化学と生物 Vol. 50, No. 3, 2012
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今日の話題
新規エナンチオ選択的イミン還元酵素の探索と発見
光学活性アミンの酵素合成への展開とその可能性
光学活性アミンは,医薬品やアルカロイドのような生 物活性化合物の構成分子として有用な物質であり,効率 的な合成法が検討されている.近年,化学合成では,有 機溶媒中でイミンあるいはエナミンの触媒的不斉還元に よる光学活性アミンの合成が数多く報告されている(1). 一方,酵素合成では,酵素の立体特異性や広い基質特異 性などの優れた特徴に加えて,それらの酵素遺伝子や立 体構造に関する情報が入手しやすいこともあり,加水分 解酵素,アミノ基転移酵素,アミン酸化酵素を用いる多 くの試みがある.これらの方法は収率や反応平衡などの 問題も抱えているが,様々な工夫により効率的な光学活 性アミン合成が (基質特異性に依存するが) 可能になり つつある(2).
エナンチオ選択的なイミン還元酵素は,イミンを直接 体あるいは 体アミンに変換できることから,かねて からその発見が強く望まれていた.ところが,酵素活性 の探索は水系で検討されることが多いため,水系で不安 定なイミンはほとんどがカルボニル化合物とアミン (あ るいはアンモニア) に加水分解してしまう.イミンの水 に対する不安定さは,イミン還元酵素の探索の大きな障 壁 で あ っ た.近 年,通 性 嫌 気 性 細 菌
の菌体を用いて,水素(電子供与体として利用)
雰囲気下,水-テトラデカン二相系におけるイミン変換 反応が報告された(3).酵素スクリーニングのモデル系と して,カフェ酸(3, 4-ジヒドロキシケイ皮酸)の炭素-炭 素二重結合 (C=C) の還元を触媒する菌体がイミンの C=N結合も還元すると想定した実験が行なわれた.し かし,二相系においてもイミン (ベンジリデンアニリ
ン) から生成したアミンはごく微量であり,検出された 生成物は,主にイミンの加水分解で生成したベンズアル デヒドが還元あるいは酸化された化合物であった.筆者 らは,イミン還元酵素の探索には,まずは水系で安定な イミンを用いることが重要であると考えた.
水系で安定なイミンとして,市販の環状イミン,2-メ チル-1-ピロリン (2-MPN) が中性条件下で安定であっ た.そこで2-MPNを用いて酵母,カビ,細菌の研究室 保存菌株についてイミン還元酵素活性を探索した.これ までに,酵母には,還元能が強く,カルボニル基 (C= O) やC=Cに作用する還元酵素が数多く報告されてい ることから,イミン還元活性も酵母に潜在しているので はないかと期待した.しかし,研究室保存酵母(226 株)に2-MPN還元活性の片鱗をも見いだせなかった.
また,広く各属に及ぶカビ(84株)や細菌(261株)に ついてもやはり本酵素活性は検出できなかった.最後に 未調査の放線菌117株について本酵素活性を調べたとこ ろ,土壌分離菌5株において2-MPNから2-メチルピロ リジン (2-MP) への還元活性を見いだした.約2年間に 及ぶ学生の地道な探索がとうとう実を結んだ.幸運なこ とに,活性菌には 体と 体2-MPをそれぞれ高い光学 純度で生成するものが含まれていた. sp.
GF3587は,高活性かつ 体特異的イミン還元活性を示 し, sp. GF3546は活性菌の中で唯一, 体 選択的イミン還元活性を示した.そこで,両菌株の培養 および反応条件を検討し,グルコース存在下で菌体によ る2-MPNの不斉還元反応を試みたところ,GF3587と GF3546の菌体は,それぞれ変換率90%以上で ( )-2-
図1■イミン還元酵素による2-メチ ル-1-ピロリンのエナンチオ選択的 還元
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MP (99%e.e.) と( )-2-MP (92%e.e.) を生産した(図 1)(4).
sp. GF3587の 体特異的イミン還元酵 素 (RIR) と sp. GF3546の 体選択的イミ ン還元酵素 (SIR) は,ともに菌体内に存在する構成酵 素であり,還元反応では補酵素としてNADPHを要求す ることが明らかになった.RIRの精製酵素を用いた特性 解析から(5),RIRは,補酵素存在下,還元反応ではpH 7.0付近,酸化反応ではpH 10付近で最も高い活性を示 した.RIRの還元活性は酸化活性に比べて約30倍高い.
基質特異性を調べたところ,既知のジヒドロ葉酸還元酵 素 (EC.1.5.1.3) やΔ1-ピペリデイン-2-カルボン酸還元酵 素 (EC.1.5.1.21)の該当する基質にはまったく作用しな
かった.現時点で,RIRは2-MPNのみに作用する酵素 であり,基質特異性がきわめて高い.活性菌には,比較 的広い基質特異性を示すRIRも見つかっており,目下,
これらの特性解析を進めている.一方,精製したSIR は,立体選択性は異なるが,分子量,補酵素要求性,反 応特性についてはRIRと類似しており,基質特異性が広 いという特徴を示した.RIRやSIRの生体内での本来の 基質が何なのか不明であるが,放線菌に局在しているこ とから2次代謝産物のアミンの生合成への関与が考えら れる.
