歯周病は心筋梗塞や狭心症などの原因となる動脈硬化症,糖 尿病,関節リウマチなど,実にさまざまな疾患のリスクを高 めることが報告されている.これまでその関連メカニズムに 関して,プラーク中の歯周病原性細菌が炎症により損傷した 歯周ポケット上皮より組織内に侵入し,全身循環を介して遠 隔組織に影響すること,歯周炎組織で産生されたさまざまな 炎症性サイトカインが全身循環を経由して血管,脂肪組織,
肝 臓 な ど に 持 続 的 か つ 軽 微 な 炎 症 を 起 こ す と 考 え ら れ て き た.しかしながら,歯周病が全身疾患の発症・進行に関与す るメカニズムについてはいずれの説も決定的ではなく,依然 と し て 不 明 な 点 が 多 い.わ れ わ れ は 歯 周 病 原 細 菌 で あ る を口腔から投与するモデルを用い て,肥満モデルや糖尿病モデルマウスで見られるのと同様,
腸内細菌叢が変動し,血中内毒素レベルが上昇することを明 らかにした.腸内細菌叢の変化は動脈硬化症,糖尿病,関節 リウマチ,非アルコール性脂肪肝疾患,肥満など歯周病とも 関連する疾患のリスクファクターであることが知られている.
大量に飲み込まれた歯周病原細菌が腸内細菌叢を変動させる というマウスにおける実験結果は,従来の仮説では十分に説 明することができなかった歯周病と全身疾患の関連の因果関
係を説明するのに合理的な生物学的分子基盤を提供する.
はじめに
今,腸内細菌研究が熱い.腸内細菌に関する研究報告 は2000年には僅か150報にも満たなかったが,2014年 には2,400報近くにまで劇的に増加している. や 誌といったいわゆるトップジャーナルにも頻繁 に関連論文が掲載されている.
腸内細菌の重要性の認識は今に始まったことではな く,「免疫食細胞説」でノーベル賞を受賞したロシアの メチニコフは,腸内の腐敗細菌が老化と関係するという 仮説を提唱した.また,光岡知足博士は1969年に腸内 細菌叢の宿主に与える影響について論じている.しか し,一躍脚光を浴びるようになったのは,腸内細菌と肥 満の関係が科学的に示され,腸内細菌叢の動向がわれわ れの健康に直接的に大きな影響を与えていることが明ら かになってきたことによる.その後,糖尿病,動脈硬化 性疾患,関節リウマチ,炎症性腸疾患,非アルコール性 脂肪肝疾患,精神神経疾患,がんなどさまざまな疾患の 発症・進行に関連していることが次々と明らかになって
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【解説】
The Link between Periodontal Disease and Systemic Diseases:
Effect of Oral Microbiota on Gut Microflora
Kazuhisa YAMAZAKI, 新潟大学大学院医歯学総合研究科口腔保健 学分野
歯周病と全身疾患の関連
口腔細菌による腸内細菌叢への影響
山崎和久
きた.さらに,腸内細菌研究は口腔細菌との関連にも焦 点を当て始めている.
口腔内には大腸に次ぐ密度の細菌が棲息している.腸 内細菌同様,それらは病原細菌の定着阻止やIgA産生を 誘導して口腔内の恒常性を維持する役割を担っている が,細菌叢の構成異常(dysbiosis)を来たすと,う蝕 や歯周病などの疾患を誘発する.近年の疫学研究によ り,口腔細菌のdysbiosisは口腔内固有の疾患,とりわ け歯周病を誘発するのみならず,糖尿病,動脈硬化性疾 患など,腸内細菌のdysbiosisも関連するさまざまな疾 患のリスクを高めることが明らかになってきた.現在,
歯周病とそれら疾患の関連は後述する菌血症と炎症性メ ディエーターの全身への拡散と考えられているが,歯周 病とそれら疾患の間には共通の疾患感受性,喫煙などの 共通のリスク因子が存在する可能性が否定できないうえ に,因果関係を説明するデータも現在のところ乏し い(1).しかし,われわれは動物実験から口腔細菌が腸内 細菌叢のdysbiosisを引き起こし,その結果,さまざま な疾患につながる病理学的変化が誘導されることを明ら かにした.本稿では歯周病が関連する多様な疾患のう ち,代表的な疾患について歯周病が病因・病態にどのよ うにかかわるかを論じ,リスク因子としての歯周病を腸 内細菌への影響という視点から考察する.
