セミナー室
食品の官能評価法-4記述型の官能評価/製品開発におけるQDA法の活用
今村美穂
キッコーマン株式会社研究開発本部
官能評価における記述分析法の位置づけ
メーカーが新しい商品を開発するときには,市場に存 在する競合品の品質を把握し,どのような品質が消費者 に好まれているのかを明らかにすることが重要となる.
これらが不十分だと,事業的意図もなく既存製品と類似 した商品を市場に投入したり,消費者の期待とは異なる 製品を誤って販売する危険性がある.また,商品開発 後,自社製品の品質を十分に理解していれば,営業やプ ロモーションで自社製品をPRする際や,リニューアル などにおいて一層の差別化を図る際にも有効である.本 稿では,製品が有する品質の把握に有用な記述分析法に ついて紹介する.
山口氏が本シリーズ第1号で述べたように,官能評価 とは人の五感(視覚,聴覚,嗅覚,味覚,触覚)に頼っ て物の特性や人の感覚そのものを測定する方法であ り(1),特に物(サンプル)の好き嫌いやどんな人に好ま れるかなど,人の主観的な価値に基づく評価を「嗜好 型」,これを除くサンプルの客観的な評価を目的とする ものを「分析型」と呼ぶ(2) (図
1
).また,分析型のなか でも総合的な違いの有無や官能評価の運営者が決めた任 意の特徴 (character) や特性(attribute,定義づけされ た特徴)の違いを評価する方法を「識別型」,パネリス ト(官能評価を行う人)自身にサンプルから感じられる 香りや味などの特徴をすべて記述させ,それらについて強度評価を行う方法を「記述型」という(3).この記述型 官能評価では,サンプルに対するパネリストの知覚情報 が得られるだけでなく,これらの情報をマーケティング データや機器分析データなどと紐づけることにより,開 発に重要な知見を導出することが可能となる(3).
記述型の官能評価手法
現在,広く認知されている記述型官能評価手法はパネ ル(官能評価を行う人の集団)の専門性やその歴史に よって大きく3つに分類される(図
2
).なお,ここで意 味するパネルの専門性はサンプルに関する知識の豊富さ や技術の高さではなく,官能評価パネルとしての専門性図1■官能評価の種類
(検出力,表現力,強度評価能力,再現性など)を指す.
サンプルに関する専門性が高い人(製造や開発の担当者 など)をパネルとして用いる場合,その技術的バックグ ラウンドによって,慣れ親しんだ香りや味の特徴が見落 とされたり,原料不良や工程不備で生じやすい香りなど を良いか悪いかで評価し,結果の客観性が損なわれる恐 れがある.そのため,客観的なデータが必要な場合に は,一般消費者や製造開発部門以外の社員のなかからパ ネルを選ぶことが推奨されている(フレーバープロファ イルでは例外的にサンプルに関する専門性が高い人がパ ネルとなる).3つのタイプを以下に説明する.
Conventional Type:パネルの選抜と訓練を必要と し,パネリスト全員が共有できるサンプルの特性を対象 に強度評価を行う手法を指す.Flavor Profile(4), Tex- ture Profile(5), Quantitative Descriptive Analysis(6)
(QDA法:定量的記述分析法)および Spectrum Meth- od(7, 8) が Conventional Type に含まれる.
Consumer Friendly Type:訓練をしていない消費者 を対象に,個々のパネリストが感じる特徴を個人の感性 で表現・数値化する手法を指す.Repertory Grid Meth- od(9) とFree-Choice Profiling Method(10) などがこのタ イプに属する.データの解析には,プロクラステス分 析(11) などの多変量解析手法を用い,各パネリストの評 価を集約するが,それぞれが示す言葉の意味を定義して いないため,集約されたデータ間の関連性を確認するこ とは難しい.
Latest Type:ここ10年以内に開発された手法を指 し,Check-All-That-Apply (CATA)(12), Temporal Dominant Sensation (TDS)(13) が 該 当 す る.CATA;
一般にConventional Typeの官能評価は,信頼性の高い
情報が数多く得られる反面,パネルの選抜や訓練におい て多大な労力を必要とする.この問題を解消するために 開発された手法がCATAである.CATAでは訓練をし ていない一般消費者でも評価を行うことが可能であり,
特性の強度ではなく,その特性の有無(感じるか感じな いかのいずれか)によりサンプルを評価する.TDS;
特性の強度に加えて,特性の経時的な変化の計測を目的 とした手法である.従来の官能評価法では,サンプルが 有する特徴のうち,特性やその強度が注目されてきた が,実際の食事においては,特性の時間的な変化や特性 同士のバランス,ハーモニーも美味しさを決めるうえで 重要となる.TDSは古典的な官能評価から一歩踏み出 し,サンプルの時間的な特徴についても明らかにしよう とする官能評価の手法である.なお,サンプルの時間的 な特徴を測る方法としては,1986年にTime Intensity 法が提案されたが,本手法では1つあるいは2つの特性 に限られていた(14, 15).それに対してTDSは上限10個の 特性の経時的な変化を同時に測ることが可能で,まさに サンプルの特徴を描写するための手法と言える.
