今年
5月に開催された 2010
年核不拡散条約(NPT)再検討会議は、4週間の討議の 後に最終文書を採択してその幕を閉じた。最終文書のうちレビューの部分は議長の 責任で取りまとめられているが、64の行動計画の部分はコンセンサスで採択された ものである。今回の会議はこれまでの会議よりもずっといい雰囲気のなかで開催さ れ進行していった。会議の議題はすでに
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年前の準備委員会で暫定合意されており、2005年のように 議題が決まらないため会議が2
週間半も空転するという事態とはまったく異なる雰 囲気であった。会議がきわめていい雰囲気のなかで開会を迎えたということは、それ以前に多く の努力が払われたことを意味しており、なかでもアメリカのオバマ大統領の核軍縮 への真摯な態度と強力なリーダーシップが大きな役割を果たしたと考えられる。特
に
2009年 4
月のプラハでの演説において、アメリカは核兵器を使用した唯一の国として行動する道義的責任があると述べ、核兵器のない世界における平和と安全を求 めるというアメリカのコミットメントを明確にかつ確信をもって述べた。
その後も、2009年
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月に核不拡散・核軍縮に特化した国際連合安全保障理事会の サミットを開催し、安保理決議1887
を全会一致で採択し、核軍縮、核不拡散、原子 力平和利用、核セキュリティーに関する多くの措置に合意した。また会議の直前の
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月6
日には、アメリカの核態勢見直し(NPR)報告書を発表し たが、その内容はブッシュ政権と大きく異なり、核兵器の役割を低減し、核兵器使 用の可能性を縮小し、新たな核兵器の開発を禁止するもので、核軍縮・不拡散を大 きく前進させるのに有益なものであった。その2
日後にはアメリカとロシアの間で 戦略攻撃兵器のいっそうの削減と制限のための措置に関する条約(新START条約)
が署名され、予定よりも少し遅れたが、会議の直前に米ロが核軍縮の約束を守って いることを明確に示し、また米ロ関係のリセットを意味するものであった。さらに
12、13日にはオバマ大統領の主催で核セキュリティー世界サミットが開かれた。こ
のように、会議の開催に向けてオバマ大統領はさまざまな措置をとっており、これ が再検討会議に向けていい雰囲気を作り出す効果をもった。国際問題 No. 595(2010年10月)●
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◎ 巻 頭 エ ッ セ イ ◎
Kurosawa Mitsuru
また会議の進行についても、イランがさまざまな提案や演説で会議を混乱させよ うという意図を示していたが、それ以外のほぼすべての国が、核不拡散体制を強化 するため最終文書を採択すべきであると考え、その方向で協力していた。そのため イランは単独で反対を表明することができず、最終文書採択後の発言で、「イランは、
他国の見解の尊重を示すため、および政治的善意を表明するためコンセンサスに加 わった」と述べた。
再検討会議がコンセンサスで採択した行動計画のうち、核軍縮に関するものは補 助機関Ⅰで検討された。その議長はオーストリア大使であり、彼が提出する議長提 案が会議での議論のベースであり、それを修正していく形で行動計画作成の作業が 行なわれた。彼の提出した第
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案は多くの進んだ核軍縮措置を含んでおり、たとえ ば「特定の時間的枠組み内に核兵器を全廃するためのロードマップに合意する方法 と手段を検討するために、国連事務総長は2014年に会議を開催する」といった条項 も含まれていた。その後の経過は核兵器国が各条項の削除や訂正を求め、それに関する議論が行な われ、修正案が提出され、また議論が行なわれるというもので、第1案から
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度修正 された第4案が最終案として会議で採択されたのである。包括的核実験禁止条約
(CTBT)
の批准と発効や核実験モラトリアム、軍縮会議に おける兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)
の交渉開始、軍縮会議における核 軍縮を取り扱う補助機関の設置などは、2000年最終文書の内容と同じである。これ らは再検討会議が新たなさらに進んだ措置に合意することに失敗したというよりは、2000
