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集団微生物学のすすめ - J-Stage

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【解説】

集団微生物学のすすめ

バイオフィルムとその解析技術

稲葉知大 * 1 ,清川達則 * 1 ,尾花 望 * 2 豊福雅典 * 2 ,八幡 穣 * 3 ,野村暢彦 * 2

微 生 物 の 集 団 形 成 に 関 す る 研 究 は こ の30年 あ ま り で 大 き く 進 展 し,微 生 物 が 意 外 に も 社 会 的 な 生 物 で あ る こ と が 徐々に明らかとなってきている.微生物による社会集団の形 成は今や微生物研究における大きなムーブメントの一つであ り,重要な研究分野となっている.本稿では,微生物の集団 であるバイオフィルムについて,その形成プロセスとメカニ ズムに焦点を絞り解説する.

はじめに

バイオフィルムとは,何らかの物質表面に付着した微 生物集団と微生物によって生産される細胞外マトリクス 成分 (EPS : Extracellular polymeric substances) によっ て構成される3次元構造をもった複合体である(1, 2).微 生物によるバイオフィルム形成の歴史ははるか30億年 以上前にさかのぼると言われており(3),現在では地球上 の9割以上の微生物が自然環境中にバイオフィルム状態

で存在するとも言われている(4, 5).バイオフィルム状態 にある細胞は浮遊状態の細胞とは異なった形質を示すこ とが知られており(6, 7),さらにバイオフィルムの内部で も遺伝子発現に不均一性があることが明らかとなっ た(8).これらの事実は,微生物が均質な集団ではなく,

機能的に分化した社会を形成しうることを示している.

バイオフィルム形成のような微生物の集団としての挙動 を探る研究分野はSociomicrobiology(社会微生物学)

と呼ばれ,近年の微生物学においてその存在感を増して いる(9).バイオフィルムに関しては過去に優れた解説が 存在するが(10),本稿ではわれわれのグループの研究を 踏まえつつ,近年急速に解明が進展した形成プロセスと そのメカニズムについて解説する.

バイオフィルムと環境応答

バイオフィルムの形成にはいくつかの段階が存在す る.まず,浮遊状態の菌体は物質表面に付着(attach- ment)し,次に,増殖とEPSの生産を伴って3次元構 造をもったバイオフィルムへと成熟(maturation)す る.そして,一部の細菌は成熟バイオフィルムから脱離 Biofilm and Its Visualization

Tomohiro INABA, Tatsunori KIYOKAWA, Nozomu OBANA,  Masanori TOYOFUKU, Yutaka YAWATA, Nobuhiko NOMURA, 

*1筑波大学大学院生命環境科学研究科,*2筑波大学生命環境系,

*3Department of Civil and Environmental Engineering, Massachu- setts Institute of Technology

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(dispersal)し,浮遊状態に移行した菌体はまた新たな 環境を見つけて付着する.これらの循環はバイオフィル ムのライフサイクルと呼ばれ,各段階は周囲の環境に応 答して進行することが知られている(11, 12)(図1

1.  付着(Attachment

バイオフィルムのライフサイクルにおいて,付着段階 は浮遊状態からバイオフィルム状態へと移行する分岐点 である.物質表面への付着に関しては 属 細菌で詳細に研究がなされてきた.付着に際して,菌体 はまず鞭毛や線毛を介して物質表面に 緩く 付着す

(12, 13).この段階は可逆的付着状態と呼ばれ,浮遊状

態と付着状態の中間の状態である.可逆的付着状態にあ る細胞のうちのいくらかは再び浮遊状態へと移行する が,一部の細胞はバイオフィルム形成の前段階である不 可逆的付着状態へと移行することが知られている(14). この付着状態の移行にはSadBやLapAといった表面タ ンパク質が関与することが知られているが(15, 16),どう いった環境要因が不可逆的付着状態への移行を決定づけ るかはわかっていなかった.しかしながら近年になり,

bis-(3′-5′)-cyclic  dimeric  guanosine  monophosphate 

(cyclic-di-GMP)がバイオフィルム形成にかかわる細胞 内セカンドメッセンジャーとして重要な働きを担ってい ることが明らかとなった.さらに当研究室では,

