ図2■天然に由来する主なI型NKT 細胞リガンド
うにCD1dに結合してNKT細胞に認識されるのであろ うか.Rossjohnらは,3を含め数種の
β
-グリコシドに対 してNKT-TCR, CD1dとの結晶構造を解明している.糖 部位の水酸基がα
-体,β
-体間で同じアミノ酸残基と水素 結合を形成している点は興味深い(9).
リン脂質もまた,NKT細胞のリガンドとなりえるこ とが知られている.生体内に広く存在しているリゾフォ スファチジルコリン (LPC, 5) は炎症細胞において濃度 が上昇していることからNKT細胞の内在性リガンドと 考えられており(10), NKT-TCR/5/CD1dの共結晶も得ら れている(11)
.また,胸腺細胞由来の脂質 6
もまたNKT 細胞のリガンドとなることが2012年に報告されてい る(12).T細胞と同様,NKT細胞の分化,成熟は胸腺内
で起こることから,6はNKT細胞の成熟に必須の内在 性リガンドであると考えられている.2. NKT細胞の外来性天然リガンド
KRN7000 (1) 開発のもととなった
2を筆頭に,数多
くの糖脂質がI型NKT細胞の天然リガンドとして報告 されている.NKT細胞が感染防御のために働いている ことから,特に微生物由来の脂質リガンドに関する報告 例が多い.天然由来の脂質成分は多数の構造類縁体(た とえばアルキル鎖長がさまざまに異なったもの)が含ま れていることが多いため,正確な生物試験の実施には合 成品を用いることが望ましい. 種のバク テリアから単離されたα
-ガラクチュロノシルセラミド(GalA-GSL, 7) や ラ イ ム 病 の 病 原 体 で あ る
由来の
α
-ガラクトシルジアシルグリセロー ル (BbGL-2c, 8) などにおいては,合成品を用いた活性 試験のみならずマウスNKT-TCR, CD1dとの結晶構造も 決定されている(13).最近,真菌由来の糖脂質もまた
NKT細胞を活性化すると報告された.喘息との関連があるとされる腐生性真菌 由来の糖
脂質アスペルアミドB (9) もまたCD1dにより提示さ れ,I型NKT細胞を活性化する(14)
.NKT細胞は広範な
糖脂質の認識に関係しているようである.スフィンゴイド塩基の構造と免疫賦活活性
スフィンゴシン(10, 図
3
)は,ドイツの医化学者 Thudichumにより1884年に脳から初めて単離され,そ の化学構造が謎であったことから,ギリシャ神話に出て くる謎かけの奇獣スフィンクス (sphinx) にちなんで命 名された話は有名である.スフィンゴシンを含め一連の スフィンゴイド塩基は,セリンとパルミトイル-CoAから生合成されるスフィンガニン (11) から導かれる.極 性部分に着目すると,生体内に存在しているスフィンゴ イド塩基は,主に
10, 11
とフィトスフィンゴシン (12)の3種に分類される.また,哺乳類の表皮中では遊離の スフィンゴイド塩基の約15%が6-ヒドロキシスフィンゴ シン (13) であることが知られており,これらスフィン ゴイド塩基 (10〜13) を含むセラミドならびに
β
-グリコ シルセラミドの存在も報告されている(15).