なお,上述した手法のうち Consumer Friendly Type の手法は科学的というよりは,消費者調査やマーケティ ング的な要素が強い官能評価手法である.また,Latest Typeは新たなニーズに対応するために開発されつつあ る手法と言える.本特集では科学的な研究や開発に広く 用いられる官能評価手法の紹介を目的とするため,
Conventional Typeの評価,特にQDA法について以下,
詳細に解説する.
QDA法の特徴
QDA法を含むConventional Typeの記述分析法の特 徴を表
1
に示す.QDA法はほかの記述分析法と比較す ると,10 〜12人のトレーニングされたパネリストを用 いる点,パネルリーダー(パネルを管理し,評価をコン トロールする人)がパネルとして評価に参加しない点,両端にアンカーのついた線尺度を使って強度評価を行う 点などが特徴である(3, 16).さらにFlavor ProfileやTex- ture Profileでは,特性の強度をパネリスト全員の一致 をもって評価するのに対し,QDA法ではパネリスト一 人一人が個別に強度評価を行うため,サンプル間の有意 差検定を特性ごとに行うことが可能である.これらの特 徴から,QDA法は開発から約40年経過した今でも既存 の官能評価手法のなかで得られる情報量が最も多い手 法,と考えられている.
ところで,人の感度はすべての商品カテゴリーにおい 図2■記述型の代表的な官能評価手法
TDSはサンプルの特徴を「網羅的」に評価するという点において は,記述分析の要件を満たさないが,パネリスト自身が評価を行 う特性を決める,という点において記述分析の要件を満たす.
て一様ではないため,官能評価においては,評価対象と 同じ,あるいは周辺のカテゴリーに対する感度が保証さ れたパネルを用いることが一般的に推奨されており,
QDA法においても用途に応じたパネルの選抜と訓練を 行う.しかしながらSpectrum Methodは,すべてのカ テゴリーを対象にQDA法と同質のデータを得ることを 目的とするため,パネルの選抜や訓練に多大な労力を要 する(3).その結果,Spectrum Methodはあまり実用的 な手法とは認識されていない一方で,QDA法は海外を 中心に汎用されている.
QDA法の進め方
QDA法の手順を表
2
に示した.QDA法では,2 〜 30 個のサンプルを一度に評価することが可能である(16). そこで,評価対象となるサンプルが決まったら,パネル リーダーは違いが大きいと思われるものから順に2つず つ対にしてパネリストに提示し,サンプルから感じる香 りや味などの特徴をできるだけ具体的な言葉として描写 させる(Step1. 言葉だし).なお,この言葉だしは評価 対象とするサンプル群の特徴を言葉として網羅的に抽出 することが目的である.そのため,いくつかのサンプル を代表とすることでサンプル群の特徴をすべて書き出す ことができれば,必ずしもすべてのサンプルを用いて言 葉だしを行う必要はない.次に,パネルリーダーは個々 のパネリストが出した 言葉の意味 をパネリスト間で 確認させ,言葉を集約させる(Step2. 話し合い).この話し合いにおいて,同じ言葉でも異なる特徴を指すもの は別々の表現に置き換えられる必要があるし(甘いにお い→バニラのにおい,チョコレートのにおい),また逆 に,異なる言葉であっても同じ特徴を指すものは,1つ の表現にまとめる必要がある(ミルキーな香り,牛乳っ ぽいにおい→牛乳の香り).つまり,この「話し合い」
の目的は言葉とその意味を1対1で対応づけることにあ る.言葉の集約が終了したら,次にパネリスト間で共有 できる特徴を,数値化の対象となる「特性表現用語」と して採用する(Step3. 特性表現用語の決定).ところ で,QDA法では以上が定性的な評価であり,このよう に慎重な作業を経てサンプルを評価するための「特性」
を決定した後,ようやく次の特性の定量化に進む.定量 化では,まず,言葉だしに使ったサンプルだけでなく実 際に評価を行ういくつかのサンプルを対象に強度評価の 練習を行う(Step4. 試し評価).また試し評価の結果,
パネリスト間で数値のばらつきが見られた特性について は,定義の確認や評価尺度の擦り合わせを行う(Step5.
