高分子技術レポート 高分子技術レポート
歯科材料モノマーの重合―酸素の影響 歯科材料モノマーの重合―酸素の影響
Vol. 5
Vol. 5
匠から科学へ、そして医学への融合
目 次
1. はじめに
2. モノマー中の酸素定量
3. カンファーキノン(CQ)分解への酸素分子の影響
3.1 CQ/アミン系
3.2 CQ開始への酸素の影響
4. 種々のモノマーの重合速度への酸素分子の影響
5. 厚さによる反応率の違い
6. バリアー材の有効性
7. おわりに
2
3
6 6 8
9
15
21
24
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歯科材料モノマーの重合 ―酸素の影響
山本貴金属地金株式会社 歯科材料部 理事 工 学 博 士
山田 文一郎
1. はじめに
歯科修復材のレジンは,モノマーを重合してフィラーとともに硬化して得られる.この場合の硬化はラ ジカル重合(歯科材料モノマーの重合 (1),(2))で行うから,酸素が種々の望ましくない影響を与えるこ とが十分に考えられる1). 歯科用レジンの多くは,多官能性メタクリル酸エステルをラジカル重合して必 要な圧縮強さや曲げ強さなどが確保されているから,レジンの硬化における酸素の影響がしばしば問題 になり関心がもたれる.予想されることは,重合速度の低下,誘導期(重合開始までに要する時間)の出現,
ポリマー鎖長の短縮,硬化不十分による粘着性表面の生成などである.今回は,通常のラジカル重合なら びにレジンの硬化における酸素の影響について,重合を抑制する理由,開始への影響,種々のモノマーの 重合における影響,試料厚さの影響,酸素が原因となる抑制の低減など,種々の観点から述べる.
なお,ラジカル重合においては,共存する物質により重合の進行が阻害される場合に,「禁止
(inhibition)」と「抑制(retardation)」が区別して定義されている2). 禁止剤は,重合を一定期間(誘導期)
まったく起こさせないが,禁止剤が消費された後には不在下に等しい速度で重合が進行する.抑制剤を加 えると,誘導期なしに重合は起こるが重合速度は低下する(図 1 参照).しかし,「禁止」と「抑制」の程度は 禁止剤あるいは抑制剤の濃度やその他の重合条件で変わり,区別が明確でない場合や誘導期が表れ重合 速度が低下することも少なくない.酸素は,重合速度を低下させ抑制剤となる場合が多いから,本稿では 酸素の効果には「抑制」を用いる.
2. モノマー中の酸素定量
空気は,約 78 vol% の窒素と約 21 vol% の酸素を含むから,大気中でレジンを成形し硬化(重合)する と酸素共存下での重合となる.酸素原子の電子配置は 1s2 2s2 2p4であり,酸素分子(O2)では図 2 に示す ように不対電子を2個もつ三重項が基底状態である.このため,酸素分子はラジカル類似の反応を行う.
なお,窒素はラジカル重合では不活性である.
モノマーに溶解した酸素分子も三重項であるから,開始ラジカル(R・)あるいは成長ラジカル(M・)と 反応して酸素中心ラジカル(ROO・あるいは MOO・)に変わる.炭素中心ラジカルと酸素分子の反応は速 く速度定数が~ 5 x 108 L/mol・s と非常に大きな値であるが(溶液中の反応での上限に近い),生成した 酸素中心ラジカルのモノマーへの付加反応性が低いため抑制が起こる3), 4).
重合時間
反応率
(a)
( b) ( c)
誘導期
図1 抑制剤も禁止剤も含まない場合(a),抑制剤を加えた場合(b )および禁止剤を加えた 場合(c )のラジカル重合の初期におけるモノマー二重結合の反応率-時間のプロット
πz
πy
πz
πy x*
σ
σs
σs
一重項酸素分子の電子配置
2p 2p
2s 2s
πz
πy
πz
πy
πz
πy x*
σ
σx
σs
σs
πx πx πy πz
酸素の原子軌道 三重項酸素の 酸素の原子軌道 分子軌道
図2 酸素の2sと2p軌道の電子配置
M
M O
2O
2M
(重合)M
(重合)ROO
MOO h
開始剤
R
スキーム1 ν
空気で飽和した系の重合で,抑制の現れる期間に開始ラジカルと反応して消費される酸素の分子数を 見積もり 4 ~ 5 が得られており,重合速度は窒素中の値の 1/8 倍である.重合速度の比較から,モノマー 中の酸素濃度は 4.2 x 10-6 mol/L と見積もられている(後述する表 1 の結果とは一致していない)3).重 合は進むが,酸素による抑制の影響が残る期間(ret)と開始速度( i)との関係はおおよそ次式で表される から,酸素濃度が高いと重合速度低下の程度が増し,iが増すと retは短くなるであろう.
ret ≈ [O2]/ i (1)
酸素が開始ラジカルや成長ラジカルと反応して不活性化するとしても,重合系の酸素濃度が低く反 応で消費されれば影響は限られる.定量的な考察には,モノマー中の溶存酸素量を知らねばならない.
モノマー中の酸素濃度はどのような方法で知ることが可能なのであろうか.最近報告された方法は,有 機化合物であるモノマー中の三重項酸素を一重項に変換して特有の反応を利用して定量する.
5,10,15,20 - テトラフェニル-21 , 23 -ポルフィン亜鉛 (Zn-tpp) は,光照射で励起一重項となり項間交 差で三重項となる.基底状態の三重項酸素が Zn-tpp の三重項と反応すると,一重項酸素と基底状態の Zn-tpp を生じる(三重項―三重項消滅).ここで生成した一重項酸素は,ジメチルアンスラセン(DMA)
と反応すると過酸化物を生じるか基底状態に戻るかのいずれかである.スキーム 2 は,Zn-tpp による一 重項酸素の生成とそれに続く DMA との反応を示す5).
