【解説】
重要生薬の活性成分に対するモノクローナル抗体を作成し,
簡便かつ精確な分析法の開発,新抗体染色法であるイースタ ンブロットやノックアウトエキスの作成に成功.また,小型 化抗体遺伝子による新育種法を確立した.
タンパク質などの高分子化合物に関わる研究を遂行す るにあたり,モノクローナル抗体 (MAb) なしでは研究 の展開は不可能といっても過言ではなく,したがって数 限りないMAbが市販されているのが現状である.しか し生薬成分のうち,低分子活性成分に対するMAbの作 製例は20年近く前には皆無であったのでMAbの作製研 究をスタートさせた.低分子化合物(ハプテン)自体は 免疫されないためキャリアータンパク質と結合させる必 要があった.しかしハプテン‒キャリアータンパク質の 合成が必ずしも容易ではないケースも少なくない.ま た,ハプテン分子の結合数は動物へ免疫する場合たいへ ん重要なファクターとなるが,抗原であるハプテン‒
キャリアータンパク質コンジュゲート中のハプテン分子 の結合モル数の確定法が確立されていなかった.このた め免疫化の再現性が悪く,再現性の良好な方法が望まれ
て い た.そ こ で わ れ わ れ は matrix-assisted laser de- sorption-ionization TOF mass spectrometry (MALDI- TOF MS) を導入し,ハプテン‒キャリアータンパク質 コンジュゲートの検出とそれによるハプテン数の確定方 法を確立し,免疫化を確実なものとした.たとえば
の強心成分であるforskolin(1)やアヘンア ルカロイドであるコデインなど(2)
,大麻の最も強い幻覚
成分である tetrahydrocannabinolic acid(3),で成功し,
MAb作成の足がかりを作った.特に通常分析に手間が かかる薬理活性配糖体に的を絞り開発を進めてきた.現 在までにステロイダルアルカロイド配糖体であるsola- margine(4)
,
薬用人参のginsenoside Rb1(5), Rg1(6), Re(7), 甘草のglycyrrhizin(8, 9),
サフランのcrocin(10),
大黄・セ ン ナ の sennoside A(11), B(12)
,
柴 胡 の saikosaponin a(13),
芍薬のpaeoniflorin(14)黄芩のbaicalin(15)等配糖体,また,黄連・黄檗のberberine(16)
,
附子のaconitine(17),
クソニンジン ( ) のartemisinin(18) など に対するMAbを作製し,高感度のenzyme-linked im- munosorbent assay (ELISA) を確立した.また,その ほかの応用として「イースタンブロティング」と命名し た抗体染色法(当初はウエスタンブロティングと仮称)モノクローナル抗体の生薬研究への応用
正山征洋
Application of Monoclonal Antibody in Pharmacognosical Field Yukihiro SHOYAMA, 長崎国際大学薬学部
を開発した(9, 19〜24)
.さらに配糖体のワンステップ単離
が可能なイムノアフィニティーカラムを開発し,それに より抗原成分のみを除去した「ノックアウトエキス」の 作製法を開発した(24〜28).作製したMAbが蓄積される
につれて,小型化抗体 (scFV) 遺伝子をクローニング する例も増え,そのうちの一つの遺伝子をホスト植物へ 導入し有効成分の高含有種の作出にも成功した(29).こ
れらについて概説する.MALDI-TOF MS によるハプテン数の確定
従来は紫外吸収による差スペクトル法によりハプテン 数を測定していたが,判然としないのが実情であった.
そこで MALD-TOF MS を導入した.Forskolinの脱ア セチル体と無水酒石酸を反応すると7-hemisuccinyl for- skolinを形成する.このものを -hydroxysuccinimide と1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl) carbodiimideで反 応し活性化する.本化合物と牛血清アルブミン (BSA)
を反応してforskolin‒BSAコンジュゲートを合成した.