において可逆的付着状態から不可逆的付着状態 への移行にcAMPが関与していることを明らかにし た(17).細胞内セカンドメッセンジャーであるcAMPは 周囲の環境,たとえばカルシウム濃度やグルコース濃度 に応答して細胞内の濃度が変化し,転写調節因子を介し てさまざまな遺伝子の発現を調節する(18).これらの結 果より,可逆的付着状態から不可逆的付着状態への移行 にはcyclic-di-GMPやcAMP濃度を変化させる環境因子 が関与していることが予想される.

2.  成熟(Maturation

不可逆的付着を成立させた菌体は,増殖に伴って菌体 数を増やし,やがて成熟したバイオフィルムを形成す る.成熟したバイオフィルムのうち,大半はEPSで構 成され,菌体が占める割合は乾燥重量で1割程度である と言われている(1).EPSの成分は細菌によって大きく異 なるが,一般的には細胞外多糖やDNA,タンパク質が 主要な構成成分として知られている.バイオフィルム中 において,EPSは菌体同士を互いに結びつけ,物質表面 との付着を強固にし,バイオフィルムの構造を維持する 働きを担っている.さらには,EPSによってバイオフィ ルムに 内側と外側 という環境の隔たりが生じること で,外部からのストレス(乾燥,酸化,抗生物質,捕食 など)を防ぎ,一方でバイオフィルム内部にはシグナル 物質や細胞外酵素,代謝産物が保持され,微生物間コ ミュニケーションの活性化および栄養源の利用を容易に することが知られている(1)

また,バイオフィルムの解析手法が発達すると,バイ オフィルムの構造は菌体がEPSに覆われただけの単純 な構造体ではなく,予想よりもはるかに複雑であること

が明らかとなった. や が形成す

るバイオフィルムの内部にはEPSが見られない細長い 空洞が観察されており,水路のような構造によりバイオ フィルム内部の物質循環に寄与していると考えられてい

(19〜21).興味深いことに,近年,このバイオフィルム

の構造は生育環境によって動的に変化する柔軟性をもつ ことが当研究室の報告で明らかとなってきた.たとえ ば,バイオフィルムのモデル細菌である

は,好気環境下ではマッシュルーム構造のバイオフィル ムを形成するが,嫌気環境下ではそれぞれの菌体が長く 伸長し,折り重なって網目状になったメッシュ構造のバ イオフィルムを形成する(22).これは,バイオフィルム の構造を変化させることで物質の拡散性などの機能を変 図1バイオフィルムのライフサ イクルと関係する因子

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化させ,好気環境と嫌気環境という環境の違いで生じる 栄養源の取り込み,あるいは代謝産物の放出を調整して いることを示唆している.また

では温度に応答してEPS生産が制御され,菌密度や厚 みといったバイオフィルム形状が大きく変化してい る(23).温度変化は宿主体内と宿主体外である環境中を 識別する因子であり, のバイオフィルム 形態変化はその病原性との関連が示唆される.さらに は,同じ菌種であっても単離された環境の違いにより,

バイオフィルムの構造が大きく異なることも報告されて いる(24).以上のようにバイオフィルムの構造は環境の 変化に応じて柔軟に変化し,その機能を使い分けること で,一菌体だけではなく集団として環境に適応している ことが予想されている.

3.  脱離(Dispersal

成熟したバイオフィルムでは,一部の菌がバイオフィ ルムから脱離し浮遊状態へと移行する.バイオフィルム からの脱離には,せん断力など外部環境からの力による 受動的な脱離 と,運動性の活性化やEPSの分解によ る 能動的な脱離 が存在する(25).能動的な脱離は温 度の変化や炭素源の枯渇,酸素の不足,代謝産物の蓄積 などのバイオフィルム環境の変化に応答して引き起こさ れる(25).このとき,脱離する菌体はバイオフィルム形 成時とは異なり,付着因子やEPSの生産は抑制され,