年以来、その勧告に従った行動がまったくとられなかったという事実に基づく ものである。したがって、会議の失敗ではなく、国際社会が10
年間その措置の履行 に失敗したという事実に基づくものである。今回の会議は、それほど画期的ではないがいくつかの核軍縮進展のための措置に 合意している。第
1
は、「核兵器禁止条約」が事務総長の提言への注目という形で間 接的ではあるが、行動計画のなかで言及されていることである。再検討会議の最終 文書でこの用語が使用されるのは初めてであり、今後はここでの言及を手がかりと してさらに議論を進めることが可能になっている。第
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は、「核兵器のない世界」がオバマ大統領の積極的な支持により会議でも一般 的に受け入れられていることである。行動計画の冒頭で、会議は核兵器のない世界 における平和と安全を達成することを決議し、行動1
で、すべての国は核兵器のな い世界を達成するという目的に一致した政策を追求することにコミットしている。第
3
は、核兵器の削減に関して、会議直前の米ロによる新START
条約の署名は核 軍縮義務の米ロによる履行を証明するものとなり、継続的な削減とともに、すべて◎巻頭エッセイ◎「核なき世界」に向けて―NPT再検討会議の結果を踏まえて
国際問題 No. 595(2010年10月)●
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のタイプの核兵器の全面的削減が要請されていることである。米ロが交渉を継続し 対象を拡大することにより、新たな核兵器の削減が期待される。
第
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は、オバマ大統領が強く主張する核兵器の役割の低減であり、アメリカ自身が
NPRや再検討会議での演説において、核兵器の役割を低減する措置を実際に約束
している。この分野はアメリカが強くコミットしていることもあり、国際的にその ためのさまざまな措置が採用されていくことが期待できる。
第
5
は、核兵器使用禁止との関連で、国際人道法の遵守が最終文書に取り入れら れたことである。この側面はこれまで再検討会議であまり議論されてこなかったが、国際人道法の観点から核兵器使用禁止条約の展望が開かれることになり、核軍縮に 向けて有効な新たな手段となりうる。
第
6
は、核兵器国が一般的に非核兵器地帯に対して友好的な姿勢を示しているこ とであり、非核兵器地帯の設置を奨励し、消極的安全保証に関する議定書への参加 を表明し、条約に関する核兵器国と非核兵器地帯構成国との紛争を、早期に協議を 開始することにより積極的に解決しようとする態度がみられる。今年
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月の広島・長崎での平和祈念式典において、核軍縮への関心の高まりを反 映するいくつかの事柄がみられた。まず潘基文国連事務総長が両都市を訪問し、核 軍縮に対するきわめて積極的な態度を表明し、核軍縮をテーマとする国連安保理サ ミットを定期的に開催すること、CTBTを2012年に発効させること、2020年までに
核兵器を廃絶することなどを主張した。またアメリカからルース駐日大使が広島の式典に初めて参加したことは、これま でのアメリカの態度と大きく異なるものであり、核廃絶に向けたアメリカの姿勢の 変化を表わしている。またイギリス、フランスの代表も初めて参加し、核兵器廃絶 の流れが核兵器国をも含めた世界的なものになっていることを証明していた。
このように、国際的に核軍縮の機運が大きく盛り上がっている今日において、日 本政府を代表する菅直人首相は、核兵器のない世界の実現に向けて先頭に立って行 動する道義的責任を有していると述べ、非核三原則を堅持し、また政府としても将 来を見据えた具体的な核軍縮・不拡散の措置を積極的に提案し国際社会の合意形成 に貢献していく決意を表明した。
このように今の時期は核軍縮を進展させるうえでの絶好の機会であり、日本もま た積極的な貢献をなすべきであろう。
◎巻頭エッセイ◎「核なき世界」に向けて―NPT再検討会議の結果を踏まえて
国際問題 No. 595(2010年10月)●
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くろさわ・みつる 大阪女学院大学教授 http://www.wilmina.ac.jp [email protected]