本コンジュゲートを分析したものが図
1
である(1).分子
量の小さいピークは内部標準として加えたBSAである.分子量の大きいピーク [M
+H]
+ がforskolin‒BSAコン ジュゲートのピークである.両者の差が結合している forskolinの数に相当する.この結果,forskolinの結合数 は11.5個と確定し,免疫化に十分なハプテン数であるこ とを確認し,MAbを作製した.高感度で再現性良好な競合的
ELISA
の開発 甘草は70%以上の漢方処方に配合される最重要生薬 の一つである.甘草には470種以上の化合物が確認され ているが,それらの中で最も重要な成分はglycyrrhizin で抗炎症作用,抗腫瘍活性,抗エイズ活性など多様な薬 理作用が報告されている.現状ではglycyrrhizinを抽出 単離し肝炎や抗アレルギーの医薬品として薬用に供され ている.このため日本薬局方でglycyrrhizin含量は2.5%以上と規定されている.このように重要な甘草である が,残念ながら100%輸入に依存している.総輸入量 2,000トン以上の大部分は中国からの輸入である.とこ ろが近年中国の受給バランスが崩れつつあり,コンスタ ントな輸入が危ぶまれている.このため日本国内におい ても栽培を行う必要性が求められている.われわれは佐 賀県玄海町でモンゴル産種子を用いたパイロット栽培を スタートしているが,最初にglycyrrhizin含量を測定し なくてはならず,抗 glycyrrhizin MAb によるELISA やELISAキット(30) を用いて,1,200個体のglycyrrhizin 含量を測定した.この結果,5.5%を含有する株が1個 体,4%台が5個体で,順次低含量株が増加しながら,
なだらかなカーブを描くことが明らかとなった.ちなみ に最低含量株は0.2%であった.以上の結果を踏まえ,
5.5%含有株をクローン増殖し優良品種を作出すること になる(31)
.以上のような選抜育種研究や臨床研究にお
ける血清等多量のサンプルを分析するには前処理が不要 で,迅速な分析が可能なELISAやELISAキットの使用 が望まれる.人参には特殊なダンマラン型トリテルペン骨格をアグ リコンとする配糖体ginsenoside類が含まれており,多 用な活性が見いだされている.2つの代表的な配糖体で あ るginsenoside Rb1(中 枢 抑 制) とRg1(中 枢 興 奮)
を選びMAbを作製しそれぞれの競合的ELISAを確立し た.Ginsenoside Rb1 は20 〜 400 ng/mLの検量域で良 好な直線性を示している(5)
.Ginsenoside Rg1につても
ほぼ同様な結果が得られた(6).いずれもginsenoside Rc,
Rdにわずかな交差反応性が見られるものの他の化合物 には認められなかった.このことから2つのMAbは極 めて特異性の高いMAbである.本法は従来のHPLCと 良い相関をもつとともに何ら前処理を必要とせず,再現 性良好で感度の面でもHPLCに比べ数百倍高いことが明 らかとなった.なお,前述の各種配糖体類に対する MAbを用いてそれぞれの配糖体に対するELISAを確立 し高感度分析を行っている.図1■MALDI-TOF MS によるforskolin‒キャリアータンパク 質コンジュゲートの分析
親ピーク [M+H]+ がコンジュゲートである.親ピークと内部標 準BSAの分子量の差からコンジュゲートに結合したハプテン数が 算出できる.
ノーザン
-,サザン -,ウエスタンブロティングに次
ぐイースタンブロティングの開発と応用高分子化合物に対するウエスタンブロティングは必須 のツールであるが,低分子化合物に対しては不可能と考 えられてきた.われわれはsolasodine配糖体に対してウ エスタンブロティングに準じた染色に初めて成功し,当 時はウエスタンブロティングと称していた.しかし glycyrrhizinに対する抗体染色をイースタンブロティン グと命名し(9)
,以後イースタンブロットが定着した.本
稿ではglycyrrhizinについて概説する.2枚のTLCを用いて甘草粗エキスを -BuOH‒EtOAc‒
H2O系 展 開 溶 媒 で 展 開 す る.1枚 のTLCに 吸 着 膜
(PVDF膜)を被い,ブロティング液を噴霧後120℃で1 分程度加熱することにより全成分が膜へと移行する.し かしこのままの状態だと洗浄操作中にサポニンは流失し て発色するには至らない.そこで膜をNaIO4液と処理す ることによりglycyrrhizinの糖鎖を酸化的に開環する.