われわれは最近,これら4種のスフィンゴイド塩基を 含む糖脂質の間での免疫賦活活性を精査した.活性差を 十分に検出できるように,糖部分は
α
-ガラクトシドに,アシル鎖はセロチル基に統一した.これまでのSAR研 究から,
α
-ガラクトシドがβ
-体およびほかの糖を導入し たものよりも強力な活性を示すことと,CD1dの疎水性マウス(in vivo, i.v.)では最も
多量のIFN-γを産生誘導する
ヒトNKT-TCRは1のみを認識し,
14,15では活性化されない
マウス(in vivo, i.v.)において,14 は1の約2倍,15と16 は1 と同程度のIFN-γ産生を誘導した.IL-4 産生誘導能 は4種全て同程度であった
なおヒトの系での16の活性試験は未実施
O HO HO HOO
NH OH
O (CH2)23Me
14
OH
(CH2)12Me 4
5 HO
NH2
OH
Sphingosine (10)
(CH2)12Me 4
5
O HO HO
HOO NH
OH
O (CH2)23Me
KRN7000 (1)
OH
(CH2)12Me HO
NH2 OH
Phytosphingosine (12)
(CH2)12Me
OH OH
O HO HO
HOO NH
OH
O (CH2)23Me
15
OH
(CH2)12Me
4 HO
NH2 OH
Sphinganine (11)
(CH2)12Me
4
O HO HO
HOO NH
OH
O (CH2)23Me
16
OH
HO NH2
OH
6-Hydroxysphingosine (13)
(CH2)11Me OH (CH2)11Me
OH
6 6
図3■天然型スフィンゴイド塩基の構造と,そのα-ガラクトシ ルセラミドのSAR
マウス(in vivo, i.v.)では最も
多量のIFN-γを産生誘導する
ヒトNKT-TCRは1のみを認識し,
14,15では活性化されない
マウス(in vivo, i.v.)において,14 は1の約2倍,15と16 は1 と同程度のIFN-γ産生を誘導した.IL-4 産生誘導能 は4種全て同程度であった
なおヒトの系での16の活性試験は未実施
O HO HO
HOO NH
OH
O (CH2)23Me
14
OH
(CH2)12Me 4
5 HO
NH2 OH
Sphingosine (10)
(CH2)12Me 4
5
O HO HO HOO
NH OH
O (CH2)23Me
KRN7000 (1)
OH
(CH2)12Me HO
NH2
OH
Phytosphingosine (12)
(CH2)12Me
OH OH
O HO HO HOO
NH OH
O (CH2)23Me
15
OH
(CH2)12Me
4 HO
NH2
OH
Sphinganine (11)
(CH2)12Me
4
O HO HO
HOO NH
OH
O (CH2)23Me
16
OH
HO NH2
OH
6-Hydroxysphingosine (13)
(CH2)11Me OH (CH2)11Me
OH
6 6
A′ポケットがセロチル基で過不足なく充填され,最も 多量のサイトカイン産生を誘導することが見いだされて いるためである.マウス ( ) においては,生体内 で最も多量に存在している10を主鎖にもつ糖脂質
14が
最も多量のIFN-γ
産生を誘導した.一方で糖脂質15, 16
の活性は1と同程度であった.マウスNKT細胞が14に 強く反応するのとは対照的に,ヒトNKT-TCRは1に対
してのみ強い活性を示し,4-位に水酸基をもたないス フィンゴシン鎖をもつ糖脂質は認識しないことが報告さ れている(16).換言すれば,ヒトNKT細胞の活性化には
フィトスフィンゴシンの4-位水酸基が必須だということ である.ただし図1に示したように,ヒトNKT-TCR/1/CD1dの結晶構造中では,4-位水酸基は水素結合形成に 関与している形跡が認められない.Molecular Dynam- icsシミュレーションなどによる結合状態の経時的な解 析により,今後4-位水酸基の役割が明らかになることを 期待したい.
