【解説】
乳酸菌の新たな脂肪酸代謝
機能性脂肪酸生産と腸管内脂質代謝制御への展開
岸野重信,小川 順
乳酸菌は,プロバイオティクスとして様々な機能が報告され ている馴染みの深い腸内細菌の一種である.しかし,腸内細 菌に特異な様々な代謝についてはあまり研究がなされていな い.筆者らは,乳酸菌の脂肪酸代謝を活用した共役脂肪酸生 産について詳細に解析していく過程で,乳酸菌の不飽和脂肪 酸飽和化代謝の解明に至った.本代謝は,複数の酵素が関与 する複雑な代謝であり,特異な構造を有する希少脂肪酸を中 間体としていることを明らかにした.また,これらの中間体 の 効 率 的 な 生 産 法 を 検 討 し,新 た な 希 少 脂 肪 酸 ラ イ ブ ラ リーの構築に成功した.
はじめに
肥満に代表されるメタボリックシンドロームとも呼ば れる生活習慣病の増加により,脂質代謝改善が望まれて きている.一方,腸内細菌が健康に与える影響に関心が 集まっており,未開拓であった腸内細菌脂質代謝の解明
に基づく,腸管内脂質代謝制御に関する情報の収集が急 務となってきている.筆者らは,腸内細菌の一種である 乳酸菌に新たに見いだした不飽和脂肪酸飽和化代謝の機 能解析を基軸に,新たな機能性脂質の創出,生産開発に 取り組むとともに,腸管内脂質代謝制御による新たな健 康増進基盤技術の確立を目指している.本稿では,乳酸 菌・嫌気性細菌や,それらの脂肪酸代謝に見いだされた 新規酵素群を活用する希少脂肪酸生産を概説するととも に,腸内細菌の脂質代謝ならびにその代謝産物の機能に 着目した健康増進への展開について触れてみたい.
乳酸菌の不飽和脂肪酸飽和化代謝
通常口にする植物油脂の主な構成脂肪酸にリノール酸
( -9, -12-octadecadienoic acid (18 : 2)) が あ る.腸 管に達したリノール酸が腸管内の嫌気性細菌によりどの ような代謝を受けるのか興味がもたれた.筆者らは,機 能性脂肪酸として期待される共役リノール酸 (CLA) の 生産プロセス開発の観点から,乳酸菌
におけるリノール酸代謝を解析していたが,
その過程で,腸内細菌に起こりうる新規な不飽和脂肪酸 Novel Fatty Acid Metabolism of Lactic Acid Bacteria : Applica-
tion to Functional Fatty Acid Production and Gut Lipid Metabo- lism Control
Shigenobu KISHINO, Jun OGAWA, 京都大学大学院農学研究科 応用生命科学専攻
代謝「飽和化代謝」の詳細を解明するに至った.以下に リノール酸の代謝を例にその詳細を解説する.
AKU 1009a は,不飽和結合への水和反 応とそれに引き続く脱水を伴う二重結合の転位反応によ り,リノール酸を共役型リノール酸 (CLA) へと変換す
る(1, 2).この共役異性化酵素系の解明を試みた結果,3
つのタンパク質 (CLA-HY, CLA-DH, CLA-DC) の関与 が明らかとなった(3, 4).一方, WCFS1 株 のゲノム情報を精査したところ, , が隣接 して存在していること,ならびに, , に隣 接して別のもう一つの遺伝子 ( ) が存在すること を見いだした.そこで, AKU 1009a の
相同遺伝子をクローニングし大腸菌にて発現させ るとともに,本タンパク質 (CLA-ER) の機能解析を試 みた.その結果,CLA-HY, CLA-DH, CLA-DC, CLA-ER の4つのタンパク質の共存下において,リノール酸がオ レ イ ン 酸 ( -9-octadecenoic acid (18 : 1)) な ら び に
-10-18 : 1へと飽和化されることを見いだした.
CLA-HYは,リノール酸を水和し水酸化脂肪酸 10-hy- droxy- -12-18 : 1 を生成する酵素であった.CLA-DH は,NAD+ 存在下にて 10-hydroxy- -12-18 : 1 を対応 するオキソ脂肪酸 10-oxo- -12-18 : 1 へと変換した.