そこへタンパク質を加えシッフベースを形成し膜への吸 着能を付与する.次に抗glycyrrhizin MAbで処理し,
標識2次抗体,基質を順次添加して反応することにより glycyrrhizinが発色することを見いだした(8)
.図 2
に本 法の原理を模式化した.図3
は各種甘草のイースタンブ ロティングと血清中のglycyrrhizinである.TLC上硫酸 と加熱することによりすべての化合物が発色するが,イースタンブロティングによるとglycyrrhizinのみが発 色する.実は glycyrrhizin MAb は極めて特異性が高 い.ところが本イースタンブロティングによるとglyc- yrrhizin (GC) のみでなく,glycyrrhizinからグルクロ ン酸が一つ脱離したモノグルクロニド (GG) も発色し ている.これはMAbが糖鎖の一部を認識していたにも かかわらずglycyrrhizinの糖鎖を開環したために,特異 性がルーズになり交差性が広がったものと認識してい
る.
次に人参サポニンのイースタンブロットによる2重染 色法を紹介する.人参サポニンにはプロトパナクサジ オール系とプロトパナクサトリオール系があり,それぞ れ特徴のある薬理活性を有しているので,各種人参の薬 効を予測するためにもどちらの系のサポニンが多く含有 するのかを調査する必要がある.また,資源探索を人参 以外の植物に求める場合もある.このような場合,ジ オール系とトリオール系サポニンそれぞれに対する MAbを作製しているので,標識2次抗体の標識酵素と 基質を変えて染色することにより,異なる色彩のバンド が得られる.抗 ginsenoside Rb1 MAb と ginsenoside Rg1 MAb により基質を2種類用いて二重染色を行った ところ,ジオール系が青紫色でトリオール系が赤色に染 色された(21) (図
4
).なお,左はシリカゲルTLCを硫酸
で発色したもので各ginsenosideによる発色の違いは認 められない.右図の二重染色のプロファイルから次のよ うな情報が得られる.①青紫色スポットはジオール系の ginsenoside類を示す.②赤色スポットはトリオール系 のginsenoside類である.③ 値から結合している糖の 数を類推することが可能.④人参の種類によってgin- senoside類の含量が異なっており,IV(田七人参)は ginsenoside Rg1 含量が高く,V(アメリカ人参)は ginsenoside Re が多い特異な人参で,VI(竹節人参)はginsenoside類含量の低い人参である.以上の情報を もとに矢印を付けた3種のマイナーなginsenoside類に ついてその構造を推定した.赤色からいずれもアグリコ ンはプロトパナクサトリオールである. 値が一番高 いginsenosideは2糖であるginsenoside Rg1よりも糖の 数が少ないことから,1糖のginsenoside Rh1と推定で きる.真ん中のginsenosideは2つの糖をもっているこ とが容易に推察される.一番下の矢印は3糖をもつgin-
図2■イースタンブロティングの模 式図
膜上でglycyrrhizinのグルクロン酸 部分を過ヨウド酸酸化し開環する.
生じたアルデヒドとタンパク質が結 合してシッフベースを形成し,膜へ の結合能を付与する.アグリコン部 に 抗 glycyrrhizin MAB が 結 合 し,
このものにperoxidase標識2次抗体,
基質の順に添加して発色する.
senosideと言える.これらのデータと文献との比較検討 から,上から ginsenoside Rh1, ginsenoside および 20-gluco-ginsenoside であると推察した.以上のよう に色彩と 値を比較検討することによりいずれの系に 属し,糖鎖がどれだけのサポニンであるかということが 簡単に予測され,構造決定に費やすエネルギーが格段に 少なくなるであろう.
