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摂食・嚥下の基礎 - J-Stage

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Academic year: 2023

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【解説】

近年脳血管障害の後遺症などで摂食・嚥下機能に障害をもつ 患者が増加している。この私たちがふだん何気なく行ってい る「口から食べて飲む」という行為(摂食・嚥下)は、さま ざまな運動要素が連続的・同時進行的に行われる複雑な運動 である。また、それに伴いさまざまな感覚情報が生じ、これ らは運動制御に利用されたり、大脳で認知され記憶にとどめ られる。これらの機能を制御するのが脳であり、摂食・嚥下 を営むためには脳のさまざまな部位の活動が必要不可欠であ る。本稿では摂食・嚥下機能を神経生理学の立場から解説し たい。

摂食・嚥下と脳機能

顎・口腔・顔面領域には,「食べる」「呼吸する」「話 す」「表情を作る」など,人間が身体的,精神的,さら には社会的にも健康な生活を送るうえで欠くことのでき ない重要な機能が集まっている.また,寝たきりになっ た高齢者でも,これらの機能はある程度残ることが多 く,人間が人間らしく生きるうえでの最後の砦となる.

しかし,近年脳血管障害の後遺症などでこれらの機能に 障害をもつ患者が増加している.本稿ではそのうちの

「食べる(摂食・嚥下)」機能に焦点をあて,そのメカニ ズムや機能的な意義について解説したい.

摂食・嚥下は,食物を認知して口に取り込むことに始 まり,胃に至るまでの一連の過程を言い,食物としての 栄養を体内に取りこむ運動である.ヒトの摂食・嚥下は さらに,1) 口に取り込むまでの先行期(認知期)

,2) 

取り込んだ食物を咀嚼し唾液と混和することで食塊を形 成する咀嚼期(準備期)

,3) できあがった食塊を咽頭に

向けて移送する口腔期,4) 咽頭から食道まで食塊を移 送する咽頭期,5) 食道に入った食塊を胃に移送する食 道期の5期(摂食5期)に分けられる.また,口腔期以 降の3期を特に嚥下3期と言う(図

1

.摂食・嚥下機能

を営むうえで顎・口腔・顔面領域は「咀嚼や嚥下運動を 行うための運動器」

「最初の消化液としての唾液を分泌 する分泌器」「食物や食塊,顎・口腔・顔面の動きから 生じる感覚を受容するための感覚器」としての役割を果 たす.これらの機能を制御するのが脳であり,摂食・嚥 下を営むためには脳のさまざまな部位の活動が必要不可 欠である.

摂食・嚥下の基礎

山村健介

Neural Basis of Eating and Swallowing

Kensuke YAMAMURA, 新潟大学大学院歯学総合研究科

(2)

食欲の形成と先行期(認知期)と脳の働き

食物を摂取する前の時期を先行期と言う.この過程 は,食物を視覚や嗅覚により認知し,過去の記憶と照ら し合わせてその食物が食べるのにふさわしいと判断され た場合には,これを口にするまでの過程を言う.食物を 前にした際には,それをまず視覚情報や嗅覚情報として とらえ,手にとったり,箸などの食器でつかむことで,

温度や硬さなどの食物の物理的な性質を体性感覚情報と してとらえる.これらの感覚情報は脳内で統合・処理さ れたうえで,過去の記憶と照合され,その食物が何であ るか,食べるのにふさわしいかが決定される.この過程 が 食物の認知 であり,先行期が認知期とも呼ばれる 理由である.食物の認知過程において感覚情報を統合・

処理するのは発生学的に新しい脳である大脳皮質である が,記憶との照合や食べるにふさわしいか否かという価 値判断には海馬や扁桃体などの古い脳がかかわってい る.