CLA-DC, CLA-ERの詳細な機能は不明であるが,CLA- ERが enone reductase と 相 同 性 を 示 す こ と を 鑑 み,
CLA-DCが10-oxo- -12-18 : 1を共役エノン構造を有す る10-oxo- -11-18 : 1へ と 異 性 化 し,CLA-ERが10- oxo- -11-18 : 1の共役エノン構造中の炭素‒炭素二重 結合を飽和化していると予想した.これらを総合し,
CLA-HY, CLA-DH, CLA-DC, CLA-ER により触媒され
る不飽和脂肪酸飽和化経路を図1 のように予想している
(投稿中).
すなわち,リノール酸の水酸化脂肪酸への水和(CLA- HYが触媒,図1A),水酸化脂肪酸の酸化(CLA-DHが 触媒,図1B)と引き続く二重結合の転移によるエノン の生成(CLA-DCが触媒,図1C),さらには,エノンの 還元(CLA-ERが触媒,図1F)を経て,それまでの反 応を折り返すように進行するカルボニル還元(CLA-DH が触媒,図1G),脱水反応(CLA-HYが触媒,図1H)
により飽和化を完結する一連のルートを主経路とし,さ まざまな水酸化脂肪酸,オキソ脂肪酸,共役リノール酸 を生じる分岐路を伴った複雑な代謝(図1D, E)の存在 が推定された.
嫌気性細菌の不飽和脂肪酸飽和化代謝系を利用する 希少脂肪酸生産
天然には,二重結合と二重結合の間にメチレン基を一 つも含まない共役構造を有している 共役脂肪酸 や,
二重結合と二重結合の間に2つ以上のメチレン基を有す る 非メチレン型不飽和脂肪酸 ,さらには化合物内に 水酸基を有している 水酸化脂肪酸 ,カルボニル基を 有する オキソ脂肪酸 など,特異な分子構造を有する 希少脂肪酸が存在しており,さまざまな生理機能を示す ことから注目を集めている.しかし,適当な供給源がな く,十分な解析がなされていない.上述の脂肪酸飽和化 代謝系,ならびに関与する酵素群は,これらの希少脂肪 酸(共役脂肪酸,非メチレン型不飽和脂肪酸,水酸化脂 肪酸,オキソ脂肪酸)を供給するための良きツールとな ると考えられた.
図1■
AKU 1009a における不飽和脂肪酸 飽和化代謝
1. 乳酸菌による共役脂肪酸生産
代 表 的 な 共 役 脂 肪 酸 で あ るCLAは,主 に -9, -11異性体および -10, -12 異性体として天然 に存在する.これらのCLA異性体については,発がん 抑制作用や抗アレルギー作用,抗動脈硬化作用,体脂肪 低 減 作 用 な ど さ ま ざ ま な 生 理 活 性 が 報 告 さ れ て い
る(5〜8).これらの機能が注目され現在サプリメントなど
で利用されているCLAは,サフラワーオイルなどから 得られるリノール酸を化学的に異性化することにより生 産されている.しかし化学的に得られるCLAはさまざ まな副産物を含むことから,生理活性を有する活性型 CLA異性体のみを得るには,さらなる精製が必要であ る.食品や医薬品などの用途を考慮すると,より安全性 が高いCLA生産法の確立が望まれる.そこで筆者らは,
嫌気性細菌の不飽和脂肪酸代謝系の活用による新たな CLA生産法の確立を試みた.
プロバイオティクスとしての利用を考慮に入れ,食経 験豊富な乳酸菌の洗浄菌体を対象に,リノール酸を効率 よくCLAへと変換する微生物の探索を行った.その結
果, や ,
, , , な ど の
属のみならず, 属や 属などさまざまな種類の乳酸菌が,遊離型のリ ノール酸を遊離型のCLAへと変換することを見いだし た(9).また,これらの乳酸菌が生産するCLAは,天然 に存在する活性型CLAである -9, -11-18 : 2 なら びに -9, -11-18 : 2 からなっていた.そこで最 もCLA生産能が高かった乳酸菌 AKU 1009a を選抜し,CLA生産の最適化を行った.その結 果,120 mg/mLのリノール酸を96時間の反応にて約 40 mg/mLのCLA( -9, -11-18 : 2 と -9, - 11-18 : 2 の混合物として)へと変換することに成功し た(9).さらに AKU 1009a の基質特異性 を調べたところ,本菌が炭素数18で Δ9位と Δ12位にシ ス型の二重結合を有する脂肪酸(
α
-リノレン酸 ( -9,-12, -15-octadecatrienoic acid (18 : 3)),
γ
-リノレン 酸 ( -6, -9, -12-18 : 3), ステアリドン酸 ( -6, - 9, -12, -15-octadecatetraenoic acid (18 : 4)など)を,それぞれ対応する共役脂肪酸(生成物は,基質の -9, -12 が -9, -11 と -9, -11 へと共役化 した構造を有する)へと変換することを見いだした.