もう一つの応用例は次のとおりである.新鮮な人参切 片にPVDF膜を覆って溶出成分を吸着する.この膜を 前記のとおり抗 ginsenoside Rb1 MAb を用いてイース タンブロティングした.Ginsenoside類は皮層部に多く,
中心の柔組織には少ないことがわかり,ginsenoside類 の分布が如実に示されることが明らかとなった(図
5
).
人参のほかに大黄のsennoside類, 属植物のso- lasodine配糖体,甘草のglycyrrhizin, 柴胡のsaikosapo- nin類についても同様に配糖体の分布状況を知ることが できる方法を開発した.図3■Glycyrrhizinのイースタンブ ロティング
1は各種甘草のフィンガープリントで ある.左がTLCで右がイースタンブ ロティング.2はglycyrrhizinをラッ テに投与後血清サンプルを時間の経 過ともにチェックしたものである.
各 種 甘 草 お よ び 血 清 サ ン プ ル を TLC・硫酸により分析すると多くの スポットが発色してglycyrrhizinを 確認することは困難である.一方,
イースタンブロティングではglycyr- rhizinのみが発色する.
図4■イースタンブロティングによる各種人参に含まれるgin- senoside類の二重染色
抗ginsenoside Rb1, Rg1を用いて二重染色したもので,プロトパ ナクストリオール系は紅紫色,プロトパナクサジオール系は青色 に呈色する.I 〜 VIはそれぞれ,白参,紅参,毛人参,田七人 参,アメリカ人参,竹節人参エキスを示す.
ノックアウトエキスの作製と応用
イムノアフィニティーカラムはリガンドと対象となる 高分子化合物との親和性によってワンステップの分離が 可能なことが特徴である.現在はいろいろな工夫がなさ れたイムノアフィニティーカラムが市販されている.後 で触れるが,組換えタンパク質ではいろいろな標識
(タッグ)を施すので,それらのタッグに対する抗体を 装着したカラムが作られている.一般に抗体の精製には Proteine G などのアフィニティーカラムが,酵素には 補酵素や基質,阻害剤などのリガンドを装着したアフィ ニティーカラムが機能する.同様に抗原の精製には抗体 が用いられるのは周知の事実である.とくにタンパク質 の場合アミノ酸配列の一部に相当するペプチドを合成 し,このものに対するMAbを作製して,このものをリ ガンドとし,目的とするタンパク質の精製に応用可能で ある.本稿では上記のように分子量の大きな化合物では なく1,000以下の化合物について取り上げてみることに する.天然物一般にそうであるように多数の類似化合物 が混在するため,精製には通常のカラムクロマトを繰り 返すか,HPLC等で繰り返し精製・分取するほかに手だ てがない.このような天然物の一例として甘草の有効成 分glycyrrhizinについて触れる.
上記の抗 glycyrrhizin MAb をアガロースゲルに結合 し,イムノアフィニティーゲルを作製,カラムに充填し イムノアフィニティーカラムを作製した.
甘草の粗エキスを上記のイムノアフィニティーカラム
に付しバッファー中で抗原抗体反応を行う.この間に glycyrrhizinはカラムの抗体部分へ結合する.一方glyc- yrrhizin以外の成分はカラムへ結合することはない.洗 浄溶媒として調製した食塩含有リン酸バッファーで洗浄 するとglycyrrhizin以外の成分が溶出する.次いでイソ チオシアン酸カリとメタノールを含有する酢酸バッ ファーを溶出溶媒として溶出するとglycyrrhizinが溶出 する.図
6
は甘草の粗エキスと洗浄溶媒で溶出したノッ クアウトエキスの比較である.甘草粗エキスには明らか にglycyrrhizinが存在するが,ノックアウトエキスには glycyrrhizinのみが除去されているのがわかる.一方,溶出フラクションには,データは示していないが,
glycyrrhizinのみが溶出している.よってワンステップ で純粋なglycyrrhizinが得られたことになる.Glycyr- rhizin投与後の血清中の含量は微量である.かかる場合 もアフィニティーカラムによりglycyrrhizinを濃縮後 ELISAによる分析が可能である.なお,本カラムは10 回程度の使用による活性の低下は見られず連続使用を可 能とする.