一連の反応で Zn-tpp が非可逆的に消費されることはなく,一分子の Zn-tpp が多数分子の一重項酸 素を生成することができ,空気で飽和した試料溶液に Zn-tpp あるいは DMA の一方を加えても濃度低 下は起こらない.したがって,DMA の反応量(380 nm の吸収で定量)から表 1 に示す溶存酸素濃度が 求められる.この表に示すように,モノマーへの溶解酸素分子の濃度は 10-4~ 10-3 mol/L であり,重合
中の成長ラジカルの定常状態濃度(~ 10-7 mol/L)よりずっと高く,大気中からの酸素分子の供給が続 く.このような状況下では重合の抑制は避けられない.また,HEMA,EHEMA や TEGDMA 中の酸素 濃度が低いことから,これが水酸基(OH)やエーテル結合(C-O-C)を含むモノマーの特徴であることが 示唆されている.
酸素による抑制を低減させるには,不活性雰囲気(窒素や二酸化炭素)あるいは真空中での重合,実用 上の意味はないと思われるが,溶存する酸素の三重項から一重項への変換が行われる.酸素の三重項か ら一重項への変換は,Zn-tpp と同様の効果のある亜鉛 2, 9, 16, 23 -テトラ- -ブチル - 29 , 31 -フタロ シアニン (Zn-ttp) を加えて行われている 6). 三重項酸素と成長ラジカルあるいは開始ラジカルとの反 応が重合抑制の原因となるが,一重項酸素はこのような反応を行うことはないから,溶存酸素分子を一 重項状態にすれば抑制はなくなると考えられる.Zn-ttp の添加で誘導期が明らかに短くなるものの初 期重合速度は影響されないが,その後の重合速度は低下し到達反応率も下がる.しかし,酸素を除去し たアルゴン雰囲気では Zn-ttp の効果は小さい.
h
νO O N
N N
N R
R R
R
CH3
CH3
CH3
CH3
項間交差 (400-430 nm)
Zn-tpp(基底状態)
1Zn-tpp(一重項)*
3Zn-tpp(三重項)*
三重項 - 三重項 消滅
O
2(三重項,基底状態)
1
O
2(一重項)
スキーム 2
Zn
Zn-tpp (R = C6H5)
表1 空気で飽和したモノマー中の酸素濃度
HEMA HDDA
アクリル酸ブチル EHEMA
TEGDMA TMPTA
1.00 1.00 1.00 1.00 1.00 0.1
2.00 2.00 2.00 2.00 2.00 2.00
0.83 1.17 2.07 0.59 0.98 1.06
モノマー [Zn-tpp] x 104 (mol/L) [DMA] x 103 (mol/L) [溶解酸素] x 103 (mol/L)
O O
OH
O
O O
O
O O
O O
O
O
O O
O
O O
O 3 O メタクリル酸 2‐ヒドロキシエチル
(HEMA)
1,6‐ヘキサンジオールアクリレート
(HDDA)
メタクリル酸 2‐エトキシエチル
(EHEMA)
トリメチロールプロパントリアクリレート (TMPTA)
トリエチレングリコールジメタクリレート
(TEGDMA)
3. カンファーキノン(CQ)分解への酸素分子の影響
3.1 CQ/ アミン系
CQ と 3 級アミンの組み合わせは,可視光照射による重合の有効な開始剤として広く使われている.ス キーム 3 に示すように,CQ の励起状態(CQ*)とアミン(AH)の錯体における H+移動を含む機構で,ラ ジカルを生成することが明らかになっている7).立体障害のため CQH・に開始活性はなく,A(-H)・が重合 を開始する.1級および2級アミンを,CQ と組み合わせても開始しないか非常に遅い. 脂肪族アミンは 芳香族アミンより効率は低いが,CQ 励起状態の消光(励起状態の電子が基底状態に戻る過程をいう)が 速いためであろう8). 例外は,2級アミンのフェニルグリシン(C6H5NHCH2CO2H)であり,CQ と組み合 わせると有効な開始が可能となる.
CQ をイソプロパノール((CH3)2CHOH,水素供与体)中で,4 - ジメチルアミノ安息香酸エチル
((CH3)2NC6H4CO2C2H5, EDAB)の存在および不在下で可視光を照射すると開始ラジカルを生成し消費 されるが,窒素中では空気中より消費が速い(図 3).アミンの添加で大きく加速されるが,加速の程度は 窒素中では空気中より小さくなる.これは,スキーム 3 と反応(2)でアミンから生じたラジカルと酸素と の反応(3)が速く,抑制の原因となる MOO・生成の寄与が大きくないことを示すものであろう.
AH + CQ* → [AH・+ CQ・-] → A(-H)・ + CQH・ (2)
(3) したがって,アミンを添加した場合の窒素中と空気中の差は小さい(図 3).あとで示すように,CQ とアミン自身の反応も酸素に影響される.CQ との組み合わせでも,EDAB の窒素中での消失も空気中 より明らかに速い(図 4).