このようにさまざまな脳領域の活動を必要とする食物 の認知は,一瞬の出来事であるにもかかわらず,その後 に行われる 美味しい まずい などの価値判断の元 となるとともに咀嚼運動や唾液分泌を行うための準備を 行う重要な期間である.梅干しを認知した際に唾液が分 泌されるのは,梅干しは食べるのにふさわしいが,非常 に酸っぱいという記憶があるからである.また,食卓の 上の食物が見慣れたもので,その食物が美味しかったと

いう 楽しい記憶 と一致すれば,人はこれを安心して 口に運び食べ始めるが,見たことのない食物の場合は躊 躇し,匂いを嗅ぐなど十分に安全を確認したうえで口に 運ぶ.これは個人個人の生まれ育った環境や記憶が食生 活に強く結びつき,食物の認知やその際の摂食の可否の 決定(価値判断)に影響を及ぼし,民族や国家,宗教,

風俗によってそれぞれ固有の多様な食文化が生まれる基 盤となる.脳の機能が低下した患者でも,食物に関する 記憶は残っているので,患者の健康だった頃の食事の好 みを知ることは摂食・嚥下機能のリハビリテーションに 重要な糸口を与えてくれる.

咀嚼期(準備期)

1. 

咀嚼期の下顎の運動

咀嚼期には食物を口に取り込み,舌で奥歯のほうに運 び,噛むことで細かくした食物と消化液である唾液とを 混ぜて食塊を作り,飲み込むのに適した性状になった食 塊を逐一口の奧に運ぶといった運動が連続的,あるいは 同時進行的に行われる.これらすべての運動を合わせ咀 嚼(運動)と呼ぶ.咀嚼時には,下顎は開閉運動と小さ な左右への側方運動が組み合わされた複雑な動きをす る.基本的には開口時には開口筋(顎二腹筋,外側翼突 筋など)

,閉口時には閉口筋(咬筋,側頭筋など)が交

互に収縮・弛緩を繰り返すが,側方運動時には両者が共 働する.1回の咀嚼では下顎は閉じた状態(歯の間に食

図1摂食・嚥下の流れ

(3)

物が挟まっていなければ咬頭嵌合位という上下の歯が最 も緊密に噛み合う状態)からスタートし,比較的小さな 開口量で実行される.このとき下顎はまっすぐ開口しな いで少し咀嚼側(ヒトは食物を粉砕するとき左右のどち らかの歯で噛んでいる.このとき食物を咀嚼する側を咀 嚼側と呼ぶ)に偏って開口する.つづいて下顎は咀嚼側 に向かって閉口し始め,咀嚼側に膨らんだ楕円形の軌跡 を描きながら閉口する.上下の歯が近づくと食物は粉砕 されるが,下顎は食物を粉砕しながら咬頭嵌合位に向け 閉口する.しかし,通常食物は少し歯の間に残り,咀嚼 中に上下の歯が接触することはほとんどない.この際,

十分粉砕された部分は舌側に振り分けられ,まだ咀嚼さ れてない食塊は頬側に残る.

2. 

随意運動と半自動運動

咀嚼時には下顎の一定のリズム(約2回/秒)での開 閉運動と同期して,舌や口唇,頰の運動を司る多くの筋 が連携をとりながら収縮・弛緩を繰り返す.健常者であ ればこの一連の動作は意識しなくても自然に行える.む しろ,意識して上手にやろうとするとぎこちなくなる.

意識して行う動作は大脳皮質が運動神経に直接命令して 発現する運動で,運動の制御機構に基づいた分類では随 意運動と呼ばれる.これに対し,咀嚼運動はいわゆる半 自動性運動(半自動調節性運動)に分類される.半自動 性運動は,運動の開始や運動制御の一部に随意的な要素 が含まれるものの,通常はその運動の大部分が自動的に 遂行される運動を言い,呼吸や歩行もこの運動に分類さ れる.これら半自動性運動の制御機構の特徴は,その運 動の基本的なパタンが下位脳幹にある中枢性パタン発生 器 (central pattern generator ; CPG) という神経回路に よって制御される点にある.このパタン発生器はほぼ生 得的に備わっており,そのことが運動の習得に要する時 間と努力の少なさ,あるいは運動再現の精度の高さとい う点において半自動性運動と同程度に複雑な随意運動

(たとえば楽器の演奏)との決定的な差を生んでいる.