470種以上存在する甘草の成分の中から特定の成分を 除去することは不可能であるが,本法ではglycyrrhizin のみをノックアウトすることが可能となった(28, 32)
.本
ノックアウトエキスの応用について触れてみよう.LPS により活性化したRAW264細胞をツールとして,ノッ クアウトエキスを用いてNO産生に関わる成分探索を 行った.Glycyrrhizin自体にはノックアウトエキスの産 図5■人参スライスの抗 ginsenoside MAb によるイースタンブロティング
Ginsenoside類は皮層部に多く,中心部分の含量は少ない.
図6■抗glycyrrhizinMAb結合immunoaffinityカラムによる glycyrrhizinノックアウトエキスの作製
Aは通常のTLCで1がglycyrrhizinのスタンダード,2が甘草粗エ キス,3が洗浄フラクションでノックアウトエキス.3は甘草粗エ キスからglycyrrhizinのみが除かれている.Bはイースタンブロ ティングで2の粗エキスにはglycyrrhizinが認められるが,3の洗 浄フラクションにはglycyrrhizinは含まれていない.
生を抑制する働きはないが,glycyrrhizinにノックアウ トエキスを添加することによりNO産生抑制が惹起され た.この結果からglycyrrhizinと他の成分が相加作用を 示していると解析した(32)
.
一方,クロスリアクションの広いMAbを用いて関連 化合物を濃縮することもある.たとえばインドネシア等 でステロイドホルモンの原料として用いられているso- lasodine配糖体の場合,糖鎖には関係なくアグリコンで ある全solasodine配糖体を得ることが必要となる.この ような場合は交差性の広いMAbを用いることにより全 solasodine配糖体を分離することが可能である(33)
.
以上のとおり特異的な成分をターゲットとする場合は 交差性の狭い特異的なMAbをデザインしなくてはなら ない.一方アグリコンを必要とする場合はアグリコン部 のみを認識し糖鎖は認識しないMAbのデザインが要求 される.本稿では紹介しないがMAb装着イムノアフィ ニティーカラムは光学分割にも威力を発揮する.また,
立体特異的な不斉合成等に抗体触媒が用いられている が(34)
,
こ の よ う な 抗 体 を 装 着 し た イ ム ノ ア フ ィ ニ ティーカラムは触媒反応と同時に分離カラムとしても応 用可能であろう.われわれは立体異性体の例として大黄 のsennoside A, B に対するそれぞれのMAbを作製し,相互に立体特異性が極めて高いことを明らかにしてい る(11, 12)
.
小 型 化 抗 体 single chain fragment-variable
(scFv)
の薬用植物育種への応用
先に交差性の広い代表として抗 solamargine MAb に ついて述べたが,このもののscFvが先行しているので 解説する.
抗 solamargine MAb 産生ハイブリドーマからRNA を抽出し,cDNAへ変換する.MAbの可変領域である vH, vL鎖をプライマーを用いてPCRで増幅する.両者を
リンカーペプチドにより結合し,大腸菌へ組換えscFv をクローニングする(図
7
).scFv遺伝子の配列を確か
め,発現ベクターへ組み込みタンパク質の発現を行う.封入体(インクルージョンボディー)として発現される ので,可溶化後アフィニティーカラムで精製しながら巻 き戻し,活性のあるタンパク質とする.精製タンパク質 はウエスタンブロティング,MALDI-TOF MS などで 純度を確かめて,scFv遺伝子が確かなものであること を検証する.本scFvタンパクは抗 solamargine MAb と比較してほとんど同様な親和性をもっていることが明 らかとなり,ELISAそのほかに威力を発揮する.
