2005年3月6日 神戸慶友会講師派遣 慶應義塾大学経済学部 大平 哲
神戸空港建設をめぐる議論を展望しながら、大型公共事業の実施をする際に考えるべき論点を整理するこ とにします。
当日の進行は、状況によって柔軟に変更します。大よそ次の手順を考えています。
前半:公共事業の実施の是非を考えるための経済学の考え方の解説
このレジュメの1節をつかいます。経済と環境のバランスを考えるための工夫について序論的な 話をします。やや講義のようなスタイルになりますが、みなさんからも発言がでてくるような雰 囲気にしたいと思っています。
後半:神戸空港をいかにして活用するのが神戸(関西圏)の人々にとって良いかをみなで考える。
建設賛否の経緯は忘れて、あと1年もたたないうちに完成する空港をどのように活用するかを ディスカッション形式で考えます。原則として私(大平)は積極的に意見を言うのではなく、司 会者の役割に徹します。たぶん時間になっても議論はつきないでしょうから、懇親会の場でつづ きを話すことにしましょう。
1 プロジェクトを実行するかしないかの判断
°1 もっとも単純に方法。金銭的な収入、支出の流れを把握し、その差額である純収入がプラスであれば 採算性あり=プロジェクト実行と判断する。まだ実現していない将来の収入を把握するための需要予 測が大きな役割を占める。
°2 収入概念を拡張し、非金銭的な利得も金額換算して便益の中に含める。
°3 費用概念も拡張し、非金銭的な費用も金銭換算して費用の中に含める。実際には費用概念だけを拡 張することはないので、収入概念を拡張したもの(便益)との差額を計算して、その差である(広義 の)便益がプラスであればプロジェクトを実行する。
便益 便益 収入
広義の費用 費用 費用
°3広義の純便益
°2純便益
°1純収入 需要予測 -
—
—
—
=
=
=
1. 現在、費用・便益分析と呼んでいるのは°のものである。3
2. 神戸空港の建設の是非を問う議論では、賛成派(神戸市)、反対派(みなと神戸を守る会)ともに°1 の範囲での費用・便益分析を用いている。1
3. 両者とも、環境問題は費用・便益分析では対象としない別の論点として取り上げている。
4. 国土交通省では航空需要予測の方法についての指針は公開しているが、費用・便益分析全体の方法に ついては指針を出していない。
5. 1°の純収入の計算だけをおこなう手法は、経済学の提供する道具をきわめて狭い範囲でのみ応用す るものである。経済学はいわゆる経済的なことだけを考える学問ではなく、非経済要因と思われるも のも金銭表示をすることで評価しようという発想をするものである。°のような、環境要因も考慮し3 た広い意味での費用・便益分析をおこなうべきだった。
6. そのためには、経済と環境のバランスについて神戸市民(あるいは関西圏の人々全員、場合によって は全国民)に対する意識調査を広範囲でおこなうべきだった。2
7. 漁業補償や騒音対策のための費用を考えれば、ある程度は°3の形の費用・便益分析ができるが、それ すらしていない。
1.1 需要予測の手法
1今回は他の論者の議論は見ていない。賛成派の代表的文献として神戸市の公開資料、反対派の代表としてみなと神戸を守る会の ウェブ上資料のみを見ている。神戸空港問題をきちんと調べるには、もっと広い範囲で資料を精査する必要がある。
2空港の立地によっては、地元の人間よりも外部の人間のほうが環境保護を強く叫んで建設反対運動をすることがある。その場合 には、誰に対する意識調査をすればいいのか、むずかしい判断を迫られる。
1.2 環境評価
環境要因は市場で金銭的な取引がされているわけではないので、何らかの工夫をしなければ金額換算でき ない。3
神戸空港に関連する環境問題としては、掲示板上で次のような問題が指摘された。
• 騒音問題
• 瀬戸内海の自然資源の枯渇
• 景観の問題
環境評価の手法を思いっり単純にまとめると「環境を守るためにいくらならば支払うか」を聞くアンケー ト調査をすることで環境の価値を測定しようとするものである。大勢にこのアンケートを実施することで 地域全体の環境に対する評価を知る手法として、CV法(contingent valuation法、仮想評価法)と呼ばれ るものが最近になって進歩している。この手法をつかって°3の費用・便益分析をおこなうことができる。
経済学のリクツでは
くわしくは講師派遣当日に話すことにして、次のような問題を考えてみてください。
騒音 所得
×
×
A
B
¡¡¡¡¡¡¡¡¡¡¡¡
×C 図中のA点が現状の所得・騒音の組み合わせとし
ます。所得はあまり高くは無いけれど、騒音もそれ ほどではない状態です。プロジェクトが実施される ことで騒音が200大きくなるとすると、あなたは 100だけの所得補償を求めるとします。このことは 図中のA点とB点とではあなたにとって満足が同 じであることを意味します。それではA点とB点 とを結んだ線上にあるC点は
1. A点(現状)と比べて満足が大きい 2. A点と満足が同じ