O
O
+ O
O
R N CHR'' R' O
O H
h
ν 3級アミン励起 CQ(CQ*)
CQ ケチルラジカル(CQH・) 開始ラジカル(A(-H)・)
エキサイプレックス(励起状態の錯体)
H+ 引抜
スキーム 3
CH2R'' O
O
- + R N R'
C N + O2 C N
O O
C N H
C N OOH
C N +
図3 空気中( )と窒素中( )での可視光(470 nm)照射によるイソプロパノール中の CQ (10-2 mol/L) 消費とEDAB (10-2 mol/L) 共存によるCQ消費の加速( )
図4 CQ(10-2 mol/L)存在下のイソプロパノール中での光照射による EDAB (λmax = 307 nm,10-4 mol/L) の消費
窒素中 空気中
0 200 400 600
時間(秒)
EDABの吸光度(任意の単位)
3.0
2.0
1.0
0
CQの吸光度(任意の単位)
0.4
0.3
0.2
0.1
0
300
0 100 200 400 500
時間(秒)
CQ のみ
CQ + アミン
3.2 CQ 開始への酸素の影響
アミン不在下では, CQ*が溶媒などから水素を引き抜き開始ラジカルを生成する.イソプロパノール 溶液で,可視光を照射すると CQ の空気中での消失は窒素中より遅く,可視光照射下で CQ が酸素と反 応することがわかる(図 3).
重合系における CQ の関与する反応は次の通りで,酸素もいくつかの反応に関与する7), 8).
CQ → CQ(励起 CQ)* (励起) (4)
→ CQ + DH (消光) (5a)
CQ* + DH
→ CQH・ + D・ (H+移動によるラジカル生成) (5b)
CQH・ + CQH・ → CQH2 + CQ (不均化) (6)
CQH・ + D・ → CQHD (ラジカルカップリング) (7)
D・ + M → M・ (重合開始) (8)
M・ + CQH・ (9a)
→ 不活性ポリマー (停止)
M・ + D・ (9b)
-CH2-O- + CQ* → -CH( ・ ) -O- + CQH・ (10)
-CH( ・ ) -O- + M → ポリマー (11)
CQ* + O2 (12a)
→ 酸化生成物
CQH・ + O2 (12b)
D・ + O2 → DOO・ (13a)
DOO・ + DH → DOOH + D・ (連鎖反応による過酸化物生成) (13b)
2DOO・ → DOOD + O2 (過酸化物生成) (14)
DOO・と反応生成物 + CQ* → CQ + ラジカル生成物 (酸化生成物の分解) (15)
M・ + O2 → MOO・ (低反応性) (16a)
MOO・ + M → MOOM・ (高反応性) (16b)
ここで DH は水素供与体であるアミン,モノマーあるいはポリマーであり,反応(7),(8),(9)および
(13)における D・は DH 由来のラジカルを示す. 反応(12)は,CQ*の酸素分子による消光であり DH との反応を阻害する. DH がアミンなら,反応(13)は反応(3)となる. 成長ラジカルと酸素分子の反応 (16a) はすでにスキーム1で示したが,同じ反応は後述するスキーム 4 にも含まれ, 〰MOO・のモノ マーへの付加活性が低いため重合が抑制される.しかし,酸素分子共存下では CQ もアミンも消費が速 く開始ラジカル生成も速い可能性がある.したがって,図 6 に示すたとえば TEGDMA 重合の酸素に よる抑制には CQ/ アミンからのラジカル生成の加速と抑制の相反する効果が含まれるであろう7).
4. 種々のモノマーの重合速度への酸素分子の影響
CQ の可視光照射による消費(アミン不在)は,酸素および不活性雰囲気下のどちらでも TEGDMA 中 ではトリメチロールプロパントリメタクリレート(TMPTMA)中より速い(図 5).CQ のみを用いて可視 光照射すると,活性は低いがメタクリル酸エステルの重合を開始し,重合速度はモノマーの種類で変わ り,窒素(不活性雰囲気)中の重合は空気(酸素含有)雰囲気下より遅い.モノマーの種類により,空気中で の誘導期(重合開始までの期間)の長さ,初期重合速度ならびに到達反応率が異なる(図 6).これらより,
モノマーの構造により CQ に対する水素供与能が大きく異なることが予想できる.TEGDMA,
TETGDMA および PEGDA では,水素引き抜きが起こりやすい-CH2O-基をいくつも含むためであろう.
アミンは用いていないから,励起 CQ によるモノマーから水素引抜きが起こりやすいほど重合の開始が 早く,重合が速く,到達反応率も高いと思われる.
図 5 のように,CQ 濃度の低下が遅い TMPTMA では重合が起こらないか遅く,TEGDMA 中では CQ の消費が速いことから予測されるように重合が速い. TDMA は,空気中(A)では重合せず,DDMA と TMPTMA は窒素中(B)では重合しない(図 6).
{
} }
図5 TEGDMAおよびTMPTM溶液の空気中( )および窒素中( )での 光照射(470 nm)によるCQ(初濃度10-2 mol/L)消費
CQの吸光度(任意の単位)
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0
0 40 80 120 160 200
時間(秒)
TEGDMA 溶液 TMPTMA 溶液
なお,図 6 に重合結果を示したモノマーの構造は次の通りである.
2,2-ジメトキシ-2-フェニルアセトフェノン(DMPA)を増感剤とする紫外線照射による重合の速度(最 大)を測定し,種々のメタクリレートならびにアクリレートにつき空気中( p(air))と窒素中( p(N2))で比 較されている(表 2)9).空気中と窒素中での重合速度はモノマーの種類により異なるが,メタクリレート 重合の酸素分子(空気)による重合速度低下はアクリレート重合より小さい.これは,メタクリレート中 の溶存酸素量(表 1 参照)が少ないことと一致している.エーテル結合を多く含むメタクリル酸エステル である PEGDMA では,アクリル酸エステルである PEGDA より p(air)の低下の程度が小さく,スキー ム 4(反応(16a)を含む)で示すように,酸素中心ラジカルが活性な炭素中心ラジカルに変わる.表 2 では,
重合速度比( p(air)/ p(N2))のみを示すため明らかではないが,一般にアクリレートの重合はメタクリレー トより速い.