AKU 1009a の湿菌体を触媒として用い ることにより,63 mg/mLの
α
-リノレン酸から72時間 の 反 応 に て25 mg/mLの 共 役α
-リ ノ レ ン 酸( -9,-11, -15-18 : 3 と -9, -11, -15-18 : 3 の
混合物)を,13 mg/mLの
γ
-リノレン酸から24時間の反 応 に て8.8 mg/mLの 共 役γ
-リ ノ レ ン 酸( -6, -9,-11-18 : 3 と -6, -9, -11-18 : 3 の混合物)
を得ることができた(10〜12).また, AKU 1009a による共役脂肪酸生産においては, -9, -11 と -9, -11 の混合物を得ることができるが,反 応条件を変えることにより,これら異性体間の生成比を 制 御 す る こ と が 可 能 と な る こ と も 見 い だ し て い る(2, 10, 12).
一方, AKU 1009a において不飽和脂肪 酸飽和化代謝に関与する CLA-HY, CLA-DH, CLA-DC の3つのタンパク質を共発現する形質転換大腸菌を作製 し,共役脂肪酸生産を試みたところ,親株と同様に遊離 型のリノール酸,
α
-リノレン酸,γ
-リノレン酸,ステア リドン酸をそれぞれ対応する遊離型の共役脂肪酸(生成 物は,基質の -9, -12 が -9, -11 と -9,-11 へと共役化した構造)へと変換することを確認 した.そこで,本形質転換体を用いるリノール酸からの CLA生産を試みたところ,90 mg/mLのリノール酸を 24時間の反応で約54 mg/mLのCLAへと変換すること に成功した.生成したCLAの異性体比は -9, -11- 18 : 2 : -9, -11-18 : 2=55 : 45であった.
さらに,飽和化代謝の初発反応である水和反応を触媒 するCLA-HYが脱水反応をも触媒することを活用して
(図1A),10-hydroxy- -12脂 肪 酸 か ら の -10, - 12-共役脂肪酸の生産を可能とした.この反応を利用す ることにより,リノール酸から -10, -12-18 : 2 を,
α
-リノレン酸から -10, -12, -15-18 : 3 を,γ
-リノレン酸から -6, -10, -12-18 : 3 を得ること ができた.2. 嫌気性細菌による共役脂肪酸生産
上述の乳酸菌による共役脂肪酸生産は,炭素数18の 脂肪酸に限定される.そこで,多様な共役脂肪酸生産を 目指し,炭素数20の遊離型脂肪酸であるアラキドン酸
( -5, -8, -11(
ω
9), -14(ω
6)-eicosatetraenoic acid(20 : 4)) やエイコサペンタエン酸 (EPA ; -5, -8, - 11(
ω
9), -14(ω
6), -17-eicosapentaenoic acid (20 : 5)) を変換しうる微生物の探索を行った.その結果,嫌気性細菌 の洗浄菌体がアラ
キドン酸,EPAをそれぞれ対応する共役脂肪酸へと変 換することを見いだし,アラキドン酸からの生成物を
-5, -8, -11(
ω
9), -13(ω
7)-20 : 4 および -5, -8, -11(ω
9), -13(ω
7)-20 : 4と,EPAか ら の 生成物を -5, -8, -11(ω
9), -13(ω
7), -17-20 :5 および -5, -8, -11(
ω
9), -13(ω
7), -17- 20 : 5と同定した.すなわち, が基質の メチル末端から数えて9番目(ω
9位)と6番目(ω
6位)のシス型二重結合を認識し, -
ω
9, -ω
6脂肪酸をω
9,ω
7 共役脂肪酸ならびにω
9,ω
7 共 役脂肪酸へと変換することを明らかにした(13) (図2). 選抜した JCM 1386 を用いて,反応条 件の最適化を行ったところ,2 mg/mLのアラキドン酸 から36時間の反応にて0.6 mg/mLの共役アラキドン酸( -5, -8, -11, -13-20 : 4 お よ び -5, -8, -11, -13-20 : 4 の混合物)を,また0.25 mg/mL のEPAか ら30分 の 反 応 に て0.17 mg/mLの 共 役EPA
( -5, -8, -11, -13, -17-20 : 5および -5, - 8, -11, -13, -17-20 : 5 の混合物)を得ること ができた.