なおわれわれは,マウス ( ) に対して最も反応 の強かった糖脂質14に対応する
β
-ガラクトシルセラミド とβ
-グルコシルセラミドの合成と活性評価も行っている.これらはIFN-
γ
の産生をほとんど誘導しない一方で,十 分に検出可能な量のIL-4の産生を誘導した.生体内に多 量に存在しているβ
-グリコシルセラミドはC24 : 1のアシ ル鎖(ネルボニル基)をもつものが多く(脳では約70%, 脾臓では約35%)(17), それらはセロチル基をもつものと 同程度の活性を示すと考えられる.したがって,これら 糖脂質は体内でNKT細胞を弱く活性化している可能性 が高い.I
型NKT
細胞の合成リガンドKRN7000 (1) は強力にNKT細胞を活性化するあまり,
1度の投与でTh1型,Th2型両方のサイトカインを同時 かつ多量に産生誘導する.Th1/Th2いずれかを選択的 に産生誘導するような糖脂質が開発できれば,免疫反応 を自在に操ることで抗がん剤,あるいは自己免疫疾患の 治療薬として応用できる可能性がある(18)
.しかもCD1d
やI型NKT-TCRには多様性が少ないことから,万人に 効果が期待できる.そのような背景から,さまざまなI 型NKT細胞のリガンドが合成されSARが調べられてい る.容易に改変可能な部分構造は図4
に示す5カ所であ ろう.1のSARに関しては多くの総説があるので,詳細 はそれらを参照していただきたい(19).ここではTh1型
およびTh2型の免疫応答を優先的に誘導するいくつか の糖脂質を挙げるにとどめる.ここで,Okiらにより提唱されているSARの重要な 傾向を紹介しておきたい(20)
.Th1型サイトカインであ
るIFN-γ
の体内濃度は抗原糖脂質での刺激後12 〜 24時 間後に極大となるのに対して,Th2型サイトカインの IL-4は1 〜3時間と,投与後の早い時間帯で極大となる.したがって,CD1dとの親和性の高い抗原は強い活性化 シグナルがNKT細胞に伝えられるためIFN-
γ
産生を誘 導し,逆に親和性が低いものはIL-4を選択的に産生誘 導するというものである.アルキル鎖長と産生される Th1/Th2サイトカイン比の相関が調べられており,鎖 長の長いもの(=CD1dの疎水性ポケットと親和性が高 いもの)はTh1型に,鎖長が短くなるとIFN-γ
の産生量 が低下してTh2型の免疫応答が誘導されることが示さ れている(図5
).
1. Th1型に偏った免疫応答を誘導する糖脂質
CD1dとの親和力が強い,あるいは化合物自身が代謝 を受けにくく長時間NKT細胞を刺激できる糖脂質は,
1よりもTh1型側に偏った免疫応答を誘導する糖脂質
(Th1型糖脂質)である傾向が見られる.ただし,IL-4 の産生量を低下させるための有効な構造改変はいまだ明 らかではない.
1)CD1d
との親和力の増強Wongらにより,アルキル鎖上に芳香環を導入した類 縁体が開発されている.7DW8-5 (17) は
π
‒π
スタッキン グなどの効果によりCD1dとの親和性が高まっており,ヒトの系において高いTh1/Th2比でサイトカイン産生 を誘導する.HIVなどのワクチンアジュバントとして 臨床応用に向けた研究が進められている.
糖部位の6-位水酸基はNKT-TCR, CD1dいずれのアミ ノ酸残基とも水素結合を形成していないばかりか,周囲 をCD1dの疎水性残基に囲まれている.そこで,この水 酸基を修飾してCD1dとの親和性を高めたTh1型類縁体 が報告されている.われわれは糖の6-位水酸基をメチル エーテルへと変換したRCAI-61 (18) を合成した.18は 多量のサイトカインを1の約10倍のIFN-
γ
/IL-4比で産 生誘導した(21).一方,Calenberghらはウレイド結合を
介してナフタレン環が導入されたNU-α
-GalCer (19) が,Th1側に偏ったサイトカイン産生を誘導し,強い抗腫瘍 活 性 を 示 す こ と を 見 い だ し た.マ ウ スV
β
8.2 NKT- TCR/19/CD1d結 晶 構 造 に お い て,ナ フ タ レ ン 環 が CD1dのα
1へリックス上のMet69とα
2へリックス上の Thr159との間に挿入され,CD1dとの高い親和性を獲 得していることが確認されている.2)糖脂質の代謝安定性の向上