図6 CQ (0.12 mol/L)を開始剤とするPEGDA, TETGDMA, TEGDMA, DDMA, TMPTMAと TDMAの空気中(A)および窒素中(B)での可視光照射による重合(40℃)
TMPTMA
(A)(空気中) PEGDA
TETGDMA
TEGDMA
DDMA
10 20 30
0
重合時間(分)
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0
反応率
(B)(窒素中)
TDMA
20 40 60
0
重合時間(分)
0.8
0.6
0.4
0.2
0
反応率
PEGDA TETGDMA
TEGDMA
O
O O
O
O
O O
4 O
テトラエチレングリコ-ルジメタクリレート
(TETGDMA)
1,10‐デカンジオールジメタクリレート (DDMA)
O
O S O
O
O
O O
n O O
O
O O O
トリメチロールプロパントリメタクリレート (TMPTMA)
2,2’‐チオジエチルジメタクリレート (TDMA)
ポリエチレングリコールジアクリレート
(PEGDA)
表2 空気中と窒素中での重合速度比較
DEGDMA TEGDMA PEGDMA PPGDMA DDDMA
0.60 0.91 0.93 0.86 0.65
HA EGMEA DEGEEA PPGDA
DDA
0.17 0.46 0.64 0.66 0.21 メタクリレート p(air)/ p(N2) アクリレート p(air)/ p(N2)
スキーム 4 P
O
O O O O
H H
O H
O
H O
O
O O H
H O
H O
O H
O
O + H
O2
+
表 2 に結果を示したモノマーの構造は,次の通りである(構造をすでに示したモノマーは除く).
酸素分子の影響がモノマーの種類により異なる理由として,重合混合物中での酸素の拡散に関連する であろうモノマー粘度も考えられる.しかし,粘度に大きな差があっても硬化への酸素分子の影響に差 がないことかもあるから,粘度は主要な理由ではないとされている.まず,考えるべきはモノマーあるい はポリマーのラジカル攻撃の受けやすさである(スキーム 4).
別の実験では,イオウを含む TDMA の空気中での重合はイオウを含まない DEGDMA の重合よりが ずっと速く(3倍),到達反応率が高く(4倍以上)酸素の抑制が小さいことが示されている10).これは,
酸素中心ラジカルあるいは成長ラジカル(R・)による - CH2-S - 基からの水素引き抜き(反応 (17))が -CH2- O- 基からの水素引抜き(スキーム 4)より速く,-CH(・) -S - がただちにモノマーへ付加することで 説明される.
-CH2-S- + R・ → -CH(・) -S- + RH (17)
-CH2-O- 基を含むモノマーの重合(硬化)では,酸素分子による抑制が小さくなることは図 6 ですでに 示した.これに関連し,二重結合はもたないが-CH2-O-基を多数含むポリエチレングリコールやポリプロ ピレングリコールを少量添加すると,DDA の重合(空気中,ジメチルフェ=ルアセトフェノン(DMPA)
増感)で重合速度の明らかな増加が認められ,スキーム 1 とスキーム 4 で生じる低活性な ROO・の活性
な炭素中心ラジカルへの変換(スキーム 4)が寄与し抑制が減少することで説明される9).
次に構造を示すモノマー(Bis-GMA-DC および HEMA-C)は,いずれも環状炭酸エスエテル構造(点線 の枠内)を含む.これらを CQ/アミドの光照射で重合すると,酸素による抑制が著しく小さいことが指摘 されている11). モノマーの二重結合や成長ラジカルの反応性が,このような位置への環状炭酸エステル 構造の導入で大きく変化することはなく,CQ の三重項生成にも影響することはないであろう.考えられ る理由は,環状炭酸エステル構造の水素が引き抜かれやすく酸素中心ラジカルを含む反応に組み込ま れ,二重結合への付加活性の高いラジカル(-CH(・)-O-)へ変換する可能性がある.なお,環状炭酸エステル 構造を含むメタクリレートは硬化(重合)が速いモノマーとして注目されている(歯科材料モノマーの重 合 (4))12).
モノマーの構造因子の抑制への影響は,次のようなウレタンアクリレートを用いても研究されてい る.なお,ウレタン構造を含むアクリレートとメタクリレートは,環状炭酸エステル構造を含むモノマー と同様に重合が速いことで知られている13). これらのウレタンジアクリレートを 2 枚の NaCl 板に挟む か(酸素を遮断),5% 酸素の雰囲気で NaCl 板上で厚さを変えて,DMPA を用いて紫外線照射で硬化した 場合の反応率―時間プロットを図 7 と図 8 に示す.
ブチルウレタンアクリレートの硬化では(図 8),酸素による抑制が見られ薄くなるほど抑制は著しい.
脂肪族ウレタンジアクリレートで(図 7),厚さの減少で抑制が見られるが 50 μm では反応率の低下は 小さい.開始速度は同じであるから,ほぼ一定値に達した反応率で比較すると,脂肪族ウレタンジアクリ レート硬化における抑制はブチルウレタンアクリレートの約 1/3 であるといえる.これらより,モノマー の高粘度ならびに架橋構造の生成が重合系の酸素量を下げるため抑制が小さくなると考えられる.