歯周病とは
歯周病は歯周組織(歯肉,歯根膜,セメント質,歯槽 骨;図1 正常 )における炎症性病変を主とする疾患 群の総称である.その原因は口腔内の細菌がバイオフィ ルム状に増殖してできるデンタルプラークである.1960 年代にデンマークで歯学部学生や教員を対象として3週 間ブラッシングを停止する実験を行った.その結果,歯 と歯肉の境界部におけるデンタルプラーク(プラーク)
の量的増加,質的変化が歯肉の炎症の程度と関連するこ とが明らかになった(2).この実験はヒト実験的歯肉炎モ デルとして歴史に残るたいへん有名な研究である.この 実験で発症した炎症は歯肉に限局し,歯根膜,セメント 質,歯槽骨の破壊を伴わないプラーク性歯肉炎(いわゆ る歯肉炎;図1 歯肉炎 )であり,プラークの除去に より完全に回復する.プラークの付着が長期化すると歯 周組織全体の破壊を伴う歯周炎に移行する.ごく軽度の 歯周炎を除き,その病態は不可逆的であり,原因を除去 しただけでは完全な治癒は起こらない.歯周炎はさらに 最も一般的で罹患率の高い慢性歯周炎と,10〜30歳程 度で発症し急速な歯周組織破壊を特徴として人口の約
0.05〜0.1%に認められる侵襲性歯周炎に分類される.歯 周病の罹患率は年齢とともに増加し,平成23年厚生労 働省歯科疾患実態調査における結果によると,歯肉炎の 所見を含め何らかの所見を認める(歯周病の所見をも つ)人は40歳代以降で80%近くになる.
歯周炎では,主たる病因であるプラーク細菌に対する 炎症応答により歯と歯肉の間に深い溝(歯周ポケット)
が形成される.深い歯周ポケットは嫌気性歯周病原細菌 の増殖にとって好都合の環境であり,持続する炎症によ り歯の支持組織である歯根膜,歯槽骨の吸収破壊,歯肉 上皮の深部増殖が生じ,さらなる歯周ポケットの深化を 来たす(図1 歯周炎 ).
深い歯周ポケットからは数百種に及ぶ細菌が検出され
るが,そのなかでも ,
, (特に歯周病原性の
強いこれら3菌種をred complex細菌と呼ぶ)など一部 のグラム陰性嫌気性菌が歯周病原細菌として病態形成に かかわると考えられている.特に は糖発酵 能をもたない(糖を栄養源としない)ためプロテアーゼ 産生により直接組織破壊を促すことでアミノ酸,炭素源 の獲得を行う特徴をもち,歯周炎の病態形成にかかわる ことが知られる.このような環境下において,これらの 病原細菌はLipopolysaccharide(LPS)などの細胞膜構 成外膜抗原の抗原活性により歯周組織に自然免疫応答を 誘導するとともに獲得免疫を誘導し,慢性炎症を持続さ せる.歯周炎に罹患した組織中には優勢なB細胞・形質 細胞のほか,T細胞,マクロファージ,好中球などが浸 潤し,IL-1, IL-6, IL-8, IL-17, TNF-
α
などの炎症性サイト カインが活発に産生されている.日本農芸化学会
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図1■歯周組織の構造と病的変化
歯周組織は歯肉,歯根膜,セメント質,歯槽骨からなる.健康歯 周組織にプラークが付着・蓄積すると,ほぼ100%が歯肉炎を発 症するが,この病変は可逆的である.このプラークは歯肉縁上プ ラークと呼ばれ,好気性菌を主体とする細菌群から構成される.
歯肉炎の病態が継続すると一部は歯周炎に進行する.歯周炎によ り歯根膜組織の破壊,歯槽骨の吸収が生じ,歯周ポケットが形成 される.歯周ポケット内には歯石や嫌気性細菌を主体とする歯肉 縁下プラークが蓄積している.この病態は不可逆的でごく軽度の 歯周炎を除き,治癒することはない.