一方で運動性やDispersin BなどのEPS分解酵素の分泌 が活性化している.グラム陰性細菌において,このよう な変化はセカンドメッセンジャーであるcyclic-di-GMP が制御していることが明らかとなっている.cyclic-di- GMPは外部環境の変化に応じて分解および合成され,

細胞内の濃度が調節される.細胞内のcyclic-di-GMP濃 度の低下は上述のようなバイオフィルム状態から浮遊状 態への移行を促進し,一方でcyclic-di-GMPの高濃度の 蓄積は運動性を低下させ,EPSの合成を活性化するな ど,浮遊状態からバイオフィルム状態への移行を促進し ている.このようにcyclic-di-GMPは,環境に応答して 浮遊状態とバイオフィルム状態を切り替えるスイッチと 考えられている(25, 26)

また,グラム陽性細菌においても,微生物間コミュニ ケーションによるEPS分解酵素の誘導や(27)D-アミノ 酸の蓄積によるEPSと菌体間の結合阻害がバイオフィ ルムからの脱離を促進していることが知られている(28)

バイオフィルムと細胞間コミュニケーション 単細胞生物である微生物は従来単独で生息していると 考えられてきたが,前述のように集団を形成し,内部で 機能的に分化した,多細胞的な振舞いをすることが明ら かとなりつつある.こうした集団形成および形質変化に は細胞間コミュニケーションが深く関与することが知ら れている.

1.  微生物における細胞間コミュニケーションとは 微生物においてはさまざまな化学的シグナル物質を用 いて細胞間コミュニケーションが行われており,特にシ グナル物質の濃度を通して同種の細胞密度を感知する機 構はQuorum Sensing(QS)と呼ばれ,微生物における 細胞間コミュニケーションにおいて大きな役割を果た す(29).細菌は自身でシグナル物質を生産し,細胞密度 の上昇に伴いシグナル物質が蓄積していく.その後,蓄 積したシグナル物質は細胞質あるいは細胞膜に局在する レセプターによって認識され,シグナル物質産生に関与 する遺伝子発現を活性化する.このようなフィードフォ ワードループ機構は,細胞集団の同調性を促進している と考えられる(30).QSは特定の遺伝子発現を同調的に調 節し,生物発光や細胞外酵素および毒素産生といったさ まざまな集団活性(group activities)を制御する.病原 細菌はある一定数まで増殖するまでは病原因子を発現せ ずに宿主免疫から逃れる一方,細菌の増殖が進み,自身 が有利な環境となったと同時に一斉に毒素を作り出す.

このような戦略はQSによって細菌の同調性が制御され ていることに由来する.細菌の属種によってシグナル物 質の構造はさまざまであるが,グラム陰性細菌ではアシ ル化ホモセリンラクトン(AHL)やAI-2をはじめとす る -アデノシルメチオニン(SAM)誘導体が,グラム 陽性細菌ではペプチドが,放線菌ではAファクターな どがシグナル物質として同定されている(31).QSをはじ めとした微生物間コミュニケーションおよびそれを担う シグナル物質の定義は研究者によって若干異なり,しば しば混乱を招いてきたものの,シグナルの受け取り主で はなく,送り手にとって有益になるように,「シグナル の生産とその応答が共進化したもの」という定義が一般 的に受け入れられている(32).QSは上述した病原性への 関与のみならず,呼吸といった1次代謝や(33, 34),細菌 が構成する集団構造であるバイオフィルムとの関連も示 唆されており,シグナル物質を有用活用した微生物集団 の制御法の開発が期待されている.また,近年では細菌 が分泌するメンブランベシクル(MV)がシグナル物質

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の運搬役として機能しうることが示されている(27, 35)

2.  バイオフィルムと細胞間コミュニケーションの関係 性

バイオフィルム中では細胞が密集していることから,

代謝産物や分泌物だけでなく,シグナル物質も高濃度に 蓄積すると考えられている.1998年のDaviesらによる に お け る 報 告 に 端 を 発 し て(36),さまざまな細菌種においてバイオフィルムと細 胞間コミュニケーションを関連づける研究が行われた.

