化学と生物 Vol. 50, No. 11, 2012
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今日の話題
天然変性タンパク質による光合成調節の新規分子メカニズム
複合体形成による CP12 立体構造の安定化
「タンパク質の立体構造はアミノ酸配列に応じて決定 される」という概念は,「アンフィンセンのドグマ」と 呼ばれ,生物学・医学の分野で広く受け入れられてき た.しかし,ここ数年,この通念に反するタンパク質,
すなわち天然変性タンパク質の存在が注目されている.
天然変性タンパク質とは,その名のとおり天然(単独)
では変性(特定の立体構造を形成しない)状態のタンパ ク質の総称であり,標的タンパク質に結合することに よってのみ特定の立体構造を形成する.また,異なる標 的タンパク質に結合でき,その結合した部分はそれぞれ 標的タンパク質に応じた立体構造を形成する.このよう に,従来のタンパク質の構造構築モデルとは異なる天然 変性タンパク質に注目が集まっているが,生理的にどの ような役割を果たしているのかについてはいまだ不明な 点が多い.
さて,哺乳類を中心に研究が進んできた天然変性タン パク質であるが(1),原核生物には存在しないのではない か? と考える研究者も多いようである.本稿で紹介す るラン藻の天然変性タンパク質を以前紹介した際「ラン 藻でも天然変性タンパク質があるのですか?」という質 問をされたことがあった.しかし,最近では,原核生物 だけでなく,ほとんどの生物に存在することがわかって きた.本稿では,天然変性タンパク質の一つである
CP12という75アミノ酸からなる小タンパク質を取り上 げたい.
ここ数年,われわれを含む複数のグループが,高等 植物,緑藻,ラン藻,ケイ藻に共通したメカニズムと して,天然変性タンパク質CP12がカルビン回路の酵 素 で あ る glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase
(GAPDH) と phosphoribulokinase (PRK) とに結合し てCP12‒GAPDH‒PRK複合体を形成し,それによって 両酵素の活性を調節していることを見いだした(2〜4) (図 1).この複合体は,暗期の酸化的かつNADP(H)/NAD
(H)濃度比の低い条件において形成され,複合体を形 成したGAPDHとPRKはその活性を低下させる.一方,
明期の還元的かつNADP(H)/NAD(H) 濃度比の高い条 件においては,この複合体が解離し,GAPDHとPRK はその活性を取り戻す.これは,従来提案されてきた フェレドキシン/チオレドキシン (Fd/Trx) 系を介し たカルビン回路酵素の調節(5)とは全く異なる.
このようなCP12による新しいカルビン回路調節メカ ニズムを解明する目的で,われわれは,CP12‒GAPDH‒
PRK複合体の構造研究に取り組んできた.この複合体 の形成順序は決まっており,最初にCP12がGAPDHと 結合してCP12‒GAPDH複合体を形成し,さらにこの CP12‒GAPDH複合体がPRKに結合する(図1).そこ
図1■CP12に よ るGAPDHとPRK の制御機構
暗 期 の 酸 化 的 か つNADP(H)/NAD
(H) 濃 度 比 の 低 い 条 件 に お い て,
CP12はGAPDHとPRKに結合し三者 複合体を形成し,GAPDHとPRKの 活性は阻害される.また,明期の還 元 的 か つNADP(H)/NAD(H) 濃 度 比の高い条件においては,この複合 体は解離し,GAPDHとPRKの活性 が回復する.
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で,われわれは,この複合体形成の第一段階に相当する CP12‒GAPDH複合体のX線解析に取り組んだ.ラン藻 PCC 7942由来のCP12とGAPDH をそれぞれリコンビナントタンパク質として発現し,
NAD存在下でCP12‒GAPDH複合体の結晶化を行った.
そして,この結晶を用いてX線回折実験を行い,CP12‒
GAPDH複合体の立体構造を2.2Å分解能で決定するこ とに成功した(6).構造解析の結果,四量体GAPDHの活 性部位近傍に,CP12が計4分子結合していることがわ かった(図2A).この複合体の結晶化にあたっては75 アミノ酸残基からなる全長のCP12を用いたが,結晶構 造からはGAPDHと結合したC末端側の22アミノ酸残 基分の構造のみしか確認できなかった.これはすなわ ち,CP12の残りのN末端側の53残基の部分が結晶中で 特定の構造を有していないことを示し,標的タンパク質 と結合した部分のみ構造を形成するという天然変性タン パク質の特徴を反映している.
CP12は
α
-ヘリックス(アミノ酸57番から63番)とコイル領域(アミノ酸54から56番,および64番から75 番)からなり,分子内で2つのシステイン(C61とC70)
がジスルフィド結合を形成していた(図2B).ジスル フィド結合はチオールの酸化によって作られるため,こ の構造は,暗期の酸化的条件下でCP12がGAPDHに結 合すること,ならびに明期の還元的条件下でこの複合体 が解離することと矛盾しない.また,GAPDHの活性部 位に結合していたNADは,CP12とも相互作用してい た.これは,NADがCP12とGAPDHの間を橋渡しして 複 合 体 構 造 を 安 定 化 し て い る こ と を 示 し,暗 期 の NADP(H)/NAD(H) 濃度比の低い(すなわち,NAD
(H) が優先的に結合する)条件においてこの複合体の 形成が促進することとも一致する.