これまでに,イミンのエナンチオ選択的な還元を触媒 する酵素はd-リシン,葉酸や含硫アミノ酸の代謝に関与 する酵素として見いだされており(6),還元反応によって 図2■イミンのエナンチオ選択的還元を触媒する酵素と微生物
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得られる生成物は天然物である.一方,筆者らが見いだ したRIRおよびSIRは,N末端および内部アミノ酸配列 解析において上述の既知還元酵素のアミノ酸配列との相 同性はなく,新規のイミン還元酵素の可能性が高い.イ ミンのエナンチオ選択的還元に関与する酵素と微生物を 図2にまとめた.微生物菌体を用いたイミン還元による 光学活性アミン合成も検討されているが,筆者らの研究 を除くと 属(7)と 属(8)の2例にす ぎない(図2).現時点では,イミン還元酵素あるいは 菌体による光学活性アミン合成は第二級アミンに限られ ている.今後,RIRやSIRの機能改良・改変や反応場制 御に取り組むとともに,新たなイミン還元酵素の探索方 法を検討し,様々な光学活性アミン合成に利用できる酵 素触媒のライブラリー化を目指している.
1) I. Ojima (ed.):“Catalytic Asymmetric Synthesis”, John Wiley and Sonsh, 2010.
2) 満倉浩一,吉田豊和: エコバイオリファイナリー ,
シーエムシー出版,2010, p. 160.
3) H. Li, P. Williams, J. Micklefield, J.M. Gardiner & G.
Stephens : , 60, 753 (2004).
4) K. Mitsukura, M. Suzuki, K. Tada, T. Yoshida & T.
Nagasawa : , 8, 4533 (2010).
5) K. Mitsukura, M. Suzuki, S. Shinoda, T. Kuramoto, T.
Yoshida & T. Nagasawa : ,
75, 1778 (2011).
6) 八木達彦,福井俊郎,一島英治,鏡山博行,虎谷哲夫
(編集): 酵素ハンドブック第3版 ,朝倉書店,2008.
7) T. Vaijayanthi & A. Chadha : , 19, 93 (2008).
8) M. Espinoza-Moraga, T. Petta, M. Vasquez-Vasquez, V. F. Laurie, L. A. B Moraes & L. S. Santos :
, 21, 1988 (2010).
(満倉浩一,長澤 透,岐阜大学工学部生命工学科)
病原細菌を標的としたオートファジーにおける新規認識機構
赤痢菌を認識するカーゴレセプターの一員 Tecpr1 の役割が明らかに
宿主の粘膜には腸内フローラ,タイトジャンクショ ン,粘液上皮バリアーを主体とした「物理的バリアー」
と自然免疫・獲得免疫による「免疫バリアー」から成る 生体防御機構が構築されており,微生物の上皮細胞への 侵入を阻止している.しかし,赤痢菌をはじめとする粘 膜病原細菌は,これらバリアー機能を巧みに回避・抑制 して,粘膜上皮細胞を足場として感染し,局所あるいは 全身で増殖しさまざまな疾患をひき起こす(1).
オートファジーは細胞が栄養飢餓状態におちいったと きやストレスに曝されたときに細胞質成分をまとめて非 選択的に分解する現象であり「自食作用」と呼ばれてい る.オートファジーの役割は細胞の恒常性の維持だけで はなく,変性疾患,受精,ガン,自然免疫など多岐にわ たることが明らかになってきている(2).これらの恒常性 維持に必要なオートファジーには基質認識に特異性がな いと考えられてきたが,最新の研究から標的を特異的に 認識する選択的オートファジーの存在が明らかになって きている.
選択的オートファジーは,損傷をうけたオルガネラや 変性タンパク質からなる凝集体,細胞に侵入した病原細 菌を特異的に異物として認識し分解し,その基質特異性 はポリユビキチンなどの標識タンパク質とLC3などの 隔離膜上に局在するオートファジータンパク質とをつな
ぐ,カーゴレセプターと呼ばれるアダプタータンパク質 複合体により決まる(2).病原菌を選択的に認識するオー トファジーにおいても,多くのカーゴレセプターが報告 されており,たとえばA群連鎖球菌やリステリア菌は Ub(ユビキチン)-p62-LC3, またはUb-NDP52-LC3カー ゴにより認識され,サルモネラ菌はUb-NDP52-LC3, Ub-NDP52-LC3, Ub-オプティニューリン-LC3カーゴに よりオートファジー認識される(2, 3).一方で,赤痢菌や リステリア菌のように宿主細胞に侵入後に細胞質へと脱 出する病原細菌は,細胞内で増殖し感染を拡大させるた めの生き残り戦略としてオートファジーを回避すること ができる(3〜5).
赤痢菌のオートファジー認識機構およびその回避機構 を対象とした筆者らの研究から,①赤痢菌 欠失変 異 (Δ ) 株は野生株と比較してオートファジー感受 性が顕著に上昇すること,②赤痢菌の菌体表面にある VirGタンパク質がオートファジー関連タンパク質であ るAtg5と直接結合することによって赤痢菌に対する オートファジーが誘導されること,③それに対し赤痢菌 は病原因子であるIcsBタンパク質を分泌し,Atg5と VirGタンパク質との結合を競合的に阻害することで菌 体のオートファジー認識を積極的に回避していることを 明らかにし,以前報告した(4).