たとえば, においては QSシ

ステムの欠損株は,一定条件下においてバイオフィルム 形成能が上昇し,Agrペプチドシグナルの培養液への添 加はバイオフィルムの脱離を誘導する(37)

においては,SAM誘導体シグナルを用いたQSが HapR転写因子の発現を誘導することでバイオフィルム 形成を抑制している(38).バイオフィルムはしばしば精 巧な立体構造を示す場合があり,その構造決定にもQS の関与が示唆されている.たとえば, で はQSによってswarming motilityや細胞外DNA量が制 御されており,バイオフィルム構造に影響を与えてい る(39).また, のEPS中に含まれるタンパ ク質の30%はMV由来であることから,MVはバイオ フィルム中にも豊富に存在しており(40),バイオフィル ム中でもMVはシグナル物質を運搬する役割を有するこ とが予想される.このようにバイオフィルム形成と細胞 間コミュニケーションの間には重要な関連性が観察され る一方で,その影響は培地などの実験条件によって大き く異なることがあり,また多くの細菌は細胞間コミュニ ケーションを欠いても構造的バイオフィルムを形成す る.ここから細胞間コミュニケーションのバイオフィル ム形成への関与の度合いについては研究者によって意見 の相違があり,条件,文脈依存的であるとも考えられて いる.この点が明確となってこなかった要因として,現 在に至ってもバイオフィルムの解析方法が既存の顕微鏡 観察法や抗生物質の耐性試験などに限られていることに 起因する可能性がある.つまり,バイオフィルムと細胞 間コミュニケーションの関係性をより明確にするために は,経時的または継続的および動的にバイオフィルム構 造とその生理状態や機能を観察・解析することが可能な 革新的解析技術が必要とされる.

バイオフィルム研究を支える解析技術

ここまで示してきたように,バイオフィルムはさまざ

まな機能を有した構造体であり,その形成にはさまざま な因子がかかわっており,環境によって多様な生態を示 すことがわかってきた.こうした発見はバイオフィルム の解析技術の発展に伴うもので,バイオフィルム解析技 術の開発,改良は非常に重要である.

1.  バイオフィルム解析の基盤技術

バイオフィルムは微細な構造をもった複合体であり,

その構造を知るため走査型電子顕微鏡を用いた観察がバ イオフィルム研究の初期から行われてきた(41, 42).しか しながら電子顕微鏡を用いた観察では試料に対して固定 処理を施すため,生きた状態のバイオフィルムは観察で きなかった.そこで生きた状態のバイオフィルムを観察 するために共焦点レーザー走査型顕微鏡法(Confocal  laser scanning microscopy ; CLSM)と蛍光を利用した 観察手法が確立された(43).CLSMと蛍光タンパク質発 現系を用いるバイオフィルム観察技術はモデル細菌を用 いたバイオフィルム研究の主流となっており,特にガラ スチャンバーを使ったフローアッセイとの併用はバイオ フィルムの構造観察で広く利用されている(44, 45).こう した技術の進展により生きたままのバイオフィルムを経 時的に観察することが可能となり,バイオフィルムの構 造やその形成過程について数多くの知見が得られてい る.しかしながらこの技術の利用は,強く安定した自家 蛍光をもつ微生物を除き,形質転換系が確立している株 に限られ,さらに蛍光タンパク質が正常に機能する環境 条件に制約される(43)

2.  バイオフィルム研究の自由度を増す新技術の開発 多様な微生物がバイオフィルムを構成しさまざまな環 境に存在しているという前提に立てば,実際にバイオ フィルムが形成される環境条件は非常に多様であり,バ イオフィルムの生態を知るためには実環境を模した環境 条件で,特別な処理を行わずに解析を行うことが望まし い.そこでわれわれの研究グループでは,バイオフィル ムの非破壊的な観察,解析をキーワードとしてバイオ フィルム研究技術の開発,改良を行ってきた.そのなか で開発されたのが,反射顕微鏡法を基礎としたContinu- ous-optimizing confocal reflection microscopy (COCRM)