糖とセラミドとの結合部分のアセタール構造をエーテ ル構造へと変換した -ガラクトシドは,生体内での安定 性が高められ,Th1型の免疫応答を誘導することが報告 されている.Franckらが開発した
α
- -GalCer (20) は,NKT-TCRとCD1d/20との親和性が1の場合より低いに もかかわらず,マウスにおいて強力な抗腫瘍活性を誘導 する.理由はよくわかっていないが,
20はヒトではほと
んど活性を示さない.GCK152 (21) はヒトでも効果が ある.A
O HO OH HO
HO (CH2)12Me HN
O (CH2)6 OH
OH
GCK152 (21)
O HO OH HO
HO (CH2)12Me HN
O (CH2)23Me OH
OH
-C-GalCer (20)
HO OH HO
HOO (CH2)12Me HN
O (CH2)23Me OH
OH
RCAI-56 (22)
O HO OH HO
HOO OH
HN OH (CH2)12Me
O
7DW8-5 (17)
(CH2)9
F
O HO HO
HOO OH
HN O
OH (CH2)12Me
(CH2)23Me
RCAI-61 (18)
6''OMe
O HO HO
HOO OH
HN O
OH (CH2)12Me
(CH2)23Me HN
O HN
NU- -GalCer (19)
B
CD1dとの親和性を高めた類縁体
糖脂質の代謝安定性を高めた類縁体
C
O HO HO
HOO OH
HN O
OH (CH2)3Me (CH2)21Me
OCH (23)
OH
OHO HO HO HOO
N
(CH2)12Me N OH
N (CH2)22Me
Triazole analog (26)
OH HO OHO
HO HOO O
(CH2)12Me OH O (CH2)23Me
RCAI-80 (27)
OH O HO OH HO
HOO OH
HN OH (CH2)12Me
O (CH2)6
KBC-009 (24)
N(CH2)8Me (CH2)8Me
O HO HO
HOO (CH2)12Me HN OH
OH HN O
(OCH2CH2)nOMe
O (CH2)23Me
GalCerMPEG (25) Th1型免疫応答を優先的に誘導する主な合成糖脂質リガンド
Th2型免疫応答を優先的に誘導する主な合成糖脂質リガンド
α α
α
図4■主な合成糖脂質の構造
(A) 修飾が可能なKRN7000 (1) の 部分構造.(B) Th1型免疫応答を優 先 的 に 誘 導 す る 主 な 合 成 糖 脂 質.
(C) Th2型の合成糖脂質.
IFN-γ(Th1型サイトカイン)を
(多量に)産生誘導させる糖脂質
・生体内で分解されにくい構造
・CD1dとの親和力,あるいは糖 脂質/CD1d複合体とNKT-TCR との結合を強める官能基を もつもの
Th1-type Immune response
Th2-type Immune response
Th1/Th2型サイトカインは それぞれがアンタゴニスト の関係にあるIL-4(Th2型)選択的なサイトカイン 産生を誘導させる糖脂質
・CD1dとの親和力が弱い構造
(疎水性部位の削減や親水性 官能基の導入等によりCD1d の疎水性ポケットとの親和性 が低下)をもつもの
図5■KRN7000 (1) と比較した際 の,Th1/Th2型糖脂質の構造上の 特徴
A
O HO OH HO
HO (CH2)12Me HN
O (CH2)6 OH
OH
GCK152 (21)
O HO OH HO
HO (CH2)12Me HN
O (CH2)23Me OH
OH
-C-GalCer (20)
HO OH HO
HOO (CH2)12Me HN
O (CH2)23Me OH
OH
RCAI-56 (22)
O HO OH HO
HOO OH
HN OH (CH2)12Me
O
7DW8-5 (17)
(CH2)9
F
O HO HO
HOO OH
HN O
OH (CH2)12Me
(CH2)23Me
RCAI-61 (18)
6''OMe
O HO HO
HOO OH
HN O
OH (CH2)12Me
(CH2)23Me HN
O HN
NU- -GalCer (19)
B
CD1dとの親和性を高めた類縁体
糖脂質の代謝安定性を高めた類縁体