歯周ポケット内には多数の好中球が浸潤しているが,
バイオフィルムを形成した細菌の貪食排除は難しく,ま た抗菌物質も深部まで到達できないことから,自然治癒 は望めない.同じ理由で抗菌薬の効果も極めて限定的で ある.したがって,歯周病治療はプラークやそれらが石 灰化した歯石を機械的に除去することが基本であり,歯 周病原細菌の棲息環境を除去するための歯周外科手術を 行うこともある.近年,歯周病原細菌の感染による慢性炎 症が歯周組織破壊のみならず,さまざまな組織・臓器の 炎症性変化と関連することが明らかになってきた(図2).
歯周病と全身疾患の関連 1. 歯周病が糖尿病に及ぼす影響
歯周病患者の追跡調査から,重度歯周炎患者は,糖尿 病の新規発症リスク,血糖コントロールの指標である HbA1cの悪化度,糖尿病合併症の頻度が高いことが報告 されている.また,重度の歯周炎を治療することで HbA1c(ヘモグロビンA1c;赤血球のヘモグロビンと血 中のブドウ糖が結合したもの.過去1〜2カ月の血糖コ ントロール状態を反映し,日本糖尿病学会による血糖コ ントロールの目標値は6.9%未満とされる)が改善する ことも報告されている.最近のメタ解析では,歯周治療 3カ月後の平均HbA1cの改善度は0.4%であることが示 された(3).しかし,歯周炎がインスリン抵抗性を誘導す るメカニズムに関しては明らかになっていない.インス リンのシグナルを阻害する因子としてはTNF-
α
が最も よく知られている.歯周病患者の病変部では確かに TNF-α
レベルの上昇が認められるが,血中レベルにも 影響してインスリン抵抗性を誘導しているかについては 一定の見解は得られていない.一方,多くの論文が炎症 性サイトカインIL-6の歯周病患者血中での上昇を報告し て い る.IL-6は 肝 臓 に お け るC反 応 性 タ ン パ ク 質
(CRP)産生を誘導する.両者はインスリン抵抗性に関 与することが知られており,こうした炎症性の因子によ り歯周炎が血糖コントロールに悪影響を与える原因と考 えられている.
2. 歯周病が動脈硬化性心血管疾患に及ぼす影響 歯周病は動脈硬化性冠動脈心血管疾患の発症率を高 め,死亡率を増加させることを示す多数の報告がある.
それら論文のメタ解析によると歯周病は動脈硬化性心血 管疾患と弱いけれども統計的に有意な関連をもつことが 明らかになった(4).すなわち,歯周病は喫煙,肥満,糖 尿病,遺伝因子などのよく知られた交絡因子とは独立し た動脈硬化性心血管疾患のリスク因子であるということ が言える.歯周病治療が動脈硬化性心血管疾患のリスク を低減する,あるいは予後を改善するという証拠はいま だ示されていないが,治療により血中の炎症メディエー ターが低下することから,歯周炎患者血中における CRP, IL-6, IL-1, IL-8, TNF-
α
などの炎症マーカーの上昇 が動脈硬化病変形成に関連すると考えられている.さら に動脈硬化病変中から歯周病原細菌のDNAが検出され ていることは歯周病の関与を示唆するものと考えられて いる.3. 歯周病が関節リウマチに及ぼす影響
関節リウマチ患者において歯周炎の罹患率・重症度が 高いことは以前から知られていたが,逆に歯周炎患者に おいて関節リウマチの罹患率・重症度が高く,歯周病治 療により関節リウマチの臨床指標が有意に改善すること も明らかになってきた.
関連メカニズムとして,関節リウマチの特異的マー カーとして知られている抗シトルリン化タンパク質抗体
(Anti-cyclic citrullinated protein antibody; ACPA) が 注目されている.生体由来のPeptidyl arginine deimi- nase(PAD)によって生成したシトルリン化タンパク 質に対して自己抗体(ACPA)が産生され,自己免疫反 応 が 誘 発 さ れ る と 考 え ら れ て い る. は PADを産生する唯一の細菌であり,このことが関節リ ウマチ研究者が歯周病に注目する大きな理由となってい る.実際,初期の関節リウマチ患者のうち,
に対する抗体応答が亢進している患者ではその値と ACPAが相関していることが報告されているが,PPAD
( PAD)によるメカニズムに否定的な意見 もある(5).