3. 

咀嚼

CPG

と咀嚼運動の半自動制御

咀 嚼 運 動 の 制 御 に か か わ るCPGを 咀 嚼CPGと 言

(1, 2)

.咀嚼CPGは,下位脳幹に存在するニューロン集

団で,咀嚼CPG自体には自発的に活動する能力はなく,

CPGを起動するための外部からの入力を必要とする.

咀嚼CPGを起動するための入力にはリズム性は不要で,

入力がCPGを経る間にリズムが作られ,出力先である 運動ニューロン(骨格筋に収縮指令を出すニューロン)

がリズミカルに活動する結果,リズミカルな筋の収縮が

起こる.咀嚼CPGの神経ネットワークを研究するモデ ルとして,動物の大脳皮質の特定の領域(大脳皮質咀嚼 野:後述)を電気刺激した際に誘発される咀嚼様運動

(模擬咀嚼:後述)が用いられてきた.大脳皮質咀嚼野 を連続電気刺激して誘発した咀嚼様運動では,刺激部位 や刺激強度を変えてCPGへの入力を変化させることで 咀嚼リズム,顎筋活動パタンのどちらか一方だけを変化 させることが可能である.これらの事実は,咀嚼CPG は少なくとも咀嚼リズム(周期)を形成する部分(リズ ム発生器:rhythm generator)と,咀嚼時に活動する 個々の筋の活動パタンを形成する部分(群発形成器:

burst generator)の機能的に異なる2つの部分に分けら れることを意味する.

動物実験で,咀嚼CPGは橋尾側部から延髄内側部に かけて存在することが示されている(図

2

.大脳皮質

咀嚼野からの入力は,まず延髄網様体に位置する傍巨大 細胞網様核のニューロンを興奮させる.まだこの段階で はニューロン活動にはリズム性は認められず,電気刺激 と同じ頻度の連続的な活動をするだけである.しかし,

これらのニューロンからの情報がそれよりやや背側に位 置する巨大細胞網様核のニューロンに伝えられたときに ニューロン活動にリズムが発現する.すなわち巨大細胞 網様核には咀嚼リズムの形成の鍵となるニューロンが存 在する.巨大細胞網様核ニューロンのリズム性をもった 情報はそれより尾側の延髄小細胞性網様核のニューロン に伝えられる.ここには三叉神経運動核に存在し,下顎 の運動を制御する顎筋運動ニューロン(開口筋運動 ニューロンと閉口筋運動ニューロン)に情報を送るプレ モーターニューロンと呼ばれるニューロンが存在する.

また,延髄小細胞性網様核のほかにも三叉神経運動核の 周囲にはいくつかの顎筋プレモーターニューロンの集団

(三叉神経上核,三叉神経間域,三叉神経傍域など)が 存在する.咀嚼時の運動ニューロン活動のリズムや持続 時間は,これらプレモーターニューロンからの入力を反 映したものであり,これらのプレモーターニューロンは 群発形成器の重要な構成要素であると考えられる.注目 すべきは,これらのプレモーターニューロンのほとんど が,口腔からの末梢性感覚情報を受けることである.す なわち,群発形成器はリズム発生器からの入力と末梢性 感覚情報を統合し,咀嚼の状況に適した顎筋運動ニュー ロンのスパイク群発形成に寄与すると考えられる.

近年,摘出脳幹標本(3) や脳幹スライス標本(4) を用い た実験で,従来咀嚼リズム発生器が存在すると考えられ ていた部位よりも吻側,三叉神経運動核周囲や顎・口腔 領域からの感覚情報の中継核である三叉神経主感覚核の

(4)

周囲にもリズミカルなスパイク群発を形成する神経回路 があることが示された.これらの神経回路がどのような 相互関係のもとに咀嚼運動の制御に寄与するかについて は今後の研究課題である.

