今日の話題
78 化学と生物 Vol. 51, No. 2, 2013
バイオコントロール細菌の抗菌性制御機構
細菌にしっかり働いてもらうためには
は環境中に広く生息するグ ラム陰性細菌であり,そのうちのいくつかは植物の根圏 において病原微生物と拮抗することにより植物を保護す るバイオコントロール細菌としての特徴を有する.
が病害防除に役立つ原因の一つに,本細菌が その二次代謝産物として抗菌性物質などのバイオコント ロール因子(フロログルシノール,ピオルテオリン,
AprAプロテアーゼなど)を菌体外に産生することが挙 げられ,これにより病原微生物は駆逐される(1)
.バイオ
コントロール因子をコードするmRNAは通常,リプ レッサー (RsmA, RsmE) によって負に制御されてい る.しかし増殖に伴いGacS/GacAと呼ばれる二成分制 御系が活性化されると,同調して small RNA (RsmX, RsmY, RsmZ) の量が増え,これらにより上述のリプ レッサーはトラップされ,結果としてフリーになった mRNAの翻訳が進みバイオコントロール因子の産生量 が高まる(図1
).こうした仕組みが現在までに明らか
に さ れ て き た が,こ のGac/Rsmシ グ ナ ル 伝 達 系(Gac : Global activator, Rsm : Regulator of secondary metabolism) と呼ばれる一連のカスケードは細菌のライ フサイクルのなかで常に発動しているわけではなく,ど のような「きっかけ」で発動するようになるのかについ ては不明な点が多い.そこで筆者は,発動のきっかけと なる因子を探索し,それらを制御しつつ「バイオコント ロール細菌をコントロール」することができれば,本細 菌による植物保護効果をより高められるのではないか,
という視点のもと研究を進めている(2)
.
細菌のライフサイクルを語るうえで欠かせないのが,
その社会的,集団的な行動様式であるが,これについて は細胞内外を行き来する低分子シグナル物質(オートイ ンデューサー)によるcell-to-cellコミュニケーション,
すなわちクオラムセンシングが代表的である.上述の によるバイオコントロール因子の発現制 御機構も菌密度依存的であるためクオラムセンシングの 様式にあてはまるものであるが,オートインデューサー に該当する物質はいまだ単離されていないなど不明な点 が多い.一方で近年,そうしたオートインデューサー以 外にも,核酸を基本骨格とした分子が細菌のさまざまな
表現型を支配するシグナル物質となりうるという報告が 増えてきている.セカンドメッセンジャーと呼ばれるそ れ ら の シ グ ナ ル 物 質 に は,cAMP(サ イ ク リ ッ ク AMP)
,c-di-GMP(サイクリックdi-GMP) ,ppGpp(グ
アノシン四リン酸)などが含まれる(3).
筆者らはバイオコントロール細菌の菌体内における代 謝物質と,本細菌の抗菌性との関連性を明らかにするた め,抗菌性に差の見られる変異株を用いたメタボローム 解析を行った.解析に供したのは上述のGacAの欠損変 異株,およびGacS/GacAを負に制御するRetSの欠損変 異株である(図1)
.
変異株ではGac/Rsmシグナル 伝達系がシャットダウンされ,small RNAの発現量の 低下およびそれに伴う抗菌性の低下が見られるが,変異株はそれとは相反する表現型(高レベルのsmall RNA発現,および抗菌性の亢進)を示す.また,筆者 らは以前TCAサイクルにかかわるFumaraseを欠損さ せた変異株( 変異株)は 変異株と類似した表 現型を示すことを明らかにしており(4)
,これも解析に供
した.メタボローム解析結果の全体像として 変異 株は特にユニークな代謝パターンを示しており,GacS/GacA制御系が二次代謝のみでなく一次代謝にも関与す ることが明らかとなった.さらに, 変異株と
図1■ のバイオコントロール因子
の発現制御機構のモデル
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変異株では欠損させた遺伝子の機能は全く異なるもの の,代謝パターンが類似しており表現型と相関するなど 興味深い結果が得られた(5)
.
メタボローム解析で検出された代謝物質のうち,
変異株と 変異株の間で蓄積パターンが逆と なった代謝物質に着目すれば,GacS/GacAの制御下に あり抗菌性にも関与する物質の発見につながるのではな いかと考えた.そうした物質のなかに上述のppGppが 含まれており, 変異株ではppGppの蓄積量が高 まった一方, 変異株では低下していた.そこで
におけるppGppの役割を詳細に調べること とした.
ppGppは約40年も前に,アミノ酸飢餓に陥った大腸 菌から見いだされた物質であり,その合成酵素RelAを 欠 損 さ せ た 変 異 株 (relaxed mutant) で はstableな RNA (rRNAやtRNA) の合成を切り詰めなくなるな ど,警告物質 (alarmone) として機能することが発見当 初から明らかになり,長きにわたり研究されてきた(6)
.