C
O HO HO
HOO OH
HN O
OH (CH2)3Me (CH2)21Me
OCH (23)
OH
OHO HO HO HOO
N
(CH2)12Me N OH
N (CH2)22Me
Triazole analog (26)
OH HO OHO
HO HOO O
(CH2)12Me OH O (CH2)23Me
RCAI-80 (27)
OH O HO OH HO
HOO OH
HN OH (CH2)12Me
O (CH2)6
KBC-009 (24)
N(CH2)8Me (CH2)8Me
O HO HO
HOO (CH2)12Me HN OH
OH HN O
(OCH2CH2)nOMe
O (CH2)23Me
GalCerMPEG (25) Th1型免疫応答を優先的に誘導する主な合成糖脂質リガンド
Th2型免疫応答を優先的に誘導する主な合成糖脂質リガンド
α α
α
IFN-γ(Th1型サイトカイン)を
(多量に)産生誘導させる糖脂質
・生体内で分解されにくい構造
・CD1dとの親和力,あるいは糖 脂質/CD1d複合体とNKT-TCR との結合を強める官能基を もつもの
Th1-type Immune response
Th2-type Immune response
Th1/Th2型サイトカインは それぞれがアンタゴニスト の関係にあるIL-4(Th2型)選択的なサイトカイン 産生を誘導させる糖脂質
・CD1dとの親和力が弱い構造
(疎水性部位の削減や親水性 官能基の導入等によりCD1d の疎水性ポケットとの親和性 が低下)をもつもの
エーテル構造をもつ1の糖脂質としては,擬似糖とし て広く応用されているカルバ糖が思い浮かぶ.われわれ は1の
α
-カルバガラクトース類縁体RCAI-56 (22) を合 成した.予期したとおり代謝安定性が高く,マウス () の系で
1の約4倍量のIFN- γ
と,同程度のIL-4の産 生を誘導した(22).興味深いことに,22
はヒトの系でも 強い活性を示し,Th1型に偏ったサイトカイン産生を誘 導した.CD1d/1結晶構造においては,糖とセラミドの 結合部位の酸素原子はヒトCD1dのThr154(マウスで はThr156)と水素結合を形成している.この酸素原子 の存在がヒトの系における活性発現に重要なのであろう か.2. Th2型に偏った免疫応答を誘導する糖脂質
1に対して,CD1dとの親和性を低下させてNKT細胞
の刺激時間を短くするような修飾を施すことで,Th2型 の免疫応答を選択的に誘導させる糖脂質(Th2型糖脂 質)が開発されている.先駆的なTh2型糖脂質はOCH(23) である.Miyamotoらにより
1の2本のアルキル鎖
を短縮することで見いだされた23は,CD1dとの疎水性 相互作用が弱められ,Th2型に偏ったサイトカイン産生 を誘導する.自己免疫疾患のモデルである実験的自己免 疫性脳脊髄炎マウス (EAE) において,23の投与は顕著 な進行抑制を誘導することが確認されている(23).
親水性官能基の導入によってTh2型糖脂質へと導い た報告もある.アシル鎖上にジアルキルアミノ基を導入 したKBC-009 (24) は,マウス ( ) に対して
1よ
りも多量のIL-4の産生を誘導した.CD1d/24のドッキ ングモデルでは,アシル基を収めるCD1dのA′ポケット に2本に分岐したアルキル基が綺麗に充填されているも のの,分岐点のアミノ基の存在がアシル基の親水性を高 めるため,Th2型の免疫応答が誘導されるものと思われ る.インフルエンザワクチンに対する24の高いアジュ バント効果が確認されている.なお,糖部分6-位水酸基 にPEG鎖を導入して水溶性を高めたα
GalCerMPEG (25)もまた,Th2型側に偏ったサイトカイン産生を誘導する ことが報告されている.
そのほか,アミド結合を生物学的等価体へと変換する ことでTh2型類縁体を見いだした例もある.1,2,3-トリ アゾール類縁体 (26) やエステル類縁体 (RCAI-80 :
27)
では,マウス ( ) において1と比較して有意に IL-4に偏ったサイトカイン産生が誘導されている.この ことは,アミド結合がCD1dとの結合に重要な役割を果 たしており,この部分の修飾は結合力の変化を通して活 性に大きな影響を与えることを示している.