4. 

咀嚼期における食塊の形成と移送

咀嚼により粉砕された食物は舌により唾液と混ぜら れ,食塊となる.食塊は再び咀嚼されることで,さらに その物性が変化する.嚥下に適切な物性となった食塊 は,咀嚼中であっても口腔から中咽頭へと口峡を超えて 移送される.この運動は,下顎や舌,頬,口唇などのさ まざまな器官が協調して働くことで初めてその目的が達 成される.たとえば,咀嚼時には開口筋と舌突出筋(舌 を突出させる筋)

,閉口筋と舌牽引筋(舌を引っ込める

筋)がそれぞれほぼ同期して活動するという関係があ り,咀嚼時には口が開くときには舌が突出し,口が閉じ るときには舌が後退する.また,頬や口唇の運動を司る 顔面の筋も下顎の開閉口リズムと同期して活動する.こ

れら舌や顔面筋の働きにより,食物を粉砕するために閉 口し上下の歯で食物を圧縮する際には,食物が歯列から こぼれないように舌と頬によって食物を歯列上に保持す ることが可能となる.このとき,舌または頬のいずれか が強く働きすぎて上下歯間に入り込めば,閉口時にこれ を噛んでしまう.食塊の形成と移送にかかわる舌や顔面 の筋の運動の制御の仕組みについてはまだ明らかではな いが,咀嚼CPG,あるいはそれと密接な関係にある神 経回路によって,半自動的に制御されていると考えられ る.

5. 

大脳皮質と咀嚼運動の随意的制御(図

3

咀嚼CPGを起動するための入力として最も重要なの は大脳皮質をはじめとする高位脳からの下行性情報であ る.また,咀嚼運動は意志によって開始し,意志により 停止することが可能であり,この点では随意運動の要素 をもつ.大脳皮質からの下行性情報は咀嚼CPGを起動 する主要な入力であると同時に,咀嚼運動の随意的な制 図2咀嚼時の下顎運動のリズム形成機構概念図

(5)

御にも重要な働きをする.

さまざまな動物で,大脳皮質の特定の領域を連続電気 刺激すると,顎・顔面・舌のリズミカルな運動を引き起 こすことができる.この運動は唾液分泌を伴い,実際の 咀嚼に類似しているので模擬咀嚼と呼ばれ,模擬咀嚼を 誘発できる皮質部位を一般に大脳皮質咀嚼野 (cortical  masticatory area ; CMA) と言う.CMAは異なる複数 の大脳皮質領域を含み,サルでは運動前野の最外側部

(主咀嚼野)に加え,主咀嚼野の深部にある前頭弁蓋部

(深部咀嚼野)

,さらに一次顔面運動野と一次体性感覚野

の一部がCMAに含まれる.CMAの刺激をやめると模 擬咀嚼も停止する.また,CMAを実験的に破壊した動 物では咀嚼行動の開始が障害され,食物を口に押し込ん で強制的に咀嚼させた場合にも,リズミカルな咀嚼がで きなくなる.これらの事実はCMAから脳幹への下行性 出力は,咀嚼CPGの起動のみならず,活動の維持にも 重要であることを意味している.刺激実験の結果で注目 すべきは,CMAのなかでも刺激する部位が異なると誘 発される顎・顔面・舌の運動パタンが異なることで(5)

同一部位の刺激では,食物を前歯部から臼歯部に運ぶ運 動パタン,臼歯部で食物を粉砕・臼磨する運動パタンな ど,食物を口に取り込んでから嚥下するまでの一連の咀 嚼運動の際に観察されるすべての運動パタンが誘発され るのではなく,そのなかの1種類のパタンだけが誘発さ れる.このことは,咀嚼CPGは一つの神経ネットワー クではなく,複数のレパートリーをもち,異なる皮質部

位から指令が送られることによってレパートリーの選択 が行われていることを意味している.