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図2■歯周病と関連する全身疾患
4. 歯周病が非アルコール性脂肪肝疾患に及ぼす影響 非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)は過剰なアル コール摂取を原因としない肝脂肪変性であり,インスリ ン抵抗性やメタボリックシンドロームに関連して見られ る慢性肝疾患である.病理所見から細菌感染や細菌毒素 が病態の進展にかかわっていると考えられている.
NAFLD患者唾液中の 検出率は対照者と比 較して有意に高く,単純性脂肪肝(NAFL),非アル コール性脂肪肝炎(NASH)と疾患が重症化するにつれ て検出率が高くなることが示された.さらに,局所抗菌 療法を併用した歯周治療により,NAFLD患者血清中の 肝細胞傷害の指標であるAST(アスパラギン酸アミノ トランスフェラーゼ),ALT(アラニンアミノトランス フェラーゼ)値の有意な低下が認められた(6).しかし,
がどのように関与しているかは今後の課題 である.
歯周病が全身疾患に及ぼす病因メカニズムとその問 題点
歯周病がさまざまな全身疾患に影響を与えるメカニズ ムの解明は十分ではないが,①歯周病の病変部から侵入 した細菌による菌血症,②病変部で産生された炎症メ ディエーターの全身循環への流入,③歯周病原細菌菌体 成分と自己成分の分子相同性などが,有力なメカニズム として挙げられている.ここでは特に①と②の仮説とそ の問題点を論ずる(図3).
1. 菌血症説
重度歯周病患者においては,歯周ポケットの面積は 15〜20 cm2におよび,その一部表面は潰瘍を形成した状 態で細菌バイオフィルムと接している(7).歯周治療の際 に用いられる鋭利な器具による操作で歯周ポケット内の 細菌が一過性に血中に入ることは多くの研究が示してい る.さらに日常のブラッシングやフロッシンングのみな らず,咀嚼運動によっても菌血症は誘導されることも報 告されている.菌血症説の背景にはこのような事実があ る.さらに動脈硬化病変から歯周病原細菌DNAが検出 されることも,この説を支持する基になっている.その 一方で歯周ポケットに侵襲を加えない状態での菌血症に 関する報告はなく,さらに歯周病の重症度と菌血症の間 に関連はないとする報告も存在する(8).最近,歯周病を 有する血管病変患者において歯周ポケットから直接侵入 した細菌(すなわち歯周病原細菌)が血管病変中から検 出されるわけではなく,それ以外の口腔細菌や,さらに は腸内細菌が多数検出されたことが報告された(9).
動物実験においても口腔から を投与する と血中のエンドトキシンレベルは上昇するが,血中,血 管,心臓弁のいずれからも遺伝子は検出できず,上昇し たエンドトキシンが投与した細菌由来であることを示す 証拠も示されていない(10).
2. 炎症メディエーター説とその問題点
歯周病局所での活発な炎症性サイトカイン産生,血中 における炎症メディエーターの上昇は,歯周炎と全身疾 患の関連メカニズムを説明するのに合理的と思われる.
しかも,歯周病治療により血中の高感度CRP, IL-6が有 意な低下を示すことから歯周病原細菌の感染が全身の炎 症状態を高めることは間違いない.
一方で,すでに述べたように,TNF-
α
のように血中 レベルは健常者と比較して変わらないか,むしろ低下し ているとの報告もある.血中で上昇している炎症メディ エーターも歯周炎局所に由来するという証拠はない.マウス口腔に を投与した動物実験では,
血中炎症メディエーターレベルは上昇したが,組織学的 解析では歯肉の明らかな炎症所見は認められなかっ た(11).これらの所見は少なくともマウスモデルにおい ては,菌血症,局所の炎症いずれも全身の炎症への関与 は弱い可能性を示唆する.
腸内細菌叢のdysbiosisと疾患の関連
上述のように歯周病はさまざまな疾患のリスク因子で あるが,それらの疾患の多くが腸内細菌叢のdysbiosis と関連するという報告が蓄積されている(図4).腸内
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図3■歯周病が全身に及ぼす影響に関するメカニズム(仮説)
歯周ポケットから侵入した細菌・細菌産生物や歯周炎の局所で産 生された炎症メディエーターが血流を介して全身の組織・臓器に 影響を与える.