キャリブレーション).キャリブレーションでは,パネ リストに特性や尺度に対する定義(イメージ)を共有さ せるだけでなく,評価の指標となる モノ (リファレ ンス)を提示することにより,定義や尺度に対する認識 を一致させる.なお,このリファレンスはStep2の「話 し合い」の段階でも用いることがある.そして,「試し 評価」と「キャリブレーション」を繰り返すことによ り,パネルの評価精度が目的のレベルに達したと判断し たら,すべてのサンプルを対象に線尺度を用いて特性を 表1■代表的な記述分析法の特徴(3, 15)
分析法 パネル
・パネルの数
・パネルリーダー 尺度 特徴
Flavor Profile ・4人以上
・パネリストとして評価に参 加する
カテゴリー尺度(7 point) ・個々の特性のほかに,香りや味の全体的 な強度も評価する
・全員のコンセンサスを経て,特性の強度 を決める
Texture Profile ・6 〜10人
・パネリストとして評価に参 加する
カ テ ゴ リ ー 尺 度 (5, 7, 8, 9
point) ・食感のみ評価を行う
・全員のコンセンサスを経て,特性の強度 を決める
QDA ・10 〜 12人(8 〜 15人 の 場 合もある)
・評価に参加しない
両端 (1/2-in, 1.5 cm) にアン カーのついた線尺度 (6-in, 15 cm)
・パネリストは個別に強度を評価する
・強度評価では,少なくとも3回以上の繰 り返しが要求される
Spectrum Method ・12 〜15人
・パネリストとして評価に参 加する
10, 15 cmの線尺度 ・Flavor ProfileとTexture Profileを融合 させた評価方法である
・すべてのカテゴリーのサンプルの評価を 可能とする
・トレーニングの期間が非常に長い (3 〜 4 months/modality)
定量化する(Step6. 本評価).この線尺度から得られる 定量的なデータは,成分分析や生体試験のデータと同じ ような数値データとして扱うことが可能であり, 検定 や多重比較法などサンプル間の比較や主成分分析のよう な多変量解析などさまざまな統計処理を適用することが できる(2) (Step7. データ解析).QDA法のデータ解析に よく用いられる統計解析手法(17)とその目的を表
3
に示 す(17).以上のようなQDA法の作業は,少し煩雑に思えるか もしれない.しかしながらGCやLCなどの分析機器を 使う方であれば,QDA法の手順 (Step0 〜7) を次のよ うに機器分析の手順に当てはめることにより,各作業が 理解しやすくなるのではないかと思う.『Step0:分析の 目的に合う機器を準備する,Step1:サンプルを機器に 導入してピークを確認する,Step2:ピークの分離条件 を最適化する,Step3:測定対象とする成分(ピーク)
を決める,Step 4,Step5:分析条件のチューニング
(Step2のさらなる最適化)や定量のための検量線を作
成する,Step6:成分やピークを定量する,Step7:デー タ解析』.言い換えるとQDA法では機器分析と同様の 手順を踏むことにより,機器分析と同じような精度や信 頼性の高いデータを得ることができる.
QDA法の活用事例(蕎麦つゆ)
蕎麦つゆを例に,QDA法の活用例を紹介する(18, 19). この試験では12名のしょうゆ周辺調味料専門QDAパネ ル(20)を対象に,19種類の蕎麦つゆの官能的な特徴を詳 細に洗いだした.なお,試験に用いた蕎麦つゆは市販品 ではなく,原料となるしょうゆのみを変えて調製したも のである.蕎麦つゆは,しょうゆとみりん,砂糖を加 え,加熱してかえしを作り,だし(5%のカツオだし)
で希釈することにより調製した.なお,19種類のサン プルを対象とした言葉だしは大変な手間がかかると想定 されたため,前述したように特徴的ないくつかのサンプ ルを代表として言葉だしを行うことを試みた.具体的に 表2■QDA法の手順
Step 作業 内容/目的(備考)
0 パネルを集める 本シリーズ第2号(2)およびASTM(15)参照.
1 言葉だし サンプルから感じられる香りや味の特徴を「言葉」として書きだす(個人作業).
2 話し合い Step1の「言葉」の示す特徴をパネリスト間で共有する.香りや味の特徴と「言葉」(表現)を1対 1で対応させる.