ところが,覚醒動物の自然咀嚼時にCMAのニューロ ン活動を記録すると,一連の咀嚼期間中ずっと活動する ものや,咀嚼リズムと同期したリズミカルな活動をする ニューロンも多数記録される.模擬咀嚼を誘発する際の 連続刺激は刺激部位のニューロンが持続的な活動する状 況を想定しているが,実際にはCMAニューロンの活動 パタンは多様で,その役割はCPGの起動と活動維持に 限らないということが想像される.

自然咀嚼時の皮質ニューロン活動記録実験で明らかに なったのは,CMA以外にも咀嚼運動と関連した活動を 示すニューロンが存在する皮質領域があることであっ た.代表的な皮質部位として大脳皮質一次顔面運動野,

大脳皮質一次体性感覚野が挙げられる.一次顔面運動野 は,顎・口腔・顔面領域の運動を随意的に制御する際に 重要な役割を果たし(6)

,咀嚼では,食物の口腔内への取

り込みと臼歯部への移送の際の下顎と舌の運動協調に重 要であることが明らかにされている(7)

.この時期は短時

間で終わってしまうためあまり意識されないが,大脳皮 質による随意制御の要素を多分に含んでいる.たとえ ば,蕎麦をすするという運動は日本人にはさほど困難で はないが,パスタをフォークに巻きつけて口に運ぶ経験 しかもっていない外国人にとって最初は難しい運動だと いう.しかし,いったん臼歯部に蕎麦が運ばれれば,そ の後の「リズミカルに咀嚼して飲み込む」運動は容易に

図3咀嚼運動の調節機構概念図

(6)

遂行できる.すなわち,「食物を取りこんで臼歯部に運 ぶ」運動はリズミカルな咀嚼とは異なる制御を受けるこ とがわかる.また,最初は上手に蕎麦をすすれなかった 外国人も,練習することで上手に麺類をすすれるように なることから,食物を取りこむための運動を上手に行う ためにはある程度の練習が必要であると考えられる.こ れらを総合すると,食物を取りこむ運動は「練習の結果 獲得された随意運動」であると言えよう.

一次体性感覚野は,咀嚼に伴って生じるさまざまな感 覚情報が入力する部位である.実験的に一次体性感覚野 を障害した動物で咀嚼を行わせると,咀嚼から嚥下への 移行にかかる時間が延長することが明らかになってい る(8)

.このことは,一次体性感覚野は形成された食塊の

位置や性状を認知するうえで重要であることを意味して いる.

6. 

咀嚼時の感覚情報の役割

咀嚼時には顎や口腔領域からさまざまな感覚が生じ る.これらの感覚は咀嚼運動を円滑に遂行させることに 寄与する.たとえば,われわれは食物の硬さに応じて噛 む強さ(咀嚼力)を変えているが,これは歯根の周りに ある歯根膜というセンサーと,噛む際に収縮する閉口筋 にある筋紡錘というセンサーが食物の硬さについての情 報を脳に送り,反射的に食物の硬さに応じた運動指令を 閉口筋に出力するためである.食物に関連したほかの感 覚情報(味や匂い,温度など)も円滑な咀嚼運動を行う ことに役立っている.たとえば味覚情報は,反射的に唾 液の分泌を促進し,食塊の形成を容易にすることに役立 つ.反射を制御する神経回路も脳幹に存在し,われわれ があまり意識することなくさまざまな食物を上手に食べ ることを可能にしている.

咀嚼時に生じる感覚情報は反射によって運動や分泌を 制御するだけではなく,大脳に送られてさまざまな感覚 として認知される.前述の歯根膜や筋紡錘から送られる 食物の硬さ情報は,食物の歯ごたえとして認知される.

これらの感覚情報は大脳で個々の独立した感覚(たとえ ば味や匂い)として認知することも可能だが,通常は複 数の情報が大脳で処理されることでさらに一歩進んだ感 覚(美味しい,まずいなど)として認知され,脳の活性 化に寄与している.