3. 乳酸菌による非メチレン型不飽和脂肪酸生産 植物種子油や海産無脊椎動物に微量含まれる非メチレ ン型不飽和脂肪酸は,抗酸化能や高度不飽和脂肪酸の代 替機能,抗がん作用が期待されるDNAポリメラーゼ阻 害機能などを示すことから,新たな機能性脂肪酸として 近年注目されている(14, 15).
α
-リノレン酸やγ
-リノレン酸を共役脂肪酸へと変換す る乳酸菌 AKU 1009a は,基質を共役化 したのち二重結合を飽和化することにより非メチレン型 不飽和脂肪酸を生産する(10, 11).本反応によりα
-リノレ ン酸ならびにγ
-リノレン酸から得られる非メチレン型不 飽和脂肪酸は,それぞれ -10, -15-18 : 2 ならびに-6, -10-18 : 2であった.
一方, AKU 1009a において不飽和脂肪 酸飽和化代謝に関与する CLA-HY, CLA-DH, CLA-DC, CLA-ER の4つのタンパク質を発現する形質転換大腸菌 を作製し,それらの洗浄菌体を用いて
α
-リノレン酸やγ
- リノレン酸を基質とする反応を行ったところ,α
-リノレ ン酸から -9, -15-18 : 2 と -10, -15-18 : 2を,γ
- リノレン酸から -6, -9-18 : 2 と -6, -10-18 : 2 を得ることができた.4. 嫌気性細菌による非メチレン型不飽和脂肪酸生産 アラキドン酸やEPAを共役脂肪酸へと変換する嫌気 性細菌 JCM 1386 は,基質となる -
ω
9, -ω
6 脂肪酸をω
9,ω
7 脂肪酸ならびにω
9,ω
7 脂肪酸へと共役化した後, -ω
7 脂肪酸へと飽和化する(図2).よって,本菌を用いる こ と に よ り ア ラ キ ド ン 酸 か ら -5, -8, -13(
ω
7)-eicosatrienoic acid (20 : 3) を,EPAから -5, - 8, -13(ω
7), -17-20 : 4を得ることができる(13).5. 水酸化脂肪酸生産
天然に存在する代表的な水酸化脂肪酸としてリシノー ル酸 (12-hydroxy- -9-18 : 1) がある.リシノール酸は,
トウゴマの種子油(ひまし油)に多く含まれており,鎮 痛や抗炎症などの効果がある.また,リシノール酸を化 学的に処理することにより炭素数10のジカルボン酸
(セバシン酸)へと変換することができる.セバシン酸 は,石油に依存しないバイオマス由来のナイロン原料と して注目されている.また,水酸化脂肪酸は樹脂やワッ クス,化粧品,コーティング剤,潤滑油などとしても工
図2■
JCM 1386における不飽和脂肪酸飽 和化代謝
業的利用価値が高い. AKU 1009a の不飽 和脂肪酸飽和化代謝の初発反応を触媒するCLA-HYは,
炭素数18で Δ9位にシス型二重結合を有する基質に対し て Δ9位の二重結合を水和し,10-hydroxy脂肪酸を生成 する(図1A).本酵素を誘導・発現する形質転換大腸菌 を作成し,その洗浄菌体を用いることにより,280 mg/
mLのリノール酸から約6時間の反応にて250 mg/mLの 10-hydorxy- -12-18 : 1 を 立 体 選 択 的 に( 体 に 対 し 100% )生産することができた(収率90%).また,
反応温度を下げることにより,約48時間の反応にて収 率98%を達成した.さらに,基質をオレイン酸や
α
-リ ノレン酸とした場合にも,同様の収率で対応する10-水 酸化脂肪酸を得ることができた.本水和反応の効率性の 高さは,反応に伴う水の消失からも容易にうかがい知る ことができる(図3A).AKU 1009a の不飽和脂肪酸飽和化代謝 では,CLA-HYにより得られる水酸化脂肪酸がCLA- DHによりオキソ脂肪酸へと酸化(図1B)された後,
CLA-DCによる異性化(図1C)にてエノン型オキソ脂 肪酸へと,さらには,CLA-ERによる飽和化(図1F)
にて部分飽和オキソ脂肪酸へと変換される.これらのオ キソ脂肪酸は,最終的にCLA-DHによる還元を受け
(図1D, G)さまざまな水酸化脂肪酸へと変換される.