3 特性表現用語の決定 Step2の言葉の中から,パネリストが共有し,評価が可能であるものを特性表現用語とし,数値化 の対象とする.
4 試し評価 評価対象となるいくつかのサンプルを用いて,数値化の練習を行う.
5 キャリブレーション Step4でパネリストの評価がばらついた特性を対象に定義の再確認や強度の補正を行う.
6 本評価 評価対象となるすべてのサンプルを対象に数値化を行う(最低3回以上繰り返し評価をする). 7 データ解析 通常の数値データと同様のデータ解析が可能である.
表3■QDA法のデータ解析に用いられる統計解析手法(17)と目的
目的 手法 備考
サンプルを比較する 検定(2サンプル)
ANOVA,多重比較法
(3サンプル以上)
特性の強弱の違いに意味があるかどうか,を統計的に判断する
似たサンプルをまとめる クラスター分析 特性の強弱に基づき,似たサンプルを群(クラスター)にまとめる サンプル(群)の特徴を見
いだす 判別分析 複数のサンプルで構成されるサンプル群を対象に,それらのグループ
を特徴づける(見分ける)ために重要な特性を見いだす 結果(サンプル/特性)
の全体像を把握する 主成分分析 QDAで得られる多特性(多次元)データを少数の因子に集約し,全 体としての特徴の把握を助ける
特性の関連性を確認する 相関分析(2特性)
クラスター分析(多特性) 2つ以上の特性を対象に,特性同士の関係性を明らかにし,データの 解釈に役立てる
パネルの特性に対する認
識の一致度を確認する プロクラステス分析(11) 各特性についてパネリストがどのサンプルを強く(弱く)評価してい るかを明らかにすることにより,パネル全体の評価の一致度を測る
は,予備試験として19種類の蕎麦つゆを試作し,担当 者で味見を行ったところ,5種類の蕎麦つゆを言葉だし に用いることで,すべての蕎麦つゆの特徴を網羅的に抽 出することが可能であると期待された.そこで,この5 種類の蕎麦つゆを用いて言葉だしを行った.言葉だしで は,100近くの言葉がパネルから抽出された.ついで各 言葉の定義について話し合いを行ったところ,これらの 言葉は47種の表現に集約された.そして,47種のうち パネリスト9名以上の(全体の2/3)のコンセンサスが 得られた33種の用語を特性表現用語として採用した
(図
3
).QDA法では,蕎麦つゆの特性として一般的に 思い浮かぶような「しょうゆの香り」や「塩味」,「旨 味」のほか,「たばこの灰の臭い」や「青臭い」「さきい か風味」のように蕎麦つゆとしてはあまり耳慣れない特 性も検出された.また,QDAパネルは蕎麦つゆの だ しの香りや風味 についてカツオ節や昆布,雑節に分け て認識できることも明らかとなった.そして,これら 33種の特性を対象に19種類のサンプルを3回ずつ数値 化した.つまり一人当たり1881回(33特性×19種類×3回繰り返し=1881回)という膨大な評価作業を経るこ とによって,サンプルごとに各特性の強度データを得 た.
この蕎麦つゆの官能評価データを主成分分析した結果 を図
4
に 示 す.図4に は,PC1とPC2の 寄 与 率 か ら,QDAで 得 ら れ た 全 デ ー タ の60.6% (47.2%+13.4%=
60.6%) の情報がこの図に反映されている.また,各特 性の因子負荷量からPC1の正方向は「しょうゆ風味」,
「コク」,「香ばしい風味」を,PC1の負方向は「タバコ の灰の臭い」,「さきいか風味」,「ベタっとした食感」
を,PC2の正方向は「生臭い」を,PC2の負方向は「カ
ツオだしの香り」,「昆布だし風味」,「カツオ節風味」を 示すと解釈できる.つまり,①のエリアにある蕎麦つゆ はしょうゆが効いた関東風の品質,②のエリアにある蕎 麦つゆはだしが効いた関西風の品質を有することがわか る.また,①のような品質の蕎麦つゆのなかでも特に注 目する特性がある場合(たとえば,「コク」や「しょう ゆ風味」など)には,生データに戻り,特性ごとに詳細 を検討する.なお,今回は1つの原材料の違いに着目し たが,このような試験は複数の原材料の組み合わせ効果 や製造工程の違いに対して行うことも可能である(21). つまり,QDA法を用いてサンプルの詳細な特徴を明ら かにすることにより,お客様のニーズに合う製品を作る ためのヒントが得られる.もちろん,QDA法では試作 品だけでなく既製品を対象に行うことも可能であり(22), その場合には,各製品の特徴や差別化ポイントが明らか になるため,これらをもとに自社製品の開発の方向性を 戦略的に決めることが可能になる.