である(46)(図2A).COCRMが蛍光を用いるCLSMと大 きく異なる点は,物体からの反射光をシグナルとして利 用する点で,観察が蛍光に依存しないことから,対象と なる菌体の形質転換や染色を行うことなく3次元構造を 可視化でき(図2B,C),さらにそのバイオマス量を定 量することが可能である.さらに,反射光を利用した

(5)

COCRMの大きな特徴の一つとして,蛍光を用いる CLSMでは難しい,バイオフィルムの付着基質を含めた 非破壊的な観察が可能であることが挙げられる(図2D,

E).われわれはCOCRMを用いて複数種の微生物から なる口腔バイオフィルムの観察を行い,その形成過程に ついて,基質を含めた同一視野を経時的かつ非破壊的に 可視化,定量することに成功している(47).CLSMや COCRMといった顕微鏡法を用いてバイオフィルムの非 破壊的な観察を行うことで,バイオフィルムを生きた状 態で観察しつつ,別の解析手法と組み合わせることに よって,その生理状態を同時に解析することが可能とな る.その一例として,COCRMと蛍光試薬による蛍光観 察を同時に行うことでバイオフィルム内への物質輸送の 可視化に成功している(48).バイオフィルムの生理状態 を知るためには代謝産物の解析がよく行われる.この際 水溶性の代謝産物に関しては,フローアッセイを行うこ

とで比較的簡単に非破壊的な解析を行うことができ る(49).しかしながら嫌気呼吸によって発生するN2や N2Oといったガス状代謝産物の解析は気密性を保つため に回分培養で行われることが多く(50),バイオフィルム の構造観察とガス状代謝産物の解析を非破壊的かつ同時 に行うことのできる実験系は存在していなかった.そこ でわれわれはガス状代謝産物の捕集を可能にする新規な 気密性フローリアクターである“Airtight Flow reactor  for nondestructive Gaseous metabolite Analysis and  Structure visualization” (AFGAS)を開発し,AFGAS 法と名づけた(22).AFGAS法ではガス状代謝産物に加え 培地中に含まれる水溶性の代謝産物の解析が可能であ り,同時にCOCRMによりバイオフィルム形成過程を 非破壊的に観察することができる.われわれはAFGAS 法を用いてバイオフィルム研究の代表的モデル細菌であ る の解析を行い,世界で初めて嫌気条件 図2COCRMによるバイオフィ ルムの観察

(A)共焦点反射顕微鏡法の原理.

(B)口腔バイオフィルムの立体画 像.(C)Bの内部構造を示したオ ルソメトリック画像.3枚の画像は

, , 平面を表しており,

それぞれ青,緑,赤線での断面図 を示す.(D)

によるハイドロキシアパタイト表 面齲蝕の立体画像.(E)Dの断面 を示したオルソメトリック画像.

それぞれの画像はCと同様に ,

, 断面を示している.Bars

=10 μm.

図3アンモニアセンサを内蔵したマイクロ流体デバイス

(A)デバイスの全体像と内部構造.アンモニア濃度はデバイス中に示したイオン選択性電極により,イオン選択膜法によって測定される.

(B)アンモニアセンサで測定した活性汚泥のアンモニウムイオン濃度の経時変化.活性汚泥を用いた場合の独立した3連の実験結果をそれ ぞれ赤,青,緑の線で示す.グラフ内のパネルは各時間における活性汚泥をCOCRMで撮影した画像(疑似カラー:緑)であり,活性汚泥 の機能(アンモニアの消費)と構造の観察が同時に可能であることを示している.Copyright ©, American Society for Microbiology, 

77, 4253‒4255 (2011), DOI : 10.1128/AEM.01246-10.