これらの酵素反応を活用すると,リノール酸から10-hy- droxy- -12-18 : 1, 10-hydroxy- -11-18 : 1 および 10- hydroxy-octadecanoic acid (18 : 0) を,
α
-リノレン酸か ら 10-hydroxy- -12, -15-18 : 2, 10-hydroxy- -11,-15-18 : 2 および 10-hydroxy- -15-18 : 1を,
γ
-リノレ ン酸から 10-hydroxy- -6, -12-18 : 2, 10-hydroxy- -6,-11-18 : 2 および10-hydroxy- -6-18 : 1を得ること ができ,多様な水酸化脂肪酸の生産が可能となる.
一方,乳酸菌 sp. AKU 1080 によるリ ノ ー ル 酸 変 換 に お い て,CLA-HY産 物 で あ る 10-hy-
droxy- -12-18 : 1 のみならず 13-hydroxy- -9-18 : 1 お よび 10,13-dihydroxy-18 : 0 が生成することを見いだし た.すなわち,本菌が触媒する一連の水和反応において は,基質の Δ9位あるいは Δ12位の二重結合への水和に よる10-hydroxy-18 : 1および13-hydroxy-18 : 1の生成を 起点に,さらなる水和反応により10,13-dihydroxy-18 : 0 が生成する.また, sp. AKU 1080 の無細 胞抽出液を用いて 13-hydroxy- -9-18 : 1 の選択的な生 産を試みた結果,2.0 mg/mLのリノール酸から4時間の 反 応 に よ り0.4 mg/mLの13-hydroxy- -9-18 : 1を ほ か の水酸化脂肪酸を副生することなく生産することができ た(16).
6. オキソ脂肪酸生産
ト マ ト 由 来 オ キ ソ 脂 肪 酸 (13-oxo-9,11-18 : 2) は,
PPAR
α
の強力なアゴニスト活性を有しており,肥満に よる脂質異常症や脂肪肝を改善する可能性が報告されて いる(17).筆者らは,乳酸菌 AKU 1009a における不飽和脂肪酸飽和化代謝の中間体として,さま ざまなオキソ脂肪酸が生成することを明らかにしている(図1).本代謝を用いることにより,リノール酸から 10-oxo- -12-18 : 1, 10-oxo- -11-18 : 1 および 10-oxo- 18 : 0 を,
α
-リノレン酸から 10-oxo- -12, -15-18 : 2, 10-oxo- -11, -15-18 : 2 お よ び 10-oxo- -15-18 : 1 を,γ
-リノレン酸から 10-oxo- -6, -12-18 : 2, 10-oxo--6, -11-18 : 2 および 10-oxo- -6-18 : 1 を生産する ことが可能となった.また,乳酸菌 sp.
AKU 1080 によりリノール酸から誘導される 13-hy- droxy- -9-18 : 1の 水 酸 基 を 酸 化 す る こ と に よ り,
13-oxo- -9-18 : 1を生産することが可能となった.
腸管内脂質代謝制御への展開
乳酸菌における新たな不飽和脂肪酸飽和化代謝の発見 と関与する酵素機能の解析に基づき,本代謝系の中間体 である水酸化脂肪酸,オキソ脂肪酸,共役脂肪酸,非メ チレン型不飽和脂肪酸などの希少脂肪酸を生産する基盤 技術が確立された(図4).あわせて,得られた生成物 を純度95% 以上にまで精製する技術も開発している
(図3B).
これらの提供可能となった希少脂肪酸を活用して,現 在,哺乳類体内での希少脂肪酸の存在を解析するととも に,腸管バリア機能制御,脂肪酸合成・脂質代謝制御,
免疫制御,炎症抑制などの観点から生理機能評価を試み ており,興味深い機能が判明しつつある.
図3■A) CLA-HYによるオレイン酸水和反応の前後の反応液,
B) 精製した10-hydroxy-18 : 0の結晶
たとえば,水酸化脂肪酸 (10-hydorxy- -12-18 : 1) に 腸管上皮バリアの損傷を回復する機能を(18),また,オ キソ脂肪酸類にLXR受容体を介した脂肪酸合成抑制の 可能性を見いだしている(19).これらの結果は,腸内細 菌の代謝活性に依存して腸管内にて特異的に生成する脂 肪酸分子種が,宿主であるヒトの健康に何らかの影響を 与えている可能性を示唆している.今後,腸内細菌叢推 移の指標となる腸管内メタゲノム情報と,腸内細菌脂質 代謝,さらには,代謝により生成する希少脂肪酸の生理 機能を重層的に解析することにより,希少脂肪酸の作用 点を明確にするとともに,腸内細菌による腸管内脂質代 謝制御を介した健康増進の可能性を探っていきたい.