QDA法と外部データの紐づけ
QDA法で得られるデータは,パネリストが共有でき るすべての官能特性およびその強度を明らかにできるた め,単独でも非常に有益な情報となる.しかしながら,
QDA法のデータを外部データと関連づけることにより,
より有益な情報をもたらすことが可能である.外部デー タとしてよく用いられるものには,消費者の嗜好データ や消費者言語(まろやかさ,サッパリ感,軽やか,のよ うな抽象的な表現)によるサンプルの評価データなどが ある(2).また外部データとQDA法を紐づけするには,
回帰分析(数量化理論I類)のような多変量解析が用い 図3■蕎麦つゆの特性表現用語(18, 19)
*香り:食する前に食品から漂う香り (Orthonasal Aroma)
**風味:食べたときに鼻腔を通じて感じる食品の香り (Retrona- sal Aroma)
***後味:食品を飲み込んだあと,10秒後に感じる味 図4■蕎麦つゆの主成分分析の結果(18, 19)
られる.オレンジジュースの実施例を図
5
に示す.この ように,消費者の嗜好データや消費者言語によるサンプ ルの評価データを目的(従属)変数 ( ),QDA法によ るサンプルの評価データを説明(独立)変数 ( ) とし てyをxの関数として示すことにより,消費者はどのよ うな理由で製品を好んでいるのかを明らかにできる(図 5).また,消費者はサンプルのどのような特性を認知し てまろやかさやサッパリ感などと表現しているのか,な どに関する知見を得ることもできる.通常,消費者の製 品に対する表現は非常に曖昧である.そのため,消費者 の製品に対するニーズがまろやかさやサッパリ感にある ことがわかったとしても,甘味や旨味,酸味,油っぽ さ,あるいは香り,食感など製品が有する特性のなかで 何を変化させれば良いのか,開発の方向性を決めること は困難である.その一方で,QDA法では非常に明瞭な サンプルの特性に関する情報が得られる.そのため,消 費者の感性をQDAの用語で解釈できれば,コントロー ルすべき特徴を具体的に把握でき,官能評価の結果を開 発に応用することが可能となる.ところで,私たちが美味しいと感じる製品を考えてみ ると,キーとなる特性は強ければ強い(もしくは弱けれ ば弱い)ほど良いというわけではなく,「ちょうど良い」
と感じる最適な強さがある.実は,QDA法のデータと 外部データ(特に嗜好データ)を紐づけるために用いら れている線形の回帰分析などは,もともとほかの分野で
開発されたものを官能評価に応用しているため,美味し さにとって重要となる適量やバランスの問題を考慮でき ていない.近年,Ennisらはこれらの問題を加味したう えで消費者の嗜好と官能特性を結びつける方法として Landscape Segmentation Analysis (LSA) を 開 発 し た(23).この手法は異なる嗜好性を有する消費者を可視 化して示すなど,嗜好に寄与する特性の適切な抽出以外 のメリットがあり,世界的にも注目されている解析手法 である.興味がある方は是非参考にしていただきたい.
最後に
本稿では,「食品の開発」という視点から,QDA法を 中心に記述型の官能評価手法を紹介した.この手法は,
日本ではまだ馴染みの薄いものであるが,欧米では開発 だけでなく研究においても積極的に用いられる一般的な 手法である.日本で行われる官能評価手法は通常,商品 の開発担当者が評価をする特性を決める.そのため,開 発者はその特性の存在に気づかないけれども,その商品 にとって重要な特性が官能評価の評価項目から見落とさ れる可能性がある.またメーカーの視点で見ると,従 来,日本の「ものづくり」は熟練の職人,いわいる匠と 呼ばれる人の勘や経験をもとに行われ,品質が維持され てきた.しかしながら,昨今,ニュースなどで報道され ているとおり,その「ものづくり」の技術を継承する人 が少なくなっており,商品の価値が失われつつある.こ れらの理由からも,サンプルが有する特性を「網羅 的」・「客観的」に評価することは重要であり,記述分析 型の官能評価手法に対するニーズは今後,ますます高く なると思われる.
なお,実際の食品の開発においては,中身だけでな く,その商品のパッケージやコンセプトも人の香りや味 の感じ方に影響することが知られている(24).今回は記 述分析型の官能評価手法に対する理解を容易にするため に割愛したが,実際の開発においては,商品の中身だけ でなく,パッケージなども考慮して品質の設計を行うこ とに留意していただきたい.
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