(6)

下でのバイオフィルム構造の経時的変化およびガス状,

水溶性代謝産物の代謝速度の同時解析に成功した(22). こうした技術の進展により,バイオフィルムの経時的解 析が可能となっている.一方で,多連,多条件での解析 を簡便に行える手法にも,大きな有用性があると考えら れる.そこで現在注目を浴びているのが,マイクロ流体 デバイスを用いたバイオフィルム解析である.マイクロ 流体デバイスは小さなシリコン基板上に流路やチャン バー,バルブ,各種センサーなどを小型化,集積化した 装置で,微小な空間で多連多条件かつさまざまな解析を 手のひらサイズのチップ上で行うことができる.われわ れはマイクロ流体デバイスとCOCRMを融合させるこ とで,微小空間でバイオフィルムの定量,観察および代 謝分析が可能なシステムの開発に取り組み,微小空間内 でのアンモニア代謝や,微生物およびバイオフィルムの 観察に成功している(51, 52)(図3.近年ではマイクロ流体 デバイスは微生物研究にも応用され,バイオフィルムに 限らずマイクロ流体デバイスを使った研究が盛んに行わ

れている(53〜55).ここまでバイオフィルム研究技術の進

展について紹介してきたが,バイオフィルム研究技術の 開発は現在非常に関心を集める分野であり,今後もさま ざまな技術の開発,応用が予想される.

おわりに

近年の研究から見えてきたことは,バイオフィルム形 成は微生物の環境への集団適応であり,バイオフィルム 自体が,環境に応答してその形態を変化させることが可 能な高度に組織化された微生物集団であるということで ある.微生物はこのような組織化されたバイオフィルム を形成したり,お互いにコミュニケーションをとったり して社会性を示すほかに,集団内では突然変異株や抗生 物質耐性を有する休止細胞であるpersister cellの出現,

遺伝子発現の不均一性などわれわれの予測を超えた複雑 性を見せている.薬剤耐性を主とするバイオフィルムに 起因する問題の多くは,こうした微生物集団内で生じる 不均一性,多様性によってもたらされる.また,健康

(感染症・プロバイオティクス),食品(発酵・危害菌), 金属腐食,水処理(活性汚泥・膜処理),バイオマスエ ネルギーなど正負の両面でさまざまな産業にかかわって いるバイオフィルムでも同様なことが推測される.よっ て,個と集団を対応させた集団微生物学研究の重要性は 今後さらに高まっていくことが予想される.

最後に,バイオフィルム形成についてわれわれの理解 は深まってきているが,その知見は,本稿でも紹介させ

ていただいたような,一部のモデル細菌の詳細な解析の うえで得られたものであり,今後は得られた知見の普遍 性についての検証が必要である.さらに,自然界では複 数の微生物が複合的にバイオフィルムを形成しているた め,その解析はほとんど進んでいない.われわれはバイ オフィルムや細胞間コミュニケーション研究に加え,新 奇な解析技術を開発,改良することで微生物学の発展に 貢献したいと考えている.

謝辞:本研究は科学研究費助成事業,日本学術振興会特別研究員,JST 戦略的創造研究推進事業,筑波大学プレ戦略イニシアティブ小林達彦プ ロジェクトによるサポートを受けましたことに感謝いたします.

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& T. Niepel : , 310, 3 (1999).

45) R. J. McLean, C. C. L. Bates, M. B. Barnes, C. L. McGowin 

& G. M. Aron :“Microbial biofilms,” ed. by M. Ghannoum 

& G. OʼTool, ASM Press, 2004, pp. 379‒413.

46) Y. Yawata, K. Toda, E. Setoyama, J. Fukuda, H. Suzuki,  H.  Uchiyama  &  N.  Nomura : , 110,  377 

(2010).

47) T.  Inaba,  T.  Ichihara,  Y.  Yawata,  M.  Toyofuku,  H.  Uchi- yama & N. Nomura : , 57, 589 (2013).

48) Y. Yawata, H. Uchiyama & N. Nomura : , 25, 49 (2010).

49) Y. Zhu, E. C. Weiss, M. Otto, P. D. Fey, M. S. Smeltzer & 

G. A. Somerville : , 75, 4219 (2007).

50) M.  Yamamoto,  H.  Murai,  A.  Takeda,  S.  Okunishi  &  H. 

Morisaki : , 20, 14 (2005).

51) K. Toda, Y. Yawata, E. Setoyama, J. Fukuda, N. Nomura 

& H. Suzuki : , 77, 4253 (2011).

52) Y. Yawata, K. Toda, E. Setoyama, J. Fukuda, H. Suzuki,  H.  Uchiyama  &  N.  Nomura : , 110,  130 

(2010).