O
O O O
O O
O O
n O
O O
O n O
O
O O
O
O
O O
O
O
O O
n O
O O
O
O O
O
O O
ジエチレングリコールジメタクリレート
(DEGDMA)
ポリプロピレングリコールジメタクリレート
(PPGDMA)
ポリプロピレングリコールジアクリレート
(PPGDA)
ヘキシルアクリレート
(HA)
エチレングリコールメチルエーテル アクリレート(EGMEA)
ジエチレングリコールエチルエーテル アクリレート(DEGEEA)
デカンジオールジアクリレート
(DDA)
ドデカンジオールジメタクリレート
(DDDMA)
ポリエチレングリコールジメタクリレート
(PEGDMA)
O
O O
O
O O
O
O
O O O
O
O
O O
O O
O
O O O
O
O O
O Bis-GMA 二炭酸エステル(Bis-GMA-DC)
メタクリル酸 2 - ヒドロキシエチル炭酸エステル(HEMA-C)
5. 厚さによる反応率の違い
物質に光を照射した際に散乱が起こるが,分子振動によって入射光とは異なる振動の散乱光も生じ る.ラマンスペクトルはこの散乱を利用する.ラマン散乱は入射光と同じ振動数の散乱光よりずっと弱 いが,レーザーを光源とし入射光を強くすることで分子レベルの構造解析に利用することができる.
入射光との波数の差としてラマンスペクトルが得られる.モノマーの重合による消費は,Bis- GMA/TEGDMA 共重合では CH2=CC(O) 結合による吸収(1640 cm-1)の Bis-GMA の芳香環による吸 収(1609 cm-1)を基準として吸収強度で求めることができる.赤外吸収スペクトルと波数は同じである が,スペクトルの得られる原理はまったく異なる.赤外吸収スペクトルは振動エネルギーの吸収による 振動準位の励起で得られ,ラマンスペクトルは既に述べたように散乱に基づいており,入射光の一部が 試料の原子を振動させて散乱光の波長が変化することで得られる.
板状試料を透過光で観察すると,試料の厚さ方向のスペクトルの違いは平均化される.しかし,「共焦 点」ラマンスペクトルでは,焦点があった部分だけ散乱光を検出することができスペクトルが得られ る.「共焦点」とは,点光源から出た光が検出器の一点に集まる状態をいい,レーザー光源を用いると理 想的な点光源であり高強度の特徴が活かせる. 一定の距離(深さ)に焦点をあわせてスペクトルを測定 すれば,厚さのある透明な試料であれば異なる深度のスペクトル測定が実現する(図 9).共焦点ラマン 分光法は空間的な分解能と感度をもつ非襲性の唯一の方法であるが,試料の反射と干渉による空間的 な感度低下に留意が必要である.
Bis-GMA/TEGDMA (1 : 1 mol/mol) 混合物を,(1)CQ (0.3 wt%) とメタクリル酸 , - ジメチルア ミノメチル (DEAMA,0.7 wt%) を加えて可視光照射,(2)過酸化ベンゾイル(BPO)(0.5 wt%) を加え て 120℃に加熱および(3)BPO (0.5 wt%) を加えてマイクロ波照射の3種類の開始方法で硬化し,反 応率測定が行われている.その結果は図 10 と図 11 の通りである14).
O O
O O
NH
ブチルウレタンアクリレート
O R
O N
H
O O
R N
H O
O
R O O
脂肪族ウレタンジアクリレート(Ebecry8402)
0.4 1.0
0.8
0.6
0.2
0
0 20 40 60 80
重合時間(秒)
反応率
NaCl 板(2 枚)
50μm (NaCl 板上)
25μm (NaCl 板上)
6μm (NaC l 板上)
ブチルウレタンアクリレート
図7 ブチルウレタンアクリレートを2枚のNaCl 板の間 ( ) あるいはNaCl板上に広げた50 ( ), 25 ( ) および 6 μm ( ) の厚さで硬化した場合の反応率-時間プロット(5%の酸素雰囲気, 2.0 wt% DMPA, 20 mW/cm2)
脂肪族ウレタンジアクリレート 1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0
反応率
10
0 20 30
重合時間(秒)
NaCl 板(2 枚)
50μm (NaCl 板上)
25μm (NaCl 板上)
図8 脂肪族ウレタンジアクリレートを2枚のNaCl 板の間 ( )あるいはNaCl 板上に 広げた50 ( )および 25μm ( ) の厚さで硬化した場合の反応率―時間プ ロット(5%の酸素雰囲気, 2.0 wt% DMPA, 20 mW/cm2)
図9 共焦点ピンホール 反射光
対物レンズ ピンホール
試料 焦点があう
焦点があわない
図 10 に示すように,(1)では表面から 15 μm 以上離れると反応率は約 0.9 に達し一定となるが,
15 μm より浅いと表面に近いほど酸素分子の拡散が多いため反応率は低下し,表面では 0.3 と低くな る.このことから,酸素で抑制される領域と酸素分子の影響がない内部の境界が表面から 15 μm であ
の酸素が消費されても新たな供給が少ないことを意味している.
(1)による開始では図 11 に示すように,重合による発熱のため最高温度は 85 ± 3℃まで上昇する.
また,加熱による硬化(2)では温度は次第に上昇し最高では 138 ± 7℃に達する.マイクロ波照射(3)
では 30 ~ 40 秒以内で 100 ± 30℃に到達する.(2)と(3)では,重合中に温度が 80℃以上になるため,
成長ラジカルと酸素分子の反応(反応 (16a) と (16b))で生じた過酸化物の分解による開始が寄与し,反 応率は深さによらずほぼ一定となる.(1)による硬化では,重合による温度上昇が少なく過酸化物の分 解温度に達しない(最高温度 < 100℃).このため,酸素による抑制の影響が残るが,(1)で重合した後 に 100℃以上に加熱すると含まれる過酸化物の分解が起こり,レジンの化学組成を変えることなく酸 素による抑制の影響で低くなっていた反応率を高めることができる.