謝辞:本研究の一部は,生研センターイノベーション創出基礎的研究推 進事業の支援を受けて行われました.
文献
1) J. Ogawa, K. Matsumura, S. Kishino, Y. Omura & S. Shi-
mizu : , 67, 1246 (2001).
2) S. Kishino, J. Ogawa, A. Ando, T. Iwashita, T. Fujita, H.
Kawashima & S. Shimizu : ,
67, 179 (2003).
3) S. Kishino, J. Ogawa, K. Yokozeki & S. Shimizu : , 75, 318 (2011).
4) S. Kishino, S. B. Park, M. Takeuchi, K. Yokozeki, S. Shi-
mizu & J. Ogawa : ,
416, 188 (2011).
5) K. N. Lee, D. Kritchevsky & M. W. Pariza : , 108, 19 (1994).
6) Y. Park, K. J. Albright, W. Liu, J. M. Storkson, M. E.
Cook & W. Pariza : , 32, 853 (1997).
7) O. A. Gudbrandsen, E. Rodriguez, H. Wergedahi, S.
Mork, J. E. Reseland, J. Skorve, A. Palou & R. K. Berge : , 102, 803 (2009).
8) M. W. Pariza & Y. L. Ha :“Antimutagenesis and Anticar- cinogenesis Mecanisms II,” Plenum Press, New York, 図4■乳酸菌由来の不飽和脂肪酸飽和化代謝系酵素を組み合わせることにより生産可能な希少脂肪酸
1990, p. 167.
9) S. Kishino, J. Ogawa, Y. Omura, K. Matsumura & S.
Shimizu : , 79, 159 (2002).
10) S. Kishino, J. Ogawa, A. Ando & S. Shimizu : , 105, 572 (2003).
11) S. Kishino, J. Ogawa, K. Yokozeki & S. Shimizu : , 84, 87 (2009).
12) S. Kishino, J. Ogawa, A. Ando, K. Yokozeki & S. Shi-
mizu : , 108, 2012 (2010).
13) J. Ogawa, E. Sakuradani, S. Kishino, A. Ando, K. Yoko-
zeki & S. Shimizu : , 114, 1107
(2012).
14) U. M. T. Houtsmuller : , 20, 889 (1981).
15) W. J. Elliott, A. R. Morrison, H. W. Sprecher & P. Needle-
man : , 260, 987 (1985).
16) M. Takeuchi, S. Kishino, K. Tanabe, A. Hirata, S. B. Park,
S. Shimizu & J. Ogawa : , 115,
386 (2013).
17) Y. I. Kim, S. Hirai, T. Goto, C. Ohyane, H. Takahashi, T.
Tsugane, C. Konishi, T. Fujii, S. Inai, Y. Lijima, K. Aoki, D. Shibata, N. Takahashi & T. Kawada : , 7, e31317 (2012).
18) 宮本潤基,P. B. Park, 岸野重信,小川 順,鈴木卓弥,
田辺創一:2013年度日本農芸化学会大会,2A22a15.
19) T. Nanthirudjanarl, Y. I. Kim, T. Goto, N. Takahashi, T.
Kawada, S. B. Park, S. Kishino, J. Ogawa, T. Sugawara &
T. Hirata : 2013年度日本農芸化学会大会,2A20p10.
プロフィル
岸野 重信 (Shigenobu KISHINO)
<略歴>2000年京都大学農学部生物機能 科学科卒業/2002年同大学大学院農学研 究科応用生命科学専攻修士課程修了/2005 年同博士後期課程修了,博士(農学)/同 年同大学大学院農学研究科産官学連携研 究員/2006年同大学農学研究科産業微生 物学講座寄附講座教員/2009年同特定助 教/2011年同大学農学研究科助教<研究 テーマと抱負>微生物の機能を最大限活用 し,新しい常識を作りたい<趣味>スポー ツ,アウトドア,ドライブ,自然に触れる こと
小 川 順 (Jun OGAWA)
<略歴>1990年京都大学農学部農芸化学 科卒業/1995年同大学大学院農学研究科 農芸化学専攻博士後期課程修了/同年同大 学農学部助手/2006年フランス国立農業 研究所客員研究員/2008年京都大学微生 物科学寄附研究部門特定教授/2009年同 大学農学研究科教授<研究テーマと抱負>
微生物に多様な機能を探索し,それを社会 のために役立てる研究をしたい<趣味>ク ラシック音楽(オーボエ演奏・指揮),酒 遊食楽