細菌はビタミンやタンパク質を合成するとともに食物の 消化・吸収に関係する.また,有害細菌の増殖を阻止 し,腸管免疫の調節を介して全身の免疫応答にも関与す る.何らかの理由により腸内細菌のバランスが崩れ,有 害菌が増加すると,それらの細菌によって生成される腐 敗産物,細菌毒素,発がん物質などの有害物質は腸管自 体を直接傷害するのみならず,バリア機能の低下した腸 上皮間隙から体内に吸収され,肝臓,心臓,腎臓,膵 臓,血管などのさまざまな組織に障害を与える(12).た とえばマウスに高脂肪食を与えて肥満にすると腸内細菌 叢が変化するとともに,腸管のバリア機能の低下と血中 内毒素レベルの上昇,インスリン抵抗性の発現が見られ るようになる(13).
歯周病と全身疾患との関連の新たなメカニズム プロバイオティクスと呼ばれる生きた乳酸菌やビフィ ズス菌を含むヨーグルトや乳酸菌飲料の摂取が腸内細菌 叢に作用することから,外的な細菌投与の影響が明らか になっている(14).この現象を基に歯周病患者ではどの ようなことが起こっていると考えられるだろうか? 重 度歯周病患者唾液1 mL中には が106オー ダーで含まれると言われる(15).ヒトは1日に1〜1.5 Lも の唾液を産生し飲み込んでいる.さらに が 口腔細菌叢に占める比率は0.8%程度(16)であることを考 慮すると,重度歯周病患者は のみで109か ら1010オーダー,口腔細菌全体では1012から1013オー ダーの細菌を毎日飲み込んでいることになる.健康な歯 周組織をもつヒトでも口腔内には細菌が棲息している が,口腔の細菌叢は腸内の細菌叢と構成が大きく異なる ことから(17),健康な腸内細菌叢も飲み込まれた口腔細 菌による影響を少なからず受けている可能性がある.し かし,もしdysbiosis状態の病的口腔細菌を毎日大量に 飲み込むことで腸内細菌のバランスが崩れ,有害細菌の
比率が高まり,有害物質が増加するような状況が継続す ると,歯周病によって腸管機能に肥満で見られるような 状態が生じ,さまざまな疾患の発症リスクが増大するこ とを合理的に説明できることになる.さらに,歯周病が 関連する疾患と腸内細菌叢のdysbiosisが関連する疾患 には共通するものが多い.
口腔投与による代謝への影響と腸内 細菌叢の変化
われわれはこれまでの研究でC57BL/6マウスに口腔 から W83株を投与することにより全身的 な炎症状態(急性期タンパク質,IL-6の上昇),脂質代謝 の変動(ヒトにおける脂質異常症と同様の変化),血管 の炎症反応が誘導されることを報告している.そこで同 様の実験を行い,今度はグルコース負荷試験,インスリ ン負荷試験を行うと同時に精巣上体脂肪組織,肝臓の炎 症性変化,遺伝子発現変動について解析した.さらに糖 代謝,炎症と腸内細菌の変化を明らかにするために,回 腸細菌菌叢を16S sRNA遺伝子を網羅的に解析した(10).
その結果, 投与により,耐糖能異常とイ ンスリン抵抗性が誘導されることが明らかになった.脂 肪組織における炎症はインスリン抵抗性を誘導すること が知られている.脂肪組織ではマクロファージの浸潤が 見られ,インスリン抵抗性関連遺伝子発現の上昇,イン スリン感受性関連遺伝子の発現低下が認められた.
TNF-
α
, IL-1β
, IL-6などの炎症性サイトカイン遺伝子発 現は有意に上昇していた.とくにTNF-α
はタンパク質 レベルでの産生上昇も明らかになった.肝臓においては脂肪組織と同様,TNF-
α
, IL-6遺伝子 発現の上昇が認められた.さらに,脂肪蓄積に関与する 遺伝子発現の上昇と関連して脂肪滴の蓄積,中性脂肪量 の増加が認められた.口腔投与に伴って腸内細菌叢はバクテロ イデス門の比率が増加し,フィルミキューテス門の比率 が低下した.Operational Taxonomy Unit(OUT)解析 によりバクテロシデス目に属する細菌群の比率が上昇し ていることが明らかになった. は分類学上 この群に含まれるが,解析の結果,投与した
の定着・増殖によるものではなく,ほかの細菌種の 変動によることが推察された.