図 12 には,重合混合物の加熱による粘度変化を示す14).Bis-GMA/TEGDMA 混合物の室温での粘度 は,Bis-GMA 含有量が多いほど高くなる.モノマー混合物を加熱すると,60℃以下では温度上昇で粘度 は低下するが過酸化物の分解は起こらず,100℃以上での粘度増加は過酸化物の分解で開始される重合 が進んだことを示す.モノマー混合物の組成により粘度の上昇程度が違うのは,生成した過酸化物の分 解速度と酸素中心ラジカルに対するモノマーの反応性(付加反応性の差は小さく,側鎖置換基からの水 素引抜き反応性に差がある)の違いが反映されているのであろう.
フィラーを含む組成物では,フィラーによる酸素拡散の妨害,フィラー表面への酸素の吸着,フィ ラー表面での酸素の移動など新たな現象の影響を考えねばならない.フィラーを含まない場合の重合 結果(図 10)と比較して,図 13 ではフィラーが < 30 wt% までは大きな差はない.酸素分子の影響を 受ける表面から近い領域と影響のない領域の境界は,フィラー含有量が < 30 wt% でも 15 μm であ る.フィラーが 40 wt% 以上含まれると抑制の限界が浅くなるが,粘度増加による酸素拡散の抑制より フィラー表面の速い拡散の寄与が大きくなると考えられる.
深度(μm)
反応率
50 40
30 20
10 0
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0
(3)マイクロ波硬化
(2)熱硬化
(1)可視光硬化
図10 Bis-GMA/TEGDMA(1/1 mol/mol)レジン硬化における深度による反応率の変化
(1)可視光硬化(0.3 wt% CQ, 0.7 wt% DEAMA)( ),(2)加熱(BPO, 120℃)( ) および(3)マイクロ波照射(BPO)( )で開始
図11 Bis-GMA/ TEGDMA(1/1 mol/mol)レジン硬化における表面近くで測定した温度変化 (1)可視光硬化(0.3 wt% CQ, 0.7 wt% DEAMA)( ),(2)加熱(BPO, 120℃)( ) および(3)マイクロ波照射(BPO)( )で開始
図12 フィラーを含まないBis-GMA/TEGDMA混合物の加熱による粘度変化
100
80
60
40
20
0
粘度(Pa・s)
20 60 100 140 180
温度(℃)
80%
66%
50%
[Bis-GMA]
= 20%
0
(3)マイクロ波硬化
(1)可視光硬化
(2)熱硬化 160
温度(℃)
120
80
40
0 100 200 300
時間(秒)
このようにいくつかの因子が同時に影響し,フィラー含有量が限度以上では抑制の及ぶ深さを減らす が内部の反応率も低下させることがわかる.なお,共焦点ラマン分光法で求めた試料の深さ方向の反応 率測定の結果では,試料を表面に垂直に切った試料片の顕微鏡観察により求めた反応率は浅い範囲(80
~ 90 μm)でよく一致する.
市販のコンポジットレジン(主成分は Bis-GMA,TEGDMA,フィラーなど)を,円筒形容器(直径 4 mm,深さ 10 mm)内で表面をポリエステルフィルムで覆って光照射により重合後,表面に垂直に中心を 切断して試料を作成しフーリエ変換顕微赤外吸収スペクトルにより反応率が求められている15). その結 果,次のような結論が得られている.
1)表面から約 1 mm の深さまでは,深さが増すほど反応率は増加し,さらに深くなると反応率は低 下し一定となる.しかし,変化の詳細は製品により異なる.なお,図 11 と図 13(フィラー 50 wt%
以下)では表面から 15 μm 以上離れると< 50 μm の深さまでは反応率の変化はない.
2)照射時間が長くなると最大反応率が高くなるが,変化がない場合もある.
3)空気中の酸素分子による抑制は,いずれの製品でも表面から約1 mm の深さまで認められる.
4)反応率とヌープ硬さとの比例関係はどの場合にも認められる.特に,無機フィラーの含有量が高 いコンポジットレジンでは反応率のわずかな差が硬さに大きく影響する.
1)~4) の特徴は,図 10,図 11 および図 13 の結果と必ずしも一致しないが,試料の大きさ(厚さなど)
に著しい違いがあることも一因と考えられる.
酸素はラジカル重合の活性種と直接反応するから,レジン硬化の条件が変われば酸素の効果の程度も 変化する.アクリレートあるいはメタクリレートに含まれる酸素の平衡濃度は~10-3mol/L であり(表1 参照 ),このすべてが消費されないと十分速い重合とはならないであろう.したがって,フィルム状ある いは板状で光照射重合する場合には,フィルム厚,溶存酸素量,開始(ラジカル発生)速度などの影響が硬 化条件により異なる.
酸素の拡散量は(18)式で表される.
酸素拡散量 = ( /2)2/ (18)
ここで, は拡散の距離,すなわち試料の厚さ(大気にさらされている表面からの深さ)であり, は拡散 定数である.酸素の拡散定数を~10-6 cm2/s とすれば,厚さが 10 μm の試料で厚さ方向全体に拡散する のに要する時間は 0.25 s であるが,厚さが 100 μm になると 25 s と得られる.したがって,試料全体に ついて酸素の影響を考える際に厚さは考慮すべき重要な因子であることがわかる.