3. A点(現状)と比べて満足が小さい
のいずれになりますか。
参考:1998.11.12 : 平成 10 年第2回臨時市会(直接請求の審議)
■ 会期決定の件について,反対討論を行います。提案された日程はわずか7日間であります…徹底審議 が保障された日程とは言いがたいのであります…
3人によっては環境を金額換算すること自体に批判的な意見をもつかもしれない。
■……市長は,市民負担をかけない空港だ,一般会計から貸し出しをした45億円については収支差で何と か解消していけるだろう,だから市民に負担をかけないと言っていますが,別の負担が一方のところで発 生しているんじゃないですか・・
●・・・特に本件のように個別案件について直接住民に問うという形は,・・・一時の市民感情に流されやすく…
100年の大計を誤る結論を導く可能性も…その意味で,住民投票の実施は慎重を期するべきで…、例えば 長と議会が当該案件で対立して意思決定ができず,長期にわたり正常な行政運営が期待できないなど,現 行法が予定していない特殊なケースに至って初めて考慮されるべきであると思うのであります。
神戸空港については…市会での論議を通じて円滑に意思決定ができており,間接民主制度は十分に機能 しているので…改めて住民投票のような直接民主制度の発動が必要とされる理由は見出し得ないと考える のであります。
◯市長(笹山幸俊君)・…ご質問に,まず私から数点お答えを申し上げます。
空港の意義についてでございますけれど……
(略)
環境問題とかあるいは財政問題とか,こういったことが言われております。ですから,選択肢が非常に多 いということになります。ですから,先ほどもご指摘ありましたように,マル・バツで判断するような内 容ではできない,判断しにくい,こういうことになろうと思いますので,こういった問題については,そ れぞれ住民投票にはなじまないと,こう思っております。
2 でも、もう完成するのだから、どう有効活用するか考えよう
この点については掲示板上での議論で次のような意見があった。
とにかく、もう来年には出来てしまう神戸空港です。赤字を最低限に抑えるために、または採算が取れるようにする ためにはどうすればいいのでしょうか?
私が仕事でかかわっているベルギーにも地方空港があり、それらの空港はその地域の雇用活性化や海外からの投資のイ ンセンティブになっているようです。ベルギーにはもちろんブリュッセルに国際空港があり、私が使う限りにおいては そんなに一杯ではないというのが印象です。以前はエールフランスもパリからブリュッセルまで飛行機を飛ばしていま したが、数年前からTGVに変わってしまいました。なので、おそらく飛行機の枠が一杯ということはないのではない かと思います。それなのに、Charleroiや Liegeに空港をつくっています。ホームページをみているとCharleroiは かなり格安の航空会社に的を絞っているようです。(ベルギーは飛行機で移動するほど大きくないので国際線です。。。)
ダブリンまで片道安いときで30ユーロ弱となっていました。Liegeは貨物に力を入れているようです。それぞれの会 社の倉庫が飛行場に直結しているつくりになっていたと思います。詳しいことはわかりませんが、両空港のホームペー ジをみたり、空港の周りを見る限りにおいてはだんだんと利用者も増え、地方の空港としての特色を出し、存在感を 強めている感じがします。
神戸もこのようになにかに特化した形にすれば需要が確保できるのでしょうか?今朝の日本経済新聞に神戸空港は夜11 時まで運用をしたいと考えているが国はその条件は飲めないとしているようです。夜11時の運用が認められれば、東 京での朝の会議と夜の宴席を日帰りでこなすことができると言う需要を満たすことができるというのです。(人によっ ては、あまり満たされてほしくない需要かもしれませんよね。飛行機の時間がありますのにって断れた宴席が断れな くなって。。。)(森田)
**********************
私は小学生の子供がいますが、今まで空港に行ったのは東京大阪間(沖縄だったかな)のポケモンジェットを見に行っ たことくらいです。(息子は暇があれば見に行こうと言っていました)でも、飛行機に乗ることのない人も、こんな風 に空港に行く目的を見出すことができます。そして、食事をして、駐車場に車を停めて、買物をしてetc...。その為に は、魅力的なお見送りデッキや、…そうですね、海上にできるということや環境なども考慮した空港水族館なんてど うでしょう?神戸には須磨に水族館がありますが、空港に自然の地形を生かして海中が眺められるような…神戸空港
はこんなに自然と共存しています!環境破壊が避けられないなら、その中でこんなに努力しています。と言うような 子供たちやみんなが海の環境を考えることのできる施設など。神戸空港には○○があるから飛行機に乗らなくても出 かけよう!と言うような具合にうまくは行かないでしょうか。