ホスト植物である へ大腸菌に組
み込んだscFv遺伝子を直接導入することは不可能なた め,大 腸 菌 のscFv遺 伝 子 を い っ た ん
へ移し, を へ
感染することにより形質転換を行った.毛状根を生じた クローンを選抜し,scFv産生クローンを得る.それら のクローンを培養し,生産したscFvタンパク質を精製 し,ウエスタンブロティングとMALDI-TOF MS によ り精製度と分子量を確認した.
一方,solasodine配糖体をELISAにより分析した結 果,ワイルドタイプの により感染して生 じた毛状根に比べ,scFv遺伝子を導入した毛状根は2.5
〜 3倍のsolasodine配糖体を含有することが明らかと なった.また,scFvタンパク質の発現量とsolasodine 配糖体含量とを比較した結果両者は比例関係にあること が判明した(33)
.このことから植物細胞内でscFvタンパ
ク質はハプテン分子と抗原抗体反応を行い,コンプレッ クスを形成する.このためハプテン分子が不活化され系 外(おそらく液胞)へと移動し蓄積するものと考えられ る.この結果solasodine配糖体の生合成経路が正の方向 へ進むものと考えている.なお,毛状根から再分化した 植物固体のsolasodine配糖体を分析した結果,やはりコ図7■小型化抗体遺伝子の作製 可変部分の VH, VL をそれぞれクロー ニングし,リンカーペプチド遺伝子 で結合し,小型化抗体 (scFv) 遺伝 子を作製する.
ントロールに比べ2.5倍以上の含量であった.
以上の結果は中和抗体治療に似ている.Her2抗原陽 性乳がんに対する抗Her2抗体などが既に臨床応用され おり,また,抗インターロイキン-6 (IL-6) 受容体モノ クローナル抗体(トシリズマブ)を投与した関節リウマ チ患者で治療効果ありとの臨床試験結果が出ており,今 後種々の中和抗体治療薬が上市されるものと期待されて いる.以上のように中和抗体の臨床面での応用例が増加 している現状にあって,薬用植物の育種研究に中和抗体 の手法を取り入れるべく研究を進めている.
おわりに
MAbは前述のとおりハプテン‒キャリアータンパク質 の合成方法により,交差性の広いMAbや極めて特異性 の高いMAbを目的に応じてデザインすることが可能 で,幅広い応用面をもつ興味深い分子と受け止めてい る.MAbの応用例として特異性が高く,再現性が良好 で,前処理が不要な手法としてMAbを用いるELISAに ついて紹介した.つづいてサザン,ノーザン,ウエスタ ンに次ぐ4番目の染色法としてイースタンブロット法を 開発した.この中で,2種のMAbを用いることにより,
二重染色が可能となり,発色と 値により配糖体の構 造を類推可能なことを示した.また,粗エキスから抗原 分子のみを除去したノックアウトエキスの作製とその応 用について概説した.今後漢方薬等の真の活性成分探索 に本法が機能するものと考えている.scFv遺伝子をホ ス ト 植 物 へ 導 入 す る こ と に よ り ハ プ テ ン 分 子
(solasodine配糖体)の含量を増やすことが可能で,新 しい育種方法として応用可能と考えている.多数の天然 由来活性成分の生合成酵素遺伝子がクローニングされ,
有用な最終産物の含量を上げる努力がなされているが,
たとえば配糖体の場合,その生合成酵素自体が定かでな いものがほとんどといっても過言ではない.今回開発し た手法は酵素遺伝子の操作等は不要で,ターゲット分子 のMAbのみが必要な至って簡便な育種方法と言える.
今後種々のMAbを用いて検証する予定である.また,
scFV遺伝子とハプテン遺伝子の両者を回収できる点に も魅力を感じている.
謝辞:本研究は九州大学薬学部の田中宏幸准教授を中心に大学院生,ま た現 長崎国際大学薬学部の森永 紀講師,宇都拓洋助教らにより推進さ れたものである.この場をお借りして深謝いたします.
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