厚さの異なる試料を作成して,紫外線照射(増感剤に DMPA を使用し,365 nm を照射)による硬化が 行われている.フィルムの厚さが増すと,酸素の影響を受けない深部での重合が寄与し,初期速度も到達 反応率も増加する(図 14)16).しかし,硬化後の試料の均一性は低下する.また,紫外線強度を増し開始を 速くすると,(1)式で予測されるように酸素の消費が速くなる結果,抑制が低減し重合速度ならびに反 応率を高めることができる(図 15).この図で開始が最も速い場合(照射強度 = 50 mW/cm2)でも,同じ照 射強度の酸素不在下での硬化よりずっと遅く到達反応率も明らかに低い.また,硬化の際に試料が接し ている雰囲気中の酸素濃度が増すと,初期の硬化速度は低下し同時に到達反応率も低下する(図 16). 図13 フィラー(SiO2)(0, 20, 40 および50 wt%)を含むBis-GMA/TEGDMA (1/1 mol/mol)の
CQ/DAEMA 可視光照射重合における表面からの深度による反応率の変化 30 wt%
0 10 20 30 40 50
深度(μm)
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0
反応率(%)
50 wt%
40 wt%
20 wt%
0 wt%
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0
硬化時間(分)
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0
反応率
45 μm
35 μm
25 μm
図14 厚さの異なる試料(ヘキサンジオールジアクリレート)の反応率と硬化時間の関係 O2 = 0.21 atm, DMPA = 0.2 mol/L (5 wt%), 光強度 = 50 mW/cm2
このように,硬化過程に関しては試料厚さと酸素濃度の影響が著しいが,不活性気体であるアルゴン 雰囲気( O2 = 0)で作成したフィルムと比較して,酸素存在下( O2 = 0.21)で得たフィルムの機械的性質に は差はない.このことは,重合性二重結合と比べて酸素の濃度ははるかに低く,重合活性種と直接反応す ることで重合速度への影響は大きいが,架橋構造に明らかな影響を与えるほどではないことを示してい る.
6. バリアー材の有効性
酸素の影響を排除するには,真空中,不活性雰囲気(窒素あるいは二酸化炭素)あるいはフィルムによ る表面被覆で硬化を行い,ラジカル重合の開始および成長の活性種が反応して活性を失うのを防ぐ.な お,二酸化炭素は空気より高密度であるから,上部を解放した容器内で不活性雰囲気での作業ができ る.ここでは,フィルム(酸素バリアー材)を用いる場合を例にとり述べる.フィルムの材質には,酸素
(気体)透過性の低いことが求められる.酸素透過性は一定時間後に膜を透過した酸素量から求め(図 17),気体透過係数 ( ) は(19)式で定義される.
= 気体透過量(体積) × フィルムの厚さ/(透過面積 × 時間 × 圧力差) (19)
の単位は,たとえば cm3(STP)cm/(cm2・s・Pa) であり,cm3(STP) は 1 気圧で0℃における気体の体 積を表す.
いくつかのポリマーの酸素透過についての 値は表 3 の通りであるが,歯科レジン硬化での使用を 考えると候補となるポリマーは限られる.なお,表 3 の は 1.013 x 105 Pa で cm3 cm/(cm2 s Pa) を単 位とする値であり,値が大きいほど酸素透過が容易である.
特許では,ポリビニルアルコール(PVA),ポリエチレングリコール,セルロース置換体などがバリ アー材に使われている18) -27).ペースト状の物質をそのままレジン表面に塗布する場合と,ポリマーを溶 液で塗布し乾燥によりレジン表面に塗膜を生成する場合がある.バリアー材で,大気からのレジンへの 酸素の供給を断てば抑制は低減するであろう.なお,ポリマーはモノマー単位に接頭語である「ポリ」を つけて示しているが,PVA の繰り返し単位に相当するビニルアルコール(CH2 = CHOH)は存在せずア セトアルデヒド(CH3CH = O)となる.したがって,PVA はビニルアルコールの重合ではなく,安定に存 在する酢酸ビニルの重合で得られるポリ(酢酸ビニル)(-[CH2CH(OCOCH3)]-n)の側鎖を加水分解して 合成する.
図15 照射光の強度を変えた場合のヘキサンジオールジアクリレートの反応率と硬化時間の関係 O2 = 0.1 atm, [DMPA] = 0.2 mol/L (5 wt %), 厚さ = 12 μm
1.0 0.8
0.6 0.4
0.2 0
硬化時間(分)
0.8
0.6
0.4
0.2
0
反応率
1.0
50 mW/cm2 (酸素不在)
50 mW/cm2
25 mW/cm2
1 mW/cm2
図16 酸素濃度の異なる雰囲気下での反応率と硬化時間の関係
光強度 = 50 mW/cm2, [DMPA] = 0.2 mol/L (5 wt %), 厚さ = 12 μm 10%
21%
5%
1%
酸素不在 0.8
0.6
0.4
0.2
0
反応率
1.0
1.0 0.8
0.6 0.4
0.2 0
硬化時間(分)
透過膜 透過膜
(A) (B) (A) (B)
図17 気体の膜透過((A)から(B)へ)
バリアー材の効果と評価について,試作ハイブリッド型コンポジットレジン(山本貴金属地金株式会 社)28)の硬化に PVA を用いる場合について述べる29). 酸素による重合の抑制はレジン表面が最も著し いから,フクシン着色で比較した表面の重合程度でバリアー材の有効性がわかる.メタクリル酸エステ ルとフィラーを主要成分とする硬化前のハイブリッドレジン表面に,PVA 水溶液を塗布すると,濡れ がよくないため乾燥後のフィルム厚を均一にすることができない. 均一な PVA フィルムが得られな ければ,フィルムの薄い部分では酸素の透過量が多くなりレジン表面に重合が抑制された部分が残る ことになる.PVA はエタノールを含む水にも溶解するから,エタノールを加えた水溶液にすると濡れ は改善されるが,エタノールが多すぎるとレジン表面からモノマーの溶解が起こる.このため,エタ ノールを含む溶液組成の最適化が必要である.その際,溶液の筆による塗布を想定し,均一な塗布のた めに溶液粘度についても考慮する.