また,CP12‒GAPDH複合体の立体構造に,GAPDH の基質 (G3P) を重ねると,CP12のC末端部分と基質が 重なることがわかった(図2C).このようにCP12が GAPDHのG3P結合部位を完全にふさぐことによって GAPDHの不活性化が引き起こされることが明らかと
図2■CP12‒GAPDH複合体の立体 構造
(A) CP12‒GAPDH複 合 体 の 全 体 構 造.GAPDH(黄色),CP12(青色と 緑色),NAD分子をスティックモデ ルで示している.(B) CP12の構造.
半透明で示した分子NADPをモデル として示している.(C) CP12のC末 端の構造.CP12のC末端とモデルと し て 示 し た 基 質 (G3P) は 重 な る.
(D) GAPDHおよびCP12‒GAPDH複 合体の静電ポテンシャル.正(青), 中性(白)および負(赤)を示す.
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なった.さらに,CP12‒GAPDHの立体構造にNADPを 重ねてみると,NADPのリン酸基がCP12のグルタミン 酸 (E69) と近接し,静電的/立体的に反発することが わ か っ た(図2B).こ れ に よ り,明 期 のNADP(H)/
NAD(H) 比の高い条件下,すなわちNADP(H) が優先 的にGAPDHに結合する条件では複合体が解離する理由 が明らかになった.
また,興味深いことにCP12がGAPDHに結合するこ とによって,その分子表面の静電ポテンシャルが大きく 変化していた(図2D).前述のように,CP12の結合領 域はわずか22アミノ酸であるにもかかわらずCP12との 結合によって負に帯電した領域が極端に広がっている.
これは,CP12が負電荷をもつグルタミン酸とアスパラ ギン酸を多く含んでいることに由来しているが,CP12 結合部位から離れた位置にあるGAPDH部分の静電ポテ ンシャルにまで影響を与えていることは注目に値する.
一般に,天然変性タンパク質は荷電性のアミノ酸からな るものが多い.もしかすると,標的タンパク質に結合す るだけでなく,結合した標的タンパク質表面の静電ポテ ンシャルを変化させることも,天然変性タンパク質の働 きの一つなのかもしれない.また,CP12‒GAPDH‒PRK 複合体の形成順序は決まっていると述べたが,CP12‒
GAPDH複合体の形成によって負に帯電した領域が現れ て初めて,第二段階に結合するPRKがこの複合体に加 わることが許されるのではないだろうか.
以上,ラン藻由来CP12‒GPADH複合体のX線解析に よって,天然変性タンパク質CP12がGAPDHと相互作 用し,GAPDHの活性を調節するメカニズムが解明でき
た.前述のとおり,CP12は高等植物,緑藻,ケイ藻の 葉緑体にも存在し,今回のX線解析で明らかとなった GAPDHとの相互作用にかかわるアミノ酸はさまざまな 種由来のCP12にほぼ完全に保存されている.よって,
高等植物,緑藻,ラン藻,ケイ藻のカルビン回路の制御 は,従来言われてきたFd/Trx系を介したカルビン回路 酵素の直接的な調節に加え,CP12を介したタンパク質 相互作用が深くかかわっていると推測される.実際,エ ンドウ豆の研究によると,葉緑体内でCP12による制御 メカニズムがかかわっているようであり,またそれは明 暗に対応した迅速な制御であるとのことである(7). CP12の単独では特定の構造を有さないという特徴が,
この迅速な制御,すなわち複数の酵素に素早く結合する ことと関連があるのかもしれない.
1) P. E. Wright & H. J. Dyson : , 293, 321
(1999).
2) M. Tamoi, T. Miyazaki, T. Fukamizo & S. Shigeoka : , 42, 504 (2005).
3) N. Wedel & J. Soll : , 95, 9699
(1998).
4) L. Marri, P. Trost, X. Trivelli, L. Gonnelli, P. Pupillo & F.
Sparla : , 283, 1831 (2008).
5) B. B. Buchanan : , 288, 1 (1991).
6) H. Matsumura, A. Kai, T. Maeda, M. Tamoi, A. Satoh, H.
Tamura, M. Hirose, T. Ogawa, N. Kizu, A. Wadano : , 19, 1846 (2011).
7) T. P. Howard, M. Metodiev, J. C. Lloyd & C. A. Raines : , 105, 4056 (2008).
(松村浩由*1,田茂井政宏*2,重岡 成*2,*1大阪大 学大学院工学研究科,*2近畿大学農学部バイオサイ エンス学科)