大脳が感覚入力を分析する際に,その時々の分析の過 程を変化させ,最終的な認知に大きな影響を与えるのが 情動や記憶,注意などの高次脳活動である.摂食行動に 関連した記憶は,食事経験の積み重ねで作られるもの で,各人の経験によって異なる.また,食事の際の情動

や注意は,そのときの認知だけでなく,そのときの食事 の記憶がどの程度脳に固定されるかにも影響する.そし て積み重ねられた記憶はその後の食経験の際の情動や注 意に影響する.

嚥下

1. 

嚥下とは

嚥下とはできあがった食塊や液体を咽頭・食道を経て 胃に送り込む運動を言い,食塊の位置に基づいて,咀嚼 後の食塊を咽頭に向けて移送する口腔期,咽頭から食道 まで食塊を移送する咽頭期,食道に入った食塊を胃に移 送する食道期からなる(嚥下3期)

.しかし,咀嚼時に

も食塊の一部は咽頭に送られていることがわかってお り,固形物の摂食・嚥下では口腔期と咽頭期を区別する ことは困難であるため,2つを合わせて 口腔咽頭期 と表現されることも多い.嚥下を理解するうえで重要な のは,咽頭部が口腔から食道へ至る食物の通路であると 同時に,鼻腔から気管に至る呼吸気の通路(気道)でも あるということである.要介護高齢者の食物の口腔摂取 で問題となる誤嚥とは,嚥下の失敗により食塊の一部や 液体(あるいは嘔吐物や異物)が気管内に入ってしまう ことを言う.すなわち,嚥下時には食塊や液体を口腔か ら食道に移動させると同時に,これらが気道に進入しな いように気道を防御する機構が働いている.

2. 

嚥下時に起こる現象

嚥下に要する時間は口腔期と咽頭期を合わせ1 〜 1.5 秒である.このわずかな時間に,1) 口唇の閉鎖,2) 舌 による食塊の咽頭への移送,3) 軟口蓋と咽頭後壁によ る鼻腔と咽頭の遮断(鼻咽腔閉鎖)

,4) 下顎の閉口位で

の固定,5) 喉頭の挙上(喉頭蓋の反転による喉頭口閉 鎖)

,6) 喉頭の前方移動による咽頭下部の開大,7) 声

門閉鎖と呼気圧の上昇,8) 食道入口部の括約筋の弛緩 などが決められた順序で連続的に起こる.一見複雑に見 えるこれらの現象もその役割は 食塊の移送 と 気道 の防御 に大別される.気道の防御は食物や液体の鼻腔 への進入を防ぐ上気道の防御(鼻咽腔閉鎖)と気管への 進入を防ぐ下気道の防御(喉頭の挙上および声門閉鎖と 呼気圧の上昇)に分けられる.誤嚥を防ぐために,下気 道の防御は喉頭口と声門の2カ所で行われている.喉頭 口を閉鎖するための喉頭の動きは嚥下時にのど仏に軽く 手を当てておくと触診することができる.この動きは直 接的には舌骨と喉頭をつなぐ甲状舌骨筋が収縮すること で,喉頭が舌骨に向かって前上方に引かれることで起こ

(7)

る.その際に舌骨がしっかりと固定されている必要があ り,そのために行われるのが下顎の閉口位での固定と下 顎と舌骨をつなぐ舌骨上筋群の収縮である.

3. 

嚥下時の食塊移送

食塊を移送するために,食塊には口腔から咽頭,さら には食道に向かって 食塊を送り込む力 と,陰圧に よって口腔から咽頭,さらには食道に向かって 食塊を 引き込む力 が働く.食塊を送り込むための力は舌(舌 による食塊の咽頭への移送)や咽頭の筋が順次収縮する ことによってもたらされる.陰圧によって食塊を引き込 むための力は,喉頭の前方移動による咽頭下部の開大

(口腔から咽頭への移送)や食道入口部の括約筋の弛緩

(咽頭から食道への移送)によってもたらされる.陰圧 を作るための前提条件として,口腔あるいは咽頭への入 り口を閉鎖することでこれらを閉鎖空間とする必要があ る.そのために行われるのが,口唇閉鎖と鼻咽腔閉鎖

(および舌根部の挙上)である.