投与による腸内細菌叢の変化は腸管バリ ア機能に重要な役割を演じているタイト結合タンパク質 の遺伝子発現を低下させるとともに,さまざまな炎症性 サイトカイン遺伝子の発現の上昇とも関連していた.さ らに,小腸型アルカリフォスファターゼ遺伝子の発現も
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図4■口腔細菌・腸内細菌と疾患の関連
口腔細菌叢のdysbiosisと腸内細菌叢のdysbiosisが関連する疾患 はオーバーラップしている.
抑制した.小腸型アルカリフォスファターゼ遺伝子を欠 損させたマウスでは血中内毒素レベルの上昇を来たし,
ヒト非アルコール性脂肪肝疾患と類似した表現型を示す ことが知られている(18).これら遺伝子発現の変化と同 時に,血中のエンドトキシンレベルも上昇させた.さら に, を僅か1回投与するだけでこうした変 化が誘導されることも明らかになった(19).
まとめ
近年,口腔内細菌叢と腸内細菌叢の関連を示唆する報 告が相次いでいる.2014年, 誌に,肝硬変患者 の腸内細菌叢を解析したところ口腔由来と思われる細菌 が高頻度に検出され,その比率が疾患の重症度と相関し たとの論文が発表された(20).また,動脈硬化病変など の血管病変中の細菌DNAを歯周病の有無により解析す ると,歯周病を有する場合に口腔細菌とともに腸内細菌 群が高頻度に検出されたことが報告された(9).これらの 結果は,いったん飲み込まれた口腔細菌が腸管から再び 全身循環に入る可能性を強く示唆する.われわれはマウ スにおいて歯周病原細菌である を口腔から 投与すると,肥満モデルや糖尿病モデルマウスで見られ るのと同様に,腸内細菌叢が変動すると同時に腸管バリ ア機能を司るタイトジャンクションタンパク質の発現低 下,血中内毒素レベルが上昇することを明らかにした.
腸内細菌叢の変化は動脈硬化症,糖尿病,関節リウマ チ,非アルコール性脂肪肝疾患,肥満など歯周病が関連 する疾患のリスクファクターであることが明らかになっ てきている.大量に飲み込まれる歯周病原細菌が腸内細 菌叢を変動させるというマウスにおける実験結果は,従 来の仮説では十分に説明することができなかった歯周病
と全身疾患の関連の因果関係を説明するのに合理的な生 物学的分子基盤を提供すると考える.(図5).今後,
以外の口腔細菌の影響,変動する腸内細菌の 同定と病因との関連,代謝物の変化とその影響,免疫系 への作用などを統合的に解析することで,口腔細菌叢の 腸内細菌叢への影響を介した全身の健康へのかかわりの 解明が期待される.
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図5■歯周病と全身を結ぶ新たなメカニズ ム
肥満と同様,飲み込まれた口腔細菌が腸内細 菌叢を変化させるとともに腸管のバリア機能 を低下させ,内毒素血症を誘発する.また,
腸管の免疫機能にも影響を及ぼすことで,遠 隔臓器の炎症や自己免疫応答の修飾に関与す ると考えられる.
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プロフィール
山崎 和久(Kazuhisa YAMAZAKI)
<略 歴>1980年 神 奈 川 歯 科 大 学 卒 業/
1985年新潟大学大学院歯学研究科修了
(歯学博士)/同大学付属病院助手/1988 年同講師/1999年同大学歯学部助教授/
2004年同教授/2010年同大学大学院医歯 学総合研究科教授<研究テーマと抱負>歯 周病と全身疾患の関連メカニズムを明らか にし,歯科から全身の健康に寄与する新た な方策を開発したい<趣味>美術鑑賞,家 族 旅 行<所 属 研 究 室 ホ ー ム ペ ー ジ>
http://www.dent.niigata-u.ac.jp/yamaza- ki̲labo/
Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.633
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