このようにして組成を決定した PVA 溶液を用いて,試料表面に塗布して自然乾燥でフィルムを形成 後,硬化したレジンのフクシン着色を行う.図 18 には,バリアー材効果を評価する手順を示す.未反応 の二重結合の残存が多いほど赤紫着色の程度は増し濃くなるから,着色の程度を色差計で測定し色差
(ΔE)で表し表 4 に示す.
ΔE 値が大きいほど,着色が強く二重結合の残存が多いことを示すから,バリアー材が有効であり高 重合率に達すればΔE 値は小さくなるはずである.PVA のみを含む溶液を使用しても,バリアー材の
ない場合よりも着色は少なく効果が認められる.光照射で硬化後の加熱でさらに着色が低下するのは,
すでに述べたように成長ラジカルと酸素の反応(反応 (16a) と (16b))で生成した過酸化物が分解し残 存二重結合の重合を開始するためであろう.
PVA の水 / エタノール溶液に少量の CQ を加えてフィルムを作成すると,バリアー材としての効果 が顕著に増加する.この溶液を用いた場合,光硬化後に加熱してもΔE の低下は少ない.これは,光硬化 の際のバリアー材効果が大きく過酸化物の生成が少ないためと考えられる.CQ を含む PVA 溶液にア ミンが溶出し(図 19), 乾燥後のフィルム内に光照射で発生したラジカルが酸素と反応し,レジンへの 酸素の拡散を効果的に遮ることができる.
なお,表 4 で((PVA 22.5%,水 46.5%,エタノール 31.0%) + CQ0.5 wt%)から作成したバリアー材を 用いて光照射・加熱重合しても,ΔE = 29.4 となり二重結合の残存を示す.これは,ジビニルモノマー の重合では,側鎖となった未反応二重結合ばかりでなく成長ラジカルの運動性も架橋構造により大き く低下し反応が進まなくなり,二重結合についての反応率は 100%とはなり得ないためであり,酸素に よる抑制が原因ではないと考えられる.
表3 23℃におけるポリマーフィルムの酸素透過係数17)
PVA
ポリ(アクリロニトリル)
ポリ(塩化ビニリデン)
ポリ(テレフタル酸エチレン)
ポリ(塩化ビニル)
ポリ(メタクリル酸メチル)
高密度ポリ(エチレン)
ポリ(酢酸ビニル)
ポリ(スチレン)
低密度ポリ(エチレン)
ポリ(テトラフルオロエチレン)
23 25 30 25 25 34 25 30 25 25 25
0.00006 0.00015 0.00383 0.044 0.034 0.116 0.3 0.367 1.9 2.2 3.4
ポリマー 温度(℃) x 1013 (cm3 cm/cm2 s Pa)
図18 バリアー材効果の評価 PVA 溶液筆塗り
重合後,塗膜水洗除去 フクシン着色
測 色 乾燥(自然)
表4 ハイブリッドレジンの硬化におけるフクシン着色で 評価したCQ含有バリアー材の効果
光照射 光照射・加熱 光照射 光照射・加熱 光照射 光照射・加熱
なし なし PVAc) PVAc) PVA + 0.5%CQd) PVA + 0.5%CQd)
72.5 (2.0) 69.4 (1.4) 61.5 (1.3) 37.6 (0.8) 32.8 (1.0) 29.4 (1.3) 重合方法 バリアー材の種類 ΔEa,b) (n = 3)
a ) 白色背景と黒色背景の平均値から計算 b ) ( ) の値は標準偏差
c ) {(PVA 22.5%,水 46.5%,エタノール 31.0%)} 溶液
d ) {(PVA 22.5%,水 46.5%,エタノール 31.0%) + CQ 0.5 wt%} 溶液
図19 レジンからPVA溶液へのアミン溶出と可視光照射によるラジカル(R・)の発生 DEAMAの溶出
メタクリル酸エステル,CQ,DEAMA,フィラー 可視光(470 nm)照射
PVA + CQの 水/エタノール溶液
R R R R
7. おわりに
今回は,歯科用修復材としてのレジン硬化における酸素の影響を取り上げた.成長ラジカルと酸素の
反応ばかりでなく,光照射による開始では励起状態あるいは励起が酸素の影響を受けるなど,複雑であ
り定量的な解析は容易でないから結論を急ぐべきではない.バリアー材についても,効果の比較はでき
るが,効果発現の詳細には言及できない.このように限界はあるが,本稿は酸素の影響についての理解と
考察に有用であろう.
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昭和40年 4月 大阪市立大学工学部応用化学科助手 講師,助教授を経て
平成 6 年 4月 大阪市立大学工学部教授
平成13年 4月 組織替えにより大阪市立大学大学院工学研究科教授 平成14年 4月 大阪市立大学大学院工学研究科科長
平成16年 3月 定年退職,大阪市立大学名誉教授
平成16年 7月~平成17年 6月 アイルランド国立大学ゴールウェイ校化学科教授 (アイルランド国立科学財団)
平成19年 3月 山本貴金属地金株式会社 歯科材料開発部理事
平成22年 1月 組織替えにより 山本貴金属地金株式会社 歯科材料部理事
ラジカル重合による高分子生成過程の研究,新規アクリルモノマーの合成と重合挙動に関する研究,
ESRによる重合活性種の検出と定量の研究などに従事
《著者職歴》
編集者 安楽 照男 発行者 山本 隆彦 印刷所 小西印刷所
Vol.1 歯科材料モノマーの重合-ラジカル重合の基礎(2009年10月)
Vol.2 歯科材料モノマーの重合-ラジカル重合の基礎(2)(2010年2月)
Vol.3 歯科材料モノマーの重合-修復材モノマー(1)(2010年3月)
Vol.4 歯科材料モノマーの重合-修復材モノマー(2)(2010年7月)
Vol.5 歯科材料モノマーの重合-酸素の影響(2011年8月)