4. 

嚥下の制御機構と咽頭への味刺激の効果(図

4

嚥下時に起こるさまざまな現象は,顎・口腔・顔面お よび咽喉頭領域のさまざまな筋が一定の時間関係で連続 的に収縮・弛緩することでもたらされる.この順序だっ た筋の収縮は脳幹にある嚥下中枢が起動することで自動 的に行われる(9)

.したがって,嚥下中枢が障害されると

重篤な嚥下障害が引き起こされる(球麻痺という)

.嚥

下中枢は口腔や咽頭,喉頭領域からの末梢性感覚情報に

加え,大脳皮質などの高位脳からの入力を受ける.それ らの入力は嚥下中枢に対し促進的あるいは抑制的に働き かけ,促進的なものは嚥下中枢の起動に重要な役割を果 たす(10)

通常の摂食行動では咀嚼により口腔内で形成された食 塊は逐次咽頭に送られ,それらの食塊量が適当になった ところで,舌により食塊が中咽頭後壁に押しつけられ嚥 下が誘発される.そのため,嚥下中枢を起動するための 入力としての中咽頭からの感覚情報は重要である(11)

嚥下誘発の際に中咽頭から生じる末梢性感覚には,食塊 と咽頭粘膜の接触に伴う機械的な感覚(触覚,圧覚な ど)に加え,温度感覚,化学感覚などがあり,食塊の量 や物性は機械的な感覚,味は化学感覚に反映される.動 物実験から明らかになった特徴は,中咽頭の感覚神経

(主として舌咽神経咽頭枝)は水や酸に対する応答性が 高いことである.また,これらの刺激は動物(12)

,ヒト

の双方で嚥下誘発能が高いことも明らかになっており,

嚥下障害のリハビリにも応用されている(13)

.一方,中

咽頭への塩味(NaCl)による刺激は感覚神経の水応答 を抑制する作用があり,結果として嚥下誘発には抑制的 に働くことが明らかになっている(14)

最近われわれはうま味物質であるグルタミン酸ナトリ ウム(MSG:昆布だしの主成分)による刺激が塩味に よってもたらされた嚥下誘発抑制効果を相殺することを 明らかにした(15)

.味噌汁や麺のスープなど塩味の強い

食品ではだし(うま味)を使うことが多いが,このこと は口腔(舌)で食品を味わう際の食味を向上させるだけで

図4嚥下中枢とその活動を制御す る因子

(8)

はなく,嚥下誘発を円滑に行ううえでも役に立っている ようである.

文献

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Yamamura : ,  S10‒001,  doi : 10.4172/ 

2155‒9600.S10‒001.

プロフィル

山村 健介(Kensuke YAMAMURA) 

<略歴>1990年新潟大学歯学部歯学科卒 業/1994年新潟大学大学院歯学研究科修了

(口腔生理学専攻)/1995年4月新潟大学助 手,歯学部口腔生理学講座/1997年8月カ ナダ・トロント大学歯学部Post Doctoral  Fellow (〜 1999年8月)/2000年12月 カ ナ ダ・トロント大学歯学部文部科学省在外 研究員 (短期) (〜2001年2月)/2006年6月 新潟大学助教授,医歯学系摂食環境制御 学講座口腔生理学分野(〜2009年3月)/

2009年4月新潟大学教授,医歯学系摂食環 境制御学講座口腔生理学分野,現在に至る

<研究テーマと抱負>咀嚼・嚥下の神経性 調節機構を研究しております.基礎研究で 得られた成果を基に,すべての人が口から 食べる楽しみを少しでも長く味わえるよう に嚥下補助食や摂食・嚥下リハビリの臨床 に還元したいと考えております<趣味>渓 流釣り,サイクリング

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