ビジネスで利用される方は別として、普通の一般家庭で飛行機を利用することって、年に1、2回程度ではないです か?そうなると、やはり飛行機に乗らない方の空港利用は重要であると感じます。通過点ではなくて、そこに行くこ と自体が目的となるような空港作りが大切だと思います。
遠足や修学旅行にも使ってもらえるかも…と思うのですが…。あまり利益にはつながらないかな…(金剛)
**********************
神戸空港の採算性を考えるならやはり、観光客の取り込みが大切だと思います。関西には神戸をはじめ、京都、奈良 と魅力的な場所が多いです。いずれの場所へ行くにしても、神戸ならそれほど移動時間がかかりません。
乗客の利便性では、時間のかかる搭乗手続きの改善、空港から先の交通アクセス、空港内にショッピングモールを設け る等々あります。いずれにしても、空港を飛行機が発着する場所というイメージにとらわれず、多くの地域から人々が 集まる場所という視点でとらえることが必要だと思います。(安藤)
**********************
世界のベストエアポート(審査基準を知っている人がいたら教えてください)によく選ばれているオランダの空港を 利用したことがあります。短所も長所も思いつかない空港で、「この空港がNo.1?」って思いました。短所がないの が良いのでしょうか?(川見)
杉浦一機&別冊宝島編集部『巨大利権「空港建設」』(宝島新書、2000年)という本には最近の空港作りの 考え方として
1. 空港の原点を大切にした設計:航空旅客の利便性を第一に考える。はじめてでも迷わない、移動が早 く楽。
2. 何でもある楽しい空港:航空旅客以外も集まる施設を充実させる。
の2つの流れがあるらしい。もちろん、両方とも充実していたほうがいいに決まっているが、基本的なス タンスとしてどちらを優先するかという設計思想の整理である。関西空港は第一のタイプになっている。
川見さんが疑問をもっているスキポール空港は第二のタイプを作り出した空港として有名とのことである。
神戸空港が神戸市、およびその周辺の人たちだけを対象にした国内専用空港であるかぎりは、修学旅行生 の誘致をはじめ航空旅客を集める努力をしたとしても効果には限界があるだろう。第二のスキポール空港 タイプを目指すしかないのではないか。
• では、それにはどうしたら良いか。
あるいは関西経済圏全体での航空政策を練り直す中で神戸空港の位置づけを向上させることを考えるべき である。
• 伊丹、関空との分業体制をどのようにするか。
短距離航空需要を開拓するという別の方向も考えられないか。
• 伊丹空港を閉鎖する方向も視野に入れる。
掲示板上での空港立地に関する意見を参考に講師派遣当日に議論したい。
3 建設までの経緯
1982年 6月 神戸市が「神戸沖新空港計画試案」を発表
1985年 5月 市会で、国に対する「神戸沖空港の第5次空港整備五箇年計画への組み入れに関する意見 書」を議決
1990年 3月 市会で、国に対する「神戸空港の第6次空港整備五箇年計画への組入みれに関する意見書」
を議決
1991年 11月 神戸空港、第6次空港整備五箇年計画に「予定事業」として組み入れ 1993年 8月 神戸空港、「新規事業」へ格上げ
1994年 12月 平成7年度国予算に「着工準備調査費」計上 1995年 1月 阪神・淡路大震災発生
1996年 5月 環境アセスメント(飛行場設置及び港湾計画変更)の評価書提出・縦覧 1997年 2月 国より、飛行場設置許可
3月 国の港湾審議会で、神戸港港湾計画に神戸空港の組み入れ承認 1998年 10月 環境アセスメント(公有水面埋立)の評価書提出・縦覧 11月 市会で、空港建設の是非を問う住民投票条例案を否決 12月 市会で、空港島の埋立に係る同意議決
1999年 6月 国より、空港島の埋立認可
6月 港湾管理者の長より、空港島の埋立免許 9月 空港島の埋立て着工
2000年 12月 平成13年度国予算に空港整備事業費計上 2001年 10月 空港島の外周護岸概成
2002年 10月 空港島の一部用地が初めて竣功(約38ha) 12月 神戸空港ターミナル株式会社を設立
2003年 12月 神戸空港旅客ターミナルビル整備等の事業者を提案競技により決定
2004年 4月 空港島とポートアイランド第2期を結ぶ連絡橋の暫定供用開始(工事車輌のみ)
参考:関西空港の建設の経緯
1968 4 運輸省、調査を開始(阪和県境、泉南沖、岸和田沖、西宮沖、六甲沖、ポートアイランド 沖、明石沖、淡路島の8力所を対象
1974 8 航空審議会が運輸大臣に「規模及び位置(泉州沖が最適)」を答申 1976 9 運輸省、関西国際空港調査の実施方針決定(’78.1調査開始)
1981 5 運輸省、三府県(大阪府、兵庫県、和歌山県)に対し「関西国際空港の計画案」「関西国際 空港の環境影響評価案」「関西国際空港の立地に伴う地域整備の考え方」(いわゆる3点セ ツト)を提示
1982 7 大阪府、計画の具体化に同意する旨を運輸省に回答(以後、’84.4に和歌山県、’84.6に兵 庫県が同意回答)