そのメカニズムを簡単に述べると以下のとおりである.細胞内でアミノ酸が飢餓状態になると,アミノ酸を チャージしていないtRNAがリボソームに取り込まれる ようになり,それまでmRNA上をスムースに移動して いたリボソームが失速していく.そのことをppGpp合 成酵素であるRelAタンパク質が感知し,ppGppの蓄積 量が高まる.ppGppは,RNAをこれ以上作らせないよ うにstable RNAの合成に負に働く一方,アミノ酸合成 やタンパク質分解にプラスに作用しアミノ酸を補充しよ うとする.こうした巧妙な制御にかかわる分子だが,近 年,病原細菌の病原性など,警告物質としての機能以外 にも細菌のさまざまな表現型に影響することが報告され るようになったことから, における役割 についても興味がもたれた.
ppGppの合成,分解には,合成酵素RelAのほか,分 解と合成の両方を司る酵素SpoTが関与する.そこで,
のRelAおよびSpoTのホモログの同定,
およびそれらの欠損変異株の作出を行い解析に供した.
その結果, / の二重変異株ではppGppの蓄積 が見られず,かつ,small RNA発現量の低下および抗 菌性の低下が確認された.すなわち,ppGpp自身は Gac/Rsmシグナル伝達系に対しポジティブに関与する ことが示唆された.ppGppがGac/Rsmシグナル伝達系 のどの段階に関与するかについては明らかではないが,
筆者らの推測ではGacS/GacA二成分制御系か,あるい はsmall RNAに作用していると考えている(図1)
.ま
た,キュウリ幼苗と植物病原菌を用いた実験から,/ 二重変異株では植物保護能力も顕著に低下す ることが明らかとなったほか,細菌の運動能力および植 物根への定着能を評価したところ,野生株と比較し顕著 な低下が見られたことから,ppGppは抗菌性以外にも 運動能力や定着能といった環境中の適応能力にも影響 し,本細菌の総合的なバイオコントロール活性を維持す るために重要であることが示された(5)
.
ただ,small RNA発現量や抗菌性の低い 変異株 でppGppの蓄積量が高まっていたことは,一見矛盾す るようにも思われる.この原因を明らかにするため,
のプロモーター活性を 変異株と野生株の間で 比較したところ, 変異株では高菌密度下における 活性が高まっていた.このことから,ppGppの蓄積は GacS/GacA二成分制御系により負に制御されているこ と が 示 唆 さ れ た(お そ ら く 下 流 の リ プ レ ッ サ ー が ppGpp量 を 正 に 制 御 す る こ と に よ る )
.
す な わ ち,ppGppとGac/Rsmシグナル伝達系の間には,negative- feedback loopが存在し,ppGppの産生が高まりすぎな いよう自ら律しているのかもしれない.また,アミノ酸 飢餓とGac/Rsmシグナル伝達系のつながりの意義を説 明するとすれば,環境中の栄養の枯渇をバイオコント ロール細菌が自身のppGppを介して感じ取ったのち,
周辺のほかの微生物との競合に打ち勝つため,Gac/
Rsmシグナル伝達系を発動させて抗菌性物質を産生し ているとも言える.
今 回,バ イ オ コ ン ト ロ ー ル 細 菌 の 抗 菌 性 制 御 に ppGppが関与することを示したが,それ以外の物質も かかわっていると予測される.植物根圏は植物,土壌,
微生物などさまざまな因子が絡んでくるうえ,生き物で あるバイオコントロール細菌を理論どおりに操るには困 難が伴うが,抗菌性制御機構を理解したうえでバイオコ ントロール細菌にしっかり働いてもらうためにはどのよ うな条件が好ましいかを明らかにしていきたいと考えて いる.
謝辞:本稿で紹介した研究の一部は科学研究費補助金および農業・食品 産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター「イノベー ション創出基礎的研究推進事業 (BRAIN)」の支援を受けたものである.
1) 土屋健一,染谷信孝: 微生物と植物の相互作用―病害と
生物防除―,百町満朗,對馬誠也編,ソフトサイエンス
社,2009, pp. 36‒43.
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2) 竹内香純:バイオサイエンスとインダストリー,70, 23
(2012).
3) C. Pesavento & R. Hengge : , 12, 170 (2009).
4) K. Takeuchi, P. Kiefer, C. Reimmann, C. Keel, C. Dubuis, J. Rolli, J. A. Vorholt & D. Haas : , 284, 34976 (2009).
5) K. Takeuchi, K. Yamada & D. Haas : ,25, 1440 (2012).
6) K. Potrykus & M. Cashel : , 62, 35
(2008).
(竹内香純,農業生物資源研究所)
プロフィル
竹内 香純(Kasumi TAKEUCHI)
<略歴>2000年岡山大学大学院修士課程 修了/同年農林水産省農業生物資源研究所 研究員/2001年農業生物資源研究所研究 員/2010年同主任研究員,現在に至る.
この間,2004年博士(農学,岡山大学), 2007 〜 2009年ローザンヌ大学にて在外研 究<研究テーマと抱負>植物関連細菌(主 に 属細菌)の研究.特にバ イオコントロール細菌の抗菌性発現制御機 構を解明し,植物保護に役立てたい<趣 味>イヌ