NKT
細胞療法の現状1999年に谷口らは,1を単独で投与するよりも,あら かじめ体外に取り出した樹状細胞を1とともに培養し,
再び体内に投与するという細胞療法のほうが,より強い 抗腫瘍活性を示すことを見いだした(24)
.NKT細胞療法
の臨床研究は2001年から千葉大学医学部で進行期肺が ん(IIIB, IV, 再発)および頭頸部がん患者を対象として 開始されており,肺がんでは60%の患者で平均生存期 間は約30カ月,上顎がんの場合は100%の患者で有効性 が確認され,両疾患とも2011年と2012年には先進医療 Bとして実施することが承認された.理化学研究所の藤井らは,CD1dを強発現しているヒ ト由来のアロ細胞に
1をパルスし,そこへがん抗原の
mRNAを導入したヒト型人工アジュバントベクター細 胞の作製を報告している(25).本手法では,NKT, NK細
胞の活性化とともに,抗原に反応するT細胞の活性化 誘導も行われるため,強い抗腫瘍効果を発揮する.高い 安全性と1年以上の免疫記憶の獲得,対象患者のHLA(Human Leukocyte Antigen : ヒト白血球抗原,ヒトの MHC)拘束性(がん抗原を提示できるかどうか)を考 慮する必要がないなどの長所を併せ持っている.がん抗 原を入れ替えるだけで多様ながんに対応したベクター細 胞を調製することができることから,新たな細胞製剤と しての医薬製剤化が期待されている.
結論
本稿では,NKT細胞の特徴からリガンドまでを概説 した.冒頭でも述べたとおり,NKT細胞は免疫応答の 主役というよりは,自然免疫の反応を増幅して獲得免疫 系の活性化を行う情報伝達が主な役割であると考えられ ている.この働きを利用して免疫反応を制御することを 目指し,現在でもさまざまな糖脂質が免疫賦活剤として 開発されている.一方で,どのような部分構造がTh1型,
あるいはTh2型の免疫反応を誘導するのか,いまだ明ら かになっていない.NKT細胞を自在に操り,免疫反応 が関与する疾患の治療薬となりうる糖脂質が開発される ことを期待して筆を置く.
謝辞:NKT細胞の研究に取り組む機会を与えてくださいました谷口 克 先生(理化学研究所統合生命医科学研究センター特別顧問)に心より感 謝申し上げます.また,本稿執筆に際してご助言を賜りました小山裕雄 先生(理化学研究所創薬化学基盤ユニット長)に厚く御礼申し上げます.
文献
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プロフィル
田代 卓哉(Takuya TASHIRO)
<略歴>1998年東京理科大学理学部化学 科卒業/2000年同大学大学院理学研究科 修士課程修了/2001年同大学理学部第二 部化学科助手/2003年博士(農学)(東京 大学大学院農学生命科学研究科)/2004年 理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研 究センター研究員/2013年同研究所ライフ サイエンス技術基盤研究センター研究員/
2014年より新潟薬科大学薬学部助教<研 究テーマと抱負>スフィンゴ糖脂質の合 成,エピジェネティクス関連分子の構造活 性相関,化学物質の合成を通して生命現象 の解明に貢献したい<趣味>公園の散策と レビュー(子どもと),温泉めぐり 森 謙 治(Kenji MORI)
<略歴>1957年東京大学農学部農芸化学 科卒業/1962年同大学大学院化学系研究 科農芸化学専攻博士課程修了(農博)後,
同大学農学部助手,助教授,教授を経て,
1995年同大学名誉教授/同年東京理科大学 教授(〜2001年)/2002年富士フレーバー
(株)顧問(〜2011年)/2003年理化学研究 所研究顧問(〜2006年)/2006年同研究所 研究嘱託(〜2013年),東洋合成工業(株)
顧問(現職)/2013年理化学研究所客員主管 研究員(現職)<研究テーマと抱負>フェ ロモンの合成,スフィンゴ糖脂質の合成,
生物学者の必要なものをつくってあげつづ けたい<趣味>読書(宗教,哲学,文学), 散歩,小旅行