53) J.  Kim,  H.  D.  Park  &  S.  Chung : , 17,  9818 

(2012).

54) A.  K.  Wessel,  L.  Hmelo,  M.  R.  Parsek  &  M. 

Whiteley : , 11, 337 (2013).

55) Y.  Yawata,  O.  X.  Cordero,  F.  Menolascina,  J.  H.  Hehe- mann,  M.  F.  Polz  &  R.  Stocker :

111, 5622 (2014). 

プロフィル

稲葉 知大(Tomohiro INABA)   

<略歴>2010年筑波大学第2学群卒業/

2012年同大学大学院生命環境科学研究科 博士前期課程修了/同年より同大学院博士 後期課程在学中<研究テーマと抱負>集団 微生物学.微生物の集団形成の機構を解 明,利用することに興味があります<趣 味>クライミング

清川 達則(Tatsunori KIYOKAWA) 

<略歴>2012年筑波大学生命環境学群生 物資源学類卒業/2014年同大学大学院生 命環境科学研究科生物資源科学専攻博士前 期課程修了/同年同大学大学院生命環境科 学研究科生物機能科学専攻博士後期課程入 学<研究テーマと抱負>バイオフィルムを 介した微生物の環境適応戦略の解明<趣 味>ボルダリング,サッカー

尾 花  望(Nozomu OBANA)   

<略歴>2006年筑波大学第二学群生物学 類卒業/2011年同大学大学院生命環境科 学研究科情報生物科学専攻修了/同年同 大学生命環境系博士研究員/2013年日本 学術振興会特別研究員PD,現在に至る<

研究テーマと抱負>RNAを介した遺伝子 発現調節,芽胞形成細菌における環境変化 に応答したバイオフィルム形成制御.特に 最近は微生物集団中の不均一な遺伝子発現 を介した集団行動制御にも興味があります

<趣味>ボルダリング,ハンドボール 豊福 雅典(Masanori TOYOFUKU)  

<略歴>2008年日本学術振興会特別研究 員(筑波大学生命環境科学研究科)/2009 年筑波大学大学院生命環境科学研究科生物 機能科学専攻博士後期課程修了,博士(農 学)/2010年上原記念生命科学財団海外ポ ストドクトラルフェロー(University of  Zurich, Switzerland)/2011年筑波大学生 命環境科学研究科研究員/2012年同大学 生命環境系助教<研究テーマと抱負>細菌 の個々の性質と相互作用がどのように集団 としての性質・機能に貢献していくのかを 理解する.最近は特に,細菌が生産する膜 小胞(メンブランベシクル)に注目してい ます<趣味>ジョギング,読書,うさぎの 世話

(8)

八 幡  穣(Yutaka YAWATA)   

<略歴>筑波大学大学院生命環境科学研究 科にて博士(農学)取得.日本学術振興会 海外特別研究員を経てマサチューセッツ 工科大学,都市・環境工学科 Post-doctral  associaate<研究テーマと抱負>微生物の 行動生態を直接観察することで,新しい応 用技術につながるアイデアを見つけたいと 思っています

野村 暢彦(Nobuhiko NOMURA)   

<略歴>1988年広島大学工学部発酵工 学科卒業/1995年同大学院工学研究科工 業化学専攻博士課程修了/1996年筑波大 学応用生物化学系助手/1999年同講師/

2004年同大学大学院生命環境科学研究科 生物機能科学専攻助教授/2013年同大学 生命環境系教授,現在に至る<研究テーマ と抱負>細菌だからこそ見える生命の根源 を探求し,さらに応用へ結びつけたい<趣 味>ゴルフ

Referensi

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ケルセチン配糖体の体内動態 ケルセチン配糖体はソラマメ科植物であるエンジュから抽出 されたルチンを酵素処理することにより得られ,イソクエルシ トリンのグルコース残基にグルコースがα-1,4結合で付加して いる(図4)ため水溶性が高い. 小腸上皮から吸収される際にケルセチン配糖体は加水分解さ れケルセチンとして吸収されるが,付加するグルコースの数は